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第60話(帰郷)

 いつの頃からだっただろうか。

“闇”が、己を内から侵食し、支配を始めていったのは――。



「ハルカ……」


 枯れ草のはびこる土壌が一面にあった。そこから外れて、海にも近く。雑然とした石や砂、草木が広がる地面の上で、びしょ濡れのハルカは寝かされていた。

 水滴が、眠るハルカの顔面に垂れ落ちていく。見守る方も、頭から足先まで全身が濡れているせいだった。

「目を覚ませ……もう、悪夢は終わった」

 区切りをつける。底の深さも長さも大きさも、得体の知れない相手とは繋がっている鎖を断ち切りたかった。

 恐らくは、それが本望。


『世界の混沌を許し、自らのあらゆる闇を捨て去りたいと思っていただけなのだ』


 世界に投下された闇。拭い去ろうとしても、力は及ばず。これが運命だと決めて諦めを繰り返していても、さらにまた次の新しい闇がやって来る。

 打ち克つには、光だ。光がいる。

 光さす方へ。

 そこにも、闇という敵は形をつくり獲物を待っている。

 光……力、知恵、運、意志。何でもよかった。武器となり対向できるものならば。

 力がなくても知恵がある。知恵がなくても運がある。運がなくとも……生き抜けと自らを叱る意志。闇も生き残ろうと必死だ。おかげで強大だった闇も身を削り弱まり大人しくしてくれる。『俺は、そんな闇が』。自分も闇の一部だ。それを認めてやらねばならない。


 闇を許し共存を選ぶ代わりに、ひとりになる事を選ぶ。闇を周囲にばら撒かないために。

 ひとりを選んだ。


 それがレイだった。


 今は『闇神』としての能力を失っているレイに、日光が空から明るく降り注いでいた。

 数分間と待ち続けていても反応のないハルカ。レイは押し寄せてくる後悔という波に、浮かんでいた。どうして。

 どうして……一緒に連れて歩いた?

 氷づけにしてまで。

 何が、自分をそうさせたのか。天神の所へと赴く前の話―― まだ闇には触れるに浅い頃の話だった。天神という、はかり知れないものに憧れて。真っ直ぐに、前を見る。

 天神の地から去り、やがて自分の“闇神”としての運命と世界を握る、影の存在と正体が明らかになった時。

 レイは、意志を示した。行動を起こす。

 ハルカを追いかけた。

“七神鏡”を放棄し海に落ちた……ハルカを追って落ちて、近くの陸にまで引っ張り上げてきた。

 上空の彼方では救世主やセナ達が青龍と戦っているとは知りながら、この先、そちらには関与する気などは全くなく。青龍が封印できればそれでよし、できなければ世界の破滅という死。単純な未来だ、レイはそう割り切っている。

 それよりも大事な事があるから関心はないのだ……レイの行動に深く関わっている。

「迷惑をかけてすまない……」

 レイは自分の身勝手さも、言葉足らずで簡潔なのも承知していた。ハルカの思いも。自分と同じく、闇に支配されていく様子も。知りながら。とてもわかっていながら。

 我慢するしかなかった。

 だからか、氷づけにした事をずっと悔んでいる。すがりつき追いかけてくるハルカをもっと拒絶し……いっそ。手にかけてしまえばよかったのか、と……。


 レイはハルカの手を取った。力を込めた、そのせいで震えながら再度謝る。

「すまない……」

 目を閉じれば過去は蘇る。ハルカとの交流の始めから。長きに渡り、レイのまぶたの裏で思い出は印象に残るものほど鮮明に、華麗で優雅な演出を施されて展開していくのだった。ハルカが起きない時間には、相応しい演目で。

