第58話(「私」の告白)
思わぬ来客が出現し、緊迫していた雰囲気はおかしな方向へと流れていくみたいに思えた。
「レ、レイい!?」
「久し振りだな。救世主……」
素っ頓狂な声を私は上げてしまう。レイの目が、眼鏡の奥で光っていた。私と『私』が向かい合っていたさなか、それより横のやや上空で。私達を見下ろすレイの立ち姿が現れていた―― 鈍く光る邪尾刀を携えている。
ほ、本物のレイだ!?
「い、いきなりこんな所に……」
私は見た目も頭の中もパニックになっている。「お前らの悠長さに、ほとほとウンザリしているだけだ」
突然のレイの登場。セナの攻撃を受け、四神鏡を解放してから行方知れずになっていたのに。一体今まで何処でなりを潜めていたのだろうか!?
「教えてやる、ですって? ……」
『私』は睨んでいる。私に向けられていた剣は引っ込めて、レイの目の奥をジッと見据えてガンを飛ばしているようだった。
レイは嘲笑う。鼻で笑って、今度は『私』の方へと向き直り悪態をついていた。
「救世主の言う通り、お前は救世主を殺せない。何故だかわかるか?」
わかるはずもないと、『私』は黙ったままでレイを見続けていた。私にも何の事やらと、事の成り行きを見守るくらいしか思い浮かばず。黙っていた。
「……本気でわかってないんだな。簡単な事だ。お前は、救世主が羨ましかったのではない。救世主を独り占めしたかっただけだ」
独り占め……?
レイの、『私』に向けられた言葉がグルグルと頭の中を巡る。何だって? 『私』が私を独り占めしたかったって? どういう事なの?
私とは違って『私』は、神妙な面持ちで身が固まっていた。
レイはトドメの言葉を発した。
「救世主を、愛していたからだ」
……
空に浮かぶ島の陸の上では。
青龍の毒の息をまともに浴びて受けてしまい、虫の息である状態にと成り果てたカイトが横たわっていた。そばには天神、蛍と。セナが居た。セナは背中に青龍からの攻撃を受け、爪の跡がクッキリと痛々しくも残っている……天神の聖水を少しばかり与えられ、応急的な処置を受けたおかげで瀕死となる所を救われていた。落ちた場所が幸いだったとも言える。天神と蛍の救助によって、2人は島まで運ばれていた。
カイトは苦しい声を出している。「う、うう……」
一度体内に侵入してしまった毒が、カイトを蝕み血管や神経を伝って臓器、脳を侵していった。天神の聖水の効能では回復までにはなかなか追いつけないようで、肌は全身、赤紫にと色を変えてしまっていた……大量の汗をかき、息も絶え絶えに。触れると火傷をしそうなくらいに血液が煮えたぎり熱すぎていた。
「しっかりしろよ……! ……死ぬな!」
セナの声も今のカイトには遠く。返事は無論なかった。
それがセナに焦りを生み出し、地面に手をついて必死に何かを堪えていた。そうでなければ出てくるものは、疲労感、絶望感、嘆き、悲しみ、弱気……よくもないものだという事がセナにはわかりきっている。出そうになるのを我慢するしかなかった。
嗚咽を漏らしそうになるのを耐えている顔でいると、背後から誰かが忍び寄ってやって来る……それは天神でも蛍でもない。違う、別の者。
ハルカだった。
「死ぬのか、そいつ……」
ハルカの声に、ビクリと体を起こさせた。慌てたように振り返ってみたセナの顔は赤く硬く、見えないものに怯えているに窺えた。
ハルカはハッ、と短く息を吐いた。
「セナ、お前は優しすぎるな。いつ見てもそうだ。人などいずれは死ぬ……今、お前はこんな所に居る場合じゃないんだろう?」
感情を出さず、ハルカの坦々とした口調がセナに刺さる。人などいずれは―― セナには、許しがたい事だった。「わかってる……」
セナは立ち上がった……カイトを真下に見下ろし、それから天を見上げた。
青空は、爽やかな風をくれるはず……セナの張った肩や筋は、少し緩んだ。苦しみ続けていくカイトをまた目下に見下ろして、やがては決断のキッカケを自らが作る。
セナに下された、与えられた使命があったのだ。
それは、カイトが言い出した事柄。提案。
今こそ実行に移すべきだとセナは判断する。
「“もし仲間の一人でも、瀕死の状態に陥った時は”……」
青龍と対峙する直前に、勇気を除き仲間内だけで決めた約束事。それを思い返して復唱していった。
「“青龍を封印するに行動を切り換えよ”……」
