最終話(新たなる世界)
私の前に現れたのは、女子の制服姿の。
―― ヒナタだった。
男でも、ソピアさんでも、ない!
学校の教室で通常の授業が始まろうとしていた。誰かが「先生が来たぞー」と言い出し、クラス中が着席ムードに包まれていたらだ。
私はあとちょっとで自分の席へ戻れる所だったのに、足を止めてしまった。
何故か。
入り口から姿を見せた先生が……。
「えー、今日から。出産のため休みに入った加藤先生に代わって、社会を教える事になりました。睦道です、よろしくな!」
教壇に立った、ガッシリとたくましい体格の男の先生はそう挨拶をして黒板に字を書いていた。『睦道元太』。先生の、名前だ。
(ゲイン!?)
私は悲鳴を上げそうになる。幽霊でも見たような。
おかしい。
おかしさは、まだ続く。
私は日向に誘われ、お昼のお弁当を持って何処か広い場所へと求めて廊下を横並びで歩いていた。
すると、廊下の窓から外へ向けての盛り上がりを見せている生徒達の集まりがあった。ちょうど進行方向先にあって、私と日向も「何だろう?」と窓から外を見てみたんだ。
ココは3階だった。外の、下を見下ろす。校庭がよく見渡せた。
驚いたのは、校門の所でだった。
一台のフェラーリが我堂々と道の真ん中で停車している。居ないけれど、通行人が居たら絶対通れないし邪魔で、迷惑だと思える停め方。何だろう誰だろう?
やがて、年のそこそこいった男の運転手が降りてきて後部座席のドアを手で開けて。中の人が出てきたのだけれど……。
私は遠目だったせいもあって何度も目をこすってしまった。睨むように見て、目を疑う。
腰に手を当てて踏ん反り返っていたのは。その、小さなまだ幼い少女とは。
「真崎ィ! 出ていらっしゃい!」
少女の甲高い声が校内にまで届いて響いている。学校中の関心の的だった。
「あの子、誰!?」「ほら、あの黒っぽい服の女の子。夏島企業の一人娘で……」
辺りでは、初めて聞いた情報が飛び交っている。
(……蛍ちゃ、ん……!?)
私だけが、全然違う方向に考えていたに違いない。だって。
横分けして上部に束ねた髪。真っ黒そうな服と瞳。威張ってそうな態度といい。
私が知っているまんまだ。違うと言えば、そばに……。
「あれ、夏島真崎先輩じゃない?」
廊下の人だかりの中から、生徒の誰かが声を上げた。私が名前に反応してまた外を見るとだ。校庭の真ん中を、急ぎ足で駆けて行く少年の背中が見えた。
(あああ!)
私はまた心の中で懲りずに叫ぶ。これで揃った。
蛍と紫のコンビ。
校舎から出てきた少年とは、学生服を着ていたけれど。何と紫くんだった!
(蛍がお嬢様あ!?)
私の足元がヨロめくと、日向が噂に補足して……私はさらにヨロめいて壁にもたれかかり、すがった。
「ああ、真崎先輩ね。あのワガママお嬢様の、義兄妹。有名でしょ陰じゃ」
私は知りません。私の顔がそう言っている。
そんな調子だ。
何でこんな展開になってくるんだろうか。信じられない。
日向が、放課後一緒に帰ろうと言ってきてくれた。すっかり親友になっていた私達。違和感は暫く残り続けてはいるけれど、何とかなりそうだった。慣れていきそうだった。
それで、今度は学校帰りに。部室までついてきてくれないかと言われる。
「部費、部長に渡しにいかなくちゃと思ってさ。悪いけど、ちょおっと付き合って」
日向は可愛らしく笑いながらウインクしていた。うん、いいけどね、と。私、顔はニコニコと笑って返してはいるが、頭の片隅で『予感』していたんだよ。
部、長、ね……。
予感は的中する。期待を裏切る事はなく。
日向は吹奏楽部に所属しているらしく。音楽準備室の引き戸を開けた。
中に居たのは、2人。ただし一人は制服ではなくて、私服だった。落ち着いたセピアトーンのシャツを上着に、ジーンズパンツの……高校生くらいに見える男の子。茶髪だ。
よく知っている顔が並んでいる。
2人とも。
「わあ水葉先輩。遊びに来たんですか?」
日向が茶髪の男の子の方を見て嬉しそうに駆け寄った。窓側の棚に腰掛けていた彼は、立って日向を迎える。
「よお、久しぶりじゃん。元気そうだな部の奴ら。学校さぼってこっちに来てたんだけど、あんま皆変わってねえ」
立つと、背が高かった。モデルみたいだ。格好つけているのかと思ったのに、微かに笑った顔は自然に大人びている。知性派に見えた。
水葉先輩と言われた彼―― カイト。
「で、その手にある封筒。部費、持ってきたわけね。早くちょうだい」
横で髪をかき分けながら片手を差し出すのは、鶲。何だこのコンビ?
