第24話(救世主覚醒)
段々と目は慣れてきた。2つの影は姿を現し、私と同じくらいの年の頃の少女だとハッキリわかった。
「私は天神の使い、アジャラ」
アジャラと名のった方は、髪の毛はサラサラで肩の辺りで切り揃えられていて、白く薄い前開きの七分袖シャツにサスペンダー付きのショートパンツスタイルだった。子供っぽいオテンバなイメージが勝手に つく。そして、片手には何やら怪しげな杖を。何だ それ。
「同じく、パパラや」
……。
一方、関西弁を話すパパラという少女は、暗い中で少し肌が色黒に見えた。隣に居るアジャラと比べてみると それは明らかだ。くるくるパーマがかった髪で、黒くないな。ちょっと明るめの茶色か、金髪にも近いと思う毛の色だ。
何だか これからテニスでも始めそうなウェア姿だった。肩から黒めのショルダーバックをかけて持っている。何が入っているのか勝手に想像しちゃいそうだけれど。まあいいや置いといて……あと、タレ目に見える。それで気さくな印象を受けたんだけれど。
ともかく私は目がテンになって、滑り台の上に立っている2人を見ていた。
「あなたを迎えに来たの。救世主」
……アジャラが持っていた変な杖で私の方を指した。
「救世……主?」
私は自分を指さし、アジャラが言った、これまた変な言葉を繰り返した。
何なの何なの? さっぱり意味が わからない。
はっ……もしかして、子供を使った新手の誘拐!? 私、何だ かんだ言われて人質に とられるんじゃ……!? んで、お兄ちゃんの所へ身代金の要求ン千万円……!?
いや、新手は新手でも新手のチカンとか! あの2人は ひょっとして男だったりして(いや それは さすがに ないか……)。
何でも いい。こんな時間に あんな格好の2人。言っている事も変だし、怪しすぎる。ココは ひとまず逃げるんだ!
私は そう決めてすぐ、ダーッ! っと公園の入り口めがけて走り出した。
2人は それを見て慌てて叫んでいる。
「あ、コラ待つんや! 逃げるんやないッ!」
しかし私は待たずに逃げた。
「どーやら全っ部 忘れているみたいよ、やっぱり」
「どーすんねんっ。全く……」
「どうする? パパラ」
「仕方ないやん。連れて来いぃ言われとるし。追いかけよか」
「はあーい」
私は走った。とにかく走りまくった。
心臓がバクバクとしているのは走っているだけのせいじゃない。さっき聞いた言葉……。
『あなたを迎えに来たの。救世主』
救世主――メシア……そう、それ。
その言葉に、何だか動揺しちゃって……一体、私の身に何が起こったと いうのだろう。
近所の間じゅうを駆け抜け、少し人気のある街中へ。
「コラぁ〜待ちなさーい!」
と、後ろで声がしたので走りつつ見ると、何と電柱や高い塀をヒョイヒョイと軽い身のこなしで飛び移って追っかけて来るじゃあ あ〜りませんかあ!
忍者か!? それとも怪盗パルン!? (勝手に呼んだけれど)
ギョッとした拍子に、前のめりにコケそうになったのを何とか堪えて、なおも走り続けた。やだ、一体何処まで追いかけてくるつもりなの!?
「いっちょやるう!?」
「了解! くれぐれも、救世主は傷つけちゃダメよ!」
なんて会話も丸聞こえだ。意味が わからない。
ずっと行き先 知らず走り続けて そろそろバテてきた頃。視界に学校が飛び込んできた。我が港中学校校舎! ……そうだ、学校の中なら隠れられるかもしれない!
そう思いついた。しかしだ。門は閉まっているんじゃと、考えが よぎるも。
……そうよ! 思い出したけれど、裏門の横のフェンス。確か穴が開いていたんだ! あそこからなら小柄な私だし、入れるはず!
私の頭の回転は早く、行動も素晴らしく切りかえられた。
私は裏門へ向かう。
「あ、あれ、救世主、何処や!?」
少し離れた所でパパラの声を聞く。何で そんな大声を……まあ私には都合いいけどさ。
そして振り返ってチラリと見る。真っ暗な歩道。
そうなんだ。この近辺は街灯が たまたま壊れていたから真っ暗闇。よっしゃ、ラッキィ!
パパラが捜しまわっているうちに、私は穴の開いたフェンスを簡単に見つけて敷地内へ。やっぱり予想通り小柄な おかげでサッと入る事が できた。
もぐり込んだ後は茂みの中を、物音を あまり立てずに ゆっくりと進む。パパラは どうやら まだ私を見つけられずにいるみたいだ。調子に のった私は ゆっくりと立ち上がり、辿り着いた校舎内に何処か入れる所がないか……壁伝いで窓を確かめていった。
そうしたら、またまたラッキィ! 一階の廊下の窓が一つ、閉め忘れているのか鍵が、開いている窓を発見した。
それと同時に後ろの遠くで声がする。
「パパラ! ココ! この穴! ココから入ったのよ!」
「……のやろー!」
と……あら、怒って いらっしゃる。
私は構うもんかとばかりに堂々と窓を開け、ヨイショと校舎内に侵入。そして素早く窓を閉め、鍵をかけた。
鍵をかけたので、ふう……これで ひと安心だと、私は暗く冷たい廊下に へたり込んだ。
ちょっと散歩するだけが、こんな事に なっちゃうなんて。あの身のこなし。ただ者じゃない。一体、天神とか救世主とか、どういう人達なんだろ!?
