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第33話(商人の街)


 蛍と紫くんが消えた。

 船中くまなく探したけれど、見つからなかった。

 最後に2人を見たという人が居たので話を聞いてみたら、2人が昨日の深海魚との戦いの最中、お坊さんの格好をした男と共に居たのを見たという。

 しかし、その後の事は わからなかった。2人は、何処へ行ってしまったのか。

 お坊さんの格好をした男……たぶん、紫苑の事だ。紫苑がドサクサに紛れ、2人を連れ去ったんだ。


 何で今頃?

 早急に2人が必要に なった? ……何のために?

 ハルカさんの命令なの? それとも……レイの?

 蛍……今、あなたは何処に居るの――。

「仕方ない事よ。とにかく明日、大陸へ着く。私達には私達のする事が あるんだから」

とマフィアは言った。

 でもね、マフィア。蛍は本当に行きたくて行ったんだと思う?

 私……蛍も紫くんも変わったなって思ってたんだよ?

 すっかり仲間……って、思ってたんだよ?

 それが何で こんな事に……。


 落ち込んだまま目を閉じた。薄いシーツの中で頭を隠してベッドの上で身を屈めて、色々と考えてしまうけれど。明日の朝、この船は大陸へ着く。民族の争いが絶えないという、ベルト大陸へ……そのために備えて、しっかりと寝ておかなくちゃね。

 しばらく経ってスヤスヤと眠りに落ちた頃……何処か遠くで声が聞こえた気が した。



 ―― ごめんね 勇気 ――



 しっかりと聞こえた。間違いなく蛍の声だった。

 ガバッ! っと勢いよく起き上がった。隣に寝ていたマフィアが驚いて目を覚まし、「どうしたの!?」と聞いてきた。私はドキドキする胸を押さえてマフィアに言った。

「蛍達は間違いなくハルカさんのトコに居る! 私には わかる!」

 妙だけれど、確信していた私。

 そう……そんな気がする。そして蛍の身に何かが起こりそうな予感がする。

(ハルカさん……! 一体、何を企んでいるの!?)

 客室の小窓から覗き見える空は まだ暗くて、何も見えやしない。




 ……蛍は暗い部屋の一室で、邪尾刀を握りしめて黙って座っていた。

 その様子を少し開いたドアの隙間から紫がチラと見て、そして去って行こうとした。するとすぐ、ドンと誰かに体が ぶつかった。

 (ひたき)だった。

 元通りに なった体と服。そして いつものような皮肉さを込めた言葉と表情。

「よく帰って来れたよね。蛍も あんたも……ま、いいや。同じ四師衆 同士だしね」

 フン、とそっぽを向きながら鼻を あしらった。

「……」

 何の反応も示さない紫を見て、舌打ちした。

「ちえ、相変わらずブアイソ」

と、紫を思いきり真正面から蹴飛ばす。みぞおち あたりを蹴られた紫は、場から少し飛ばされ勢いよく倒れた。紫は少し顔をすりむき、頬を押さえながら上半身を起こす。でも、相変わらず無言のままだった。

「ムカつくんだよね……あんたら。ハッ……。ハルカの命令じゃなかったら、今すぐ殺してやるってんのに。わかってるよね? あんたら、ハルカに生かされてんだよ。ハルカが、あんたらを指名したんだ。その辺、わかれよな! バーカ」

 そう暴言を言い残し、サッサと去って行った。

 紫は しばらく黙って座っていた……すると背後にスッと、音も なく紫苑が現れた。

「紫苑様……」

と、振り向き紫苑の顔を見上げた。紫苑は憐れみか同情を含んだ声で、紫を諭す。

「我慢して やってくれ。彼なりの出迎えなんだ」

「はい……」

 すでに理解しているかのように、少し俯き冷ややかな床を見た。……



 目ヲ ツムレバ楽シカッタ勇気達トノ日々ガ 記憶ガ 蘇ッテクル ――



 真っ黒な瞳が言う。

「あたしを殺して……勇気……」

 邪尾刀を抱きつぶすくらいに強く抱えたまま、小さな少女は心で泣く。




 ベルト大陸リール港。世界で一番 騒がしい港だという。

 船を降りた瞬間、違う空気の においを感じた。何処か胸がホッとする、懐かしい香り。民族が多種様々に居ると言うが、自然環境も様々で、その地方その地方 独特の花が咲いたり虫が居たり動物も居るという。

