第3話(森の訪問者)
森で、迷子に なっていた少女の名は、ミキータ。どうやら この子のママが病気らしく、薬草を採りに森へ入り、そのまま迷い込んでしまったようで。泣いていた所を私が見つけ、保護した。
いきなりキライオンとかいう化け物と遭遇し、絶体絶命! と思ったんだけど、なんと彼……今の私の頼り所、セナが助けてくれた。セナを見て、わんわんと……ミキータと一緒に泣きまくったけど、その後キャンプしていた場所へ戻り、疲れ寝をしてしまった。おかげで目が覚めると、お日様は あんなに高くなっていた。
「……ったく。何で俺が子供2人の お守りなんかっ!!」
と、ブツブツ文句を言いながら、私とミキータの後ろを歩いているセナ。でも、私は そんな憎まれ口を叩かれても、怒りはしない。セナが私たちの後ろに居るのは、私たちが後ろだと、はぐれちゃう可能性があるわけで。こうやって後ろで私たちの歩調に合わせながら、まるで保護者のように歩いているわけなんだ。そういう事、私ちゃんと分かってるんだ。
セナって、思いやりがあるのよね。私たちがグースカ寝てても、無理矢理 起こそうとか しなかったし。……まぁ、ただ単に面倒くさかっただけ、かもしんないけど。
「お、村が見えたぜ」
とセナが手をかざして見た方角に、ぽつんという感じで、村が1つあった。本当に小さな村で、家がチラホラ。人もチラホラ。中へ入って進んで行くと、村の中央に大きな家があった。
ミキータは、そこへ入っていった。私たちも後に続く。
中へ入ると、もやあっとした温かい空気がした。外からは想像しなかったが、中には ごまんと人が大勢いるではないか。……と言うより、ここは、どうやら飲食店のようだった。表に看板が あったのかも。ちょうど今 夕飯の時間帯だから、混み合っているのだろうな。
ワイワイガヤガヤ。
賑やかな音の中で、一人の女の人が こっちに向かって突進して来た。 そして「いらっしゃい。何にする?」と私たちに聞いてきた。
中華服に身を包み、後ろに1つに縛った細く長い三つ編みが腰まである。顔は美人系で、目はパッチリとして、まつ毛が長く、口唇も何だか色っぽい。意志の強そうな眉。きゅっ、きゅっと くびれたウエストと足首がスラリ。
うっひゃー、この人すごい美人だ……。
「いや、飯を食いに来たわけじゃ……」
とセナが言いかけたのを遮って、私は提案した。
「ねえいいじゃない。まだ夕飯食べてないし。ついでだし、済ませちゃおうよ」
するとセナは、細い目で私を見る。
「いいけどさ。どうせ金払うのは俺なんだろ? お前、金持ってないじゃん」
「あ……そっか」
と、自分の馬鹿さに気づく。
そうだった。どこの世界にも、お金というものは大体 存在するわよね。私、ここに来た時パジャマだったし、第一、あっちの硬貨や お札が こっちで使えるのかどうか。
私が黙ってしまうと、美人の彼女、略して美女は言った。
そういえば、ミキータは何処へ行ってしまったんだろう?
