第41話(血戦の終結とその後・弐)
セナは私を地面へと おろした。
ずっとずっと、折り返しながらも続いて上へ上へと繋がってきた階段。それなのに。
今、私達が居るのは次の折り返し地点で、少し開けた場所だったのだけれど。
「魔法……陣?」
私がセナの漏らした声に反応して、セナの見つめる先を見た時だ。
確かに、前方の床には。そのまま踏んでも消えない白い絵の具か何かで描かれた円陣の紋様。字でも書いてあるのかなぁ?
「『この先ひとっ飛び』……」
セナが またまた聞き取りにくい声で呟く。
「ひとっ飛びい?」
セナを見た。考え込んでいる様子で腕を組んでいる。
「って、魔法陣の中に書いてあるようなんだけど……」
チラ、と横目で壁側を見た。
折り返し地点の先の階段は、まだまだ続いているらしい。辺りは少しずつ霧が濃くなって、息も苦しくなってきていた。セナは涼しい顔をしているけれど。しんどくは ないのだろうか?
「勇気。頭が ボーっと したりとか、息苦しくないか? 高い所だからな」
と、セナが私の顔色を窺ってきてくれた。言われてピョン! と背中を伸ばす私。
そかそか。私がセナの事を心配するよりもだ。「ちょっと……」と、私は正直に答えた。
「じゃ、そろそろコレの出番だな」
セナは言うと、ズボンのポケットから2つ。ゴソゴソと探って小さい何かを取り出し見せてくれた。
「? コレは?」
「ラクラクの実。体を膜で包む感じで、身を護ってくれるんだよ。高山に登る時なんかに重宝されているんだ。ちと苦いけど」
セナの渡した それは、指先ほどの大きさの黒っぽい赤い実だった。受け取った私は気兼ねなく口に入れた。
本当に苦い……。
く、薬みたいな味が する。
思わず顔に出てしまうと、セナの口元がフッフッフッと笑った。
セナも口にヒョイと一つ放り込むと、「さあて、行くか」と前に進み出る。
え? 何処に?
「行くぞ。この中だ」
魔法陣を前に、私を手招きしている。私は慌てて ついて行き、セナの腕に掴まった。
置いて行かないで〜、と……ちょっと甘えてみました。
私は子供……こども、こども。
「ホイ。せえの」
私の肩を引き寄せ、一緒に魔法陣の中へ入っていった。
するとだ。
ヒュン。
景色が一瞬で変わる。
まさに瞬間的だった。
痛みとかは なく……次に感じたのは、強い風だったのだ。
ビュオッ。
「わぷっ……」
突然の横からの風に、スカートが めくれそうに なりながら。髪を押さえて、目を閉じてしまった。
セナも同じだったようで、私よりも目を開けるのが早かった。
「すっ………………げえええ〜〜〜〜っ」
私から離れたセナの、驚きモモの木の声。とても はしゃいでいる声が聞こえた。
私が ゆっくりと目を開けると、そこは……。
「……!」
落ちないようにとレンガで設けられた塀の向こう。先に走ったセナが、身を乗り出しそうになりながらも前方を興奮 気味に見渡している。
私も隣へと……そして景観に圧倒された。
「すごい……」
遠方の地平線。青く連なる山々、山脈。それより こちらは薄い雲で地表が覆われている……が、薄っすらと見えるのは、何色とも言えないけれど何色かが集まって混ざってできた集落が四方八方。恐らくは河と思わしき線を大河一箇所から幾十にも引っ張ってきているように伸びている。それも青く見えて。
緑のように見える色彩の広がりは きっと森ね。種類が違うのか、あの緑、この緑といった風に個性的な緑が集落と同じく地表で個々固まって……。
「天上に居るみたいだ……」
ココは空の上? 私達は どれだけ天に昇って来たというのだろうか。
壮大すぎるスケールに打ちひしがられ、感動というものを身で知った思いだった。
「こんな……こんな」
涙さえ出てきそうだった。上手く人に伝えられない。
胸の高まりは抑える事が困難だ。それは きっとセナも。誰だって。誰だって、きっと……そうよ……。
自分が神様と なって世界を見下ろす。もしくは。
この大自然の前には、ひれ伏すしかないと諦めるのか。どっちかに思えた。
「……」
風が私達を歓迎する。
とっても とっても優しい風……殴られたかと思った風じゃない、あやされているような温かい風が。
私達も自然の中に入れてほしくなる。
それとも、入れてくれているの?
