表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/61

第43話(禁断の光[ちから])


 ヒュウウウウ。


 秋風のように、寂しい風が吹き抜ける。何処か懐かしいような、物悲しく切ないような、風が。

 だが太陽は相変わらずサンサンと地上を焦がすように降り注ぎ、何処からか運ばれてきたチリやホコリをその寂しい風が地面の上から さらっていく。静かに。

 イルサ民族 廃村。生きる者を廃された村。

 生き物が居ないというだけで、この空間だけ時間が止まってしまったんじゃと錯覚する。遠くの雲さえ止まって見える……不思議だ。

「誰に聞いた……?」

 ヒナタは立って私を見ていた。

「ソピアさんよ」

 私が返事すると、苦い顔をする。

「あの おしゃべり」

「あなたの事、すごく心配していたわ。知ってるんでしょう?」

「……」

 それからヒナタは下を向いて黙ってしまった。必死に何かを考えているように思えた。

 私は全て聞いたんだ……昨日。ソピアさんは語ってくれた。


 ……泣きながら。




 ―― お願いヒナタを救って ――


 昨夜。辿り着いた洞窟の奥で。彼女、ソピアさんは そう訴えた。私は突然の彼女の変わり様に びっくりしてしまった。

「光神の災いの原因は、ヒナタよ……」

 ソピアさんは言った。もちろん驚いたが、心中では“ああ やっぱりな”と納得してしまった自分が居た。その後、彼女は坦々と語り出す……。


「……ヒナタはね、かわいそうな子なの。異種間で生まれた子だからね。イルサにもワマにも認めてもらえない。小さい頃、父親の元で育ったんだけど……ひどい暴力でね。見たでしょ、顔の傷跡。あれは父親に つけられた傷。それで……ヒナタは毎日、家から逃げるようにイルサ村へと遊びに来た。でも歓迎は されなかった――ひとりぼっちだった」


 彼女、ソピアさんの目に涙が溜まる。話は続いた。


「ある日、私はヒナタをつけて行った。ヒナタはイルサ村の、お母さんの家へ行ったわ。でも家の中へは入ろうとせず、ただ物陰から見てるだけ。ジッと、ただ ずっと。私、たまんなくなっちゃって……ヒナタに声をかけた。帰ろう、そんで一緒に遊ぼう、って。その日から、私達はワマの村で遊ぶようになった……でも、あの日。あの日よ」

 ソピアさんの目に憎しみの情が こもる。口唇を噛み締め、手を震わせた。

「珍しく黒雲が広がって、雷も鳴っていたわ。嫌な予感が した……案の上、いつもの時間にヒナタの家に行ってもヒナタは居ない。ヒナタの身に何かが起きたんだと思ったわ。私は急いでイルサの村へ向かおうとして走り出した。その時よ! あの突然の光が現れたのは!」

 ガタガタと肩を震わせるのを手で掴んだ。

「私、走った。死にそうなくらいに。そして やっとイルサの村に着いた時……村は もう、変わり果てた姿に なっていた。ただ一人、ヒナタがボーッと突っ立っててね。私、事情を飲み込んだ。ああヒナタが やったんだ……って」

 両手で顔を覆う。

「ヒナタはボンヤリしていたわ。私が駆け寄ると、倒れた。“僕は何処へ行けばいいの”……そう言い残してね」


 僕ハ 何処二 イケバ イイノ?


