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第36話(繋がり・壱)


「私の体の中に四神鏡が存在するって、一体どういう事なの?」


 戦いの後。私とマフィアは、さっき鶲達に邪魔されてしまって聞けなかった事をもう一度 聞き直した。

 鶲に全滅させられた兵士達を、逃げていた家臣や下女達が戻ってきて別の場所へ運んだりケガの手当てをしたりしている。セナとカイトも手を貸して頑張っていた。私も最初 手伝っていたんだけれど、先にマフィアと謎の剣“光頭刃”に ついて国王に聞いてみる事にした。

「見ろ、兵士達を。皆、負傷しているだろう?」

 国王は、城内のあちこちで呻いている兵士達を見て指さして言った。

「皆、すごい斬り傷。さすが偽物とはいえ、“邪尾刀”よね」

と私が言うと、そばに居たマフィアもウン、と同意した。

兵士達(かれら)は普通の人間だから ああして大ケガを負ったのだ」

 国王の表情は表立っては変わらないように見えたが、その目は少し悲しげに私には見えた。気のせいかもしれないけれど。

「……?」

 私の頭上にクエスチョン・マークが浮かぶ。普通の人間だから? ……普通の?

「さっぱり訳が わからないわ。ちゃんと教えて下さい」

 マフィアに頼まれて、国王は坦々と語り出していった。……


「『四神獣も一つずつ鏡を持つ。其の鏡 自らで水に溶け 風に さらされ土に腐り火で燃えたり。つまりは人間の体内に侵入し元の形を築き始め一枚の鏡となる。よって四枚の鏡 存在す。四枚で力は最大と なりて四神獣の体を復活させる力と成りたり。なほ、其の鏡を所有する者の体 寿命 尽きるまで死することなく永遠の力 手に入れたるが鏡 失えば即死す』――


“七神創話伝”の中の一部だ。父上が よく私に言い聞かせた。この世には、自分の体の中に鏡を持つ人間が4人居る、と。4人それぞれが持つ その鏡は、四神鏡。かつて、四神獣が所有していた力の鏡。四神獣は封印され、鏡は何処かへ行ってしまった。だが、鏡は まるで生きているかのように、なくなりは しなかった。伝説のように自然の中で生き抜き、人間の中へ潜り込んだ。そうして自分の住み家と したんだ」


“七神創話伝”!

 メモしなきゃ、と思ったけれど手元に持ち物が ないので今は いいや。後で忘れずにメモしておかなくちゃ!

「鏡が意志を持っているかのように、人間の中へ!? それが……それが四神鏡!」

 私は国王の言葉を頭の中で整理する。国王は目を伏せ、続けた。

「そうだ。世界に4人居るのだ。彼らは、人間(じぶん)の体に寿命が来るまで、その四神鏡に護られ、大ケガだろうと たちどころに治してしまうという」

「体内に鏡が ある限り、死なないって事ね……」

 マフィアが そう言った時。私は ある事を思い出した。


 キースの街。思い出すのもツライ惨状。

 レイに襲われた街。

 その街へ行く途中に出会ったリカルという女の子の双子の妹、ミクちゃんっていったっけ。ミクちゃんが殺された時……その時の状況を全て見ていた人が居て、変な事を言っていた。


『ミクは、一回 斬られて重傷を負ったはずだが まるで生き返ったみたいだった』と。

 それから、『何か白い物を取り出した』とも。


 後で その白い物が四神鏡の一枚だったって わかったんだ。その時は、ついに四神鏡がレイの手に渡ってしまったってショックで、深く考えたりしなかった。


 そうか……。

 そういう事だったんだね……。

「次に、邪尾刀だが」

 国王は私達が一つずつ納得して聞き入っているのを確かめながら、続けた。

「邪尾刀は魔の刀。あれで斬られると普通の傷より完治が遅い。あの刀で斬れないものはないと言われているが、それほどはある斬れ味だという事だ。だが、その邪尾刀の力をもってしても、傷をすぐに治してしまう者が居る」