「争いなんて嘘みたいね。心が とっても和むもの。精霊達も とっても穏やかで元気いっぱいだわ」

「ああ。風が くすぐったい」

「近くにデカい泉が あるのかな。息吹を感じるぜ」

と、マフィア、セナ、カイトは それぞれの感想を述べた。聞いているうちに私は思わず吹き出してしまう。

「何が おかしいんだよ、こら」

 セナが突っかかる。

「だって……すっかり『詩人』っぽいんだもん。知らない人から見たら何か おかしい」

と私はニヤニヤ笑いをしながら見る。「確かに……」と3人は それぞれ何かブツブツ言いながら照れた。

「心だぜ、心」

 セナは笑う。あんたが一番 恥ずかしい事を言っていたと思うんですけどねと私は思いながら。

「しっかしデカい港だよな。見ろよ、船の中と変わんねえ。店がズラリと並んでいるし、変わった格好の奴らが多すぎる。本当に3分の1が壊滅したのか? デマじゃねえの?」

 セナが辺りを見回して言った。何か、とってもワクワクした顔で目がキョロキョロとして、ついでにキラキラ瞳は輝いている。

 何て忙しい奴なんでしょ。ま、私もワクワクしてるからいいけれど。

「ほんと。信じられない活気。心配するだけ損だったわね」

 マフィアが言った。「そうね! よかったよね!」と私もウンウンと頷く。

 ココの土地の人達は もう元気を取り戻しているんだ。よかった、本当に!


 私達が それぞれ思い思いに言いまくっている通り港は港で『街』が出来上がっていて、祭りなんじゃないかと思わせるぐらいの活気に包まれていた。

 太鼓や笛の音、陽気な おじさんの へたくそな大歌も離れた場所から聞こえてきて。

 明るい赤や黄色や緑の色をした店々のテントが隙間なく並んで、緩やかな道を作っている。店の中では各店の主人や子供が店番をしたり。商品じゃないのかと思うタルをイスがわりにして色の剥げたエプロンを着た老人が座ってキセルを吹かしている。

「お姉ちゃん。宿が あるって。あっち」

 私の すぐ隣でメノウちゃんが私の制服の袖を引っぱった。どうやら私達が あれこれ ふけっていた間に、近くの店の おじさんに宿の事を聞いたらしい。向かって左側の道を指して教えてくれた。

「おお、べっぴんさん。どう? この果物一つ。トップルっていう、ココ南ラシーヌ国でしか ない物なんだ。おまけに ひとぉ〜つ、付けとくよ!」

 宿の事を教えてくれた おじさんが私達に話しかけてくる。

「買ってこっか。喉 渇いちゃったし。私が払うから」

というマフィアの提案に私も賛成。マフィアは おじさんに手の平を広げた。

「じゃ、おじさん。5つ! 今 食べるから そのまま ちょうだい」

「へい、毎度あり!」

 おじさんは上機嫌にトップルを私達に渡していく。

 渡されたトップルとは赤く、見た目リンゴみたいに丸かった。でも触っても硬くはなく、少しプニプニしている。肉まんだか、そんな柔らかさ。ちぎって食べられるパンみたいだった。一口ちぎって食べてみると、やっぱりリンゴに近い味。でも、とっても甘い。それに水っぽい。喉が渇いている時なんかは特に美味しいんだろうな。

