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第32話(船上の襲撃)


 朝。地平線がスッキリ クッキリ見える、清々しい朝が やって来た。

 明日の今頃には、やっと次の大陸に到着する。民族紛争の激しいと言われる、ベルト大陸。

 気候は温暖らしい。比較的 少し寒かったマイ大陸だったので、ちょっと嬉しい事だわ。


「ふわ〜。おはよう、カイト。メノウちゃん……何やってんの?」


 客室から表へ出て船首の方へと行くと、私に呼ばれた2人は並んでいて。どうやら、準備 運動らしきものをやっていた。肩を回し、腕を回し……屈伸したりして。

「見ての通り。汗が気持ちいいぜー?」

「特に今日は、天気も いいしねえー」

と、張り切って体中を動かして、汗を光らせている。

「……頑張ってね」

 私は それだけ言うと中へ戻った。今日は たまたま違う通路を通って外へと出てきたんだけれど。もしや彼らは いつも ああ やって毎朝 規則正しく(かどうかは謎)ラジオ体操みたいに体を動かしていたのだろうか。

 ……まあ、深く考えないでおこう。


 私は食堂の方へ行った。すると蛍と紫が朝食を先に とっていた。私も その横に座って朝食をとる事に。

「いよいよ明日ね。あー、やっとかーって感じだわ」

と蛍が大きな あくびをした。紫は黙々と柔らかそうなパンと一緒にハムエッグを食べている。

 熱い牛乳をフーフーと息を吹きかけ冷ましながら、私は答えた。

「本当。でも、船旅で こんなに楽しかったのって初めて。色んな人が居て、色んな珍しい物を見てまわって……」

「どっかの誰かさんは何か買わされてたけどね」

 蛍が意地悪っぽく反応した。

 はいはい。私の事でしょ、どうせ。

 蛍を見ると、その手元で何か光った。それはセナが あげたブレスレットだった。

「綺麗ー。さっそく着けてるねえ」

 私に手元を指さされ、蛍は そのブレスレットを覗き込む。

「まあね。結構 綺麗だし丈夫そうだし。私、真っ黒だから たまにはね」

と、また すぐに食べかけのパンを取って食べ始める。

 蛍ってばさ……嬉しいんなら嬉しいって言いなよねー。ほんっと素直じゃあないんだからさ。

 私が呆れたまま隣を見ると、紫が蛍の方を見て二コリと口元を変えていた。

 紫が……また、笑っている?

 蛍は全く気が ついていない様子で食べている。

 私、何か信じられないものでも見ている気分だわ。貴重な場面を見てしまったのかも! あの寡黙の紫が笑う、なんて!

 何が あっても二コリなんて しない人なのに……今したのは、他愛も ない会話だったのに。


 そういえば……。

 さっきの蛍との会話。こうして落ち着いて考えてみると、最初の頃とは随分 変わったんじゃないか……? 蛍って、ご覧の通り ちょっと皮肉っぽい……小生意気な感じ。でも それは ただ、不器用だから素直に なれないってだけなんだ。それは よく わかっている。

 でも、でもでもでも。あんなにセナとは相性が悪そうだったのに、セナから もらった物を着けて、しかも私が綺麗だねって言っても そのまま受け入れて。いつも みたいに皮肉っぽく言わなかった。

 しかも、自分が真っ黒だ……なんて謙虚に まで。こんな事、今までには なかった。


 2人とも、変化しているんだ……!


 私は今すごく感動していた。目をキラキラと させていると、ギョッとして蛍が私から離れる仕草をした。

「な、何よ、その目。朝から、眩しいじゃない」

 私はニカッと口元の両端を吊り上げてみた。ますます気味 悪がる蛍。

「蛍と紫くん、変わったね! 何か、いい方向に!」

と、突然 私が言い出したので2人とも『はっ!?』と した顔に なった。

「そっちの方が全然いいや。ふふふ」

 蛍は しかめっ面で私を見る。

「まだ、寝ぼけてるのね、きっと」

 蛍は紫に そう言うと、再びパンに手をつけた。けれど私の笑いは止まらなかった。


 そして、朝食の後。

 ふいに、蛍のトイレ待ちで紫と2人に なった。すると珍しく紫が話しかけてきた。

「さっきの事ですけど」

「え……あ、はい?」

 虚を突かれて少し しどろもどろに なったけれど、少し落ち着く。

「変わったなと……自分でも驚いています。あなた達の おかげでしょう」

 静かに、壁を向いて言っている。

「そう……かしら?」

と曖昧な返事になったが、紫は それでいいようにコクリと頷いた。そして視線を壁の下方に落としながら、坦々と抑揚のない口調で語り出す。

「自分は、無感情なままで よいと、納得していました。主君を護るためには、余計な感情など切り捨てるべきだと。でも……不思議です。不思議と、笑いが こみ上げてくる……豊かになれる――それは きっと、蛍様も同じです」

