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第30話(脱出)


「勇気ィィィーーッ!」


 セナが叫んでいる。

 聞こえる。聞こえているんだよ?


 なのに、体が動かない。指先も……口も……まばたき さえ、できない。

 倒れているのに、床の冷たさも、溢れている血の感触も……。


 何も、感じられないなんて。


 バタバタと足音が聞こえる。段々、段々と近づいて……。

「しっかりしろ! 死ぬな! 俺だ、わかるか!?」

 セナ……の声だ。私の そばに居るんだ。

(わかるよ、セナ。ちょっと待って……今、起きるから)

 んしょっと……アレ? やっぱり体が動かないってば。何で? 起きれないって?

「待ってろ、今、止血を……ぐっ……!」

 え? 何? カチャカチャ聞こえる。

 あああっ、もおっ!?

 何が、どうなっているのよおーっ!?



 勇気に駆け寄ったセナ。だが首に鎖が絡みつき、息が満足に できないでいた。後ろで鎖を絡めて引っ張っているのは、さっきセナが倒したはずの(ひたき)。せっかくの全身 黒ずくめタイツもビリビリのズタズタで、みすぼらしくなっていた。

「悪いねレイ。僕とした事が、ご覧の通りさ」

 言いながら鶲は、さらに鎖を引っ張り首を絞める。

「ぐっ……うう……」

 もがき苦しむセナ。

「俺と同じ監獄 育ちだからな。そうそう簡単に やられは しないだろう」

 セナの到着時に勇気から離れたレイは、冷ややかに いつもの調子で言った。手には勇気の血がベットリとついた邪尾刀を持つ。頬についた血を手の甲で拭き、そして ゆっくりと視線を自分の そばの氷づけに なっているハルカに向けた。

「何だよソレ。こいつが強いって事? ははっ! まさか!」

 ギリギリ……と さらにキツく締めつける鶲。必死に両手で鎖を掴みとり、呼吸を確保しようと もがくセナ。

(ぐう……ゆ……う……き……)

 徐々に頭が働かなくなっていく。

「君が1だとしたら、僕は10くらいの力かな」

「ふ……数字なんて、しれてるだろう?」

 レイと鶲の会話が遠い。セナには聞く余裕など ありは しなかった。

(もう……ダメ……な……のか……?)

 涙目の視界に 映るのは血だらけで倒れている勇気。

(死ぬな……お……れ……の……い……の……ち……く……ら……い……く……れ……て……や……る……か……ら……だ……か……ら……)

 ポッ……と、涙が ひとしずく、こぼれた。勇気の頬に落ちて、流れていった。

(生……き……て……)

 力が もう限界、という所で。



「“氷柱(つらら)”!」



 この緊迫した場面に来客が現れた。カイトだった。

「!」

 開け放されたままのドアから、カイトは姿を現して即座に呪文を唱える。

 50センチほどの氷の槍が何本か、かざした片手から飛び出し鶲の手の甲に突き刺さっていった。そのおかげで鶲の手から鎖が離れた。鎖は首から外れ落ち、呼吸を一気に取り戻したセナは むせ返り うずくまった。

「カ……カイト……ゴホッ」

 カイトを横目で見ながら、しばらくジッとして うずくまっていた。

 青白い顔をして、少し頼りなく歩み寄るカイト……まだ、さくらとの一戦でのダメージが尾を引いていた。

 だが そんな事おかまいなしに鶲とレイはカイトを見る。カイトは大げさな ため息をついて俯いた。

「へっ……最悪のパターンかよ……」

 そして突然のカイトの攻撃、“津波”を おみまいした。先ほど さくらに食らわせたのと同じ、高い壁と化した波が姿を現し鶲とレイに襲いかかった。セナは風を起こしてバリアーを張り、倒れている勇気と共に身を護る。

 するとレイや鶲も同じように自身の周りに風圧でバリヤーを生み出し、身をそれぞれ防いだ。

「何!?」

 いとも簡単にアッサリと かわされ、少し ひるむ。

「お前がココに来たという事は……」

 波が ひく。バリアーに包まれたまま、ゆっくりと顔を上げたレイ。


“不気味”――そんな言葉がカイトの頭の中に浮かんだ。改めてレイの顔を見て、術など かけられていないはずなのに まるで金縛りにでも あったかのようだった。激しい寒気……とも とれる。


