表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/61

第57話(接近戦)


 一人で食べるお弁当。誰も来ない授業参観。運動会、卒業式……話しかけられても無視されて、陰でクスクス笑われる。

 足を引っかけられた事もあった。転んだ事もあった。トイレに閉じ込められた事だって。その上から、水をかけられた事も。

 色んな事を思ったよ。死にたいとか、世界が滅べばいいとか。店にかまけて来られないお兄ちゃんなんて嫌いとか……お母さんと手を繋いで楽しそうに笑うあの子が羨ましくて、恨んだ事もあったと思う。そういう“裏”の部分は、いつも心の奥隅にしまい込まれていた。“表”の“良い私”がいつも私を支配していた。

 どんなに苦しくても、人前では笑って。

 今わかったね。

 笑う数が増えるたび、奥隅の“裏の部分”が大きくなっていったって事。私は、無理をしていた。し過ぎてた。


 ……




 私は光頭刃を片手に、空へと舞い上がった。空は自由に自分の意思で飛べた。天神様がそうできるようにして下さったからだ。後は飛び上がる度胸……そんなもの、今さら気にもかけない。自分の目の前に居る、この置かれた自分の状況を思えば。たいして怖くもなかった。

 青龍。奴も空中を飛んでいる……くねりながら、止まる事はない。気流にでもなびいているのか。ちっともジッとしていなかった。


 私はまだ距離にして青龍から遠くに居るも、高さが大体同じ位置あたりまで浮く。

 するとだ。私の背後から、セナやマフィア達も浮き上がってきていた。さっきまで島の地面に足を着いていた訳だけれど、もう地面はない。重力は感じるから逆さまになってしまうなんて事はないのだけれど、少しでも気を緩めたら海に落ちてしまいそうな不安定感がある。

 空を飛ぶ、ってアレかなあ。気の持ちようなもの?

(『私』は……)

 離れていた青龍を遠目に見てはいるが、『私』が小さくて表情までがとても見えない。

 とにかくあそこまで近づかなくちゃ。


 私は空の中を進んでいった。

 みるみる、『目標物』が近づいてきて……やがて、もう一人の『私』の姿がハッキリと確かめられる程度にまで近寄っていった。

 先行く私の背後から、セナ達も追いかけて。私一人だけが青龍の背まで進み。

 私は『私』と正面から向き合う形となった……。


 ……。


 暫く、見つめ合う。

 薄気味悪くて鳥肌が立ちそうだった。だって自分と全く姿形が同じといっていいほど、そっくりな人物が目の前に居るんだからさ。

「その武器で私を倒すの?」

「!」

 私の前に居る人物は、口を開いて何を言うのかと思えば。私が片手にぶらさげている光頭刃を指さした。「……そう」

 私が頷き返すよりも早く。相手は先に受け入れてしまっていた。仕方なしにと冷えた目で私を見ている。私に少しだけれど動揺が走った。

 すぐにそれを振り払い、私は言った。

「青龍を倒すのを邪魔するのなら、私があなたを倒すわ」

 剣の先を相手に向けて言った。迷ってはいけないと何度でも繰り返す。

「そうね……」


『私』はそう言うと、両手を自分の前に出した……何か落ちてくるものを受け取ろうという仕草で、大きく息を吸っている。

 そうすると光に包まれた細長い物が、突き出した両の手の上に浮かんできていた。

 あれは……。

「剣……」

 それは光頭刃じゃない。ただの、細長い、剣と思わしき形だけの物だった。柄があり鍔があり、光輝いているけれど剣先までしっかりと伸びている。刃渡り50センチはあるのだろうか。

『私』は片手にそれを持つ。

「その神の何とやらをこれで果たして受け止められるのかしらね……まっ、試してみるけど?」

と、『私』は冗談っぽく笑っていた。私より目が吊り上がって見えるのだけれど、気のせいかなあ? ……なんちゃって。

「勇気。青龍の事は俺らに任しとけ。……お前はあいつを、頼む」

 セナが言っていた。

 私は後ろを振り向かず、唾を飲み込みながらコクリと頷いた。

 わかっている。セナ達には、『私』を相手に戦うなんてきっとしづらい……ううん、できないって事。あれだけ私にそっくりだからね。戦うのは私だけで充分だ。私は不死身の体だし。

