第26話(苛立ちと不満)
勇気達がマーク国へ向かっていたと同じ頃。とある東の大陸の、ある地域がレイによって襲われていた。
ライホーン村、キースの街と同じ。あちこちに転がった死体の山と、崩れ滅びた家屋。レイの少し興奮気味の息づかいだけが静まった辺りの中で聞こえていた。
静かだった。
「レイ様……」
と、レイに。そばに居た さくらが白いハンカチをそっと差し出した。だがレイは それを邪険に振り払う。
景色 遠くを睨むレイ。山の向こうに堕ちかけた太陽が、赤々とレイの顔を照らしていた。
「何故だ……何故、見つからない……?」
手には固く握り締めた邪尾刀。刃先からは血が滴り落ちている……。
するとレイとさくらが並んで立つ背後に、腹に深手を負いながらも立ち上がって攻撃を仕掛けてきた者が居た。
「レイ様!」
先に気が ついた さくらが振り返って悲鳴を上げる……が、心配 御無用とばかり、レイは即座に邪尾刀で見事に、振り下ろした刀で相手を思い切りよく縦にブッタ斬ってしまった。勢いのある返り血を容赦なく全身に浴びるレイ。服は構わず赤に染まる。
「……クソッタレが」
レイは悪態をついた。
(こいつも違う。四神鏡を持っていない。何故だ……救世主は着実に七神を集めているというのに。あと、たったの3枚じゃないか)
レイの思いが胸中を駆け巡る。同時に燃えたぎる熱い血液が、血管を伝って全身に通い行き届く。
(襲った地はココで3つ目か。人口の多い場所を狙ってきた。……おかげで一枚は見つかった。だが……)
思考は加速する。止まるを知らず、感情と合わせていき叫びの音へと変えた。
「あと3枚もか!」
もう一度、遠く彼方、山のある方へと睨みをきかした。
(早く……早く!)
もはや苛立ちを抑えきれないでいるレイの様子を見ていて、さくらは不安になる。さくらの長い絹のような黒髪は、砂の混じった風で なびく。
さくらは思う。
(このままでは いけない。何とか しなくては……)
と……。
息を呑み、不安な片手を自分の胸へと押し当てた。
カスタール村は、のどかで平和な村だった。入り口に人は立っておらず、村には ほとんど人が居ない。見渡せば田畑が広がっている。数少ない村人達は、いきなり やって来た私達を歓迎してくれていた。
宿をとる。落ち着いてテーブルに ついていると。ささやかだけれど差し入れだと言って幾つかの果物を村長さんが持ってきてくれた。そして村長さんは私達が食事している間、久々に外からの客人だと ずっと一方的に しゃべり続けていた。この村の歴史、世界の事……そして何と!
「『七神創話伝』!?」
「本当ですか!?」
私達は目を丸くする。
丸いテーブルを囲んで野菜をたっぷりと煮込んだシチューや、私達のために宿屋の主人が わざわざ作って下さった焼きたてのパンを頂きながら。長々と おしゃべりをしている村長さんの話の中に その言葉が突然 登場してきたもんで、びっくりしてしまった。食べかけの熱いシチューが口から こぼれそうになった。
私と、私の向かいにセナ。その隣に蛍や紫と。箸やスプーンを持つ手を いったん止めて、皆で村長さんに注目した。
「すごい反応だな。何だ、何か あるというのか」
不思議そうな顔をする村長さん。まだ若いけれど、しっかりとした顔立ちと体格。まず私の顔を見た。
「あ、あの。興味あるんです。内容とか、ご存知なら ぜひに……」
私が両手を組んで お願いする。同じ場に居た宿屋の主人と村長は顔を見合わせたが、「おう。いいけどよ」と言った村長さんが嬉しそうに私達を見た。
「『或る日 天地開闢の……』って あたりくらいから、ちょこっとだけだけどな」
と、言った。
反応をすぐに示したのは私だけだ。身を乗り出しそうになった。