鶲はカイトと違って偉そうで、格好つけてるみたいに振舞う。まあ……これが彼の性格なんだと思えば特に不思議じゃない。知っているままで安心すら覚えるわ。
「勇気。紹介するわ、初めてでしょ? OBの水葉快都先輩と、こっちは吹奏楽部長の花鳥鶲先輩。部長はフルート担当で、水葉先輩はピアノ担当だったんだ」
と、日向が私に紹介してくれた。
「今はドラム一色。一式買ったんだ。中古だけど」
カイト―― 水葉先輩は、腕を組みながら少しだけ口元で笑っている。
「へええ。カッコいい〜! 器用ですよねー! 何でもこなせちゃう」
日向はとても素直に感動していた。それを見て思うんだけれどまさか、水葉先輩の事が好きだとか日向。……ねえ?
私がどう反応しようかと考えているとだ。水葉先輩……こう呼ぶのには、抵抗があって慣れないけれど。水葉先輩の辺りから、携帯の着信音のような音楽が流れてきた。ピロピロピロ……変わった軽快なベル音だ。
「おっと。芽野だ」
知らない名前を呼ぶ、水葉先輩。ポケットからau携帯を取り出してすぐに電話に出た。
「おう。はは、サボったのバレた? 今帰る。じゃな」
それだけを言って切る。芽野って誰だ? もしやカノ……。
私よりも、日向の視線の方が水葉先輩を鋭く突いていた。私達の注目を気にしてか、電話をしまいながらクスッと笑い。
「イトコ。バンド組んでるからさ。学校サボったの怒られた……というわけで帰るしー。鶲ぃ、また来るわー。ギターの件、また考えといて。じゃな!」
「へいへい。僕はやる気ないけどね」
そんな会話をして去る。背中を見守りながら、寂しそうに口を尖らせている日向。……やっぱり?
「バンド活動、いいなぁ。私がギター弾けたら、入れてもらえるんですか、先輩?」
と、日向が聞いてみると鶲はフフ、と含ませて日向を笑った。「さあ?」
真っ黒な瞳でからかっているみたい。あんま気持ちのいいもんでないけれど。「ちぇ」
舌打ちしながら、日向は私の肩を叩いた。帰ろう、と促しながら。
「うん」
帰り、校内道中、職員室前の廊下を通った時だ。
ゲイン―― 睦道先生が、女生徒数人に囲まれて困った顔をしていた。私達は通りすがら、様子を窺ってみていたら。
どうやら写真を落とした所を、生徒に拾われたらしい。その写真とは、奥さんの写真で……。新婚ホヤホヤ、新居ピカピカ、ラブラブ真っ最中らしかった睦道先生は、生徒達の尋問にあっている渦中というわけだった。
私達は……通りすぎる。
私の心臓は、鍛えられていった。もう何が起きても大丈夫だ。たいして驚かなくなっている……どんな形で、皆が登場しようとも。
校門を出る時、ハルカさんとレイに遭遇する。
ハルカさんは制服姿で、レイは白衣にアルミケースを片手にぶらさげていた。髪の色は黒いが、ハルカさんは栗茶に見える。それはそうと……何だ何だあ?
