第35話(光頭刃の威力)
「死ね……ですって!?」
私の隣でヒザをついて しゃがんでいたマフィアの声でハッと我に返った。マフィアは目前の人物を睨みつける。
赤い絨毯の先、階段上で、立派そうな大椅子に どっかりと その小さな体を包み込ませるように座す、国王と呼ばれる人物。
派手な装飾をこしらえた王冠。不死鳥を連想させるような服装。賢く、歪みのない整った顔立ち。
子供らしくない子供。
そばには大げさなくらい大きな白いファーが付いた扇を持った女の人が数人。国王に扇いでいる。慎ましく、国王の機嫌を窺いながら こちらにも時々目を向けている。
国王の家来も、屋内をグルリと取り囲むように。姿勢よく背を伸ばし、私達の様子を真剣に見ていた。
兵でも将軍階級の、サンゴという男。彼は自分の腰の剣を抜き私の首元を狙って静止していた。そしてピクリとも動けず冷や汗を流している私の顔を面白そうに見ていた。
声も出せない。
だから、マフィアが買って出てくれた。
「……冗談でしょう? 本気ですか」
すぐに国王が答えた。
「当たり前だ。大勢の前で私に殺されるがいい。そうすれば国民の目も覚める」
サンゴ将軍は剣をひいた。
しばらくぶりに解放された私は少し安堵した。
「何が救世主だ、神だ。神は私一人なのだ。その事をわからせる必要が あるのだ。よって、お前は私と民の前で首を晒せ」
国王の言葉は私を奮い立たせた。
何て身勝手な言葉……!
こんな、こんな子供が!
私は頭にカッと きて、階段下へ走り出た。「!」
「わかるもんか!」
階段 最上に座す国王を見上げ激しく睨んだ。国王は表情を微動だに しなかったが、私の態度には反応した。
「何だと?」
「確かに神は私じゃない。でも あなたでも、ないわ!」
国王を通り越して、背後には あの無残にも斬られてしまった親子の幻影が見えた。必死に すがるように祈る母子の姿を。
彼らにも普通の生活が あったろう。穏やかなタルナ民族……植物や作物を育て、額に汗し、一生懸命に働く。子供が お腹をすかせて家に走って帰って来る。遊びの疲れを振り切って。お母さん ただいま、あのね……
……ただ、神を信じただけで。
どうして あの人達が あんな目に遭わなければ ならないの。
怒りが頂点に近づく。激しい憎悪の両の目が、国王に向けられる。
すると痺れをきらしたように、兵の一人が私に剣で かかって来た。「国王に向かって何という無礼か!」……剣が私を捕らえる所だった。
「うるさいッ!」
ビュオオオオオッ! ……
「うわあっ!」
その兵士は、突然の豪風に吹っ飛んでいった。柱に強く吸いつけられたようにブチ当たる。
この風は……私から発せられた風は、私が着けている指輪の……。
セナから もらった指輪の力。私を護る風の壁が、唸りを上げたんだ。私を中心に渦巻いて。
周囲の兵も下女も、大臣か臣下も、マフィアさえ。その迫力に圧倒されてしまって。どよめき立った。
私は国王の座す目前にまで、階段を上り終え歩み寄り、再び同じ事を繰り返した。
「私は神じゃない」
国王は今度は何にも反応せず、風の影響を受け装飾や髪が乱れ なびきながらも私を正面から黙って見据えていた。
私は下口唇を噛み締めながら泣きそうな悲鳴めいた声で訴えかけた。
「でも あなたも違う……それが わからないの!」
風は いっそう強く私を。国王の周りに飾られていた鳥の羽や花びらが千切れ散り乱れる。国王は風圧に打たれても、ビクとも しなかった。
私の体が固まる。悲しさが流れて私の身を縛って、動けなくなる。
感情は動かないのか、国王というものは……そんな残念な事を思った。
私が突っ立って痺れた頭で思考だけを頑張ってアレコレと巡らせていると。国王は おもむろに椅子と自分との間に隠し持っていた長い刃身の刀をスルリと取り出した。私の前へと披露する。
「?」