「すっごーーーい!」
「すっげえええ〜〜〜!」
「やっほお〜〜〜!」
「あほお〜〜〜」
「イチゴのシュークリーむうぅ〜」
「トンチキのミソあえ〜〜〜」
好き放題に叫んでいる。叫んでも叫んでも何も返っては来ないけれど。
「はあ〜……」
「気持ちいいなー……」
体を思う存分に伸ばしたりヒザを曲げて屈伸したりしながら、すごく爽快な気分に なった。
もう今なら天に召されてもいいんじゃないか。背中から羽が生えてきそうだった。
「なあ、あれ……何だろう……?」
ふと、セナが片腕だけを塀に かけて私を呼んだ。
「?」
呼ばれて私がセナの視線の先へと目を凝らして見るとだ。小さな丸くて黒い『点』が地表に見えたのだ。
本当に、ただの『点』。ドット。あれは何だろう? 集落や川、森とは違う『点』。
黒く見えるけれど……?
「何だろ? あの、『点』……村? でも黒いって? ココから割と近そうに思えるけど……」
私が言ったとしても、セナだって悩んでいるだけだ。
「うーん。気になる。ちょっと行ってみねえ? これから」
「うん、そだね。私も気になる」
と、意見は一致。当然だよね、といった顔をする。
しかし すぐにパッと私の表情は一変した。
セナの肩を揺する。
「ねえ! 早く帰らなきゃ……! っていうかもう、皆 関所 越えちゃったんじゃない!? だって もう2時間なんて経ってるんじゃ。ど、どうするの!? 手形はマフィアが持ってるから……ああ、でもマフィア達の事だから待ってくれてるのかも。やだ、せっかく並んでくれてたのに、むざむざフイにするようなマネ……!」
私は顔面蒼白だった。
混乱してバタバタと行ったり来たりしている私をセナが落ち着け、と なだめた。
「まあ、そんな慌てなさんなって。言ったろ、大丈夫だって」
セナは そう言うと、私の肩に手を置いてニッと笑った。
「え?」
何故だか、セナの顔を見てゾッとした。
何、それ?
余裕?
訳が わかりません。
「確かにな。ココを普通に下って行くには、あと2時間は かかる計算。いや、疲れてるし、3時間かもな」
なんて、景色を見下ろしながら頭を掻いていたりして。
「そ……それじゃ、なおさらダメじゃん!」
私が泣きそうに訴える。しかしセナの余裕とも見れる態度は変わらない。何で!?
「誰が下ってくって?」
そんな事を。
「へ?」
いきなりセナは んしょ、と私の体を軽々と持ち……上げた。
また?
「行くぞ!」
「へ?」
すぐ。
塀を乗り越える。
塀を……って。
塀の向こうは空。
って事は、つ、ま、り。……
……。
足元に地面が ない。
セナに持ち上げられた状態の私は、「へ?」という顔と口のまま、固まっていた。
しばらくスローモーションで お送りしていた周りの雲といった景色は、急に皆 上っていった。加速していく。
違う。
雲が上ってくんじゃない。
私達が、落ちている!
「ぎゃあああああああああああああーーーッ!」
「うるせえええーーーッ!」
私の叫びは雲の中へと消えていく。
セナの声とも重なった。
「信じられないいいいいいぃぃぃいいーーーッ!」
「これなら すぐに地上に帰れるだろおーーー!」
お互いの声が途切れ途切れに聞こえてくる。凄い強風に見舞われて。下から、下から、下からぁ!
おかげで、顔も髪も服も。全てがグチャグチャだ! スカートが めくれるなんて生易しいもんでない!
皮が むけるううう〜!