白い普通車に乗り込もうと、レイは運転席側で。横に付き添うハルカさんに話しかけていた。
「明日、3時に検診だ。また迎えにくるから、無理はするな。わかったか」
厳しい表情のレイは、言い聞かせていた。ハルカさんは「……はい」と静かに頷いている。
2人の脇を通りすぎた後、日向がボソッと私にだけ聞こえるように言った。
「春香先輩、この前部活中に倒れちゃったんだって。医者がつくなんて、よっぽど悪いのかなあ体」
日向のおかげでわかったけれどね。レイは医者で(何歳になってんだろう)、ハルカさんは……春香という、私達の先輩。そんで体が弱いって? ふううん。
部活とは、何部なんだろうか。その優雅さで茶道か華道が似合いそうな気がした。意外と将棋部だったりしたら、私は笑う。こんな世界。
「あ、ちょっとお参りしてこ。今度、弟がサッカーの試合でさ。拝んできちゃお」
帰路を歩いていたら。いきなり日向はそう言って、道すがら見えてきていた神社の境内にと走り出す。結構バタバタと慌ただしい性格なのか、人ともぶつかりそうになりながら。「あ、ごめんなさい!」
「いえ……」
日向に頭を下げられている女の人。杖を持ち歩いていたようで、落としかけたのを私が先に拾ってあげた。
「ありがとう」
微笑んだ優しい顔。お礼を言いながら、行く道を再び歩き出した……様子から盲目らしい、女の人。
トキだ。“時の門番”の。
懐かしい。
私は遠ざかっていく背中を目で追っていた。
……その後で気がついたんだけれど……。
境内に入る前、鳥居のそばで竹のホウキを使い落ち葉やゴミを集めているのは……。
さくらだ。
巫女だった。整った顔立ちは、崩れそうにない。
拝み終わった日向と合流して道を歩くと、一人のお坊さんが立っていた。立ったまま、動かず目を閉じている。瞑想中なのかな?
お坊。そうです。
紫苑だった。
……
向こうの世界の住人で。もう会えないと思っていた人達が次々と現れていく。
慣れるって怖いかも。
たとえ家に帰ってからテレビをつけた時に、アジャラとパパラがデュエットで歌手デビューしていたのを目の当たりにしたとしても。
「へえー」……そんな軽い驚き程度で済んでいた。
デビューして一週目でオリコンチャート初登場一位。デビュー曲は『TENJIN☆SUMMER』。牛耳ポップビートが牛耳萌え素と上手くコラボし、若者プラス牛耳オタク魂に火をつけた。グッズ展開上でも牛耳は市場を牛耳っている。流行語大賞候補は『モウ! スーン♪』で決まりだと世間では言われているようだ。どうでもいい。
どうなってんだろうか。この世界……へえー。
「勇気ー。ちょっと店に来ーい」
学校から帰ってきて着替えた後、部屋に居た私を一階からお兄ちゃんが呼んでいた。
「はいはーい。今行くー」
と、私はせっかくつけたテレビの電源を消して、呼ばれている方へと階段を駆けおりていった。そうそう、昨日。働き手が足りないからって店を手伝えって言われてたっけな。それを思い出していた。
私がのれんをくぐって店に出ると、待ち受けていたのはお兄ちゃんだけではなかった。
「初めまして。菜木麻理亜です」
長い髪を後ろに束ねた、背が高めの女の人。スレンダー美女が居たのだ。
「マ……」
私の口が、『ま』の形で止まってしまっている。無理もない。
「どうした勇気、知り合いか?」
何にも知らないお兄ちゃんは、ハテと変な顔をしていた。「い、いやあ、何でも」
手を振りながら笑って誤魔化す私。お兄ちゃんは気にせず、麻理亜さんの紹介を始めた。
「バイト募集の張り紙見て、来てくれたんだよ。明日からさっそく働いてもらうから、勇気もわからない事とか聞いたり教えてあげたりしてくれ」
私は緊張しながら、まず自己紹介を簡単に。「勇気です。よろしくお願いします」
愛想気持ちよく麻理亜さんは答えてくれた。「よろしくお願いしますね、勇気さん」
本当のお姉さんができたみたいだった。とても心臓がドキドキして。
「じゃ、今日はこれで。明日からよろしく」
挨拶を済ませ、お兄ちゃんに出口まで送られて。麻理亜さんは帰っていった。
マフィア。
私は、心の中で見送る背中にそう呼びかけていた。
「じゃあ勇気。今日は、店、手伝ってくれな」
お兄ちゃんが言って仕事に戻っていく。
後に残された私は頷いて、部屋へエプロンを取りに戻っていった。
(嬉しい……! マフィアが、バイトに来てくれるだなんて!)
