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第59話(最後の夜)


 青龍は、ヒナタ、ゲイン、マフィア、紫と。複数を相手に戦っていた。

 七神の持っていた精霊の力は鏡の放棄により、失ってしまっている。与えられているのは、天神の加護による防御の覆いと、空を浮かぶ事のできる力―― それのみ。

 あとは自力で。

 最高峰と言われたオリハルコン製の武器は、紫の一撃で折り曲げてしまい。使えない事がわかっている。

 自らの肉体を張って時間を稼ぐしかない。皆の理解は一致している。

 時間を持たせろ―― 救世主が、戻ってくる時まで。

 青龍封印をするべく集めた鏡の力を持って、戻ってくる時までである。


「うわぁあッ!」

 ヒナタは、青龍の腕のひと振るいの際に発生した風圧だけで吹っ飛んでしまった。

 何処かの陸地へと下って行ってしまう。「ヒナタ殿ー!」

 ゲインが叫んでも、下降は止まらなかった。陸の、森の中へと消えてしまった。

 一瞬の隙が命取りにもなる。

 ゲインが傍らを気にしたために、次の青龍の攻撃は避けられなかった。青龍のくねった体から流れ続いていた尾の先は、ゲインを攻撃する……これも風圧程度で、体と体がぶつかり合う直接攻撃ではないものの。ゲインは悲鳴を上げて海へと飛ばされてしまった。

 そしてマフィアもである。背中に大傷、比べて小さな傷は体中についていて、肌の色は赤く熱を帯びていた。息は苦しく、攻撃のたびに小休憩をとる間隔は増えて長くなっていきつつある。ついに限界がきて、少し遠めの陸地で倒れ込んでいた。

 紫は……。


 一人、残された紫は。

 ただぼうっと空で停止し青龍を正面から見つめていた。

 紫の、闇の力と木でできたような造りの体は見るからに傷みを表している。皮肌は服と一緒になってボロボロと剥がれかけており、血は出ていなかった。普通の人間なら臓器や肉、骨などが飛び出すだろうが、蛍の力で造られた紫の体の中は黒い空間……闇が、集まってできているらしい。神経が通っているのかどうかは、紫の表情からでは不明である。もしや紫自身、痛みを感じていたとしても。それは単なる思い込みによる痛みなのかもしれない。

 ともかく……紫の体は、崩れかけていた。

 それと言うならば、天神の加護など、気休め程度にしかならないという事である。


(これまででしょうか……)


 諦めに近く。紫の表情に(かげ)りが生まれた。息の調子は変わらないが、ひとり、ひとりと七神が海に落ちていくのを見ているうちに。喪失感が大きくなっていく。

 それは自分の体から失っていく支えだった。

 恐らく、最後に残ったものは。


(死ねますか……?)

 自分は人間ではない。では、どのように自分は果ててしまうのだろうかと。考えた所で想像などできない……いっそ早く見てみたいものだと紫は思っていた。


 青龍の眼光が強さを増していく。

 爆弾の放射能を浴びる静かな恐怖、をこれから体感でもする心境だった。どう防御していいのかがわからないでいる。

 ―― しかし攻撃は眼からではなく、その下にある大口からの毒吐息だった。

「……!」

 無防備だった紫を、青龍は容赦なく襲った。青龍にとってはロウソクの火を吹き消すくらいの規模なものだったに違いなく。簡単にそれを紫は食らってしまったという。

( …… )

 目を閉じて。紫は落下していった……左腕一本が、同時に割れ離れていってしまった。

 紫の、迎える死というものは―― 誰が決定するのだろうか。


 海に落ちる。

 泡を激しく、海中で紫は囲まれていた。体が、いったんは重く沈み、緩やかに底へと近づこうとする。

 なすがままだった。楽をしようと。もがく事もなく、水中に身を預けている紫。

 できたらこのままで深海へと進み、眠りたいという……欲求が紫の中に本当あらば、人らしかっただろうけれども。


(蛍様……)

 戻ろう、と。紫は目を開けていた……。


 人形の(さが)か。自我というものは、あれど最優先に押しやられる。

(戻らねば……蛍様の意思、自分への(めい)、だ、……か、ら……戻らね……ば……)

 途切れ途切れの意識は、途絶えない。

 もしや体の組織がすべてなくなるまで、紫に死は訪れないのかもしれなかった。

 少年の体つきをしてはいるが、無論。年は取らない。


(……?)


