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第49話(最後の七神)


“七神創話伝”――


 世界を統治し 運命を見守る神 天神といふ

 始まりは孤独 そして種だった

 種は精霊をつくり 生きる者全てを生んだ

 しかし天神は 癒されることは無かった


 ―― 第六章“天神”より ――



 アジャラとパパラの催眠波とやらによって、ミルカ村の住民達は眠らされ。その隙に荷物を取りに戻った私達一行は急いで村を後にした。

 ミルカ村を出てすぐに、ナニワの森という所へと入って行く。ナニワの森は地図で確認してみてもとても広大な森で北の地方めいっぱい、横這いに広がっていた。迷わずにしても通り抜けるには、一週間かそこらはかかるんじゃないかとカイトが言っていた。

 森に入りかけた時に。私だけが立ち止まる。もちろん、急に歩みを止めた私に皆は注目して、気がついた順に同じく足を止めていった。

「どうしたの? 勇気」

 まずはマフィアだ。それから後ろに続いていた蛍達やヒナタ、先頭を行くアジャラ達とメノウちゃんとカイト。皆がいっせいにこっちを見た。

 私は俯いた暗い顔のままで、吐いたため息と一緒に言葉に出した。

「南ラシーヌ国に戻りたいの……」

 皆が無言になる。


 私とカイトがアジャラやマフィア達と合流した時に受けた報告は、私に衝撃を与えた。

 かつて訪れ、語り合い協力し合い……まだ記憶に新しい思い出。ううん、まだ思い出なんかにするには早すぎる。まるで昨日の事のようだった。

 南ラシーヌ国。絶対王政から民主の国へ。きっとこれから民が国王の元へ集まり、未来への新しい道が開けるだろうという兆しが見えていた矢先だった。

 国は滅びた……。

 まだ、見た訳ではないので わからない。

 国が何処まで壊滅させられたのかが。規模も状況も、アジャラとパパラに話を聞いただけで、さっぱり想像もつかなかった。想像……これまでに通過してきたキースの街などが思い浮かぶ。思い出すのに抵抗もあった。

 でも、気になって仕方がない。国王、サンゴ将軍……宴の時に肩を組んだり大騒ぎしたりして弾けていたノリノリの兵士達。彼らが、死んだなんて。もう――居ないなんて!

 聞いただけでは信じられるはずがなかった。

 私の体は震えている。

 今まで、一刻も早くミルカ村を出なくちゃと気を張って我慢していたけれど。もう限界だ。

 ここまで来たらもういいよねと……私の視界は涙で歪んでいた。

「戻って……どうするの?」

 姿勢のいいマフィアは、真っ直ぐ私を見つめていた。見上げた私の顔は少し驚く。

 慰めてほしかった訳じゃない。覚悟はしていた。

 マフィアは言う。

「私達には、戻っている暇はない。一度行ってしまったらたぶん、しばらくそこから離れられなくなる。苦しんでいる人達を置いて行く事は……中途半端に手を貸すくらいなら、もう――」

 マフィアの重い口調は、続かなかった。言わなくても充分に飲み込める。

 行ってはいけない。

 頭では わかっていても……私は苦しかった。

「ごめんなさい……マフィア、皆……わかってる。わかってるの……」

 涙を喉の奥へと閉じ込める。泣く訳にはいかないと。皆の前で気張る。

 カイトがやって来た。

「?」

 私が見上げようとすると、頭の上にポンと手を置かれてしまった。「勇気」

 あまり感情のわからない声でカイトは私に話しかけた。何だろう?

