表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/61

第31話(復活の女神[ハルカ])


「やあ。また会えたね」


 黒髪をサラサラと させニッコリとカッコよく笑う、キースの街医者。ハウス先生。

 その横には、紅い髪を以前と同じくポニーテールに している女医、ミゼー先生。

 ミゼー先生は黙々とイスに座って繕いものをしていた。

 私が寝ていたベッドから起きてボケっとしていると、ハウス先生はポンポンと私の肩を叩いた。

「大丈夫かい? ココは僕の診療所だよ。君は気を失って、セナ君達が運んできてくれたんだ」

 キースの街の診療所……? ああ そうか私……一人でレイの所に のりこんで……紫苑が助けてくれたんだっけ。私達、3人を……。

 大丈夫。記憶は完璧に戻ったぞ。

「まあ いいか。じゃ、僕は仕事に戻るよ。セナ君達なら、たぶん向かいの飯店で お昼をとっていると思う。お腹すいてるかい?」

「あ……いいえ」

「そう。まあ、何か あったらミゼー先生に言ってくれ。ミゼー先生、よろしく」

 呼ばれたミゼー先生は、繕い物をしていた手を止めて顔を上げて私達を見る。

「わかったわ」

「じゃ、ゆっくり休養を」

 バタン。

 部屋に、私とミゼー先生を残してハウス先生はドアを閉めて去った。

 シーンと静まりかえった病室。ミゼー先生はチクチク縫い物をしているし、邪魔できない。

 参ったなあ……と考えている時。

 プツン、と糸を切って縫っていた物を広げたミゼー先生。よく見ると、それは私の制服だった。

 ボロボロだったはずが、元通りに なっている。

「こんなものでいいかしら」

「へっ……あ、え、あ、は、はい! って、わざわざ直してくれたんですか!? ソレ!」

 つい背筋を伸ばして聞いてしまうと、ミゼー先生は首を傾げた。

 そして表情を変えずに「余計だったかしら?」と言ったのが ちょっと怖かった。

「い、いえいえっ! そんなめっそうもないっ」

 慌てて首を振り、手を振った。

 ミゼー先生が家庭的だったのが意外で、ちょっとびっくりしてしまったので あります、ハイ!

 だって。いつもはムスッと……いや、フン、って感じかな。とにかく そんなピリピリした雰囲気の人だったからさ。あんなにもボロボロの服を直してくれただなんて。

 修繕された制服を受け取って表、裏、前、後ろと返して見てみる。

 ……すごい。繋いだ跡が見えない。完璧だ。

 素晴らしいわと しか言いようが ない。なんて器用!