「『或る日 天地開闢の』、ソレ! 夢に出てきたわ!」
私が大声で言うと、セナが「はあ?」といった顔をした。
「夢って?」
「元の世界に戻ろうとした時、頭の中に浮かんだの。不思議よね、コレって」
「全部 覚えてるか?」
「えと……」
セナに突っ込まれて。私はグッと息が詰まった。
「すごく長かったから……細かく覚えてないや。でも、七神が できた理由みたいな、昔話っぽかった気が……するんだけど」
と、セナと私が話していると。宿屋の主人がオホンと一つ咳払いをし、言い出した。
「七神創話伝 第二の章……“七精霊の誕生”だ。俺が教えてやる。とは いっても、俺が知ってるのは第二章まで なんだけどな」
「あ、ちょっと待って下さい」
私はリュックからシャーペンとメモ帳を取り出した。忘れる事が ないように、メモっておこうと思って。まだまだ旅するにつれ、章は増えていきそうだしね。
「ついでに。第一章も書いておくよ」
そう言って私はサラサラとメモ帳に書き出した。
『 この世に四神獣 蘇るとき 千年に一度 救世主 ここに来たれり
光の中より出で来て 七人の精霊の力 使ひて これを封印す
七人の精霊の力とは 転生されし七神鏡
これを集め 救世主 光へと導かれたり
満たされし四神獣は また千年の眠りにつく 』
……うん。だいたい、こんなもんだったよね。
「じゃ、いくよ。メモって」
宿屋の主人は得意げにスラスラと言い出した。
『 或る日 天地開闢の時 神は まず 闇を鎮めなさった
闇の精霊の王は 闇神となりて 闇を司る
或る日 闇神の腹の中 神が弐に 一攫みの火を放ちなさった
炎の精霊の王は 炎神となりて 炎を司る
或る日 弐神の間で 神の知らぬ間に 輝く光が生まれた
光の精霊の王は 光神となりて 光を司る
或る日 怒り狂った 神の策略で 風を吹きなさった
風の精霊の王は 風神となりて 風を司る
或る日 力を使ひて 神に逆らひて 大地を造りなさった
地の精霊の王は 地神となりて 地を司る
或る日 力を失くした 神の涙が 水となりて流れた
水の精霊の王は 水神となりて 水を司る
或る日 見かねた姿に 神の為にとて 木を育てなさった
木の精霊の王は 木神となりて 木を司る
このように七つの精霊の王 七神と なりえたが
闇は 神の悲しみによって育てられた木を苦とし
木は 神の怒りを受けた炎を苦とし
炎は 神の落とした水を苦とし
水は 神の後悔の元となりし風を苦とし
風は 神に逆らひて造られたる地を苦とし
地は 神の子ではない光を かばうため光を苦とし
光は 神が最初に造りし闇を苦とし
ここに 七神円陣を 描く 』
「と、まあ、こんなトコだな」
一気に話し終えた主人は、そばの お茶を飲んで落ち着いた。
「七神円陣って何ですか? 一体」
と私が聞くと、主人はチッチッチと指を立てて振った。
「今 言った事を図にしてみな」
そう言う。私は「ええ……?」と弱った顔をして、今 書いた文をマジマジと見つめた。
闇、木、木、炎、炎、水、水、風……あ。
「もしかして これって。こういう事?」
と、私は図を描く。円状に、闇、木、炎、水、風、地、光……と字を並べた。
「闇は、木を苦とする……つまり、木が苦手って事?」
闇から木へ。矢印を引いた。そして後も同じように、矢印で線を引っぱっていく。
「木は炎に弱くて、炎は水に弱い……そういう事なんだ。で、これがその、七神円陣なのね!」
私が勝ち誇ったような顔をすると、主人はパチパチパチと拍手してくれた。そして「お見事。花マル合格だね」と褒め称えた。
「へえー。結構 面白いな」
セナは私が描いた図を見て頷いた。
「いやあ〜、俺も この話が大好きでね。よく田舎の ばあちゃんが子守唄がわりに枕元で歌ってくれたもんだよ。或る日ィ〜天地〜かいびゃくノォオ〜」