 あの日の少年は そう言った。それだけを言い残して。

 そして。

 ソピアさんはヒナタを庇った。あの災いは、自分が引き起こしたものだと。長老の前に買って出て……命じられたのは。

 一生涯をココ……洞窟の中で過ごせという。

「ひどい……! そんな!」

「長老の せめてもの優しさよ。本当なら、死刑にでも なる所だったんですもの。それは それで いいの。私は生かされた事に感謝しているんだから。それより……ヒナタよ」

「? ヒナタさんは どうなったの? その後」

「……わからない」

 ソピアさんの隠した顔から手を伝って涙が流れる。声はくぐもり、私は聞き取ろうと少し近寄った。

 彼女の語りは私の胸の内に浸透し、喉から熱いものが込み上げてくる。

「わからない……?」

 私の目も潤いで視界が滲んでくる。

「あの子から笑顔は消えた。いいえ……何にも本音を言わなくなった。私の前では普通に、お互い言いたい事を気兼ねなく言えて、やりたい事を一緒に精一杯やってた。でも、今は もう……ヒナタの事が、わからない。何を考えているのかが」

 ソピアさんの苦しみが私の目に涙となって一つ。

「私の存在が……ヒナタを苦しめているのかも しれない。何度も そう思った。でも私、死ぬのは嫌。死ぬのは、怖い……死ねない。それより。生きているうちにヒナタを救いたい。でも、私はココから動けないのよ……! だから、だから お願いよ勇気さん! ヒナタを……ヒナタを救って! ヒナタが七神の一人なら、連れていって! 伝説の通りに! あの子に、笑顔を 取 り 戻 さ せ て …… ! 」


 ソピアさんは私に すがりつくように うずくまった。

 肩に手で小叩きながら、私はソピアさんを抱き締めていた。

 あなたも彼も、こんなに苦しんでいる……私は。

 私は……あなた達を救いたい。あなたが、ヒナタを救いたいように。


 今、私達に できる事は何なのだろう。




「あの日……」

 ヒナタは私達に背を向けてしまって、表情が見えなくなった。

「あの日、親父に全部バレたんだ。俺が母さんの所に行っている事。それで、親父はカンカンに怒って。出て行け、って言われた。だから俺、母さんの所へ行ったんだ。行ってみたけど……」

 少し戸惑いがちに ひと呼吸 置いた。

「……近所の子供達と楽しそうに笑って遊んでた……」



 思い浮かぶ あの日の記憶。ヒナタは全てをとっくに思い出していたのだ。

 自分は あの日、大胆な行動に出た。いつもは隠れて見ているだけ……でも違った。母親の前に姿を現し、それを見た近所の子供達は怖がったりして いっせいに去って行ったのだった。

 そしてヒナタと母親は見つめ合い……。

 永遠のような時間、お互いが お互いを見ていた。

 しかし、母親の方から先に目を逸らしてしまった。

「ココは あなたの居る所じゃない。早く お帰りなさい」 ……

 それだけを言った。

 充分だった。


 何が?


「あ……あああ……」

 ヒナタは涙声で意味の わからない奇声を上げる。

「わあ ああ あっ!」

 頭を乱暴に掻きむしり、背を向けて走り出した。何処かへと。


「ヒナタッ!」


 遠くになっていく母の自分の呼ぶ声。

 ヒナタの足は止まらなかった。

 叫びが言葉に成り得ないまま叫びたいように叫ばれ、滅茶苦茶に走りまくる。

 ――お母さん!

 ――お母さん!

 ――お母さん なんてイナイ。

 歯車が狂ったかのように頭の中で高熱のものが何かを溶かしながら目まぐるしく回っている。そうやって熱された水が全身から汗となって飛び出している。


 熱い!

 ――――自分が、溶ける!


 いつの間にか、暗雲が立ち込めている。雷鳴が鳴り響く。

 やっと立ち止まったかと思うとヒナタは、今度は うずくまって全身を抱えた。


 苦しい……苦しい。何だ この鼓動は動悸は心臓は まるで何かが生まれるみたいだ――


 しかし――

「う が ああ あ あああッーーーー!」

 全身が発光し、何と体は宙に浮かんだ。ある程度 上昇したと思ったら、音が なく静かだったが凄まじい光線の爆発が村中の隅々に まで及んだ。



「あ」



 光線がヒナタから発せられ貫き浴びせられた村人達は、声もろとも かき消されていった。


 ……


 影だけを残し。

 ヒナタの七神としての力の発動だった。初めての。


 無論 祝い劇では……なかった。



 僕ハ 何処二 行ケバ イイノ?