 それは すぐにピンときた。

「四神鏡の所有者ね」

 マフィアが先に答える。「そうだ」と国王は さらに付け加えた。

「たとえ心臓を一突きに されようと、10分以内には復活できるだろう」

 だから――だからミクちゃんは生き返ったんだ。四神鏡を体内に持っていたから。レイは すぐに生き返ったミクちゃんを見て確信したんだ。四神鏡を持つ者だ――と。

 全てを斬る邪尾刀。その力さえも はね飛ばしてしまう四神鏡の力。

「すごい力なのね……」

 私は改めて感心してしまった。

「あ。でも。レイは人を襲う時、必ず邪尾刀一本で戦ってたよね?」

と、私はパッと思い浮かんだ事を口にした。

「それが?」

「それは どうして? だってさ。四神鏡を持つ者は、どんな大傷も すぐに治せるんでしょ? だったら体内に鏡が あるかどうか、普通の刀や攻撃で確かめてみたらいいじゃない? そんな時間をいっぱい かけてさ。わざわざ邪尾刀一本で探すなんて。何か理由が あるのかなあ?」

 言いながら、何でだろう? と首を傾げる。それはマフィアも同じで、隣で一緒に悩み出した。

「うーん……そういえば そうね……邪尾刀一本に こだわる理由って……」

 腕を組みつつ考えたが、やはり わからなかった。

 国王も しばらく、負傷して運ばれている兵士達を目で追いながら考えていたみたいだけれども、ボソリと発言する。


「こちらに、そう思わせるため」


 私とマフィアは え、と国王の横顔を見つめた。「どういう事ですか?」

「我々に、その者……レイとやらが、邪尾刀で なければ街や人を襲えないとでも思わせておけば、何か都合が いいのではないのかと思ってな。例えば……」

 ドキリと……そしてドクンドクンと、自分の心臓の音が大きく聞こえた気がした。

「その者は……お前達を待ってるんじゃないのか。時間をかけて……いたぶるように……とか」

「……」

 心理作戦。私達を誘うように先回りを。そういえば前に私は誘われるようにレイの所へ のり込んだんだった。

 私達が苦しむように……か。

「もしくは、傷の度合いを均一にするため、とかな」

 もう一度、国王の顔を見る。目が合ったが、私はハテ? と目で聞いた。

「ただの憶測だが。恐らく そのレイとやらは、人間 皆 同じような深さと大きさの傷をつけていたのではないか。常に同じ武器を。それも強力な物を使う事で、鏡の有無を極端にしてみせたのだろう」

 極端に?

「そっかー……。いつも違う武器を使っていたら、つける傷具合も毎度 違ってくるわけで。ひょっとしたら浅くなったりして、見分けが つきづらくなってしまうのかもね」

と、マフィアは国王の説明に納得を示したんだけれども。私には さっぱりと わからなかった。なので もう一度 聞いてみる。

「つまりね。ココにリンゴが数十個あるとします。それと、ナイフも違う斬れ味の物が何本か あります。リンゴに一本一本、ナイフを突き刺していくわけだけど。勇気は、その突き刺した何十個かのリンゴを並べて見て、どれが一番 固いリンゴか、わかるかしらね?」

 マフィアが投げかけた質問に私は考え込む。

「ええ? わかんないよ。だって、一番 固いリンゴを一番よく斬れるナイフで斬るのと、一番 柔らかいリンゴを全然 斬れないナイフで斬るのとって同じ手応えになるんじゃない、ひょっとして。どれが一番 固いリンゴかなんて聞かれても……答えようがないよ」

 私の頭の中にはリンゴが いっぱい。混乱しそお。

「じゃあ、数十個のリンゴに一本のナイフじゃどう? 勇気」

 頭を抱えている私にマフィアは少し微笑みながら。私は「うーんと……」と また悩む。

「そりゃあ……斬れ味は一緒なわけだから。どれが固いか わかる……そっか。なるほど!」

「そうよ」

 マフィアが今度は満足気に微笑んだ。

 複数の武器を用いてもダメなんだ。レイは単独で……自ら一人で村や街を襲っていた。多人数を相手に単体で。部下には任せずに、レイ自身が。

 強力な武器で、思い切って容赦なく傷をつける事で所有者の復活を極端に見る事が できて……。

「……」

 容赦なく、と思った所で背筋が凍り、手や額にジットリと汗をかいてきた。嫌な汗。そして気分が悪くなる……。

「レイは……それを頭に入れて行動していたのかもしれないわね。いつも同じ邪尾刀を使う事で、リンゴ――人間のタフさ、治癒力。死んでいった人達の傷痕を見れば わかる事ね。皆につけられた傷は、情け容赦なかった……」

