第25話(再会)
セナ……会いたい。
私、どうしてセナの事ばかり?
ううん……どうでもいい。会いたい。それだけ!
光と風とのトンネルを抜けた……落ちた。
「きゃああっ!」
「うわっ!」
どっしいいいぃぃんっ……!
…………。
すごい衝撃が体全体を襲った。最初、訳が わからなかった。
「あたたたた……」
私は、私の下敷きになった人物と目がバッチリ合う。
「……!」
2人とも、完全に声を失っていた。そして あんぐりと口を開け、お互いを指さしていた。
「勇気……」
「セナ……」
どうやら私、セナが寝ていた所に落ちたみたい。ベッドの上で2人、身を起こし正座した。真っ暗で、顔がハッキリと見えるように なるには時間が かかった。
セナも同じみたい。いきなり、寝ている所に私+荷物×3の下敷きに なったもんだから、当然 私よりダメージは大きい。ボケた頭で私……をジッと見ている。
しばらく見合っていたけれど、私は我に返って慌て出した。
「ええとホラ、約束通り帰ってきたよ! ちゃんと向こうの世界にサヨナラして……その……踏ん切りがついたし、これからは全力投球で こっちの世界をね……」
無理矢理 会話を続けようと頑張ってみた。なので自分が何を言っているのかが よく わからない。
照れてしまう。何か言ってほしいんだけれど。
あ、そうか。私、すんごく変な顔してるかも! 何も言ってくれないのは、ひょっとして それでセナ呆れてんじゃない? ……
そう思ってチラリと彼の方を恐る恐る見上げる。
セナはボーっとしていた。
私は手を彼の目前にサカサカと振ってみせた。
首を90度まで傾げて様子を見たりしたが、全然 反応が ない。動かない。
私は どーしよーか……と思ったが、とりあえず。
「ただいま!」
とだけ言って、笑った。
するとだ。言った途端、セナがスウッと……強張っていた顔の筋肉が ほころび優しく表情を緩めていった。
そして。
「……お帰り」
とだけ言った。
私の中に じんわりとしたものが流れてくる。
(あったかいな……)
ほろっと泣きそうにまで なってくる。
すると今度は私とセナが正座しているベッドの隣のベッドから、別の声が上がった。
「何だよ寝ぼけて……」
と、寝ぼけ眼をこすりながらムクリと起き上がったのはカイトだ。のんびりと、こちら側を見た。私の姿を確認して、仰天する。「うおお!?」
身を後ろに少し退いた。まるで物の怪でも遭遇したようなリアクションをとった。
「カイトぉ!」
「ゆ……勇気ィ!?」
私はセナから離れ、スタッ! と床に降りて立ち仰々しく敬礼の構えで張り切って言った。
「松波勇気、ただ今 戻りましたあ!」
隊長、とばかりに片手を頭の前に、気をつけの姿勢。笑顔だった。
そんな私に つられてか、カイトもベッドの上で正座して私と同じように敬礼! のポーズ。
「何なんだ、一体……」
と、カイトが高速まばたき しながらパチクリしていると、部屋の入り口のドアが開いて外から団体がやって来た。
「どうしたの!? 真夜中に すごい音……」
先頭で やって来たのはマフィアだ。後ろにマフィアよりも背の低い人影の何人かが。きっとメノウちゃんや蛍だろう。今に気が ついたけれど、セナの寝ていたベッドを越えて一番 端際のベッドには、紫が居た。あまり気配が なくて気が つかなかったのだ。
私を見て、皆は驚きをあらわに次々と騒ぎ出した。
「勇気……帰ってきたのね!?」
「勇気!」
「お姉ちゃん!」
「皆 元気そーだね! よかった」
と、私が言うとマフィアもメノウちゃんも。いっせいに私の所に飛びついた。
「寂しかったよおお!」
とメノウちゃん。
「ほんと! 一週間も!」
と、マフィアが。「え、一週間?」と私は聞き直す。
時間の流れは こっちも あっちも同じくらいなのかなあ。
「皆……ただいま!」
私は最後に特上の笑顔で大きな声を上げる。今が真夜中なんて事も気にせずに。
カーテンで閉められていた窓からは、隙間から朝の光が見え隠れしていた。
一日 完徹してしまったけれど、全然 眠くない。むしろ、パッチリと目が冴えていた。
感動の再会! を終えた私は帰ってきてから眠る事が できず、夜も明けたので外へ出てみる事に した。外は まだ白っぽい空で、遠くで鳴く小鳥達の声が清々しさを引き立たせている。んー、朝! って感じだ。
