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第28話(侵入)


 世界で一番バカな女って私の事かもしれない。

 今、痛切に そう思ってるんですけれど……。

「さ、寒い……」

 オールを握り締め、あまりの寒さに凍えている私。海の上で、一人くらいしか乗れない小舟の上で。勢いだけで漕ぎ出したもんだから、陸は もう見えないほどに遠ざかり。一体 私は何をやっているのでしょう。今頃 段々と、やっと冷静に なってきていた。


 無茶やってるなあ自分、と……。


「な、何か ないかな……」

と、リュックの中を探す。すると、セーターとカイロを見つけた。あと、昨日の残っていた お茶。水筒に入れてあるやつで、まだ冷えきっておらず、ぬるそうだ。

 さっそくセーターを上から着て、カイロを全部 取り出し体中に貼っつけた。お茶も いいやと全て飲み干してしまった。

「はあ……。ようし、イケるわ! 最初の頃より、だいぶ体力ついたんだから!」

 本当、私 体力ついた。そりゃそうよ、ほとんど毎日 旅してたんだから。足腰も だいぶ鍛えられてきているはず。ココに来た当初は すぐに息切れしそうなもんだったけれど、今では だいぶマシに なった。

 デタライト島まで軽い軽い。天気も全然 良いし。まあ ちょっと寒くなって霧も ちょっとあるけれど。何とか なるような妙な自信が あった。気を張っていなきゃすぐ滅入ってしまうかも。

「セナ達、やっぱり怒ってるよねー。……いや、呆れてるかも」




「全く呆れたやつだ! 何 考えてるんだよ、一人で!」

 勇気の予想通り、怒るセナ。勇気と勇気の荷物の一部が消えたので、慌てて捜してみたら港の方へ向かったという目撃談が あった。セナは すぐにピンと来てしまった。

「あいつ、一人でレイんトコ行く気だ!」

「何だってぇ!? そりゃまた突拍子の ない……。いや、無茶苦茶だ!」

「どうして そういう事に なるのよ!」

「勇気の奴、何 考えてるわけえ!? 一人で のりこむなんて!」

 宿屋では、セナ、カイト、マフィア、蛍達と。大騒ぎで ある。皆、思い思いを口にし騒ぎたて、難しい顔をした。

 いったん空いた間を塞ぐかのように、勇気が居た部屋のドアを開けてメノウが飛び込んで来た。

「お兄ちゃん! 船が あるって! 4人が定員ですけどって!」

 メノウの後ろに ついて来ていた、宿屋の主人に注目した。

「船、お借りできますか!?」

 マフィアが前に出て主人に尋ねる。

「ええ。私の若い頃に使っていた物ですけど。小型のエンジンボートが一隻……4人くらいがギリギリの大きさですけどね」

 宿屋の主人は そう言った。

「4人……」

「私は残るわ。あなた達で行ってきて」

 セナの顔色を読み、サッと言うマフィア。最初 驚いたセナだったが、事が急だった。

「ああ。すまない」

と言った後、すぐさま準備をして宿を出た。


 マフィアが宿の上の階、窓から下を見下ろす。

「皆!」

 宿の玄関からゾロゾロと出てくるセナ、カイト、蛍と紫。いっせいに声の する方に振り返って見上げて、マフィアを見た。

 心配そうな、でもそれを堪えているかのような顔で少し笑っていた。

「勇気の事……絶対よろしくね」


 もちろん、と全員が頷いた。


「行くぞ。早く追いつくんだ」

 セナの かけ声にも、皆が頷いた。

 船の場所へと急ぎ進んで行く。会話は その間には なかった。

 セナは焦りを抑えながら、頭の中で思考と感情が動いていた。

(ったくー。……あのバカ! 何が“さよなら”だ!)

 最後に見た、勇気の顔。無理に笑う子供の顔。今は その記憶が胸を締めつける。

(バカは……俺の方かもな。何を焦ったんだか。ただ……)

 勇気が帰ってきた時の事を思い出す。

(勇気のために言ったのか。俺のために言っただけなんじゃないのか)

 そう あの時。勇気が帰ってきて自分の目の前に現れた時の事だ。ホッと安堵するかのような安心感と嬉しさと……突然に芽生えたような不安感。

(俺……勇気の そばに、いつまで居るつもりなんだろうな?)