突然 妙な節で歌い出したもんだから、私は飲みかけていた お茶を吹き出してしまった。ムセて、ゴホゴホと。
「大丈夫か、勇気? 気をしっかり持てよ」
とセナが言ったので、私はムセながらも何とか頷いた。
テーブルから離れて行った主人は、まだ大声で歌っているし。段々ノリにノッてきたようで、リズムも何だか騒がしく うるさくなってきた。
「アンタッ。夜中は客に迷惑だって言っただろッ!?」
奥から、主人の歌をかき消すほどの怒鳴り声をした おかみさんが来た。
真夜中。皆が寝静まった頃だった。
突然、宿の外の方が人の声で騒がしくなったのだった。
私は「うるさいなぁー」と、まだ夢うつつ。ベッドの上で寝返りをうって夢の続きを……と思っていたら。
「ちょっと起きなさい! ただ事じゃないみたいよ!」
と、蛍が突然、私をベッドから蹴り落とした。
思わぬ攻撃で私は見事に顔から床へ着地し、おかげで肩をも痛めた。
「……っ!」
右肩に痛みが走る。しばらく動けないという。
「早く、勇気。セナ達 先に表に行ってる。私も行くから。紫、紫ーっ!」
と、一足お先に部屋を出る蛍……まだ悶えてる私。
お兄ちゃん、ごめんなさい。ちょっと勇気は汚い言葉を使います。……せえの。
あ ん の …… クソ ア マあああああァ ー ッ !!
しかし実際、それ所では なかった。
「何が あったんですか!?」
と私が制服に着替えて肩を押さえながら、セナや村人達が集まっている外の輪の中に割り込んだ。皆、血相を変えてオロオロしている。
「それが……村の子供が2人ほど、コミ山道へ行っちまったようで……ひ、一人、ケガして帰って来たんです!」
村人Aが そこまで話すと、今度は村人Bが説明し出した。
「い、今、家の中で手当てしてやっているんですが……どうやら傷口から見て、魔物に遭遇しちまったみたいで。爪の痕が こう、くっきりと……」
2人とも顔面蒼白だった。ブルブルと肩や手が震えている。
「俺達、コミ山道は巨大魔物のせいで通行止めだって聞いたろ? どうやら子供2人が そこへ行って、運悪く襲われちまったらしい。で、一人はケガして帰ってきたわけで。もう一人は まだ、山道に居るらしいぜ」
と、横で立っていたセナが補足した。
「って……大変じゃない! すぐ助けに行かなきゃ! こんなとこで何 固まってるの!?」
私が言い出すと、セナが私をなだめた。
「魔物の正体はツキワノヒグマリオン。恐ろしく凶暴で、人間なら見境なしに襲ってくる奴だ。ハッキリ言って、普通の人間なら5秒で やられちまう」
「そんな事 言ったって……」
「村人達には無理だ。これまでの奴らと格が違う。これだけの人数が居ても、勝てっこない」
と……冷静に村人達を見回すセナ。村人達は すっかり沈み込み、誰も何も言わなくなった。
「それじゃ子供を見殺しにするっていうの!? 私は行く! 放っておけないもん!」
私が勇み足で山の方へ向かおうとすると、はっし! と腕をセナに掴まれた。振り返ると、
「普通の人間なら、な」
と、ニッと笑うセナの顔が そこに あった。
「……ああやって脅しておけば、誰も ついて来なくなるだろ?」
「確かに そうだけどさ……」
小走りながら、私とセナは そんな事を言っていた。
ふと考える……私って、どうセナに思われてんのかなぁ? ツキワノヒゲマリネ……あれ? そうだっけ? まあいいや。とにかく そいつ、とんでもなく凶悪な魔物だって わかってんのに、私こうしてセナと肩を並べて山へ向かっている。後ろには無言で紫も ついてきている。蛍は、自身に あまり力は ないし、子供だしという事で。だから、置いてきたんだけれど……私は? 私、ひょっとして女の子だって事 忘れられてない?