「言いな。そしたらスッキリする。次に俺達がどうすべきか。指針を示してくれ」

 少し笑いかける。その立ち姿はとても落ち着いていて、安心感を私に与えてくれていた。

 次の……。

 もう……決まっている。

「私達は、このまま七神を捜します」

 私の声も落ち着いていた。

「四神鏡はあと2枚。七神と四神鏡。揃わせるのはどちらが先なのか。それを考えて、私達は先に進みます」

と、私はカイトの向こうに居るアジャラとパパラに向かって言ったつもりだった。

 カイトが言ってくれた通りにして、形にならずためて渦巻いていたものが吐き出されたみたいで。スッキリと心が軽くなったようだった。決意が固まった、と言うべきか……。

「そうね」

と、蛍が口唇の両端をニッと吊り上げて同意する。

「いつまでもフラフラしてんじゃないわよ。でないと、私達あんたを見捨ててレイ様の所に戻るわよ? 救・世主さん」

 得意げな眼差しで意地悪そうに言った。私達というのは、蛍と……紫の事だろう。

 レイ側に味方が増えるのも困るけれど。それ以前に、蛍達が行ってしまうのを寂しく感じた。見捨てられる、というのもね。

 私には蛍の悪態が少しだけ嬉しかった。

 おかげで、元気を取り戻す。

「うん。もう決めた。決めてるの!」

と、私は明るく笑ってみせた。するとそれが広がっていくように、皆の顔がほころんで和やかな雰囲気になっていった。

 前に進み出たアジャラが安心して私に話しかける。

「ならば。私達は世界の何処かにいるはずのハルカやレイ達の居場所を捜しましょう。隠れていると思われますが……見つけ次第、連絡をとるように致します。そちらも、七神が揃い次第。空に向かって呼びかけて下さい。すぐに飛んで来ますのでね」


 アジャラとパパラは、去って行った。空の中へと消えて。

 私達は、私達のする事がある。七神を捜して揃える事だ。まずそれだ。七神は……残り、一人。まだ訪れていない地の何処かに、きっと居るに違いない。

 見つけた後は……。

 頭が重くなるけれど。レイの元へ行くんだろうな。説得しに。もしくは……。

 ……。

 ……倒す。



 見渡す限り、樹齢何年なんだろうかと思わせる古くたくましい樹が並び、道は何処だと言わせるくらい密集していたり。何とか抜けて行くと、繁みが生い茂って足元を傷だらけにしてくれる。

 あまり人は立ち入らない場所なんだなと思いながらの通行だった。道を作りながら進む感じだ。なかなか一向に進まない。カイトは一週間と言っていたけれど、絶対もっと時間をかけそうだった。私やメノウちゃんが疲れを見せ始める。

「ほら。シャンとして。もう少し行ったら休憩しよ」

と、ヒナタが呼びかけてくれた。若いっていいわね……と思いながら。私も若いじゃないかと自分で自分を落ち込ませる。うう〜。

「ちょっと楽してみる? お2人さん」

と、マフィアが言い出した。何だあ?

 私が何の事やらと見守っていると、マフィアはブツブツと何かを唱えながら目を閉じた。

「“百日紅(さるすべり)”!」

 聞いた事のない呪文を唱えた。何が起きるかとだ。

「うおおおう!?」

 私が声を上げる……と同時に、何と。

 ツルリ、と。足が滑って危うく転びそうになって踏ん張りとどまったのだった!

「きゃああああ〜」

 どうやら私とメノウちゃんにだけ、かけられたようだ。足の裏がツルツルと地面の上を滑ってしまって、上手く歩けなくなってしまった。「ひいやああ〜」

 情けない悲鳴が飛んだ。カイトやヒナタが目を真ん丸にして見ている。蛍は嫌そうに、私が滑りながら近づくと「来ないで!」と邪険にして手で振り払った。ドンと押されて紫の方にアワアワしながら体が当たると。

「大丈夫ですか。落ち着いて……」

と、しっかり受け止めてくれていた。うう、優しい。

「お姉ちゃん、見て見て! こうすればいいんだよ!」

と、メノウちゃんの陽気な声がした。見ると、メノウちゃんは行く先々にスイ〜スイ〜っと。片足ずつを前に前にと出して、逆八の字を描きながら滑っていった。これはこれは……。

 アイススケートの要領だった。「なるほど……ようし」

 私も、見よう見真似というやつで格好つけてみる。スイ〜スイ〜っと。カイトの横を通りすぎるまで一気に行ってみた。

 おお。上手くなっている。どうにかコツを呑み込んだみたいだった。いや、若いからと言ってほしい。

「面白〜い。楽しみだからか、楽チンね」

 私は大喜びで先頭を走っていった。

「おいおい。先に行くな! 魔物が現れたらどうすんだ」

と、後ろからカイトが早歩きで追いかけてきたり。

「は〜い」「皆早くう〜」

と、私とメノウちゃんは張りきっていた。

 そうして魔法の効果がきれた頃。私とメノウちゃんは足がクタクタになって、背中合わせになって地面にズルズルと沈んだ。

「ま、休憩しましょうね〜」

 優しさをたーっぷり込めてマフィアが私達の頭上から声をふりかけていた。



 日が沈んでいく。晴れ渡っていて雲のある青かった空は赤く、遠くから太陽の光の筋や色を運んでくる。手前は樹の密集した森のおかげで暗さしかわからないけれど、空を見上げて遠くを意識したらそれは、大自然だった。筆で絵に描けたらどんなにいいのだろう。