『私』も、青龍の背から独立して。私と空中で向き合った……青龍は、周りでうねりながら泳いでいる。無関心を装いながらか、近く遠くと。


「来なさいよ」

 私から(けしか)けた。私は剣を横に高く持って、目線を刃に合わせる。

「それじゃ」

『私』も、ゆっくりと時間をかけて黄金に光る剣を横に持った。そして一回だけ、ピョンと軽くジャンプしたかと思ったらだ。

 タタタタタッ。

 まるで地面がそこにあるかのように、素早く速球に走ってやって来た―― そして!


 キインッ!


 金属と金属のぶつかり合う音。間一髪というか。私はあっという間に接近されたのを、何とか剣で受け止める。クロスになった私と『私』のお互いの剣……相手はグイグイ押しつけてきていた。「なあに? びっくりした顔しちゃって。来いっていうから来てやったのに」

 にいっと余裕で口元が笑っていた。私はといえば押さえつけられて必死だった。「くっ……!」

 全身の体重をかけて私の上に乗っかっているみたいで、重い。剣がもしや折れやしないわよねと心配になってくる。でも私の剣は神の剣で、最強なはずだ……折れてたまるかと信じている。

「まさかまだこれが遊び(ゲーム)だなんて思ってないでしょうね? ここまで来といて。甘えっ子の勇気ちゃん?」

 私の顔に顔を近づけて私を挑発している。歯を食いしばって耐えている私に対し、息一つも乱れていないさまが憎らしいったらない。

「キレてくんないかなぁ……いつかみたいに無意識に暴れまくってさ。でないと手ごたえなさそうでちっとも面白くないんだけどお……」

と、『私』は……横目で青龍の方を見て何かを考えていた。




 勇気が『勇気』と一対一で戦い始めたのと同時間。『勇気』を下ろし身を軽くした青龍は、全身の体毛を進行する流れに沿わせて雲の中を飛び泳ぎまわっている。

 青龍とは……落ち着きのない身のものなのか。動きを止めたり、何処かの地へと降り立つ様子は見せなかった。それは子供のようで、自由でもある。


 勇気を置いてきた一同は、青龍の方を追って少しの打ち合わせをしておく事にした。一度戦闘が始まってしまうと、もう集まる機会を得る事が少なくなるだろうと予想していた。


「“風花(かざばな)”、という技がある。奴の周囲の温度を下げて、雪風を作り出す技だ。空中なら使用するには絶好の場だと思う。カイトは?」

 セナは青龍を睨みながら集中力を高めていた。それは他のメンバーもだった。

「俺は最初、“津波(つなみ)”だな。攻撃系の技で手持ちのは種類が少ない。その代わりこれまでに段階を経て強化してきたけどな」

 カイトは目下に広がる海を見下ろして言っている。ポキポキと指を鳴らしていた。

「“覇王樹(サボテン)”という技を初めて使わせて頂くわ。針千本攻撃……痛いわよ。かなりね」

 マフィアはムチを張り構えて気合いを入れていた。存分に暴れまわるつもりだった。

 技の使用には慣れている3人とは一歩ほど違い、他のメンバー、ゲインやヒナタは顔を見合わせて少し考えていた。魔法を持たない紫は、短剣を持ってそれらを眺めている。

「じゃあ……“東雲(しののめ)”を使ってみようかな。光線を刃みたいに変えるんだけど。それに、光の塊を作る“積木(つみき)”で。この2つを使うよ」

「ふうむ。空中では、使える技というものが限られてしまうがな。まあ、適当にサポートしつつ体を武器に戦うかな」

と、ヒナタとゲインが一応、と付け加えて言っている。

「よし。最初は四方から攻めるか……空中戦だから、マフィアやゲインには精霊扱いが困難だとは思う……だからサポートか、他の武器で戦ってくれ。紫も。逆に風、水、日がある時はヒナタも。俺達には有利だ。存分にフル活用しようぜ」