 一度 芽生え気がついた感覚は いつまでも引っかかってしまう。決して消えなかった。


 不安。セナの心中を支配していく。




 私はデタライト島に一足先に到着する事が できた。途中、何度くじけそうになったか。

 だだっ広い海が四方八方に広がって、そこにポツンと私の乗った小さな舟。ホント、何で無事に着けたんだろうかと思ったりする。

 陸のようなものが遠方に薄っすらと見えた時には、すごく心の中で飛び跳ねて喜んだ。え? アレがそう? マボロシじゃない? だまされてないよね? なんて ずっと着くまで誰かに聞いていた。

 時刻も もう夕方に入り、このまま海面で夜を過ごすんだと考えるたび、寒さの震えじゃない震えが私を襲い出していた。本当、自分の無茶というか無鉄砲さを呪い沈みそうだった。


 でも、もう大丈夫! 第一の関門は難なく突破したわ!


 私は砂浜に舟をつかせ、落ち着いた後。島の全貌を見渡した。

 すぐ、森へと繋がっている。人工的な物は見つからなかった。

 島全体が森で固まっているんだろうか。この、先が見えそうにない森の中へと突き進んで行くしかなさそうだった。

 これから夜に なっていくからか、森はシンと静かに存在だけは しているかのように佇んでいる。

 時々、木の葉が風でカサカサと騒いだり遠くの空で鳥の羽ばたく音が聞こえたりしている。


 思い出すのは……マフィアの言葉。

 魔物の巣だと言われて……る事を。

(あ、あはははは……)

 ますます背筋が凍った。今さら後悔しても遅い。

(だ、大丈夫よ、きっと。今まで、色んな強敵と戦ってきたんだし)

 強敵とは、蛍や紫の事……何度か、ぶつかってきた。

(でも、魔物と戦った事って あったっけ?)

 考える。

 キライオンやゾンビ。その他、諸々。皆、セナやマフィア達が倒していた。ツキワノヒゲヒゲ何たらは酔っ払っていたけれど、結局セナが倒した。

 そんな事を思い出した途端、サー……っと青筋が顔面に広がる。

「だ、大丈夫! 元気 元気! 私にはコレが ある! それに、いつかみたいに不思議な力が出るかもしれないんだもんね! “聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”とかだって一人で行ってたし! うん、悪運とかには強い方なのかも。きっと!」

と、右手に光る指輪を空に かざした。キラーン、と。誓いのように光る。

「そういえば……“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”の時も似たよーな事を言ってたなぁ……」

 一人で単独行動。で、いざ来てみて、自分の無茶さを自覚する。どんな凶悪 魔物が居るか わからない地で。こんな風に怯えては、セナから もらった指輪を見て安心する。

(結局 私、セナを頼りにしちゃってる……)

 少し ため息をつく。


 でも すぐにキッと前を見る。

「行こう」

 前に広がる樹海。でも、この先にはレイ達が居る。

 ココまで来てしまったからには引き返したくない。とにかく。

 とにかく、行こう――

 そう心に決めて腹をくくった。そして、第一歩を踏み出した時。

 突風が吹き、森が騒がしく化けた。

「……!」

 

 ビュウウウウウ……


 遠くから、バサバサ! という音が聞こえてきて、一瞬だけ静かになったと思ったらだ。羽音みたいな音が何十にも重なった音になり、重なって重なって。それは次第に森の奥、遠方から近づいてきた。

 ジッと、様子を見ていただけの私。下手に動くと痛みを感じてしまいそうな臨場感。張りつめた場の空気だ。

 森の奥、先から、何かが やってくる気配がした。

 一つでは ない。

「わぷっ!」

 気配の正体を知るべく目を凝らしていた私の顔に、何かが突進してきた。柔らかいもの。

 あまりに突然だったため、ステンと尻もちをついて転んでしまう。

「な……何っ!?」

と、上半身だけをすぐに起こして辺りを窺う。それは。

 コウモリ。

 コウモリの集団だった。

 集団で、私なんて無視して森から抜けて、空へと道を作るように波となって飛んでいった。

「ひえっ……んんっ!?」

 慌てふためきながら地面を触ると、今度も何だか柔らかいものに触れた。

 ネズミ!?