空気が私の居た世界のとは違う気がした。野や家屋の においが混じったような、新鮮な。つい深呼吸をゆっくり連発してしまいそうな。無味無臭なはずの空気をおいしいと思うなんてね。
……なんて。ノンキにしていたんだけれど。
ココ……キースの街は。レイの襲撃に遭ってほぼ壊滅の大被害を受けた。今は街の様子を見渡すと、面影は充分に あるけれど あの時のような悲惨さは感じ取れなく なりつつある。
あの時は本当に凄まじい出で立ちで、思わず目を逸らしたくなる衝動が何度も あったと思う、皆。私は気絶してしまって ほとんどを寝て過ごしたりしたけれど、生き残った人やセナ達は ずっと救助や支援に回って大変だったはずだ。
街のあらゆる所に転がるように眠った死体の数は、多すぎて計りしれない。
聞く所によると、死体は まとめて街の外れで火葬したんだそうだ。
集団墓地が大掛かりで造られる事が決定したそうで、その同じ街隅で建設され始めている。
すでに外国から、知らせを聞いた事業家や国が援助資源や大金と一緒に花束が次々と贈られてきているそうだった。
何処かの国の王や村長などが人を率いて来る事が度々あった。暗い顔をして、積み重なるようにして火葬されるのを待っている死体の山を前に手を合わせていた。
彼らは きっと こう思っている……ウチの国、村や街でなくて よかった。でも いつかココと同じ目に遭うかもしれない、と。
不安が絶えず重い空気を永遠のように作り出す。
痛々しいほどに伝わってきた。
……と、マフィアが さっき言っていた。
「不安なのは皆一緒……私達、これから どうするのかしらね?」
と声に出して漏らしたマフィアの言葉は、私に深く印象づけていた。
これから……とりあえず、今は。
「何してんだ?」
トタトタと私が救急箱を小脇に抱え廊下を走っていると、セナとバッタリ会った。私と箱を交互に見て少し何かを考えていた。
「ケガ人が まだまだ たくさん居るってマフィアに聞いたから。しかも薬とか足らないって。だからホラ、私の世界から持ってきたやつ。少し足しになるかもって、思って」
私は張り切っている。背中にリュックを背負っていたんだけれど、中には家に あった医学なんかの本が入っている。
何でもいい。役に立てば、とだけ思った。
「それじゃね、昼に戻るから!」
と言い残し、去ろうとした私をセナが呼んだ。
「何?」
「あ、いや……頑張れよ」
「? うん!」
セナが何を言いたかったのかは わからないけれど。私は笑って頷いて、また前を見て走り出した。
セナは前髪を掻き上げ、
(あいつ……)
と少し心配そうに私の背中を見送ってくれていた。
私達が借りている家の主人である診療所の医者……名はハウス。彼に薬と本を提供した。
泊めてくれた お礼がわりにしちゃ安いかしら……とも思っていたんだけれどね。ハウス先生は薬を見て驚き、本をペラペラとめくって見ては また驚いていた。
「こりゃ……凄いじゃないか。専門的な事が びっしりと……ううーん、でも。残念なのは、字が見た事も ない字で解読しないと いけない。薬も……」
机に向かって座りながら渡された物をジックリ見て、考え込んだ顔になった。
そうだった、私ったら忘れかけていた。私だってココの世界の字は読めない。
「でも貴重だよ、とても。解読は しなくちゃいけないけど、大丈夫。こんなのは よくある事だ。外国の本や専門書をよく読むし、色付きで絵や図が多いみたいだから わかると思う。でもコレ、どうしたんだい? 君の持ち物?」
ハウス先生は少し微笑みながら嬉しそうに聞いてきた。
「私の世界の……医学です。役に立てばと……」
言うと、ハウス先生は首を傾げた。
「世界?」
「私、異世界から来たんです」
「ええ!?」
イスごとハウス先生が私から飛びのいた。しかし すぐに戻って来る。
「そうなのか……信じられないが。でも この本を見ていたら、どうやら本当っぽいなぁ」
と、持っていた本を閉じ、深く礼をした。
「すまない。礼を言うよ……きっと すごく役に立つと思う。これでケガ人のケガが早く治るかもしれない。ありがとう」
急に そう言われたもんで、私は少し慌てた。
