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第53話(割れた心)


 終わりは始まり。そんな言葉を何処かで耳にした記憶がある。

 私が最後、本当の意味を知りたいと渇望し、その『真実』を手に入れた時。何が待ち受けていようとも、何とかなるはずさという軽い気持ちは簡単にどうにかなるもんではない。

 私は受け入れなければならないんだ。目の前に起こった、起こる事を、全部。

 自分の都合のいい事にしてしまわないで。

 しっかりと見つめて。

 誰かが言っていたでしょう?

『これは、ゲームなんかじゃない』と……。


「私……」

 凍てついた雰囲気(ムード)が流れた。知らない所でピシッ、と。ヒビ割れたような音がする。

 私をこの場へと連れてきた天神の神子様は、私を天神様に会わせてくれた。

 天神様が閉じ込められているクリスタルの檻。眠っているのか、死んでいるのか……? それを覗き込んで確かめる前に、事態は急変する。

 私の前で神子様は変貌していったのだ。

 道化……に? いや、違う。

 ぐにゃりと自身に触れている空間をも巻き込んで、すっかりと見た目を変えてしまい私を震撼させていった、その姿。その形。

 私は対面する。私と。そう……。



 私なのだ。



「どうして……?」

 頭の中がパニックだ。完全に呆けてしまっている。

 力を失い口をだらしなくポカンと開け、目が乾ききってしまいそうなほどマバタキを忘れて見入っている私を、『私』は嘲笑っていた。「あはははは、そうよ、『勇気』」大口を開けて楽しそうに。

 私が着ているのと同じ制服、同じ靴下に同じ靴。何と腰の短剣まで同じだった。そっくりだ。しかし“光頭刃”だけは持ってはいない。

「夢の中で会ったでしょ……忘れちゃってんの?」

 呆れた、と肩を竦ませ両の手の平を広げた。夢……って、まさか。そんな。

 私が自分の殻に閉じこもってしまった時に聞いていた声。強引ともとれた手口。ハルカさんと対面したり、レイとハルカさんの過去へ見に行ってみたり……あの時は、これは夢なんだからと。私は誘われ見たものを素直に受けて多少、無理矢理と思いながらも。いつの間にやらそれが真実なんだと信じ決め込んでいた。

 私は、思い込んでいたにすぎない。

「全ての始まりは……鏡よ、勇気。あなたが遺跡で真っ2つにした鏡――“透心鏡”」

 新しい鏡の名前を聞いた。何だって? “透心鏡”? ……何だそれ。

 もう一人の『私』は、目の前を行ったり来たりしながら教えてくれる。

「人の奥底に隠された心を映し出す鏡だった……なのに、あの日。鏡は2つに割れてしまう。それが始まり。まるでこう言うと宇宙のビッグバンみたいね。ふふ」

 クス、クスと漏らす笑い声がよく辺りに響いている。私は黙っていた。『私』は私の方をたまに見るけれど、すぐに何処か違う所を見つめている。

「薄々感づいてたでしょ? やけにこの世界は“鏡”が多いなあ、ってさ。ヒントを与えていたつもりだったのに」

 やれやれ仕方がないと肩を上下に揺らし素振りを見せる。

「まあいいや……どうでも。この世界も、どの世界も。滅茶苦茶になっちゃえばいいのよ……勇気、あんたココに来る前にそう思ってたんでしょ? 皆、自分勝手でさあ……人に嫌な事を押しつけたり、苛めたり、罵ったり……だったらさあ。私も、自 分 勝 手 で い い よ ね ? 」

と、『私』の目が光る。とても力強く、不気味な視線だったために私の背筋は冷えてしまった。

「壊してやる。どの世界も。まずはこちらの世界から。青龍を使って……」

 興奮してくる胸の内を手で押さえ込んで息を弾ませた。

「破壊してやる」

 意志がこもる。とても強い意志の塊。

 何か言わないと、と思って即座に私は反論に出た。

「な、何言ってるの! 世界を壊したいなんてもう思ってないわ! ココにも私の居た世界にも皆は生きていて、ただ平和に暮らしている。た、確かに前は、クラスメイトに苛められたり……お兄ちゃんの彼女さんに別居を勧められたりして嫌な事が続いていたけど。でももうそんなのとっくにどうでもよくなってる。今の私は、誰も恨んでなんかいないのよ!」