 意思強い力を突如に感じた紫。グイ、と。体ごと、上から引っ張られるような感覚がした。釈迦のとてつもなく大きな手で、紫の小さな体が掴まれてしまっているような感覚が。

 紫は見えない力で海の上へと強引に引っ張り上げられる。


 そしてなんと宙にまで浮いた体は、ある方向へと移動させられていた。

 天神や蛍達が居る島へと。距離にしてはすぐそこにあった。数キロで済み、紫は降り立つ。

「蛍様……」

 紫のか細い声は、小さかった。宙を浮いてぶら下がっていた足は地面に辿り着いていて。水が紫の髪や衣服から滴っていた。天神と蛍はグッタリとして寝ているカイトを看ていながら、七神の戦いをきちんと見守っていたのだった。

「御苦労様、紫。お疲れ様……」

 島へと天神により引き上げられた紫を、蛍が出迎えていた。ゴミ箱に捨てられた人形が動いているくらいに奇妙で、割れた木やヒビの入った顔、と壊れかけている紫の体を。蛍は言葉で労わった。目は、潤いを含んでいる……紫の目に蛍の顔が映っていた。

「どうされて……?」

 紫は自分の身の事より、蛍を心配していた……蛍は、紫の傷んだ体に胸を痛める。お互いが、お互いの事を思っている。

 蛍には、もう一つ。胸を傷める理由がある。

 それは先ほどに生まれたばかりの問いだった。

 いや、……答えだったかもしれない。


 サワリ、と。空気が動き微風が発生した。

 蛍と紫のそばに、出現した者が居たからである。

 (ひたき)と、隣に紫苑だった。いつもと変わらない服装と口振りで、まずは再会の挨拶をする。

「や。蛍とブアイソ。酷い格好だね。無様」

 腰に手を当てている鶲は持ち前の皮肉で鼻にかけて笑っていた。黒い瞳はやはり黒い。全身もタイツと、真っ黒である。

 紫苑は坊の服装で、頭に毛は生やしていない。裸足だった。これが2人のいつもの容姿。蛍と紫は、懐かしさと驚きで満たされていた。

「もう……終わりはすぐそこまで」


 紫苑の落ち着き払った口調は同時に静けさをも呼ぶ。蛍に湧いた驚きは、治まった。紫苑の語る言葉は、ちょうど蛍の持つ疑と答に触る。「やっぱり……」

 横分けした髪がそよ吹く風に揺れて……蛍は肩を落としていた。

 鶲が、何を思ってかハハハと声を立てて笑い出した。

「僕らはどうせ用済みじゃない。鏡をもう集めなくていい。レイのお望み通りに、青龍は復活。僕らの残された使命って何? さくらは、レイの用が済んで消えた。僕らはまだ生かされているけど、そのうちレイが消してくれるよ。……あー、やっと終わるんだ、全てが。ご苦労サン」

 首を回したり、手足を屈伸したり。深呼吸をしている。紫苑が補足した。

「レイ殿の指示があるまで待機に徹していたが……皆に、言いおいておかねばならない事柄があるな。鶲、蛍、紫。我ら四師衆の末路を」

 蛍の口唇がきゅっと締まる。聞く覚悟は整えた。

 紫苑の底重い声の発するは、続いていた。

「レイ殿が精霊の加護を放棄するにあたり……我々は闇を失い鶲の言う通り、消失するだろう。それは変えようがない事実。我々は、まもなくだ。まもなく……この破壊されつつある世から、姿を消す。だが、覚えておいてほしい。レイ殿は……」


