第5話(レイの罠)
「知らなかったんです。この村の前に居た おばあさんに勧められて。本当ですっ!」
牢屋の鉄格子を握りしめて、必死に言い訳をした。村長は黙っていたが、
「そんな奴は知らんっ! わしの村では、あそこの水を使うのは村人だけだと決まっている。雨の降らない この村では、あのトロの泉はワシらの命を繋ぐ大切なものなのだ」
と言って、頑として聞かなかった。
「そんなぁ……」
私はペタリと座り込んだ。見かねたセナが口を開いた。
「ちょっと待てよ。俺らには する事が あるんだ。どうしても俺らを処刑なんかするって言うんなら……俺は、黙っちゃいねえぞ」
と、睨みをきかせて言った。さすがの村長も気迫に押され少しビビッたようだ。
「ふ……ふん! 知った事か。そうだな……一つだけ、処刑なんかせずに済む方法があるがな」
と言うと、そっぽを向いた。
「そ、それって何っ!?」
私が興奮して尋ねると、村長は横目で私を見ながら言った。
「ここより西南の、シリカナ山の山頂から流れ出る、聖水があると聞く。その聖水を一滴たらすだけで清水が沸くという話だ。それをとって来てトロの泉を元の清い水に戻す事だ。そうしたら、処刑など やめてやろう」
水を汚すも何も……少し飲んだだけじゃない、とも思ったが、引っ込めた。
頷いた私とセナ。早速その山へ行くと言った。
何で こんな事に なっちゃうんだろう。一晩この村で滞在して、明日に目的地・目の泉へ向かうはずだったのに。もう目と鼻の先にあるっていうのに。こんな事に なっちゃうなんて。
「しかしまぁ、愚痴ってても仕方ねーだろ。とっとと、とって来ようぜ」
とセナは私の怒りを抑えた。
そりゃそうか。過ぎた事を言っても仕方ない。とにかくとっとと片付けなきゃね、この騒動。
私とセナが支度を済ませ、山の入り口まで行った時。背後から声がした。
「あんたらでしょ? トロの泉を汚した奴って。あたし、村長の娘で 楓っていうの。よろしく」
と言い出した少女。女忍者みたいな格好をして、髪を横で一つに上に くくっている。オテンバなイメージ。私と同年ぐらいかなぁ。
「よろしく……あ、えっと。私は松波勇気」
「ユウキ?」
「あ、うん。そんで、こっちはセナ」
「よろしく、セナさん」
「え、はぁ。どうも」
と、ひとしきり自己紹介は終えたけど。一体この子、何しに来たんだろう?
それを聞こうとしたよりも先に、ぱっぱかと説明した。
「うちのオヤジら、頭古くてさぁ。やってらんないのよねぇー。あんたらも運が悪いわよ。水 飲んだとこ、見られちゃうなんてさ。でさぁ結局、あんたらオヤジに言われて聖水とりに行くんでしょ? あたし、この山は自分の庭みたいなもんでさ。結構 詳しいし、あんたらに付き合ってやろうと思って。見張りついでに」
この子……ノリが軽いし、口が悪い。“オヤジ”だなんて……いやいや、それはそれで。
私たちに ついてきてくれるって!?
「えっ、いいの!?」
「いいってば。さっさと行こ。夜 深いと魔物出やすいしさ」
と決めて山に入ろうとした。なんて素早い……マイペースなんだ?
はっっ……も、も、魔物っ!?
軽く聞き流しかけたけど、それって結構怖いんじゃ……嘘でしょう!?
「早く来なよ。走るよ」
と、さささと走り出した。私たちは「えっ!?」って感じのままだったから、いきなりで驚いた。
楓って子、走り出したんだけど。すごく速い!
マフィア以上だ。
私は懸命に走ったけど、どうやっても追いつくはずが、ない! しかも、セナも速いもんだから……完全に足引っ張ってる役だった。ハアハアと、全速疾走を続けて いい加減バテてきた。あ〜〜、もう、ダメッ!