柄の柄は龍が彫られているように見えた。赤い毛の束で鞘が くくられ、刀というよりは剣だった。変な事に、国王よりも感情的な質が備わっているように感じさせる存在で、普通の物ではない、と私にも わかる。その魅力に虜とまでは行かなくとも、みとれて目が それに一心に向いてしまった。
国王が鞘から音と気配なく剣を抜き出し一時の間を置いた後。
スパッと……風の音に紛れて躊躇する事なく私を斬った。斬りつけた。
(えっ)
油断。
まさに それだ。
油断していた。私を取り巻く風のバリアーは完全に私を護ってくれるのだと。
「……」
しかし。剣はアッサリと、バリアーごと平気で私を乾いた音で斬ってしまったのだった。
「勇気!」
突然の事に私の今まで湧き上がっていた怒りや悲しさが何処かへと消え失せてしまった。と同時に足の力までも抜けてしまい、フラリと体が言う事を利かなくなって倒れた。倒れたと思ったら今度は ゆっくりと、10段以上も ある階段からゴロ、ゴロと転がり落ちていった。
「勇気ィイッ!」
さらに張り上げたのは、マフィアの声だと思った。バタバタと激しい音が床の振動と一緒に揺れる……私に近づいて来た。
私が恐らく中段上辺りで転がりを停止すると、誰かが――マフィアだろう――が そばで何度も私の名を呼んでいた。
斬られたと思った瞬間から両目は閉じ、続く倒れた衝撃に身を全て任せていたけれど。気だけは確かなようで、ああ私は階段の上から転がり落ちたんだと自覚していた。目を開けると、どうやら仰向けで、頭は少し打ったかも しれない。痛みは なくて、見える天井の豪華さにポカンとしていた。
――私は どうなった? 血は出てる? 何処を斬られた?
と、段々と意識がハッキリとしてきたので、私は起き上がって自分の体中をペタペタと触って探ってみようとした。しかしすぐに右腕に目が止まる。
制服の上から一緒に、スパリと細く手の甲から関節近くにまで至る斬り傷が あった。微かに感じる痛みと共に、血が糸のように細い傷口から浮かび上がってきた。
「大丈夫!?」
「……平気。それより、あの、剣……」
と、私が指さした方へマフィアが振り向いた。階段を上った先、王座の前で。
国王の小さな体が何の意思表示も なく黙って立っていて こちらを見下ろしていた。
「風を……斬った!?」
と、マフィアが驚いて剣と国王を交互に見た。
その場が何故だか急にシンと静まり返る。
すると、国王が奇妙な事を言い出した。
「お前……四神鏡を持っているな?」
と……少し気持ち大きく、目を見開いた。こっちも目を大きく驚きを示していた。
「何ですって?」
私が首を傾げて眉をひそめていると、国王は剣を見て考え込んだ。
「神剣……“光頭刃”。我が国に代々語りと共に受け継がれてきた剣だ。私は お前を斬り殺すつもりだった。手加減は したが、それでも充分お前を傷つけるくらいの力は込めたつもりだ。だが……」
「ど、どういう事!?」
「これは……この剣は……」
「へええ。初耳。ハルカに報告しなきゃ」
ドガッ。
後ろから不意打ちをくらい、国王は前へ倒れた。どよめきと叫びの中、突然に現れた来客に視線は集中する。「!」
「お久しぶり、救世主。あれ? 風神や水神は一緒じゃあないんだ」
辺りをキョロキョロと見回す。私の所へ目を止め、いつものようにニヤニヤ笑い。黒ずくめ全身タイツの奇妙な格好。毎度おなじみ四師衆の一人、業師の鶲。
「ひ、鶲……」
「何でココに……」
いきなりの登場に びっくりだ。なのに当人は気にせず、ひょうひょうとしている。
後ろから(何と!)どうやら蹴りをくらったらしい国王は身を起こし、パンパン、と服に付いたホコリを払い落とした。すっかり出遅れた家臣や家来が騒がしく急いで段上を駆け上がって来た。兵がズラリと私達や鶲を取り囲む。
「素敵な出迎え ご苦労。あれ、やだな。怖い顔しちゃって。何、僕とやろうってんの?」
見渡して、余裕をぶっこく。
(あ、あんたねえ……こんな大勢の兵とココで やるつもり!?)