 いやあ、こいつは感動でっせ。

「裁縫……ベリうまですね……ぶったまげちゃいました」

「馬? 豚が何ですって? 動物と何かあったの?」


 ……心に木枯らしが吹いた。ヒュルルルル。


「……じゃ、なくて。ええと……裁縫、上手ですねって……」

「そう。ありがとう」

と、素っ気なく言った後。足元の紙袋から また別の繕い物を取り出した。トントンと肩を片方ずつ叩きながら、フウと息をついた。

「あと、あなたのスカートが まだね。それから彼らの服も。もう少し待っててもらえるかしら。今日中に終わらせるから」

 何と。

 それぐらい してあげて当然みたいな口振りのミゼー先生。

 私は申し訳ない気持ちで いっぱいだった。ポリポリと、頭を掻くしかない。

「す、すみません。お仕事の邪魔しちゃって……」

 ミゼー先生、初めて微かに笑った。しかしフッ、と少し笑う程度。

「仕事はハウス先生が全部やってくれているから。私は あなた達の お世話を頼まれているのよ。だから気にしないで。それより、お腹が すいたでしょう」

「あ、はあ……」

 ちょうどいいタイミングで、お腹がグウと鳴った。

「服は そこに置いてあるのを着てもらえる? 私のだから少し大きいのだけれど……」

 目線の先を見ると、ベッドに放りだしてある私の足の そばに きれいに たたまれていたワンピースが。

 私は それを着て、診療所の前の飯店へ向かった。



 シンプルなデザインの水色のワンピース。丈は長くて、大人っぽい。ノースリーブでハイネック。マフィアに でも なった気分だったけれど……。

 所詮、私が着ても やはり お子チャマで ある。

 大人っぽいのは服で あって私では ない。

 それに しても……こっちの世界の服は。布の感触が、私の居た世界の物とは違う。ゴムみたいに伸びるし、手触りは紙の質感に近いんじゃないだろうか。一体 何の素材を使っているのだろう。


 飯店に入ると、すぐにセナ達を見つけた。奥の隅っこの方で、大きい丸テーブルを囲んでいる。ちょうど蛍とカイトの間が空席だったので、私は そこに腰かけた。

「ソレ、ミゼー先生の服?」

と、隣のカイトが聞いてきたので「うん。よく わかったね」と言い返すと、クンクン匂いを嗅ぎながら。

「やっぱりね。ミゼー先生の匂いが する」

と言った。

「お前は犬かい」

と、カイトの隣に居たセナがカイトの頭にチョップした。

「お姉さん、追加っ!」

 頭を押さえながらエプロンを身に着けていた店員の人に向けて挙手するカイト。追加 注文をとって少し落ち着いた後、セナが話を切り出した。


「……で。全員揃った所で。現在の状況と、これからの事だけど」


「……」


 はあ……さっそく その話ね。ま、仕方ないんだけれど。


「ハルカが復活した」


 目の前の食べ終わった皿を見ながら、一つずつ確認していく。

「レイも……生きていたし、きっと復活するだろう。で……レイとハルカは、たぶん……」

「手を組むだろうね。恐らく」


 手を組む……。

 私も そう思う。

 レイは別に そのつもりなくともハルカさんはレイを支持するに違いない。夢の中で『レイのやる事に邪魔は しない』なんちゅう事を堂々と言っていた。世界の破滅だろうが たとえ切腹だろうが、ハルカさんに とってレイは絶対の存在。絶対神だ。レイが青龍を召喚しようとするなら、快く手を貸すんだろう。

 カイトの指摘に皆が頷いた後、カイトは指を2本立ててみせた。

「これで敵が2人に なった……はっきり言って厄介だ」

 目線は皿から離さない。ずっと下を見つめたままだった。私は段々と緊張してくる。

「彼女……ハルカだっけ。見ただろ、あの技」

 カイトが思い出した事を口にした時、私はハッと気が ついて声に出す。

「あの技……何? どうしてハルカさんが あんな技 使えたの!?」


 私達3人は確かに目撃した。首の飾りが赤々と光り出し、同時に“火焔”なんていう技を使った事を。普通の人間には決して できない。

 普通の人間には……。


「まさか……七神の一人……?」

「炎神か」

「すごい偶然」

「ちょっと。まずいんじゃないの、ソレって」


 口々に言い合った後、蛍の一言でピタリと空気が止まった。

「七神のうち、 2 人 が敵に なるんでしょ、勇気」


 そうだった。

 レイ=闇神と、ハルカ=炎神が あちら側に なる以上、どう頑張っても こっちには5人しか揃わないという事。

「ハルカさんが炎神だっていうの……間違いじゃない? 何かの……」

と私が反論してみても、賛同してくれる人は一人も居なかった。

「確信できるよ。七神アイテム、“七神鏡”だって持ってたんだから」


 七神鏡……首の飾りの事ね。そうだ……確かに、アレが反応していたのを私も見たんだ。セナの指輪やマフィアのペンダントみたいに。七神で ある事の証だ。


 シーン。


 沈黙は店員さんが、注文した料理を運んできてくれるまで続いた。


「俺……先に帰ってる。どうせ診療所に泊まるんだよな?」

と、セナが立ち上がった。私が うん、と頷くと「じゃ、先に寝る。これからの事、考えておいてくれ」と。まるで捨てゼリフのように言った。そしてスタスタと早足で店を出て行ってしまった。