 眉間にシワを寄せ、悔しく悲しい表情をマフィアは浮かべた。どうしてレイの事を考えるといつも、辛くなってしまうんだろうね……。


 私達が お通夜みたいに黙りこくってしまうと、国王が割って入ってきてくれた。

「話の筋が それてしまったな。まあいい。レイとやらにはレイとやらの複合的な考え方が あるんだろう。とりあえず、四神鏡を所有する者は無敵だという事は、わかっただろう?」

 私達は頷いた。

「だが、無敵では なくなった。それがこの、“光頭刃”だ」

と、腰の鞘に収まっている剣を見せる。

「サンゴ! 手を!」

 そして彼を呼んだ。

 ケガ人のために指揮をとって走り回り忙しくしていたサンゴ将軍を呼びつけたのだった。

「はっ、国王。お呼びで」

「片手を出せ」

 すぐに やって来たサンゴ将軍は言われた通り、国王の前に太い腕を出した。顔を見ると、チラチラと横目で見てマフィアを意識しているのがバレバレだ。キリッと引き締まったフリをしてはいるが、もっと よーくよーく観察すると口がモゴモゴと動いてニヤニヤ笑いを抑えている。

 マフィアは見ないようにしていた。

「国王。何をなさるので?」

と、内心 嬉しそうにサンゴ将軍は国王を見た。すると国王は剣を抜き、さし出された片腕を掴み。何と突然スパッと手の甲を直線状に剣で斬りに かかった。

「ぎゃあっ!?」

 機嫌の よかった表情が一変し、真っ青に なって悲鳴を上げた。まぁ無理もない。

「こここ国王!? あんまりです!? 何をなさるので……」

 私達も驚いて成り行きを見守っていたら。

「大丈夫だ。見ろ」

と、国王が冷静に落ち着きを促した。そして目線はサンゴ将軍の手の甲の方へ。


 注目した。

 すると どうだろう。

 ついたと思った傷は、全く影も形も なかった。

 これにはサンゴ将軍 自身も驚き、手を表裏と ひっくり返してみては「あれえ?」と首を捻った。

「ど、どうして……? 確かに今……!?」

とマフィアはサンゴ将軍を不思議そうに見つめた。マフィアに見つめられ、顔が真っ赤に なった彼は大汗をかきながら「しっ、失礼します!」と上ずった声で ぎこちなく去って行った。


「……彼は普通の人間だ。額に負っていた傷は、残っていただろう?」

「そ、そうよ……ね」

 さっきの鶲とのバトルで勇敢に向かっていった彼は、邪尾刀でアッサリと斬られてしまっていたが、その時に ついた額の傷は そのまま残っていた。

「でも鶲のは偽物だったわけだし……」

「でも斬れ味は本物と変わりなかったわ」

 私とマフィアが言い合っていた間に国王が入る。


「鏡を持っている者を斬る――それが、この剣だ。地上や天界で斬れぬものなど無いと言ったのは、生物以外のもの のみで、鏡を持たない普通の人間は斬れないはずだ」


 国王は手に持つ剣の先を天へと掲げた。答えたように剣はキラリと、神々しい輝きで その存在が確かなように光った。

「鏡の所有者は斬れる……?」

と、私は私を指……さした。

 思い出したんだ。自分の右腕。

 今は軽めに包帯を巻いておいたんだけれど、とってみると浅く、一筋の傷が ついている。国王の持つ“光頭刃”で斬られたものだが、治ってなんかいない。受けた傷、そのまんまだ。

「傷……治ってない」

 確かに傷が存在する……って事は事は!

「嘘でしょう!? それじゃ勇気が四神鏡を持っているって事に なるの!?」

 マフィアの大声で、私に焦りが。

 私って最強? 普通に傷をつけられても死なない体? 確かに、今まで受けたダメージは後に引きずる事もなく いつの間にか治ってたって感じはしていたけれど。でも別に おかしいと思った事なんて……。

 ……いや。レイに体を貫かれた時に復活したっけ。それって まさか まさか?