「ごめんね。ミキータが世話に なっちゃったみたいで……。ミキータが居なくなった事に気がついたの、今朝だったんだ。村中、大騒ぎでさ。森の中へは入れないし。探索隊の派遣を頼んでいるけど、そんなに待っていられないし……。いっそ私が行こうかどうしようかって迷ってた所だったんだ」
「え? 何で森の中に入れないの?」
と聞くと、美女は「うーーんとねえ……」と少し考え込んで、
「まっ、とにかくさっ。あんたら、ウチに泊まりなよ。ミキータを助けてもらった お礼をしなきゃ。また後で色々話すからさ。とにかく、座って座って。そこ、空いたから」
と私とセナを、右隅の空席へと押し込んだ。
見事なまでの中華料理を、残さず2人で平らげた。
ラーメン、チャーハン、天津飯、ギョーザ、肉まん、フカヒレスープ……何でもござれだ。どうして こっちの世界に そんな中華なんて料理が? って思う事は無しにして。とにかく、どれも味は斬新だった。思わず、中国三千年だか四千年だかの歴史を感じさせた。深いようで浅く、沈むようで浮き上がる……そんな味だ(どないやねん)。
で、食べ終わった後。美女が やって来て、奥の部屋へ招き入れた。そして「お風呂が沸いているから、入ってね」と言って、サッサと店へと戻った。
彼女は ここではキャリアが上なのか。他のウェイトレスや従業員が一目置いているって感じなんだもの。
でも、ま、後で色々と話すだろうから、先に ゆっくりでもしておこうかという事で。
お風呂に入る事にした。
びっくりしたね。お風呂っていうから、もっと普通の家の お風呂〜〜って思っていたのに。男子には男子、女子には女子と、ちゃんと専用に別れているわけ。つまり、大浴場なんだよ。銭湯だと思ってくれればいい。
道理で、ちょっとアレ? って思ったのよ。だって、さっきの美女は「入ってね」と言っただけだ。「どっちか先に……」とは、言っていない。細かい事だけど。
普通の お風呂を想像していた私は、セナと一緒に入れっての? なんて一瞬思ってしまった。
……そんなわけ ないじゃんねー(たはは……)。
客間に通された私たち。お風呂でサッパリして、熱い お茶を頂いていた。すると、美女は やって来た。だいぶ、お疲れの様子。
「だーーっ!今日は混んでいたわねぇ。……お待たせして、ごめんね」
と彼女は、テーブルを挟んで私の前に座った。すると、向こうの部屋から障子を開けて、ある中年くらいの女性……おばちゃんが来た。白髪で、優しそうな雰囲気を持つ。この美女と同じ髪型で、長い白髪を三つ編みにし、前に垂らしていた。今まで寝ていたような格好をしていた。
「マザー。もう、だいぶいいの?」
「ああ。ミキータが飲ましてくれた薬草が効いたみたい。だいぶラクになったよ」
マザー?
マザーと呼ばれた、この おばちゃん……。もしかしてミキータが言ってた“マザー”って……?
「紹介するわ。っと、その前に、私はマフィア。マフィア・レイク・オクトーヴァ。マフィアでいいわ。この店の店主です。そしてこちらが私たちのお母さん。みんな“マザー”って呼んでいるの」
マザーは、ペコリと お辞儀した。
「あ、あの。私は、松波勇気っていいます。」私は正座に座り直して言った。「あ、俺はセナ。セナ・ジュライです。よろしく」セナも座り直して自己紹介をした。
そして沈黙。美女=マフィアは……私たちの顔色を読んで、言った。
「……ここはね、表向きは飲食店なんだけど……。実は、孤児院なの」
と、マフィアは フ……と顔を曇らせ、声のトーンを若干下げて、説明する。
「親が戦争や何かで亡くなってしまったり、親に捨てられたり……そんな子たちを引き取って、マザーは皆の世話をしているの。私もその一人で……ミキータも、そう。孤児なの」
私とセナは しんみりとしてマフィアを見ていた。
そうか……ここ、孤児院なんだ。だから あんなに お風呂は広いし(私、こだわってる?)、皆、この人の事を“マザー”って呼ぶのね。
私も現実、両親を いっぺんに失っている。幸い、働ける兄がいて私は だいぶ救われたのだ。でも、もし兄が いなかったら……? 私も、孤児院か遠い親戚か。どこかへ行っていたかもしれない。
「ごめん、暗くしちゃって。もう疲れたでしょ? 泊まってって。お布団、敷くわ」
と、マフィアが立ち上がった時、私は忘れかけていた疑問を問いた。
「ああ、森の中に入れない理由? それはね、あの森の精霊が迷い込んだ人たちを誘って、色んなイタズラをするのよね。特に最近は、度を越えているわ。頭を燃やされたり、落とし穴に はまらせたり……。危険だから、絶対立ち入り禁止になっているの」
「へ……。森の精霊? そんなもの、いたっけ? セナ」
と、セナに聞くが、セナも訳わからんって顔をしている。
「気まぐれな精霊だし……。それとも あなたたち、何か“力”を身につけているんじゃない?」
マフィアは私とセナを、交互に見た。
「まあいいや。ゆっっっくり休んでね。私、後仕事があるから」
と言い残してマフィアは何処かへ行ってしまった。すると、行き違いにミキータが やって来た。
「マザー! 起きて大丈夫?」
と、マザーの顔色を窺う。マザーは「大丈夫よ」と言いながらニッコリ笑った。すると、ミキータはホッと一息ついた。その後、一杯の お茶をミキータは運んできて、マザーに勧めた。熱い お茶を、ゆっくりと飲むマザー。
(ミキータって……。ううん、きっとここに住んでいる、皆。マザーの事、本当に大事なんだな……)
私は そんな事を思った。私に もし お母さんがいたなら……そして病気だったりしたら……きっと私もミキータと同じ。危ない森だろうが何だろうが、平気で行っちゃうだろうな……。
「勇気、どうした?」
ふいに、セナが うつむく私の顔を下から覗き込んだ。私は慌てて笑う。
「え? ……ううん。何でもないよ?」
そうそう。しんみりしている場合でない。マザーなら きっと、前にセナが言っていた神話について何か知っているかもしれない。
マザーに聞いてみた。
「七神創話伝? ……ああ、救世主伝説ね。ええ、少しだけなら……」
「その話、詳しく知りませんか?」
「そうねえ……。あまり存じませんが……。聞いた事があるのは、第一章ぐらいなものですけど……」
第一章! ……二、三と続くの?