「ぎゃああああ〜!」

 悲鳴が響いた。空に気をとられてしまっていたけれど、地面ではネズミの大群が森から押し寄せてきていたのだ。

 ドドドドド。

 小叩く地面の音。私は一気に気分が悪くなった。

「一体、何が起こるの……?」

 嫌な予感か、前兆。

 私の幸運が尽きない事をただ祈るだけだった。



「救世主は まもなく こっちへ来ますわ。あと……小1〜2時間と いった所ですわね」

「ふ……やっと来たか。待ちくたびれた」

 怪しげな陣の描かれた床。陣の中央に座る さくら。正座し、目を閉じ、勇気達を頭の中で視察していた。その さくらの術の光景を部屋の隅で立って見ているレイ。表情は2人とも無表情だった。

「レイ様。救世主を追ってセナ様や蛍達も こっちへ向かっていますわ」

 その さくらの報告を鼻で笑うレイ。少し口元をニヤつかせる。

「来るが いい。セナ……お前に、八つ裂きにされた救世主を見せてやろう」

と、クックックッ……と笑い出す。

 すると。フ……とその場に鶲が現れた。

「救世主には手を出しちゃいけないわけ? つまんないなあ」

と伸びと あくびをしながらレイを見る。「鶲! 口を慎みなさい!」と さくらがピシャリと言った。

「お前達には他の連中の相手をしてもらう」

 そう言うとレイは、その部屋を静かにドアから出て行った。


「了解」


 そう言う鶲もすぐ姿を。空気に溶け込むように消えた。


 そしてレイの向かった部屋はハルカの居る部屋。真っ暗に近い部屋。灯りも なく、暗闇の中でヒッソリと、キラキラと輝く全身大の大きさの氷塊の中にハルカは閉じ込められていた。見せかけの氷。闇の魔法で作られた、嘘の氷。触れても温度は ない。ただの見せかけの、氷に見えるだけの――。

「……」

 部屋に照明の光が なくとも、この作られた闇の氷から光は放たれている。決して強い光では なかった。

 ハルカは目を閉じ、眠っている。血色は よい。生きていると見てとれる。スラリと成長よく伸びた手足。昔から色あせなく変わらない金色の髪の少女――。

「ハルカ……」

 レイが そう呟いても、答えが帰ってくる事は ない。彼女は、“動けない”のだから……。


(レイ……)


 そして例え、ハルカがレイに心の中で話しかけたとしても。

 お互いの声は届かなかった。




 奇跡かもしれない。

 私は無事に魔物一匹出会わずに、レイの根城と思わしき場所へと着いた。

 森の中を進んでいるうちに色々な事を考えていた。自分を取り巻く幸運を。普通、こんなにも全てが うまくいくのだろうかと。事故もケガも なく、迷う事も なく、魔物も……。

 迷わなかったのは、進んで行くうちに建物の頭が見え出してきたからだった。

 こんな、島が森だけで成しているかのような所の奥深くに、似合うんだか似合わないんだか わかりかねる謎めいた城の建物が。西洋風の古城っぽかった。ドラキュラでも住んでいそうな……。

 レイの城か どうかは わかんない。でも、そこにレイが居るような気がしてならなかった。ただの直感にしかすぎないというのは、わかっては いるんだけれど……。

 自分の直感を信じよう。いいや、もうそれで。

 そんな結論を出してしまった後。ちょうど城の門前へと着いたのだった。

 門は私の身長の3倍くらいの高さ。城の壁は茶色いレンガ造りだったのだけれど、門は全体的に黒っぽかった。鉄の上に塗られた黒は、鈍い光沢と冷たさを放っている。ガッシリと格子が組まれた門。大きさも大きさなので、とても私には容易に開けられそうじゃないなあと思って門の向こうの城を恨めしそうに見ていたら。


 ゴゴゴゴゴ。


 勝手に門が中へ押しやられていき、開き始めたじゃないかぁ!