「いえ、そんな。本当に役に立てるかどうか。家をお借りしているんだもの。私達、お金も ないし……迷惑だろうなあって ずっと思ってて」
「迷惑? そんな事 思ってないよ。君らの仲間さん達には色々と手伝って もらったからね。むしろ、こっちが迷惑かけてると思っているよ」
そんな風に言って優しそうにニコニコと笑う。
ハウス先生……笑うと凄く可愛らしい顔になる。でもカッコいい。まだ若いのに、テキパキと仕事をこなす。大人だなぁ。女の子にモテるだろうねって思う。私だって結構、ドキドキするもの。
そんな事を考えている時、ガチャリとドアが開いて白衣を着た女の人がハウス先生を呼んだ。
「先生。診察の時間です」
「ああ。今行く」
女の人はミゼーといって、これまた男にモテるでしょうねっていうほどの美人だ。スラリとして、歩き方が美しい。白衣が よく似合っていて決まっているし、長い紅色の髪を後ろで束ねている。少し化粧もしている。大人のお姉さんといった感じで、しっかりしていた。
彼女も医者だった。
「ふう……まだまだ大変だよ。薬も到着が まだ だしね。僕の力で一体 何処まで できるだろう」
ミゼー先生が去った後、イスに どっかりと体を預けたような格好になってハウス先生は うなだれた。少し お疲れなんだろうか。だからか、よく口が動く。
「……医者が無傷で よかったかな。街は あんな皆殺し状態だったっていうのに、たまたま僕とミゼー先生は他の村へ出張していてね。助かったわけだけれど……でも、あんまり気持ちはよくない。助かっといて、こういう事を言うの、変かな」
口元は微かに微笑んでいるけれど、目を見ると寂しそうだった。私は……。
「……うん。変」
正直に言った。ハウス先生は、ハハ、と苦笑いしてみせた。
「やっぱりそうだよな。助かっといてラッキーって思う方が」
「先生は優しすぎるんだよ。たまたま他の所へ行っていたのは、仕事でしょ? 遊んでいたわけじゃ、ないじゃない。気負いする事なんて これっぽちも ないと思うよ。誰もが先生には むしろ感謝していると思うな」
と、少し偉そうだったかな? と思いつつ、言ってしまった。ハウス先生は深く頷いて、またお礼を言った。
「ありがとう。少し気が楽になったよ」
そう言って また微笑んで、部屋を出て行った。
昼過ぎに皆の元へ戻った私は、地図を広げて作戦を打ち明けた。作戦って、つまりは ただの、これから何処へ行こうかって話だけれど。
地図で現在地を指さして確認。現在地は、世界地図の東南に位置するマイ大陸の、ちょうど真ん中辺りにある、キースの街。
そこから つーっと南下すると、マイラ村がある。そこを通り、右の道の方を通ると。今度はマイ大陸南端、マーク国がある。
「明日の朝 出発。とりあえず この進路で、南のマーク国へと行こう。国単位なら、七神についての情報とかも入るかもしれない。そこから こう、大陸を左回りに……コミ山道を通って北上して、サワ港へ。それから東のベルト大陸へ行こう」
と、私は思うがままに説明してみた。
私の言った進路に今の所、皆も引っかかりは なく頷いてくれていた。すると、違う事を言い出したのは蛍だ。
「レイ様達は、放っておくわけ?」
と、聞いた。
私も皆も一瞬 表情が固まった。でも私はキッパリと言った。
「レイの事を考えるの、止めにする」
と……。
意外さに驚き言い返したのはセナだった。
「どういう事だ? まだまだ これから死人は増える……鏡も集まる。それでも、放っておくという事か?」
「レイの事になると、私達 何も できなくなるわ」
私は悲しげに そう言い切った。
「放っておくわけじゃない。手がかりが欲しいの。レイが一体 何を考えているのか……」
考え込んでいると、カイトも それに付け加えた。
「確かにね。彼の行動には少し疑問。まず、何で俺らの先回りをして襲うのか」
カイトの何気なしに言った一言が、私達をハッとさせた。
そうだ。レイは以前、ライホーン村で わざわざ鶲を使って私とセナを村から離れさせ襲っている。どうして? 今回も そう。私達の先回りをしている。
「それから、何で襲う期間がこんなに開いているのか。まだ、2回目なんだろ?」
「そうね……ライホーン村を襲ってから この街を襲うまで、だいぶ日が空いてる」
カイトとマフィアが地図を見ながら また考え込む。