陰陽師(おんみょうじ)を倒したという事か」


 レイの目が鋭く光った。陰陽師とは、さくらの事である。カイトが倒してきた四師衆の一人。

「何だ お前……」

 レイの視線が突き刺さる。カイトは たじろぐ。

「こんな雑魚にヤラれるとは……ふ、まあいい」

 微笑し、メガネを整え直した。そして邪尾刀を思いきり振り上げ、ビシリと手前に構えた。

「ココに来たからには生きて帰れると思うな」

 声を出すと同時に刀を振った。

 そしてレイの攻撃。それから続けて、何度も何度も斬りに かかってきた。

「“硝子(ガラス)”!」

 残り少ない力で必死に防御するカイト。全身大くらいの大きな厚いガラスがカイトの前に作り出された。

「そんな玩具(おもちゃ)が、この俺に通用すると思うのか?」

 また、レイの一振り。ガキン! と一度の凄まじい音をさせて、ガラスの防御壁は砕かれた。ガシャグシャ、パリンと……余音と共にガラスは割れていく。

 レイがカイトへ斬りつける。何とかギリギリでレイの攻撃を避けるカイトだったが、全てを避けきる事が できない。瞬く間に服も肌もボロボロに なって赤く染まっていく。何度も何度も向かって来るレイの攻撃で、体力は削られていく……。

「カイト!」

 セナが風を起こす。レイを包み込む、強靭(きょうじん)な風の渦。

「“竜巻(たつまき)”!」

 風がレイを中心にグルグルと巻きつくように旋回し、やがて その風は鋭い刃となってレイを見えなく隠すほどに層を作り出し渦巻いて……。


「ふんっ!」

 光景を見ただけで凄まじいと思わせるセナの技の風だったが、レイが少し気合いを入れただけで全部が一瞬のうちに弾き飛ばされた。

 散った風の名残で ふわっ……とレイの髪を撫でるように なびかせるだけの そよ風に なってしまった。レイは さも心地よさそうにクスリと笑った後、手を天井へと上げた。

 広げた手の平の上に、ボンヤリとした黒い『闇』の塊が浮き出た。そのまま手元に腕を下ろし微笑ましく見下ろすと、やがて塊は2個、さらに分裂し4個、8個、16個……と大きさは変えられず増えていった。そしてレイの元から広がって部屋中に いっぱいになり、次第にカイトとセナを取り囲んでいった。

「何だコレ……」

と、つい。腕が ソ レ に触れてしまう。触れた瞬間、ボンッ! と小規模でソレは爆発し、カイトの腕が少し焦げた。「ぎゃあっ!」

 小さな衝撃も、疲れた体には大きく こたえる。

「んなっ……爆弾!?」

「動くな!」

 焦る。セナが すぐカイトを制した。

 身動き できない2人に向かい、レイは表情を変えず次の攻撃へと準備する。

 指をさしたまま、セナとカイトに向かって腕を持ち上げ、声は部屋中に無数に浮かぶ黒い塊達 全てに隅々まで行き届くように発せられた。


「…………“独楽(こま)”!」


 そう言った時。空中に浮かんでいた黒い塊は形状はっきりしない『闇』では なく、黒い『独楽』の形になった……!

 独楽は、急速に自身を回転させ始めた。存在している塊、全てがだ。

 回り始めて数十秒。規則に従っているのか、ある程度 回転した後に独楽は それぞれ意志を持った従者のようにセナへ、カイトへと発射された。

 触れたなら もちろん、爆発だ。

「うわああああああっ!」

「ぎゃあああああっ!」

 悲鳴が飛ぶ。しかし、幾重にも度重なる爆発の衝撃は止まらない。肌や髪の焦げる匂いが辺りに広がった。セナは風を、カイトは氷や水を出し防御しようとするが、連続 爆発の勢いで技を繰り出す暇も なかった。