 一歩前に出て吠える私を、『私』は冷ややかに見つめて。

 やがて片手を挙げてパチンと指を鳴らした。

 するとどうだ。私の真横にハルカさんが現れ、間を置かずに私の背から腕を絡みつけてきた。

「ハ、ハルカさん!?」

 ハルカさんの綺麗な赤い瞳を覗くが何の反応もない。私は羽交い絞めにされた。無言で私を押さえつけた。「離して!」声だけで抵抗を試みる。

 ハルカさんは生きていた。レイは? レイは、どうなったんだろうか。

「……あなたがハルカさんを操っているの?」

 もう一人の『私』を睨む。フン、と笑って軽蔑の意を示す『私』。

「今のあなたがどうであれ、『私』はあなたから生まれた。倒せるもんなら倒してみなさいよ? そのご自慢の剣とやらでさあ……ウフフフフ、あはははは……ま、無理でしょうけどね。どう考えても。だって……」

 クイ、とアゴでハルカさんに指図した。ハルカさんは、締める腕の力をもっと強めて私が顔を歪ませるまで締め上げていった。「あああ!」

 私の悲鳴を、とっても心地よい響きを聞いたように反応する。

「いいわあ……勇気の悲鳴。勇気、知ってた? あなたが苦しめば苦しむほど、私は悦ぶの……たまらなく」

 ウットリと手で首筋を撫でていた。「もっと叫んで」

 私は気持ち悪くなってきていた。さらにハルカさんは力を込めていく。「……!」

 苦しみ歪む顔から、汗が何滴も辿って下へと落ちていく。苦しい、嫌だ、助けて。

 私は暴れたが、ちっとも動じない。女なのにハルカさんは私なんかよりよっぽど力が上だった。考えてみたら、カイトだって敵わなかったんだ。その事を思い出してしまった。

「レイは青龍に喰われたのかしら。もう知らないけど」

と、『私』はボソリと言った。

 私にとっては幸運だった。何とハルカさんの力が“レイ”という言葉に反応したのか一瞬だけ力が緩む。

 すかさず、私は渾身の力でハルカさんの手を振りほどいた。それは成功し、私はハルカさんの呪縛から解き放たれる。押さえつけられていた腕を労わりながら、ハルカさんと『私』からある程度に離れて。ハアハアと息をついた。ハルカさんは追いかけては来なかった。

 変な間が空く。

 ハルカさんの呟きが、かすれて響く。

「レイは……?」

 とてもとても小さな弱い声。迷子の子供がママを呼ぶようで消えそうな声だった。

「レイは何処なの……?」

『私』はああそうね、と思い出して私を再び見た。

「私の代わりに動いてくれた彼に感謝しないとね。勝手に神殿に来て勝手に修行して勝手に暴走、それから自滅してさ。なあんだか可哀想だから、かまって利用させてもらったけど。よかったんじゃない? 青龍が好きみたいだったし、見られて本望でしょ……せっかく面倒看てあげてたんだし」

 神子に化けていた『私』。『私』は、レイも意のままに操っていた。レイが、天神様を憎むように仕向けた……? いや、ただの偶然だったのかもしれない。結果として、レイは天神様と神子を憎み世界を滅ぼそうと目論見る。

 私なんかよりよっぽど賢いレイだ。青龍を呼び出せば、どうなるかくらい想像できたはず。追いつめられ、本人にしかわからない支離滅裂になったレイは、身も世も破壊へ。

 その流れを作ったのは――『私』だ。「何て事……!」

 私が。

 私が、全ての元凶。

 私が、始め世界を憎んだばっかりに。

「邪尾刀も贈った(プレゼントした)し、青龍の居場所も勇気達の動向も。全部教えてあげたのに。毎晩、枕元で囁いてあげたのに……子守唄みたいにね。『青龍よ……あなたの好きな青龍が待っている……早く“四神鏡”を集めて火の島へ……憎いでしょう? 自分をこんなにズタボロにした天神や神子、人間達が憎いでしょう? レイ……あなたは何も悪くないのに。今に見てなさい、目にもの見せてくれる。さあまずは救世主――あいつで遊べ』」