「セナ……勝手に行動した私を怒っているのかな……?」

 ふいに思った事を口に出した。カイトが首を振る。

「いや、違うだろ。あの様子じゃ。別に放っといていいんじゃない?」

と ノンキに答えて。運ばれてきた料理の唐揚げをヒョイと口の中に放り込んだ。

「ま、勇気。今度から気をつけなよ。今回 皆 無事で よかったけど。次は、こうは いかないかもしれない。自分勝手な行動は絶対に控えろよ」

 厳しくカイトに注意された。当然と いえば当然の事なのだから、これ以上に落ち込む事は なかった。でもセナが一体今、何を考えているんだろうと思うと……辛くなった。

 ハルカさんの事を考えてるんじゃないかって……。

「とりあえずマフィアとメノウのトコに行くか。……いや、こっちに来てもらおう。手紙 出しゃ、5日も あれば合流できんだろ。で……問題は そっからだけど」

「もう一度、レイ様の所へ のりこむ気?」

「うーんと……でもセナが あんな調子じゃあなぁ……」

 頭をポリポリと掻いて私の顔を見た。私の意見を求めているらしい。

「確か東の……ベルト大陸って。3分の1が壊滅したって話だったわよね。私とりあえず、様子を見てきたいんだけど。気に なるしさ」

 ポツポツと言った私の意見に、皆は「んじゃ、そうしよう」と賛成した。




 手紙を出して、5日後。夕方頃、マフィアとメノウちゃんは診療所へ到着した。夕食を一緒に食べた後、私が全然 元気が ないのを心配して、私を散歩に誘ったマフィア。

 いつもの優しいマフィアだった。

「セナは どうしたの? 姿が見えないようだけど」

 薄暗くなりつつある街並を2人で並んで歩く。立ち並ぶ店々は どんどん閉まっていく。

「バイトしてるらしいの。どっかの工事の……朝早くから夜遅くまでだから、全然会えないの」

「そう。ケガしてたんでしょ。安静に でも してればねえ」

「うん……」

 時化(しけ)た会話だな、と思った。後が続かないから。私、あんまり話す気力が なかった。マフィアも、相当 沈んでいる私を見て、黙っていたけれど やっぱり話し出した。

「バイトったって、出発まで でしょ。すぐ会えるわよ。それより私、今すごく安心してるのよ。勇気が無事で。皆も。何度も思ったわ。ああ やっぱり私も行くべきだった……って」

「うん……私のせいで迷惑かけて、ごめんなさい」

「もう いいわよ。結果よければ。それにしても すごいわよ。レイをやっつけたんでしょ? 勇気が!」

「レイは まだ生きているだろうけど……ね」

「でも すごいわよ! 一矢を報いるって、こういうのを言うのよ!」

 マフィアは必死に私を元気づけようとしている。でも、わかってても。頭の中はセナ、セナ、セナの事ばかり。突然のバイトも、セナは私を避けているんじゃないかと思えるもの。

 セナはハルカさんの事が好きなのかもしれない――その不安が、私を落ち込ませる。セナは どうして私に何も言っては くれないの? 一体、何を考えているの?