……と、いう所で。100メートルほど先を走っていたセナが気がついてくれて私の所に戻って来た。私はと言えば、木に すがって息を整えていた。苦しい息は なかなか落ち着かない。
「勇気、大丈夫か?」
とセナは心配そうに聞く。楓ちゃんの姿は、暗くなって見えにくくなった森の中で小さくなっていた。
このままじゃ、はぐれてしまう。
「セナ、ごめん。先に行ってよ。私、足遅いから……」
と苦笑いする私を見て、セナは「バーカ」と囁いた。
「普通の人間の足じゃ、あの楓って奴には追いつけないのは当たり前だって。あいつ、ただ者じゃないから」
と慰める。そんな事言ってる間に、楓ちゃんの姿は見えなくなってしまった。
「ダメだよ、早く行って! 見失っちゃう。私、ここで待ってるし……」
「何言ってる。楓が言ってたろ、魔物が出るって。それにレイたちが また来るかもしれない。一人に させられるかよ」
そんな事言ったって、仕方無いじゃない……という顔をした。
するとセナは いきなり私を持ち上げ、抱えてしまった。
キョトンとする私。いきなり体が軽くなったと思ったら……私の体、軽々と抱き上げられている。
えええぇぇぇえーーーーーーっっ!!? ……
「しっかり つかまってろ」
とセナは、走り出した。楓ちゃんも速いが、さすが男というのかセナも なかなか速い。
しかも私みたいな お荷物を……。
私は しっっっかりとセナに つかまった。ちらりと彼の顔を見た途端、ドキリとしてしまった。慌てて視線を外したがドキドキが鳴り止まない。
(カ、カッコイイ……)
と、今度は赤面してしまう。なんだか脈も速いし。
うひゃあ〜〜、どうしよう。気づかれたら……。
考えたら、すごい事だ。こんなカッコイイお兄さんに抱えられているなんて。
カッコイイお兄さん……言うなれば王子様ってとこね。
なんて、何考えてんだか……。
自分を叱りつける。やだぁ、思考回路が おかしくなってくるよ。
「見えたぞ、山頂だ」
セナが突然言ったので、私は「はっ……」と腑抜けた声を出してしまった。
山頂には、小さな川みたいなものがあった。何メートルもの大きな石がデン! と置いてあり、そこの てっぺんから上で溜まった水が落ちてきて川となり流れて来ているのだろう。そして これが、村長の言っていた「聖水」……?
セナに下ろしてもらい、上から落ちてくる水を見上げた。上で、湧き出ているのだろうか? 下からだと見えないので、わからない。
「ほら。これに入れなよ」
と、楓ちゃんが小さなビンを渡してくれた。早速そのビンに入れようとフタを開けようとした。その時。
カツンッ。
持っていたビンが、飛んできた「何か」によって弾かれたように飛ぶ。3メートルくらい横に飛んで行ったビン。
びっくりして見ると、飛んできたのは1枚のトランプ。スペードの4のカードだった。それを拾う。
「な……っ!?」
トランプの裏には、“救世主の死”と描かれた絵柄。
飛んできた方向をキッ! と睨む。確信があった。レイたちの誰かの仕業だと。
「聖水は、とらせてやんない」
と、まるで何もかも知ったような口をきく、その姿が木の枝の上に立っていた。
見ると、あれは村の入り口で私たちに泉の水を勧めた、おばあさんだったではないか。
私が あんぐりと口を開けると、おばあさんは優雅に羽織っていたマントを翻し、下に降りた。不気味な顔で私を見た。
「あなたも……蛍とかいう子の仲間ね?」
と私が聞くと、相手は訂正した。
「『仲間』だって? まっさか。僕は僕なりにレイに協力してやっているだけさ」
え? ……“僕”……?