夢じゃないよね? と私の足が浮き足立つ。滑って転んでしまったらどうすんだろうね。ふふ。
すっごくこれからが楽しみになった。マフィアが本当のお姉さんだったらって、今まで何度思ってきた事だろうか。バイトになっただけで、姉妹になった訳じゃないけれど。とにかく距離が近くて、すっごく嬉しかった。
ああ、楽しみ。明日!
エプロンを探して、タンスを開けたり机の上に色々とのっかっている物をゴソゴソとまさぐっていた。昨日の今日だったから、物の片付けがまだできていなかったりするんだけれど。
そんな中。ヒラリ、と。
机の上から紙が数枚、続けて落ちてしまった。「おっと」
私は拾う……何の紙だったっけと見て気がついた。
“七神創話伝”
第一章 “序章”
この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度 救世主ここに来たれり
光の中より出で来て……
……
旅の途中、メモってきた伝説。
―― 今では、もう懐かしい思い出になってしまうんだろうかな。
私を成長させてくれた、変な言い方かもしれないけれど小っぽけな大冒険。
望みのままに、望みじゃない世界だった。
ううん。……私が望めば。
きっと新しい世界が、自分の手で造り出せる。
落ちたメモを拾い上げて。
書かれていた文を一つ一つ……大事そうに目で追っていた。
すると。
「ん……?」
奇妙な事に気がついた。文が、足されている。「え?」
一瞬だけ、寒気すら感じた。書いた覚えのない文字が、最後に付け足されていたからだった。
いつの間に……そして誰が?
「どうして……」
私は、読めるはずのない文字を見る。日本語でもない、英語でも中国語でもない、見た事もない字で書かれている。私には読めないはずだった。
しかし。
「わかる……」
何故だか、私はその書かれた文字や文章が読めたし、理解ができた。どうして?
とにかく、読んでみた。書かれていたのは“七神創話伝”、第七の……章。
初めて聞いた、まるで付け足されたかのような内容でもあった。
『 第七章 “新たなる世界”
帰還した救世主 元の世界へと戻る
だがそこは新世界 救世主のもとに
新たなる世界が 広がるだろう 』
「天神様……?」
涙が出そうだった。
天神様でも、こちらの世界の神様でもどちらでもいい。
ありがとう、会わせてくれて。私の寂しさを紛らわせてくれて。
皆、ひとりだね。神様も。
けれどひとりじゃないんだね。
皆が居る。
何だかんだで。おかげで、私は生け贄にもならず。こうして今も生きているんだ。
生きているからこそ付け足された“第七章”……。
私は、メモを胸に抱き締めた。
「勇気ー! 支度はまだかあ〜」
感動に浸っていると、遠くからお兄ちゃんの声が元気に聞こえてきた。
「はああい、今行くー!」
私はエプロンをやっと見つけて、持って部屋を出ていった。
店では、夕方を過ぎると仕事合い間のおじさんや、常連さんでカウンターがいっぱいになり騒がしかった。私は物を運んだり片付けたり注文を取ったり奇跡的に落としかけた皿を割らずに済んだりと。忙しく、働いていた。
今まで、あまり手伝わなくていいから勉強してろと、お兄ちゃんに言われてきたけれども。
こうやって手伝える事ができる年齢にもなったんだろうか。成長したなって、認めてもらえたみたいで。少し嬉しかった。
「勇気。そろそろ閉めるから、のれん片付けてきて」
「はーい」
お客さんで、最後の一人が帰っていった頃。厨房で始終忙しいお兄ちゃんに私は言われて玄関先へと小走った。
忙しかった今日という日も、これで終わる。終わりが近づいてきていた。
「……」
外へと出て、月が雲に隠れているのか暗い夜空を眺めて。
私は……何か大切な事を忘れているような感覚に包まれた。
(何だっけ……すごく大事な事だったと思うけど……)
暫く……立ったまま、思い出せと脳に指令を出してみる。しかしなかなか思い出せないでいた。
そんな気持ちのよくないまま、上部に掛けてあったのれんを外そうと手を伸ばした。すると、キラリと手元が光ったのを見て「あ」と声を上げる。
手元で光ったのは、セナにもらった石のブレス……ああ!
