第27話(決裂会議)
険悪なムードは尚も続いている。
「青龍復活を望んでる彼は敵よ! 救世主や私達 七神に とってはね!」
マフィアは強い口調で怒り続けている。蛍も同じように言葉を返す。
「確かに私はレイ様から逃げてきたわ! でも こっち側に居るのはレイ様を倒すためじゃない。レイ様の説得をするっていう勇気に ついて来ただけよ!」
「一体、あなたは どっちの味方なの!?」
「それは……」
そのまま、蛍は黙ってしまった。
「レイ様レイ様って! 結局あなたも所詮は敵ね! 私は今でも あなたを恨んでる! もう少しで、マザーが死ぬ所だったんだから! 本来なら、あなたが居るべきトコはココじゃないのよ!」
……!
今のマフィアの言葉に、私はカッと熱くなった。
「言い過ぎよ! マフィア! 今の言葉は!」
するとマフィアはプイと そっぽを向いて、「頭冷やしてくるわ!」と広間から外の方へ出て行った。
後に残された私達は黙っていた。とっても後味が悪い。
「こりゃ、明日は無理だね」
カイトは そう言って背中を向けてどっかに行ってしまった。
夕方、宿屋で それが あった次の日。朝が来た。
マフィアは何処かへ消えていて、蛍は気分が悪いと言って宿屋に残った。紫も蛍が心配なのでと宿屋に残る。
私、セナ、カイト、メノウちゃんの4人は、時間に したら昼食に近い食事をしに近くの料亭へ。行く途中だった。
「やれやれ。仲間割れしてる場合じゃないのになあ」
と、ため息 混じりにセナが言った。
「昨日の、彼女らしくなかったな。何か……変だった」
「カイトも そう思う……? 私もなんだ」
ほんと、マフィア一体どうしたんだろう? いつもは冷静で しっかりとした人なのに。昨日は やけに短気だった。しかも、蛍に対して あんな事を言い出すなんて。考えられない。
「マフィア、どっか行っちゃったし……せっかくレイのトコに行くって決めたのに この先、どうなっちゃうんだろ。これから、協力し合わなきゃいけないって時に。ひょっとして、七神やめるなんて言わないかなぁ……元々、マフィアはマザーや孤児の子達を置いて来てくれたんだもの。無理に旅に参加する事、ないよね」
と、ひとり言のように呟くと、セナが いつものように私のオデコにデコピンした。
アタ!
「ばーか。世界の一大事の方が大事だろ。それに それ、今さら何だ! マフィアの何処が無理してるって? 散々世話になってるだろ、お前! お前がシャンとしろ! シャンと!」
さらにピコピコつつく。私が「ううう……」と唸る。
私とセナが そうやって話していると、いつの間にか横にいたはずのカイトが消えた。
「あ、あれ!? カイトは!? メノウちゃん!」
「何か、急用が できたって戻ってったよ。先に行っててくれって」
メノウちゃんは目をクリクリさせて そう言った。「あ、そうか……ふーん、わかった」と私は言って、とりあえず先に3人で料亭へ向かった。
……一方、勇気達と別れたカイト。実は勇気とセナが話している間、人ごみに紛れて歩くマフィアの姿を見つけたのだった。
(あれ……? 何処 行くんだ? あっちは港の方向……まさか)
とにかく、一刻も早くマフィアを追いかけようとカイトは道中 駆け出した。
人ごみをかき分け、走る。
(何処 行った?)