七神のうち、一人でも欠ければ効果は不完全になってしまうだろうからとカイトは補足を込めていた。もし万が一にでも死ぬ前に手を打て、と……。
「“実行するのは、その時一番近くに居る者が請け負い、行動せよ”…… 俺 だ 」
青龍封印の法。
天神によって、それは皆に教えられていた。その法とは――。
“七神鏡の放棄”である。
救世主は、七神の力の源であるこの“七神鏡”を一ヶ所に集め、放棄された各精霊達のエネルギーを取り出し一つの塊を造り出す。それを持って、青龍の腹の中へと飛び込み果てるのだ。
“七神鏡”とは、セナ達にとってはなくてはならぬ物。世に生を受けた時から生涯ともにあり、僅かにでも鏡に傷を負えばたちまち全身に痛みが走る。そんな神経の繋がった大事な鏡を、“放棄”する事でセナ達精霊使いは精霊とは断絶となり、力を失い常人との差異はなくなってしまうという。普通の『人』として余生を過ごすという事になるのだ。
だがそれは、七神達にとっては辛い事でもある。片時も離れず過ごしてきた友、親や兄弟との別れに似るとでも言っておこう。
責務を背負う役目となったセナは、仲間からそれぞれ“七神鏡”を回収しに回らねばならないのだった。
「しなければ……カイト」
セナはカイトに呼びかけた。頼む聞こえてほしいと願いながら。
「カイトとやら……聞こえるか。鏡は何処だ? セナに渡せ」
と、ハルカがセナの真横で同じに呼びかけている。セナはハルカをチラリと横目で見た……ハルカは特に気にもせず、カイトの様子を見守っていた。
するとだ。
カイトの左手がゆっくりと動き出している。
ゴソゴソと、ズボンのポケットをまさぐっていた。
「こ……」
くぐもった声でカイトはセナへと伝えようとしていた。『これだ』と言いたかったらしく、握り締められたコブシを突き出していた。セナが手の中の物を受け取り確認をする。コロン、と転がる小さな石の形をしていた―― それこそが正真正銘の。
「確かに受け取ったぞ……カイト。お前の“七神鏡”……絶対に失くさないからな」
セナは大事にそれを握り包んだ。一度、皆の七神鏡を見せ合った事があり。それは確かにカイトが出していた物と相違ないと思った。
「『水、よ……我、の、力を、……放棄、す……る』」
途切れ途切れだったがそう言えて。カイトは、せっかく持ち上げた片手を力尽きたように地面へと激しく打ち下ろしてしまった。
「カイト!」
思わずセナが叫んでしまったが。
「安心しろ。まだ息がある。気絶しただけだ」
「休ませてあげなさい。聖水が効き始めたのかもしれぬ」
と、ハルカ、天神がセナを宥めに入っていた。「そう……だな……」
セナは自分に言い聞かせ、手に握られた鏡をさらに強く握った。
「行ってくる」
セナは素早く空中を勢いよく飛んだ……また、青龍の元へ。
これから、決め事の通りに七神鏡を集め回らねばならない。一刻も早くである。急がなければ、苦戦を強いられている仲間達はカイトの二の舞になりかねないと。急ぎセナは空の中を全力で飛行して消えていった。
一吹きの風が吹く。とても生ぬるい風だった。ふいに蛍がある疑問を口にした。セナが飛び去った後を目で追っていて、それは突然に閃き湧き出した素朴な問いだった。
「もし……レイ様が七神鏡を放棄して、力を失くし普通の人間に成り下がってしまったとしたら……」
蛍は、即座に自分で解答を見つけ出してしまう……あまり認めたくない可能性の答えでもあったのだが。
「レイ様の闇の力で私達が存在しているのなら、闇の力を失ってしまったら私達は――」
ジットリと嫌な汗で衣服を濡らしながら寝ているカイトを見た。……微妙に口元を蛍は崩していた。
「……消える……のね……」
小さな呟きに。ハルカは答えていた。
「……だろうな」
……
救世主を愛していたからだ――
私の頭には、ガーンと。トンカチで殴られたみたいな衝撃を受けた。それは見るからに。『私』も、同じだったと思う。
「『私』が、勇気を……愛しているから、だと……?」
やはり凄くショックにやられたみたいで。笑いもしないしこれまでの余裕もないようだった、もう一人の『私』……明らかに動揺が見えていた。
「そんなバカな!」
振り払うように否定をする。
それをも見通していた事なんだろうか。レイは動じず、またバカらしく笑っているじゃないか!