 森で小鳥のさえずりが聞こえた。

 まだ世界は滅んではいない。こうして、生きているものがまだ少なくない。

 光ある限り。

「世界の混沌を許し、自らのあらゆる闇を捨て去りたいと思っていただけなのだ……」



 レイが、抱えてきたもの。

 それは、ひと言ふた言では言い表し尽くせない。短時間ではとても。

 紫苑にもそれが充分にわかっていた。わかってはいるが、時間の足りないもどかしさが苛立ちと焦りを伴って紫苑を支配しようとしている。

 懸命に、顔には出さないように紫苑は務めた。

 やがて、視界の空気が薄くなる。

 そろそろと、終いは近づいてきたようだった。景色は色を変えて、存在を弱く儚く。徐々に『終わり』を見せ始める……


 四師衆4名。彼らの存在が、希薄になりつつあるためにそう見えていくのであった。決して世界が消えるのではない。消えるのは……彼らの方だった。


「じゃ、お先に」

 鶲の、バカのように明るい声が。先陣を切って。「バイ」

 片手の2本指を立てて頭の上へとかざしながら……笑顔で消えた。


「無に還る」

 同じく薄くなりつつある紫苑も、後を追う。

「蛍。紫……レイ殿、皆よ……そして……」

 目を細め、数分前に小鳥が鳴いた方向へと顔を向けていた。

 紫苑がこの世に生を受け、愛してきたもの。万物、自然……存在するもの。ありとあらゆるものに対して、感謝の意を込めていた。

「ありがとう」


 ……


 空気に混じり、溶けたようになくなった。

「さらば……」

 今まで黙っていた天神が、初めて口を開く。言うに声かける言葉が見当たらず、やっと出せるに至った声だった。

 蛍と紫は、お互いの顔を見合わせて。次は、と少しだけ笑っていた。

「今まで……私のために。こんなに傷ついてくれて……ありがとう、紫」

 蛍は無邪気に笑って、子供らしくはしゃいでみたりした。紫は残された片方の腕、右腕を差し出す……蛍の手をとろうとしていた。

 急いで蛍が紫の手をとった直後。

「はい……」



 四師衆は消えた。

 一人残った天神は、空を仰ぎ呟く。

「静かな時を……」


 消えゆく命に向けてのせめてもの祈りを。安らかに、と。

 捧げていた。





 勇気とセナは、焦りに焦ってもう一人の『勇気』の行方を血眼になって捜していた。

「何処よ!? 何処に行ったのよおお!」

 勇気は泣き叫ぶ。

 セナが必死になって仲間から集めてきただろう七神の鏡による“光の塊”を、いとも簡単に奪われてしまったからである。奪った『勇気』は、サッと鮮やかに消えてしまっていた。

 このままでは、時間を稼ぎ勇気を今か今かと待ちわびて、傷ついていっている仲間に申し訳が立たなかった。

 ウッカリとしていた己の気の緩さ甘さを痛感している勇気。セナはそんな勇気を励ましながらも、視野を広げて空中と、目下の地表を隈なく捜して目を奔走させていた。


「居た! 勇気、あそこだ!」

 空中で、割と簡単に見つける事ができた。セナはすぐさま勇気を呼ぶ。

「何処どこ!?」

「青龍の―― 正面だ! ……奴は何を考えてるんだ!?」


 セナが指さした方向には、言った通りに青龍が居た。大きく口を開けて……正面に浮いている『勇気』らしき人物を、飲み込もうとしていた。光が一点に見えるのが、奪われた“光の塊”に違いないと思われる。

 勇気とセナ、2人には訳がわからない。これから何が起きようとしているのか。

 セナは勇気を突然手で抱え出し、「行くぞ、早く!」と慌てて飛び出していた。

 奪われた“光の塊”―― その行く先とは。




 青龍と向き合っている『勇気』。七神は全員海か陸に落とし、四師衆はすでに消え。攻撃や邪魔をする者が居なくなった青龍は、身が軽くなったと喜んでいるのだろうか。鼓動に合わせて動きを活発に見せながらも、飛び回りを止めて空で大人しく場を動かないでいた。


『勇気』は、あるのかないのか、怖さなどおくびにも出さず青龍に尋ねている。

「どうして私を食べようと思わなかったの? 異世界の娘が好物なんじゃなかったっけ?」


 返事を待つが、青龍は攻も防もせずに。『勇気』を見てはいるが、反応はしなかった。

“光の塊”を持つ『勇気』は仕方なく、ため息混じりに自分で自分を納得させる。

「私が……そうね。所詮、勇気とは違って生身のない、実体のない者だからかしら?」

 寂しげに言った。


 勇気、から。分かれてきた身である『勇気』。いわば勇気という少女の影である。

 レイに、ふざけではあったが。痛い所を指摘されていた。自分が勇気から離れられず意識は常に付きまとい、意地悪を―― 底辺へと(おとし)めてしまおうとするのは、愛だから……だと。