 ……



 あの日の少年はココに居る。

 ソピアさんが追放され、父親は死に、村長に仕え……毎日、ただ月日に流されて流されてココに来て花を添える……。

 繰り返し繰り返し。

 もう、うんざりだったに違いない。

「俺は。何処へも……行きたくないのに、何処かの遠くから誰かが言うんだ。行け、行けって。行くあてなんか ないのに。死ぬ事も できない。生きる事も できない……俺は すごくワガママなのかも しれない」

 ソピアさんも似たような事を言っていたっけ。死ぬ事が できない……生きる事も。

 人って、贅沢な生き物なのかな。死ぬのは嫌なくせに、生きる事を(こば)んでいる。

 生きる事を選ぶ事しか できないくせに、つまらない事で悩んでいる。

 つまらない……そうだよ。

「それは、自分の声よ」

 気が つくと、口が勝手に動き出していた。セナ達もヒナタも、私が言い出したので注目していた。

「本当は行きたいのよ。抜け出したいのよ。でも つまんない事でグチグチ悩んで、そんな本当の自分を覆い隠しているんだわ。ええ、人間ってワガママよ。皆、そうよ。でもねえ。ワガママな方がマシよ! 自分に正直なんだから!」

 ヒナタは私をジッと見つめた。

 私も逸らさずに、見た。

 しばらく黙ったままだったけれど……。



「その通り。いい事 言うねえ。救世主」



 場をブチ壊す抜けた声が割って入ってきた。

(ひたき)!」

 蛍が叫んだ。皆の視線は全て そちらへ。

 私とヒナタが向かい合っている左方向、数メートルに。腕を組み、こっちを面白そうに見て、ニヤニヤ笑っている。全身 黒ずくめのタイツを着こなし奇術師みたいな格好の、業師の鶲だ! いつも何も ない所から現れて私達の気持ちをかき乱し、後味 悪く去る。いつも失礼で とおーっても嫌な奴!

「何の用だ!? 勇気を殺しに来たのか!」

 セナがサッと私の前に立ちはだかる。マフィアもムチを手に取った。

 皆が戦闘 体勢に入り、私も腰のナイフに手をかけた。

「おっと。まあ待ってよ。どう見ても僕の方が不利だろ?」

と、鶲は空を仰いだ。

「それじゃ、何しに来たんだ?」

 セナが再び聞く。

「んんー……また、今度に しよっかなあ、やっぱり」

 考えるポーズをしらじらしく とり、そしてニーッコリ! と笑った。

「いやあ、しばらく様子 見てたらさあ。何となくチョッカイ出したくなっちゃってねー。んー、どうしよう?」

と……ブリブリブリっとブリッ子に振る舞うもんだから。

「お前と戦ってるヒマなんてない! 消えろ!」

と、当然の如く(しゃく)に障ってセナは、おなじみの技“鎌鼬(かまいたち)”で風の刃を起こし鶲に攻撃。

 しかし それを軽く大きく空中ジャンプして避けてしまった。

 私達の方へ。

 避けながら。鶲は不敵の笑みを浮かべていた。

 そして。

「ああ!」

 ヒナタが悲鳴を上げる。

 鶲はジャンプした後、崩れて屋根のない壁の上に着地したのだけれど。そして さらに そこからジャンプして横っ跳びしたら……。

 跳んだ時、着地した壁をガラガラと崩してしまった。

 そう、着地した その『壁』には。ヒナタの母が残した『影』が あった。

 崩されたせいで壁は なくなり、ガレキの山に なる。

「母さん!」

 ヒナタが すぐに山に駆ける。一つ一つの崩れた残骸で ある土壁の破片や石を手に とって探し始めた。

 母の影を。

「母さんっ……!」

「鶲! あなた、わざと!」

 私がセナの横から飛び出して詰め寄ろうとするのを、マフィアが腕を引っ張って止めた。

 鶲は少し離れた所でチッチッチッと得意そうに指を振る。

「これ、性分なんだよね。あんた言ったじゃない? ワガママなのは、正直なんだってね。要するに本心。素直。やりたいからやる。これも そう。僕のワ・ガ・マ・マ!」

 なんつー事を!