と、首を ひねった。
何にせよ、レイの関係者もしくは敵ってわけね。
セナは攻撃体勢。楓ちゃんも、黙って様子を見ている。
「僕は……」
と言いかけた所で、マントをバッ! と勢いよく脱いだ。まるでマジックのように姿が おばあさんから ある少年の姿に早変わりした。頭以外が全身タイツで、黒ずくめ。首にジャラジャラと首飾りをつけている。年は私より少し年上ってとこ。ぱっちりと開いた光の無い黒い目が怖い。しかも たえず薄笑いを浮かべている。
「僕は、業師、鶲。おもに作戦を考えたりするんだけどさ、ほとんどレイが やってるし。ま、助手って感じかな」
と紹介した後、私をジロジロと見る。
「へえ〜〜。これが救世主。ふーーん……頼りなさそ」
と、グサリとくる事を言う。楓ちゃんより よっぽど口が悪いんじゃないの!?
「おい。鶲とやらよ。何しに来たんだ? まさか、また勇気の命を狙いに来たのか」
と すかさずセナがツッコんだ。鶲は さも面白そうに、こっちを見る。
「そうだって言ったら? 君は救世主を お守りする騎士かい?」
と せせら笑った。セナも負けずに笑みを浮かべ、「そうだよ」と言った。
「ふふ。面白いね、君。でもね、僕、別に救世主を殺しに来たわけじゃないんだ、実は」
「何?」
「レイの命令でね。君らを ここに引き止めておけって言われたんだよ。で、あんなババアの格好して、この村の掟を利用したってわけ。君ら、簡単に ひっかかっちゃって。結構 面白かったよ」
と、鶲が とんでもない事を言い出した。セナが詰め寄る。
「な……レイの奴、俺らを引き止めてどうするってんだ!? 何を……」
と言いかけた所で、セナはハッとした。
「まさか……」
「あたしの村に、何するつもり!?」
代わりに楓ちゃんが聞いた。
そうだ。レイが私たちを引き止めておく理由……ひょっとしたら、村の皆に何か!?
「さーーあね。なんせ僕、レイの命令で ここで君らを引き止めておけって言われただけだし」
と鶲は両手を天秤のように掲げ、首を振った。“僕の知ったこっちゃない”素振り。皮肉っぽく笑う その顔が何だか腹立たしい。
でも、そんな事言ってらんない。一刻も早く、村へ帰らなきゃ。村の安否が心配だ。
私たち3人が後ろを向いて後退を始めると、木から木へ飛び移った鶲が私たちの行く手を防ぐように目の前に降り立った。
「言っただろう? 僕の役目は時間稼ぎ。気の済むまで相手をしてもらうよ」
「邪魔だ! どけ!」
「やーだよ」
セナと鶲の言い合いは続く。すると、鶲の目前でボンッ! と白い煙が何発か立った。
爆弾っ!? ……にしては威力に乏しい。
そうしたら、セナが またも私を抱え上げ楓ちゃんと共に ダダダと村へ向かって走り出した。恥ずかしい……けど、グズな私だし、仕方ない。
「何何っ!? 何が起こったのっ!?」
とセナを聞くと、
「あたしが隠し持っていた こけらおどしの煙玉を2・3発放っただけ。あいつ強いよ、かなり。相手にしてる暇も無いでしょ。逃げるが勝ち、ってね」
代わりに楓ちゃんが説明してくれた。セナが息苦しそうだったからだろう。無理もない……楓ちゃんのスピードについていっているんだもの、苦しいはずだ。しかも さっきと同様、私みたいな お荷物が、ねえ……。
はあ……。
私って、情けないや。セナの優しさに甘えるだけ甘えて、何もできない役立たずなんだもの。自分で自分の身を守る事もできないなんて。
どうしよう……悲しく、なってきた。
そんなこんなで、やっと山を出た。どうやら鶲は追って来ない。
山を出た所で私を下ろす。セナは しばらく呼吸を整えているが、疲れきった顔だった。