「……」

「蛍様が昨日、仰っていました。『勇気の もとへ来てから、時間の感覚が なくなった』と……とても穏やかな表情でした」

「……そう」

 何だか信じられない。

 蛍の言葉も、今 目の前に突っ立っている人物の言う事も、と思った。

「本当に不思議です……どうか、蛍様の事を よろしく お願いします。こんな事を言うのは、とても変なのですが……」

 私は慌てて手を振った。

「ううん、変じゃないよ!」

 するとトイレから蛍が戻って来た。

「んもう! 先に戻っててって言ったでしょ! トイレの前で待たなくてもいいわよ!」

と、少し赤くなって怒った後、ズンズカと乱暴な足取りで先に行ってしまった。

「では……」

 紫は それを追う。

 また見ちゃった。微かに、紫が少し笑っていたのを。



 すっかり慣れた船の景色。賑やかな人達、風景。外の船首側の方では、船旅が最後に なる今日の日も変わらず商人達が小さく場所を個々 陣取って、小店を構えている。景気のよい顔で手を叩いたり辺りを見回したりしながら、元気のよさをアピールしているようだ。

「よう! そこのお嬢さん! コレ、一杯どお!? 安くしとくよ!」

 近くを通りかかる度、商人達が話しかけてくる。私は会釈したり愛想笑いを こぼしながら、立ち止まって捕まらないようにと歩を進めた。

 もう すっかり慣れたもんだい!

 いつもドリンクを飲んだり日向ぼっこをしたりしているオープンテラスに行くと、セナとマフィアとカイト、メノウちゃんが揃って くつろいでいた。私も中に入ってイスに腰かける。

 通りがかったボーイさんに、記憶によればオレンジジュースみたいな色と味だった飲み物を注文した。すぐに入れてきてくれて、種みたいなツブツブが入っている記憶されていた物と同じオレンジ色の液体の物が運ばれてきた。

 すごく、思っていたより甘かった。この種、食べても大丈夫なのかな〜と思って飲んでいると、セナの座っている向こう側のテーブルに目が とまった。

 ジプシー風の衣を身に纏った少し大柄な女性だった。何も注文せずに、考え込んでいるのか とても難しい顔をしている。頭から派手な紫色の、ベイズリー柄に似た布を被って覆われているため、正面からでないと顔は よく見えない。

 視線は はるか遠くの、海を見ているようだった。

 睨んでいるようにも見える。

「ねえ、セ……」

と、セナを呼ぼうとした時、腰の あたりを叩かれた。振り向くと、同じ目線で少年は いつもの笑顔を振りまいて こっちを見ていた。


「や。また会ったね」


「チ、チリンくん……!?」


 何度か行く先々で会っている、謎の少年チリン。いつもと変わりのない、オーバーオールを着てキャップを少し深めに被った子供だ。

 びっくりして目を見開いていると、可愛らしく首を傾げた。

「七神 捜しは順調? 難航?」

 そんな事を聞いてくる。

 答えに詰まっていると、横から様子を見ていたマフィアが口を出した。

「どっちでもない……かな」

 チリン少年はフウンと言って、私達 全員を見渡した。

 何なんだろうか!? 今日は!

「あと、光神と土神でしょ? 大丈夫、すぐ見つかるよ。近いうちに、あっちから やって来るだろうから」

と、訳の わからない事を言い出す。

 セナが我慢しきれずに問いかけた。

「何で お前に そんな事が分かる? 一体お前は何者だ?」

 セナだけじゃない。皆が同じ事を思っていたはずだ。

 私はチリンくんに、救世主で ある事や七神の事など、素性を一言も これまで説明した事は ない。ないはずだ。

 なのに知っている。何故だか知り尽くしている!