「俺を信じろお〜!」
無理!
あまりの怖さで、涙も飛び出していた。
すると。
( ……!)
下から豪風をかましてくれていた風が、段々と弱まり穏やかに なってきていた。
(ほえ……?)
セナが、ゆっくり……と。私の体を自分の目線に合わせ、両腕だけは しっかりと握ってくれていて。まるで、スカイダイバーにでも なった気分に なった。
落ちているのに速度を感じなくなり、見えない空気の層の揺りかごに のっているみたいに なった。
私達って、もしかして鳥に なった?
嘘、嘘でしょ?
雲の中を通り抜けて。私達、落ちてるんだよ……ね?
「き、も、ち、い、い〜〜〜!」
感嘆の声を上げた。さっきまでの恐怖は何処へ!?
「だよなー!」
耳に届きにくいけれど、セナの声は ちゃんと聞こえた。
「ね! で、これ、どうやって着地するの!?」
私は笑いながら、目前で同じように笑顔のセナに聞いてみた。
あんなに余裕だったセナの事だし、きっと何か考えがあるんだろうと。信じて疑わなかった。
「さあ?」
軽く言ってのけたセナ。
笑顔と答えが一致していない。
私は視界が真っ白に なったが、断じて雲のせいでは なかった。
「はあぁああ!?」
恐怖が再びやって来る。
普通なら、背中にパラシュートが あってスカイダイバーは地上に落ちる前に広げたりするんだろう。
しかし私達には もちろん、パラシュートや忍者の風呂敷みたいな そんな物なんて全く用意していないわけで。無防備だ。
……どうすんですかっ!?
「イチかバチか」
セナが真顔に なる。それも あってか急に、さらに怖さ倍増だ。
「どういう事よお!?」
半狂乱で泣き叫ぶ私……の体を引き寄せてきたセナだった。んん!?
立った格好に なって、落ちながらも、しっかりと手は握ってくれたまま。
「何を……?」
と心配そうにセナの顔を見上げた私に耽々と言った。
目が真剣に。
「地上……下から風を起こす。で、ブレーキをかける。凄い風が襲うだろうから、しばらく息止めて歯ぁ食いしばって、目ェつぶってな」
アレコレと一気に注文づけた。
な、な、な、何て!?
下から風を起こしてブレーキ!?
ひええ!?
「行くぞ!」
……
慌てて私は混乱しがちな頭で言われた通り、固く身を縛って目をつぶった。祈るように手を合わせ組み、セナに引き寄せられたままで――我、運命や如何に、と念じていた。
ビュ。
ひっ!?
ビュオオオオオオオウッ!
風が下から吹き荒れた。「――! ――!」
息なんて できないぃ!
台風でも直接 攻撃で訪れたんじゃないだろうか。
重力さえ理解が できなくなった。どっちが下!?
飛んでいくうううううっ――!
ビュオオ……!
オオ……
……
……
時間 感覚も狂い、自分の存在すら危うく忘れそうになった途端だ。
ぼすっ。
全身に、柔らかい感触と衝撃が伝わった。柔らかいとは言ったけれど、突然の衝撃で硬いんだか柔らかいんだか、わからなかった。
はへえ……?
私、どうなったの……?