 セナはまとめて、楽しげに笑っていた。やる気を充分に……それは他の皆にも移っている。

「了解。その後は臨機応変に。いつもの如く」

「了解ね。各自の判断に任せるわ……信じてるからね」

「青龍を倒す事。それだけだ」

「了解」

「あとそれと」

「何? カイト……」


 カイトの提案が一つだけ。小さな声で、それは皆の耳に触れた。

「……了解」

 マフィアの頷きに続き、皆は同意を示して頷いていった……。



「行くぞ! 青龍!」

 セナのかけ声が始まりで各自は一斉に散らばった。四方、または八方。青龍を取り囲む陣で最初は動き出す。

 日は高く迫り、天気は良好だった。連なり、白い綿菓子のような丸まった雲。間に筋ついた雲もあるが、春頃に見られるポカポカとしていそうな陽気な青空が広がっていた。これから戦いだと言われても、恐らくは疑ってしまうだろう。

 下の海面は光と青で揺れている……たまに、腹を見せた魚の集団やゴミが一緒になって見かけられた。場所を変えれば、赤い海や緑の海が見られるのかもしれないと言っておく。

 戦いの火ぶたは切って落とされる。

 まずはマフィアの技である。“覇王樹”。背を反らせ大きく息を吸い込み、ムチを持ったままの腕と腕を広げて胸を晒した体勢となったマフィアは、思い切りよく叫んだ。

 精霊は、見える粒子となって陸から浮上している……マフィアの命により、無数の精霊達は従って空へ。青龍を中心に数を増やし囲んでいった。

 青龍は輝く銀色のカーテンの中に閉じ込められてしまったようである。それは惑わしのイリュージョンの世界にでも入り込んだようで美しい光景でもあった。だが。


「“覇王樹”!」

 カッ、と。マフィアの見開いた目からは鋭い視線が飛び出し刺さる。息を叫びとともに大きく吐いていた。

 声と同時に。粒子だった精霊は、(あるじ)に従順だった。

 幻想感を漂わせていた空気は一変する。粒子の微細は鋭さに化けた―― 即ち、針と化す。

 一つ一つは細かく小さな針だった。しかしそれが粒子の数だけあるとなると。数え切るには、よほど気の遠い話になり神経の参る事は必至となるだろう。

 砲弾の針は標的となった青龍に方を定めて向かい、一斉集中発射された。

「“東雲”!」

 ヒナタが、合い間をかいくぐって自らの技を繰り出していた。“東雲”―― 太陽からの光線が、触れられるだろう直線の刃に変化し伸びてきた。赤から紫へと、虹色に波変わる刃の数はこれもまた、数え知れない。

 青龍に向かって突き刺さりに線は走る。

「グガアッ!」

 2つの攻めを全て青龍は受けていった。短き針と長き刃を。どちらも突き刺さる―― しかし。

 プシュウウウッ……! 青龍の凸凹した肌からは、白いガスが発生した。そして始め大人しくたなびいていたガスはそのうちに上空へと昇り、薄くなって消えていった。「あ……」

 マフィア達は苦い顔をする、それは無理もなかった。青龍は無傷だったからである。

 ちゃんと目でマフィアもヒナタも刺さる所は見たはずではあるが、青龍はガスをまき散らしはしたものの平然と構えていた。針も具現した光線も、溶けてしまったかのように跡形も無くなっている。

 2人とも下口唇を噛み締めた。

「“津波”!」

 休む暇など与えない。次は早くも用意していたカイトの攻撃が始まる。海が激しくざわついて、波うねりは猛威をふるった……高波は、天へ手よ届けと伸ばすかのように周囲の海面を押さえつけて飛び出してくる。壁となった。