 不安を誤魔化して……救われて。

 それでも、時々は不安が膨れ上がる。

「レイ……」


 レイは……ハルカを見た。

 危うく記憶の回想の中で埋まってしまうのに気がつけず、聞き過ごす所だった―― 耳は、確かにと小さな声を拾う。

 ハルカは起きていた。レイを見つめて。

 マバタキを繰り返しながら徐々に意識を呼び起こしてきていた。そして次にかけた言葉は。

「愛してる……」


 闇の見張りである呪縛から解き放たれて。

 2人は、やっと通じ合えるに至る。ココまでにあった道は、例えるなら(いばら)の。棘に刺されながらも、棘を避けながらも歩いてきた……時の道のり。

 幼少の、バラが2人の未来を示唆していたのだと。ハルカは納得した証拠に笑みを浮かべていた。

 残念な事に。花は一輪すら手元にはない。祝福もない。

 レイがハルカを抱き寄せる。それだけで。


 ―― 2人には満足だった。





「それじゃ……」

 雲の隙間から、太陽が輝いている。門出を祝っているかのように。私の頭上で明るくサンサンと……晴れているのは空であって、気分は曇りかもしれないなあ。

 ためらいがちに別れを告げようとしてみるけれど。踏ん切りがつかないでいた。


 島は先の目的地、ラグダッドに着いている。港や市場、外に人の姿が見えないのは、皆家に引きこもっているせいなんじゃないかな。青龍は封印されたけれど、本当の安心を手に入れるまでには時間がまだまだかかりそうだった。

 私と、セナ達と、天神様と、アジャラ達。総動員でズラズラと列を成し、ある場所へと私が案内しつつ辿り着いた。廃墟と化した神殿。坂を上って、見えてくる。

 古代ローマのコロシアムにそっくりな白の建造物。崩れ傷み、廃墟という名がぴったりで……歴史的な連想を呼ぶ。魔物が出てきたっておかしくはないんだけれど。一匹も、ココで遭遇した事はないんだよなあ。


「懐かしい香りがします……」

 天神様は、そんな事を。

「昔、天神様はココに居たわけじゃないんですか?」

と、私は聞いていた。

 天神様は、私の顔を横から見て力なく笑っていた。どうしたんだろう? 私にはわからないけれど。

「色々とありましてね……さ、道を開きますよ。準備はいいですか。救世主、七神……最後の別れを」

 話題を変えて、天神様は促す……私は少し元気なく俯いてしまった。

 準備って……いつまでもこのままじゃ、整わない気がしてしまう。

 さよなら、って。笑って。天神様が開いてくれる、“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”を渡って行けば、向こうの世界に帰れる……はず。

 わかっては、いるんだけれどね。


「勇気!」


 私を呼んで前に出てきたのはマフィアだった。「マフィア……」

 涙を堪えているような、締まった顔つきだった。我慢ができなくて、飛び出してきた子供のよう。

 私の手をとって言った。

「いつかまた……会いましょうね! 会うんだから……絶対よ! 忘れないでね!」

 涙で潤んでいる。

 私の鼻の奥も、つられてかツンとしてきていた。途端に、内から感情が湧きおこってくる。

 このまま皆ともお別れ。実感が、やっと遅くも出てきてくれたみたいだ。もの凄く帰る足に抵抗が生まれた。

 マフィアの後ろから、ゲインが歩いてきた。

「勇気殿。達者でな……リカルにも、よく言っておく。皆に比べれば短い間だったが、ともに運命を歩く事ができてこのほど感動した事はない。皆に会えた事、天神殿をお目にかかれた事。生きて帰れる事に……感謝している」

 私とは、握手をした。ゴツゴツとした、たくましい大きな手。体温がとても温かかった。

「俺の人生ごと変えてくれた救世主に……お礼を言わせてもらうよ。ありがとう。また会えたらいいな。そう思う……いつか、また。何処かできっと」

と、ヒナタも寂しそうにこっちを見ていた。

 ヒナタ……。


 マフィアに、ゲインに、ヒナタ。

 次々に、出会った時の事が目に浮かんでくる。マフィアとは、マフィアのお家である飲食店で出会ったんだ。ミキータっていう女の子に連れられて。店は、孤児院だったんだよね。店を切り盛りしている立場だったのに、私を追いかけて来てくれた。凄く料理が上手くて、ほっぺたが落ちそうになるほど美味しくて……こんなお姉さんがいたらいいなって。いつも思っていたんだ。

 ゲインとは、最後に出会ったんだっけ。いきなり「俺が最後の七神だ」って迎えてくれて。いいのか、そんなアッサリと見つけてもって、苦笑いしちゃったなあ。

 ヒナタとは、同じ年。けれど、辛い出来事があった。両親を早くに、訳があって亡くしてしまって……辛かったよね。私も両親は早くに亡くしているから、まるで自分の事のようにも思ったんだ。苦しかった。