鶲は自分の胸前に手を出した。するとフッ……と、その手に刀が出現し、握られた。
見慣れていた物だった。散々、目に焼きついている刀だ。邪尾刀――鋭く黒光りする刀身。巻かれた布。レイが これで何十人もの人々を襲ったんだ。レイが居ない今、預かっているという事か。
「先に言っとこ。この刀、斬れ味 良すぎるから、手加減してもダメなんだ。レイは、この刀で斬れないものは この世に存在しないなんて言ってたっけ。さぞかし人間の肉も よく斬れるんだろうねえ」
刀身を前に、薄目で兵を見た。“さあ、かかってきな”……光の無い漆黒の瞳が そう言っているのだ。
やがて、剣を構えた兵の一人が飛び出した。
気合いの声と共に、兵の長剣が鶲を狙って振り上げられた。
「ダメぇーッ!」
私の声の方が遅かった。止めようとした時は もうすでに、兵は長剣ごと邪尾刀で体を……頭上から斬られた!「……!」
兜なんて関係なかった。身を護るための防具なんて全く役に立たなかったのだ。この刀の前では……。
一呼吸 置いて、「ひいぃ!」「わああっ!」と悲鳴が あちこちで上がる。噴水のように血が飛沫を上げて絨毯の赤を もっと新鮮な赤で染めた。
だが、次の兵が鶲に飛びかかると、今度は つられて いっせいに兵達も斬りかかっていった。そうしてココは あっという間に戦場へと化す。
ワアアアァァア……ッ!
渾身の声が城内に響き渡った。空気の震えを感じるほどの騒ぎに身が強張り動けなくなった。
「勇気! こっちへ!」
そんな縮こまった私の腕を掴んで引っ張って行ってくれたマフィア。頭や体が鎧を着た兵達に ぶつかって、すごい轟音と喧騒の中で、訳が わからなくなりそうになる。私達が去り行く後ろでは、鶲が邪尾刀を存分に振り回しているようだ。カキン、とかいう武器同士がぶつかり合う音は あまり聞こえてこない。あの刀は本当に よく斬れるのだ。普通の刀や剣じゃ相手にも ならない。きっと鶲やレイが本気で斬れば この城ごと斬る事も可能なんじゃないだろうか。
兵の集団が押し寄せる波に逆らって進む。私とマフィアは できるだけ巻き込まれないよう、遠く離れようとした。
すると急にマフィアが立ち止まった。手を引かれていた私は止まれず勢いよくマフィアの背中に ぶつかる。ぶつけた鼻を押さえて前を見ると、ある人物が私達の進行を妨げていた。
「蛍……」
マフィアの茫然自失とした声。私も同じだった。
私達の後ろでは何十か何百かは わからない兵と鶲が戦っているはずだ。その戦場の光景と音はテレビや映画で観たものと変わらない。そっくり同じだった。人々の波、空気の波、音の波。
――だが。一瞬にして後ろにあるはずの それは消えてしまったかのように思えた。今、この空間が――存在が蛍と私達だけに思えた。
沈黙が、空気が、私達の本来の時間を止め、別の空間へと誘い支配している。
「死になさい。救世主」
やけに響く蛍の声。
「蛍……無事だったのね……」
蛍の言っている言葉の内容は最初 頭に入っては来なかった。
私が蛍の前に出ようとするとマフィアが制した。マフィアの顔を見上げると怖い顔をしていた。
「以前の あの子と違うわ」
私に言い聞かせる。マフィアの真剣な表情を見て、もう一度 蛍の方を。そうしたら蛍の背後にスッと、『影』が現れた。
人の形で、段々と色が ついてクッキリと輪郭を表したのは紫だった。手に、一本の刀を持って。
「あ……?」
私もマフィアも目を疑った。
紫の持っている その刀は、さっき鶲が持っていた物と同じ。刃こぼれもサビもない、斬れ味 抜群そうな その刀……。
不気味に光る刀身、まさしく邪尾刀そのもの。
「どうして……2本も あるのよ!?」
振り返って鶲を見た。兵が大勢 倒れている……!