 本音が……いつか聞かせてくれたように、セナの本音が知りたい。

「七神も一人 見つかった事だし。あと2人。きっと すぐに見つかるわよ」

「うん……」

 頼りなく笑う私。するとマフィアが いきなりバーン! と私の背中を叩いた。

「しっかり しなさいって! せっかく助かった命、大事にしなきゃあ!」

とニコニコ笑う。

「うん……! そうね!」

 私も つい つられて元気を取り戻した。

 これから旅の再開。気分転換に いいかも しれない。新たなスタートが切り開かれるんだもの……でも、きっと……もっと もっと、今より厳しい旅に なるのだろうけれど。

「あ、そうそう。実はね、ホラ!」

 マフィアが ずっと手に持っていた、白い封筒を私に見せた。

「マザー宛に手紙 書いたのよ! 勇気達が留守の間にね。今から出そうと思って。いいアイディアでしょ?」

と言ってニッコリ微笑んだ。私もニコッと笑って「そうだね! それっていいかも!」と頷く。

 マフィアの おかげで元気 出た私。夕日が赤々と私達を照らし、黒い影が長く真っ直ぐ伸びていた。夕日の赤を見つめる時、胸の苦しさも あった。炎の赤……触れてもいないのに、熱い。




 さくらが食事の用意を持ってハルカの元へ行った。何の飾り気も なく寒々とした部屋にポツンと置かれた白いベッドの上。そこに、レイが寝ている。

 明かりは燭台一つだけで、ベッドの そばでハルカとレイの顔を照らしている。ハルカは静かにレイの寝顔を見つめ、レイの片手を上から重ねて握り、祈るようにベッドの そばに座り込んでいた。

