第38話(理想郷)
「光頭刃か……厄介なものだな」
ハルカは夢から完全に覚め、過去の思い出の余韻に浸るまでも なく現実に舞い戻った。寝室で半身だけベッドから身を起こし、さくらからの報告を受けた。
せっかく蛍を呼び戻し造らせた邪尾刀は、光頭刃という新参者にして やられてしまい、もう手元に ない。
再び邪尾刀は一本に なった。
「蛍に もう一本 造らせましょうか」
と、さくらは提案したが。ハルカは深い ため息をついて それは無理だろうと言った。
「一本 造るだけの時間と あの娘の体力から見ても、無理だろう……誰か、他に物を具現化できる能力を持つ者は居ないのか」
「紫苑なら……いえ、やはり完璧な物となると、蛍以上の能力は あいにく。私達は持ち合わせておりませんわ。レイ様なら おできになるでしょうけど……」
と、さくらがレイ、という言葉を口に出したのが気に食わなかったようだ。ハルカは さくらを一瞥した。
「レイは眠っているのに、どうやって造り出すと言うんだ?」
そして、さくらを邪険に追い払った。
「もういい。出て行け」
さくらが しぶしぶ出て行こうとすると、蛍が現れた。さくらと行き違いになり、ハルカのベッドの横へ進む。
「……何だ?」
と、ハルカは機嫌 悪そうにジロッと蛍を見た。
「さっき紫苑の術で救世主達の様子を見ていたんですけど、どうやら四神鏡が救世主と、南ラシーヌ国王の中に あるらしいという事が わかりました」
蛍は構わず用件を伝えた。
「2人の中に、だと……?」
「ええ。で、もちろん奪い取るつもりです。ですが、あっちには邪魔な剣が あります。慎重に ならないといけないと思われます」
「で? どうしろと?」
「救世主は ひとまず置いといて、先に国王一人にターゲットを絞り込めばいいんじゃないかと……」
「鶲と お前達2人じゃ、上手く事は運ばなかった。今度は国王一人の命を狙って、四師衆が団結すればいいと?」
「はい。上手く作戦を練って」
ハルカは急に笑い出した。虚を突かれ、蛍は その場で立ちすくむ。高らかに笑った後、ハルカは軽蔑の目を蛍に浴びせた。
「あなた、救世主を庇うつもり?」
ピタリと笑いを止め、代わりに鋭い視線を投げかけた。蛍は それに異様に怯え、ハルカの目から逃れられなかった。
「そ……そんな……」
やっと出た言葉は それだけだった。
「ふん。わかってるわよ。あなた、救世主の所へ帰りたいんでしょう? レイを、裏切ってね!」
激しい中傷の言葉に、蛍は言い返す言葉の力が なかった。
「違う……違う……! 裏切ってなんか……」
レイと勇気、両方への後ろめたさから そう はっきり否定など できるわけがない。蛍は思わず後ずさった。そして何か障害物に あたると、ガクッと足の力が抜けた。
崩れた蛍を支えたのは、障害物では なく いつの間にか そこに居た紫だった。
「む……らさき」
紫はハルカを見ていた。
「何、あなた」
「私は、蛍様を護るために あります」
そう言って のけた。だが、ハルカは気にも しない様子で さらに蛍に向かって命令を下した。
「命令よ。救世主を殺せ。もし殺せなかったなら……」
痛い視線が蛍を刺す。
「あなたを殺す」
その頃、別の一室では。
レイが静かに、ヒッソリと眠り続けていた。
暗い闇の中で、ドク……ドク……と。レイの心臓の音だけが聞こえてくる……。
勇気達の待遇は変わった。
「四神鏡を持つ者を殺すな――父の教えだ。鏡は体内で潜み、己自身を護っている。取り出してしまっては悪用されかねない。そう父は考えた。私の中に鏡が あると わかって以来、父は執拗に私に様々な事を教えた。わずか5才の私に、この剣を渡し、次期 国王として修行を積めと」
国王は あの後それだけを言って、家臣達に呼ばれて去って行った。
城内に安堵の ため息が全体として ついた頃、私達は食事に呼ばれた。もはや そこは牢屋でも何でも なく。広い部屋の、ずうっと奥まで続く白い長いテーブルと規則正しく並べられた背もたれつきの豪華な椅子。そしてテーブルの上に、やはり きちんとズラリ並べられた皿などの食器類。処々に花も飾られていた。
完全なる、お客様扱い。
私達は いきなりの待遇に気圧され、出された料理の半分も食べられなかった。まさか毒でも入ってんじゃないでしょうねと、全員の目が そう言っていた。