「『この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度 救世主ここに来たれリ 光の中より出で来て 七人の精霊の力 使ひて これを封印す 』 ……これが、第一章。私も昔、母に聞いただけでして……。あまり詳しくは……」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「私、救世主かも しれないんです」
と、私が言うと、マザーは目を大きく開けて私を見た。だが、すぐに冷静に私を見つめ直した。
「それは、どういう経緯です?」
「ええと……。私もその、話と同じように光の中から現れて……いや、あの……。私……、こっちの世界の住人じゃないんです!」
私は言い放った。マザーは微動だにせず、優しく首を傾けた。
「そう……。本当のようね」
とても温かい眼差しだった。
「わからないけど……それなら、“目の泉”へ、お行きなさい」
私は へ? とセナの方を振り返った。「目の……? ……って??」セナは、何かピンときたようで、マザーの方に身を乗り出した。
「あそこは……! そうか、そうだよ!! うん」
と一人で納得しちゃっている。私を置いて行かないでよー。
「目の泉はさ、昔、白虎を封印したとされる所なんだ」
「白虎……?」
「四神獣の一つ。前にも言っただろ? 言い伝えだけど、確かに、そこに行けば何かが わかるかも。目の泉の場所は……」
セナが考え込むと、マザーが教えてくれた。
「ここ、ノイゼ村から東南に行った所に“無人の砂漠”が あるの。砂漠の中央に あるのよ。周りは砂漠だけど、何処からか水が沸いているのかしらね。とにかく、そこに行ってみたらいかがかしら。そこに何もなくても、近辺の人なら何か知っているのかもしれない。その砂漠に行く途中にライホーン村が あるし、砂漠の北にはタカマノ村が、北東にはマイラ港町が あるわ。きっと、何か手がかりが つかめるはず」
私は急に どきどきしてきた。前にTVゲームでプレイした、RPGのようだ。まるで勇者か王子にでもなった気分。
「よしっ、明日、早速行ってみるか」
セナの声に、これまた どきりと反応する。だって、セナとは会ったばかりで。なのに、私なんかに付き合ってくれるというのだ?