 変だ。さすがにノンキな私も、気味が悪くなってきていた。

「僕? 僕は ただの鈴売り。それより、“七神創話伝”は集めているかい?」

 話をすり替えた。

 セナも私も皆も、怪しげな目でチリン少年を。

“七神創話伝”の事まで言い出すなんて! 本当に この子は一体……。

「集めてる……わよ。一応……それが何か?」

 メモには、第ニ章までメモってあるはずだった。

「この船の商人に もっと聞きまわってごらんなよ。きっと知っている人が居るよ。大丈夫、君は救世主なんだから」

 ふふふ。

 そう笑ってスキップしながら去って行った。

 私達は唖然とするばかり。言いたい事だけ好きに言われて去られてしまって、ポカンと開いた口が塞がらなかった。

 不思議で奇妙な感覚が抜けず、皆は口々に思った事を言った。

「何なんだアイツ……いっつも気に かかるような事 言ってサッサと去りやがって……」

「勇気の知り合い?」

「ううん。全然。今みたいな感じで いきなり現れて何度か会っただけで……」

「あっちは こっちをよく知っているみたいな口ぶりだな。どっかで もっと会ってるんじゃない?」

とカイトに言われても。私には わからない。

「預言者みたいね……」

とマフィアがボソリと言ったすぐ後だった。



 ガタン!



 テーブルをひっくり返す大きな音で皆、振り返った。

 見ると、先ほど私が見ていたジプシー風の お姉さんが勢いよく立ち上がった拍子にテーブルを倒し、イスまで驚いたように倒れ転んでいた。

 そんな激しく立ち上がり、皆の注目を一身に浴びた後。お姉さんは両手を震わせ叫び始めた。


「……来る! 奴が来る! 不吉な魔物、不吉な影!」


 賑やかだった場は賑やかでは なくなった。言葉を暗示するかのように、急に辺りが暗くなり始めていった。

 空には黒い雲が集まり出し、雨や嵐を予感させていく。

 雰囲気は、あっという間に暗転と化していた。

「来るって……?」

 しばらく皆がジッと場を動かなかった。カイトが言葉を漏らした時には、海の波のうねりが大きくなってきたからか、船全体の揺れも大きくなっていった。

 海の色も暗さのせいで黒く見える。メノウちゃんは船体の手すりの方へと近寄って、様子を見に行った。そして落ちないようにと組まれた手すりと手すりの隙間から水面を見下ろしていた後、何事かを叫び出した。


「何か、居るよ!」


 声を聞いた人は全員、え!? とメノウちゃんを、そして手すりの そばまで人が集まり出していった。

 船は大きく揺れる。気持ちが悪くなってきそう。


 セナも私も、横に並んで手すり越しに水面を見下ろした。

 暗い色彩の水面に、とても大きな影が映っているではないか。

 何かが居るのが明らか!

「こいつは……深海魚だ!」

と、ポンと軽く手を打った。

 ノンキそうに。

「深海魚お?」

 私は片方の眉を上げて『何だそりゃ』という顔をした。

「そういや、聞いた事ある。年に一度、海の底の深くから水面へ上がり、空気を吸い込む魔物」

「は? 空気?」

 セナとは反対側の、私の隣に居たカイトが言った事にも疑問を投げかける。

「普段はエラ呼吸だけど、年に一度 肺呼吸しに上がってくるんだ」

「はあ……」

 コレが それだと? まだ影だけで姿を見てないんだけれど。

「年に一度だからな。結構、見ごたえがある」

 セナが またノンキそうに。2人とも、落ち着いていた。

 何だ、そんなに大事でも ないんだろうか。だったらいいんだけれど。

「へええ〜」

 私も次第に落ち着いていった。周囲は まだ騒がしく、船員さん達が忙しく、慌てて走り回ったりしている。パニックに近かった。


 すると。


 ザッパ〜ンッ!


 水面が突如 盛り上がり、中から やっと姿を現した。全長 何十メートルあるのか わからない巨大な丸々とした胴体で、首が太く長く。全身に並んだ明るい赤と黄の交じった派手なウロコを水しぶきと共に光らせ、エラと思われる箇所だけは青色で。白い細かめな仙人のようなヒゲを顔の部分 部分から絹のように滑らかに垂らしていた。魚というよりは、恐竜とでも言った方が近いかもしれない。

 異様に大きい両目を持ち、その目でギロッと船を見下ろしていた。

 船上の誰も かれもがギクリとして背中を強張らせる。

「は、はいこきゅう するだけ なななら、ががが害は ないわよ……ね??」

 私も目に圧倒されつつ、口をアワアワさせながら両隣に居るセナとカイトに確認をとった。とってみた。

 そうしたら、セナが言う。


「……は? んなわけねえじゃん。だいたい こういう魔物とか魚って、身を護るために人間くらい平気で襲ってくるだろ」

「そうだよな。人間と魔物って そんなに仲良くは なれないし」


 カイトも話にのってみた。


「ちょっとおおお!」


 私は青ざめた。

 同時に周囲の叫び声がクライマックスになった。「どっしゃああああ〜っ!」

 皆、船員も客も私も顔面蒼白だ。

 ノンキなのはセナとカイトの2人だけ。


 しかも、その深海魚とやらは鋭く両の目をシュキーンと光らせて、なんと船体に体当たりし出したじゃあないかあ!