ココからは若干 遠いが、鶲の手には確かに紫が持っている物と同じ物が握られている。
もし どちらかが偽物だと言うのなら、たぶん紫の持っている方だろうか。鶲の持っている刀は幾多の兵を なおも簡単に倒しているから。その斬れ味は、まさしく“本物”の邪尾刀に間違いない。
私は腰に着けていたナイフを、マフィアは腰を据え、お互いに戦闘のポーズをとった。
一応そうやって構えた姿勢をとったものの、全然 戦うつもりなんかなかった。だから しきりに話しかけた。
「無事で よかった。突然消えたから、すごく心配してたの。たぶんハルカさんの所に居るんだろうと思ってたわ……でも。それは蛍、あなたの意思なの? 今ココで私達と戦うつもり?」「レイは……生きているわよね。レイの意思? それともハルカさんの? それとも独断?」「私、蛍達とは戦いたくないわ」……
蛍は ずっと黙って聞いていた。私が休みなく続けて言ったもんだから、返事をする隙が なかったかもしれないけれど。
私は一度は構えたナイフを持った手を引っ込めた。マフィアも心なしか、体勢を緩ませる。戦う意思が こちらには ないんだという事をアピールしたかった。
「レイ様は眠っておられるわ……ずっと、ね……原因は不明だけど。それに、炎神の命令でココに来たわけじゃない。私の意思よ。それに、私達が あんた達の元を去ったのも自分で決めた事よ」
蛍は答えてくれた。
紫が、ぶらさげていた刀を横に持って構えた。刀に私の顔が鮮明に映し出されていた。
「あんたら、勘違いしてんじゃないかしら?」
と、蛍がクスリと笑う。小バカにした顔は久々に見た。
すると、笑いが どんどんと膨らんできて屈み込むような姿勢で手で口を押さえながらクックックッと声に漏らし肩を動かせる。しまいには「アハハハハ!」と高らかに大笑いした。空を向いて笑った後、目線を再び私達へ戻す。
涙を指で こすり払い、歪んだ口元を変えず一歩 後退した。
「鶲の持っている方は邪尾刀モデル。この刀を複製したの。私の力でね」
と、腕を組んでアゴで紫の手元をさした。
「忘れてやしないかしら? 私は四師衆の一人、幻遊師・蛍。物に魂を吹き込む力があるって事。詳しく説明すると、頭の中に描いたものを具現化したり操ったりするのよね。あんたらには少し難しかったかしら? キャハハあんたら、私が敵だって事 忘れてたでしょ? すっかり」
キャピキャピ笑いながら数歩 後退。紫の背後へ回った。
私には信じられなかった。
邪尾刀と、その複製刀……偽物のくせに、斬れ味は本物と同等じゃないか。邪尾刀が2本に なったという事と同じだ。しかも、それに今の口ぶりから察するに私達と一緒に居たのは油断させたり情を持たせたりするためだって事?
