第47話(私を返して)
勇気は、本能のままに動いていた。さくらを光頭刃で一突きにする……。
(私は……何を……)
目に生気はない。生ける屍。その形容が ぴったりだった。
(もうどうでも、いい……)
さくらと勇気は停止している。勇気の剣が、さくらの心臓を貫いたまま……。
血は一滴も出てはいなかった。さくらを含む四師衆は、人間のように血が通っているわけではない。レイの闇のエネルギーで体が造られできている。汗や涙は見た目にはかく事はできるらしいが、果たして本物かどうか恐らくは謎だった。
「な……」
驚きを通り越し、救いを懇願する声色で さくらは言った。
「何なのよ、この娘……」
さくらは、刀身を素手のまま掴んだ。無論、さくらの手の内に刃は食い込まれて皮膚が裂けて。血は出ないが痛々しく傷が斬り刻まれていった。
掴んだ後は、……抜く。
自分の臓から突き放すように剣をはねのけた。
「……」
フラ、と一歩引き下がる。体が傾くさくら。
光頭刃は、生物にはダメージを与えない。ないはずだった。「く……」
持ちこたえる。しかし苦痛の表情を浮かべていた。
「ひ、鶲……」
やがては、ヒザを地面についた。穴の空いた心臓のあたりを服の上で わしづかみにしながら。
勇気は、立ったまま振り向いて空を見上げた。
上空、少し遠くの空の中では一人でマフィアとカイトの2人を相手に戦っている鶲の姿が見えた。勇気は鶲を見やると、すぐに行動に出る。
行動、即ち空を飛んだ。風を自分の周囲に起こしながら。「!」
さくらだけではない。恐怖のあまり身動き一つできなかったメノウや、勇気達を気にはしていたが鶲の妨害のせいで助けに行けないマフィア達まで。皆、勇気の行動に注目していたのだった。
勇気は怖気づく事も全くなく、竜巻のような螺旋状の風に包まれて。助走をつけて、ピョーン……と軽く速く。まるで みずみずしい子馬のように、元気とさえ見えるほどに軽やかに飛んだ。
風の力のせいか、空中に浮かんでいる。
そして鶲の面前へ。
足のついている地上から事の成り行きを見上げていたマフィアとカイトは、思わぬ助っ人にどうしていいのかが わからない。
「勇気ィ!」
マフィアは叫ぶ。
しかし、勇気の耳に届いているのかどうか。勇気には何の反応もなかった。
(もう……)
とても疲れた声は、自分の声。ただ漏らす。
(滅茶苦茶ね……)
剣を横に構えた。
剣の刃と、勇気の鋭い視線は平行に並ぶ。「ヒッ……!」睨まれた鶲は素直な声を出した。
勇気の短い髪は逆立ち、制服の襟もろとも風に煽られ、下方から上方へ。それは炎の子にも見えた。
瞳は死にながらも、敵を敵だと認識し。光はなくとも、目は一向に相手から離さずおかしな事かとそれは意志を持っていた。これは感情ではなく『本能』。勇気は自然のように剣をふるう。
「う、うわ……」
鶲が寒気を感じたのと同時に、勇気からの攻撃を食らった。刃先は届かなかったが、鶲の喉元をかすめた。
次に、剣を両手で持ちかえて全身を縦斬りにする。
「ぎやああああああ!」
ザックリと大きな傷が入った。真っ2つと体別れにはならなかったが、深い傷跡となった。
鶲もさくらと同様、血は出なかった。
下へと落ちる。
大ダメージを受けた鶲は落下する。
勇気の表情に光はない。
「素晴らしいな、勇気……」
驚嘆と喜びの声を上げたのはハルカだった。勇気達とは別の場所に居て、透明のガラスケースに入ったセナと自分の隣に居る紫苑の前で。湧き上がった高揚を隠せずにはいられない。
「レイにもぜひ見せたかった……圧倒的な力の差。四師衆、それ以上。レイには及ばないかもしれないが。レイ、あなたの予想はどうだったの……? フフ」
ゾクゾクしている腕をさすりながらハルカは嬉しそうに言った。それには理解が不能だったセナは、震える両手をさらにキツく握り締めた。「……!」
観ているスクリーンの状況は、とても楽しめたものではない。セナは苦しさを堪えるのに必死になる。ずっと自分を責め続けて。
ハルカは紫苑に命令した。
「向こうの奴らに指示を出す。繋げてくれ」
紫苑は人指し指と中指を口元につき立てて、呪文を唱えていった。