 その中で。私達は焚き火と鍋を囲んで夕食を食べていた。作ったのは意表もつかず当然マフィアで、山菜やキノコを煮込んだ雑炊だった。熱くてフウフウ言いながら、取り分けられた具の入ったお茶碗を持ってゆっくりと食べる。

 箸とレンゲを進めていると、マフィアが話を持ってきた。

「ねえ勇気。後でもいいんだけど、ちょっと見てくれない」

「え? 何を?」

 急に話題をふられて、すくった雑炊をこぼしそうになる。

「ミルカの村でね。書庫から頂戴してきちゃった本があるの。何と“七神創話伝”の一節!」

 そう言われて。私は雑炊から目を逸らしマフィアに聞き返した。

「ど、ど、どんな!?」

 びっくりしたので、声が上ずっている。マフィアは「うーんと……」と、人指し指を立てて考えていた。

「えーっと……ちょっと待って……」

 マフィアが荷物の中から本をとって来た。ブ厚くも薄くもない、少し古びた本だった。パラパラとページをめくり、やがて見つける。

 マフィアがスラスラと読み始めた。


「『七神が誕生した後のこと。生命は進化を遂げたり。或る所では魚が生まれ、川を泳ぎて。或る所では鳥が生まれ、空を飛びて。或る所では人間が生まれ、世界を支配す。人間は精霊とともに、この世で生きる道を選びたり。しかし、人間と成ることのできなかった者、存在す。これが獣なり。世界の北を司る獣、玄武。世界の南を司る獣、朱雀。世界の東を司る獣、青龍。世界の西を司る獣、白虎。この者たちは、四神獣と呼ばれたり。四神獣、万物を惑わし必ずや破壊を導く。恐るべき獣なり――』この部分だけみたい」


 私はメモ帳とシャーペンを持ってきて、書き込んでいった。書き終わってから改めて内容を見てみる。

 どうやら、ミルカ村でおじいさんが教えてくれたものの続きのような気がするんだけれど。

「獣……」

 何度でも目につき頭の中で復活するフレーズだった。


 恐るべき獣なり――


「獣、か……」

 あの、私やカイトを襲ってきたおじいさんの姿は獣という言葉にしがみつき連動して、私の心の隙間に木枯らし風を与えていた。

「人に成れなかったら、どうなってしまうんだろうか……」

 呟かずにはいられない。彼らだってなりたくてなった訳じゃない。人ではないと、自分を認めなくてはならない時――悔しさか葛藤をし、ついには自分の身を死にたくなるほど呪うんじゃないだろうかと。そんな気がした。

 悲しかった。

「全てが終わったら……南ラシーヌに行こうね。勇気」

 マフィアが言うと、私はメモ帳から顔を上げた。

 マフィアは温かい目で私を見ていた。国に戻るべきじゃない、と自分が言ってしまった事をずっと気にしていたのかなと。だとしたら私のせいで申し訳なかった。

「うん! ……」

 何とか笑ってみたけれど。心中頼りなく。でも無理矢理にでも元気よく声を上げていた。

 ナニワの森の出口は、きっともうすぐ。

 暗くなりかけている遠くの空を……見つめていた。




 遠く空を挟み、違う所では。

 セナは少しやつれていた。特段何も変わっていない境遇。ガラスケースの箱の中にいれられた、窮屈な空間。食事の用意は運ばれて、術か何かで壁を通り抜け床に置かれるけれど。セナは手をつけなかった。

「食欲ないのか。食べないと身が持たないぞ。安心しろ、毒なんて入っていない」

 ハルカは来た時にそう告げている。しかしセナは無視して黙ったままだった。

「言っとくけど、もし逃げようと思っているのだったら無駄だぞ、それは……まあいい。監獄暮らしを知っているお前には、これぐらい平気なはずだな」

 言い捨てて去ったハルカ。セナは思う。

(逃げたりしねえよ……)