 頭にカーッ! っと血が のぼった。

 悔しい!

「消えろ!」

「ハイハイ。バーイ!」

 フッと消えた。跡形もなく。

 ムキーッ! ……なんとも腹の立つ奴なのよおおおっ!

 セナも同じ気持ちらしく、すっごい怖い顔をしていた。皆も そう。

 怒りを抑え、私は怖々とヒナタの方に振り向いた。

「……!」

 信じられない光景を見たのだった。

 私は……ツンツン、と。マフィアを突いた。マフィアも気が ついた。皆も 振り返る。

 最後にセナも気が つく。

 しばらく呆然として見守っていた。

 崩れ落ちた壁のガレキを一つ一つ。探して探して、確かめるように一つ、一つ……。泣きながら、拾っては投げ捨て、拾っては投げ捨てた。

 彼――ヒナタ……いいえ。


 彼、じゃない。


 そこに居たのは――――ソピア!


 長い髪の少女!

 服装はヒナタのままだった。「これは……どういう事なの!?」

 私の頭の中は混乱していた。困惑して、頭を抱える。一歩 後ずさった私の体をマフィアが支えてくれた。

「しっかりして勇気。これは……」

 そういうマフィアも後の言葉が続かない。

 すると離れて、閃いたのか蛍が口を挟んだ。

「ワマ民族のアレ、なんじゃないの?」

と。

 私とマフィアが「え……?」と眉をひそめて考える。ワマの……。



 ―― ワマ民族は変血民族。感情が高ぶると ――



「なるほど? 男が女に、か……」

 横でカイトが納得していった。

 そ、そんな? それじゃ、ソピアさんが言ってた事は どうなるわけ?

「ソピアさん……?」

 私は、何とか背に話しかけた。ソピアさんは……。

 砂まみれの手を止めて、座ったまま振り向きもせず……うなだれた。

「ごめんなさい勇気さん……少し私、嘘をついた。私はソピアで あって、ソピアじゃない。ヒナタ。ヒナタ=ノーベン。ワマ民族の血をひくせいで、こんな体質を持ってしまったの。感情が制御できない ある一定の基準を超えると……男と女が入れ代わってしまう。黙っていて ごめんなさい」

 力なく、いっそう小柄に見えた。これ以上 問い詰めたら、壊れてしまいそうだった。

 彼女……は、ゆっくりと私を見た。

 とっても愛らしい素振りに、女の私でもドキンと きてしまう。

 細い肩……長く濡れているような潤いの麗しい髪。涙が幾筋も伝う頬。

 完璧なる可愛い女の子だった。

「男のヒナタと私は体は一つ。でも、心は違う。全くの別人なの。そうね……区別した方が いいわ。私の時はソピアと呼んでくれたらいい。今、ヒナタは精神の奥深くに閉じこもってる。この分だと、当分は……」

「2重人格、って解釈したら わかりやすいのかしら?」

 マフィアが言うと、ソピアさんは頷いた。

「そうね。そうかもしれない。とにかく、今はソピア。力を発動させ、イルサの村を滅ぼしてしまったのはヒナタよ。村が変わり果て、気が ついたら私に なってた。ヒナタの罪を被って追放されたのは本当。ソピアの姿で村に現れるな、なりそうに なったなら身を隠せってね。知っているのは長老だけなの。村の皆は……知らないのよ」

 涙を拭いて立ち上がった。でも目は まだ沈みがちだった。

「勇気さん……あの時 言った事も本当よ。ヒナタを救ってほしいの。あの子は荒っぽいけど、とても傷つきやすくてモロい子なの。誰も相手に してくれなかった幼い頃に、私達は心の中で語りあった。でも、今は あの子の気持ちが わからない。お願い……ヒナタ、彼を……」

