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第21話(精神不安定)


 昔々、ある所に。

 マイ大陸の やや北北東にはリカイ海が広がっているのだが。そこの海には魔の三角地帯(トライアングル)と呼ばれるものが あるらしい。だから その海はリカイ海とかではなく、悪魔の海……“魔窟の海”と言われ、恐れられている。

 過去、何隻もの船や飛行艇が そこへ知らずに入り込み、行方不明に なったか しれない。

「へえ〜。怖い所ですね」

「まあな。しかし今となっちゃ、昔の話じゃ」

「というと?」

「昔、勇敢な冒険者がな。そこを探索したんじゃよ。すると どうじゃ。悪魔の海に、島が一つ あったというじゃないか」

「それがラグダッド……バサラ村が ある島なんですね!」

 私は興奮して、目の前に居る白いヒゲを長々と垂れ生やした おじいさんの方へ身を乗り出す。

 ココは まだ船の中で、目的地には着いていない。船室で一緒になった おじいさんと、仲良く こうやって おしゃべりをしているんだ。さっきまで落ち込んでいて部屋の隅っこでヒザを抱えていたんだけれど……私の具合を心配して、声をかけてくれた。

「そういう事じゃな。しかし、皮肉な事に」

「え?」

「平穏だったらしいバサラ村を観光客やら冒険者やらが聞きつけて集まって見に来よった」

 おじいさんは、白いヒゲをいじる。

「そうですよね……珍しいもの」

 私はウンウン、と頷いてみせる。

「そこでだ。バサラ村のオババとやらが、“光の護円陣”というものを作った。おかげで島へと近づく大船は、めっきり少なくなってしまったそうじゃよ」

 船よけの光の護円陣って事かな? 少なく、って事は行けないわけでは ないみたいよね……それを作ったバサラ村のオババさん。きっと、すごい魔力を持っているに違いない。そして その人こそ、カギを握っているんだわ。

 私が元の世界に帰るその方法の。

 夢の中の『私』は言った。


『バサラ村の魔女が知っている。そこへ行けば わかる』


 と……。

 半信半疑では あるけれど、とにかく行ってみるつもりだった。

 でもたぶん……。

 私は ただ、セナ達の所には もう……居たくなかっただけなのかもしれない。


 逃げたかった。それだけ。

 それだけ……。


「元々、バサラ村には昔からずっと魔力が かかっておったのじゃよ。だから事故が起きたりした。しかしかけた魔女が死に、次代の魔女……それが今のオババじゃな。の、頃には。魔力はだいぶ時間を経て弱まっていた。その隙に冒険者に見つかってしまったという運びじゃな」

「どうして隠すのかしら……その村」

 私は腕を組んで考え込む。

「うーむ。それが よく わからんがな。きっと何か秘密が あるんじゃろうて」

「そうかあ……」

 秘密。

 何てワクワクする響きだろうか。

 普通は聞いたらそうかもしれないけれど……今の私にはちょっとノリが悪い。

「とっても参考になりました。ありがとう、おじいさん」

 私はペコリとお辞儀する。すると おじいさんはニコニコと、手を振りながら笑ってくれた。

「はっはっは。なあに。それより、本当に行くのかの? ワシも噂を聞いただけで今は村や海が安全か どうかは わからぬ。そんな危険かもしれぬ所へわざわざ娘っ子さんが一人で……」

「大丈夫だと……思い、ます……」

「心配じゃのう」

「……」

 私は胸を張ってみる。「大丈夫です! エヘン」

 鼻息荒く。それを見て おじいさんが笑ってくれたのが ありがたかった。


 本調子じゃない。今の私は。

 こりゃだいぶヘコたれてるなあと時々ため息をつく。おじいさんと別れた後、通路を歩きながら私は ため息をまた一つ。はぁ。

「後で、船長さん達に お礼言わなくちゃね。バサラ村まで遠回りしてくれたんだし」

 そう。

 この船は本当はコンサイド大陸・トルベイ港へスンナリ行くはずだった。だけど私の必死の『お願いコール』で、苦笑いだったけれど船長さんは行くついでだし、まぁ、という事で遠回りになるバサラ村まで寄り道してくれる事に なったのだった。