 恐らくは愛という大げさなものにまでは行かないだろう。そんな事よりもである。

『勇気』は、勇気が好きなのだ。それに気がついて見方が変わる。

 今までで『勇気』は、胸が張り裂けそうになってきた苦しみを解消するのは勇気への痛みだと思ってきていた。勇気が悩めば悩むほどに自分は楽になれるのだと思っていた。

 実際、そうでもあっただろう。何故なら、もともとは一人の人間だったのだから。

 しかしそう単純なものでもなく。苦しさの原因は、他にもあったという事だった。


 ……自分を大事に思う事なのだ、と……。


「わかった……私、わかったのよ……勇気、あんた達のおかげで……私は……」


 勇気の方も、わかった顔をしていた。そして、『勇気』に向かって言ったのだ。

 一人に戻ろう――

 影である自分の存在を許し。排除しようというのではない。“受け”ようとしているのだった。

 自分の非、逃げを認めて。仲間達のおかげで。

 勇気は強くなった。

 それを今度は『勇気』が、認める番なのだとでもいう風に。

『勇気』は、取り残されたようで悔しかった。敗北感の方が勝ってしまっている。


 勇気には、七神達が居る。けれど自分には誰も居ない。

『勇気』が青龍に関わろうとするのは……。

「寂しいよ……」



 その時だった。


 寡黙の青龍が、語り出す。

 くぐもった声質で、重層に響いていた。



『我は……太古なる昔に。始め人になるために生まれてきた……』



 通じる言葉と発音だった。言葉も意味を含み、それは人と会話をしているのと差異はない。正直驚きだった『勇気』は、畏縮してしまったが話を聞いているうちに抵抗感はなくなっていっていた。

『だが人には形成されず、このような不便な体に……人と成れた者の、なんと羨ましき事なのか。人は我を姿と見で恐れるが、我も人を恐れようぞ……』


「あなたも怖いの? ……獣なのに」

 聞く『勇気』に悪気はなかった。青龍は獣、に反応を示している。

『人に成れぬ、そのような者が4つ。四神獣なり。神獣、とは名ばかり。古代の天神の手によってではあるが、一度生まれし者は滅び以外に救いはあらず。死するも我、恐れによればこそ叶わぬものなり』


『勇気』は、青龍の言いたい事が理解できた。要するに。

 神獣も元は人である、人になるはずだった、と。

 人と同じく恐れがある。死ぬ事は恐ろしくできない、と……そして。


『我は神にも見放され、……孤独である』


 聞いた『勇気』の脳裏に、“七神創話伝”の第六章がよぎった。

『 第六章―― “天神”


 世界を統治し 運命を見守る神 天神といふ

 始まりは孤独 そして種だった

 種は精霊をつくり 生きる者全てを生んだ

 しかし天神は 癒されることは無かった 』


 天神もひとり。四神獣も。救世主の片割れも。ひとり、ひとり、ひとり。

 皆がひとり、孤独。孤独がある。

 結果どうなったか。孤独は、闇を生む。

 レイがそうであったように……。


「今さら一つには……戻れないのよ、勇気……」

と、『勇気』は“光の塊”を見て思っていた。一度分かれてしまったものは、再生できるとは思ってはいなかった。戻れた所で。新しく前向きに歩き出そうとしている明るい勇気に、損、もしくは負担があっても得になるとは到底思えない……目はそう言う。

「さよなら……可愛い、もう一人の私……」


“光の塊”を持ったまま、『勇気』は前進する。

 向かう先は、青龍の開けている大口だった。

 暗黙の了解が双方の間にある。そのための語りでもあった。青龍は死にたがってはいない。『勇気』は勇気に戻りたがっているわけではない。

 残された道とは――。



「待ってえええ!」

「おい、待て! ―― おい!」


 遠くから、少女と男の声……追いかけても間に合わない、制する勇気とセナの叫びの声がする。


(幸せに……どうか)