「へえ、おいしー! 変わってるー!」

と私達は感動の連続。

「あんたら、観光?」

 美味しそうに食べていたら、店の おじさんが話しかけてきた。

「用事……っていうか。旅をしているんです。人を捜して」

 私がトップルを頬ばりながら説明。するとセナが割って入って来た。

「なあ おじさん。こう見えて救世主一行なんだ、俺ら。知ってるだろ? “七神創話伝”!」

 トップルの最後の ひとかけらを口の中に入れてモグモグと。その間、おじさんの顔色を窺った。

「救世主!? 誰が!? あんたかい!? それとも あんた!?」

 予想通り、というか やっぱり、おじさんは びっくりして私達の顔から下までジロジロと見回した。

「こいつです、こいつ」

 カイトが私を後ろから。頭をつついた。

「へっ!?」

 おじさんは さらに びっくりして目を丸くした。改めて私を見る。そして はあ〜……と感心しきった顔をした。

「“この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度”……ってやつだろ? へえ……あんたみたいな女の子がねえ……」

「……ねえ?」

と私はポリポリと頭を掻く。だって、自分でも信じられないものね。

 本当、何で私が選ばれたんだろー?

「そんでさ、その伝説に従ってだな、俺ら七神を捜して旅してるってわけ。なあ、おじさん。この辺で妙な力を持った奴とかさ。さっき言った“七神創話伝”の内容とか、それに関するもん何でもいいから、何か知らね?」

と、私の頭上でセナが聞いた。おじさんは真面目な顔になって考える人のポーズをとり、考え込む。


「そういえば……」


 おじさんが そう口を開いた瞬間。


「何っ!?」

と、いっせいに私達が注目したもんで、ヒッ、とおじさんは声を上げ身を引いた。

「い、いや、噂だけどよぉ……どっかの……たぶん、もっと大陸の北だとは思うんだけど……七神の……だと、思うんだけど?」

 私達は揃いも揃ってウンウン、と頷いた。

 おじさんは続ける。

「言い伝えがあるとか ないとか……コウジン、とか言ってたっけなあ……」

「コウジン?」

 ニンジンじゃないわよね。

「ニンジンじゃねーよな」

と、セナ。……私と同じ事を……。

「オラぁあまり好きじゃなくてなあ、神とか、そういうの。悪いね」

 そう言って苦笑いをする おじさん。慌てて手を横に振るセナと私。

「いや、参考になったよ。サンキュー!」

「うん。有力な手掛かりだよ! ありがとう!」

 ニッコリ笑って見せた。それを見た おじさんは また少しだけ考え込む。

「……あんたら、北へ行くんだね?」

と、上目づかいに私達を見る。

「ええ。そのつもりです。ね!」

と私が後ろに ふると、皆は頷いた。

「そうだろうな」

「そうね。重要な情報だもの」

 マフィアもカイトも一致する。おじさんは「そうか」と軽く相づちを打った。

「ま、気をつけてな。またトップル食べに来てくれい」

「うん。ありがとう!」

 私達は何も気にせず店を去り、宿の方へ向かって行った。



 勇気達が去った後、店の奥で隠れていた小さな女の子がトコトコと おじさん、もとい店主の横へやって来て、目をクリクリさせて言う。

「今のが、めしあ なの? めしあ、が やって来たの?」

 店主はジッと一点を見つめながら、怖い顔で「ああ……来ちまったらしい」と言った。


「さっきね、そこに兵隊の人が居たよ」

「!」


 子供の言葉に、ビクッと肩を震わせた。

(見られた……?)