 その光景を見て さくらは少し話しかけるのを戸惑ったが、持っていた お盆を床に そっと置いて落ち着いて話しかけた。

「レイ様の お加減は……?」

 ハルカは振り向きもせず答える。

「だいぶいい。背中の傷も すっかり治っている。さすが……四師衆だ。レイが造っただけ、あるな」

「そうですか……」

 さくらは内心、チクリと胸が痛んだ。自分はレイの使い、下の者。従者であって、それ以上は ないという事を。今改めて認識したような気分に なったからだった。

 レイはハルカを愛している。それは、そばで ずっとレイの事を見てきているから知っている。そして、ハルカもレイを愛している……ただ ひたすらに、愛している。

 この2人の間に、入り込む余地など ない。それは わかっている。わかっているから……痛むのだ。

「皆をココに集めてくれるか」

 そんな さくらの心情を気にする事も なく、ハルカは さくらに そう命令した。

「わかりました。ハルカ様」

 そして、ただ黙って命令を受け取る さくら。

 さくらが下がった後、ハルカはレイの手を そっと頭に当てる。

「レイ……あなたが目覚めた時。それまでに、必ず四神鏡を集めてみせるわ。それまで……ゆっくり休んでね……お休みなさい」

 手の甲に口づけた。

 数分後、さくらが鶲と紫苑を連れて再び部屋へ来た。

「紫苑と いったか。レイの治癒に ついては礼を言う。だが……奴らを逃がした事に ついて、どう思っているのだ?」

と、ハルカが紫苑に まず詰め寄った。奴らとは、もちろん勇気達の事で ある。

「救世主を殺しては ならない」

「何だと?」

「その理由は……レイ殿に直接お聞きになるがいい」

 紫苑は目を伏せたまま、抑揚の ない声で そう言った。

「……まあ、いい。それより、レイが目覚める前に、レイが集めていた四神鏡とやらを集めたいのだが。協力を願う」

と、さくらと鶲の方を向いて言う。

「わかりました」

「ま、はなから そのつもりだけどね」

 2人とも同意する。紫苑は口を固く閉ざし、一人 沈黙の空気を作りだして寡黙なままで手を合わせていた。

「一人 一つの村か街を襲ってもらう。片っ端から調べるんだ!」

 そう張り切って声を荒げるハルカに、鶲が両手を天秤のように上げ広げ釘を刺した。

「でも邪尾刀は一本しか ないんだよ? 他の奴らは一人 一人調べてけって? 嫌だね、面倒臭い。刀一本で世界中の人間が斬れると思ってんの?」

 さあ どうするんだと言わんばかりに、ハルカを凝視する。しかしハルカは少し考えた後ニヤリと こっちを見た。

「確かに、骨の折れる作業だが……一つ、方法が ある」

 まるで悪戯(いたずら)っ子のように笑った。



 作戦会議が終わり、廊下を歩き出す鶲と さくらと紫苑。

「レイが王に なるんなら、ハルカは さしずめ女王か……いや、女神って方がピッタリかもね」

と、一人で話している鶲。大あくびをしながら かったるそうに歩いていた。

「でも……あんな事、私、考えつきませんでしたわ。レイ様は気がついておいでだったのかしら……?」

 下の冷たい薄青の床に映る自分の顔を見ながら さくらが聞くと、

「さあね。レイの事だから考えては いたかもね。でも…… あ い つ の今の体力で、できると思う?」

 鶲は つまらなそうに首を軽く回した。

「……そうね。そういう事かしら」

「たぶんね。レイは甘いから」

 そんな2人の会話を後ろで黙って聞いている紫苑の方へ振り向き、

「この作戦は僕より おたくの方が適任じゃないの?」

と鶲が眠そうに言うと、紫苑は視線を下に落とす。相変わらず寡黙に。




 出発を明日に控え、私は荷物を再チェック。ひとしきり確認し終えた後、さあ寝ようかなと布団に入ろうとした時。部屋の外の廊下に続く階段の方で、誰かが上がって来る足音が聞こえた。

 私は直感で わかった……セナだ。

 バイトから帰って来たんだ。こんな夜遅くまで……朝早くから今まで。

 そういえばココ数日。まともに顔をあわせていない。避けられているのか、たまたまなのか……わからないけれど。

 会いたい……顔が見たい。


 そう思ってドアの方へ。そしてドアのノブを掴もうとして、ためらう。

 トントン……と、近づいて来る足音。でも何故だか、手も足も それ以上前に出す事が できない。

 ドアが……開けられない。

 しばらく その場に立ち尽くす。

 足音は やがて近づき、ドア一枚の向こうの廊下を歩き去る。

 行ってしまう……行ってしまうのに!

 胸が苦しくて張り裂けそうだった。

「うっ……」

 涙が こみ上げた。

 後ろでマフィアと蛍が寝てるのなんて おかまいなしで。私は一人、小さく泣いた。

 ……たった、たった一枚のドアなのに。こんなに距離を遠いと感じるなんて。

 セナに会うのを怖いと思うなんて。

 避けていたのは、私の方なの?

 いつまで こんな状態、続くっていうの……?


 辛い気持ちが溢れ出してきて後押し していた。その時だ。


「勇気?」


と……小さな声がした。


 えっ? として声の した方を見る。声はドアの外から。

「勇気、そこに居るんだろ? 出て来い」

 声の主は確かにセナの声だ。ドアを挟んで向こうに居る。そして私を呼んでいる。

 びっくりして一瞬、固まってしまったけれど。やがてドアを開けて目の前に立ちはだかる人物を見た。赤いトレーナーにジーンズのような生地のズボン。だけど あちこち泥や砂で汚れている。そりゃそうだ。バイトから帰ってきたばかりなんだから。

「お風呂、入らないの? 好きな時 使いなさいってハウス先生が言ってたし、入ってきたら?」

と、心なしか目線を逸らして言うと、セナは「そうだな」と言って頷いた。

「とりあえず聞いておこうと思って。出発、明日だってな?」

 セナが そう言って私の顔を見る。私は少し首を傾げて「そうだけど?」と聞くと、

「出発、昼に なんねえか?」

と聞き返してきた。

「へ……いいけど、何で?」

「バイト。本当は今日まで だったんだけど、明日も朝だけ来てくれないかって頼まれてさ。まあ いいかと思って。あそこ、すごく給料が いいからなぁ……明日 行けば、時給プラスαだぜ? オイシイと思わね?」