紫苑が準備をしている間、ハルカの輝いた瞳はセナに向けられた。
「セナ。勇気に会わせてやる。少しだけな」
それを聞いたセナの顔と手の筋肉が緩み、目は見開く。「どういう事だ?」
「見てればわかる」
ハルカのそばへ一つ。斜め上方にあったスクリーンは勝手に動き出し、近づいた。
勇気を映し出しているが、勇気の背景に上から見下ろした山々の景色が見えるほどカメラは引いている。勇気は、しばらく停止状態が続いたが再び動き出していた。
落ちていった鶲を追いかけて。
狙った獲物を逃がさないのか。
そうやって地上へと降りた2人を迎えて、待っていたと飛べないマフィアとカイトは走り寄る。しかし……。
ビュウウウウ……
勇気を囲む風の壁に圧倒されて、尻込みするマフィア達2人。近づけない。
こちらを向かない勇気の背中に威圧感を感じた。異質、違和。……決して触れてはならぬもの。2人の足の歩みは、完全に止まった。痺れたように動けなくなった。
土の地面の上に力なく倒れている鶲の近くへ。剣を片手にぶら提げ、命令を遂行するヒトに似て形を成す――人形か。意識は何処へ。
ざっくりと深く傷の印を刻まれた鶲の元へと赴いて勇気というヒトの形は……とどめをさそうと剣を再び構えて格好をつけた。
「……」
「ゆ、……」
かける言葉が上手く出てこなかったマフィアとカイト。ただ呆然とする。
完全に勇気に支配された空間を打ち破ってくれたのは場の者ではない。外部からの『侵入者』だった。
「それまで。ご苦労だったな、さくらと鶲。戻って来い」
何もない所から声だけが聞こえた。ピクリ、と反応し構えて静止したままの勇気。
勇気の正面、離れて待機していたマフィア達にも把握できるほどの距離に、上半身のハルカの姿が映ったスクリーンが出現した。命令を下したのはハルカだった。
「紫苑。奴らを連れて行け。ダメージが酷い」
言われた通り、見えないが紫苑は術を使った。証拠に、地に沈んでいた鶲の体が消えた……。
恐らくはさくらも連れて帰ったと思われる。
依然、剣を構えて固まったままの勇気を指してハルカは言った。
「素晴らしい」
と……。
目に強い意志があり、少し口元に余裕を持たせて。それは疑いが自信か確信へと移行したためかもしれなかった。
「今まで隠れていて正体を掴みかねていたもので。お前の真実が少しだけ見れて嬉しいぞ……救世主。しかし……お前は何者なんだろうな。ますます わからなくなっただけなのかもしれないがな。フフ」
とても楽しげに。勇気には、ハルカがどう言おうと関係はなかった。
だが、次のハルカの高言には大きく反応を示す。
「忘れるな。こっちには、人質がいるという事をな」
ハルカの背後から叫び声がした。「勇気!」
と同時に。パッと切り替わり声の主が映像に現れる。懐かしい顔だった。
「セナ……?」
勇気も懐かしい生の声を出した。相変わらず剣を構えたままで、映像の中の人物の名前を呼ぶ。
セナは壁に手をついていて、どうやら閉じ込められているらしいと気がつく。外傷もなく、特に別れた時と変わりが見つからない事から無事だという事が確認できた。
しかしセナの顔は暗く、眉間のシワは くっきりと見える。
「馬鹿やろう……」
出てきた言葉はそれだった。小さく、勇気に向けられる。
「しっかりしろよ! 自分を見失うんじゃない! 俺だ、わかるか!?」
セナに言われて。勇気は頭の中に水音を聞いた。
ピチョン。ほんの可愛らしい音と、中心に広がる波紋。そして蘇る記憶。
セナは別れを告げた。そして去った。
セナは居ない。ハルカの元に居る。昔の想い人だったハルカの元へ。
セナは閉じ込められている。勇気を呼んでいる。そこに居る。
思い出されるは、セナに関する事ばかり。
「私は……」
セナは言う。
「すまねえ、心配すんな……そのうち、帰るから。約束する」
曇った顔ではあったが、真剣に勇気に伝えた。背の低い勇気を半ば見下ろして。かける言葉を選んでいるようにも見えながら。自分に負い目を感じながら。「だから……」
「セナ……?」
勇気の両目から涙がこぼれた。構えた剣ごと震えている。
(私を返して……返して……)
「私は……」
(返して)
「私って……」
(そうよ、私よ!)