邪尾刀が2本になったのは事実だけれど、蛍が本当にレイやハルカさんに屈しているとは到底 思えない。私達と一緒に居た時間が嘘だったなんて信じられない。信じたくないのかもしれない。
私達が固まっていると、後ろから向かって来る兵を全て薙ぎ倒した鶲が呼びかけた。
「はい。試験 終わり」
と、息乱れる事なく刀をブンブンと振り回した後。ドッカリと肩に担いだ。足元にはホコリが立ち込めていたが、やがて地面に落ち着いていった。
床では数十人の兵士が呻き声を上げながら横たわり、中央に鶲が立っていた。
残った兵士は戦意を喪失し、腰を抜かしたり震えていたり、下女の人達と逃げたりしていた。ワーとかキャーとかいう声が あちこちに飛び交った。
でも鶲には もうそれらは どうでも よいらしく、興味を示さなかった。向かって来る者だけを斬ったようだ。逃げ惑ったりする人達は完全に無視していた。
「OKみたい。この、邪尾刀2」
と、刀を上に掲げた。刃先がキラリと光った。
「当然よ」
と、鶲の言葉にフンと鼻で笑い答えた蛍。
つまりは……ココへ来たのは、その複製刀の試し斬り……って事なの?
「なるほど。試し斬りにココへ来たわけだ。わざわざ私達に見せるために?」
マフィアも同じ事を考えていた。
ニッコリと笑って蛍は「そうよv」と ぶりっ子っぽく答えた。
「信じないわ」
突然、キッパリと言い切ったマフィア。「何が?」というような目でマフィアを見た蛍。
「私達が あの時に船上で深海魚と戦っている隙に、炎神の……ハルカとかいう女に呼ばれたんでしょう? 絶対、あなたの意思で私達の元を去ったんじゃないわ」
真っ直ぐにマフィアは蛍を見つめた。少し驚いたように蛍の表情が一瞬 強張った。
「だってほら。手が震えてる」
言われて、慌てて両手を隠した蛍。少し、足も震えていた。マフィアの言葉で、私は初めて それに気がついた。
「……我慢しないで。帰って来て。わかってるでしょ? ハルカに利用されてるだけって事は!」
悲しそうな顔でマフィアは呼びかけた。
「帰って来て! 今すぐにでも! 蛍!」
私も必死に呼んだ。
でも蛍は顔を背けて私達の呼びかけを否定した。
「うるさい!」
と。
「私の君主はレイ様よ! レイ様が絶対、レイ様が全て! レイ様の意思が私の意思! レイ様が望む事は、私が命を懸けて叶えるのよ! 四神鏡 探し……あんた達を殺す事もね!」
そして後ろから押すように、紫に声をかけた。
「行きなさい、紫! 目障りな奴らを始末してしまって!」
音も無く、紫は刀の先を私達に向けた。
そしてサッと素早く動き、マフィアを襲う。マフィアは避けるついでに、横に居た私を突き飛ばした。おかげで私も攻撃を避ける事が できたが鈍かった私は転んでしまう(ひえーん)。
マフィアは次の紫の攻撃を避けようと後退した所、鶲が攻撃してきた。
ザクッとした音が響く。
「マフィア!」
私は急いで立ち上がって駆け寄ろうとした。すると よろけたマフィアが斬られた左腕を押さえて「来ないで!」と叫んだ。
かろうじて さっきの鶲の攻撃をかわしたマフィアだったが、今度は紫からの攻撃。
「……くっ……」
高くジャンプして私の数メートル先に着地した。左腕からはドクドクと血流。かわしきれなかった攻撃でケガを負ったのだ。
「大丈夫。私が あなたを護る」
「マ……」
私からは擦れた声しか出なかった。
私の居る位置からではマフィアの表情が わからない。
マフィアは言った後、2人の敵へと向かって行った。「マフィアあ!」
届かない私の手。伸ばしても届かない手……!
悔しい。もし この手が届いて、マフィアを止められたら!
ダメ、ダメだよ、マフィア!
このままじゃ。
このままじゃ、殺されてしまう!
「セナ、カイト、天神様っ……」
誰か。
誰でもいいの、お願い!
マフィアを助けて……!