 レイの意識はすり替えられる。レイが『私』で『私』がレイで。

 全てが、悪い方へと。

 こうやって悪は生み出される。いや――広がる。

「やめてええ!」

 私は泣くのを堪えようと耳を塞ぎまぶたで目を塞ぎ。流れてくる悲しみをせき止めようともがいた。

「苦しみなさい。とことんまで付き合ってあげる。あなたの苦しみが『私』には悦びこの上なくたまらないの。全身が、こそばゆい、おかしくてたまらない……」

 血流が沸騰している。悦びあらわにしていた『私』の一動が突然ピタリと治まった。

「あなたがうらやましかった。純粋でひたむきで一生懸命で。セナや皆に愛されて……どうしてこんなに差があるのか……同じ『私』のくせに!」

『私』の目がカッと見開いた。そうしたらいきなり、私とハルカさんが立っている床からザクリザクリと氷の矢が上に向かって突き刺すように出現する。数は複数で数えられない。

「きゃああ!」

 直接は刺さらなかった。ハルカさんも。身を庇う姿勢で固まってしまっていた。

 少しだけ私は肩をかすめた。ジンワリと、破れた服の隙間にできたすり傷から血がにじみ出る。軽傷だけれど、心臓は破裂しそうなほど苦しくなって息がしづらい。

「苦しめ! 勇気! ――殺しはしない。苦しめ!」

 憎しみの目が向けられる。本能でも悟る……本気で『私』は私を憎んでいるのだと。髪が逆立ち、顔は歪み、汗は蒸発し、視線は私を貫こうとしている。

 次の攻撃が、来る!

 私はどうしたらいいのかわからず混乱したまま、何処からか聞こえてくる音に耳を傾けた――。


『人間と成ることのできなかった者 存在す これが獣なり――』


“七神創話伝”の一部だった。私の記憶から蘇った一節の切れ端。人間と成ることのできなかった者――不完全――獣。

 2つにわかれてしまった私達。互いに不完全な状態の私達。私は……私は――。

 ドドドドド。

 地響きとともに地面が揺らぐ。「わあああ!」転んで、横向けに倒れてしまった。

 ハルカさんも。『私』は……平然と立っていた。天井を見上げている。

「気分がいい……」

 ほのかに笑うその顔は、至福に満ちていた。その時だった。

「勇気!」

 予想もしていなかった方向から、男の声がした。「セナ!」

 呼んだ通り、部屋のドアを強引に蹴破り侵入してきたのはセナだった。髪が汗で濡れている。よほど走ってきたに違いない。

「悲鳴が聞こえたんだ。おかげでココが……だけど?」

 駆け寄ってきたセナが立ち止まる。私とハルカさんともう一人の『私』と。

 ゴゴゴ……。

 震動が一定ではない地面に酔いそうになりバランスをとりながら。セナは混乱しそうになる頭を整理しようとしている。私はすぐにそれを察知して、セナに伝えた。

「こいつが……こいつが、黒幕よ! こいつが……」

 私も混乱していた。涙目になってヤケになって。恥ずかしさと、自嘲で。

 訳がわからない。

「どうなってるんだ……」

 セナは迷っていた。姿格好の同じ私の一体どちらが本物なのか。見定めようとしていた。


 私が本物よ! セナ!


 だけれど悲しいかな、証明するものが――。


 ある。


 私は閃き、とにかく腰に手を伸ばした。

 そして鞘から剣を抜き――“光頭刃”を構えた。

 ブルブルと、手は震えている。

「こ、“光頭刃”は、持ってないようね? 偽者さん!」

 必死に睨んで相手を威嚇していた。偽者、と言ってしまった私をまた軽蔑した目で『私』は見た。

 ガチガチと歯の鳴る音は止まらない。

「やああああ!」

 私は飛びかかった。がむしゃらに剣を『私』に向けて振り下ろす!

 しかし難なくかわされてしまった。横っ飛びする。

「苦しむがいい……」

 私のそばで、私にしか聞こえない音量で『私』は言った。

 すると後ろで。


「レイを返してえええ!」


 金切り声がした。

 また、ドドドと岩を激しく叩く音。重なり合いぶつかり合って太鼓に似た地響きはいつまでも。

 ハルカさんは叫び、両の手の平を合わせた腕が高く掲げられた。手の平からは赤い光が生まれ放ち、それは炎へと変わっていく。

 炎に包まれた手と手は離れ円を描く動きで左右へと広げられ振り下ろされた。

 炎がリング状となり形造られ……中心から爆発した。

 私やセナは、軽く吹っ飛ばされる。

 どうか頭は打たないでと、祈っていた。



《第54話へ続く》





【あとがき】

 字数を気にしていたら今話。

 少なっ!

 どゆこと。


※ブログ第53話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-124.html


 ありがとうございました。



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