 ドカン!


「うわあああ!」

「ひえええええ!」


 またドカカン!


「いやああああああッ〜!」


 絶叫の嵐だ。船は揺れる、体当たりする度に直下型地震みたいに衝撃が体に伝わる!

 皆、そばに ある物に何とか掴まるだけで精一杯。柱や壁に しがみつき、イスやテーブル、パラソルや旅行カバンといった持ち物など、全てが暴れまくり飛びまくり、滅茶苦茶だった。

 私は反応が鈍くモロに衝撃を受けてしまって体のバランスを失い転がる所をセナが腕を掴んでくれて助かった。セナは手すりに しっかりと掴まって安定していたので、動じてない。

「あ、ありがとお……」

と、目を回しながら お礼を言うと、またガクン! っと船が傾く。

「きゃああああ!」

「カイトぉ、セナ! あんたら、何とかしなさいッ!」

 マフィアが柱に しがみついて叫んだ。

 呼ばれたカイトは、メノウちゃんを支えながら柱に しがみついていた。

「あいよぉ!」

 何で そんなノンキなんだと怒ってやりたかったが、私は ただセナの掴んでくれる手を信じているだけだ。

 離されたら私は何処まで転がってしまうんだろうか!?


「“家鴨(あひる)”!」


 カイトの通りのよい声が響き渡った。カイトは目を閉じて呪文を唱えた。片手は柱に くっつくようにしがみついて、もう片手はメノウちゃんの手を掴んでいて両手は使えない。

 カイトの額から、儚い光が現れた。

 やがて光は集まり固まって、上昇していく。

 手にも届かず、ずっと ずっと空へと光は昇り、そして……。


 弾けた。


 パアン!


 頂点で粉々になった光の粉は広がり散らばって……ゆっくりと下降しながら、ドームを作るように落ちていった。そうやって、バリアーの形を作っていったのだ。

 船体を包む、光のバリアーへと。

 そして さらに、包まれた船が重さ関係なく浮かび出した。

「わああ〜……」

 驚いた。船が空中に浮かぶなんて!

 水面スレスレにピタリと止まったみたいだった。

 乱暴な揺れも治まり、周囲から歓声が沸き起こった。しかし、今度は逆に、カイトが辛そうな顔をし始める。

「こんな重い船、長く持たねえええ! セナ、マフィア、早くー!」

 苦しそうに、汗いっぱいに なって叫んだ。

「わかった! ……ん?」

 マフィアが素早く返事をしたものの、深海魚を再び見てギョッとした。

 深海魚の大きく開けた口から、小さな小さな子分みたいなミニミニ深海魚が多数現れ、彼らは真っ直ぐにバリアーに包まれた船をめがけて攻撃を繰り返した。体当たり ばっかりだ。

「うげえっ! く、くそお! もたねえ……!」

 カイトが苦しそうな声を上げる。続き止まない振動に翻弄されている。

「セナ! 力を貸して! 2人で併用 魔法の攻撃したら、たぶん……」

とマフィアがセナに呼びかける。セナは「ああ。そうだな」と言って体勢を整えた。

「っつーと……何魔法だ?」

 ハタと、セナがマフィアに聞いた。

「コレよ。“木の葉の舞”じゃなく……“木の葉もどきの舞”」

と、足元に落ちていた一冊の本を拾い上げ、ページの何枚かを引きちぎった。

「なるほど」

 セナはニッと笑う。

「早くー!」

 カイトが叫ぶ。




「一体、何の騒ぎよ……タタタ」

と、何とか立ち上がる蛍。船室に向かう途中の通路を歩いていた時、急に船が立て続けに2度3度と揺れ、蛍と紫は壁に激突する形で転がった。起き上がってみると、廊下の向こうには同じく揺れで壁に激突した母子が倒れていた。

