いいのかい?
妖しい微笑を浮かべながら俺に近づくと…
「ねえ、ソファーのほうに座ってくれないかい?少し、話がしたいんだ。いいかな?」
「話って?立ったままではダメか?」
ちょ、押さないでください。仕方ないな、座るか。おお、柔らかいな。そして、リーナも続くように隣に腰を下ろす。
「それなりのソファーだから座り心地がいいだろう?タケルはボクが見ている間一度も座ろうとしなかったからね、気になっていたよ。」
「ん?そうか、確かにあまり座ってなかったな。でも、気にするようなことではないだろう?」
俺が応えると…
「流石に気になるよ?お茶を飲みながら一息つこうって時にも腰を下ろそうとしなかったからね。なにかしらを考えていたのかと…」
「まあ、そうだわな。だが、あっちに居る時は立ち仕事が主だし、長時間立ちっぱなしには慣れていたさ。」
苦笑い気味に応えた俺に、急に笑みを消したリーナが真面目な顔で…
「タケル。いいのかい?こんなことをボクが言うのはアレかもしれないけど…流れに身を任せ、このまま魔王として担ぎ上げられる。そんな生活で構わないのかい?ボクは…そのことが心配なんだ。タケルはこの世界の人間じゃない。そんなキミに、重責を載せていいものかと…思うんだ。」
「今更だな。だが、その言い方からすると一般人って路線もありなのかね?」
陽気に応えると、リーナは俯き、肩を振るわせ始める。
「わからない。でも、タケルはどこか諦めているような部分があるようなきがするんだ。それが心配で、心配なんだ。気付いているんだろう?あっちの世界では死んだ、と。ボクはね、この国の民ではない。でも、魔族の国の歴史を教えてくれる先生が色々と教えてくれたんだ。勇者のことも…。彼女自身、過去に勇者の友がいて、そして本人から色々と聞いたらしい。」
「…。」
「その勇者が言うには、王ははじめにこういうらしい。お前はもうあの世界では死んでしまったのだと。だが、私たちがその魂を救ってやった。だから、国のために尽力しろと。でもその勇者は断り、旅に出たらしい。そこでであったのが先生でね。意気投合して友達になったんだって。」
王の話、断れたのか?そして、先生はいくつだよ?不老とかかね。
「でも、終わりは突然に来たんだって。先生が住んでいた場所に巨大な魔物が現れて暴れまわったらしいんだ。それを、勇者と協力して倒したんだけど…。そのタイミングを見計らったかのように…勇者の、人間国の軍が攻め込んできたんだ。」
雲行きが怪しくなってきたな。
「軍は、その魔物は先生の所為で現れたと。声高々に宣言して、悪を滅ぼすと言いながら無力な民を、老人や子供も分け隔てなく殺し始めたそうだよ。この国に住まう者達は悪だと言いながら、笑いながら、歓喜しながらっ!奪いながらっ!うっ、ううう…。」
憤りを感じ、悲しみに嗚咽を漏らす。
「人間国の兵達を先生と一緒に必死になって無力化していた勇者だったけどね、急に変わったんだ。無表情になりながら、涙を流しだしてね。庇っていた筈の民に剣を…そう、彼女は王の駒だった。泳がされていたんだ。旅に出たつもりだったのに、結局は檻の中だったんだ。」
…っ。なんだって。
「地獄だよ。勇者に心許していたはずの民達はその勇者に虐殺された。そのまま暴走した勇者は人間国の兵すら皆殺しにしたらしい。残ったのは先生と…勇者、そして屍の山。勇者はね、友に終わらせてほしいと、懇願したんだ。先生に切っ先を向けないように、必死に王からの命令に抗いながら、初めてできた友達に…お願いしたんだ。」
それがどれほどの事だったのかは俺にはわからない。
「先生は泣きながら勇者の首を斬り落としたらしい。そして、その首を抱きかかえながら延々と泣き続けたんだって。涙が枯れる頃には、彼女は勇者殺しの魔王として歴史に名を残すことになっていた。望んでもいないのにね。悪名を背負いながら歴史の表から消え去った。」
「その場所はどうなったんだ?」
「人間国は呪われた土地として流石に侵攻しなかったらしいよ。先生のこともその場に封印されているとか、勇者がその命を賭けて弱体化させることに成功させてその地から出られないようにしたとか、都合のいいようなでっち上げ話が残っている。ボク自身その話を絵本で読んだことがあって、勇者に憧れを抱いていた時があったんだ。その絵本のこともあったからかな、外の世界を知りたくなったのは。商人から聞かされる話は小さな部族暮らしのボクには眩しすぎた。多くの歴史を知ることができるこの国で、歴史の生き証人と出会えた時は驚いたよ。まあ、勇者の真実を知って二三日はまともに食事が取れなくなっちゃったけどね。」
顔を上げると力なく微笑むリーナ。
「その話を俺にするということは、俺にどうしてほしいんだ?」
ぽろぽろと涙が零れ始めた。え、俺なんか不味いこと言った?
「タケル。キミには、何事も無く生きていてほしいと思ったんだ。これは、ボクのワガママでもある。待ち受けているであろうこの国の不幸は、はっきり言ってキミには関係ない世界の出来事だ。強制する隷属魔法もかかっていない自由なタケルが巻き込まれなくてもいい不幸なんだよ?わかるかい?平凡なままでもいいんだよ?ねえ、見て見ぬふりでも良かったんだよ?ボクたちのことなんか…」
俺は目元を真っ赤にするリーナの両肩に手を置くと、その涙に揺れる瞳を見据える。
「それは無理だな。どの道巻き込まれるだろう。なぜなら、バグパスも言っていたが…俺だけが呼ばれたとは限らない。他にも勇者が現れる可能性が拭いきれないんだ。それこそ、リーナたちの世界に俺達が迷惑をかけるのと同義だ。見過ごせるわけが無い。」
「でも、それはタケルの所為じゃないじゃないかっ!!!」
リーナは吼える。抑えきれない気持ちと共に…
「ボクはキミのことが好きだ!大好きなんだよ!そう思った、初めて思えた相手に平凡に生きていてほしいということがダメなのかい!?タケル!ボクの気持ちは…むっ??んんっ!?」
こんな夜中に騒ぐなんて、何てけしからん唇だ。ふはははっ!奪ってやったぞ!塞いでやったぞ!てか、こんなに言葉に出して好意を伝えてくるとは思わなかった…。俺の顔も真っ赤だろうな。
「…んっむ。はっぁ…な、ななな…なんてことをっ!ボクは真面目な話をしていたんだよ!これじゃあ…強く言えないじゃないか…バカ。」
「そうは言ってもな、言葉に行動で応えたんだがな、ふぅっ!?」
勢いよく抱きつかれた。頭突きに近かったことだけはここに記す。