「ね、ねえねえ。私なんかが ついてきて、大丈夫なの? 私、ツキワノヒゲマリルなんて。倒せないわよ?」
サッとセナが答える。
「ツキワノヒグマリオン。大丈夫だろ? その指輪が いざって時に護ってくれる。お前、そう言ってたじゃんか」
「そ、そうだけど……」
「大丈夫。お前、普通じゃないから」
……。
……どういう意味なんだ……。
さておき。山への道を道なりに辿りながら走って行くと、コミ山道の入り口に着いた。ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくり辺りを見回しながら慎重に前へ歩く。
一体、奴は何処に居るんだろうか。
うっそうと茂った樹々の間は真っ暗闇。何も見えやしない。時折こちらに吹いてくる風が生ぬるくて。ひっじょーに、緊張している。私達、3人とも。
ツキワノヒゲマリラ……一体、どんな奴なのかしら。少なくとも、和解できるよーな魔物では、ない! という事は わかってんだけれどなあ。でも そんな凶暴ならさ、もう一人の子供なんてもう無事では ないんでないの……? だって村に帰ってきた子供でさえケガを負ったっていうんでしょ?
それに。こんな深そうな樹々の中……さっきから見回しても何も ない。何か手掛かりとか、例えば足跡とか、何か ないんだろうか。
「あ!」
と私が声を上げると、セナと紫は いっせいに こっちを見た。
「な、何だ!?」
セナが驚いて私を見る。慌てて私は手を振った。
「あ……いや、何でもない」
と頭を掻きながら謝ると、セナは「ったく!」と舌打ちした。私は縮こまる。
実はね私、一つ思い出した事が あるんだ。
初めてセナと会った森……私、あそこで木の精霊と会話が できたのよね。そのおかげでセナは風が使えるようになったわけなんだけれど……。
もしかして今。それが できないだろうか、と。ふと、思ったのよね。
ずっと考えてても仕方ない。とりあえず、やってみようか。そんな上手くすぐ できるようには思えないけれど……。
スーッと息を吐き目の前の木に手を触れる。精神を集中させる。
もしもし精霊さん、私の声、聞こえますか? と問いかける。
『おう。何か用か?』
わ……。
聞こえた!
やっぱり私、そういう力あったんだ!
『用が ないならグッバイだぜ。どうなんだ』
あっさり そう言われた。
あわわわわ……ま、待って! あ、あのね。私、このコミ山道で行方不明になった子供を捜してるの! 知らない?
『ああ……そういや つい さっき。奴と一緒に居たな。子供2人と』
やっぱり!
奴って……ツキワノヒゲマキね!
『ツキワノヒグマリオンだろ。ああ、そいつだ。奴が子供を襲ってたな。一人は からがら逃げて、一人は……』
もう一人は!?
『子供、気絶したらしくてよ。奴が巣に持ち帰ったみたいだな』
ええ!?
巣!? 何処!?
『俺の横に斜めに伸びた細い木があるだろ? その細い木の傾いた方角の さす方へ向かって真っ直ぐ行きな。洞穴が あるはずだ。そこに居ると思うぜ』
わかったわ!
子供は無事かしら?
『……だろうと思うぜ。奴は そんなに悪い奴じゃねえ』
え? どういう事?