 ヤッタ、船長さんナイス恰幅。

 私は大喜びで手を叩いたんだった。パチパチパチ。

「本当に行きだけでいいのか? 帰りは どうするんだ? そこに船があるという保障は ないぞ?」

と、船長さんとの話の後すぐに心配そうに船員の一人が聞いてきてくれたけれど。

「いいんです、たぶん……もう」

と、私は表情のない顔のまま下を見つつ目を伏せるだけだった。

「俺は知らねえからな。どうなっても」

 そう言い捨ておいて去って行く。残された私は呟く。

「帰らないかもしれない……から」

 私の呟きは、誰も聞いてはいないけれど。



 私は帰る。自分の居た世界に。

 それが普通でしょ?



「お姉ちゃん。すごく悲しそうな顔しているね」

 そう声がして振り向く。今から船長さんの所へ行って もう一度お礼を言ってこようと通路を歩いていた時に。声をかけたのは私の目線よりも下方だった。なので、見下ろす。

 小さな少年。オーバーオールを着て髪がクルンと巻き毛の明るそうな男の子だった。

 深くキャップを被っていて、でも奥から覗き見えるクリクリした目がとても可愛い。

「コレあげる」

「えっ……?」

 少年に言われ片手グーを突き出された私は、つい手を出してソレを受け取ってしまう。

 ソレは、鈴。ベルだった。手の平の上にチョコンと のっている。そしてチリンチリンと音が、触ると鳴る。

 コレは? と私が目で聞くと、少年はニッコリ笑って後ろに数歩下がった。

「僕、ベル売りなの。それはサービス。きっと何かの役に立つよ」

「は、はあ。ありがとう」

「いいって事さー。へへっ」

 軽快にクルッと回るようにして、走り去っていった。

 去り行く少年と手の平に のせられたベルとを交互に見ながら。私の中に何か温かいものが とっても久しぶりに吹いたような気がした。


 不思議少年よ……ありがとう。



 かくして私は ついに。ラグダッドと呼ばれる地域――魔の三角地帯――にある、“バサラ村”に降り立った。

 とは言っても。こんな大きな船が直接行ったわけでは なく。おじいさんが教えてくれた通り島周辺を包み込む……“光の護円陣”とやらがあるために、ある程度は島に近寄ってから私は小船で村へと向かった。小船は親切にも船長さんが貸してくれて、船員の一人が私をのせて漕いで行ってくれた。

 そんな経路を辿り、私をのせた小船は難なく岸に着く。危険だというニオイをさせていた割には簡単に着いたので、拍子抜けした思いだった。「ふう……」

 私が船から降りると、船員が声をかける。まだ若いが私より年は ずっと上だ。

「何か顔色 悪くねえか。見てる こっちがハラハラしそうだぜ」

 よく考えたら私は病み上がりだった。熱が下がって すぐこっちへ向かって動いていたんだもの。船に乗り込んで掃除などの雑用を任された時からずっと、私はあまり休んでいなかった。