キョロキョロと辺りを見回しながら、ついには港へ出てしまった。人が少ないので、マフィアの姿は すぐに見つかった。
砂浜の方で一人、座って海を眺めていた。
とても……悲しそうな顔をして。
カイトが近づき肩を叩くと、ビクリとしてマフィアは振り返る。
「何だカイトか……」
少し顔を見てホッとして。また前の海の方を見つめた。カイトはマフィアの隣に立ったまま、様子を窺っていた。
「こんな所で青春か? ……いいねえ、若いモンは」
と、水平線が見える海に目をやりながら。日光に照らされ光輝く水面を眩しそうに見ながら。時折 吹く冷やりとする風を受けて気持ちいいと感じながら。
カイトにマフィアは、そっと言う。
「私、あんたより年上じゃなかったっけ……」
ザザー……ン。
沈黙の上に波の音が かぶった。
カイトは、なびく髪をかき上げた。
「ふっ……よくぞ見破った。確かに俺は18。あんた、一つ年上だったっけ。で、セナが17でレイが18……げ、レイと同じかよ。今 明かされる真実。ジャジャーン」
と、指揮者のようにタクトを持って振る素振りをした。
ザザザーン……。
再び沈黙の上に、波の音が かぶる。
「あんたって……実は賢い? いつもいいタイミングで、そうやって……いつかの時も そうよね。私と蛍が口論に なりそうだった時も、さりげなく違う話題 ふっかけて。あれ、わざとでしょ」
マフィアがチラリと横目で見る。
「何の事でしょー?」
と、ピュウと口笛の高い音が軽やかに響いた。マフィアはクスリと笑う。
「おっかしい奴。メノウちゃんも苦労してるらしいじゃない。本当、あなた達いいコンビ」
そこまで言ったマフィアは突然 顔を曇らせた。
「……今の私、どう思う……?」
不安気とも とれるようにマフィアがカイトに聞いてみた。
「言っていいわけ?」
マフィアの問いに対し……あっけらかんとした口調でカイトはマフィアの横に「どっこらしょ」と言いながら腰を下ろした。あぐらをかいて、片ヒジをヒザの上につく。アゴを手にのせて、顔は正面の海に向けていた。
軽く返されて ちょっとびっくりしたマフィアは……頷いた。
「いいわよ。言ってみて」
「そんじゃ」
コホン、と咳払いの後でカイトはスラスラと思うがままに言葉を言い並べていった。
「んーと。セナへの やきもち。七神としての責任感とプレッシャー。実家の心配。長旅の疲れ。孤独感。力の酷使……“私、このままココに居ても いいのかしら?”……そんなトコかな」
「……」
「勇気をとられたくないとか、護らなきゃ、とか……色んなものを抱えすぎて……要するに、お疲れ気味。心身ともに、そろそろ限界?」
と、ヒジをついたまま、顔と視線をマフィアに向けた。
「……あなた、天才ね。その通りよ……」
マフィアが段々と消え入りそうな声で返事をすると、カイトは“イエイ!”とポーズを決めた。
ちょっと微妙な表情を浮かべ、ハー……と深く息をつく。
「人の心が読めるのかと思っちゃった。すごいわね」
「ついでに言うと。勇気の次の行動」
聞いてか聞かずか。合間を置かず、カイトは勢いで話し出した。
「マフィアを置いて、俺らだけでレイんトコに のりこむね。メノウは宿の主人にでも頼んで。あんた、どうする? 言われる前に言ってやれば? ココで待ってるってさ」
「……」
言われて、思考をこらす。言い返す事は今のマフィアの状態からでは難しく思えた。
「……そうね……勇気は きっと そうする。仕方ないわよね……勇気にはセナが ついているし。私は別に必要ないわよね……」
ヒザを抱え、下を向く。黙り込んでしまう。隠れて そこから落ちたもの……それは涙だった。
「よく頑張ってるな。俺、救世主よりも あんたが一番しんどいと思うよ」
マフィアは ずっと黙ったままだった。
「3人、て数。結構シビアなんだぜ。友達でも恋愛関係でも。人は普通、一人しか相手できないだろう。一人の質問にしか答えられない。口は一つしかないからな。って事は……一人が一人の相手をすると、一人余る。その余った一人は間には入れない……それが今の あんたの状況だな。セナと勇気の間に、割り込んで いけないもんな、直には。だから ついつい、強く出て言っちゃったりして自分の存在アピールしたりするんだ。今回の場合も、ちょっと それだな。力 使って海渡ろうなんて言い出したから。多少 無理してでも」
静かにマフィアの顔を覗き込むカイト。まだ続けた。
「……というのは まあ、置いといて。あんた、実家に一回 帰ったらどう? うん。それが一番いい。しばらく何もかも忘れて、休んでこいよ」
両ヒザを固く抱え込んだまま、顔を その中に埋めたままのマフィアは、首を振った。それはできない……と意味していた。
「七神として……ってか? でもなぁ、俺そんな自覚サラサラ無いぜ? 旅の目的も、ただ人形を売るってだけだし。ついでに力貸しましょか〜って程度。で、あの鶲とかいう奴。あいつをギャフンと言わせてぇ! って感じ?」
と、マフィアに聞いても答えは返って来なかった。
「責任感 強すぎ。そうやって自滅すんの。疲れてるって自覚あるうち、何とかした方がいいんでない? あ、何だったら俺も一緒についてっちゃろか」
やっと顔を上げたマフィアは「……結構」と小さく言って、晴れ晴れした顔で立ち上がった。
「……わかったわ。そうする。ありがと、カイト……やっぱり あなた変人で、天才ね!」
と、ニコッと笑って、砂浜を走り去って行った。
残されたカイトは座ったままで、バタリと後ろに汚れも構わずに倒れてみた。
「うーみーはー広いーなー……♪」
そして すぐ、お腹が鳴る。
「あう」
カイトも、お腹をさすりながら立ち上がり、砂浜を走り出して勇気達の居る料亭へ向かった。
青春である。
ほぼ同時刻。
カーテンを閉めきり、真っ暗にした宿屋の部屋の一室で一人、ベッドで だるそうに横に なっていた蛍。
“一体、あなたは どっちの味方なの!?”