 青龍を高見から包み覆った。だがしかし。

 水の壁はザパンと轟く音を立てていながらも、大した事でもなかったかに振舞う青龍だった―― 水の壁に青龍は動じる様子もなく、すり抜けただけに終わったようだった。

「そんなバカなよお!」

 カイトは悔しがった。これまでに積んできた鍛練を全否定されたと思えた。

 青龍には(こた)えていない。「最強……何じゃそら」

 ハン、と悔しまぎれにカイトは鼻で笑うしかなかった。



 苦戦なのは当たり前だと思っていた。勇気も、天神達も、七神も。だからといって諦めない……最初から負けなど認めるものではないと、全員が誓った。

 勇気も、絶対に諦めたりはしなかった。たとえ、力に圧倒されていても……。

「でやああああ!」

「チョロいわね、勇気! 剣技なんて教わってないんでしょ!」

 それが最もだった。セナに格闘の技を一度教えてもらった事はあったが、戦いには不慣れな勇気は『勇気』に振り回されるしかない。不利は不利で、勇気は焦燥で限界を感じている。

 キイン、と金属音は弾き鳴る。せっかくの素晴らしい剣でも、相手からの攻撃を勇気は受け止めるだけで精一杯だった。

(また“あの状態”になれば、きっと……)

『勇気』の先ほどの発言で、ある事を勇気は思い出していた―― 我意がない状態に陥った時の事を。セナを失った悲しさから現れた勇気の。トランス状態にも見える状態だった。仲間の声すら聞く耳ない危険さではあったが、戦いぶりに関しては攻守ともに最強だった。

 今一度、あの時の興奮状態にでもなれば――。

 危険だという事を押しのけて、その少しの期待が勇気の中に膨らみを見せていた。


 はあ、はあと喘ぎながら肩を上下させ、勇気は『敵』からいったん離れて間合いをとる。

 このままでは確実にやられてしまう、どうすればと。勇気はつい、よそ見をしてしまった。青龍と戦っている仲間達の方へと。目をやって、混乱している頭を落ち着かせようと頑張った。

(ん……?)

 勇気は気がつく……『勇気』も、青龍の方を見ている事を。不自然に思えた。

 注視していると、やがて『勇気』が勇気の視線に反応し言葉を投げた。

「あんたを本気にさせるには、やっぱ仲間の一人くらい死ねばいいのよね」

 そんな最悪な事を言った。「なっ……」

 耳を疑う。しかし聞き間違えではなかった。

「誰がいい? ……セナ?」

 見下し冷笑を浮かべた『勇気』だが、言っている事の内容が嘘か真かはわからなかった。

 まさか――

「やめて!」

 ググ、と剣を握る手に力がこもった。勇気の目に真剣味が増したようで、それを見た『勇気』は声を立てて一笑した。

「あはははは。そうこなくっちゃ。別に私が手を下さずとも可愛い青龍があんな連中、簡単に殺してくれちゃうわよ……バカね、攻撃ばかりで。敵意もむき出しで……ああ、ホラ」

と、アゴで方向を指し示した。先には、青龍が居る……。

 まるで歯が立たなかった魔法戦を終えてセナ達は、接近戦へともつれ込んでいたようだった。




「どの技もまるで効かないなんて……」

 落胆の声を吐き出したのは蛍だった。島の陸上から、遠く彼方を見つめている。そばには天神と……スカイラールの横に寝かされたままのハルカが居た。

 天神は両の手を組み目を閉じて、祈りを捧げていた。蛍は不謹慎だと思いながらも、つい言ってしまう。「神様が、誰に祈ってるのよ」と。

 まぶたの中の天神の瞳には、遣り切れない辛さがあった。しかし微笑みが出る。

「本当ですね……誰に願いを乞おうとしていたんでしょう。神、即ち自分にでしょうか」

 それは自嘲だった。まさかこの神様、死にはしないでしょうねと毒舌の蛍は心の中だけで思った。


 そんな2人のやりとりの中。気がつかない所で動きがあった。

 ハルカである。

 目を覚まし、半身だけを起こして蛍達の目先を追っていた。

 夢の呪縛からの生還に、迎えいる者は誰も居ないのかと思えば、そうでもない。

 ハルカのすぐ脇横で、スカイラールはほんの小さく鳴いていた。「ピイー……」



 紫とゲインは、それぞれが持つ短剣や長剣で青龍に戦いを挑んだ。空は難なく飛べるので、上下左右のバランスを保つコツを掴んでしまえば済みそうな事だった。地面の上で足を着いているのと同じ感覚をもって、すぐに慣れて助走もかけられるようにはなる。