 チラ、と横目でガラスケースの外を見た。一本足の小さなテーブルの上に、布に包まれ丁寧に扱われて一つ一つと並べられている物。それは。

 四神鏡である。

「……」

 2枚。カケラ……が2つ、にも見えた。鈍く、光っている。

 セナはこれが四神鏡であると言われずとも、扱かわれ方や状態などから確信はしていた。

(いつまでもココに居座るつもりはないが……約束したしな、勇気と……)

 ダランと首をだらしなく楽にしながら、無言の時間は過ぎていくばかり。思考する時間は永遠に続きセナを時に苦しめる事がある。


 ……リン。


(ん……?)


 深い沈黙の中から。音が波紋のように広がってセナの耳にまで届く。

 ほんの僅かな響きだったはずなのだが、残響がいつまでも自分の耳に残っている感覚に襲われた。

 辺りを探してみるセナは、やがて見つける。

 小さい鈴が一つ、身近にコロンと。しかも今自分があぐらをかいて座っているケースの空間内で。可愛らしく、幻ではなく。ちゃんとそこに、ある。

「……? これは」

 ヒョイと摘み上げた。よく調べてみても、ただの鈴。

 しかしセナには見覚えがあった。そう、これは。この物は。


 チリンの、通信鈴である。




 数日か、数十日か。やっと、やっとだ。

 私達はナニワの森を無事に抜け出した。本当にご苦労様って感じで、肩の荷でも下りたみたいだった。

 森を抜けると、そこは海! 海! 海! へばっていた私はともかく、メノウちゃんだけが大はしゃぎで砂浜を駆け回っていた。何その元気。

「わああーい! やっと出れたねえ」

 なんて、喜び! を体で前面に出しながら。手を上げたり、飛び跳ねている。う、うらやましいその清々しさ、だった。

 ババくさい私はもうどうでもいいとして。森を抜けると、海。そして地平線へと目を向けたらだ。

 島が見えた。距離的に、比較的にもココから近そうな一つの島。

「あれくらいなら、私達の力で行けそうじゃない?」

と、マフィアが提案した。

 力とは。七神の魔力による技……しかも私達、ときた。マフィアの真意は読み取れる。

 使うのは併用魔法だ。恐らくは、マフィアの木神としての力と、カイトの水神の力、かな。

 前にチャレンジした時は、4人くらいが定員で限界だったと思う。でもあれからマフィアもカイトもだいぶ力をつけた。私、カイト、メノウちゃん、マフィア、ヒナタ、蛍に紫。7人かあ。ギリギリ、イケるかも。私は大きく頷いた。

「やってみる。たぶん行けると思うわ」

 自信はあるみたいで、マフィアは大きく深呼吸。

 さっそくだったけれど。私達は葉という葉を集めてきて、ちゃんと人数分は乗れるようにと葉っぱでこしらえられた乗り物――船を造り上げた。マフィアの“草鞋(わらじ)”によるもの。見た目フカフカの木の葉のベッドにも見えたりして。

「それじゃ、行きますかあー」

 全く違う性質同士の併用魔法はお互いのバランスが常に大事。そのための集中力と訓練は日頃から必ず鍛錬しとかないと絶対にできっこないのだ。力加減、微細な調節が物を言う。

「皆、乗ったあ?」

 続けてマフィアが呼びかけるに対して。「おっけー、行ってえええ〜」

 適当な返事を。

「じゃあ行くわよ、カイト」

「おっしゃー」

 息を合わせ、2人ともは まず精神統一。目を閉じて、立てた指先一点に力の全てを注ぎ込む。

 全然心配してないし、完全に安心しきっていた私を含め他メンバー。

 証明できた。難なくスピードにのって海を渡る事ができたのだった。いえーい、やったね!

 しかし陸が見えて間もなく。次なる衝撃は私達にやってくる。


 到着した島は、確かキタ島という名前の所だった。私達は船に乗ったままで、波打ち際の辺りで浮いていた。

 そこに立ちはだかった大男。岩鉄! なイメージを持たせそうな、頑丈な鎧やしっかり刈られた頭。おじさんだった。腰に太い剣がさしてある。

 彼は何?