「ね、ねえ、セナ……。自分の、その……。旅は、いいの?」
と、私が聞いても。彼は軽く首を振るだけで。
「いいよ。急ぎじゃないから。それに今は、お前を 放ったらかしにしとけねえもん」
続けて、セナは何かを言いかける。「実は、俺……」
言いかけた所で。ガチャンッ!! とテーブルの上の湯のみが倒れ、残っていた中の お茶が こぼれた。コロコロと湯のみが転がっていく。そして床に落ちた。
マザーが苦しそうに、胸のあたりを押さえ、うずくまった。
「ど、どうしたんですかっ!? マ、マフィアーーッ!!」
と、私は声を上げてマフィアを呼んだ。するとマフィアは すぐに駆けつけて、事態を飲み込んだ。マフィアの後で、何人かの子供も やって来た。きっと、この子たちも孤児なんだろうけど……今は そんな事を考えていられない。
マザーを一目見て、マフィアはゴクリと唾を飲み込む。
「これは……ミキータ、あなた、マザーに何を飲ませたの?」
マフィアが聞くと、ミキータはビクッとなって、震えだした。
「ね、熱下げの薬草……」
と、すぐに台所から薬草の一部を取って来て見せた。マフィアは、目の色を変える。
「何、これ……。魔力が、かかっている……! 一体、誰が こんな事を……」
「そ、そんな……さっきはマザー、元気になったと思って……」
「後から効くように魔法が かけられていたのかも。とにかく……」
そして、突然立ち上がった。
「きっと、森の精霊の仕業だわ。私、ちょっと行って来る! ミキータ、マザーを床へ! それからカルー! 隣のミルダおじさんに頼んで、医者を連れてきて!」
「でもマフィアお姉ちゃん、お医者のお金は……っ!?」
「後で私が何とかするから! 早くっ!!」
と促され、ミキータとカルーらしき少年は慌てて走り出す。マフィアは奥へ行くと、コートを羽織って とっとと駆け出した。
私とセナは互いに顔を見合わせると、うん! と頷いてマフィアの後を追った。
マザーが病気。あそこにいた子供の顔は、はっきり覚えている。子供たちは皆、顔に不安を浮かべ、どうすればいいかもわからず ただ うろたえるばかり。
マフィアの顔も、彼らと同じ。切羽詰まった、緊迫に満ちた表情。マザーの存在の重さを感じた。
森に着いた。さっきまで私たちがいた森だ。まさかまた ここへ戻ってくるとは。細くなってる道を構わず突き進む。マフィアの進む足に、迷いは無かった。私たちも後に続く。
奥へ しばらく進んだ後、マフィアはサッと屈み、ある草を引っこ抜いた。見た目 雑草で、葉の先が少し白かった。
「これが熱下げの草なんだけど……」
と、マフィアは、考え込んだ。
「ミキータが採ってきた草には、魔力が かかっていたって言ってたわよね。この草は大丈夫?」
と私が その草を見ると、突然 何処からか声がした。
「 殺 せ 。 救 世 主 を 。 そ の 草 は 、 渡 さ な い ! 」
すると、さっきまでマフィアが持っていた草は、シナシナと萎れてしまった。
「誰!? 誰なの!?」
と私が叫ぶが、返ってくる声は一定の場所からじゃなかった。森の あちこちから聞こえてくる。「殺せ……殺せ……」や「救世主。お前を生かしておけない」とかが聞こえてくる。
次第に その声は範囲が広がり、森中が“救世主を殺せ”と言い出した。
耳を塞いでも、声は聞こえてくる。一体私が何をしたっていうんだろう? 何故? 何で そんな事を言われなければ?
……段々、たまらない……!
セナの方を見ると、セナは突然、ある方向に向けて石を投げた。それは大木に当たった。大木は「キャッ!」という音を放った。
目を丸くして驚いていると、大木の前に、ある少女が現れた。何と その少女は、空中に浮いているではないか! 黒髪を上で2つに束ね、上から下まで服は黒に統一し、女の子らしいけれど顔は どこか意地悪そう。真っ黒い瞳をしていた。年は9、10くらいかな。
「痛いわね! 何すんのよ!」
と、その少女は私たちを睨みつけた。
「ふん……。まあいいわ。私は四師衆の一人。幻遊師、蛍よ。救世主が現れたっていうから、ちょっと見ておこうと思ってね。あんたが その救世主? ……キャハハッ! やっだ!! こんな ちんちくりんがっ!?」
と、私を見て馬鹿にしているよう。その時の私ときたら。チンプンカンプンだった。新しい言葉が色々と出てきたからだ。
四師衆? 幻遊師? 蛍……は名前でしょうけど。一体何なわけ? それって。
「なーーんも わかっていないようね? レイ様の言う通り。『まだ何にも知らない虫ケラ同然の人間どもだ。あんな奴らに構っている暇は無い。』だってぇ!」