 嫌な汗が頬を伝う……何も知らない子供は、悪気の ない声で言う。

「めしあ が来たよ、って知らせてい?」

 店主は……。

 ……


 ……屈んだ。

 子供を抱きしめて、か細い声で言った。

「いや、言わなくていい。ちゃんと後で言いに行くから……」

 子供は、やはり何も わからないまま目をパチクリさせていた。


「パパ、すごい汗だよ」




 宿をとった私達は、荷物を置いた後に屋内に ある食堂へと集まった。そして少し早めの昼食を。

 私達の泊まった宿は割と大きくて、客も多い。賑やかな客の笑い声と、民族めいた歌なんかが聞こえてくる。忙しそうに宿の従業員らしき人達は止まる事なく動いていた。

「あのさー、相談なんだけど」

「何?」

 セナが少し言いにくそうに言う。

「少しバイトしていいか? ココで」

「へ?」

 急に そんな事を言われて。パチパチと まばたきが止まらない。

「実はさ。前に世話になったバイト先の親方さんがよう? この港に知り合いが居て、手が足りていないらしいんだ。もし こっちに行くんだったら、少し手伝ってやってくんねーか、って言われて。ほんの2・3日で いいんだけど」

「2・3日? 別にいいけど……」

と私は首を傾げた。するとサッと立って、

「よし。んじゃ、さっそく行ってくるわ。じゃ!」

とスタスタと行ってしまった。

 残された私達は、はあ? というような顔で お互いを見つめ合った。

「2・3日か……よし。んじゃ、俺も行こ。メノウの事、よろしく」

と、カイトまで立ち上がった。私が慌てて「何処へ!?」と聞くと、

「人形売りに。売れたら金になるよ」

 とても さわやかに言って軽い足取りで行ってしまった。

「うちの男どもは……なんてマイペースなのかしら!?」

 マフィアが腰に手を当てて怒った。

 私には、別の気に なる事が あって。そっちに気を取られてしまった。

 セナ……バイトばっかり。このまま、どんどん離れて行ってしまったら……私、気に しすぎなのかな。どうなのかな? ……

「メノウ、ジュースもらってくる!」

と、メノウちゃんはコップを持って走り出した。

 私とマフィアだけが昼食の済んだテーブルに取り残されて。私は、ぼおっと食べ終わった皿を見つめていた。

「忘れてたけど。セナと前、一緒に居た女の人ね」

 マフィアが突然、話しかけてきた。

「へ? 何の事?」

「ほら。窓から見たでしょ。ブレスレット、もらう前……」


 ……ああ、あれか。私は思い出した。

 今、自分のしている手元を見る。セナにもらったブレスレット。

 仕事帰りで泥とホコリまみれの2人が楽しそうに笑っていたのを窓から見たっけ。それを見て すごぉく胸がムカムカしちゃって。

「それが何?」

 つい、思い出して眉をひそめてしまった。

「セナと同じバイトの子だったんですって」

 マフィアは そう言うけれど、それは とっくに予想が ついていた。だって格好が。汚れ方が そっくりだったんだもの。

 たぶん、あの日も たまたま帰り道が一緒だったとか、そんな所だと思う。

「セナ、皆にプレゼントしたじゃない? ブレスレットとか せんべいとか。あれ、どんな物がいいか選んでもらってたんですってよ。最初、勇気だけに買おうかと思ってたらしいけど、それじゃ皆に悪いかと思って……ですって」


 え?


「……私だけに?」

「そうよ。ケンカっぽいのしちゃったんだって?」

「え……あ、うん」

「その お詫びみたいね」


 思い出した。

 私が自分の気持ちに気が ついた時。


 セナにサヨナラを告げて走り去った、あの時。

 セナは何を思っただろうか。

 その後、レイを倒して。ハルカさんが復活して。私達は逃げて……セナはバイトだと言って、あんまり一緒に居なくなって……でも、あの日。ドア越しで謝ってくれた。悪いのは私の方なのに。

 勝手に落ち込んだり行動したりして、いつも悪いのは私の方なのに。

 いつもと同じ素振りで変わってはいない。セナはセナだ。

 出会った頃と同じ、優しさだ――。

「ふえ……」

 突然、涙が ぼろぼろと溢れ出した。マフィアが びっくりして私を見た。

「勇気?」

「マフィア……あのね……私……」


 マフィアに全部 話す事にした。

 セナとハルカさんの事も、洗いざらい。

 マフィアは黙って、聞き取りにくい私の言葉を聞いていた。



 せっかくだから、残された私達も働く事にした。

 とはいっても、宿の調理場。マフィアは料理の腕前がプロ級なので、宿屋の主人さんや雇われのコックさんと交じって炒めたり煮たり揚げたり盛り付けたり……と、忙しく補助をする。あまりに有能なので、すっかり任されている。で、私はといえば、料理の腕なんて たいした事ないわけで。