 皆がそう思ったに違いないとしばらく男の出方を窺っていたらだった。

 男の口からその衝撃は放たれる。


「おう! 待ってたぜ、救世主一行よう! ―― 俺が七神のうちの一人だ!」


 ……。


 へ?


 私は開いた口が塞がらなかった。身が固まったまま……そして!

 ばっしゃん!

 船はバランスを失い……落ちた。

「……」

 全員、水の上に落ちてびしょ濡れになる。集まり固まっていた葉っぱは散り散りに。原形はなくなった。浅瀬だったのでお尻に受けたダメージは ほとんどないが。そんな事よりもだ。

 ……誰だって?

 唖然、愕然、衝撃というより襲撃じゃないだろうか。私達を襲う。

「な、何で私達が救世主だと……」

 目の前のおじさんは言った。

「ん? 魔法使って来たし?」

 突きつけられた現実を受け入れようと、私達は必死に立ち上がろうとしていた。



 少しの時間をもらって。私達は やっと自力で再起して立ち上がり、おじさんとマトモに会話できるようになった。あまりにも拍子抜けしすぎると、こんな事態に陥るんだねと何かを学んだような気がしつつ。私が代表して前に出た。

「こんにちは……」

 とはいえ。相手は30代くらいの大柄な男。岩鉄とは言ったが、よく見るとそんなに怖い顔はしていない。眉毛は濃く太いし、貫禄があるが、気難しさはなく温和そうに思えた。

 ちょっとずつ慣れたのか安堵しながら、ご機嫌を窺う。

 男はニッと口を吊り上げ片方の頬にえくぼを作り、白い丈夫そうな歯を見せて突然クイズを出した。

「さて、何神でしょう?」

 し、七神クイズ?

「ええと……」

 一瞬面を食らったけれど、すぐに過去チリン少年だったか……が、言っていた事を思いだした。『あと、光神と土神でしょ? 大丈夫、すぐ見つかるよ。近いうちに、あっちから やって来るだろうから』――そんな事を。

「土……神?」

 おずおずと。ないようである自信を込めて言ってみた。

 男はいきなり私の背中をバンバンと叩き出したからたまらない。「―― !」

 痛かった。

「正解だ! お前やるなあ〜」

 のんびりとした口調が返ってくる。お、大当たりですか。痛くてあんまり嬉しくない。

 男は満面の笑みで私達全員を歓迎してくれた。

「今日は俺ん家へ泊まれよ! リカルも待ってる」

(!)

 驚きウロたえたのは私だけだ。すぐさま緊張が私の中で血流にのって走り流れた。

 リカル、その名前に。

「話が上手すぎねーか?」

 私の胸中をよそに、背後で頭の後ろに手を組みながらカイトが言っていた。



 男の名は、ゲイン。ゲイン=ジャーニ=ワイド。27歳(!?)。そしてリカルというのは、奥さんの名前だった。まさか結婚していたとは。いや変でもないか。まあいいや。

 どうぞ呼び捨てで構わないと言っていた。ゲインの家へと招かれる。

 行く道の先々で島の人達に挨拶され、ゲインはニコニコしながら愛想よく答えていた。それから家に到着。玄関のドアを開けると、優しそうな若い女の人が出迎えてくれていた。

「いらっしゃいませ。どうぞ」

 声も落ち着いていて安らぎを感じる。どうやらこの人が奥さんのようだ。長い柔らかな黒い髪を後ろでシンプルにまとめ垂らしていた。口元のほくろが色っぽい。

「さあ上がれ上がれ! 荷物は部屋に運んどくぞお! わっはっはっ」

 大声で笑いながらリカルさんの横を通りすぎた。リカルさんはゲインを見てクスクス笑う。

「ゲインったら子供みたいに はしゃいじゃって……」

 何とも微笑ましい風景なんだろうか。ついつい私達もニヤけてしまった。

 私達は言葉にどんどん甘えて、リカルさんの手料理をご馳走になる事になった。


 粗末ではなく、とてもシンプルな献立。2〜3種類の野菜とお肉を混ぜて煮込んだだけのものや、パンプキン風の温かいスープ。ポテトサラダ。自家製で淹れて下さったホットティー。じいいいんと、体が芯から温まるような食卓だった。とても家庭的なスタイル。お手本にしたいくらいだと思った。