「セナ! ……セナは!?」
焦ってつい大声を出してしまった。パラパラと、まばらに通りがかっていた人が見づらそうに私を見て過ぎ去っていく。通行人に気をかけている場合じゃなかった……セナは!?
ヒナタ、ゲイン、カイト、マフィア……他の、知っている皆には会った。でもセナは。
まだ会ってない。何で!? どうして!?
肝心な人に出会ってないじゃないか……!
私は興奮して両手を握り締める。どうして忘れてしまっていたのと、自分を責めていた。
かなりの自己嫌悪に陥ってしまって、歯を食いしばって地面を見る……睨んで。そして……落ち着いた。「……」
穏やかさを取り戻した後。
私は、はあとため息を一つ。少しだけ白い吐き出した息は空気に溶け込んで。
言ってたって何にもならない空しさを、肌に感じていた。
セナ!
セナ……会いたい。
私は、両手を組んで祈った。
無駄かもしれないけれど、とにかく祈った。今すぐは無理でも、明日なら。明後日なら。
一週間後でもいい。皆と同じに、同じ世界で出会える事ができるなら。
こんなに素晴らしい事ってない。だから。
セナが好きなんだ。
会わせて下さい、どうか。
会わせて……!
……
……
……冷たい風が、吹きすさぶ。
「ハックション!」
私のくしゃみは、風で消された。「うう……寒い」
小刻みに震え出した私は……肩を落とす。
「風邪ひいちゃうよね……中に入ろ」
のれんを持って、諦めを身に染み込ませる。
人気もなく、遠くで犬の吠える声が聞こえている以外は、静かだった。
せっかく月が雲の陰から輝き現れてくれたとしても。何の意味もない。そこにあるだけだ。
ありがとう、お月様。姿を現してくれて。
さ、店に戻らなくちゃ。中でお兄ちゃんが待っている。
私はドアに手をかける。お兄ちゃんの仕事を、手伝わなくっちゃ。そう思って。
……
音がする。
騒がしい、生活音だ。始めは小さかったけれど、段々と音は大きくなって何かが近づいてくる音。
車じゃない、乗り物の音だ。オートバイの音。オートバイだ。しかも。
一つじゃなかった。
「んん?」
ココは、所々商店があるけれど住宅が並んでいる地域だ。そう、騒音なんて発生しない。ましてや……。
夜に?
「うわっ」
ぼうっと見ていたらだ。店の前を、一台のスクーターが走っていった。若い男の人が乗っていたけれど、ヘルメットで顔はわからなかった。
風を切って行ってしまった。すぐ後にも。
2、3台めと続いて同じような小型のオートバイが通過していった。中には、一台のバイクに2人乗りしているのも。
バイカーの集団だったんだ。
(危ないなぁ……向こうの大通りを通ればいいのに。こんな狭いトコ走っちゃって)
私は嫌な顔を見せないように、店の中へと入っていこうとした。
その時だった。
「危ねええ!」
「はっ!?」
私が振り返ると、目の前に一台のオートバイがこっちに向かって飛び込んできた。
「きゃあああああー!」
悲鳴。私は屈み込んで、キツく目を閉じ。うずくまったまま、耳を塞いだ。
……!
衝撃音が小さく聞こえた。耳を塞いでいたから、小さく。……い、一体何が……?
恐る恐る目を開けてみると……私が屈み込んでいたのとは僅か数メートル先向こうの家の垣根にて……突っ込んだオートバイが見えた。
「ひやっ……」
小型だったけれど、前輪部分は垣根に突っ込み隠れて見えやしない。それより。
人は、何処いった?