 私は はあ? という顔をして、深あーく ため息をついた。

「そうね。確かにオイシイ話だけど……セナ、張り切ってるね。何か、楽しそ」

「まーな。何か、久しぶりにノンビリしたからさ。だいぶ落ち着いてきた」

「そう。よかったねー。動きまくってるけど、ケガは大丈夫?」

「おう。全然 平気。でもまあ、しんどい事は しんどいけどな。バイト先の人達、優しいけど仕事には厳しくて。俺は何度 夜に枕を濡らした事か……くうぅ」

 大げさに目頭を押さえた。

「お、何だ その顔は」

 私が“へっ”という顔をしたのを見て、私の ほっぺたを つまみ上げた。

「いたひぃ……」

と、“痛い”を主張する。

「変な顔。親方に見せたい」

 クックックッと含み笑いを漏らす。私はセナの手を はねのけ、しかめっ面をしながら思い切り足を踏んづけて やった。「痛ってええ!」と言いながらピョンピョン跳ねている。

「明日もバイト行くんなら、早く寝なよ! じゃあね!」

と、バタン!

 夜中だが構わずドアを激しく閉めた。

 全く……と。閉めたドアに もたれて一息つくと、ドアの向こうで まだセナの気配が していた。


 トン。


 軽く、ドアに手でも当てたような音がした。セナが まだ、そこに居る。

「ごめん……」

 そう聞こえた。

 気配が消える。

(『ごめん』……?)

 私がドアを開け隙間から外を見てみたが、もう誰も居なかった。

 誰も居なくなった廊下が そこに ある。

(前に口論しちゃった時の事かな……? 謝らなきゃいけないのは私の方なのに。“さよなら”なんて言っちゃったし……)

 隙間風が何処からか通り抜けた。私は音も なくドアを閉めた。




 次の日の昼。ハウス先生とミゼー先生と。私達は同じ場所で待機していた。旅に必要と思われる物は全部 揃えたし、昼食も とった。ところが、いつまで経ってもセナが帰って来ないのだった。

(様子、見てこようかな……)

 部屋の窓から外を見ていた。ずっと ぼおっと、流れゆく人波を見下ろしていた。すると、見覚えのある背格好の人物が――セナだ。

「あ、やっと帰って来た!」

と声を上げると、皆 私の方を振り返った。

「ったくもう。待ちくたびれたわよ」

 マフィアが そう言って私の横から身を乗り出す。

「ん……?」

 奇妙な事に気が ついたのは、私も同じ。なんとセナの横には女の人が!

 泥とホコリまみれの2人は、街中で目立っている。女の人というのは、髪型はショートヘアで、細い体だけれど筋肉が しっかりと ついていそうな体つきだ。眉も、キリッとしていて意志が強そう。肌が日焼けしていて色黒だ。そしてセナと並んで立って楽しそうにしているではないか。

 やがて手を振って別れた。セナは その足で診療所に入って行った。

(な、何か まずいもの、見ちゃった……?)

 私はドキドキと胸が高鳴る。それにムカムカ モヤモヤと。嫌な感じに襲われた。

 何あれ!? 散々 人を待たせておいて……あんな楽しそうに。

 ああ、完全なる嫉妬じゃあ!

と、私がヤキモキしている間に、セナがドアを開けて入って来た。

「遅くなってわりー。さー、出発しようぜ」

と、笑顔で話しかけてきた。

「体、大丈夫? 出発、明日にしても いいのよ? 無理して疲れ溜めたら……」

 マフィアが心配そうに一応そう言ったが、セナは手を振った。

「平気だ。すぐ行こう 今 行こうレッツゴー!」

 ……かなりのハイテンション。本当に大丈夫なんだろうか?