 これまでの旅のうち、かいつまんだ話をした。風神、セナと出会った事から始まり、レイという闇神と敵対している事。ハルカという炎神も向こう側についてしまって、セナは捕らえられているという事。四神鏡や天神、邪尾刀と光頭刃の関係……それくらいかな。あんまり詳しく話し込むと、長すぎて夜遅くまでかかっちゃいそうだから。ほどほどに。

「すげえ事になってんだな。んじゃ、これからその敵の……兄ちゃんとこに行くって訳か。聞いてると、一筋縄じゃいかない相手みたいだがな」

と、食事を終えてお茶を飲みながらゲインは言った。

 そうなんだよね、と私は気が重く。ため息が出てしまった。

「考えてたって仕方ねえよなあ。思いつくうちの、やれる事はやってみないとな……さっ、今日は早く寝ちまいな。おおいリカル、布団は敷いたか」

 ゲインは、台所に居るだろうリカルさんに大きな声で呼びかけた。そのうち、「はいはい。ただ今」と返事をしながらトタトタと。リカルさんは居間を通り抜けて2階へと続く階段にと上っていった。

 私も手伝おうかなと。リカルさんの後を追った。

 2階の客間では、リカルさんがすでに布団を出し始めている。

「ごめんなさい。布団の数は足らないから、狭いですけど詰めて寝て下さいね」

と、私に優しく微笑みかける。

「あ、いえ。そんな。いきなり大所帯で押しかけたんですもん。こちらこそ、お気遣いすみません」

 私が頭を下げると、リカルさんは私の所にやって来て。何故だか片肩に片手を置いた。

 それから、顔を上げた私の目をジッと見ている。何だろう?

「……リカル、という名前が気に障るのでしたら、どうぞルイ、とお呼び下さいな。リカル=ルイ=ワイドと申しますので。好きに呼んで下さって構わないんですよ」

と、不思議な事を言った。

「……?」

 私はすぐに理解ができなかった。名前? リカル?

「私は何となくですけど、人の考えている事が読めるのです。だから。あなたはリカル、という女の子……かしら。思い出したくない過去がおありのようでしたから。おせっかいかもしれませんでしたけども」

 私は手を休めず動かし続けているリカルさんを……すごいを通り越して感動してしまっていた。




 夜になって。

 私以外の皆は布団の上に並んで雑魚寝だった。私は眠れなくて、起きて外へと出かける。

 昔から眠れない夜はよく散歩していた。成長してもこれはずっと変わらないのかなあ私。

 建物を出て、少しの気分だけで一方向を目指した……。


「ん?」

 海の方へ向かって真っ直ぐ。それから、波打ち際に沿って歩いていたらだ。

 崖の方で騒がしい音が聞こえてきた。ドカン、ドカンと。

 何だろうと思ってそちらへ。ジャングルみたいになった森林を通って、奥にある崖のそばへと近づいていった。

 崖の下には、見覚えのある人物が。ゲインだった。

 鎧も他に防具もつけてなくて、剣だけが傍らに置いてあった。本人は何してるのかと言うと。大きな岩を見つけてしがみつき、持ち上げて砕いたりしている。ひょっとして。

「修行してるの? ゲイン。こんな所で」

 私が声をかけるとゲインはすぐに気がついてくれた。「よう」

 汗を拭きながら休憩に入ったみたいだった。「まあ座れよ」

 崖にもたれて、私とゲインは並んで座った。

 ゲインは話をするのが好きで楽しいらしく、ネタがいっぱいで尽きない。島で獲れた魚とか、天候のせいで遭難した事とか。何とリカルさんとの馴れ初め話まで。

 リカルさんとは、ココの崖で出会ったんだそうだ。崖の下で足をくじいて動けなくなっていたリカルさんを家までおんぶして送っていったのがキッカケ。次の日から。ゲインがココでよく修行をしているとリカルさんが現れて、そのままトントン拍子に結婚までいっちゃったんだそうだ。