と、その少女……蛍は高らかな声で笑う。よく笑うんだけど、その笑いは物凄く嫌味ったらしい。見ていると、ムカついてくる。
私が何か言い返そうか、という時にセナが一歩先に前に出た。
「おい! 今……レイ、って言ったかっ!?」
セナが蛍に聞いた。蛍は最初「はあ?」という表情だったのだが、セナの顔をマジマジと見つめ、何かピンときたようだった。
「あんた……。レイ様が いつか言ってた……風神?」
と言い出した。
ますます訳が わからない私。セナの袖を引っ張って、「ねえ、どういう事?」と聞くが、セナの耳には入っていないみたい。
やがて ゆっくりと落ち着いて、返事をするセナ。
「……そうだ」
と。聞いた蛍は、さも面白そうに笑い出した。
「へええ……。救世主と一緒に いたんだ。早い展開ね。レイ様は この事を知っておいでなのかしら? どう思う? 紫」
と、誰もいないはずの蛍の右隣に話かけた。
確かに そこには誰も居なかったはずなのに。いつの間にか、人が そこに立っていたのだ。
紫と呼ばれた男の子。
まだ、少年だ。15歳くらいか。黒のランニングシャツに、だらしなく長い黒のズボン。蛍と同じく漆黒の瞳で、髪は短いが、顔の右半分だけが長く伸び、目を隠している。
私たちにとっては、いきなり現れたように感じた。だが蛍は、さっきから ずっと そこに 居たような素振り。
蛍に話かけられ、静かに口を開いた。
「きっと、何もかも知っておいででしょう」
「そう? やっぱり そうかぁ。でもたぶん、そのうち救世主を殺すつもりなんでしょ?」
「おそらくは」
「じゃ、今 殺しちゃおうよ。まだ芽のうちにさあ」
と、蛍は、微かに口元を歪ませた。そして、私たちの方に振り返る。
「やっちゃって、紫。救世主を殺すのよ!」
私を指さした。子供なのに、それが逆に怖い。
紫は、まるで蛍の奴隷か人形のように、指さされた私の方へ降りてきた。しかし私の前にはマフィアと、セナが立ちはだかった。
「ちょっと。よくわかんないけど。この人たちはウチの子の命の恩人。死なすわけにはいかないわ」
マフィアは そう言って紫を睨んだ。ウチの子とは、ミキータの事だろう。
「おい。お前ら……。無力な人間を殺して、楽しいのかよ?」
と、セナも。
私は少し感動していた。何をこんな時にノンキな……と思うかもしれないだろうけどね。だって、まだ会って間もない人たちが こんな事を言ってくれるなんて……。私、すっっごく嬉しかったんだもん。
でも、やっぱりダメよね。お命頂戴、って言われているのに、まるで王女様気取りでは。私も、できるだけの抵抗はしないと。自分の命は、自分で守らなきゃ。
私も彼らを睨み、場はジリジリとした雰囲気になった。
「邪魔するなら、いくら風神といえども構わないわ。やっちゃえ!」
と、蛍は紫の背中を口で押した。紫は躊躇わず、前に進み出た。
セナがまず、強烈なパンチを繰り出した! しかし、音も無く紫はサッと横にそれをかわし、
(こ、こいつ、速っ……)
とセナが体勢を立て直すよりも先に紫は、セナの足を自分の足でペン! と払った。当然、セナは前のめりになって倒れてしまう。紫は、セナが倒れている事などもう眼中にはない、という様な感じで私の方へ近寄って来た。
「はああッッ……!」とマフィアが……何と隠し持っていたムチを振り回し始めた。
私は危ないのでマフィアから離れた。マフィアは、見事な技を色々と繰り出していく。が、それを軽々と かわすのだ、この男は。どんな動体視力をしているのだろう……。
痺れを きらしたのか、蛍が叫んだ。
「紫!」
すると、さらに口で背中を押されたように彼は攻撃体勢へ。ムチを腕で受け止め、全然痛みを感じないのか表情は あくまでも「無」で、マフィアをブッ飛ばした。
何か、気合いのようなものなのかもしれない。
私は「マフィア! セナ!」と叫びながら、マフィアの方、そしてセナの方を見た。
「気をつけて……そいつ、強いわ」
「くそっ……。おい勇気。……逃げろ!」
と、セナは再び立ち上がって、紫に鋭い蹴りを。蹴り、蹴り、蹴り、蹴り……しかし、どれも軽く かわされてしまう。
私は、ハッとしてセナに叫んだ。
「セナ! あれよ、あれ! 何かこう……、風で切り刻むようなやつ」
前に見た、セナが起こした風。怪物たちは、血みどろの最期を遂げた。
「ダメなんだ! 何か、誰かに邪魔されて風が起こせない。ついこの前は、出来たのに!」
と、苦しそうに見せた。
状況は、どう見たってセナが不利。
こうなったら、私も見てないで戦いに参加しなくちゃ!