 そうねえ……作れるものといったら せいぜい目玉焼きくらいのレベル……とりあえず、才能も ないし器用でもないわけで。皿洗い全般を任される事と なった。

 ココの宿屋は結構デカいから、お客さんも大勢 居る。朝、昼、夜の食事タイムは もう、ものすごい忙しさ。おしゃべりなんてしてる間なんて もちろん なし。容赦なく運ばれてくる、客が食べ終わった皿、皿、皿の数の山。一皿5秒で磨きあげ、5秒で注ぎ洗い、横で皿拭きをしてくれるメノウちゃんへと渡していく。ハイ、ホイ、ホ! というタイミングだ。

 ドジな私はウッカリ手を滑らせて皿を割ってしまったー! という事も……シクシク。

 ああ、一体一枚いくら、バイト料から引かれるのかしら……もう考えないでおこう。


 気が張って、張りまくって、神経も体も もうクタクタ。仕事が終わって部屋へ戻った時、ベッドに そのまま突っ伏した。さん、にい、いちで夢の中へ……。

 マフィアもセナ達も まだ帰って来ていない。お先にサヨナラ……だ。ぐう。



 という日が3日続いた今日。

 ちょうど昼食の時間帯が過ぎ、お客がチラホラ帰り始めた頃。休憩をとり、お客に交じって昼食を とっていた。お腹は もうペコペコで、手は3日前と比べるとガサガサ。後で家から持ってきたハンドクリームでも つけとこっかな、と思っていたら。

 急に、隣の丸テーブルに着いていた中年男2人の会話が耳に飛び込んできた。

「おい。また、ピロタの泉をめぐってタルナとバリ民族の紛争だとよ。小規模だったらしいが、決着は ついてねえってさ」

と、昼にも関わらず酔っ払っている騎士の格好の男が言った。酒をあおり、顔を赤くしている。それは もう一人の中年男も同じ。もう一人の方は、大柄で白いヒゲを生やし、後ろで白髪を束ねている。これまた騎士の格好をしていた。2人とも、どうやら冒険家なのかな。

「バリ民族っていやあ……異民族の村だろ? 中には、ワマ民族の混血も居るらしいじゃねえか。あーやだやだ。野蛮なワマ民族の血なんて流れてるから、こうも争いが起こるんだ」

 受け答えた方は、そう言って おつまみを追加。すると もう一人の方が、今度は小声で言った。

「と言うよりよ。ラシーヌ国王様が しっかりしてねえからだよなあ。こうも争いが多くちゃ、気が滅入っちまうぜ」

「おいおい。こんな所で言うなよ、んな事。誰か他に聞こえたらどうする?」


 私が聞いていた。


 話を整理すると……ラシーヌ国に、タルナとバリっていう民族が居る。で、バリ民族の中にはワマっていう民族との混血の人も居て……とにかく、紛争が絶えないんだ。

(民族紛争か……ニュースとかで見た事あったっけ……)

と、ぼんやり考えていた。

 すると、ふいに後ろから肩を叩かれた。ドキッとして振り向くと、視界が真っ白になった。

 というのも、私の視界を何か白い物が塞いだからだった。

「あんた、悪いけど使い頼んでいいかい?」

 白い物とは、ただの封筒。ヒラヒラと私の目の前で持っているのは この宿の主人。少し意地悪そうな目でギロッと こっちを睨んで、私の返事を待つ。

「あ、はい。コレですか? 何処に?」

 やっと現状が飲み込めた私は、白い封筒を受け取った。

「ココから北東に、タルナ民族の村がある。村の南 端っこに白い一軒家が あるはずだ。風車が あるから すぐ わかるだろう。ミヤーリっていう女が住んでいるはずだ。そいつに それを届けてくれ」