「ちょっと、大丈夫?」

と、蛍が すぐ駆け寄り様子を見た。抱き起こしてやると母親は蛍に子供の様子を尋ねた。

「私より子供を……子供は無事ですか?」

 どうやら頭を打ったらしい。意識が朦朧(もうろう)としていて、焦点が定まらない調子で蛍を見た。

「少し背中を打ったようですが、大丈夫です。折れてません。今は気絶しています」

 少し離れた所で紫が教えた。紫の手の中で女の子が一人、気絶し倒れていた。

「そう、よかった……」

 母親は そう言って安心した。

「とにかく、部屋は何処? 送るから」

と、蛍は紫に頼み、母親と子供を担いでもらった。

「後で外の様子を見に行ってみましょう」

「そうね。たぶん勇気達が居るし……」

と、母子を客室へ送った後、2人並んで廊下の来た道を戻っていた。


 すると、目の前にスッと いきなり人影が現れる。

 2人はギョッとして、立ちはだかった人物を見た。

「紫苑……!」

 厳粛な僧の格好。鋭く厳しさを秘めた沈黙の瞳。かつての仲間。

 育て親でもあった。

 腕の未熟な蛍を鍛え、技を教えた。紫を作る際、協力をしてくれた。

 2人の親であり師でもある男……法眼師、紫苑。


「お前達を迎えにきた」


 紫苑は そう言った。

「何故……? 今頃!?」

 蛍は顔を曇らせ力なく答えた。

「ハルカ殿の命令だ。レイ殿も待っておられる」

 紫苑の低い声に、ピクリと反応する。「レイ様も……?」

 心が傾く。紫苑から視線を逸らすと、小窓から外が見えた。外では勇気達が深海魚との戦いに夢中だった。

 船体が大きく揺れる。

 壁を支えにしたりしながら、必死に なって考える。

(ダメ……紫苑が相手じゃ、皆に勝ち目は……)

 下一点、床を見た。口唇を噛み締め、己の運命を激しく呪った。紫は何も言わない。黙ったままだった。

「……いいわ、行く。サッサと連れてって」

 顔を上げず、紫苑の方へ歩み寄る。全てを諦めたかのように、身を運命に任せる事にした。紫も後に続き、やがて3人は音も なく消えた。




 セナの手に精霊が集まる。意識を集中させる。

 やがてマフィアが粉々に引き裂いた紙をバッ! っと思い切りよく全て放り投げた。そして紙片の一つ一つ、(あやつ)りを試みる。

「行くぞ!」

「ええ!」


「“木の葉(もどき)の舞”!」


 紙片は鋭い剃刀(かみそり)となり、風の軌道に沿って螺旋(らせん)状に散り、スパスパと小型の深海魚達を斬り刻んでいった。

 その勢いの凄まじさは、思わず息を呑む。

「キイイエエエイッ!」

「ピイイイイッ!」

 甲高い断末魔の叫びも風の音に かき散らされた。息も できないほどの風の圧力の後、私が目を恐る恐る開けると、ミニミニ深海魚達は粉々に なって海の中へ落ちて消えていった。

 残された巨大深海魚は皮膚がボロボロになり、「キイイイ……」と弱々しい声を残し、水中へ潜っていったっきり、もう2度と浮上しては来なかった。

「ふいいい〜」

と、カイトが力を抜くと、船はバリアーを失ってドボン! と……落ちた。

「わああっ! そうっと下ろせ!」

 セナが叫んだ。勢いよく水面に船体が打ちつけられたせいで、左右の波が高く跳ね上がり、津波に よく似た波が起きる。

 叫ぶ事すら できないセナ以外の私達全員。客も転がり、私も自由に転んで、元居た場所から数メートル先まで行って やっと止まってくれた。


 しばらく、頭の上で回転しながら追いかけっこをしているヒヨコ数匹……。ピヨピヨ。

 視界がグルグル面白く回って、再起するまで時間が かかった。


 私が やっとこさ正気に戻ると、すでに他の一般人は「バンザーイ!」と、両手を振り上げたり手を隣人同士で叩きあったりして喜び大笑いをしていた。

「あんたら、よくやってくれた! 一時は どうなるかと思ったわい」

と恰幅のよい商人の おじさんが褒めてくれた、セナ達を。

 それを機に、次々と お礼を言う人々がセナ達の前に殺到した。

 場は大騒ぎになって収拾が つかなくなりそうだった。

 ……




 蛍と紫が行方不明だと知ったのは、騒ぎが収まり夜が深まってからだった。



《第33話へ続く》





【あとがき】

 チリン少年の前髪は大きな『巻き毛』なんですが。


 おいしそう。


※ブログ第32話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-88.html


 ありがとうございました。



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