民は奇跡の目撃者
「奇跡だ。」誰かがそう言った。
いや、誰もがそう思っただろう。
ヴィオリーン姫、バス将軍、リーナ様、そして兵たち…
その中に一際存在感を放つ仮面の男。
黒を纏うその男は、杖を掲げると凛々しい声でこう叫んだ。
「エリアヒール!!!」「レジストフィールド!!!」
変化はすぐに起きた。
先ずは黒色の仮面が白へと変色した。
それを追うかのように、右側にだけ生えた角が白金のように光る。
変化は続き、天へと伸ばした右腕にはめられた手袋も白く染まる…
掲げられた白黒の杖すら、白一色となった。
変わらないのは、魔王に相応しい者であることを示す魔王のローブのみ。
今の魔法は回復魔法だよな?誰かが言った。
そう、聞いたことある魔法名ではある。
だが、この広場に居合わせた民だけでも千は優に超える。
負傷した兵たちを数人治療するデモンストレーションかと民は思った。
力を見せびらかすだけか?そう考えた者もいた。
そんな事を広場でわざわざするぐらいなら、重傷者の家まで行ってしてくれと。
子や親を診てくれと言う者もいた。
大切な者を救ってくれと…
しかし、その考えは…思いは…
圧倒的な力によって砕かれた。
誰が始めに叫んだだろうか…
痛みが消えたと。
温かい何かに包まれているようだと。
寝たきりだった息子が目を覚ましたと。
重傷者の傷が塞がったと。
失明した目が見えるようになったと。
腹痛が治まったと。
命尽きようとしていた祖母が持ち直したと。
医者に診せても治らなかった皮膚がもとのシミ一つ無い肌に戻ったと。
次から次に声が上がる…。
東通りに西通り、南門の側からも声が上がり、北の王城からはこの奇跡は、新たな魔王陛下の回復魔法だと伝石による放送が流れる。
先ほども、新しき魔王陛下が民を救うとの放送があった。
ばかばかしいと誰かが言った。
頼もしいと誰かが言った。
不安だと誰かが言った。
だが、今はどの気持ちも、どんな言葉も今起きている奇跡に塗りつぶされる。
後にこの日の出来事は「白き光の奇跡」と呼ばれるようになる。
なぜなら、魔族の国その全てを白く優しい光が蓋ったのだから。
万に届くとされるこの国の民全員に回復魔法の効果がかけられたのだから…
そう、この私にも効いた。
とても温かい。不思議な魔法だ…
感動する私の頬を涙が伝った。
幸せの涙を流したのは…何十年ぶりだろうか…ふふっ♪
心地よい…。
感謝いたします。仮面の男。
いえ、魔王陛下。
機会があればお話できたらいいですね…。
南門が慌しかったのもいつの間にか収まっている。
かわりに歓喜の声が響く。
どうやら、民だけでなく行商人も、立ち寄ったハンター達すらも負った傷が癒えたと吼え回っているのだから。
つい先ほどまで、回復薬が無い。医者がいない。回復魔法の使い手がやられた。商品を失い、どうすることも出来ない。だが、負傷者がいる!そう悲痛の叫びをあげていたキャラバンと同一の者達とは思えぬほどに。
後からの話によると、南門の外に並んでいた商人や冒険者にも効果があったと…
かの魔王陛下はどの範囲まで魔法をかけたのでしょうか…
どうやら、われわれとは次元が違うようです。
ですが、皆の声を聞いて安心なされたのか、陛下はフラフラと彷徨うと、片膝をついて今にも倒れそうになります。
無理をなされたようですね。
ですが、すぐさまリーナ様と兵士の一人が両脇に寄り添いました。
お二方とも背があまり高くないので、微笑ましい絵ですね。
陛下も、顔を上げると微笑みました。
なぜでしょう、仮面で素顔は隠れているはずなのに…
分かってしまう気がします。
ああ、でも今はそんなことはどうでもいいかな。
陛下のステキな笑顔が見れたのですから。
これからいいことがいろいろ起きそうな気がする。
そう思いながら、白く優しく輝く空を見上げた。