「そうか? なら、何故躊躇している? 救世主をサッサと始末できない? 今に始まった事でもない。これまでの行動、全てに言える事だ。俺やハルカまでをも惑わし、救世主を殺せと唆しておきながら最期に踏み切れない……俺は別に、救世主など生死はどうでもよかった。いつでも殺せたが……」
天神様を閉じ込め、アジャラとパパラを洗脳し、自分は神子に化けて、レイやハルカさんを背後から操っていたかと思われる『私』の所業。こうして並べてみれば、それだけ手の込んだ事をしておきながら。結局『私』のしたかった事って何だったっけと考えてしまう。
世界の破壊。それだったよね?
私という片割れで遊びながら。
レイの言う事もわかってきた気がした。何で私に固執して構うんだろうか?
いっそ……とんでもない事だけれど、天神様を始末してしまえば世界の破滅も手っ取り早かったんじゃないだろうか?
レイの話を聞きながら、そんな事を私は思っていた。
「確かにお前は救世主で遊んでいたな? 自分に気がついてほしくて堪らなかったんだろうが、残念ながら救世主はかなり鈍かったようで」
ぐさっ。私の胸に見えない槍が刺さった。
レイに鈍いと言われ、そうかも、と納得しきっている自分がああ情けない。
だって『私』が堂々と私の夢に出てきた所で、私ってば全ー然気がつかなかったもんね……あれえ、何なんだろみたいな事しか思わなかったこのノンキさ。罪作りな鈍さだと思う。
レイは楽しんでるんじゃないかというくらい、流暢にツラツラと話し続けていった。
「青龍復活の直前には、わざわざ救世主だけを自分の元へと来るようにまで大げさに仕向けていたというのにな……よほど救世主に会いたかったんだと強く見えるが。よかったな、無事に対面できて。これでわかったろう? ……俺も最初はわからず、お前らの正体を探るために殺さず半端な事をしてきたが。やっと納得できた訳だ……結論。お前ら2人は、同一であるという事だ。お互いがお互いを大事にしているんだろう。愛、と言ったのはただの冗談だ」
ははは、と声を立ててレイは笑っていた。乾いてはいるけれど、楽しそうな笑い方。
……あんまりこっちは愉快じゃないんだけれど……。
……愛、が冗談てアンタ……。
そういやレイに言われて思い出したけれど。火の島で崖から転落した時だって……あの時の事をレイは言っているのだろうか。落ちた先が、見事に何故かセナの幽閉されていた場所。暗がりだったけれど、天井はどうなってんだろうかとかなり謎に思っていたっけ。あれって、『私』が強引に私を招いた罠でもあったんだ。あっさり引っ掛かってしまった割にはただの不思議っていうだけで特に確かめようともせず、やはり私は鈍感だったと言える。トホホ、本当に『私』には申し訳なさでいっぱいだよ。
それで怖々と。『私』の方を見ればだ。『私』は、レイに随分と好き放題に言われっ放しで肩や手が震えて。こめかみの辺りがピクピクと反応しているのがわかる。言い当てられているのが、悔しいのだろうか。いつもの調子なら何か言い返せそうなんだけれどなあ?