『勇気』は、青龍の腹の中へと進み……後は。

 伝説の通りである。



『 この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度 救世主ここに来たれり

 光の中より出で来て 七人の精霊の力 使ひて これを封印す

 七人の精霊の力とは 転生されし七神鏡

 これを集め 救世主 光へと導かれたり

 満たされし四神獣は また千年の眠りにつく…… 』



 救世主 光へと導かれたり。

 満たされし四神獣は また千年の眠りにつく。



 ……



 空飛ぶ島は、進路を“魔窟の海”にある“光の輪”へと向けて飛行していた。

 島の内陸奥深く、森に埋め隠し尽くされているように囲まれて建つ天神の神殿内。白い神殿の造りは半壊状態となってしまい危険地帯となってはいるが、真下の地下に操縦室というものがあり、そこで島を船として操縦する事が可能となっている。

 アジャラとパパラは、操縦全般を任されて。外部の見張りも兼ねてともに居た。

 島は、元居た“光の輪”へと帰るだけなのだが、途中で寄り道をする事になっている。

 寄る所―― ラグダッド。

 かつて、勇気が元の世界へと帰るために訪れた地。バサラ村。

 役目を終えた勇気は、自分の世界へと。“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”を通って帰る事になっていたのだった。


「よく……話の決着がつきましたね。天神様。てっきり、もっともめるかなと思ってましたけど……」

と、操縦席に座っていたアジャラは後ろに立っている天神に尋ねた。天神は外部の様子を立体映像を通して眺めている。

 外の景色は特段変わった様子はない。夜の海が広がっているだけだった。

「散々に言わました……鬼のようでしたね」

 天神は苦笑いをこぼしている……パパラも、含み笑いで応じていた。

「すごかったなぁ……特に風神や。救世主を元の世界に帰さなあかんて言い出したら、無茶苦茶な抗議の嵐。あとの七神達もぎゃあぎゃあ言ってたんやけど、結局。肝心の救世主本人が皆をなだめて話がまとまったっちゅう。渦中の本人が一番冷静て。あー頭痛いで」

 そんな風にパパラは肩を竦めていた。

「仕方ありません……秩序を守るためなのです。用が済みましたら、役目を終えた救世主は……帰すがよろしいと判断します。でないと、何処でどんな(ひず)みが生じるのか。予想もつかない事です。事が起きてしまってからでは、手遅れや悲劇となるのですよ」

 天神の言葉は、重く皆の上にのしかかってくる。


 青龍は封印された。七神の“光の塊”を持った『勇気』を腹に取り込んで。

 安らかな眠りへと。再びに眠りへと……新しき床につく。


「なんや気ぃ抜けたわ……」

 パパラは、アジャラの座る席の背もたれに寄りかかった。同感で、アジャラも深く息を吐きながら答えている。「本当にね……」

 平和はやって来る。これからである。

 その前に。

「明日、救世主を帰して。それから……」

 操縦を窺いながらアジャラは考えていた。夜の中を島は駆けていく。時速はとても遅く、目的地到着までにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 遅いスピードで、どれだけ時間をかけたとしても。方向転換でもしない限りいつか必ず島は辿り着く。

 救世主とは、別れなければならない。

 どうしても。

「こうしたら……どうかしら」

 突然アジャラが言い出した。「え?」

 パパラが、アジャラに反応して振り返ってみると。アジャラの手に杖があった。いいとも悪いとも何とも言えない、珍妙なデザインの杖である。ほぼいつも手に持ち歩いている物だった。

「何を……」

 アジャラの杖は、振り下ろされた……操縦部分を破壊する。

 グワキッ。

 ポーン。

 金属破壊音と弾けた電子音が飛び出した。「あああ!?」

 パパラは仰天した。天神も目を丸くして口をあんぐりと開き驚いている。

 煙まで立っている壊れた操縦席に、アジャラはケラケラと笑いながら自分の大胆さを威張っていた。

「これで帰るのが延長しますね。早速修理の方を始めます」

 皆の思う所は一つ。

 勇気との別れが惜しいのだった。




 勇気、セナ、マフィア、カイト、ヒナタ、ゲイン。

 別れを告げてスカイラールは自分の巣へと飛び立ち、帰って行った。すでに居ない蛍達とはさよならを言えなかったなと、天神から事情を聞いた勇気は悲しみ残念に思っている。

 もう夜も更けていた。日が変わっている夜半。重くも軽くも負傷をしているメンバーは、それぞれに寛いでいた。一番にダメージを受けていたのはカイトである。体内に侵入した毒はなかなか抜け切れる事ができず、何度もカイトは生死をさ迷い皆を心配させていたが、様子見からやっと回復の見込みを見せ始めたようで、周囲は安堵に包まれていた。