 嫌な汗が流れる。

 気持ちの悪いものの塊が、自分の中にあるようで。気持ちが悪い。


 そんな中。国王は一度 掲げた剣を持ちかえると、片腕の袖をまくり上げ、私と同じように手の甲から腕に沿って10センチほどの傷をつー……と、剣で斬った。「……」


 しばらくの沈黙。

 私達は さし出された腕をずっと見ていたが、治る気配もなく。ジンワリと血が にじみ出てきた。

 そして何分か経った後。やっと国王は口を開いた。


「私も四神鏡の所有者だという事だ」




 勇気達が居るベルト大陸をさらに北東へと行った先に孤島が存在していた。ただっ広い海面にポッカリ浮かぶ赤い島――火山島ではないのだが、何故か目の錯覚で外側から見ると島を囲む全体が赤々と輝いているように見える。そして異常に暑さを感ずる。


「ハルカ殿の“気”のせいだろう」


 何故この島が こんなにも赤く、そして蒸すように暑いかを、鶲は ふと紫苑に尋ねてみた。さっきの戦いで疲れた体に、紫苑の生体エネルギーを少し分けてあげていた。おかげで元気になった鶲は、座っていた丸椅子から立ち上がり腕をブンブンと振り回してみる。

「“気”ね……僕らのモノとは違うんだろうね」

と、今度はグッ、グッ、とコブシに力を入れてみた。

「私達の体はレイ殿の“闇”の生体エネルギーで造られている。従ってレイ殿が生きている限り私達は死ぬ事は ないし、こうして私達が生きているという事はレイ殿が生きている証拠だ。そして今やったように、私達 四師衆は己のエネルギーを四師衆内の誰にでも送り込む事が出来る」

「闇の者は闇どうし。僕ら四師衆の間なら、エネルギーの分割が出来るって事か」

と、今度はポキポキと指を折り鳴らす。

「闇のエネルギーを持つ者どうしは、闇の生体エネルギーを交換あるいは分割が可能だ。最も、私は『術』で、レイ殿達の持つ生命エネルギーを与えあう事が出来るがな」

「僕らが闇エネルギー体だとしたら、レイやハルカ達人間は光エネルギー体、って事か……」

と、そこまで考えて。妙な疑問が沸いた。


 人間との空隙(くうげき)

 そんな言葉が思い浮かんだ。


 自分達は人間ではない……としたら。レイに造られた体だ。この体には恐らく、人間という、いや あるいは生物というものが持つ、臓器や骨といったものが無い。だが、さっきから動かせているように人間と同じく関節は曲がるし、疲れもする。無いはずの骨が見る限り外見からでは『ある』ように見える……。

 これでは まるで、人間そのもの。

 自分達が人間ではないとしたら、人の形をしている自分達は一体、何だというのか。


 手の平を鶲は広げてみせる。汗は かいてはいない。

 そういえば傷を受けた時。いつも血液は出ていたか。

 汗や唾は出た事があっても。涙は……蛍が流していたのを知っている事が あっても。

 血は……ない。


 一体 何なのだ。この『体』は……。

 そう思うと、不思議な感覚がして目を閉じた。

 紫苑に聞いてみようか。それもいい。

 だが、聞くのが恐ろしかった。何故だか聞いては ならないような、知らない方が身のためになるような気がしていた。

 自分は、何なのだろう……。

“闇”で出来ていると一口では言っても、体からは一体 何が出てくるのだろう……。

 鶲は頭を軽く振った。

 バカバカしい。そんな事、どうでもいいじゃないか。

 そう結論づけて、思考を強制的にストップさせた。

 気がつくと、自分の居る この部屋には もう誰も居なかった。2つの丸椅子と、隅のテーブルに花が供えてあるだけの部屋。誰が置いたのか、また何処から摘んできたのかが わからない。アネモネに似た花が寂しそうに見えた。この薄暗い部屋では、せっかくの明るいピンクも暗闇色に染まり、眠っているようであった。


 ……僕らは眠る事は しない。疲れる事が あっても、放っときゃ回復するしね……花は、光合成とかいう生物としての重要な役割とかポストがあるけど、僕らには そんなものは ない。ただ、レイに仕えるだけ。レイに従うだけの存在。