 私達がテンションに ついていけないでいると、セナが いきなり私の顔を見てニコッと笑い出す。そして私の方へ歩み寄って来て何かを取り出し見せた。

「!?」

 私が驚いて目を見開くと、ハイと何かを渡された。

 それは……。

「何、コレ……ブレスレット?」

 渡されたのは、光る小さな石が何個か連なっただけのブレスレット。石は透明で、キラキラ輝いていた。

「やる。さっき買った」

 笑ったまま私の反応を楽しんでいるかのようだ。

 私が よく わからずじまいな表情で いると、横からメノウちゃんが走って来た。

「あー! ずるーい! メノウも欲しーい!」

と訴える。するとセナはズボンのポケットからゴソゴソと取り出して、私のと あまり変わらない石の連なったブレスレットを渡した。メノウちゃんのは、青い石だった。大喜びだ。

「わーいわーい!」

 はしゃぎ回っている。

 セナは、蛍とマフィアにも似たようなブレスレットを用意していたようだ。蛍には赤の、マフィアには緑の色の石の物を。最初 言葉が なかった2人だったが、ちゃんと それぞれ後で「ありがとう」とお礼をセナに言った。

「俺には ないわけかー?」

と、カイトが口を尖らす。

「あるよ。せんべい もらったんだ。あ、ハウス先生とミゼー先生にも あります。今まで世話に なったんで、ほんの お礼です」

「ええ! いやあ、悪いね、お礼だ なんて。何も していないのに」

 ハウス先生は苦笑いをしながら自分の首筋を撫でて、セナから袋に入った せんべいの詰め合わせを受け取った。

「せんべい、か……」

 ちょっと悲しげにカイトが呟いた。少し離れた向こうでは、紫の口元が少し笑っている。

「どういう風の吹き回しかしらね」

「気まぐれ風のセナ君、ってか?」

 カイトは言ってフン、と鼻を鳴らした。マフィアも肩を竦ませる。私はブレスレットを握りしめ、セナに違和感のようなものを感じ続けていた。




 私達はキースの街を後にし、シュガルツ港から東のベルト大陸へ向かった。離れている大陸だから、到着までには一週間くらい かかる。

 まあ、仕方ない。船以外の交通手段なんて ないわけで(飛行機なんて ないし)。一週間も!? と つまらなさそうに諦めていたわけだけれど、そんな事ないみたい。今まで乗ってきていた客船と比べると もっと大型で、人数も かなり居た。

 カジノコーナーといった娯楽場や談話室、ピアノが置いてあって演奏できたり、といった設備が それなりに揃っており、場によっては商人達が集まって小さい店を かまえ、武器や防具の売買の取引をしていたりする。

 船上の街が出来あがってんじゃないだろうか。

 しかし業者ばかりでも ない。富豪達も居るし、温かそうで平凡な家族や男女のカップル、明らかに民族っぽいような格好の人達。とにかく、色んな人が同じ船に乗っていた。

 しかも皆、とおっても親切!

 目が合ったりすると笑顔になって話しかけてきてくれる。“何処から来たんですか?”とか“どちらへ?”とか、そういった事柄から始まって、会話は段々と盛り上がってくる。船の上では何処からでも笑い声が聞こえてきていた。

 何か いいよね、こういうのって。

 ま、私ったらウッカリ商人の一人に つかまっちゃったりしてさ、何だかんだとホメ殺しにされた挙句、訳の わからない民族 人形なんかを買ってしまったりしちゃったけれど(しかも その後セナにバカーってデコピンされた……)。


 でも、楽しい。

 楽しいから、あっという間に4日が過ぎてしまった。


 明日は いよいよ5日目……という、夜。オープンテラスでセナとマフィアと私と。3人でドリンクを飲んでいた。

「どーやらベルト大陸って、別名『民族大陸』って言われているらしいわね」

と、マフィアは注文した果実のミックスジュースを飲みながら話を持ちかけた。

「民族大陸?」

「うん。今日、買い物してたらさ。商人の おじさんが色々と教えてくれたのよ。その おじさんは西南出身らしいけど、ベルト大陸は何度か商売に出かけているって。ベルト大陸は世界で一番大きな大陸で、独自の文明や文化を持った民族ばっか なんだって。そのせいで、民族 同士の対立が絶えないとか」