「勇気ぃいッ!」
私の名前でハッとした。
そうだ、私は勇気……そんな事は どうでもよくって。
恐る恐る目を開けてみた……。
飼い葉や木の葉の集まった、固まりの上。相当 大きめな。
私とセナは、そこで転がっていた。
兵士や、おじさんやら おばさんやら……マフィア達が私達を取り囲むようにして集まって来ていた。
半身を起き上がらせた私は、呆然としている。するしかない。
というより、腰が抜けていた。恥ずかしいと思う気持ちなんて湧き上がって来ないくらい思考力は飛んでしまっていて、マフィア達が言っている言葉の意味が全然 理解できなかった。
「勇気! セナ! ……もおぉ! どうなるかと思ったわよ!」
言葉の内容は わからなかったけれど……ああー……マフィアの声は、何だか とっても懐かしく響いていた。
「全く……こっちじゃ、大騒ぎだったんだから!」
と、プンスカと、マフィアは ずっと怒っていた。面白がって手を叩いているのはカイトとメノウちゃんだけだった。
並んでいた列でテントを張り、腰を落ち着けた後。やっと現実感を取り戻した私とセナに、マフィアの説教が降りかかる。
「ほんっと、あいつら遅ぇなあーって思ってたらさ。前列に並んでいた人達が上の方を見上げたり指さしたりして『おい、あれは何だ!?』『鳥か!?』『魔物か!?』『いや違う、人だ! 人が落ちてくるぞおぉ!』って騒ぎ出して。まさかと思ったけど、やっぱり勇気達だったんだな」
「びっくりしちゃった。まさか落ちてくるなんて」
と、カイトとメノウちゃんはキャピキャピ喜んでいる。
「心臓 止まるかと思ったわよ! セナ、あんた無茶しすぎなの! 勇気に もし万が一 何か あったら、どうするつもり!?」
マフィアが物凄い形相でセナに詰め寄っていた。
「おいおい、俺の心配も してくれよ」
セナは苦笑い。マフィアはフン! と そっぽを向いた。
「でも ちょうど木の葉が集まってて助かった。クッション代わりに なってくれたもの」
と、私が話を逸らそうと頑張ると、蛍が横から口を出した。
「マフィアが慌てて そばの荷馬車の荷台から、飼い葉とかを運んだのよ。素早く魔法でね」
私はハッと気がついて、マフィアに頭を下げる。
「そ、そうだったの。ごめん、マフィア……ありがとう……」
……そっか。そうだよね。この辺、草なんて生えていない。咄嗟の判断で こしらえて作ってくれたんだ、マフィア。すごい。ナイス行動力。
「それより、どうだった? 上からの展望は?」
マフィアは気を取り直して笑顔で聞いてきた。
私とセナは、鼻息荒げに興奮しながらマフィアに詰め寄る。
「すごかった!」
「すごかったぜ!」
両手を握り締めブルブルと震えながら。「そ、そう……」と、完全に引いていたマフィアだったけれども。
「そうそ。この関所を抜けたら、ぜひ行きたい場所が見つかったんだ」
と、私が提案を持ちかけると、皆の関心が集まってきた。「え? 何処どこ!?」
私の代わりにセナが説明してくれた。
「あの、黒い『点』……上からじゃ遠すぎて『点』にしか見えなかったけど。たぶん あれ、『村』だと思う」
結構、真剣な顔つきで話していた。
「黒い……村」
皆で考え込む。それぞれ黙って黒の不思議を解明しようと唸っていた。
すると、前に並んでシートを敷いて座っていた商人らしき おじさんが話に割り込んできた。
「そりゃ、真黒村の事だっぺよ」
形の いい あご髭を撫でながら、細い目をさらに細く。私が聞き返した。
「真黒村? 何故 あんなに黒いのですか?」
「行った事は ないけどよぉ。真黒村っていうのは、そう、後から呼ばれるようになったっぺな。昔はイルサ民族の住む普通の民族村だったらしいっぺが……10年ほど前を境に、ご覧のような村に なったっぺ」
さらに偶然に横を通りがかった門兵が居て、話に参加してきた。
「ばか。あそこは村じゃない。廃村だ。人は住んでいないさ。魔物が棲んでるって噂だがな」
廃村?
「イルサ民族の……? じゃあ、イルサ民族は何処へ?」
私が聞くと、門兵はポツリと言っただけだった。
「滅んだんだ。村と共にな」 ……
それ以上の情報は得られなかった。
国王の通行手形の おかげで、難なく関所を越えられた私達。
この大陸って、砂漠が本当に多い。南の方は緑が多かったのに、北へ来れば来るほど砂漠を歩いてばっかりな気がする。『国境の壁』に来るまで、ユリ砂漠を横断するのに3日かかって来た。
そして今日も砂漠で野宿だった。テントを張って、マフィアが作った冷たいシチューみたいなのをキレイに平らげて。後は寝た。
これでキャンプ4日目。
関所の近くに店は あったから、買い足して水には困らないけれど……それにしても、お風呂に入りたいなあと思う。砂漠や容赦なく照りつける日光の せいで肌は荒れ放題だし。髪も だいぶ痛んでる。濡れたタオルで体を拭くだけじゃ、体中に ついた砂は あんまり取れた気が しないし。
はあ〜あ。
この問題って、どうにもなんないわよね。
トイレとかも そうだし……本当、困る!