……。
……。
私の叫びは届いたようだ。
突風が吹き荒れた。ある一定方向からの風の圧力を受けた鶲と紫は ひるみ、数歩退く。
「2対1なんて卑怯じゃねえの?」
と……風の壁の向こう側から声がした。
セナ。
「女相手に男が2人だなんて。最悪!」
隣に居たのは、カイト。
2人とも、頼もしい正義のヒーローか何かに見えた。
「セナ! カイト!」
私は歓喜の声を上げる。
「間に合ってよかった」
何と。
セナとカイトの背後から別の声が……それはサンゴ将軍と国王だった!
ひょっとして あの混乱に紛れて、セナとカイトを呼びに行ったんじゃ? だとしたら かなりの機転だ!
私は感謝の気持ちで いっぱいに なって目が潤んできてさえいた。
ありがとう、国王、サンゴ将軍! これで こっちの不利じゃなくなった。
「お疲れ。とりあえず手当てしてこいよ。こっちは お任せ」
と、カイトがマフィアに近寄って頭を叩いてあげながら、そのまま鶲達の前に歩み出た。セナも後に続く。
マフィアは叩かれた頭を軽く押さえながらコクンと頷き、私の所へと小走りで駆けて来た。国王とサンゴ将軍も私の所で落ち着いて、皆で成り行きを見守る事に なった。
「奴らとは知り合いのようだな。聞いた事がある。四神が、蘇りつつある方向にあると」
と、国王の話しかける横でサンゴ将軍は自分の着ている服の片方の袖を破り、マフィアのケガしている箇所に巻きつけ止血してくれていた。「ありがとう」とマフィアが言うと、「いやあ そんな」と またデレっとして頭を掻いた。
そんな2人を横目で見つつ、私達は話す。
「噂通りです。奴ら……の背後にはレイといって、七神のうちの一人でもあり、青龍復活を企てている奴が居るの……」
自分で言っていて、悲しくなってきていた。でも続けた。
「レイは あの2人が持っている刀……邪尾刀で、罪の無い人達を斬って……青龍復活のために必要である“四神鏡”――体内にあると言われている鏡――を探しているの」
私が簡単に説明する。国王は“邪尾刀”という言葉に反応した。
「“邪尾刀”……あれが」
言いながら、鶲や紫の手元を見た。向こうではセナ達が攻防を続けていた。
「“鎌鼬”!」
「“小波”!」
彼らの おなじみの技が繰り出され、鶲も紫も手こずっているようだ。風や水の刃と化したような攻撃の散布を刀で受け止めながらも悪戦苦闘していた。
セナの出した風が渦巻く。
カイトの出した大量の水が広がって相手を飲み込んで行こうとする。
「くっ……」
牙のように鋭い風の先で何度も攻められ、鶲の黒いタイツな服はボロボロに なってきた。
おお……ひょっとして優勢か!?
私の お腹の底に気合いが入る。コブシに力が加わった。
すると私の横で国王が ぼやきを。
「愚かな奴らだ……せっかくの刀が泣いているぞ」
そんな意味深な事を言った。
「え?」
私が国王の方へと目を離した隙に、紫がカイトの攻撃を避けセナに斬りかかった。
「ちっ!」
セナは すんでで一歩後退した。そしたらば。
気をとられた時に、風圧から逃れた鶲が宙を飛び私達の方へと やって来たではないか。
「!」
「待て!」
奥、遠くで紫の相手をしているセナとカイトの声が。だが鶲は素早かった。
こっちに突進して来るまま、国王を刀で狙う!
しかぁーし!