 そう言って別の白い紙を渡す。紙には家までの地図が描かれていた。

「今から行けば夕方には帰って来れる。すぐ行って来てくれ、特別 手当てを つけといてやるから」



 タルナ民族の村は本当に すぐだった。方向音痴には前科が あった私は内心「また迷っちゃったら……」と心配していたが、なんと村までは一本道で。しかも親切に案内看板が。道標なんて一本道で必要あるんだろうかと思ったけれど。

 途中、人も行き交ってたし。念のため聞いてみたけれど、その人は ちゃんと親切に「あってますよ」と答えてくれた。

 やっぱり人が多いからだろうか。こんなに案内板とか徹底しているのは。

 そう思った。

 で、徒歩で約2時間後。噂にも聞いた、タルナ民族の村へ到着した。石垣の塀に囲まれた、村。港とは空気や雰囲気が全然 違う。穏やかでは あるけれど何処か物寂しさを感じた。

 石垣を超えてみると、まず一人の男が私に近づいて来た。

「変わった格好だな。村に何の用だ?」

 まだ20代半ばと いった感じの男。手に槍を持ち、茶色い布製の鎧。兵か騎士か。

「あの……コレを届けに」

と、私がスカートのポケットから出した白い封筒を見せると、男は すぐに それを ぶんどった。

「ちょっ……」と私が言う前にビリビリと封を開け、中身を確認する。10秒ほど経った後、男は中身を封筒の中に戻し私に返した。

「ミヤーリは あそこの風車がある家だ。用が済んだら、すぐ村を出ろよ」

 言うだけ言って、去ってしまった。

「一体 何なの あの人……」

と口を尖らせた後、教えられた家へ向かう。


 白く造られた風車はノンビリと回る。近づくと、麦畑が見えてきた。寂しげな風が吹く。周囲には誰も居ない。数羽の小鳥が、可愛らしく飛ぶだけ。

 白い煉瓦造りの家で、茶色い屋根。煙突からは、煙が立っている。木で できた扉をトントンと叩く。すると中から、パンの香りと共に一人の女性が出てきた。

 銀杏(いちょう)のような黄色で、長く後ろから肩に下げて編んだ三つ編みの髪。前髪は横に分け、くっきり細い眉が凛々しく たつ。まだ若い。白いブラウスに青のロングスカート。そして少し淡いブルーの瞳に映る私の顔。

「どなた?」

「あ、あの。私、リール港町の宿屋の主人から手紙を届けに来たんですけど……」

 ためらいがちに……手紙を渡した。一度 封を開けてしまっている手紙。中身は見てはいないけれど、見たと思って怒られたらどうしようかと思っていた。しかし この人は何も言わず、「ああ。シルボさんね」と手紙を受け取って家の中へ私を招き入れてくれた。

「入り口で兵に捕まったりしなかったかしら? シルボさんったら それが嫌で、いつも違う人を使いに よこすの」

 言いながら、温かいミルクをコップに入れて私に渡してくれた。こじんまりとしたテーブルの前の小さなイスに座り、ゆっくりとミルクを口に入れていく。

 ほどよい温かさが身に染みて、心が和んできた。

「あの人って……何なんですか? いきなり尋問されて手紙も あっという間に とられちゃって……」

 だいぶ落ち着いてきたので、聞いてみる事にした。

「そうね……あ、先に自己紹介、いいかしら。私はミヤーリといいまして、ココで一人で住んでいます。麦畑が あったでしょう? 風車で麦をひいて粉にして、その粉を届けているのがシルボさんの所。あと、幾つかの店にも届けています。この手紙は粉の注文書です」

 へえ〜。

 私は そうかと納得して ずっと話を聞いていた。ミヤーリさんは そこで話を切った後キッチンの方へと行き、鉄板を両手に戻ってきた。

 鉄板の上には、焼きたてのパンが何個か並んでいた。ふっくらと温かく、美味しそうな匂いが部屋中に広がっていく。皿を用意して、上に2個ほど丸いのと四角いのと。各種類のパンをのせて私の前に差し出した。

 もちろん、私は大喜びで頂く!