 3人とも、名残惜しそうに私を見て涙が見え隠れしている。

 困ったな。別れの言葉が……決心がつかないよ。


 そうしていると。ゲインやヒナタの後ろから別の声が聞こえた。

「勇気……」

 体を傾けて、ゲインの大きな体の後ろを覗くとだ。セナに肩を借りて、カイトがこちらに向かって歩いてきた。「カイト!」

 思わず呼んでしまう。青龍の毒息のせいで、回復するために一晩ずっと寝ていたんだ。まだ青白い、血色の悪い顔なので今だって相当無理しているに違いない。

「ダメだよ、まだ寝てなくちゃ」

「だってこれでお別れなんだろう? ……今、ちょっと楽にはなったから、大丈夫だ。心配かけたな」

 そう受け答えするカイトは、優しかった。私の頭を撫でている。

「今まで、適当にキツイ事も言ってきたけど……」

と、私の顔を見下ろしていた。

「よく頑張ったな。偉い。向こうじゃ、待っていてくれる人が居るんだろう? 勇気」

 そう言われて。

 私は、自信なく。「うん……」と曖昧になって控えてしまった。

 天神様が聞いていたのか、横から口を出す。

「勇気。安心なさい。向こうに戻れば、向こうの神がリセットをかけてくれます」

「え?」

 予想外の事に、私はどういう事なんだろうと腕を組んで考えてしまった。

「簡単に言えば、です。一度、勇気、あなたが向こうへ帰った時に。あなたに関する記憶や情報をほぼ全て消してあなたはこちらへと戻ってきましたね。ですので、あなたが帰る際にはそれを全て解きます……すると、恐らくは。あちらで時は修正され、あなたが元通りに生活できるよう。向こうの神が、手配して下さるはずです」

 修正。手配。

 向こうの……私の居た世界の……神様が?

 そ、そうなんですか……本当に?


 じゃあ、元の世界に帰っても。私の帰る場所は……ちゃんとあるんだな。

 そいつあ、安心だ。安心……。

「そっか……ありがとうございます」

 私の事を考えてくれていたんだね。天神様だけじゃなく、皆も、色々と。

 私って究極に幸せだ。そう思う。


 カイトは気遣いながらか。私の頭をもう一回撫でた。

「じゃ、帰らなくちゃな。向こうで、勇気の帰りを待っている」


 お兄ちゃん。

 心の中で、私が叫んでいた。脳裏に姿がよぎる。

 もし私が居なくなってしまったと思い出したら。一体どんな顔をするんだろうか。

 それを思ったら。

「そう……だね。早く帰らなくちゃ……」

 私に焦りが。カイトが付け加えた。

「そうだ。これをやる。前にあげたやつは、ダメにしちまったまんまだったろう」

と、ゴソゴソとズボンのポケットから何かを取り出して私に渡した。それは。

「人形!」

「そうだ」

 可愛らしい、三つ編みを左右に肩から前に垂れ下げた手縫いの女の子の人形だった。ひょっとしてこれって売り物だった物?

「これを……くれるの? カイト」

 カイトはうん、と首を縦に振った。

「嬉しい……ありがとう! 絶対大事にするよ」

 私は両手で握り締めて。とても喜んでいた。

「もっと時間があればなぁ。門出祝いの席でも特別な贈り物でも何でも。用意できたのによう……」

 最後に、カイトは意地悪っぽく。あ〜あ、と腕を振り回しながら諦めていた。

 天神様もタジタジだった。何も言い返せないみたいで。

 他の皆も苦笑いで誤魔化している。私も、タハハととぼけるしかない。

「あ! そっか……」

 突然私はある事を思い出して。手荷物の中から、『ある物』を取り出した。

『ある物』とはね。

「セナがくれたこれ、向こうに行っても着けておくね!」

 そう元気にかざした……透明の小さな石が連なった、ブレスレット。マフィアも似たようなのを持っていたと思うんだけれど、セナが私達に買ってくれた物だった。

「あー、それな。そういえば、あったっけ。忘れてたけど」

と、セナはポンと手を打つ。

「戦っている最中とか、落としたらと思って外してたりしてたけどね。ずっと着けておくから!」

 今までは、セナにもらった“七神鏡”の一部でもあった指輪を着けていたんだけれど、もうそれはなくなってしまって手元が寂しくなってしまったんだ。ちょうどいい。これからずっと、肌身離さず着けておこうっと!

 セナは「そっか。サンキュ」と嬉しそうに笑っていた。

「勇気! 私のも、あげるわ。どうかもらってって」

「え?」

 マフィアが、手荷物から探してきてハイ、と私に渡してくれた物。

 それはマフィアもセナにもらっていた、緑の石が連なっているブレス……私のとは石違いの物だった。けれど?