「……あれじゃないのか? 真黒村」
考え落ち込んでいた顔を上げて、カイトの声の した方を見る。
ひたすら昨日から、『国境の壁』寄りに真っ直ぐ右方向に歩いてきた私達。最初、関所を越えた時に3本の分かれ道が あって道しるべが立っていたのだけれど。『真黒村行き』というのは なかった。
それで仕方なく。セナと私が見て覚えていた位置を信じて。右だ、とにかく右へ行ってみようという事に なった。
最悪、村へ辿り着けなくても突き進めば海へ出るだろうとカイトが言っていた事も踏まえて。真っ直ぐ、真っ直ぐ……と歩いてきたんだけれど……。
「蜃気楼……じゃないみたいだな。上空に鳥が居る」
セナが眩しそうに手で顔を隠しながら目を凝らしていた。サンサンと容赦なく照りつける太陽の せいで、見える物が実際に本当に存在するのかどうかをまず疑ってしまうからねー。
砂漠だし。
「本当だ。鳥が居るね」
「白っぽい建物が見えるんだけど、あれも本物かな?」
マフィアが言っているように。突き進んできた道の先より少し左へと逸れて。前方の地平線に建物らしき頭が幾つか連なり見えてきていた。しかし疑問が浮かぶ。
白っぽい……?
黒い点に見えたのに、と。
「休憩してもいいし。せっかく見えたんだから行ってみようか。他には何も見えないしさ」
私が言うと、皆はウンと頷いて また歩き出す。
お風呂が あればいいなあなんて淡い夢を抱きながら、私も流れてくる汗と戦って足を運んで行った。
「げ……」
「何だ、ココの空間は」
先に着いたセナとカイトが唸りを上げた。残りの私達も有り様を見て同じように声を出す羽目に なる。
蝋石に見える礎石から積み重ねられて できた家や建物。独特の、恐らくは植物や家畜といった自然的なものを描いた模様の かすれた壁塗りや、ボロと化して物干しに掛けられたままの布。木で できた粗末な玩具が地面に散らばり転がっている。
植物は生えていない。枯れた草の残骸が見れた所も あるが、ココで育ったものでは なく何処からか風で飛ばされてきたんだろうと思う。
日に照らされて熱い土の地面。風で たつ砂埃。石で できた小さな段差の階段が あって、まだ先に道が続いているけれど。例え先に行ったとしても人も生物すらも気配は感じない。そんな気が した。
廃墟。至る所に模様を描いた壁などが見えるので、文化を持った遺跡、と言った方が それらしいかも。
……それだけで驚いたわけじゃない私達。
「影、が……」
影。そんな表現がピッタリだった。
まさに黒い『影』だ。
石造りの壁、屋根、階段、道、干された布。キャンバスと なりうる全てのものに、印でも付けられたみたいに『影』が付いている。形は様々だけれど、人、木、鳥、犬、植物……そう、生物だ。ココでは生物では なくて代わりに生物の『影』が存在する。
その数は多い。これを上の遠くから見たら、絶対 黒く塗りつぶされる。ココに来るまでに頭に あった疑問は、そうやって解けたんだ。
「何だか寒くなってくるわ……おかしいと思わない?」
マフィアが腕をさすりながら皆に向けて訴えた。
「うん……変だね。暑いはずなのに、見てると寒い……」
私達が寒い寒いと言っている横で、カイトが指摘した。
「おかしいはずだ。だって、見てると……生活していたまま、残されているじゃないか。見てみろよ、ホラ。あれ、洗濯物なんだろう?」
さっき私が物干しに布が掛けられたままだと思ったのを指して、カイトは言った。
言われて気が つく。
「! そうか……! まるで、人や動物だけが……突然 消えたみたいだ……!」
地面に転がる片付けられていない玩具。
放り出されたままの農具や容器。
もしやと思って建物の中を覗くと、包丁や鍋なんかが調理途中で置かれていたりする。
