レイジング・アコー
静かな部屋にくすんくすんと泣き声だけが聞こえる。
「魔王様よ、こうして泣いてもらえたんだ。幸せモンだな…。」
「誤解されたまま、悪しき魔王のままで終わるより、誰かに聞いてもらえたので逝けたのでしょうね。」
「うう~ぐすっ…。」
殺しちゃったのは俺だが。まあ、バグパスの分まで頑張らないとな。最後に言った勇者は俺だけではないね。確かに可能性はある。
あまり考えたくは無いが、その時がこないでほしいと願うことしか今は出来ない。
「さて、彼の遺志も聞いたし、バルちゃんも泣き止んだからな杖を頼む。」
「はい。おや?首飾りは壊れていますね…。力を使い切ったということでしょうか。このローブと共に遺品として丁重に扱いましょう。」
紐が切れ、ヒビが入っている首飾りをローブに包みながらディオンが言ってくる。
「そうしよう。それに、バグパスは己が命をもって俺を呼び出したということは伝えるべきやつには伝えておかないとな。」
「でしたら、将軍方には伝えるべきでしょう。」
将軍ね。そいつらにも挨拶とかなきゃな、それに勇者のことも話しておくべきだ。
魔王の杖はしっくり来るね。馴染む!じつに馴染む!うん。
「ふぁあ~。おんぶに移行~」
そう言うと、背中にしがみつくような位置に降り、俺の肩に手を添える。俺は右手に杖を持っているので、左腕を背に回し、バルちゃんが落ちないようにする。
微笑ましいのか、ディオンは俺の背に優しい笑みを送りながらローブを抱えている。
「戻ろうか?リーナの部屋に。」
「そうしましょう。」「ん。」
魔王の間から出て、廊下の角を曲がると…
「ふはははは!魔王っ覚悟!今度こそ退場願いますよ~ふふ~♪」
うわ~どっちが悪者なのかと聞かれたらすぐに指差したくなるよ。
兜を取り付けられているのでオシオキ中なのだろうが、反省とかはしてなさそうだわ。
ガントレットを両腕に装備し、モップのようなものを振り回している。
「な、魔王め!バルちゅわ~んを人質?にするなんて!それに弟よ!なぜそいつと一緒に居る!」
「姉さん。見苦しい真似はやめてくれ。それにバルちゃんはタケル陛下に自分からおんぶしてもらうように頼んだんだよ。」
プルプル、カタカタとモップを握り締めながら震えだす。
「なんですって!私だと拒否られるのにぃっ!」
「む~うるさい。アコーすぐ頭落ちるんだもん。」
「今の私なら頭は落ちませんよ!さあ!私の元に!」
「やだ、へいかがいい。うるさいアコーはどっか行って。」
完全拒否。ちょ、スリスリしないで。くすぐったい。
「笑ったな?ぐぐぐ…魔王っ!笑ったなああああ!」
誤解です。バルちゃんの頬ずりがくすぐったかっただけです。
「きいいぃ!「スタン!」「スタン!」はあっ!?「スタン!」効かない!」
あのモップ、杖代わりなの?俺に向けながらひたすら魔法を放つ。あ、あの時麻痺してて俺には状態異常が効かないことを知らないのか?
「姉さん!タケル陛下には効かないんだよ!もう止してくれ!」
そう言いながら前に出るディオン。
「ええい!だまれえぇ~「スタンショット!」」
な、自分の弟に向けて放っただとっ!間に合え!
「レジストボディ!」
右手の杖が光ると、ディオンの身体に変化が起こる。鎧が蒼く輝きだしたのだ。
それにより、彼に向かっていたバレーボールサイズの光は鎧を覆う蒼い光に打ち消された。
「へ、陛下これは!」
「先ほど覚えたんだよ。アコーに回復魔法を使ったらね、熟練度が上がったんだ。」
当のアコーは呆けてしまった。
「弟に向けて魔法とは…。堕ちたものだな、それでよくも俺を糾弾できたものだ。」
「私はいくらでも汚泥を被っても、不名誉な扱いをされてもいいのです。リーン様が、ヴィオリーン様が魔王になるのならばなあっ!「ブースト!」」
個のため力を使うか。ブーストの掛け声と共に彼女のガントレットが淡く輝く。身体強化の魔法ということか?あ、モップを投げ捨てたぞ?
「ふふふっ!私は弟より近接戦闘は強いわよ?回復魔法を使うだけのアナタに私を止めれるかしら?」
フェイスガードを上げ、不適に笑うと足を開き上体を下げ、拳を構えた。
戦うメイドさんか…。バルちゃんをせおっててもお構い無しのようだ。だが俺は…
「残念だよ。個のためにその身を捨てるか。俺はな、国や民のために拳を握ると決めたんだ。だからな、易々と終わるつもりは無い。」
俺の言葉に歯を食いしばり、目を細めながら駆け出した。
「黙れえええ!私の思いはこの際どうだっていいのよ。あの子が明るい世界に居てくれれば!皆に慕われていれば!王で居てくれれば!いいんですよ!だから、アナタは退場してください!退場しろおおおおお!!!」
ゴスッ!
「そんなものか?俺の足すら下げれないような一撃だったな。余りにも軽い拳だ。」
「ぐ、ぐうううっ!!!らああああっ!!!」
ドス!ガスッ!ドウッ!ドドドドドドッ!
ひたすら殴る殴る殴る…だが、弱い。弱すぎた、虚しすぎた。
「どう、して、どうして…倒れてくれないの、退いてくれないの、なんで…。」
俺の胸板に頭を押し付け肩で息をしながら呟く。そして、嗚咽がもれた…
「ダメなんだよ。俺はな、リーンからも言われたんだ。自分が魔王になるより、この国のためになってくれるならそれでいい。自分はそれを支えるだけだとな。だから、俺はこれから期待に沿えるように頑張らなきゃならないんだよ。」
俺は、右手に持っていた杖を今までただ見ているだけだったディオンに押し付けると、震えるアコーの背中を優しく撫でた。
「そんなぁ~私の頑張りが…私のやってきたことが…ううう、え~ん。ぐすっ。」
泣く子に挟まれた状態だな。
「ふ~ん、アコーも泣き虫なのね?少しはやしさくしてあげる。」
そう言いながら手を伸ばしたバルちゃんは兜を撫でた…。
幼女に撫でてもらう武装メイドってどーよ?
「えへ、えへへ~やさしさ貰っちゃいました。わかりましたよ、こうなったら私もアナタを手助けして、リーン様に褒めてもらうんですからっ!…ふひっ。…それもアリですね。」
何かを想像したらしく、いやらしい笑みを浮かべている。怖いな。
そんな俺たちのやり取りを…
「アコーを追いかけてきて損したじゃない。はあ…私もトライオスに撫でてもらいたいわ…って、私なんてこといってるのよ!去れ、私の煩悩よ。下手したらアコーと同じ頭かと思われるじゃない…。」
「…。声に出ていますよ、ヴィオリーン様。」
「やっぱりタケルは強いね。アコーのブースト状態の攻撃ですらビクともしないなんて。ふふっ、流石ボクの魔王様だよ♪」
「またそれ?私たちの、でしょう?そして、三人にとっての勇者でもあるんだから。」
階段の所から覗いていた。