レイの前では、何だか可愛らしく見えてきてしまう……変な感じが抜けない。
私は、はあ、とため息をついた……
「あのさ……ちょっといいかな?」
私は落ち着いてきたのをいい事に、思いを晒してみようと……試みた。持っていた光頭刃は腰の鞘にしまって。レイも『私』も。私の顔色を黙って見ていてくれていた。少し有難かった。
「あなたは……私の影、なんだよね。私がやる事なす事の裏で思っていた心が……あなたを生み出したんだとしたら。なら、あなたはきっと悪くない……私が悪いんだ。私が……ちゃんと言わないから」
嫌な事が嫌だって言えない自分が嫌だった。ココの世界に来るまでは少なくとも。
「この世界に来て、セナやマフィア達と出会って。皆が一生懸命に生きているんだって事が旅をしてきて段々とわかってきたんだ。皆、死にたくなくて。たとえしょーもないちっぽけな事でも真剣に悩んで。時には、国のためを考えたり、身近で、好きな人の事を思ったり……どれでも皆、自分に正直だった。だから、人は行動を起こす……隠したってダメなんだ。自分に真っ向から見つめ合わなくちゃ」
上手く言いたい事がまとまらない頭を、頑張って整理しながら私はたどたどしく続けていた。
「何度か、旅の途中で私は逃げ出していた。逃げる事で、身を護ろうとしていた。何度繰り返すんだろう……そう思う。きっと……私が、『私』と真に向き合うまで。そう。あなたと、こうして正面からぶつかり合う時まで。そして。あなたという者の存在を認めるまで、きっと『逃げ』は、永遠に続くんだわ」
やっと辿り着いた。長い旅だった。
そして私は手に入れる。……真実を。
「正直、ホント恥ずかしかったよ……私の裏側を、人前でさらけ出しちゃったんだから。こんな悪い奴だったんですかって。堂々とさ……でもね。こうやって、あなたを目で見れた事で、自分の悪い所もハッキリとわかって。感謝もしてるんだ。それで思っちゃう。ああ、やっぱり私は私なんだなあーって、さ……」
ポリポリと頭を掻きながら。顔が熱くなってきていた。
「もう……今なら。あなたにどんな悪い所があったとしてもよ。自分なんだなって。仕方ないかなあーって。何でも、受け入れられちゃう気がするんだ。そんな風に、最初の頃とは変われたんだよね。だから、さ……もう、仲違いは止めにして。一人に戻らない?」
そうまとめた。
私は変われたんだ。仲間のおかげで。強くなっていったと。
セナやカイト、マフィアに叱られながら。歩き上り続けてきた階段を、何度足を踏み外しかけ。戻ろうと思ってきた事か。
それでもちゃんと頂上に辿り着いたという事が、大きな自信になったんだ。
もう昔の自分じゃない。私は私だけれど、過去の自分じゃない。
だから、私はあなたを受け入れる。その用意くらい出来る余裕と自信がある。
ああ、わかった。自信なんだ。
あなたに私は殺せない。
「いや……」
『私』の手元から、光り輝いていた剣はスウッと音もなく消えた。空いた両手で顔を包み隠している。
……泣いているの? まさか。
私はドキドキと心臓が高鳴ってきていた。泣かせてしまったんだろうかと。
でも顔を上げた時にそれは違うとわかった。
『私』の顔は表情がなく、涙を流してはいない。
「私は……わた、し、は……」
ガチガチと、寒がっているように歯を鳴らしていた。それは怒りなのか、悲しさから来るものだったのか。しばらく様子を見ていたら。
「私は!」
いきなり思い立ったように、私に飛びかかってきたのだった!
「……!」
ガシリと、首を絞められる。「憎いのよ! あんたが!」
私は抵抗した。掴みかかってきた手を解こうと、必死になって暴れた。突然でびっくりして、反射的だった。『私』の力は物凄く強くて、とても振り解けない。
どうしたらいいの、と思った時だった。
「やめろ!」
何処かで大声が空じゅうに響いた。レイじゃない別の男の人の制する声。
聞こえた途端に、私はまるで奇跡を感じたのと同等の力を感じていた。
(セ……)
薄目で、前方を見る……。
大事な人。
私にとって、一番の大切な人になったんだった。
(セナ……!)