「セーフ!」
何と、乗っていたと思われる人物は。私が釘付けになっていたオートバイとは違う、離れた所に居た。「???」私の方へと近づいてくる。
半球型のヘルメットを被っていたのをとった。
暗がりで見えにくかった顔は、私の瞳に明らかになって映ってくる。
「あ……」
月の光が、感動を後押ししてくれているようだ。照らされた影が地に伸びて、人の姿形その存在を、確かなものにした。
端整な顔は、記憶の中とは変わらない。ヘルメットをとった時に微かになびいた髪は、女の人かと思った。品よく、ムダのない動きをしている。
本物だ。夢じゃない―― 。
目は、真っ直ぐ私を見ている。見つめられると、こっちは熱く焦げてしまう。意志を持った視線。彼、は。
「セナ」
間違いなかった。
「上手くかわせたみたいだな。びっくりさせてごめん」
そう言うと、はー、と。重い息を吐いた。「もうダメだ。あのスクーター」
目に見えて激しく残念がっている。そんなガッカリしなくても、と私は苦笑いしていた。
「無事ならいいじゃん。バイクはまた、修理すればさ」
果たして修理で済むのかどうだかはわからないけれど。とにかくそう言って励ましてみた。
彼は、私を横目で見ながら、何度も何度も顔を動かして難しい顔をしている。
「何だ何だ……事故か?」
ドヤドヤと、店の中からお兄ちゃんが登場。気がつけば、一人、また一人と。人が家の中から顔を覗かせたり、玄関から心配そうにサンダル履きで出てきたりしていた。
「あ〜あ……こんな狭え道走るから」
何処かのオヤジに野次られたりして。
聞いたセナ……彼は嫌だ嫌だと素振りを見せて、手を振っている。
「ちょっとブレーキが利かなかっただけだっつうの」
小声で不満を漏らしている。私には聞こえてしまった。また、苦笑い。
「さて、と……」
私は空を見上げた。相変わらず、暗い空。小さな星達と、雲のかかっていない月が浮かんでいる。
セナが会いに来てくれた。私の最後の願いが叶う。嬉しすぎる、この状況。
飛び上がって、わめいて、喜んでもいいのだろうか。
セナに飛びついてもいいんだろうか。本当にいいんだろうか。
「あ、そういえばよお。お前。さっき」
「え?」
人だかりができていく中で、彼に並んでいた私は顔を見上げた。何だろう?
全然悪気のない態度な彼は、私に聞いていた。
「セナ、って。何で俺の名前が瀬名だって知ってたんだ? エスパー?」
……
私が今日見るだろう夢で、記憶の中のセナは言う。
『また逢おうな……!』
うん。
そうだね。
この世に四神獣、蘇るとき。
また私は旅に出るよ。
光を求めて。
待っていてね。どうか私を待っていて。
どの世界でも。
……
「また、逢おうねええー!!」
《END》
【あとがき】
滑り込みセーフの最終話となりました。危うく日が変わる所でした。これまで無遅刻無欠席な連載だったのに、最後の最後でこんな危なっかしい綱渡りをする羽目になるとは……いやもう、間に合わないかとほんとにハラハラしました(大げさです;)。
1年2か月くらいでしたが、ここまでお付き合い下さった温かい読者の皆様へ……ありがとうございました。とても自信に繋がったと思います。やればできんだああ〜。よ、っと。
語り尽くせないかも、な今作については。また、そのうちぐだぐだとブログにでも書こうかと思います。誰が見るんだろうかと思いながら。
(ぐだぐだ言っているブログ→http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-136.html)
絵も、最初と最後でだいぶ変わりましたね。はは。
感想など何処でもお気軽にどうぞ。作者、あんまり評価なんぞ細かいこと気にしませんので。
※携帯版(本文分割・カット版)あります。長文が苦手な方にも。きっとどうぞです↓
http://ncode.syosetu.com/n3678e/novel.html
※宣伝ですが、ブログハウス出版より共著本第2弾を出版しています(第1弾もあります)。
第2弾は、短編で2ページ掲載です。詳しくはブログにて。アマゾン他書店でも小部数ですが販売中です(無いかもしれませんね……)。
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-119.html
ブログコメントかメッセでも頂けたら、サイン付きでお売りもしています(いらないかな 汗)。在庫も少ないですので、無い場合はどうぞご了承ください。
それでは、また何処かでお会いいたしましょう。
2008年12月30日 コタツにて あゆみかん