 地獄としか、言いようが ない。

「まるで……“死への踊り”だね……」

と、レイの背後で腰を下ろして眺めていた鶲が言った。セナとの一戦での傷が、相当こたえているのだろう。自分で自分を治療し、見物しながら回復していた。

「休んでいろ。ココは俺一人で充分だ。……だが その前に、さくらを助けて来い」

「了解」

 スッと立ち上がってフッと消えた鶲。と同時に、全ての独楽が爆発し終わった。プスプスと立つ煙が静まっていく。

 レイの前に、倒れている2人……セナとカイト。うずくまった格好で倒れ、痛みに苦しんでいた。

 レイが近づく。セナの頭を片足で踏みつけた。片手をコートのポケットに突っ込み、グリグリと足でセナの髪をかき混ぜる。

 地に這いつくばる2人を堂々と見下し、唾を床に吐いて捨てた。

「手応えが ない……」

 セリフも吐く。とても つまらなそうに ため息も。

 肩をほぐすために首を回し、邪尾刀をかついだ。そして こう言った。

「一応、体内を調べさせてもらうか」

 静かに、邪尾刀をセナの胸前へ狙いを定め構えた。このまま、一気に いつでも刺せると脅しを込めて。

「くっ……くそぉぉお……!」

と、カイトがセナより2・3メートル離れた所で起き上がれずに ありったけの力で叫んだ。2人とも意識が あっても、動ける力が ない。

「悔しいか? セナ……」

 母親が子供に語りかけるくらいに優しい声で、屈み込んでセナの耳元で囁いた。「レ……イ……」と呻くセナ。床に沈められている その有様は、なんと無様な事かと。

 だが そんなセナ達の醜態が、レイに とっては快感であり、(よろこ)びで あった。

「ははははははっ!」

 声を大きくして嘲笑った。この、爽快な気分をゆったりと味わっていた。

 だが――。

「は……」


 レイの動作がピタリと止まった。

 信じ難い顔をして、ソロリと……後ろを見るため 振り向いた。


 そして さらにまた、『信じられない』『まるで夢なのか』という顔をさせた。レイの背中に突き刺さるナイフ……つう、と傷口から血液が こぼれ出し流れている。血はナイフの刃を伝い やがては離れてポタリ、ポタリと……。

 床に赤の飛沫が重なっていく。

「何故……何故、お前が……?」

 レイは それを言った途端 ゴフッ、と口から吐血した。そしてヨロヨロと よろめき後退して、溢れてくる止まらない血を手で受けながらワナワナと震え出した。

「まさか……お前が……」

 目の前に居る人物を凄い形相で ひと睨みし、「お前が!」と叫んだ後。ガクンとヒザを落とし前のめりで倒れてしまった。

「生きてる……?」

 今度はカイトが驚いていた。セナが必死に上を見上げる。少し暗がりの中、見覚えのある顔を見た。

 そしてセナも驚いて、目をパチパチさせた。


「勇気!!!???」


 心配そうな顔で こちらを窺う、さっきレイに胸を刺され死んだはずの勇気の顔があった。




 私はレイを刺した――

 あまり実感は ない。人を刺したっていうのに。何故だか落ち着いている。

 きっと、それどころでは なかった せいだろうと思うけれど……。


 そして それもあるけれど……心中は実に妙な感覚なんだ。

 それも そのはず。死んだと思ったのに、現に こうして生きているのだから。

「不思議なの。擦り傷とかカスリ傷とかは残っているんだけど……胸の大きな傷だけはキレイさっぱり消えちゃったのよ!」

 私が まだ半ばボーッとしたまま、セナ達に向かって声を上げた。

 そんな私の顔を見て、セナとカイトの顔が段々と ほころびていった。

「何だよ……ボロボロだな、勇気……」

と、クックックッと笑うセナ。つられて、カイトの方からも笑い声が聞こえてきた。

 私は自分の みすぼらしくなった衣服を見て、プーと顔が膨れてしまう。

「お互い様じゃない。そっちの方こそ、ボッロボロのズッタズタ。ちょっと、立てる?」

 駆け寄り、セナを起こそうとして頑張ってみた。肩を貸して、何とかセナも立ち上がる。

「カイトは? 立てる?」

「ああ……何とか……」

と、よろめきながら起き上がって立ってみていた。だが、すぐにカク、と足の力が抜けて(ひざまず)く格好になった。「やっぱダメ、全然力が な……」

 パタリと。再び倒れてしまった。

「俺の力、分けてやるよ」

 セナが そう言って、私の肩から離れ ゆっくりと近寄った後。手の平をカイトの方へ広げた。少し淡い光がカイトをほのかに包み込んだ。すると みるみるうちにカイトが少しずつ元気に なっていった。立てるだけは できるくらいにまで。

「すげーな」

と、セナを褒めた。力を他人に分け与えれるなんて。私も初めて見て、びっくりしたわ。

 しかしおかげで今度はセナが立てなくなるという。

「大丈夫。少し休めば……」

 なんて、言っちゃってるけど。セナの顔面は真っ青だ。

 私は閃いた。

「私の力、あげる! 送り込める力があるなら、逆に吸い込んでよ!」

と、適当な事を言ってみた。その割には いい考えだと後から思ったんだけれど。

「じゃ、少しだけ」

 セナが私の手を掴んで また光が。淡い光で包まれた私の体から、セナの体へと。光と共にエネルギーが流れていくようだった。……


 やや回復した。

 体力、3分割?