(うわっ……)

 砂煙をたて、やがて重々しい門は完全に開ききる。私の前に、城へと続く道が切り開けた。

 第2関門、突破?

 私、何の努力もしてない。いいのか こんなんで……。


 まあ、いいか。


 私は、導かれるままに門を通って城の玄関の前へ。

 着いた途端に、これまた同じように勝手に両開きの、花か何かを形に彫ったような扉が開いていった。

 開いた扉の向こうは奥まで続く真っ直ぐな廊下。暗いなあと思っていたら、いきなり廊下が明るくなり出した。廊下 両壁に点々と奥の方まで飾り備えつけられた燭台のロウソクが手前から順に次々と火が点されていった。ポツ、ポツ、ポツ。奥の奥まで、ある程度。それを見てついつい「おお〜」と声を上げてしまう私。

 しかし こんなにも用意されているという事は。

(レイ……相手には こっちの事、筒抜けって事なのね)

 面白いじゃあないの、と勇み足で私は歩き出した。私が迷う事なく今まで進めてきたのは、こんな風に導きがあるからだと確信していた。

 きっと先にはレイが居るんだと。

 私は腰に。スカートに小さく折りたたんだナイフを差し込んで持っていた。今、それが ちゃんとあるかどうかを触って確かめる。一応、丸腰というのわねと思って家の台所から頂戴してきた果物ナイフだった。かつて買って持っていたナイフは鶲にスラれてどっかいっちゃったんだし。

 そのうちまた何処かで買い直そうとは思っていたけれどね。


 私は案内されるがまま、ロウソクの火を頼りに廊下を歩いていった。

 しばらく進む。トタ、トタと私の足音が響いている。ツルツルした廊下は、冷えた空気をさらに いっそう冷たくしているんじゃないだろうか。白い息が出るとまでは いかないけれど。

 いつでも腰のナイフを取り出せるよう心構えはしていた。油断しちゃダメよと、言い聞かせながら歩く。息にも気を使う。

 すると、やがて廊下の道先は なくなり、壁になった……わけではない。突き当たりになって、ドアが一つ。廊下の片壁に あった。

 そこだけだ。他に部屋へと通じそうなドアが ない。

 ココしか、先には行けないんだと思って、ゆっくりとドアを開けていった。


 ものすごく大きな部屋だった。そう感じたのは、家具と いったような物らしい物が いっさい置いていなくて、天井が高かったからだった。

 床は大理石かな。廊下と同じくツルツルしていて冷たく硬そう。私の影が映っている。

 白っぽい壁に囲まれ、白い柱が両端に規則正しく並んでいた。

 何だろう、この部屋。人が住む所や雰囲気じゃない。何も置いていないし。

「はー……何、ココ……」

 私が ほんのりとした明るさを頼りに部屋の隅の見える所まで目を泳がせていると、突然後ろで開きっぱなしにしておいたドアが うるさい音を立てて閉まってしまった。

 バターン!

 私は その音に すごく びっくりして振り返る。でも もう遅かった。

 また静かになった辺りの中で。私は慌てる事は なく。冷静に、黙って立っていた。

(ドア、開くんだろうか……)

 確認しに行くのも面倒な気さえした。開こうが開くまいが、この部屋からは まだ出るつもりも なく。

 私は ただ、突っ立っている。



 このドアを閉めたのは鶲だったなんて、部屋に居た私は気が つかなかった。

「ごゆっくりと」

と、笑いながら。

 ドアを閉めた後は、すぐ姿を消した。

 鶲達には別の なすべき仕事がある。

 これから私を追いかけてくるであろう、セナ達を迎えるという、仕事が。



 それを全く知らない私は、ふと顔を上げた。


 足音がする。


 私の正面、向かい奥から、その音は段々と大きくなってくる。

 誰かが近づいてくるのは明らかだった。でも一体誰?