私は辺りを見渡す。まあ、こんな深い森の中、変わったものは落ちてないけど……。
ふいに、そばの木に触れた。すると、何かが私の心の中に すうっと入り込んできたのだ。
一方、セナがまた紫に足払いを かけられ、前に倒れた時。紫はセナの両腕を もぎ取りそうな程に引っ張り、セナを苦しめた。
チラリとセナが紫を見る。紫は あくまでも冷静で、何を考えているのか わからない。ある意味、ゾッとした。
そんな時、私はセナに……。
「今よ、セナ! 風を使ってみて!!」
と言った。セナは まさか、という顔で言われた通り、風を出して攻撃してみた。
「“風車”!!」
と言うと同時に、紫は突然出現した強風に、10メートル程飛ばされた。セナは信じられない、と口をパクパクさせた。
紫が体勢を戻そうとするより先に、セナがパンチを一発! 紫はバタリと倒れた。
「紫!!」
と顔面蒼白の蛍。すると……。
『何をしてる。蛍、紫』
と、何処からか声が聞こえた。
セナも私もマフィアも、そして蛍も「え?」と たじろぐ。
すると蛍が後ろの大木に向かって「レイ様!」と叫んだ。
大木に、段々と「顔」が浮かび上がってきた! ……木に、顔が出来たのだ。
その顔を見て、今度はセナが叫んだ。
「レイ!」
と……。
この2人は、知り合いなのか? 私の疑問は、2人の間には入り込めなかった。
「レイ……。お前だったのか……。何故……勇気を……。救世主を、殺そうとする?」
すると大木の顔は口を開いた。
『お前には関係の無い事だ』
と言うと、今度は蛍に向かって しゃべり出した。
『蛍。勝手な行動をとるんじゃない』
さっきの じゃじゃ馬ぶりは何処へやら。蛍はオドオドしながら、その大木の顔に思い切って言う。
「しかしっ、レイ様! 救世主なんて危険なものを……今が倒すチャンスです! まだ、ヒヨッコのうちに倒しておけば……」
『馬鹿がっ!!』
と、エンマ様の お叱りの如く、威厳のある声が響き渡った。ビクリッ! となった蛍は、そのまま黙ってしまった。
『今は そんな雑魚を相手にしている時間など無い。早く戻れ!!』
蛍は、しぶしぶと……サッと消えた。いつの間にか、紫も もう いなかった。
「レイ……。何を企んでいるんだ! 今、何処にいるんだ!?」
『ふん……風神か……。久しいな。いや、そんな事は どうでもいい。我々の計画の邪魔をするな、セナ』
「計画……?」
『復活させるのさ。四神獣の一つ……
“ 青 龍 ” を な ! ! 』
……
語尾の語に、エコーが付かんばかりの迫力で、私たちを見えない力で圧倒させた。
私の脳裏に、“七神創話伝”の第一章が浮かんだ。
この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度 救世主 ここに来たれリ
今まさに、この伝説を繰り返そうとしているのか。
伝説が まさに今、現実になろうと足踏み状態で近づいているのか。
(青龍の復活……? 一体そうなったら、どうなるっていうの?)
と私の疑問は増えるばかり。
セナが怖い顔でレイを訴えた。
「何故だ!? レイ!」
『止めても無駄だ。もう遅い。せいぜい抵抗できるものならしてみろ。旧友といえど、容赦は しない。長生きする事だな。セナ』
と、アハハハ……と笑いながら、大木の顔はスウっと引っ込んで消えて、元の大木へと戻った。
しばしの沈黙の後、セナはガックリと膝を落とした。そして、右の拳を地面へと突き立てた。「ちくしょう……」と呟いたのが印象的だった。
どうやら、セナと彼……レイとは さっきの話から、かっての友達……旧友だったようだ。そのレイとかいう男が、四神獣の一つ、青龍を復活させようと計画している。四神獣の復活……それが何を意味するのか。
「勇気……」
と、ふいにセナが口を開いた。セナを見ると、まだ何か落ち込み気味なのか、下を向いている。
「さっきの風……何で わかった? 今なら使えるって事が」
「え? あーー……、えっと。実はね、さっき……」
と、私は さっき起こった事を説明し始めた。
セナと紫の すさまじい戦いの時、私は そばの木に触れた。その時、その木の心が私の中に入ってきたのだった。木は、私にアドバイスを くれた。
『この森、悪い奴、操られている。そのせいで、仲間、薬草を毒草に変えたり、この森に来る人、襲ったリ、する。おかげで、この森、すっかり衰えた』 ……
……なるほど。悪い奴……蛍って子か、紫か。そのバックにいる誰か……が、森の精霊を操って色々悪い事をしてるってわけだ。
でも、私やミキータが変な怪物に襲われた時、セナは風が使えたわ。あれは、何故?