「心理作戦よ」
と口を挟んだのは蛍だった。
「どういう事?」
私の方を黒い瞳の横目で見ながら続けて言った。
「レイ様は青龍復活と、天神への復讐も目的なんでしょ? きっと天神を苦しめるため、わざと間を置いているんだわ。ジワジワと……ゆっくりとね」
ゾワッ、と背筋に冷たいものが通った。
「確かに……心理作戦はレイの奴の得意とする所だ。充分あり得る」
セナが そう言い終わると、長い長い沈黙が やって来た。
天神様は私達の側に居る。天神様を苦しめるという事は、私達を苦しめるという事……か。
「そうなのかな。本当に」
と、長い沈黙を破るのはカイト。
「あの人なら、もっと別のやり方で やると思うけど。何か納得いかないんだよね」
また沈黙。
ええい、うっとうしいよ!
「ほらぁ! レイの事を考えると話が進まなくなる! やめ、やめ! とりあえず明朝出発! 全員ココに集合! 以上、解散!」
と私はバアン! とテーブルに手をついて叫んだ。
ちょっと手が痛かった。
明朝出発。ハウス先生とミゼー先生が港まで見送りに来てくれた。
まだ朝日が顔を出してからは そんなに時間が経っておらず、空気と自分の体温との差を感じた。ひんやりとして、まだ外は起きたばかりとでも言っているよう。
海の遠く彼方、灯台のような白い人工の細長い円柱が見える。地平線に突き刺さっているようにも見える。海の表面は光り輝き、静かに波打つさまにも光が一つ一つ反射し、その反射の集合が地平線へと向かっている。昇りかけた太陽へと、ゴソゴソ集まって行っているみたいだ。
「じゃ……お元気で」
私が2人に向かってお辞儀する。ハウス先生は それを見て、いつものように微笑んだ。
「君達もね。絶対 生き延びてくれ。それと……救世主くん。本と薬、ありがとう。何のお礼も できなくて、申しわけないな」
そう言って弱った顔をされて、私は慌てて手を振った。
「いえ、そんな。お礼を期待してたわけじゃありませんし……それに、役立ってくれて、嬉しいです」
「でも驚いたよ。あの伝説の救世主とやらが君みたいな少女だったなんて」
「あはは……自分でも、あんま信じらんないんですけど。何かドジばっかだし……」
少しハウス先生の声のトーンが下がる。そして私の目を意味ありげに見つめた。
「いや、でもね。君は見かけよりも大人びた所が ある。何て言うか……しっかり しているんだな。とても13歳には見えないよ。この前だって、弱音を吐いてた僕にガツンと言ってくれたしね」
「ガツンだなんて……すみません。時々、偉そうな事を言っちゃうんですよね」
「偉そう? そうかな。別に いいんじゃないかな。とにかく、僕は君の あの一言で だいぶ気が楽になったよ。感謝してる。ありがとう」
そう言ってニッコリ。笑顔は いつも満点だ。
しかし……少し、ドキドキする。なーんてね。恋のドキドキじゃなくて、女の子としてのドキドキ。だって、笑うとカッコいいんだもん、この人。私だって お年頃。男の人ぐらい、意識しちゃうわよー。
「先生、そろそろ……」
と、ハウス先生の肩を軽く叩いたのはミゼー先生。少し離れた位置で、ジッと私との会話を聞いていたのだ。
「ああ、そうだね」
ハウス先生は私の方へ向き直り、また笑って手を振りながら、
「それじゃ……これだけは もう一度言っておくよ。絶対 生き延びてくれ。そして、またココへ来てくれ。遊びにね」
と言った。私は笑って「はい」と返事をした。
セナや皆は もう船に乗っている。私は急いで船中へ向かった。途中 振り返ると、ハウス先生とミゼー先生は まだ こっちを見ていた。
私 思う。あの2人、美形同士だし、似合うんじゃないかなーと。何ていうか、理想のカップルって感じ? うらやましいぞぉー。
またココに来る事があった時、ひょっとしたら2人、結婚とか してたりして。しかも、子供とか居たりして。
あっははー! 気が早えやぁ。
「何、ニヤニヤしてんだよ。気味 悪いぞ、かなり」
ハタ、と見るとセナが船中、手すりに掴まっていて こっちを見ていた。
嘘、顔に出てた? ……あちゃあ、こっぱずかすぃー。
思い出し笑いする人ってエッチなんだって? じゃ、顔に出ないように訓練しなきゃ。え、っていうか私って そうなの? 自分で認めてた?