食事が終わった後、自由行動と なった。こう言うと、まるで修学旅行に でも来ているみたいだけれど。でも、ココじゃそう言った言い方をする方がピッタリだ。
何となく、落ち着けないし、行動が制限されているように感じるから。
さて私は、外庭を見渡せる廊下を歩いて散歩する。ライオンに似た獣が彫られた丸柱が4・5メートルの間隔を置いて転々と立っていて、片壁には色鮮やかな装飾画がズラリと並んで飾ってある。一枚には、龍だろうか。赤い色合いで、見ていると こっちまで焦げそうになる迫力が あった。歩くと、続いて今度は鳳凰の壮大な油絵だ……山々を下に見下ろし、大空を翔ていく。
西洋と中、どっちも あるんだなあと絵を見ながら歩いていると、廊下に外庭に向かって一人でベンチに座り、ちょうど真上に さしかかった月を見ている国王が居た。脇に光頭刃を添えて。
薄そうなローブを着ていた。部屋着かな?
「寒くない? ココ」
と、私は話しかけた。国王はチラと私を見て「いや。大丈夫だ」と言って また月を見た。
こうして見ると、あどけなさが あった。子供らしいと今 初めて思える。
「何してるの?」
再び聞く。すると今度は すぐに答えず、私の方も見なかった。
「隣、座っていい?」
すると「ああ」とだけ、返事が返ってきた。
改めて国王を見る。月に照らされた国王の その顔は、整っている。目元がキリッとして、威厳の雰囲気を作り出しているようだ。姿勢も背筋が真っ直ぐに近く見えて、いい方だった。
国王から視線を外し前を見ると暗い中、月の光に照らされ その生命を輝かせているように、花達が咲いていた。素直に綺麗だなぁ……と考えた後、サッと そこに誰かが立っているような幻覚が見えた。
蛍だ。
黒い服を纏う蛍。何故か悲しげに こっちを見ている。
そして私も悲しく その幻覚を見つめていた。
「あの娘の事を考えているのか」
ふいに、国王が そう切り出した。途端、視界から蛍は薄くなって消えた。
「……うん」
深く ため息をつくと、国王は私から視線を逸らした。
「どういう経緯かは知らんが、今は敵だ。敵で ある以上、甘えは許されないぞ」
「そんな! 私には、蛍を殺す事なんて……」
国王の冷たい言葉に、私は首を振って熱り立った。
蛍を殺す事に否定は するけれども。心の中では迷っていた。蛍は敵だ、元から敵だったじゃないか……そういう自分と。何を言う、蛍は実は そんなに根っから悪い奴じゃないんだ……という自分が、激しく争っている。
長い沈黙が包んだ。
私と国王は、ジッとお互い黙っていた。私は それが迷いを激しくさせるようで嫌だった。
すると そんな私の気持ちを察してか、国王は話し始めた。
「この剣。光頭刃は、今は亡き父から譲り受けたものだ」
言って、私が座る反対側に置いてある、光頭刃を示した。
「私が5才の時、この剣を渡し、次期 国王として修行を積めと言われた。厳しい父だった……だが、とても優しかった。何も知らない私に、剣術、体術、何でも教えてくれた。もちろん、国王として父は この国を治めていた。だが父は……北ラシーヌ国との抗争に巻き込まれ、死んでしまった」
「……」
「そして母も、その すぐ後、民族紛争に巻き込まれ逝ってしまった。取り残された私は、国王として この南ラシーヌ国を護らねばならない。ココには十万もの兵が居て、家臣達が居る。彼らは あの父を心から尊敬し、忠義を誓っていた。戦場では いつも父の足と なり働いてくれていた。父や母が亡くなった時、その幾万の兵も皆 嘆き悲しみ、葬式には この城が埋め尽くされるほどの花が贈られたのだぞ」
そう言うと、少し国王は笑った。何処か寂しげに……。
「そして、残った私を温かく出迎えてくれ、まだ政治に関して幼い私に色々と援助し……そして、今が あるのだ。今の私が あるのは、彼らの おかげだ」
「へえ……みんな、いい人達だったんだね」
私も つられてか、微笑みかけた。
「ああ。彼らは父と共に理想郷……絶対王政の国を完璧なものにしようとした。私は父の意志を受け継ぎ、国を造り上げなければならない。かつて父が望んだ、王の支配する、豊かな国。民族を統一し、従え、強い国を。他の国に負けない力の持つ国を」
理想郷……?