『森の精霊、全部が悪い奴になったわけじゃ、ない。僕のように、前と変わらない奴も、まだ、いる。きっとその時、森の精霊の誰かが、助けてくれたんだ、きっと』
はあ……。じゃ、今は? 今は、助けてくれないの?
『僕らには元々、直接、助ける事は、禁じられて、いる。でも、風の精霊、呼ぶ事なら、できる……』
風の精霊! ……セナが風の あの技を使えるのは、それの おかげよね!? だったら、早く呼んで! お願い!!
『うん! わかった! すぐ呼ぶ……』
そして私は森の精霊に風の精霊を呼んでもらい、セナに風の技が使えるよ、と呼びかけたのだった。
とりあえず説明し終えた所で、セナは なるほど、と小さく呟いた。そして、顔を上げる。その顔は少し落ち着き払ったようで、晴れ晴れっとしていた。
「ありがとうな! 森の精霊!!」
と、少し微笑んだ。森は、まるで お礼を言っているかのようにザワザワと騒いだ。
「あなたたち、何者なの……?」
と、声のした方を振り向くと、マフィアが真剣に こっちを見ていた。さっきまで、紫に 吹っ飛ばされ動けないでいた足で、しっかりと立っていた。
「マフィア……! ケガはっ!?」
「大丈夫よ。それより、答えて。あなたたち、一体……」
「私は……救世主、みたいなんです……」
「ええッ!?」
マフィアは手で口を覆い、見開いた目で足の先から頭の てっぺんまで、私をジロジロと見た。信じられない、といった顔だ。
自分は救世主、だなんて言ったものの。まだ半信半疑。だって別に何の力も持たない、ただの中学生だったんだもん(だった……って、今もだけどね)。
でも前にセナが言っていた通り、私は光の中から現れたし……うーーん、どうなんだろうね??
「そう……。わかったわ。あなたが“七神創話伝”に出てくる、救世主なのね。最近、風の噂で耳に したの。今、この世に……四神獣 復活の兆しが見えると。その噂が本当だったのならば、頷ける。救世主が 現れた、と」
そう言ってマフィアは、大木の そばにある雑草を引っこ抜いた。
「……まだ聞きたい事が、たくさんあるけど。とにかく今は急ぎたいの。早く、このマトモな熱下げの薬草を煎じて、飲ませなきゃ」
マフィアが馬のように駆けだした その背中を懸命に追いながら、店へと戻った。店が見えた頃には、私たちは完全にマフィアの姿を見失っていた。それほど、速い足を もっていたのだ。
息を切らし、店へ入ると、マフィアは一生懸命すり鉢で さっき採ってきた薬草を すりつぶしていた。顔は、まさに真剣そのもの。額に汗し、息も少し荒かった。
「私も手伝うよ。お湯、沸かすね」
と、私は台所(店とは別の)に置いてある物を手探りで探し、やっとヤカンを見つけ、水を入れて火に かけた。この台所は、あまり使われていないらしい。孤児の子供たちの食事は、店で とっているようだ。
そうやって、薬草を煎じたものをマザーに飲ませた。マザーは眠りにつき、私たちは やっと安心できた。
まさか薬草一つで、こんな騒ぎになるなんて……。
気がつけば、夜は深まっていた。居間で お茶を飲んでいると、マフィアが さっきの続きの話を持ち出してきた。
「救世主が現れたとなると、当然、七人の精霊を集めるんでしょう?」
「七人の精霊?」
「伝説の第一章に、そう書かれているじゃない。『七人の精霊の力 使ひて …… 』って」
「うん……。でも、まだ私が本当に救世主かは、謎だし。とりあえずね、マザーが昔、白虎を封印したとされる、“目の泉”へ行ってみたらって……仰ってくださったの」
「え、じゃあ、明日もう出発するの?」
「うん」
「そう……もう、行っちゃうのか。そんなに急がなくてもいいのに……」
「うん……。ごめんね。でも私、セナみたいな力無いし。早く自分が ここに来た訳、知りたいから」
「力が無い? 嘘よ。あなたには誰にも無い力があるわ」
「え……?」
と、キョトンとしてマフィアを見た。マフィアは何を言いたいの……?