「い、いいの? マフィア、セナ……」

 受け取った私は、困りながらもマフィアとセナの両方の顔を見た。2人とも、ニコニコしちゃって全然いいみたいな顔をしている。

「わかった……うん、大事にするね!」


 そんな風に、私が残された時間を過ごしている―― その時だった。


 ゴゴゴゴゴ、と。地面が揺れ始めた。「うわあ!」

 びっくりして、身が固まってしまう。まさかまた青龍が現れたとか!? ―― 危険を感じたけれど、やがて治まった。

 ホッとひと息ついて、辺りの様子へ関心を寄せたら、だ。


 大きく輪に光り輝く物体が現れる。

 パ……。

 私達から少し離れて。天神様のかざす手の先に、光は神々しく出現したのだった。

「橋だ……」

 あれが、とカイトは珍しそうに食い入っていた。皆もそうだった。

 注目を浴びた光の中から、橋が形造られできていく。伸びた先は、光のトンネルの中へと続き、眩しくて見えていない。

聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”。2度目の通行だ。

 先には、私の居た世界が待っている。私の通行を許可してくれたから、現れてくれたんだろう……。


「では……」


 天神様が、私を促していた。さあ、行きなさい。痛くはありません。何も問題ありません。用意は、万端ですから……何もかもを許すような優しさで、光は待っていた。

「はい」

 確かな返事をする私。

 足も、ゆっくりとだけれど、光に導かれるように進んで行った。


 止まらないで。


 振り返らない。


 決心が鈍るからさ。


 ……。


 私は、誰の顔も見なかった。

「勇気! バイバイ!」

「元気でな! 負けるなよ! 何があっても!」

「達者で! 勇気殿!」

「またなー!」


 ……。


 声が、私を後押ししてくれていた。私は、光に吸いこまれていって影が薄くなってきていた。

「勇気……!」

 最後に聞いたのは……セナだった。



「また逢おうな……!」



 思えば、セナとは。光の中から現れ、光の中へと消えていくんだ。私は。

 いきなり森に現れて、疑う事なく迷子同然の私を温かく受け入れてくれて。伝説の救世主じゃないか、って教えてくれたのもセナだった。

 そうだ。よく考えたら。

 私が冒険をする事になったのも。こんなに、成長させてくれたのも。

 セナが、終わりまで見放さず導いてくれたからだ。

(セナ……)

 危うく、決心が鈍りそうだったけれども。我慢して堪える。

 セナは、優しかった。時々厳しくて、でも優しかった。

 もう会えない。


 でも。



 私は一回だけ、皆の居る方へ向いた。

 皆の動きが止まったのが見受けられたけれど、私は急いで言い放った。



「また逢おうねええー!!」



 最大級の笑顔で、手を振ってみせた。

 涙は流さず。

 これが最後の私と、皆に覚えてもらえるようにと。


 そして……。


 私は、今度は前を向いて走り出していた。

 遅れを取り戻そうと、一生懸命に走った。

 息が切れても構わないほどに。

 行き着く先は。



 ……


 ……


 ……




 闇?


 意識は一度、飛んでいてしまって。

 目が覚めたら、暗闇の中だったんだ。

 ついでに、触っている下は冷たい。直に座り込んでいたんだけれど、どうやら地面は、岩や石みたいで……。

「ココは何処……」


 ……光から変わって暗い世界の中へ、ポーンと放り込まれたような怖さを感じた。魔物が、すぐそばで間合いをはかり。狙われているんじゃないだろうか、私。そんな事を思う。

 とにかく怖いし、寒いや。

「あれ、出口じゃ……」

 暗さに慣れてくると、光を見つけた。というより、元々はあったけれど、やっとそこにある事に気がつけたみたいだった。そこまでわかって、やっとココが何処なのかがハッキリわかった。

 見覚えのある場所。


 うーんとね。

 そう。


 ……港遺跡の、横穴の中だった。よく覚えているよ。


 居場所が判明したからか、安心できて私が歩き出そうとすると。土や、いびつな石がゴロゴロと転がっていた暗い地面の中で、足元に光沢の光を見つける。でも私は拾わず、それを見ているだけだった。何故なら。