はははー……情けない。
「今度は何 沈んでんだ。ほんっと、見てて飽きねえ奴。早く上がって来い」
実は私達、2手に別れて行動する事にした。
私とセナと蛍と紫。この4人でシュガルツ港から右回りに大陸を南下し、サワ港へ。そこから もっと南へ進むと、カスタール村。もっと南に行くと、マーク国だ。船に乗らず、コミ山道を通って行けば いいんだけれど、あいにく通行止め。何でも、巨大 魔物が現れたんですって。
セナ達は強いけれど、わざわざ危険な目に遭いに行く事も ないでしょって事で。航路を選んだ。
一方、マフィアとカイトとメノウちゃんの3人は、キースの街を南下し、マイラ村を通ってマーク国へ。こっちは陸路だ。
マーク国で落ち合いましょうって事で。それぞれ出発した。
もう船旅は慣れっこ だった。
カスタール村までは2日は かかる。その間、様々に暇を潰していたのだけれど。ふいに、セナと2人きりに なった時があった。
しかも、夜の甲板で、誰も居ない。ムード満点。来るなら来いって感じで(やっぱりエッチ?)。
しばらくボーッと手すりに寄りかかって突っ立ったままの私達なんだけれど、やがてセナから話を切り出してくれた。
「元の世界では、どうだった?」
と……風で髪をなびかせ、普段より いっそう綺麗に見える、セナの姿。
「え、ええ? どうって?」
だから ちょっとウロたえた。ドキドキが高なってきた。
「だって しばらく留守に していたんだろ? 家族とか友達とか……前 言ってた“学校”とか……」
「あ、ああ。うん。皆、元気そうだったよ」
緊張してるからか、上手く言えない。一瞬、会話が途切れた。
「んとね……私、両親、居ないんだ」
会話を続けるために、そう言い出した私。セナは少し驚いていた。
「へえ……俺と同じか」
私は続ける。
「7歳の時、交通事故で いっぺんに。だから家族っていったら、お兄ちゃん一人なんだ。2人で……暮らしていたの」
セナに対してというより、もっと別のドキドキが支配していた。
前、セナと口論した時。私は気が ついたんだ。自分の本音を隠しているって。知られたら、嫌われるかもしれないから、とか、自分の身を守るために、とか……色んな事に気が ついた。
話そうと思う。自分の事を、もっと。皆に、ううん、セナに。もっと私の事を、理解してもらうために。
そうすれば きっと自分の中のモヤモヤしたものがスッキリと晴れると思うから。
それに。もう一つ気が ついた事……私が、セナに恋してるって事。
だから余計に、もっと自分の事 話したいって気に なったんだよ。
「私は まだ小さかったしさ……一人で生きていく力とか、そんなもの なかった。お兄ちゃんは当時、17歳……あはっ、セナと同じだね」
と少し苦笑いをして頭を掻いた。セナは黙って話を聞いてくれた。続きを おかげで安心して話す事が できる。
「17歳っていったら……私の居た世界じゃ、一番 大事で楽しい頃だと思うの。でも……お兄ちゃん、せっかく頑張って勉強して入った高校……学校をやめて、働かなくちゃならなくなった。生きていくために。私を育てるために。両親が やってた……ラーメン屋を、守るために」
ドキドキで苦しくなる。
緊張? わからないけれど きっとそう。鼻の奥もツンと何か痛い。目も潤んで きていた。でも、泣く前に話そうと心に決めた。