 仲良く立てられればいいんじゃないかと、気楽に思う私だった。


「しっかし、妙な事も あるもんだぜ。絶対、死んだと思っていたのに」

「ねえ?」

 セナと私がノンキに会話をしていると、カイトが倒れているレイを軽く一蹴りした。

「ざまあみろだけど……死んでるのかな?」

と、カイトがレイの顔を覗き込む。血だらけで倒れているレイの手首に触れ、脈を診た。

「どうやら、微かに息は してるようだな。勇気の力じゃ致命傷とまでは いかなかったようだ。生きてるよ。どうする」

と、チラリと私とセナを見た。私達は困惑した。どうするって……。

「とりあえず連れて帰るか……ココに置いといたら、本当に死んじまう」

 セナが そう提案した時。


 ピシィッ……


 何かが弾けたような、それか亀裂が生じたかのような音がした。

「え?」

 私が目線を遠くへ見やる。

「ハ……」

 同時にセナが声を。そして音の した方を見ながら驚いた顔をした。「何だって? 何だアレ……」カイトも。


 ピシ……ピシピシ……パキッ……。


 どうやら音は、部屋の奥に ある忘れられそうになっていた氷づけのハルカさんの方から聞こえてくる。しばらく3人とも黙って様子を窺っていた。すると……。


 ビキィッ!


 最初は控えめに音を立てていた氷が、派手な音を出して大きな亀裂を生んだ。

「こ、こここ、氷が!」

 驚いた私は素っ頓狂な声を発するしかなく、混乱する。

 一体 何が起きているんだあ!?

 それはセナもカイトも同じ気持ちだった。


 パアンッ!


 耐えきれないように、最大量の音を放った氷。

「わああ!」

「きゃあ!」

()でっ!」

 突然の衝撃で、思わず私達は自分で自分の身を護った。

 どうやら、砕かれ割れた氷のカケラの一部が勢いよく飛んできたらしい。瞬間的な事で びっくりした私は、伏せた目を開け恐る恐る前を見た。

「……!」

 衝撃が走る。

 氷を内から砕き、立っている人形――いや。



 ハルカさんだった。



「ハルカ……!」

 セナが名前を呼ぶ。

 金髪に くっついていた氷の細かい破片のせいでキラキラと金色は なお いっそう まばゆき、整った決して崩さない顔は さらに気品を漂わせ……ゆっくりと目を開いていった。

 3人とも、目の前の美女に釘付けになる。

「どうしてココに……? レイの所に……」

 信じられない顔で、そう問うセナ。だが美女は何にも答えず細腕を上げて、何処かを指さした。

 何処か、とは……。

 視線を指し示された方へと向けると、そこには血だらけで虫の息のレイが。

 何だか私は嫌な予感がした。

 やがて美女、もといハルカさんは口唇を動かして何か言った。しかし、聞き取れない。ゴクンと唾を飲み込みながら様子を見ていた。完全に魅了され、圧倒され続けていたのかもしれない。


「よくも……」


 もう一度 口唇を動かした時、確かに そう聞きとれた。それと同じく。

 ハルカさんの体から、遊糸が――糸のように細く白い煙が見え出していた。ハルカさんの肌に触れた空気が熱せられているのか。チラチラと体から立ち昇っている……もしや湯気だ。

「よくも、レイを……」

 2度目に聞こえた言葉と共に、表情の なかった顔は形相を変えた。レイの冷ややかな氷のような鋭さでは なく、こっちは まるで熱せられた鉄槍で刺すような鋭さの瞳。視線を熱いと感じるなんて……決して気持ちのよいもんでは ない。

 放射線か熱線か、光線でも浴びているんじゃないだろうか。

 もっと言うなら、“憎悪”の視線だ。

「許さない……レイを……レイを、 よ く も !」

 手を広げ、ハアア……と思いきり息を吸い込んだ。えっ、何っ!?