 見覚えのあった物。

 私が拾うのを期待しているのか、そこにあった物、それは。


 ―― 鏡だった。

 丸く、額に特徴的な装飾が施されていて鏡の面を上に向けて落ちている、鏡。懐かしいとも、奇妙なとも言える感覚が入り混じって思えてしまう……今。

 鏡は、真っ二つに割れてはいなかった。

 確か、私がウッカリ割ってしまっていたはずの鏡なのに。

 拾わず、鏡面を覗き込んで観察してみてもだ。真っ二つどころかヒビさえ入ってはいない……おかしいな。

 もう一人の『私』が教えてくれたんだった……鏡の名前は、“透心鏡”で。『私』が言っていた。人の奥底に隠された心を映し出す鏡だったんだって。でも、鏡は2つに割れてしまう。実はそれが全ての始まりで。

 私は、2つに分かれてしまったんだ。そこから私の旅は始まる。始まったんだよ。なんだけれど。


 割れていないという事は……一体どういう事なんだろう?


「とにかく、(うち)に帰ろう……」


 疲れたような吐息を出して、私は歩き出した。外の……光が溢れている方へ。出口へと。そこは。

 私の世界。

 ああ、眩しいな。光って。

 手を頭の上にかざしながら、精一杯に目に入ってくる眩しさを遮断して。

 おかえり、勇気。

 きっとそう言ってくれているのかも……しれないねと思いながら。

 私は、遺跡を後にした。


 このまま、家に帰るもんだと思い込んでいたんだけれどね。

 ところが、そうじゃなかった。

 何と、友達のアッコと遭遇する。

 遺跡の穴を、出た直後だった。

「勇気いいい! 何処行ってたのよお!?」

 甲高い声が辺りに響いた。「へ?」

 アッコだけじゃない。後から後から、ドヤドヤとクラスメイト達がやって来る。中には男子も居るし、お嬢こと峰山さんだって居る。私への苛めのキッカケを作った帳本人。

 私を取り囲み、凄い騒ぎようだった。何なんだ!?

 あちこちで「よかったー」とか、「捜したのよお」とか。そんな声が聞こえてきたりで。

「あのー……一体、どういう事?」

と、聞かずにはいられなかった。すると。


「おお! 松波。無事だったか、捜したんだぞ!」

 やって来たのは担任の先生だ。慌てている。

 はあ……? と、私は相変わらず首を傾げっ放しで。どうしたものか、迷っていたらだ。

 先生のひと言に驚愕する。

 先生は、私の顔色を見て心配そうな顔をした。

「発掘中、神隠しにでもあったのかと思って皆で捜していたんだぞ。見つかってよかった!」


 発、掘、中……?


 私の頭の中に謎という名の蜘蛛の巣を張ってしまったようで。その後、先生が私を車で家に送ってくれている最中でもだ。

 巣は、簡単には解けてくれそうになかった。



 天神様の言葉が、思い出される。

『向こうの神が、手配して下さるはずです』

 私が元の生活に戻れるように……そう言っていた。


 家に帰って寝た後に、もう日は暮れて夜になっていて。店のラーメン屋のカウンターには、お客さんが4、5人くらいバラバラと居た。

 お兄ちゃんが一人、カウンターの向こう側で忙しく働いている。私が起きてきてのれんをくぐると、明るい声でお兄ちゃんは笑いかけた。

「おう。起きたか、勇気。よく寝てたなあ。昼は何処ぞに消えて皆に心配かけてたんだよ、全く」

と、お玉を片手に鍋の前にいた。大きな底の深い鍋には、湯気立ったスープが見える。

「ラーメン、食べるか?」

「え、あ、うん……そうだね」

 スープから流れてくる匂いを嗅いだ途端、お腹がクーと鳴って空腹を知らせた。調理しながらも、手は休めていないお兄ちゃん。眺めていたら、お兄ちゃんが不思議な事を言い出した。

「なあ、勇気。もし暇があったらでいいんだけど」

「ん? 何?」

「バイト募集、っていう。張り紙書いて貼っておいてくれないか」

 ラーメンを運びながら、お兄ちゃんは言った。麺の上に山盛りのネギやモヤシ。チャーシューで飾られている。ネギは増量セルフサービスでカウンターの隅っこに置いてある。

 お兄ちゃんのラーメンは久し振りだった。思わず涙とよだれが同時に出てきそうになる。

「ばいふぉ、ぽひゅう?」

 ハフハフ言いながら麺を口に入れて。『バイト募集?』って聞いていた。

 そういえば、今日はお兄ちゃん一人?

 バイトの……ええと、小谷とかいう人は休みなんだろうか?

 私は気になっていた。

「やめちゃってさ。急で、人手がほしいんだよ。勇気、明日から手伝えな」

「へ……」

 私は変な声を出す。だってだって。

 小谷さんがやめちゃった? 彼女じゃないの? どういう事?