 足でステップを踏みトントンと跳ね続け、青龍の背に乗る事に成功した紫は短剣で青龍の体に突き刺した……が。

「……硬い……」

 刃先は肉の中に沈まなかった。それどころか、なんとオリハルコンでできていたはずの短剣の方が折れ曲がってしまっていた。

「……」

 紫は無言で剣を見る。それほどまでに頑丈であるのだと見せつけられた青龍の皮膚。僅か数ミリ単位の穴も開かなかったようだった。

 ゲインも同様である。

 彼の場合は長剣で、青龍の胴体部分に勇敢に斬りかかっていった。しかし、かすった程度の事だったようで。青龍にこれといった刺激も変化もなかった。

 青龍は暴れ出した。「ゴオァァアア……」

 耳をつんざく雄叫びを上げた後、無茶苦茶に体をよじらせ、長い尻尾の部分が迫ってきてゲイン達に襲いかかる。しかもそれにゲイン達は気がつくのが遅れてしまった。

 バシイッ。紫とゲインは勢いよく叩き払われて。大ダメージを受けて下へと真っ逆さまだった。落ちていく―― 「紫!」「ゲインン!」悲鳴があちこちで上がっている。

「くそっ……俺達は併用魔法だ、いくぞ、カイト!」

 セナが呼んだ。「おう!」

 次の攻撃態勢は整っている。


「“風花”!」

 セナの攻撃。気を極限にまで高めて、精霊達に命を出した。カイトの水の精霊の力と合わせてセナの風は変化をもたらしていく。

 青龍を中心に周囲の気温がみるみるうちに下がっていき……零度はとうに超えて。吹き荒れ出した風の中に氷の粒が発生していく。雪風となった風は青龍を襲った。カイトの“津波”を受けて濡れている青龍の体には、相乗に身を凍えさす効果を期待していた。

 青龍は渦巻く竜巻の中に閉じ込められて極寒の地獄を味わう。やがて風が治まっていくと、姿を再び現した青龍は氷づけとなっていた。

 それを見てセナもカイトも素直に喜ぼうとした矢先。

 ピシッ。

 青龍の氷に大きな亀裂が走った。すぐに。

 パリンッ。

 氷は砕け散った。物見事にも、砕かれた氷の欠片はヒラヒラと儚く花弁に見えて。下へと落ちていった。

 青龍は怒りを見せ始めていた。それもそうで、連続する自身への攻撃にさすがに機嫌を損ねてきたのだろう……青龍は、自分の周りに居るセナ達を敵であると完全に見なしたようで、次々と攻撃に目を光らせていった。

 マフィアも、得意とするムチで立ち向かう。セナは、少し強力さには欠けるが“鎌鼬”や“風車”などで応戦する。カイトも“津波”“小波”と続き連発していた。

 一方、攻撃を食らって海に落ちてしまったと思われた紫とゲインだったが、紫は海に落ちる直前に意識を取り戻す事ができ付近の陸地へとゲインを背に抱えて降り立った。

 ゲインは血まみれだったが、意識はハッキリとしていて大丈夫そうに見えた、が……。

「鼓膜が破れたな……ワッハッハッ。さすが青龍殿、なかなかやりおる」

 顔に付いた血を拭う。陽気さは紫を唖然とさせたが、ゲインの豪快な大笑いにつられて紫の口元は次第にほころびて。終いには一緒になって笑ってしまっていた。

「さて追いつくぞ。まだまだこれからだ」

 ゲインと紫は宙に浮かび、空へと。戻って行った。


 ヒナタは魔法攻撃の連続には体が堪えるようで、肉弾戦を試みていた。武器となる短剣を振るい、果敢にも立ち向かうが全く相手にされていなかった。体当たりを受けたり、かわしきれず爪で引っ掻かれてしまったりで……ヒナタの服に付着する赤い血は少しずつ増えていく。