「……」

 さっきドアを閉められたせいで、部屋は暗く全然 何も見えなくなってしまっていた。目は暗さに慣れてきていたけれど、それでも視界が悪すぎる。救いは、全くの暗闇では ない事だった。床が青く白く、床そのものが じんわりと光っているようだった。

 ヒザ下くらいまでしかよく見えないけれど。

 そして近づいてくる足音は、一つでは なくなっていた。いや、足音は壁でアチコチに反響しているみたいだ。それで一つでは なくなって聞こえるだけ。

 おかげで、その足音を出している人物と私との距離が わかりづらくなっている。


「ようこそ。我が城へ」


 声が私の所から数メートル離れた所で した。聞き覚えがある男の声だった。

 嫌に なるくらいに よく知っている……彼の低い落ち着いた声。


「レイ……ね」


 顔が よく見えない。足元だけが、薄っすらと確認できた。私の真正面に姿を現し、ブラリと下がった手には何か長い物を持っていた。

「私が来る事……とっくに知ってたみたいね」

 私に緊張が素早く走る。直接、こうやって対面した事あったっけ?

 自分の手を握り締め、レイの存在に圧倒されないように気をしっかり持とうと努めた。

「ウチには優秀な術師がいてね……それより、一人らしいが。よくセナや他の奴らが許したもんだな」

 言いながら、手に持っていた物を前へと。あれは……。


 邪尾刀だ。


「……勝手に来ただけよ。セナ達 抜きで あなたと話つけようと思ってね」

 あくまでも冷静に、レイを睨みつけた。あっちも果たして こっちが見えているのか どうかは知らないけれど。

 レイの含み笑いが聞こえてきた。ククククク……と。

「何が可笑(おか)しいのよ?」

と私がカッと赤くなって言うが、レイは まだ笑っていた。そして皮肉たっぷりに言う。

「叫んだらどうだ? “誰か助けて”ってな……まあ、叫んでも無駄だがな」

 ドキリ。

 私の顔が また赤くなった。

(こいつ……私の心、見透かしてるッ。ま、負けるもんか!)

 本当は怖い。怖かった。レイの その威圧感。そこに立っているだけというのに、まるでトゲでも刺さってくるかのような痛みを伴う雰囲気に包まれていた。私は、立って足腰で踏ん張るのが やっとだわ……。

 レイの目には、そんな私が滑稽で愉快なんでしょうねっ。ふんだ!

「よくも……罪の無い人達を殺しまくってくれたわね! そんなに四神鏡が欲しいの!?」

と、躍起になって言った。レイは冷静に「ああ」と返事をする。予想通りの答えなだけに、少し悲しかった。

「どうして……もう充分 天神様は苦しんだわ。あなたの復讐は、もう とっくに済んでると思うけど! ねえ、どうして人を殺して平気でいられるの!?」

「……」

 私は構わず続けた。

「青龍が復活したら、私も あなたも きっと ただじゃすまない! ハルカさんもセナも死んでしまうかもしれないのよ!」

「……」

 何故か無言のレイだったけれど、私の口は止まらなかった。

「ハルカさんが好きなんでしょう!? だから……そばに置いているんでしょう……? なのに……どうして世界を滅ぼそうだなんて……」



「言う事は それだけか」



 黙っていたレイは、邪尾刀を構えた。

 ひょっとしたらハルカさんの名を言った事で、少し感情的に なってしまったかもしれないと思った。だが、もう遅い。

「かかって来い、救世主。俺は そのために お前をココに呼んだんだからな」

「あの、ココまで案内してくれたロウソクの仕掛けには感動したわ」

と、私は少し強がりに笑ってみせた。本当は、ちっとも余裕なんて ないけれどね。

(私はレイとケンカするために来たんじゃないもの。ナイフを持ったが最後ね。絶対に持つもんか!)