 まさか。

「お兄ちゃん……小谷さんにフラレたの?」

 私はズビシとストレートに聞いてしまった。言った後に後悔してももう遅い。

 シマッタ、と焦って身を縮こませていたのだけれど。ザク、という包丁の音の後。お兄ちゃんは、ネギを切っている手を止めて眉をひそめながら私を見た。

「はあ? 何言ってんだ? 小谷さんとは別にそういう仲じゃないぞ。お兄ちゃんはな、い・そ・が・し・い・の! 彼女つくってる暇なんかあるかっ」

 怒ってしまっている。

「???」

 小谷さんが、お兄ちゃんの彼女じゃない? 何で?

 私は、訳がわからなくなった。



 段々と、今自分が置かれている状況が明らかになってきた。

 私は、元の世界に帰ってきたものの。思っていたより、時が遡ってしまっているんだという事がわかってくる。今日は課外授業、港遺跡へ発掘に行った日になっている。

 私は本来なら港遺跡の発掘中、鏡を割ってしまってどうしようと悩んだ挙句に隠してしまって……。

 小谷さんも、バイトをやめてなんかなかったはずだ。

 おかしい。

 私が知っている実際と違う。……もしやこれが、神様の修正?

 私は、苛めにこれから遭うのだろうか……?




 日が開いて、平日の朝。

 私は休みあけの学校に登校し、廊下を歩いていた。そうすると。峰山さん……お嬢とすれ違いそうになった。

「先週は、どちらに行ってたのかしらね? 皆に散々迷惑かけて」

 私は無視して過ぎ去ろうとしたのに、お嬢の方から話しかけてきたのだった。

 何て答えたらいいのかがわからず、黙ってお嬢を見ていたけれど。お嬢は好きに言いたい事を言いまくっていた。

「あなたが居ないからって、先生も大変だったんだから。私だって、昼から出掛ける用事があったのよ? クラスの皆を巻き込んで。どうセキニンとるつもりなの? ねえ?」

 腰に手を当てて、私に詰め寄ってくる。何でそんな事を言うのだろうか。確かに、迷惑はかけちゃったかもしれないけどさ。

(そんな言い方ってないんじゃない!?)

 私はカチンときて、何か言い返そうかと思い始めた所だった。

 すぐそばから。


「ちょっと! そんな言い方、ないんじゃない!?」


 廊下中に聞こえる声が返ってきた。何処からだと見ると、教室からじゃないか。私の居るクラスの、誰か……?

 見て驚く。

 何と、私とお嬢の間に割って入ってきたのは。

(えええ?)

 制服姿。港中学校の生徒である事は間違いはない。女の子で、ショートカット。ボーイッシュな感じがするのは、日に少し肌が焼けているからかも。

「あら光月さん。あなただって、用事があったって言ってたじゃない?」

と、お嬢は立ちはだかった。光月さん、と呼ばれた女の子。流暢に言い返す。

「クラスメイトの一大事に、用事なんて後回しでしょ! 見つかってよかったじゃないの。なーんでそんな意地が悪い言い方するんだか。呆れちゃう! 最っ低!」

 そこまで言ってやった。

 お嬢、キーと歯を見せながらかなり怒っている模様で。

 私はといえば、ただ傍観している。


 やがてお嬢は負けだと認めたのか、潔く去ってしまったのだった。

「酷かったわね、峰山さんって。大丈夫? 松波さん」

「え、は、う、うん。大丈夫大丈夫……ははは」

 私は笑いながら誤魔化した。うろたえをあまり見せないように。

「ありがと……えと、光月さん?」

 そしてお礼を言った。


 私は、味方になって庇ってくれた嬉しさでいっぱいだった。これでもう、苛めにも遭う事はないんじゃないだろうかって思う。

 それは安心するけれど……。

 でも、だ。

 おかしな事態が目に見えて明らかになってくる。

 光月さん―― は、私に可愛い笑顔でこう言った。


「あら、光月さんだなんて。日向(ひなた)……ヒナタ、でいいよ。そう呼んでね。じゃ!」




《第61話[最終話]へ続く》






【あとがき】

 次回、最終回です。年末ちょっきり終わりという。連載開始日が2007年11月6日。1年2か月ですか。やりましたな。でも次はどうしよう。悩む所です。


※ブログ第60話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-133.html


 ありがとうございました。



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