首を絞めている『私』の背後には、幻かと思われた背高いセナの姿が映っていた。
「その手を離せ!」
セナがすぐに『私』を私から引き離す。乱暴に扱われたせいで、離された『私』は少し離れた所で転んでしまいかけたが、空中で停止していた。
ユラリと傾いた私の体をセナが受け止めてくれる。私は、むせた後に正気を取り戻す事ができて安堵した。
「よく頑張ったな。お待たせ」
セナが軽く笑ったので、私もピース付きで「へへへ」と調子よく笑ってしまった。
その間、助けも何にもしてくれなかったレイが『私』の首元に邪尾刀を当てていて。
「どうする?」
と、聞いていた。
「やめてよ!」
思わず、私はレイに叫んでしまっていた。
「……」
『私』は観念でもしているのだろうか。うずくまっていて、苦しげな顔をしている。
「勇気……よく聞いてくれ。それとこれを見ろ」
セナが私の手をとった。そして広げていた私の手の平の上に、セナが持っていた物を幾つかのせる……それは、石のような物、首飾り、ただのガラスの破片のような……どれも私には見覚えのある物だったのですぐに驚いて声を上げた。
「これは……“七神鏡”!」
セナが大きく頷いた。「そうだな」
いち、にい、さん……3つ。カイト、マフィア、ヒナタが持っていた物だ。確か。
と、いう事は?
「あと、ゲインのが」
と、セナは片手を自分が着けていた腕輪にかざし、その“縮小自在ポケット”から少しばかり大きめの鏡を取り出していた。
これで……4つ。
「俺とお前の指輪とを合わせて5つになる。集めてきたんだ。……これから奴を。倒せなかった、あいつを……」
悔しさと、悲しさを浮かべて。セナは言った。
私は、遠く向こうで小さくその姿を確認できる、“奴”を……見た。
青龍――
「もう時間がない……向こうで戦ってくれている皆には、精霊の力がもう無いんだ。武器と、体当たりで時間を稼いでくれている……だから、勇気……」
セナの語尾は、微かに震えていた。
セナが言いたい事は、私にはわかっている。
時間がない。だから。
封印―― 即ち、救世主の死 ――
……
ついにその時が。
私の最後の……お仕事。
「うん……」
私は、“七神鏡”をそれぞれ両手の上に預かる。セナの指輪も。一つずつ、外してもらって。
持ちきれないかなと、そんな事を思いながらだった。すると。
「私のも忘れないようにな、救世主」
すぐそばで。声がしたので振り返るとだ。
ハルカさんが居たじゃないか。「ハルカ……さん」
セナも驚いて見ている。レイとハルカさんに関してはいつも瞬間移動で現れるものだから、本当にびっくりしてしまうね。
「受け取るがいい」
私達の驚きなんて面も食らわず。ハルカさんは首にいつも着けていた黒いチョーカーのシルバー飾りから、赤く光っていた宝石を取り外して私に差し出してきていた。
「それが……」
前に。ハルカさんが技を繰り出した時に、煌々としていた代物だった。だからきっとと思い込んでいる。
「私の“七神鏡”だ……“放棄する”」
サッパリと、言ってのけた。私はいいのかなと不安そうにそれを受け取った。
途端。
ハルカさんは、まるで地面を失って。空から真っ逆さまへと落ちていってしまった!
「ハルカさん!」
海に落ちた。水しぶきが立ち、姿が見えなくなった。そんな!?
力を、失ったからだというの!?
そうしたら今度は、だ。
「受け取れ、救世主」
また振り返る。違う場所からの声……レイだった。
レイへと目を向けたと同時に、何かが私の方へと飛んできた。私が慌ててしまっていたからかセナが代わりにキャッチしてくれた黒っぽいそれは、まさしく。
「鏡……」
黒い光沢のある鏡。手の平サイズで、他の鏡と違って重量感があった。
「レイの……鏡。『闇神の鏡』なんだね、これが」
少し感動さえ覚える。だって、レイが私にこれを投げ渡してくれたという事は?
「闇の力よ……“ 放 棄 す る ”」
レイの重い、底から低音で響いている声が私にしっかりと届いた。
「レイ……!」
涙が出そうになった。胸が熱くなってくる。
レイの考えている事なんてわからないし、どうしても今まで説得なんて諦めに近く、辛かった。だけれど。
信じても、いいのだろうか? 裏切りではないだろうか?