『奴は……』
「勇気! どうした?」
私が木と夢中に なって会話をしていると、少し先に行っていたセナが気が ついて戻ってきた。紫も後からセナを追いかけて。そして不審に思ったセナが私に話しかけた。
「ちょっと待って! 今……」
何度その後に呼びかけてみても、木は もう何も言っては くれなかった。
「あ……あそこよ! あの洞穴!」
木が教えてくれた通りに行くと、そこは見つかった。茂みや木に隠れて、ひっそりとあった。ぽっかりと空いた横穴の奥は深そうで、真っ暗だし何も見えない。
「とにかく行くか。木の精霊の言う事を信じて。俺が先に入る。勇気、紫と続いてくれ」
セナに そう言われ、頷く私と紫。穴は とても大きく、人が横に5〜6人は並べられるんじゃないだろうか。
壁伝いにセナは奥へ進んで行った。後を追う形で私と紫が続く。
「あ……」
数分くらい息を潜めて進んで行ったが、急にセナが立ち止まったので。私はドン! とセナに ぶつかってしまった。
「な、何!? 急に……」
とセナを見上げると、セナが呆然として自分の目の前を指さした。ヒョイとセナの横から前を覗く。
……すると。
「………………はあ?」
拍子抜けしたというか、何というか。緊張が一気に抜けて肩を落とした。
だ、だってだって。
確かに薄暗い中、ツキワノヒゲゴジラは居る……わよ? でも、でも……。
横に なって高いびきかいて、寝ちゃってんだもん!
しかも、その腕に行方不明の子供を抱いて!
「これがその魔物……」
仰天した。
さらに さらに何と。寝ている彼らの周りには。
酒ダルだ。バレーボールくらいに小さめなのが10〜20はある。全部 空っぽらしく、フタは されていない。そこらじゅうに転がっていた。こんなもの、一体 何処から調達したというのだろうか。
「酒くさ……もしかして。酒飲んで寝てる……?」
と私が言うと、セナはショックを受けたのか。明らかにガックリと肩を落とし土の壁に頭を押しつけた。
セナも よっぽど緊張していたんだろうなぁ。
「どうやら彼は、酒乱のようですね」
冷静に目の前の状況を推測したのは紫だ。
「まさか……山道で村人達を襲ったりしたのも、お酒に酔った勢いでってやつ? 嘘でしょお!?」
つい大声で言うと、ツキワノヒゲマンジュウは目を覚ました!
げげ!
隣に同じく横になって寝ていた子供も目を覚ましたようだった。しかーしだ。
彼らは目が すわっていて、子供の方は顔が赤かった。
真っ黒な熊のような風貌をし、額に三日月ハゲを作っていて鋭い目で こっちを睨む、魔物の そいつ。
「クマッた(困った)……」
ボソリとセナが言った。
「……」
「……」
とても笑える状況では ない。
宿屋にて。
食事する広間のテーブルに つき、マフィアと談笑していた。
「……で? どうなったの? 奴を倒したわけ?」
テーブルの上に組んだ両手の指を回しながら、マフィアが聞いてきた。
「うん。セナが容赦なく攻撃して、何とか。子供も奴もベロンベロンだったけど、奴は あっさり やっつけてさ。セナが おんぶして子供を連れ帰ってきた。子供は子供で。小さな変わった虫を探しに外に出たとか言ってた。真っ赤な顔して、またベロベロでさ」
「お笑いねえ。それって」
「んもー、大変だったよ」
全くだ。せっかくの張りつめていた緊張感も台なしで、コミカルだった。
強そうに見えても、セナの たったの一撃でスッパリやられてしまったし。白旗まで振ってたんだから、そいつ。
呆れてトドメは させなかったよ……。
「始めから わかっていれば、近道できたのにねえ」
「全くだよ。はぁ〜あ」
私がテーブルに体を突っ伏すと、ちょうど向かいのテーブルで声が上がった。
イスから立ち上がった一人の男が興奮 気味に大きな声を張り上げる。
「何だと!? 東のベルト大陸の、3分の1がほぼ壊滅!?」
ガシャンッ。
立ち上がった拍子にテーブルの隅に置かれていたガラスのコップが床に落ちて割れた。水とガラスの破片が飛び散り、一瞬だけ辺りがシーンと静まり返る。
しかし すぐ別のテーブルから男の声が上がった。
「また例の、メガネ野郎か! 青髪の!」
そして また別の。
「マジかよ!? ……商売できなくなるぜ!」
商売人らしき その男は座ったまま頭を抱えた。
どよどよと……場に居た人の騒ぐ声が徐々に広がっていった。
(メガネ……青髪)
「レイね」
マフィアが言葉を発した時、私はドキンと胸が高鳴った。
「拡大していってる……レイ、焦っているのかもしれないわね」
焦り?