「民族 同士の対立……」

 私は、学校の社会の授業を思い出していた。教科書に そんなような資料や記述が並んでいた気が する。日本には民族 紛争なんて事は ないし、私は あまり関心が なかったけれど。

「戦争も たくさんあったらしいわよ」


 戦争。

 戦争……。


 ニュースで見た事があった。

 大好きなラーメンを食べて、ヒンヤリと おいしいジュースを飲みながら見ていたと思う。

「そういや昨日、変わった服を着た女の人が教えてくれてたなあ」

と、セナがグレープジュースに近そうな物を飲みながら言った。

「何、ナンパでもしたの?」

 マフィアがピシャリと言ったのをセナは否定する。

「違う違う。向こうから話しかけてきたんだって」

「それって逆ナン……」

と、言いかけた私の頭を上から すかさずチョップするセナ。

「――で? 何て言ってたわけ?」

 マフィアが話題を戻してくれた。

「これから行く所はリール港だけど、そばにタルナ民族の村が あるわねって。そこはサッサと通過した方が いいわよ、って」

 通過した方が いい?

「どういう事?」

「さあ……」

「さあ、って。何で肝心なトコ聞いてこないのよ」

「だって。知りたきゃ金くれって言うんだぜ? 冗談じゃない」

と、ガラスコップの底に残ったグレープジュースもどきを全部飲み干した。

 コロン、と氷の音がコップの底で鳴る。

「ふーむ。やっぱり……“民族は集団 意識が強くて自分達の事は話したがらない”って噂、本当みたいね」

 マフィアの言葉に少し共感。私も時々会った人とかに聞いてみても、なかなかコレといった素性の事は話してくれない。当たり障りのないような話ばっかりだった。

 怖いイメージが つく。

 私の居た世界じゃ、民族のイメージといえば楽しそうにパレードなんかしちゃったりするのかなと。サンバとか踊って、フェスティバルを開いたりと。

 戦争とか、話だけで全然 身近に感じた事なんて ない。どう理解したらいいんだろうか。

「さてと。俺、もう寝よ。じゃあな」

 セナは起立して、私達を置いて船室へ行ってしまった。

 マフィアが私に だけ聞こえるくらいに近づいて耳元で尋ねた。

「ねえ、セナ、何かあったの? 最近、やけに……」

 私はドキリとした。マフィアも私と同じ事を思ったんだと。

「……わかんなくて。何かね、最近……セナの考えている事が わからないの……」


 視線は私が飲みかけていた、味がアップルジュースもどきに。淡いピンクの液体に、私の顔が小さく映っていた。泣きそうな、悲しい顔を。

「変わったのは、レイとの戦いの後? その時、何か変わった事あった?」

と、マフィアは私の顔を見た。


 マフィアは知らない――セナとハルカさんの関係(こと)。どうやらレイとの戦いの後カイトから。セナとレイとハルカさんは昔の知り合いらしいって事と、ハルカさんはレイの事が好きらしいって事を聞いたらしい。

 でもマフィアは それ以上は知らないんだと思う。

 マフィアだけじゃなく、カイトや蛍達も……。


 3人の間で昔 何が あったのか。全然 知らないんだと思う。ハルカさんが あそこに居た理由も、セナがハルカさんの事を好きかもしれないって事も。

 話してしまった方が……いいのかもしれない。

 でも、ごめんなさい、皆。

 言うには私に、力が ないの。そんな勇気が ない。


 今は……


 今は、言うのが辛い――



 私が黙ってしまったのを見て、マフィアは もう何も言わなかった。




《第32話へ続く》





【あとがき】

 ○レーラムネというのを飲みました。

 ワキ毛の味がした……(不味い……@)。


※ブログ第31話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-85.html


 ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