レイの表情を探ってみたって全然わからない。
レイは余裕綽々で周りを見渡しているだけだった。
「ありがとう……!」
私は手に持っているだけの鏡を力いっぱいに抱き締めてお礼を言った。それから、私の手の中にレイの鏡を受け取って。私の腕かかえの中には、鏡で溢れてしまいそうになった。
これで“七神鏡”は、7枚全て揃った事になる。
「じゃあな……」
レイも。
海へと、支えを失ったように―― 落ちていってしまった。
「は……」
腑抜けた声を私は漏らしてしまった。何故ならば。「うわっ……」
レイが落ちていくのを見届けた後だ。
ポツ、ポツと。鏡のそれぞれから、別々の色で淡く光を放ち出したのだ……!
「眩し……!」
ひと抱えにしている格好のため、両腕を自由に使う事ができないでいた。目をきつく閉じて光を直視しないようにして固まった。
赤、黒、緑、黄、青、紫、茶……七色の、光……。
……
どれくらいの時間が経過したというのだろう。
恐る恐る目を開いたら、鏡は全部なくなっていた――
「!?」
一気に背中が凍りついてしまった。私はもしやまずい事をしでかしたんだと思った矢先。
私の額の辺りで、光と温かさを感じた。
「……!」
白い……光の塊があった。淡い、優しい色彩を持っている。自然で、見ていると分け隔てなく癒してくれる効果を期待してしまいそうだった。なんて壊れそうで儚く、威厳に満ち溢れている光なんだろう。私はそれに触れてもいいんだろうか。おこがましいんじゃと気が先に引けてしま……
「勇気……大丈夫だ。俺も一緒に行くから」
「え?」
……?
光の塊を受けようかどうしようかと迷っていると、セナがそう言った。
聞き間違い? と。私はパチパチとマバタキをしてセナを見ている。「だから」
セナは私に近づいて、肩の上に手を置いた。「俺も一緒に、奴の中に」
再度、言う。
「へ?」
私ときたら、やっぱりわかっていない。「だーかーら!」
イライラしてきたのか、セナがバンバンと私の背を叩くじゃないか。
「一緒に青龍に食われるんだっての!」
口を尖らせていたのに、次に見たら吊り上がってニッコリと笑っていた。
「そ……」
そんな、と言いかけて。セナは「行くぞ、時間がないからな」と聞かずに私の肩を押し出した。
な、なんて無茶な。そんな事!
「ダメだよ! 死ぬのは、私だけで……」
と、私が言い返してみるけれど。
「いやだ」
と、一点張りで聞きはしなかった。こんな所でわがままぶりを発揮されてもと私は弱る。人間、正直がいいとはさっきも思ってましたよ、言いましたとも。ええ、ええそうですとも。ええ!
参ったなあ……でも。
(嬉しいよ……嬉し……)
……泣いていると、またせっつかれそうだねと思って。私は一歩一歩とセナとともに空の地面を前進して行った……仕方ないよね? セナが強情なんだから。もう……。
皆の、思いの詰まった鏡の―― 精霊の光よ、ココに。
これを持っていくんだね。青龍の体内へと。そして封印する。封印できる。
それで全てが終わる。終わるんだ。長かった時が、やっと。
平和がやって来る。
皆が望んで、望んで、望んでいた、平和が。やっと……。
待ち望んでいた平和が。
我が身を捧げて……私の一生と、引き換えに――
「……させないわ」
私の気が緩む。すっかり油断していた。
さっきレイに刀で押さえられ、大人しくしていたもう一人の『私』だ。最後の抵抗だった。
「勇気……あんたが、“死んでもいい”なんて。そんな事させない。私は嫌よ。絶対に嫌!」
立ち上がっていた『私』は、混乱していたようだ。私とセナの前に飛ぶようにして駆けてきた。
「あ!」
光の塊を奪われてしまう。
「思い通りにさせるもんですか! 勇気、あんたは私の――」
いとも簡単に光の塊を奪い取った『私』は、サッと姿を消してしまった。
「待て!」
「待ってえ!」
一体どういうつもりなのか。跡形もなく消えて私達は残されて。
私とセナは、青龍と激戦になっている大事な仲間達の所へと急いで飛んでいった。
《第59話へ続く》
【あとがき】
レイとハルカは天神の加護がないやと思ってドボン。ま、しゃーない。
※ブログ第58話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-131.html
ありがとうございました。