 それって、ただの人形みたいだな……ハ、人形。なるほど。人形か。確かに似てる。そうか、僕らはピノキオだったわけか。嘘つくと鼻が伸びたりして。


 最後にクックックッと笑ってみたりする鶲。

 花は暗闇の中で佇んでいた。




 別の一室では。ハルカがベッドの中で就寝していた。

 身の回りの世話は、頼みもしないが さくらが ほとんどしてくれていた。白い洗いたてのシーツや毛布も、さくらが用意したものだった。

 さくらが作った食事をとった後 入浴し、これまた さくらが用意したラベンダー香をほのかに漂わせる寝服に袖を通し、ベッドの中へと潜り込んでいた。

 おかげで、グッスリと深く、深く……懐かしい思い出の夢の底へと落ちていった。……



 細く、小さな体。パッチリと開いた赤い瞳。陽に当たると照り輝く髪。上品な、王族に ふさわしい立ち振る舞い、その気質。その容姿から、本当は誰もが羨望の眼差しを送るはずだった。

 ある小国の王の城で産声を上げた。王には幾つかの妃が おり、子供も たくさん生まれていた。

 ハルカは、王の15番目に生まれた子供。名は、母親が名づけた。名の由来は母親が すぐに病死してしまったため わからない。

 幼いハルカは一人ぼっちだった。なんせ、母親が亡くなった後ずっと部屋に閉じ込められていたからだった。しかも その部屋は、窓から国が一遍して見渡せるほど高い所に あった。城外で、楽しく笑いあい駆け回る子供達を見ては自分の立場を呪っていた。


 まだ物心ついた年頃の頃は、「どうして私は外に出ちゃいけないノ?」や「何で お母さんは死んでしまったの?」と毎日 同じ疑問が浮かんでは、解答(へんじ)も無く消えていった。

 だが、部屋に ずっと居てジッとしているわけでもない。ハルカは本が好きで記憶力も優れていたので、一回 読んで学んだ事は絶対に忘れる事は なかった。

 そのため、部屋で。昨夜 読んだ本に書かれていた魔法とやらを試してみた。もちろん、呪文は完璧で。始めハルカは どうせ出来るわけがないと思い込んでいたが、呪文を声で発していくうちに胸が高揚していくのを感じた。

 そして唱え終えた後。ハルカの体全体を不思議な淡い光が包んだ。

(何だ、これは……)


 確か この呪文は、物を動かす呪文だったはず――。


 ハルカは試しに部屋の中央、隅に置いてあった、到底一人で動かすのは無理な大きいクローゼットに向かって“動け”と念じてみた。すると どうだろう。

 クローゼットは浮かび床の間に5センチほどの隙間を空け、スー……と、右に一メートルほど移動した……。

「……」

 魔法が自分には使えた……。

 喜びが湧き上がる。確かな手応えだった。

 よし、と納得した後にクローゼットを元に戻そうと壁を見た時。ハッと気がつく。

 壁に黒い縦の筋が見えた……いや、筋は縦の線だけではない。どうやら四角を描くように筋が通っている。大きさは、人が通れるほどの高さの……ちょうどドアぐらいだった。

(まさか……)


 抜け穴。

 半信半疑で、近づく。

 そっと白い壁に触れてみても、壁はビクともしなかった。ましてや自分は まだ子供。普通の子供の力では どれだけ頑張ってみても動かすには力の無駄だろう。

 そう、普 通 の力ならば……だ。


 ハルカは もう一度、先ほど唱えたのと同じ呪文を唱えた。

 すると やがて四角い その筋の壁部分は中央に軸を置いて、4分の1ほど回転した。つまり この壁は、反転するドアの からくり仕掛けに なっていたのだった。


 ハルカは迷わず そこへ飛び込んだ。今は深夜。誰も部屋には来ないはず。最も、昼間でさえ滅多に人はハルカの部屋へ訪れたりは しなかった。

 ハルカを部屋へ閉じ込めておくくらい溺愛していた父である王で……さえも。




《第37話へ続く》





【あとがき】

 鶲の中身はコーラかもよ(または醤油とか)。


※ブログ第36話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-96.html


 ありがとうございました。



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