 ココに居る七神、全員が思い始めている……疲労というものが積み重なり支配を強めていっていた。


 青龍は強すぎる。


 身に染みてきていた。天神が、今まで散々に言ってきた事でもあった。なのに今さら呟く事でもないと。皆がそれを承知していた。

 青龍は容赦なく、(たい)で攻撃、反撃をしてセナ達を苦しめていった。

 血だらけになっていきながら。

 マフィアは戦う前から背中に傷を負っていたが、それもだいぶ先から傷口が開いてしまい、チャイナの服は赤く鮮明な色が付いてしまっている。

 赤、赤、赤。

 暴れた青龍は毒息を吐く。黄色い不味そうな色をした息は、ちょうど手前に居たカイトに浴びかかった。

「ぎゃああああ……!」

 苦しく絞め上げた声を出し、カイトは身を庇う格好になったまま落下していった。「カイト……!」驚いたセナが慌てて追いかけようと、油断した。その時だった。

 ザシュ。

 セナの隙だらけになっていた背中を青龍の鋭く尖った爪が襲った……。

 2人ともが落ちていく。

「―― カイト殿! ……セナ殿ぉお!」

 ゲインは鍛え上げた自らの肉体を武器にも、戦っていた。諦めなど眼中にもない。




 青龍に攻め入り、赤に染められていく惨状を。勇気は見るに耐え切れなくなっていた。

(力よ……!)

 天を仰いだ。

 無力な自分を呪った。何も答えをくれない天を憎み、自分を責めた。

 だが、青い空に人の顔が浮かぶ……それは、自分が勝手に視界に映し出しただけだろうセナの叫びの顔だった。弱気になるなバカ野郎―― もしココにセナが居たら、きっと勇気にはそう言って叱るに違いないと思っている。

 勇気は自分の想像力に少し微笑んでしまっていた。

「何笑ってんだか……不快だわ……気でもふれた?」

『勇気』は無表情で勇気を見ていた。

「あなたにはわからない」

 勇気も見返す。「一人ぼっちのあなたには……決して」

 強気にと、勇気の内部に変化があった。諦めかけても諦めかけても、不思議とまた這い上がって来れる。それは、仲間の言葉。信頼。それがあって、生まれ湧いた勇気のおかげだと――。

「あなたに私は殺せない」

『勇気』を曇りない目で一心に見ていた勇気は自信を持って言った。ただの開き直りかと思っていた『勇気』は、勇気の堂々と真っ直ぐな瞳に何故か拭いきれない畏怖を感じた。

「フン……何を根拠にそんな夢めいた事を……」

 だが、『勇気』の方の内部にも。多少の変化の兆しがあった。

 いつからか。『勇気』から、快楽の―― 楽、は……なくなってきている。

「殺せないですって……? いいわ、殺してあげるわよッ!」

 剣を振り上げ―― 勇気に頭の上から振り落とす!

 

 ……


 勇気は微動だにしなかった。目は閉じていた。

 そのせいで、振り落とされたはずの剣は勇気の頭上でピタリと止まってしまっていた。

 静止したままの2人に、奇妙な時間が流れる。


「どうして……?」


 カタカタと。『勇気』の剣を持つ手は大きく震えている。何故、動きを止めたのか。それは『勇気』自身にもわかっていない事だった。

「何で……?」

 少しの混乱が生まれ、徐々に『勇気』の内に広がっていく。

 疑問を投げかけた所で、答えなど返ってくるはずはなかった。しかし。



「教えてやろうか?」



 2人は振り返る。とても懐かしい声がした、その主とは。

 2人もよく知っている人物。

 切り揃えのある青い髪、銀の鎖が耳元にまで繋がった飾り眼鏡。白の長いコート、革靴、不似合いな手編みの赤いマフラー、手には……引っ提げた“邪尾刀”。

 生死を問われていた。七神のうちの一人である闇神、その人。そう、彼の名は――。


 レイ。



《第58話へ続く》





【あとがき】

 切羽詰まっているのは主人公だけではないぞ!

 あともう少しで終わりだというのに……(泣)。


※ブログ第57話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-130.html 


 ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