エンドレスに響き渡るマフィアの怒り声。一晩 越えて今の今でも頭の中に残っている。
うっとうしかった。薄いシーツを激しく握りしめ、眉間にシワを寄せる。胸が痛むのだった。
(私は……レイ様に造られた4番目の影……にして、失敗作。成長しない子供の姿のまま、未熟な力のまま……。
レイ様は優しかった。私はレイ様のために技を覚え、紫苑の協力のもと、紫を造り、技を磨いた。あんなに あんなに優しかったレイ様……たまに ふっと暗い顔をなさるけれど。
でも、変わってしまった――冷たい瞳、氷つくような視線。邪尾刀や四神鏡に心奪われて、すっかり様子も態度も変わってしまった。
私は……逃げた。レイ様を裏切っ……て。
裏切る? ……いいえ、レイ様を慕う気持ちに変わりは ない。裏切ってなんか、ない。
じゃあ、どうしてココに居るの?
レイ様の敵である、救世主と共に。
訳が わからない。何故、自分は勇気の所へ来たのか。
わからない……わからないのよっ……!)
その時、トントンとドアのノックの音がした。ゆっくりとドアが開く。開けたのは紫だった。
「紫……帰って来たの」
紫は勇気達と料亭に向かっているはずだった。
「蛍様が心配でしたので。気分は大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。全っ然。余計な心配よ」
と、プイと そっぽを向いた。
蛍に近寄りつつ、紫は いつになく話し出した。
「レイ様を倒しに行くのでも、説得しに行くわけでも ありません。帰るためです。元のレイ様の所へ。私達は、待つためにココに居るのです」
「待つ……?」
「時機が来たら帰りましょう。それまで、ココに居るんでしょう? 救世主の そばに」
「帰る……レイ様の所へ……」
(レイ様……私……)
“役立たずは……去れ”……それがレイと交わした最後の言葉。そして、あの恐ろしい顔つき。下僕か奴隷を見下しているかのような、非情に満ちた表情。冷めた目つき……一寸でも笑う事の ない口元。緊迫の場面……。
(私の頬を傷つけて、そう言ったのよ――あの『男』は……)
蛍の感情が高まる。鼓動が全世界中に聞こえそうなほどだった。
「嫌……何なの この気持ち」
ガタガタと体が震える。寒気が走る。そんな蛍を、そっと後ろから手をまわし受け止めるのは、紫だった。何も言わず、ただギュッと、蛍の震える体を抱いていた。
「怖い……怖いの紫。レイ様も……勇気も」
「おいしー! このスープ!」
と、大げさに わめいてみせるのは私。何処かに消えていたカイトも戻って来て、セナとメノウちゃんと。4人で料亭に入り、テーブルに ついて料理を注文した。そして目の前に注文した おかずが どんどこやって来ると、テーブルの上は お皿で埋められていく。そして食べる!
今は昼食の時間帯でも あるので、周囲は賑やかだ。店内の何処からか、時々笑い声が上がって盛り上がりを見せている。真っ昼間からお酒を飲んで できあがっている おじさんが居たり。厨房からはフライパンか鍋で炒め物でも しているのか、野菜でも焦げついたような美味しそうな匂いが。
ますます食欲が湧き、箸が進む。
食べているスープの美味しさの感動を伝えようと素直な大声を。ただ、大きな声で話さないと、近くでも聞こえにくい。
しかし私が妙にハイテンションで声を張り上げているのには、別の理由もあった。
私の隣の席に座っているセナ。
店に入って席に ついてから、ずっと だんまりだ。何も話してくれない。呼びかけても、気のない返事をするばかりで……。
料理をホソボソと摘むように食べているだけだった。
変だよね……様子が。どうしたんだろう?