私には何かピンと こない。王の支配する国が、本当に豊かな国なんだろうか。確か歴史で学んだ事も あった気が する。国民の誰もが王を神として、神、王のためならばと命を投げ出し争う……。
現に これが、あなたのいう『豊かな国』なんだろうか。
見てきた この国の人達は、とても幸せそうでは なかった。
支配され、見張られ、自由に神を信じる事は できず、逆らえば殺されて……。
「本当に それは、あなたの望んでいる国なの?」
私は聞いた。国王は何の事かというような顔をした。
「国民を見てきたけど……この国には民族紛争が絶えないっていうね。皆、命は大事だっていうのなら……何で争うんだろう。言っている事と やっている事が違う気がするのは どうして? 私の居た世界の私の居る国と比べて、何て悲しい国なんだろうって……思う」
自信は ないけれど、言うだけは言ってみた。思う事を、そのままに。
国王は少しだけ考えて聞いてきた。
「お前の居た国? そうか、お前は異世界から来たのだったな。それでは お前の居た国とは、どんな仕組みだったのだ?」
「……」
息詰まる。そんな深い知識も ないけれど、かといって黙っていたのでは。
そう思って、なけなしの知識を総動員して国王に答えた。とほほ。
「大事な事は皆で決めるのよ。代表者が集まって、話し合いなんかでね」
「……?」
「何かを決めたり主張する時に、決して剣を持たない。王なんて居ない。まあ、天皇っていう国の象徴となる人は居るけどね。神様は、自由に信じていい……お互いを助け合っていて、とても裕福な国。それが私の居た国よ……」
裕福な国。
テレビなんかで観た、外国 事情に比べたら私の居る国なんて、よっぽど……。
「政治を代表者の話し合いで決めるのか? ふうん……時間が かかるな それは」
「うん……まあ。でも血を流すよりは いいんじゃないかなと思うし、それに……」
俯き加減に、片ヒザを抱えた。
夜風が寒いかなと思ったし、それに……。
自分の言っている事が正しいかどうかなんて わからない、怖さが あった。……
「あなた、さっき言ってたじゃない? 今の自分が あるのは、彼らの おかげだって。国って、王が一人で動かすものじゃなく……民が。国民が、動かすものだと思うから」
私には それぐらいしか言う事は できないけれど。少しでも、王に伝わればいいなあと思いながら。
国王はフンと鼻を鳴らして言った。
「偉そうに」
ギクリッ。
いや、わかってんですけどね、もう。
私は素早く立ち上がり、胸を張って開き直った。直ってやった!
「だって私の方が年上だもんねー!」
だから何だっていうんだと自分の中から声がした。聞いてないフリをした。ぐっすん。
そんな風に、私が国王と時間を過ごしていた時。少し離れた向こうの方から凄まじい爆音がした。
「な、何!? 爆発!?」
「行ってみるぞ!」
サッと、光頭刃を手に掴み素早く走り出した国王。私も慌てて ついて行った。
走り着いた所から、煙がモウモウと立ち込めている。私達が居た中庭を出て、廊下を挟み違う大きな中庭に出た所だ。下の地面は土と砂。私はスリッパを履いては いたが、国王は途中で放り投げて裸足に なっていた。
片手には光頭刃を持ち、顔は真剣だ。無理も ない。煙の上がっている所の周りには幾人かの兵士が すでに倒れているし、よく見ると倒れている兵士の手には黒い玉が握られていたり。これは きっと爆弾だ。爆発したのは兵士が投げつけたから? それより やばい、もし これにも引火したら……!? 立っていた残りの兵士も同じ事を考えたのか、すぐ近づき回収したりしていた。
私が光景を見て動きを停止していると、立ち上がる煙の中に2つの影が ある事に気が ついた。
小さな影と、比べて大きな影……蛍と紫だった。
恐らく目標物と なった彼女達……蛍と紫には、かすりも していないらしい。
「蛍……」
私が呟くと、ゆっくりと2人は私の顔を見た。
「今度は2人だけか。てっきり多人数で来るものかと思っていたがな」
国王が そう半ば楽しげに言った。
楽しいわけじゃないけれど。
「鶲達は城中よ。彼らは、七神達を引きとめてもらっているの」
蛍は無表情で私を指さした。
「おとなしく四神鏡を渡しなさい」
もはや余裕の笑みも なかった。これまでのような皮肉さも無邪気さも。何かが彼女達を追い立てているようだった。表情の ない顔は、もはや機械人間でしかないようにも思われた。
一瞬の隙をついて、紫がサッと国王の前へ接近した。そして、国王が光頭刃を抜く前に紫が前から先に、光頭刃を奪い抜いた!