 絞り出すような声で最後に……言った。

「この村から連れ出して……!」


 そのまま、ソピアさんはバタリと倒れた。「おい!」と、セナが慌てて走り寄って体を受けとめた。

「まさか こんな事に なるなんて」

と蛍がハアー……と ため息をつく。

「ワマの村に戻りましょう。村長さんに全てを話して……それからよ」

 マフィアはセナと、セナに支えられているソピアさんを見た。セナは「ああ」と言ってソピアさんを抱え上げる。

 光神。

 念願の七神の一人が見つかったというのに。嬉しいはずなのに。


 気分は晴れない。




 ワマの村へと戻った。隠れるようにして村長に会いに行き、これまでの事を全て話した。最初から終わりまで、村長の顔(毛モジャなせいで よく見えないけど)は変わらず。時折 頷くだけだった。

 ひとしきり話し終えた後、村長は考えた。

 そして、結論を出す。

「構いやしません。どうぞ連れていってやって下さい」

 村長は そう言って、ソピアさんの寝顔を見守る。ココは村長の家で、布団に寝かされているソピアさんを囲むように私達は座っていた。


「ヒナタよ……お前はココに長く居すぎた。この地は、お前には合わんのじゃろう。ココに居ては、お前を苦しめるばかり。ワシの事は心配せんでいい。この方々と一緒に、旅に出なさい。そして自分の居るべき場所……それを、見つけるといい。きっと見つかるはずだ。見つけて……また、顔を見せに一度は村に戻って来い。ワシは それを楽しみに待つとしよう」


 村長は優しく語りかけていた。きっと、見えないけれど優しい目をしているんじゃないだろうか。


「七神の一人として旅立つのは恐らくは今以上に辛いのかもしれんな。でも大丈夫……お前には、仲間が おる。昔とは違う。きっと、上手くやっていけるじゃろうて」

 そっ……と、ソピアさんの頭を撫でた。

「信じておる……」

 最後に そう言った時。

 ソピアの目からポロリ、と一つ。涙が こぼれた。でも彼女は まだ気を失ったままだ。起きてはいない。

 これはヒナタの涙なんだろうか。

 ヒナタに村長の思いが通じて?

 ヒナタは……目を覚ましてくれるんだろうか……?