「私が相手だあ!」
と、サンゴ将軍が国王の御前に出て立ちはだかり、剣を構え鶲を攻撃した。だが やはり邪尾刀の前では歯が立たない。剣ごとスパッと斬られてしまい、ザシュ! っとサンゴ将軍の額に血の筋が通った。「うわあっ!」
後ろに倒れ込んでしまった。
「国王、恨みは ないけど調べさせてもらうよ。四神鏡が体内に あるのかどうかをね」
鶲はニタリと笑う。私とマフィア、それから国王も鶲を睨んだ。
「……っざけんじゃないわよ!」
マフィアが背中に隠し持っていたムチで鶲に攻撃した。鶲はフワリと風に舞うように難なく かわし、せっかくのムチは空回りしてしまった。
「!」
刀ばかりに気をとられ、マフィアは鶲の足払いには気がつかなかった。完全に足に引っかかり、前のめりに倒れてしまった。
「マフィア、危ない!」
鶲がマフィアに襲いかかろうとしていたのを見て咄嗟に私は叫んだ。驚き顔のマフィアに、鶲の構えた刀が振り下ろされようとしていた。
「邪魔者は失せなよ!」
「マフィアぁあ!」
私が駆け出す。鶲が刀を振り下ろす!
間に合わない!
「死ね! 木神!」
「ダメぇえええ!」
…………ッ!
ガキイイィィインッ!
「……」
「……」
「……」
「…………あぁ?」
沈黙を破る鶲の声。
無敵の刀・邪尾刀が思い切り振り下ろされた、その時。
この刀を、受け止めた者が居た――。
いや、受け止めた『物』と言うべきかもしれない。
その『物』とは……神剣、“光頭刃”。
そしてマフィアを庇い、頭の中に残響音が まだするほどの金属音をさせて最強の邪尾刀を受けた剣を持つ者とは……
……国王。
さっき兵士達が束になっても敵わなかった、この刀を。その小さな体で受け止めたのだ!
邪尾刀 対 光頭刃。
ギリギリと……お互いに交えた武器は、両者一歩も退かなかった。
しばらく睨み合っていたかと思ったら、鶲の方が先にバッと勢いをつけて後ろへと下がった。
「神剣……“光頭刃”を、知っているか?」
剣の鋭く光る向こうで、鶲を威圧するかのように見る国王の凛々しい顔が そこに あった。
鶲は声も出なくて、ただ黙って見ている。
「話には聞いていた。この世に邪鬼により造られし魔刀“邪尾刀”が存在し古来より悪に仕えていたとな。2本もあるのは どういうわけか知らんが、所詮 一方は紛い物。この剣には敵うはずもない」
国王が そう言った途端、鶲の手の邪尾刀2はポキン、と刃が折れ、下に落ちた。真っ二つになった邪尾刀2。やがてボロボロと砂に形を変え、風に さらわれて なくなっていった。……
「ふ……これで お前に勝ち目は ないな。何なら、試し斬りしてみようか。言っておくが、私は手加減が苦手だ。この剣は邪尾刀さえ凌ぐと言われている。地上や天界で、斬れぬものなど ない」
さすがの鶲も形勢不利だと思ったのか、少し焦っていた。無理もない。刀を失ってしまったし、こっちには謎の剣がある。
「覚えてなよね」
悔しそうな顔をして、フッと姿を消した。
途端、はああぁ〜……と私は全身の力が抜けて座り込んだ。だが すぐマフィアの声でハッとした。
「勇気、まだ! セナ達が!」
「あ……そうそう!」
セナ達の事なんて すっかり忘れていた。見ると、セナとカイト 対 紫 の戦いは今も なお続いていた。
「セナ! こっちは済んだわ!」
私とマフィアがセナ達に駆け寄る。紫は蛍の元へと後退した。
「蛍! 帰って来て!」
私が そう言っても、蛍は何も言わなかった。
「蛍!」
もう一度呼んだ。でも答えてはくれなかった。
「引き上げるわよ。邪尾刀の造り直しね」
それだけを言い残して2人とも姿が薄くなって……消えた。
《第36話へ続く》
【あとがき】
作者クイズ〜
マフィアのお相手さんはダ〜レだ? とか言ってみる……。
誰にしよう(オイ)。
正解は最終回。
※ブログ第35話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-94.html
ありがとうございました。