シンと静かに真っ直ぐと伸びる廊下。気のせいか、昼間よりも長く見えるね。
……なんて。詩人やっていると。
ガ シャーンッ! ……
……凄まじい破壊音がした。
「 見ィ つ け た でえええッ!」
すぐ、パパラの怒り狂った声がした。ココから20メートルくらい向こうの廊下のガラス窓を叩き割り、強引に侵入してきたのだ!
そして、中へと着地した後はジリジリと私を睨みながら近寄って来る。
立ち上がった私も、後ろに一歩一歩と後ずさる。
ガシャーンッ。
「おとなしくしなさいッ!」
!
ぎゃあ!
何と、私の数メートル先の背後でパパラと同じくガラス窓をブチ破り、アジャラが杖を振り回しながら登場した。
シュビ、と杖を構えるポーズを鮮やかに止めてキメて。
しまった! 挟まれちゃったじゃないのお!
万事休す!?
「こ……来ないで変態!」
私が つい叫ぶと。
「誰が変態や / よ!!」
ツッコミを2人同時に入れられ、ますます焦る私……。
2人が変態でも変質者でも どうでもいい。捕まりたくないよ! 何とかしないと!
……私は咄嗟の判断で自分の すぐ横の窓の鍵をサッと開けた。自分でも賞賛と驚きの素早さで、ほぼ同時に開けた窓から外へジャンプして飛び出る事が できた。着地は成功し、即座にダッシュ! 体操選手も手を叩くほどの俊敏かつ大胆な行動だ。
ハテ? 何だか この華麗さも懐かしさを感じたけれど。まあ気のせいね?
「コラあ! 待たんかあい!」
私は穴の開いたフェンスの方向をめざして ただひたすら真っ直ぐに駆け出す。待てと言われて待つわけないでしょー! とか頭の中で言いながら。
2人とも慌てて、逃げる私の後を追いかけて来るんだろう。
それも わかっていたから振り向かず、ただ逃げる事だけを考えていた。
「きゃ!」
ドテッ。
そして前のめりに こける。いやあああん、もおぉ!
その隙に、詰め寄って来た2人。「観念せえい!」
パパラの手が私の腕へと伸びる。
(い……)
そして掴まれた。
(いやあ!)
鼓動が高鳴る。
(助けて! 誰か!)
誰かって、お兄ちゃん?
「ジッとせえい!」
パパラの怒鳴り声。
暴れる私を取り押さえようとした。
(助けてっ!)
私は必死で抵抗していた。無我夢中だ。
(誰かーッ!)
叫びよ、誰かに届いてえッ……!
「救世主ッ!」
メシ……。
(……!)
思い出して。
私は――。
ビュウウウ……ゴオオオオッ! ……
閃光が走った……私の中を。
パパラの一言をキッカケに私を中心として円を描き、風が竜巻になって発生した。
「わあああっ!」
「きゃあ!」
パパラもアジャラも、弾き飛ばされる。
「これは……」
風の壁。私を護るように、高速で風が螺旋状に渦を巻き空へと駆け巡る。触れると斬り刻まれてしまうような鋭さの刃で回り続けているのに、私の心の中は何故だか温かだった。
不思議 現象だ……。この『風の護りの壁』。
「熱っ……」
急に、右手の中指に はめ込んだ指輪が熱くなった。
「風……」
指輪が光を放ち始める。そして その光は どんどんと膨らんでいった。
「天神……? 救世主……? 七神……風神……」
光が強く加速していくと、合わせて私の頭の中がスッキリとしてきて。徐々に思い出してきた。
思い出してきた……。
私は……あの日 遺跡へ行って、異世界へワープした。そこには とってもカッコいい男の人……そう、『彼』が居たのだ。
私に とっても優しくて、いつも『風』の力で護ってくれた彼……。
セナ。
「セナ!」
顔が思い出されてくる。怒ったり沈んだり笑ったりする顔の表情。どうして忘れてしまっていたの? 決して忘れてはいけないのに。
ごめんなさい……ごめんなさい、セナ。
私は うずくまった。
風のバリアーが静まるまで……私は泣いた。
「忘れるなんて ひどいよ……私。何でセナの事……」
小っちゃな子供みたいにグシュグシュと泣き崩れていた。風が おさまって そんな私に歩み寄った2人。アジャラとパパラ。
「どうやら思い出したようですね」
「良かったわー。こっちも焦ったでー」
と、2人は私に笑いかけた。さっきと違って とても優しく見える。
そうか、この2人……天神様に言われて私を迎えに来ただけなんだ。なのに私、ただ逃げてばっかりで、話を聞こうと しなかった。
「……ごめんなさい。逃げたりして……」
私が立ち上がって涙を拭き、頭を下げると。2人とも首を振った。
「ええねん。忘れとったんやし、しゃーない。それより……」
「日が出るまでに向こうの世界へ行かないと、向こうへ続く扉が閉まってしまいます」
そんな事を言った。
ああ それで無理矢理にでも私を連れて行こうとしたのか。