 きっと……。

 素晴らしい目覚めが待っている。待っているはずだ。

 そんな気が する。




 結局。勇気達はワマ民族の村にて もう一泊する事と なった。

 セナ、カイト、紫の男子グループは村長の家、女子グループは未だ眠ったままのソピアとヒナタの家へ泊まる事と なった。

 昨晩は眠気の起きなかった勇気だったが、今晩はグッスリと朝まで目を開く事も なく眠っているようだった。

 ふと、ソピアは起きる。

 半身を起こして辺りの様子を見回すと、安心して ひと息をついた。そして静かに立ち上がると、外へと足は向かった。

 完全に出て行ってしまった後に続き。もう一人……ソピアが出て行った事に気が ついた『誰か』は起き上がる。

 追いかけた。……



 ソピアは何処へも行かなかった。ただ、外へ出て夜空いっぱいに散りばめられた星々と、堂々と輝く月を見上げていただけだった。

 物悲しそうに……月には、魅せられて。佇んでいた。

「綺麗ね」

 ハッと我に返り、後ろを振り返るソピア。マフィアが温かく微笑んで、ソピアの返事を待っていた。

「ええ……とても素敵な夜……」

「違うわ。あなたの事よ」

 マフィアが言うと、ソピアは顔を赤らめた。両手で慌てて顔を隠しながら、指と指の隙間からチラと覗いてマフィアを見た。「そんな風に言ってくれるなんて……初めて」

 照れながら、まだ顔を隠している。

「あなたの中の彼は まだ出てこない?」

 マフィアは視線を空の月に移し、聞いた。手を下げて俯き加減に、すまなさそうに首をタテに振るソピアを見て、マフィアは軽く ため息をつく。

「そっか。どうして、そんな悩んでしまうのかしらね。人間って」

「……」

 少し間が空く。ソピアは思った事を口に した。

「人間だから……悩むんじゃないかな……」

 マフィアは月とソピアとを交互に見ながら……月にも、温かい まなざしをおくった。

「そうね……魔物や動物達は人間みたく悩んだりしない。人間だけよね。考えたり、言葉を使ったりするのって」

 ソピアも。黒い空に浮かぶ月を愛おしいくらいに優しく見守っていた。

 月は、そこに あるだけだけれども。

 だが しかし。次にソピアから放たれていく言葉は、決して放り投げていい言葉では なかった。重く……静かな辺りに融けていく言葉……想い。

 時々に鳴る虫の音も、2人の肌に感じる涼しい風も。

 夜という世界に融け込んでいくのだった。


「人間だけに与えられた特権……逆に、ハンデに なるのかもしれない、かな。人間だけ……死にたい生きていたくないと……思うのは」

 2人の足元の土は、チリと なって風に さらわれる。

「私は眠りながら考えていた……勇気さんの言った事を。人は、誰でも一度は死にたいと思う時が ある。でも それは、きっと嘘。勇気さんの言う通り、本当は生きたい……行きたいって思っているのに、死にたい、なんて思うの。死にたくない、死ねないくせに……死にたい、と思ってしまうの……。人は、誰だって傲慢で、ワガママで。子供とか欲張りな人とか……その人達は自分に素直なだけ。自分の気持ちに正直に生きているだけなのよ」

 輝く星の光は変わらない。

 月と共に、2人を明るく照らし続ける。



「ヒナタ……?」



 ソピアは、ヒナタへと。

 姿を変え、落ち着いていて月の光に照らされて。光を、心地よさそうに感じていた。

「俺……行くよ。あんた達に ついて行く。青龍とやらを拝みにね」

 澄んだ瞳は一度 閉じられた。

「俺は全てが怖かっただけだった。母さんの裏切り。ソピアの罰。父親の暴力。いつか狂い果ててしまうんじゃないかと思う自分の心と……コントロールできない見えない力。全てに怯えてた。外へ出て行く事も、死ぬ事も。生きていく事さえも いずれは、きっと……」

 ヒナタの目には、過去に暴走した自分の姿が映っていた。

 自分を中心に上下左右斜めの空間に無数に伸びた直線の光。やがて徐々に光の帯は広がって、村全体に行き渡り。

 光は人や木、動物など全てを(むしば)み、消した。影だけを残して消し去った。

「俺の罪は消えない」

 ヒナタの涙は浮かび流れて。

「一生、背負ってくんだ」

 声に悲しみが力と なって震えを加える。

「俺に できる償いは、青龍を何とかする事ぐらいだ」

と、無理にでも笑ってみせていた。


 マフィアは、一歩を踏み出す。ヒナタに向かって。そして……。「……」

 ヒナタを抱き締めていた。「……!」

 マフィアの方が身長は高い。よって、マフィアの腕の中にヒナタはスッポリと埋まってしまう。

 震わせた肩と手で、ギュッと、しっかりと、強く抱き締める。強すぎても、それが居心地いいとヒナタは……思っていた。

 母親に抱かれた記憶は ないが、こうだったのかもしれないとも思っていた。

「私達の使命よ」

 マフィアの視界も揺れた。


 固く、動かないものが心の中に あり。それはヒナタにも ある……いや、七神 全員に あるのかもしれない。しかし それは表には出ない。出る事は ない。



 七神に課せられた、使命という名の塊よ――




《第44話へ続く》





【あとがき】

 この後の展開を書くのが怖い……。

 しかし顔はほころんでいる。何故だ。


※ブログ第43話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-108.html


 ありがとう ございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