「マフィア……」
私が何とも言えないような顔になる。
「時機は今かもね。レイの所に のりこむのは」
ココはマーク国。マフィア一行と合流したが、お互い七神についてのヒントは得られなかった。
それは それで。次にマフィアはレイの所へ行こうか、と言い出したのだ。
「そういえばレイの奴、何処に居るんだ? 蛍、知らないか」
マーク国内の商店が たち並ぶストリートをテクテクと歩いていた。セナに聞かれ、蛍は答えた。
「レイ様は よく移動されるの。だから きっと今は別の場所に居ると思う」
「レイの奴、一つの所にジッとしているタイプじゃねーからな」
と、そんな2人の会話がなされていたのを気に しながらも。私は2人から少し離れて行き、商店で品物の方に気をとられていった。木彫りの動物や、ガラス細工の花、鳥や爬虫類みたいな形をしている小物など。私は店頭に並べられた色とりどり種類たくさんの民芸品に目を奪われていた。そしてセナと蛍は。私が立ち止まって商品に気をとられているのにも気が つかず、先へと行ってしまっていた。
「きれーい。この首飾り。先に鈴が付いてる」
私は ちょこっと、飾りの鈴に触れてみる。チリン、と小さな音がした。
そんなノンキに商品を見ながらだ。
(レイの場所かぁ……ココから遠いのかな……)
なんて、考えていたりするんだ。
あんまり本当はレイの事は考えたくは なかった。考えると どうしても気分が暗くなってしまう。レイを倒す……やっつける……ころ……。
(はぁ……)
それしか、ないのだろうか……。
ホラ、落ち込んでくる。それが わかっているから嫌なんだ。もう。
「ん?」
私がクルッと、後ろに振り向く。トントンと誰かに つつかれたような気が したからだ。
しかし誰も居なかった。
気のせいか? と思った矢先。
「下だよ。お姉ちゃん」
と下方から声がした。言われた通りに下を見ると……。
「あなたは」
キャップを深く被り、オーバーオールのポッケに手を突っ込んでいる、見覚えのある少年。確かこの子は……。
「チ、チリンくん!?」
「や。また会ったね。お姉ちゃん」
そう。私が元の世界に帰る時に お世話になった変な少年、チリンとかいう少年だった。変、っていうのは、彼には謎が多いから。私の事をよく わかっているような口ぶりをする。
今だって そう。ニッコリ笑っては いるけれど。
「ぐ、偶然ね。また……ベルを売っているのね」
「まあね。今は休憩中ってトコ。それより、さ。お姉ちゃん、また何か悩んでるでしょ」
ニコニコした顔で陽気そうに聞かれ、「ええ……そうよ」と正直に答えると。いきなり笑顔が消えチリン少年は真顔になった。
「デタライト島だよ。闇神が居るのは。ココの大陸のちょうど真南。行っておいで」
「えっ……?」
するとチリン少年は またまたニカッと笑って、「じゃあね! また会おう!」と言って走り去った。
「デタライト……島……?」
立ち尽くす私。ポカンとして しばらく固まったままだったと思う。
(どうして……? どうして知っている……の?)
