未来を読むペン
最近、何故か競馬にはまっているダンナに付き合って、9時半頃の府中本町の臨時改札を通り抜けた。
――コツン――
フジビューウォークに入る寸前に、何かを靴の爪先で踏む。思わず足を止めた私に、後ろからぶつかりそうになったオヤジが、「ババア、急に立ち止まるんじゃない」と、捨てぜりふを残して通りすぎていった。
きっと、普段の私なら大人気ないと思いながらも、何か言い返していただろう。しかし、今は言い返す気にもならないぐらい足元の物体に紀をとられていた。
私は、通りすぎたオヤジを無視すると、足元の長細い物体を拾い上げる。ボールペンか万年筆のような見た目をした銀色のメタルボディの物体。しかしそれはキャップをとると、黒のフェルトペンに早変わりした。
「めずらしいペンだな。高そうなボディなのに、中はただのマジックなんて……」
私の手元を覗き込んだダンナが、珍しそうにそのペンをつまみ上げる。
「なんか気になるのよね。今日は、このペンでマークしてみようかしら」
何て言いながら、ダンナの手からペンを取り戻すと、私たちは西門に向かって歩き始めた。
西門の券売機で入場券を買って、きれいなお姉さんからこの日のレーシングカレンダーを受け取って、ついでにSuicaに来場者ポイントをつけてから、私たちはパドックに向かって歩き始めた。
「俺的には、5番が良さそうに見えるんだけどな」まだ、始めたばかりだというのに、もういっぱしの評論家気取りでダンナが呟く。私はというと、やっぱりいつもの答えをダンナに返した。「やっぱり、葦毛の子がいいわよね。鹿毛や葦毛の先頭を、白い馬が駆けてくのって素敵じゃない?」
「かっこいいのと強いのは別だろうが…」とは、ダンナのあきれたような呟き。
私は、そんなダンナの言葉を無視すると、気に入った馬にチェックを入れようと、レーシングカレンダーをペンでなぞっていた。と、ある一頭のところで携帯の着信音みたいなのがなり始める。思わず自分のガラケーとタブレットを確認したが着信はない。
「アラーム鳴ってない?」と聞くと、ダンナが不思議そうな顔をして言った「鳴ってないぜ」。
そりゃそうよね、スマホをしっかり握って競馬情報サイトをチェックしてるんだもの。幻聴かしら?。確かに、身体のあちこちが衰えだす年ではあるけれど…。
気を取り直して、再び出場表をなぞると、再び同じ馬のところでアラームが鳴り響いた。しかし、不思議なことに、他の人には聞こえてなさそう。私は、幻聴らしいその音を気にしながら、思わずその馬をマークしていた。
結果は、というと、13番人気のこの馬が、鼻差で一番人気を制して配当48倍。
「おっ! お昼にビールだね」と、前から決めてある、午前中に1,000円以上どちらかが勝ったら、相手にビールか甘味を奢ることになっているルールをダンナが持ち出す。確かにそうなんだけど…、私はダンナに生返事しながら、むか〜し、40年以上前に読んだSF短編小説を思い出そうとしていた。
次の2Rの結果は、単勝に500円つぎ込んで2,100円の配当。私は、そのまま3Rのパドックを見に行きたがるダンナを引っ張って、5階にあるUMAJOスポットに潜り込んだ、
「ねえ、筒井さんの短編に未来から来たペンの話があったの知ってる?」
「未来のペンって、未来を予測するペンの事かい? 『白いペン、赤いボタン』のことだろう? 『ミラーマンの時間』に収録されていた…」
さすが同好の志、最近では読む傾向が違っちゃって、相手がどんな物を好むのか判らなくなっているけれど、この年代の小説だと打てば響くように返事が返って来るわ。
「これ、あのペンと同じ効果があるみたい」
とたん、ダンナが飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。ついでに、慌てて口を抑えたものだから、思いっきりむせている。
私は、そんなダンナの目の前にそのペンを突きつけた。
「嘘だと思ったら試してみて」
すでに試した私のレーシングカレンダーには、11番の馬に印が付いている。ダンナは、半信半疑で自分のレーシングカレンダーをなぞり始めた。そして、私と同じ11番のところで手が止まる。