一体、これは何。
それぞれ傷んでいたり風化しているけれど。『影』は まるで、まるで……。
「原爆……」
と、私が小さな声で漏らした。
「げんばく?」
と、聞き流さなかったのはメノウちゃんだった。
しばらく、皆は黙ったままだった。
私は以前、学校の授業で本に掲載されていた写真を見た事が ある。第二次世界大戦の日本――そんなタイトルだった。
人の影だけが階段に残されている。死体は ない。残されたのは、影、だけ。
原爆の強烈な放射能を浴びたからだ。
あの写真の影とソックリなんだ。この状況。
「人は居なさそうだけど……見回ってみる? 何か手がかりが あるかも……」
と、マフィアが一歩 前へ踏み出したのを、私は腕に しがみついて止めた。
「やめた方がいい! ……離れよう、今すぐ!」
私が叫ぶと、皆びっくりして私に注目した。
「でも手がかりが」
セナが そう言うけれど。私は一刻も早くココから出たかった。何ていうか……ココの空気、ひどくゾッとする。まるで悲しみが うごめいているような……!
「お願い。もしココが放射線で汚染されているのなら……むやみに触らない方が いい」
専門知識なんてないけれど、恐ろしさは社会の先生が何度も何度も熱弁していた。大人が言うんだもの。きっとココは相当な危険地帯だ。
「放射……? ま、よく わかんないけど。そんなに言うなら……ひとまず、ココを出るかい。で、これからの事を外で話すか……」
カイトが提案してくれて、私はホッと安心した。その時だった。
「お前達、何者だ!?」
村の入り口の方からだった。私達は振り返る。
一人の可愛らしい少年だった。飾りっ気の ない薄手の白い布の服に、短く茶色のズボン。右肩と左太ももと、右足首に違う柄の布を巻いている。腰に皮のベルト、服の隙間から見える腰に備えつけてあるのはナイフ。手には一本の長い槍を持って。
顔。少し鋭いけれど形の いい目。鼻の頭と頬に少し傷跡が見える。少年の あどけなさが伝わってくる。よく見ると、髪の毛先は真っ黒で、てっぺんに近い所では茶色。ツンツンと している。
「怪しい奴だ。ココへ何しに来た!」
まだ声変わりは していないらしい。子供らしい可愛い声が響いた。
「あ、あの。私達、旅をしてまして……」
しどろもどろの私の前に、マフィアがスッと割って入ってきてくれた。
「ただの旅の者です。イルサ民族に ついて調べてまして。ココへ来てみただけです」
少年より、マフィアの方が背が高い。よってマフィアの迫力に少年は圧倒されていた。
「……なら、ついて来い。ワマ民族の村長に会ってもらう。村長なら、イルサに ついて詳しい」
少年は そう言って村を出た。私達は顔を見合わせ、後に ついて行く事に した。
後に ついて行きながら、私は その少年に聞いた。
「私は松波 勇気。勇気で いいよ。ねえ、あの村って どうして あんな影ばかりなの?」
しばらく私の顔を見ていた彼は、ボソリと言った。
「光神様の光の せいさ」
妙な事を言い出した。
「コウジ……ン?」
私はセナ達の方を振り返った。セナもマフィアも、「ああ。間違いない」といった顔で私を見た。
光神……。
七神の一人。
ひょっとしたら、これから行く所に七神の一人が居るのかもしれない。
私は期待で胸が いっぱいに なった。
《第42話へ続く》
【あとがき】
カットしても1話が長い。昔、これを書いてた時期の作者、何でこんな張り切って書いといて中途で放っといたんだろうか。この頃何やってたんだろうか。
忘れたなぁ……(遠い目)。
※ブログ第41話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-105.html
ありがとう ございました。