ストリートの上を一吹きの風が吹き抜けていった。
宿屋に戻った私。皆は もう広間のテーブルに ついていた。お茶だけを宿屋の おかみさんに頼んで、何やら談笑していた時。帰ってきた私は さっそくチリンくんに聞いた事を話した。
「デタライト島だって!? あの魔の島!?」
色めきだったのはカイトだけ だった。驚いた顔をして、私の顔を見た。
「そうか……うん、そうだな。レイが そこに居ても別に変じゃないか……」
と何やら ひとり言を言っている。
「変なのは お兄ちゃんだよ。何ブツブツ言ってるの?」
メノウちゃんが そうツッコむと、「いや……ひとり言」と言って黙ってしまった。
「参ったわね。そこ、魔物の巣とも言われてる所よ。人は滅多に行かないし。いくら私達でも危険すぎるわ」
マフィアは考え込むようにイスに身を預けた。そして やはり黙ってしまった。
「しかし よくわかったな。レイの居場所」
セナが そう言って私を見たが、私は「うん……」と自信なさげだった。セナが おいおい、しっかりしてくれよというような顔をしたので、私は俯いてしまう。
「そこに居るって言ったのは……あのチリンっていう。セナ、覚えてない? 元の世界に戻る時、私の そばに居た男の子」
セナは考えながら唸る。
「うーん。そういや居たけど……あんまり覚えてない。何者なんだ? そいつ」
「知らない。とても、不思議な子……」
「まあいい。俺の勘じゃ、たぶん味方なんだろう。そいつを信用する、か……」
腕を組んでいたのを解き、私達 全体を見渡したセナ。
「行くか行かないか……だろ?」
と……視線を私でピタリと止める。
私は、キッパリと言った。
「もちろん、行くわ」
と。セナは見て、満足そうに頷いた。
「それじゃ……」
カイトがマフィアを見ると、マフィアも頷いてカイトを見た。
「明日。決行ね」
今度は全員で頷いた。
夕食を食べた後。同じ場所で話し合いは続いている。
デタライト島は、ココ マイ大陸の真南。テナ海を南へ進めば おのずと見えてくるのだけれど……。
問題なのは。
「どうやって行くかって事だな。船なんかねーし。何処かで船を借りるか」
「それなんだけど。試してみない? カイト」
マフィアが意味ありげにカイトを見る。カイトは壁に体を もたれさせていて指をいじっていたが、止めて顔を上げた。
「はあ?」
言ったのはカイトでは なくセナだった。
「私とカイトの力で、よ。練習していた技のアレ。マーク国へ到着するまでの間に、だいぶバランスが とれるようになったじゃない? そうね……4人くらいまでならイケるわ。勇気、セナ、カイトと私で行けば」
それを聞いて憤慨する蛍。ドン、とコブシをテーブルに打つ。
「私も行くわよ! もちろん紫も! 置いてきぼりだなんて!」
マフィアの言葉に熱り立つ蛍。マフィアは困った顔をした。カイトが口を開く。
「なあ、マフィア。それって、アレだよな。『草鞋』で木の葉の塊を作って、その上に乗って、海面上をスイスイ渡ろうという」
「そうよ」
「4人までなら、っていうのは君が『草鞋』の上に乗った場合の人数なんだろ? 水の上じゃ、木の精霊の力は弱くなる。限界が4人って事なんだよな? って事はさ。木の精霊が ふんだんに居る場所でなら、もっと人は乗せられるんじゃないかな?」
カイトが そんな風に言う。マフィアは片方の眉をひそめた。
「つまり?」
「って事はさ。俺と、勇気と、セナと、蛍と紫。この5人が行くんだよ。君は陸で遠隔操作してくれればいい。陸の方が精霊も多いし水面より楽だろうしな。たぶん俺らならできるはず。陸で、君はメノウの面倒を看てやってくれ」
陸に残って遠隔操作!
そんな事、思いつかなかったけれど。
でも そのやり方だと確かに行く事の できる人数は増やせるわけで……。
なんて私は考えていたが。
いつもは穏やかなマフィアが、この時ばかりはカッと顔が赤くなった。
「私も行くわよ! 相手はレイと四師衆! 戦力は一人でも必要でしょう! 家を出た日から、私はレイ達を倒すって決めてたんだから!」
それを聞いた今度は蛍がカチンとなる。
「レイ様を倒すなんて許さない! 私はレイ様を倒すために行くんじゃないわ!」
両者の睨み合い。
思わぬ展開に なってしまった。雲行きが怪しくなってくる。
まだまだ、会議は終わりそうな気配を見せなかった。
《第27話へ続く》
【あとがき】
『苛立ち』って『いらだち』と読むんだ〜。へー。
……。
作者、過去の自分に学ぶ。
※ブログ第26話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-75.html
ありがとうございました。