 いいなあ、2人を見ていると幸せ全開オーラが眩しすぎるよ。もうっ。

 そんな事を思っていた訳だけれど。ふと疑問が沸き起こった。

 今後の事。

 ゲインは、どうするのだろうか……。

「ゲイン。ゲインは、これからどうするの? リカルさんを置いて、私達と……行くの?」

 嫌な役目だなあと知りながらも、聞かなくちゃダメだった。とても大事な事だから。

 ゲインはしばらく無言だった。

 その間、砂ボコリをたてた風がサッと私の横を吹き抜ける。居心地の悪さを取っ払いたかった。

 ゲインに動きがあった。自分の胸元から、一枚の紙切れを取り出し。私に渡した。

「……?」

 奇妙で、ずっとだんまりなゲインに これまでとは違う感を感じた。

 私は渡された紙切れを広げてみて、あ、と声に漏らした。内容が――。


『 ―― 第四章“十二神鏡”――


 精霊の力をもって生まれし人間

 即ち七人は 必ず鏡を持って 転生す

 これを七神鏡と呼び 四神獣封印の際 用ゐる

 救世主 七神の力を集め 一枚の鏡を造る

 吸収した鏡 救世主とともに 四神獣を満たす道具となる


 さて 四神獣も 一つずつ鏡を持つ

 其の鏡 自らで水に溶け 風に さらされ 土に腐り 火で燃えたり

 つまりは 人間の体内に侵入し 元の形を築き始め 一枚の鏡と成る

 よって 四枚の鏡 存在す

 四枚で力は最大と なりて 四神獣の体を復活させる力と成りたり

 なほ、其の鏡を所有する者の体 寿命 尽きるまで死することなく

 永遠の力 手に入れたるが鏡 失えば即死す


 合はせて 十二神鏡である 』


 ……


 こんな。これは。

“七神創話伝”だ!

 私は紙切れを持つ手をブルブルと震わせて、ゲインを大きく見開いた目で見た。ゲインは少し眉尻を下げながら、ちゃんと説明してくれた。

「俺が七神の一人である事は、ばあちゃんから教えてもらった。それで、ばあちゃんからそれを聞いて書きとめて、大事にココにしまっておいたんだ。肌身離さず――」

と、ゲインは自分の胸元を叩いてみせた。

「いつ救世主が来ても、俺が七神だと証明できるように。力を貸せるように。俺はあんたらが来るのをずっと……待っていた」

 月に照らされたゲインの青光る顔は、純真だと思った。嘘偽りのない、本当の――意志。それが固く、根づいているんだ。曲がらない、一貫した信念なんだろう……。

 話は続いた。

「その語りを見る限り、この世界を救う救世主は俺達七神の……それぞれが持つ『鏡』が必要となってくるんじゃないか、と思われる。いや、まだわからないが……俺の鏡は今、手元にはなくて隠してあるが、それを持ってあんたらと一緒に四神獣の復活を防ぐために行かねばならない……覚悟の上だ。もちろん、リカルを連れてはいけない、置いていく。何より……」

 少し言いにくそうに頭を掻いた。照れている?

「もし生きて帰ってきた時に……帰って来れる場所がほしい」

 それで話は終わりになった。

 ゲイン……。


 私は胸が(ほの)かに熱くなる。

 自分や……セナの事を思った。セナの帰って来る場所。もし、もし私がそれならば――と。

 セナや皆に、安らぎを与える存在になりたいと。

 それが、私の願いになる。


 ……願いよ、叶えて……



 両の手を組み合わせた時。右手にはめていた指輪が、突然赤く光り出した。

「!」

「何だ!?」

 そして大きな地面からの叫び……地響きが発生する。ゴゴゴゴゴ、と。

「きゃあ!」

「動かずジッとしてるんだ!」

 ゲインに言われ、うずくまって時がすぎるのを待った。とても長い時間。

 地震は、そのうちに治まってくれた。同時に赤い光も。

「何だったの、今の……」

 わからない。でも。

 すごく……嫌な予感がしてそれは取り巻き、私を決して離さなかった。


 大地が揺れ動き出す……まさか青龍?

 まるでそれは脈動のように。



《第50話へ続く》





【あとがき】

 ゲインは違う名前でした。3段階を経て今の名前に。そしておっさん。平均年齢上がりますなぁ。はっはっはっ。


※ブログ第49話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-116.html


 ありがとうございました。



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