その一連の動きは、さながら鮮やかな芸術のよう。
あれよあれよという間に、奪いとった光頭刃で国王に襲いかかった。かわしきれず、国王の胸元をかする。
「国王!」
「国王!!」
数人の兵士と私の声が合わさった。
「この……!」
何人かは飛びかかっていった。が、紫は さらに一人の倒れている兵士から剣を一本拾い、片手に持ち、そちらでも応戦する。どの兵士も紫には敵わない。光頭刃と剣とを持つ紫は、鬼に金棒2本だ。紫ではなく蛍に襲いかかる者も居たが、蛍がマバタキする事も なく素早く、紫が片っ端から剣で斬りまくった。剣を2本持ち、何人来ようが攻めは片手で事 足りる、その余裕さが見事だった。
その間、国王を介抱する私。
「くっ……しまったな。私とした事が」
国王は胸元を押さえて悔しそうに呻いた。血が胸元から流れている。止まらない。斬られた所が悪かったらしい。
「そうか、光頭刃で斬られたら……」
そうだった。四神鏡を体内に持つ者は、光頭刃で斬られても すぐには治らない。普通の刀や剣でダメージを受けても たちどころに治してしまうのに、光頭刃だけは――即ち、私も光頭刃で刺されたら終わりだという事だ。そして それを どうやら、蛍達も知っているわけ? どうなんだろう。
蛍と紫の手元に邪尾刀が ないという事は、鶲達が持っているという事だろう。とすると、セナ達は今頃 苦戦しているはずだ。とても こっちに助けに来る事は期待できそうにない。
「嫌よ……殺されてたまるもんですか!」
私は そう言って、そばで倒れている兵士の握っていた剣をとった。
紫が兵士と戦っている中、蛍と私は睨み合う。
「無駄よ、その剣は。光頭刃とやらに そんな並みの剣じゃ歯が立たない」
そんな百も承知な事を言って、私の神経をあおる蛍。私達は睨み合ったまま、ジリジリとゆっくり相手の出方を窺って。
「蛍……あなたは もう……仲間だと思ってた。今も……そう。違うの!?」
何度目だろう。また私は しつこくも諦めずに懇願する。
戻ってきて、蛍……と。
でも やはり、蛍の態度は変わりを見せない。
「紫。救世主を殺して」
私の名前も呼んでくれない。もう。
「わかってるの? 四神鏡を集めたら、どんな事に なるのか」
我慢してても泣きそうだ。泣いたりしたくない。
「殺して」
繰り返し繰り返し。
繰り返すだけの口。
「滅ぶのよ、世界は!」
叫びよ届いて どうか。
「殺せ!」
今一度。
「蛍!」
蛍!
「早く!」
最後、蛍は ありったけの力を言葉に込めた。苦しさに表情が少し歪んでいる。
蛍が早くと促した時だ。
紫の剣が私を……貫いた。
《第39話へ続く》
【あとがき】
えー、次回は恐らく茶番劇が繰り広げられるかと思いますが(カットしようかとも思いましたが書きます 汗)、何て甘い奴らだと。そう思っておいて下さいまし。
※ブログ第38話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-100.html
読了ありがとうございました。