「“火焔(かえん)”!」


 ハルカさんの首に着けられているチョーカーの赤く丸い飾りが、赤々と輝き出す。ハルカさんの広げられた両手から、燃えさかる炎が出現した。

 炎の塊は、2つに分かれ触手のように何メートルも伸ばして、私達へと襲ってきた。「きゃああ!」私が悲鳴を上げたと同じに、炎の触手は2つから『1つ』に繋がった。

 つまり、炎のリング状となって私達を取り囲んだのだった。

 取り囲んだ炎は勢いを増し、中に閉じ込められた私達3人を燃やそうとしている。

「あついいいい!」

 私は もうパニック。叫ぶしかなかった。

「“小波”!」

 カイトが消火を試みたが、焼け石に水だった。「嘘だろ……!」と愚痴るが もう遅く。炎は私達をリングで締めつけようと迫ってきた。

 万事休す。

 思った、その時。


「“影絵”!」


 呪文が聞こえた。すると。

 なんと炎は赤を黒に姿を変え、灰になり散り散りになって風化されていった。

「!」

 見ると、いつの間にか私の そばに人が立っていた。その人は……。

「し、紫苑……」

“さん”付けを忘れてしまった。しかし細かい事は今は どうでもよかった。

「法眼師! 邪魔する気か!」

 少し離れた遠くでハルカさんが熱り立つ。

 紫苑は冷静だった。落ち着いて、私達には背を向けながらハルカさんを正面から見据えていた。

 信じられない。

 紫苑、あなたは敵じゃ? ……助けてくれたなんて!

 しかも意外な事をさらに言った。


「蛍と紫は先に送った。お主らも去れ」


 え?


 紫苑の片手が、横に上がったと思ったらだ。

 段々と、紫苑の背中が薄くなっていく。

 いや、違う。

 紫苑だけじゃなく、見える範囲の視界全てが薄くなって色あせていく!

「待って、あなたは――」

と私が一歩前に出ようとした時。

 紫苑もハルカさんも姿を消してしまった……いや。

 消えたのは こっちの方だったのかもしれない。だって、暗がりの部屋が いきなり。

 見覚えのある街の景色へと変わってしまったのだから。……



「へ……」

 朝焼けが見えた。

 呆然と、キョトンと。3人とも地面に へたり込んでいた。背中を それぞれに合わせて、ただポカンと周囲の状況を見つめるばかりで。

 一体ココは何処? と自分でもなく他人でもなく、頭上に確かに存在してある本物の空に聞いていた。


「ココ……キースの街……」


 見覚えがあるはずだ。

 キースの街の、雑踏だったんだ。メインストリートのド真ん中。

 建物だけでなく、大勢の通行人が居る。皆、横を通りすぎながら変な目で私達を見ていた。

 いきなりのワープで頭が混乱している。

「あの坊さんに助けられたみたいだな」

 まだボーッとあさっての方向を見ていたカイトが言った。

 サッと一吹きの風。汗だくのボロボロの私達。ブル、と身震いをしてしまった。




「どうやら息は あるようだ。すぐ治る……」

 レイのケガの具合を診て紫苑が言った。だがハルカの怒りは まだ おさまってはいなかった。

「何故 逃がした! レイを傷つけた奴ら……皆殺しにしてやる!」

 激しく口唇を噛み、怒り心頭で罵声や雑言を周囲に浴びせるハルカ。

「頭を冷やせ。レイ殿のケガの治療の方が先だ」

「……」

 レイ、という言葉で黙るハルカ……。

 紫苑はレイと共に、何処かの場所へと瞬間移動した。

 消えてしまい誰も居なくなった空間に取り残されたハルカは、落ち着きを取り戻して砕かれた氷の残骸に目を向けた。

「やっと……やっと……出られたのね。レイ……あなたと触れ合うために……」



 ハルカは満足気な顔をして、胸の前で手を合わせた。




《第31話へ続く》





【あとがき】

 陰陽師……そうだっけ(ほー)。

 ヒトガタとか使った方がそれっぽいんだろうか。

 私は○HKで やってた稲○ゴロさんの陰陽師が好きでしたが(どーでもよい話)。


 とりあえず勇気、最強。


※ブログ第30話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-84.html


 ありがとうございました。



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