彼は、自分と私のカレンダーを見比べると、丁度ゲートインが終わったばかりのモニターに視線を移動した。
結果、ペンが示した11番が1着、そして、ダンナが次のレースの出走表を見ながら、ポツリとつぶやいた。
「あの主人公、どうやってやってたっけ…」
「何が?」
「んっ! あの主人公、最初は試験の一夜漬けで効果を発見して、次に競馬で資金稼ぎしたんだったよな。
たしか、一番をまず決めてから、次にその馬を線で消して2番を決めたんだ。同じことを繰り返せば、3着も決められる」と、ダンナは出馬表から3頭の馬を選び出した。そして、オッズを見ながら嬉しそうに言う。
「おお!! 大荒れ…」
「今日は、朝から番狂わせが多いからね」
言いながら、私はダンナの手元を見て顔をしかめた。3連単2,000円。
まだ、単勝の実績しかないのに、なんて賭け方するのよ、そして、オッズを確認して更に渋面になる。
「なに、当たれば200万馬券じゃない、こんなの、本当に来ると思っているの?」
「何でも、絶対無理なんてことはないさ。いいじゃん、外したらビールはなしでいいからさ」
ビール一杯の値段より、遥かに2,000円の方が多いんですけれど…。
私は、ダンナの負け越しを縮小すべく、実績のある単勝を500円購入した。あ〜、私ってなんて小心者なんでしょう、これじゃあ、いつまで経っても大穴なんて望めそうにないわ。
結果、ダンナの配当が33,628,000円 私の配当は13,600円
そして二人で青くなった。
「帰ろう…」
「帰らない?」
4Rの配当金を受け取ると、私たちはほぼ同時に言い出した。
もともと、私は普段からかなり大きめなフタ付きトートーを愛用しているため、重いということを除けば、配当金は難無くかばんの中に収まった。しかし二人共、あまりの事にこれ以上遊ぶ気を失くしていた。
数年前、ダンナが失業中で子ども達が学生だった頃は、いつもお金に困っていた。しかし、最近では大手企業並みとは行かなくても、中小としてはソコソコの給料を貰い、子ども達も就職した今、老後の資金を貯めながらも、こういった遊びに不自由しないで済むようになっている。今回の当選で、その老後の資金も心配しないで済むようになるだろう…、そういえば、税務署はどうすればいいのだろう? これって一時所得になるわよね、最近競馬の配当金について裁判してたし、一度調べたほうがいいのかなぁ?
「ところであの話、最後がどうだったか覚えてるか?」
「? 確か、未来から誰かがペンを取り戻しに来るんだったわよね」私は、遠い記憶を手繰り寄せようとした「それで、ペンは取られちゃったけど、その人が持っていた瞬間移動というか、空間転送できるボタンを奪って逃げたんじゃなかったっけ? それから、ずっとそのボタンで逃げ回る、っていうような…、そのボタンとペンの色から『赤いペン、白いボタン』って題名が付いていたような気がする」
「そう。
実際には、逃げ回るシーンはなくて、そうなってもこのボタンがあれば大丈夫、ってオチだったはずだけど…。
で、このペンは、誰が持っていたんだと思う?」
「……」
そうだ、このペンは誰のものだったんだろう!! たまたま、臨時改札を出たばかりのところで拾って…。
私たちは、普段だったらフジビューウォークに向かう処を、坂を下る方の道を選んでゲートをくぐった。そして、足を大國魂神社の方へ向ける。少し大回りして、東側の鳥居をくぐって本殿へ。
私たちは、そこで例のペンを賽銭箱に放り込んだ。わたし的には、ちょっと惜しいと思いながら
真っ白の光があふれる、白一色の部屋の中。
輪郭がよくわからない、白い人型の生物が2体、モニターで大國魂神社の境内を見ていた。
「どうしよう、あれ、取り戻せるかなぁ」
「困ったよね、別に行動パターンを採取しているだけだから、どんなふうに利用しても危害を加えるつもりは無かったのに、まさか賽銭箱に投げ込むとは…」
「あれ、作るのにかなり予算を使ったから、失くしたのがバレるとかなりまずいよなぁ、少なくとも大騒ぎにはなる」
二人は、顔を見合わせて思いっきりため息をついた。