「私を……」
混乱は混乱を呼ぶ。すぐに止めてくれたのはセナだった。
「元のお前に戻れ! 本能なんかに すがるんじゃない!」
そして。
「お前は―― お前だ!」
セナはそう最後に叫んだ。勇気は言い換える。
「私は私……」
その時。マフィアとカイトの重なった声が大きく勇気の名前を呼んだ。
「勇気ーーーっ!」
しっかりと勇気の中にまで届き響く。「皆……」
自分の中に存在する自分の声もほぼ自覚を持って復活した。
(そうよ……皆よ! 思い出して……思い出してええ!)
途端に、激しい頭痛が勇気を襲う。「!」
剣を手から放り投げ、苦痛の顔で頭を抱えた。
「あううっ!」
鈍器でガツンと殴られたような痛みが走る。全身が痺れて、立てなくなりうずくまった。
「勇気!」
「勇気ー!」
セナもマフィア達も全員が勇気のそばへ。セナは壁のせいで それ以上は近づけず見守るだけだった。心配一色で事のさまを眺めていた。
「……苦しめ。勇気……」
ハルカの声がしたと思えば、スクリーンは一瞬で消えてなくなった。あった風も散ってしまって、後はホコリ被った地面が残っているだけで。辺りはシンと静かになってしまった。
次に目を覚ますと、勇気は小さなベッドの上に寝かされていた。
少し湿気臭いのを感じながら、勇気は上半身を起こして辺りを探る。カイトが椅子に座ってベッドの脇に居て、勇気が起きるなりニコッと笑って読んでいた本をパタンと閉じた。
「はよ。……夜だけど。具合、大丈夫か?」
勇気は髪をクシャリと乱し、頭を押さえて「痛……」と呟いた。
「ここはミルカ村の宿。お前、3日間も眠ってたんだ。今、水でも もらってくるから待ってな」
そう言ってカイトは立ち上がり部屋を出て行った。一人になった勇気は、明るい窓の外の方に関心が向く。月が朧に出ていて、それでも外の世界を明るく照らしてくれていた。
(私の中に もう一人の私が居るのよ――)
勇気には今回の事で得たものがあった。
(強すぎて、私の理性じゃ敵わないんだわ……)
ハルカが言っていた。真実が少しだけ見られたんだ、と。勇気の中にある『本能』は行動に出され、勇気自身を苦しめていたのだ、と。
「セナが居ないだけで、こんなにも おかしくなっちゃうなんて……」
驚きだ。勇気は身震いした。
(今までいつだってセナが居てくれた。いつから? あの、サークの森で会ってから? こんなに、好きになるなんて。セナは……ハルカさんの事が好きなのに)
気分は落ち込む方向へと。勇気はベッドから立って、窓際へ身を寄せた。月明かりに照らされて、勇気の顔はいっそう青白くなる。
(セナが居ないとダメなんだ)
苦しくてたまらなかった。握った手を窓に押しつける。顔は伏せていて、何も見たくはなかった。内から湧き起こる煮えたぎった感情を抑えられない。
嫉妬、怒り。拒否。勇気の小さい体に、嫌な現実が押し寄せる。「いやあ!」
ガシャン!