私は……。
……。
顔を上げる。そして言った。
「わかったわ。でも……もう少し時間をくれる? あと できるか わかんないけど、頼みがあるんだ」
迷いなんて なかった。
家へ帰って、荷物を詰める。
着替え、食料、筆記用具とかの実用品、薬……などなど必要かと思うものは全部 詰め込んだ。おかげでリュック、手提げのカバンは合わせて3つにも なってしまった。リュックは背負い、両手に2つのカバンを持つ。どれも非常に大きく重い。「なんの!」
気合いで立つ。
そして その格好のまま……自分の部屋から階段をゆっくりと下りて一階へ。
すると ちょうど、仕事の片付けを終えた兄とバッタリ廊下で出くわした。
もちろん、すごく驚く。
「何だ何だ!? その格好は……何処かに行くのか!?」
「……」
返答に詰まる。でも頑張って本当の事を告げた。
「私、行かなきゃいけない所があるの。そして そこは……とても遠い所なの」
はあ!? と兄は息を出した。俯き加減な私の頭上から、さらに声は大きくなっていく。
「何言ってるんだ!?」
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
さっぱり訳の わからない兄は自分の頭を掻きむしって、あくまでも冷静に詰め寄った。
「落ち着け。とにかく……お前、何処行くつもりなんだ? 何をしに? 何の ために?」
「ココとは違う世界の人々を救うために、家を出るの。もう時間が ない……門が閉まってしまうの。急いで行かなくちゃ」
「頭が おかしいのか!? 勇気……」
とても悲しい顔をしたのが私の判断を鈍らせる。でもギュッと身を固めて押しとどめた。信じてもらえない事なんて、わかっていたもの最初から。
「そこを通して。私が行かなくちゃ……世界は護れない。時間が ないの」
しかし兄は激しく首を振った。
「バカな! 何言ってんだ……いいから明日、病院へ もう一度行こう。お前は どうかしてる。一ヶ月も何を……気が変になったんだろう。俺には さっぱりお前の言う事が わからない!」
厳しい顔をしている。私の言う事が兄を苦しめている。
ダメね……やっぱり、わかってもらえない。
わかってもらおうとしても……諦めの方が勝つ。
兄から目を背けた。
「アジャラ、パパラ……お願い」
私は言った。
聞き届いた2つの影が、兄の背後に現れる。アジャラとパパラだ。
「本当に いいのね?」
「君らは誰だ!?」
いきなり後ろに出現したもんだから、兄は動揺を隠せずパニックになる。
私は頷いた。
兄が私を再び見た時。アジャラの杖から出た煙が、兄を取り囲んでいった。
「うっ……」
苦しそうに胸と頭を押さえていたけれど、段々と……安らかな表情になって兄は……廊下にバタリと倒れ込んだ。そして気持ちよさそうな顔で眠ってしまった。
「これで……救世主に関する記憶だけを消去しました。言われた通り、この世界の人達の記憶も……これで、この世界には あなたは存在しない事になる」
「ちゃんと思いつくものは全部 消してきたでえ。ぬかりはあらへん」
そう。私は2人に頼んで、私の存在に関わる全てのものを消してきてもらった。そうする事で私が もうココへ戻りたいと思わないように。決して、思わないように。
自分から帰る場所を失ったのだ。
「これで……いいの。さ、行きましょう。連れてって」
私は そばにあった兄の上着を手に取ると兄の上にそれを被せ……。
一歩を踏み出した。
港遺跡。
ココが全ての始まりの場所だった。
あの時と同じように、七枚の鏡張りの部屋へ入った。
「それじゃ……行きましょう。好きな色の所を触れて下さい」
アジャラとパパラは、そう言うとサッサと鏡を通り抜けて お先に消えてしまった。
ポツンと。鏡張りの部屋に一人取り残される。
「ふう……」
深呼吸一つ。
目の前に彩る七色の鏡。
好きな色の鏡を……かぁ。
(もう決まってる……)
そして そこに触れる。
ザッ……
……
前と違って、通り抜ける感触があった。これは……風?
優しく、私を撫でるような神秘の風。
薄紫色の視界。
あの人と同じ、髪の色の薄紫色。
綺麗だ……確かに そう感じた。
(セナ……)
私は静かに歩き出した。
《第25話へ続く》
【あとがき】
アジャラとパパラのイメージ元は、パ○ィーだったそうだ。
○フィー……。若い子、知ってる……か、な……?
今はどうしているんだろうか。あの人は今。
※ブログ第24話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-71.html
ありがとうございました。