「お兄ちゃんの後ろ姿に いつも謝ってた。“私のせいで ごめんね”って。小さい頃から今まで ずっと。両親が死んだのは事故だったし、仕方ないかもしれないけど……とにかく、早く自立しようって思ってた。早く一人前になって、お兄ちゃんを楽に させたがってた……でも」
涙が今にも溢れ出そうだった。言葉にも詰まる。でもセナは何も言わず、手すりから夜の海を眺めていた。そうやって私の話す一言一言を待ってくれていた。
「学校じゃクラス中に無視されてイジメられるし、お兄ちゃんは私が居るから結婚できないって彼女から責められてケンカになっちゃうし……辛い事ばっかだよ。こんなんじゃ、一人で生きていけないね」
こぼれそうになった涙を拭きながら、ふー……と深呼吸を一つ。
「元の世界へ帰った時、大騒ぎだったんだよ。お兄ちゃんも、学校の皆も。お兄ちゃんは顔クシャクシャにして喜んでくれたし、学校じゃイジメも なくなった。前、あんなに帰りたくなかったのが嘘みたいだった。あ、そうそう。私、記憶喪失だったんだよ? 帰った時」
「記憶喪失?」
「うん。こっちの世界の事、全部ブッ飛んでたの。でもさ、天神様の お使いの人……アジャラとパパラって いったかな。女の子2人組が迎えに来てさ。びっくりしちゃって」
セナは自分の首筋を手で撫でながら頭を傾げた。
「へえ……で、記憶は今も?」
「ううん。記憶は戻ったの。コレのおかげでね」
と、右手をセナの前に掲げた。中指に、月光で光るセナにもらった指輪。
「思い出せて よかった。おかげで私、こっちに戻って来たものね」
「そうか……」
セナは少し微笑んだ。
私はスウッ、と息を整えて目を伏せた後、お腹に力を入れて言葉を続けた。
「私、決意を固めたの。こっちの世界を救うのよ、何たって私は救世主なんだから、って。もっと真剣に、深刻に。ゲームなんかじゃないんだって、理解するために……だから。アジャラ達に頼んで、お兄ちゃんや学校、思いつくまま全て。私に関わるもの全ての物や記憶、全部
消 し て も ら っ た の 」
「……!」
「後悔は していない。これで いいんだ」
私は船の進み行く先を一心に見つめた。それが今の私の全てを表しているかのように。
前だけを見る。後ろを見ない。
もう迷わない。
私はココで生きていくんだと。
救世主として……命をかけて。
「勇気……」
セナの表情は暗く、私を見ては いたけれど。声の かけ方に戸惑ってしまっているようだ。
夜風が、私とセナに優しく語りかける。ただ、何て言っているのかは わからない。
「やるべき事をやる。今の私のやる事は、青龍復活の阻止よ。今は それだけを考える。だからセナ。頑張ろう! 私に力を貸してね!」
と、私は片手でピース! を作り、ポーズを決めてみせた。
「ちょっと2人とも。夕食まだでしょー? 早く行きましょうよ。お腹すいたじゃない」
と、ひょっこり蛍が甲板に続く出入り口から出てきて私達に声をかけに来た。
「あ、はーい。今行く! セナ、行こ!」
私はスタコラと お先に駆け出していた。
波は穏やかで船が夜の帳の中を突き進んでいく。
セナはフウとため息をつき、私の後を追った。
《第26話へ続く》
【あとがき】
マーク国という言葉に個人的にドキドキしています(フ……)。
いや、話には関係ないんですが。
※ブログ第25話(挿絵入り)
今回は簡単にですが地図をちょびっと(見えにくいかな)。
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-74.html
ありがとうございました。