 匂いのおかげで お腹は正直にグウグウと答えてくれていた。

「ありがとうございます! 頂きますっ」

 ぱくっ。

 パンの温かさが口にも いっぱいに広がって……。

「おいしーい!」

と、思わず声に出してしまった。

 ミヤーリさんは、満足そうに私の顔を見ている。

 私ってば……パン食べてないで、自己紹介しなくちゃ、と思い出した。

「私は松波 勇気です。ちょっと訳ありで、世界中を連れと旅をしていまして。宿で皿洗いのバイトをしていたんです」

「まあ……旅を? それは大変ですわね。辛くなったりしませんか? 女の方なのに……」

「はは。まあ。ですけど、楽しい事も いっぱいなんですよ」

「素晴らしいですわね。世界中の色んな物を見て……うらやましいです。私も、この村から抜け出せたら……」

 視線を下へと落とした。私の前に座っているミヤーリさんの前には、湯気のたつミルクの入ったコップが置いてある。私達の間に沈黙が訪れたと思ったけれど、ミヤーリさんは意を決したように長く語りだしていった。……


「見たでしょう? 入り口の所で、兵を。村の入り口は全て、高台から監視されているんです。まだ この辺りの監視は厳重ではないのですけれど。


 ご存知でしょうか? タルナ民族とバリ民族と、戦闘態勢の最中(さなか)だという事を。


 今、この村の男達は皆、兵で徴収されました。きっと今頃、北に居るんでしょうね。私の父は兵で昔、戦争中に。母は病気で倒れてしまって、今年に亡くなりました。一人残された私は父の麦畑を守っているんです。


 私達タルナ民族は花や植物を育てるのが得意な、穏やかな民族なんです。ですけど、何十年か前からか北のバリ民族が攻め込んできて。私達が大切に育てあげた植物は皆、燃やされました……それ以来ずっと、睨み合い。


 私達 女子供は ただ家や身を守る事で精一杯」


 ミヤーリさんは……小窓から遠くに広がる麦畑を、悲しそうな表情で見つめた。


「この麦畑も いつか、燃やされて なくなってしまうかもしれない」


 私を見た。でも、ニコッと笑いかけた。

「一体、何のために私達の生活は奪われるのでしょうね……」


 私に言葉は浮かんでは来なかった。ミヤーリさんを見つめるばかりで、何も。

「すみません。こんな話……お客様が久しぶりでしたから つい」

と、頭を下げた。私は慌てて手を伸ばした。

「いえ。そんな! 頭なんて下げないで下さい……こちらこそ、焼きたてのパンを ごちそうになっちゃって。ありがとうございます。それに、タルナ民族の事も よく わかりましたし。戦争の事も……私、どうしても実感が湧かなくて。でも、ミヤーリさんの気持ちは ようく伝わってきましたから!」

 両の手を握りしめて、熱弁をふるった。ミヤーリさんの目の端に、キラッと光るものが。

「勇気さん……」


 その時だ。

 玄関のドアがノックされる音がして、話は中断された。


 ミヤーリさんはパタパタと駆け、そちらへ。私は奥まった部屋で、少し身をひそめがちに息さえ気遣った。

 チラと玄関の方を隠れ見える範囲で様子を窺っていると……。



 突然の訪問者は、さっき村の入り口で会った兵の男だった――




《第34話へ続く》





【あとがき】

 セナよバイトするな冒険しろと言われたらどないしましょ(汗。


※ブログ第33話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-90.html


 ありがとうございました。



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