「コレ、鳥? 骨は それっぽいけど……」
「ヤンポンタンのスープだって」
……なんて、向こうではカイトとメノウちゃんで話が進んでいた。
「へー。ヤンポンタンって何だろ」
と、私が絶賛したスープをまた一口すくって飲むと、「アホウ鳥の一種だってさ」とメノウちゃんが そばに あったメニューを読んだ。
思わずゴホッ! っとムセ出す私。スープも少しだけテーブルの上に こぼして広げてしまった。
「っご、ごめ……」
と、ゴホゴホと。何とか息を落ち着かせようと するけれど、苦しくって。ああ何だか情けなくなってきた。
「大丈夫か? ホラ」
セナがテーブルの上に置いてあった布巾を渡してくれ、私の背中を さすってくれた。その布巾でテーブルの上を拭きながら、「ありがと……」とお礼を言う。
「何も そんな驚く事ねーじゃん。大丈夫! アホは これ以上アホには なんないぞ!」
いきなり そんな事を言って私にニコニコーッと笑うセナ……なので思わず私は いつもの調子でセナの足を思いっきり踏んづけてやった。
「いってえ!」と苦しむセナ。
何よ、元気じゃない。心配して損した。
そう思い直した。
「あ、そういえばカイト。さっき、何処 行ってたの? 何か、服に砂が いっぱい ついてるけど。もしかして海に? 砂浜まで?」
改めまして食事を続けながら、カイトに話しかけた。カイトは皿に残ったパセリみたいなのをモシャモシャ食べながら、
「え? ああ。実は、すんげー美人な お姉さんを見かけてさ。砂浜まで追っかけてナン……」
と、言い終わらないうちに「アテッ!」と悲鳴を上げる。今度は、メノウちゃんがカイトの足を踏んづけたようだった。
平和だ。うん。
料亭を出て、せっかくだから海でも見に行こーかあーという事で。カイトとメノウちゃんは並んで歩く私達の前を大はしゃぎで走り回っている。
「ねえ……セナ、どうしたの?」
ついに私は聞いた。はしゃぎ回っている2人は置いといて。やっぱり、黙ったままのセナに聞いてみる事にしたのだ。
「ああ……ちょっと考え事」
相変わらずボーッとしたまま。セナは私ではなく、空の方を見ている。空には雲がポツンポツンと浮かび、陽気そうな青空が広がっていた。
そして運んでくる風が、海の気配を私達に感じさせている。
「考え事って? 船の事? それともマフィアの事とか? 蛍? レイ……とか? ……それとも」
私がアレコレと考えていると。
「お前の事だよ」
と。
……。
……一瞬、私の動きが止まった。
セナの意外な言葉に、電源でも切られてしまったかのようだった。
「へ……私?」
ちょっとヌケた声で自分を指さした。
「気に なってたんだ。この前の話の事。船の上の……」
セナが言った事を思い出していく。
この前……? 船の上……?
ちょっとずつ思い出してきていた。
「あ……ああ。マーク国へ向かう途中に乗った船ね。うん、思い出した。で、気になってるって?」
ようやく電源が入り直った私。全く何を期待してたんでしょう。やだなぁ、顔、赤くない?
でも それでもセナは私の方を見ては くれなかった。
「勇気……青龍の事が全部 片づいたら……元の世界へ帰るんだろう?」
「え……う、うん」
ドギマギしながら私は心落ち着かせようと頑張る。次に何を言われるんだろうかとハラハラしながら。
「なら何で……向こうの世界で記憶を皆 消したんだ? 元の世界に帰った時、お前の帰る場所が ない。お前、一人じゃないか」
「それは……」
真に迫ってくるようで、少しの緊張が やって来た。
「ほ、ほら。また、アジャラとパパラに頼んで……」
私が少し慌てたように言うと、セナが言い返す。
「最後、どうなるか わかんないんだぞ? 天神の気まぐれで突然 帰されたら? 記憶が戻らなかったら? そもそも……皆、生きているのかどうか」
生き……。
私は興奮して叫んだ。
「生きてるよ! きっと!」
「わからない。先の事なんて」
……!
やっぱりセナ、変だ。
何で突然そんな事を言うの!?