パリーンンッ……
破壊音は部屋を抜けて、外にも充分に聞こえた。
「どうしたの! ……勇気!」
今度は激しくドタドタと足音が聞こえてきてドアが開いた。開けたのは、慌てて飛んできたマフィアだった。
「勇気!」
マフィアはゴク、と息を呑み一瞬だけ考えて。状況を受け入れた。勇気が、窓ガラスを叩き割って正座している。割った片手からは血が流れ、内側にも少数、ガラスの破片が散らばった床に飛沫がポタポタと赤く落ちていた。
首と肩をダラリと下げて。
放心している状態だった。
「勇気……?」
マフィアは勇気の頭に そっと手を置いた。もうかれこれ、勇気の変貌ぶりを見せつけられてから3日経っていたのがよかった幸いだったとマフィアは思った。時間を置いて冷静になって。勇気を以前の勇気と変わらなく接する事ができると安心した。
しかし勇気は弱りきった顔でマフィアを見ていた。
「マフィア……私、ダメ……セナが居なきゃ……何にも……」
泣きそうな顔。誰かにすがりたくて耐えられない顔。あまりにも情けない表情に、マフィアの手に思わず力が入っていた。
「なあんにも……できな――」
言い終わらぬうちだった。
マフィアはピシャリと勇気の頬を叩く。「――!」
勇気は叩かれた頬に触れて、マフィアを見た。
「いつまで甘ったれてるの!」
マフィアは怒り、勇気を睨んでいた。
瞳の奥に、悲壮感が漂う。
「セナは……帰るって言ってたでしょう! 約束だって! それを……」
口唇を噛みながら、続けた。
「勇気は、セナの言う事が信じられないっていうのね?」
「!」
「見たでしょう? セナは、閉じ込められていた。ハルカに監禁されてるのよ! それに。ハルカ達は四神鏡を探している……もし放っておいたなら、セナは永遠に帰って来られないじゃない! 違う?」
「あ……」
自分がこうしている間にも。ハルカ達は、レイの復活を願いながら四神鏡を探して世界の何処かへと駆けまわっている。
自分がこうしている間にも。
時は関係なく過ぎていく。
「ハルカを止めるのよ、勇気」
マフィアが勇気を見つめる真剣な目は、セナと重なって幻の声を蘇らせた。
元のお前に戻れ 本能なんかに すがるんじゃない
すぐにマフィアの切実な叫びとも重なった。
「勇気が居なきゃ……セナもこの世界も救えない……救えないの……」
マフィアの思いによって絞り出された声は、強いはずが強くはなく小さく聞き取りにくくなっていった。
「お願いよ……元のあなたに戻って……」
マフィアは泣いていた。俯きながら……。
「……」
黙って、勇気はそれを見ていた。見ていて、勇気の全身に新しい風が吹き起こる。
(私……また……)
心の中で囁きとなって。勇気は風にのっていた。
(自分の事ばかり考えてしまったんだね……マフィアをこんなに苦しめて……私のせいで……)
情けなさと同時に、勇気の中で何かが弾けた。それは始め小さくとも やがては花咲き大きく成長していく兆し。
勇気に微笑みが新しく自然に浮かんだ。
「ごめんマフィア……私、弱気になってたみたい。そうだね、セナは戻って来るって言った……ううん、助けに行かなくちゃ!」
おまけに、立ち上がる。
「ごめんね。もう大丈夫だからさ!」
満面の笑みになった。開き直った清々しさで、胸を張っていた。
「勇気……!」
マフィアも涙を拭いて、立ち上がって笑った。そして「そうね!」と力強く一緒になって頷く。
(私は……ハルカさんに負けない。負けるもんか!)
勇気の決心は鈍らず劣らず、次なる方向へと道を指し示していた。
……
月は平等に日の光を照らし地上へと降り注ぐ。
闇に浮かぶ背景。南ラシーヌ国、城内では。
激戦の傷跡が無残にも永遠の時を刻み込み、惨状は訪問客を地獄の近場へと案内する。
かつて勇気達と宴を催した事もあった。
勇気と談話し意見し合った事もあった。
今はもう全てが思い出。
南ラシーヌ国王は、ハルカによって息を引きとった。
ハルカの片手には、白い卵のような形のものが握られている。
「あと2枚……」
炎が、そこらじゅうに。戦火が気温を上昇させて、火は獲物という獲物を全部焼き尽くそうと襲いにかかる。焼けただれた兵士の皮膚の焦げつく臭いは、魔物を呼んだ。
ハルカは嘲笑う。「あはははは」
瞳の色は赤。生まれつきの赤……何も、おかしくは……ない。
……
同時刻。
レイが寝ている静まり返った部屋。レイの脈打つ音が聞こえてきそうなほどの沈黙の部屋だった。
ドックン。
ドックン。
ドックン。
レイの心臓が、動いている。
《第48話へ続く》
【あとがき】
あんまり普段しませんが、補足です。
四師衆は、人間ではないです。と、いう事は。光頭刃で刺されると、生物扱いしてくれません。えー。
※ブログ第47話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-113.html
ありがとうございました。