ごめん……セナ。山道を往復、全速で走ったんだもんね……。
一方、楓ちゃんの方は涼しい顔。息一つ乱れていなかった。んーー、すごいよね。体、鍛えてあるって感じがするよ。
一分くらい休憩した後、また再び村へ向かって走り出した。村は すぐそこ。あっという間に着いた……が。
信じられない光景を目にする事になる。
人・人・人……が、地面に横たわっていた。血だらけで。
一刀でブスリと やられた者、一太刀で切り刻まれた者、まだ微かに動いている者……まるでこれは 何処かで観た映画のワンシーンではないか。
いや、しかし。そんな血の海の中……一人だけ立っている者がいた。
真っ黒な闇の中で満月の光を浴びて、浮かびあがった その顔は……この前見た、あの大木の顔と そっくりであった。ただ、あの顔に細縁の丸い眼鏡をかけただけだ。
恐らく、彼は……。
「レイ……!」
と、セナが呼んだ。
そう、セナの旧友、レイだ。
そのレイがゆっくりとこちらを向き、ジッと見ている。セナと同じ年か年上か。髪の色は青っぽい気が。白のロングコート。肩に赤いマフラー。よく見ると、細縁の丸眼鏡の両端から銀の鎖が。鎖の先は、耳のピアスに繋がっている。
長身の彼の手には、一刀の刀が握られていた。赤い液体がポタリ、ポタリと刃先から滴り落ちている。紛れも無く、血だ。
その手の刀で、村人たちを斬ったに違いない。
しかも、たった一人でね。
「レイ……どうして……お前、そんな奴じゃ無かった。どうして、こんな事を……」
呆けている私と楓ちゃんをそのままにして、セナはレイに哀れみのような怒りのような、悲しい声を出した。彼も どうしていいか困惑しているらしい。
この光景に実感が沸かなかった。3人とも。
「オヤジ! みんなァ!」
楓ちゃんが やっとの事で叫び出した。そして段々と感情が沸き起こってきたのか、震えた声を絞り出してレイを睨んだ。
「よくも あたしの村を……!」
と……怒りに身を任せて、楓ちゃんは空をきった。レイに飛びかかろうとした。わずか その間、1秒も無い。
瞬速の技だったのに。レイはさらにその上を行く速さで前から来る攻撃を かわした。楓ちゃんが よろめいた隙を狙って、レイは持っていた刀を振り下ろす! ……
刀は、楓ちゃんの背中を斬った。見事な さばき……切れ味。一本の「線」が刻まれる。楓ちゃんの背中の切り筋から、血が勢いよく噴き出した。
私は悲鳴をあげた。
「いやあああぁぁぁあああっっ!」
何もできず、ただ目の前の光景を見て声をあげるだけ。
ゆっくりと、倒れた楓ちゃん。すぐに駆け寄れと思った……けど、足がガクガクと震えて思うように動いてくれないのだ。
レイが、チラリと私を見た。途端、ビクンッ! と金縛りにあった。足のガクガクは止まったけれど。
何て冷たい目――――!
その目に、吸い込まれそう。
すると いきなり、ガシッ! っと私の足をつかんだ人がいた。ゾクっと身の毛が立って、心臓も跳ね上がる。
足元を見ると、村長だった。ここまで這ってきたのか頭と背中から血を流し、横たわっていた。私に何か伝えたいのか、冷たい手で私の足首を震えながら つかんでいた。
村長はカクカクした口で こう叫ぶ。
「この…… 疫 病 神 め が ッ ッ ! 」 … …
と。
怒りと苦しみと……悲しみと。顔が、訴えていた。
ただ私は……言葉が胸に突き刺さっただけだった。
《第6話へ続く》
【あとがき】
「鶲」という漢字なのですが、普通に字変換してくれません……。だから嫌いだ。
※ブログ第5話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-37.html
ありがとうございました。