「例え青龍が蘇って、この世界が滅びる事に なっても。それでも お前は帰るんだ。自分の世界へ。俺達が何としても そうする」
セナは真剣だった。その横顔が言っている。
「嫌よ! 一人だけ逃げるなんて! 私も皆と一緒に――」
「ダメだ!」
「どうして!?」
そしてセナは私の顔を見る。
私達2人とも歩くのを止めて立ち止まった。
「お前は、こっち側の人間じゃないんだ。本当なら、今だってココに居るのは おかしいんだよ!」
そう叫ぶセナの顔は。
「でも七神創話伝には!」
「あんなモノに踊らされている事も おかしいんだよ!」
海の音が近く、優しく沈黙に重なる。
セナの瞳に私が映る。びっくりしたような、泣きそうな、私の顔が。
「……とにかく、勇気は元の世界に帰るのは絶対なんだ。アジャラとか いったか。今度 会ったら、もう一度 元の世界へ行って、記憶を――」
セナが言いかけたのを遮って、私は震える声も構わず訴えた。
「私は命捨てる覚悟をつくっただけよ!」 ……
手を握り締めて詰め寄った。
驚くのは、セナの番だった。大きく目を見開く。
私は今、自分が言った事を一瞬だけ忘れてしまったような奇妙な感覚を覚えた。
命捨てる……?
そんな事を……? 何で。
「何よ……帰る帰るって。どうして そんな話するのよ! 前、私が元の世界に帰ろうとした時は、あんなに優しかったのに……ひどいよ!」
あの時セナは、また こっちの世界へ戻って来てくれなんて言ってた。なのに どうして今は私を。まるで邪魔扱いしてるみたいな――
「……」
また、電源が切れた。
思考と動作が停止する。
「? 勇気?」
セナの顔が何だか よく見えなくなった。
(私……邪魔なの……?)
嫌な感覚と否応ナシに流れ込んでくる考えが止まらない。セナの顔が近くとも暗くて よく見えなくなっていた。
セナは、私をこの世界から追い出そうとしてるの? だから、そんな風に言うの? 何故? 何のために そんな事を言うの? 私なんか いらなくなったって事?
ふいに、ハルカさんの顔が浮かんだ。
そして、夢の中の もう一人の私が言った事も。「よく見てごらん。3人とも、お互い誰を見てるのか――」
レイはハルカさん。ハルカさんはレイを……見ていた。この2人は、お互いに好きあっているんだと思ってた。というか、それしか思わなかった。他の事なんて――……。
じゃあ、セナは誰を見ていたの?
レイとハルカさんを見ていた。
もし……もしも。セナがハルカさんの事を好きだとしたら? セナはハルカさんがレイを好きという事を知っていて。レイの気持ちも、知っていて。
私なんて元々、セナの眼中に なかったとしたら……?
「勇気……?」
心配そうなセナの顔。でも本当は、私の事が うっとうしくて うっとうしくて仕方なくなって……。
……そう。お兄ちゃんの彼女の小谷とかいう人。あの人と同じ。親切そうに ふるまって私を追い出そうとして――。
「おい、勇気?」
セナが私の両肩を揺さぶった。あさっての方向を見ていた私だけれど、「嘘つき……」と呟いてセナの手を振り払った。
「さよなら!」
言った私は どんな顔をしたんだろう。作り笑いかな? 泣き笑いかな?
私はセナの元から走り去った。セナが追って来る事は なく。
私は ひたすら走った。苦しくても走った。
(死ぬ覚悟で こっちの世界に来たんだ、って思ってた)
ズタボロの みっともない顔をしていたんじゃないかと思う。通りすがりの人々は皆 変な目で私を見ていた。それには何も感じず、自分の事ばかりが身を支配していた。
(私が こっちに戻ってる間、お兄ちゃん達に心配かけたくなくて。いっその事、私の事を忘れてもらおうって思ったのよ)
街の中を駆け抜ける。
(あんなに必死な お兄ちゃんのために)
何処をどう走ったか わからないけれど走っていた。
(でも本当は……)
その足で宿へ帰って、自分のカバンを持ち出した。
(本当は、別の理由も あったかもしれない)
思いつくモノ全部入れて、リュックを背負う。そして大急ぎでバタバタと また来た道を戻る。
(私、気が ついたから)
港へ向かう。
(セナの事、好きだって気が ついたから。だから――)
港をひた走っていると、ちょっとボロだけれど丈夫そうな小船を見つけた。一人くらいしか乗れそうにないやつ。
(私は、自分の世界を捨てたのよ)
ヒョイと乗り込んで、オールで舟を こぎ出す。
静かな波にのって……南へ向かって。
《第28話へ続く》
【あとがき】
主人公、よく突っ走りますね。
作者、最近1メートルすら走っていません。
※ブログ第27話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-77.html
ありがとうございました。