 傷の方はマフィアとセナが重く、包帯を何度か巻き直している。

 ゲインも頭など、ヒナタも全身に。包帯が足りず、服を破ったりしながら協力して手当てに忙しく働いていた。

 勇気も手伝いながら、「ごめん」を繰り返し皆に笑顔で返されていた。

「皆無事じゃないか。カイト殿も助かりそうだし。何を気負う事がある」

と、ゲインにカカカと豪快に笑われて。

「そうよ勇気。皆無事ならそれでいいじゃない」

 マフィアにも励まされて。

「とにかく休ませて……怒ってないよグウ」

とヒナタはカイトの隣で倒れるように寝てしまった。

 治療がひと通り終わると、勇気は頑張って料理に挑戦してみた。重傷のマフィアを気遣っての試み。いつも兄や、マフィアが料理をしている所を見ていた勇気は自信を持って……。

 想像にお任せしよう。


 食事を終えた一同は、早く寝て休もうかと用意をし始めた。もうすぐ勇気とは別れが来るとは知ってはいても、全身が疲れて悲鳴をあげているのにはかなわない。休息が必要だった。

「勇気。ちょっと」

「え?」

 シートを敷いたり焚き木をまとめたり。作業をしていると、勇気はセナに突如呼ばれて肩を叩かれた。「話がある」

 首を傾げながらも、勇気はセナに付いて行き。キャンプをしている地から離れて森の入口付近まで歩いていった。



 繁みは涼しげな風に騒がしく揺れ、夜の暗さの中では騒がしさは騒がしいとは素直に思えず……静かだと感じるのは、心が落ち着いているからだと勇気は詩人になったつもりでいた。

 セナが振り向き、まずは勇気を見る。

 勇気は何て言われるんだろうと、呼ばれた時から歩いてくる道中ずっと考えていた。

 治療の前に繰り広げられていた、天神との言い争いを思い出しながら。

「なーんか納得いかねえ。お前もそう思わないか? 勇気。お前が……帰っちまうなんて」


 激しい論争バトルだった。勇気にはこの世界の秩序を守るためには帰ってもらった方がいいと、天神が言い出したために起きた、いざこざ。セナ達は抵抗した。言い返した。そんなもの、何かが起きた時に考えたらいいからと……必死になっていた。しかし天神は、一度決めた固い信念を曲げるつもりは毛頭なかったという。

 結局、勇気が最後に決着をつけていた。

「もう止めよう。会えなくなるのは淋しいけど……仕方ないじゃん! 私も、帰った方がいいかなあーって思ってたし。それに。ひょっとしたら、どっかで会えるかもしれないじゃない」

 パン、と。両手を合わせて叩いてみせたりした。話はこれまで、と言いたげに。

 勇気のそんな振舞いが思い出された。


 今セナは腕を組みながら、難しい顔をして勇気を見ている。勇気は頭を掻きながら、申し訳なさそうに謝った。

「ごめんなさい……」


 セナは、「いいけど……」と、顔を見た後に視線を下にと落とした。それから暫く、2人の間に無言の時が訪れる。

 勇気には、どうしていいのかがわからなくなった。わかるのは、唯一。

 胸が痛む事だけ。

「離れたくない、けど……」

 顔が上げられずに、勇気は込み上げてくるものを我慢していた。

「本当は離れたく、ない。けどね……」

 言葉の後が続かなかった。


 勇気が謝っているのを見てセナは、徐々に遣り切れなさがしぼんできたようで。急にグイと勇気の身を片手でだけで引き寄せる。

 勇気の髪を掻き混ぜながら、「ちきしょう!」と残った怒りを吐き出した。

 セナにも、どうしていいのかがわからないでいた。心の整理がお互いつかないままに。


 もっと―― 時間がほしいと、2人は……思った。



《第60話へ続く》





【あとがき】

 最後の時間がないという2人は、作者もだよとか思う。切に思う。


※ブログ第59話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-132.html 


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