と、危うく触れそうだった、腰に差してあるナイフから手を離した。

 しかしレイは私にとって意外な事を口にする。

「ロウソクの仕掛けだと? フン……勘違いするな。俺が仕掛けたものは、そんなチャチなものでは ない」

と……構えた邪尾刀の向こうで言った。

「え……どういう事よ……?」

 私が要領を得ずに言うと、また少し口元を歪ませた。

「俺が何故、お前達の行く先々の村や街を襲っていたと思う?」

 レイが そう言った後、私の表情は固まった。

 それはカイトも言っていた疑問だった。ライホーン村、キースの街。それから これから行こうとしていた東ベルト大陸。皆、私達が行こうとしていた所。

「まさか……何か意味が……?」

と、少し考えたが、やはり わからなかった。

「お前は何故、ココに来たんだ?」

「それは……レイを説得するために……レイが東のベルト大陸を襲ったって聞いて……マフィアが……」

 それを言った後、少し何かが閃いた。何かが、わかりかけた気がした。

 落ち着いて、今までの過程を振り返ってみる。

 ライホーン村。私は そこで初めてレイを見たんだ。斬殺された村人と、血塗られた邪尾刀を持ったレイ。そして怒りを覚えた。それはセナも同じ。セナの旧友だったのに、2人は敵同士に なったんだ。

 キースの街。私はココで後悔をする。そしてレイの説得を一刻も早くと思うようになったのだ。

 そして、東のベルト大陸の3分の1が やられたと聞いて、ついに決行する事にした。

 レイの所へ行かねば、と……。

「都合よく単独でココへ来るとはな。一目、救世主の力とやらを見てみたかったぞ。お前も俺に会いたかったろう? どうだった? 目の前で人が死んでいくのを見るのは」

 レイの言っている事が わからない。彼は何を言っているの?

「自分の無力さを認識したろう? 呪っただろう? ククク……ハハハハハッ!」

 レイの高らかに笑う声が耳についた。ボケた頭を叩き起こしてくれた。

「都合よく、って。どういう事よ……? まさかアンタ、私と一対一になるために……ううん、私をココへ連れてくるために……わざわざ私に死体を見せつけるために……あんな事をしたっていうの?」

 最後の方は声が震えてた。でもレイの笑いは止まらない。楽しんでいる。

「なあに。四神鏡を探すついでさ。それに、俺より先に四神鏡を見つけられたら困るしな。てっきり、すぐココへ来るだろうと思っていたが。案外ノンビリしたもんだと呆れている」

 私はレイの言葉に敏感になって、手がワナワナと震え出して止まらない。

「探す…… つ い で ……?」


 斬殺された村人を利用して、私はレイに おびき寄せられた。私がレイを心底 憎むように。そして……。

「許せない……」

 ナイフを抜き取って手に取る。そして構える。

“ナイフを持ったが最後”……。

 彼とケンカする事になるだろう、と。


「許さないわ、レイ!」


 私の顔が みるみる赤く染まっていく。

 これはレイの罠だ。私にナイフを取らせるための挑発だ……そんな事は わかりきっていた。でも、それでも……私は胸に押し込んでいた怒りを抑えられない。

「殺す……レイ!」

 ギラギラした目。我を失った あの時と同じ。かつて丘で蛍ちゃんに向けた目と。

「お前のせいで……セナもマフィアも、皆、……皆、傷ついたんだ!」

 セナ、マフィア、カイト、メノウちゃん……蛍、紫くん……村や街の人達。死んでいった皆……リカルくんの涙……皆、皆 傷だらけだった。

 そして、私も。

「許さない……殺してやる!」

 叫び、私は駆け出した。ナイフを突きたてた。だが、レイはアッサリと横に流すように かわし、そして私の肩に そっ……と触れて近づき耳元で小さく囁いた。

「言っとくが、俺は女だからといって手加減はしない。死ぬ気で来い」


 怒りで頭は回らない。熱い……体。

 ただ、そんな状態でも……レイの言葉は私の背筋をゾクリとさせた。




《第29話へ続く》






【あとがき】

 お茶は開封したらすぐ飲んじゃいましょう。1日以上放置したら危険です。お腹下します。実験済み(他人で 笑)。


※ブログ第28話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-78.html


 ありがとうございました。



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