「さっきの戦いの時。あなた、森の精霊と会話をした、でしょう?」
「え、う、うん。だけど?」
「森の精霊と会話なんて、普通できっこないわ。私ぐらいかと思ってた」
マフィアが奇妙な事を言い出した。
「え……それ、どういう事?」
するとマフィアは、服の奥の首に ぶら下げていた、小さな鏡を見せた。
「この鏡は……“七神鏡”よ」
「“七神鏡”? それは?」
「これと同じようなものを、あと六人が持っているはず。そう……七人の、精霊の神が」
七人の精霊の神……? それは一体? え、マフィアが その一つの鏡を持っているっていうのは? 「マフィア、あなた まさか……」
マフィアを指さすと、コクンと頷いた。
「ええ……。私は七人のうちの一人。森の精霊の神、マフィア。もし伝説の通りなら、私は あなたに力を貸さなくちゃいけないわ……」
私は、ただただ呆然としていた。
すると、先に寝たはずのセナが起きてきて、黙って私の横に座った。
「あんたもか。木神の鏡……産まれた時、持って産まれてきたんだな?」
と、落ち着いた声でマフィアに聞いた。マフィアは動じる事もなく、黙って頷いた。動じていたのは私だ。何なの この2人、と顔を しかめた。
「勇気……。俺のこの風の力は、ある日 突然 目覚めたものなんだ。こんな変な力を持っているのは、世界中で七人だけ。俺は、風の精霊の神なんだ」
ダブルパンチ? ……この2人が影で相談して、私を騙しているのかと思った。だって すでに、世界で七人と言われている精霊の神のうちの2人が、ここに居るだなんて。
「鏡! 鏡は!? セナも鏡を持って産まれてきたの!?」
セナは、サッと両手の指を見せた。指には指輪が……えっ!?
「あんた……七神鏡を指輪に変えたのっ!?」
「ああ」
「私、昔、鏡に傷をつけた事があるわ。その時の全身にくる痛みといったら。……信じられない!! この鏡は その人自身と繋がっている。そんな大事な鏡を……!?」
と、マフィアはセナの指輪に触れた。セナは、フッと笑って、何も言わず黙っていた。
「何で そんな事したのか、知りたい気もするけど。今は やめとくわ。とにかく、今私たち……木神と風神が揃ったわけよね。あと五人……。救世主であるというなら、七人を まず集めましょう。旅の途中、きっと わかってくるわ。色んな事が……」
というマフィアの意見には、もちろん賛成なんだけど……。何か、こう、モヤモヤっとしたものが引っかかる。マフィアの顔は穏やかなんだけど、どこか不安が見え隠れしている。
「マフィア……どうかしたの?」
と聞いてみたが。マフィアは首を横に振って、「ううん。別に」と答えるだけ。
大丈夫なのかな? マフィア。
……って、ちょっと待って? セナは付き合ってくれるって言っていたけれど。マフィアも、私の旅に同行するの? そんな事して、この店は一体どうなるの?
そう、さっき引っかかったのはコレだ。
店を放っぽって旅だなんて。ダメダメ。
私はマフィアに それを言った。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど……」
と断りそうだったので、私は もっと強気で出た。
「マザーの体がまた急変したら……どうすんのさ!」
と。……これにはマフィアも効いたみたい。結局、明朝は私とセナで目の泉へ向かう事になった。
《第4話へ続く》
【あとがき】
昔の友達に「ドえらい名前つけたな……」と言われたマフィア登場。
私「あ、ほんまや」
……気づかないノカ? 自分……。
※ブログ第3話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-33.html
ありがとうございました。