 心配ご無用。

 私は少し微笑んで「大丈夫です」と言い張った。

 本当は頭の中に何かが巣を作っているみたいに、モヤモヤしていたりするのだけれどもね。

「そうかよ……ま、無茶すんなよな。言ったって聞きゃしねえガンコめ」

 あ〜あ、とでも言いたげに肩を動かした。「じゃ、行くけど」船員は私の目を真剣に見る。

「本当に、帰りは いいんだな?」

 真に迫って聞いたもので私の中に緊張が走ったけれど。

「船長に言って、用が済むまで待っていて やってもいいんだぜ。帰りの船がココにあるとは限らない。どんな村かは俺も知らないが……ちきしょう、やっぱり俺も行こうか」

 なんと少し目を潤ませているその船員。何で……。

「ありがとう」

 私は苦笑いするしかない。いい人だなあ、もー。

「いいですって。本当に。船長さん達にも言っておいて下さい。こんな私のために色々とありがとうございましたって。あなたも……ありがとう」

 私が そう言った途端。

「ちきしょー! 俺は どうなっても知らないぞおおおお!」

 ……。

 叫びながら小船で、船員は去って行った。だいぶ岸から遠ざかっても、「達者でなあああー!」と、私に向かって叫んでいた。


 本当に いい人だ。こんな私なんかのために。

「さってと……」

 私は歩き出した。

 砂浜を歩いて しばらく経つと人がチラホラと見え始めてくる。忙しく海仕事をする人、走り回っている子供の姿、休憩している おじさん……色んな人が見え始めた。

 うわー……見た目、私の居た世界の人と変わらない。島での生活って こんなんなんだろうなあ。

 少し冷たい潮風や、けたたましく鳴く海鳥。

 何て のどか。気持ちが いいんだろう。

「っと……こんな事してる場合じゃなかったわ」

 もっと辺りを観察したい所だったけれど、そんなに時間も ない。これから私が どうなるかも わかんないし。宿とか、食べ物とか。帰る方法だって まだ わかって ないんだから。

 キョロキョロと高台の方まで周囲に目を配り、さてどうしようかと考えを張り巡らせていると。

 高台の奥まった付近にある、頭だけしかココからでは見えない白い建物が目に入った。古ぼけている感じが、ココからでも感じられる。

 私は すぐ、そちらに向かって歩き出した。何でか自分でも わからないけれど……神秘的な雰囲気に魅かれて、といったらいいかも しれないな。

 ただ私が そうやって歩いて行くと、後ろから年のいった おばあさんの声で叫ばれた。

「あすこは立ち入り禁止だ! 近寄っちゃなんね」

 びっくりして振り返った私は、すぐに聞いた。

「アレ、何ですか?」

 声をかけたのは、海女さんの格好をしたおばあさんだった。

「おめさ、ヨソ者だんな? よくこんなトコ来ただけんど、すぐ出て行けえ。この島の(モン)は、ヨソ者さ嫌う」

 そんな事を言って私を睨んだ。一瞬、慣れない なまり言葉にも たじろいだけれど、私は頑張って負けずに聞き直す。

「…………ココの島について詳しい人知りませんか? 昔の事とか……」

 おばあさんは(いぶか)しい目で私を一睨みした後、私が行こうとしていたのとは違う所の方向を指さして言った。

「んだら、オババ様に聞いたらええ。オババ様なら何でも知ってなさる」

 言って捨てると、プイと立ち行ってしまった。



「あたしがオババだよ。もう今年で125歳になるねえ。早いもんだよ」

 暖かそうな毛皮の服と、真っ赤で派手なスカーフ。腰を曲げて歩く姿が頼りないけれど……まあ、125歳だっていうし、当たり前かあ。

「で、何の用だい?」

 私が あんまりジロジロと見ているものだから、オババさんは ちょっと機嫌を悪くしたようだ。慌てて私は謝る。

「あ……すみません。何かココに来て……何ていうかこう、新鮮な感じがして気持ちよくて……ああ何言ってんだろ、私」

と、頭を自分でグシャグシャと掻きむしった。

 私は海女の おばあさんが教えてくれた、オババさんの家を訪ねた。いきなりの訪問だったはずなのに、オババさんは何処か落ち着いていて私をスンナリと出迎えてくれた。

 私は、木造りのテーブルとイスのある明るい部屋に通され、腰を落ちつける。窓からはポカポカと太陽が見えて陽気さを演出していた。

 出された紅茶(たぶん)を、私は美味しそうに飲んでいた。

「なんだい。緊張しているのかえ? ホホホ……救世主らしくない娘だこと」

「!」

 ブハッと、少し飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになる。

 私が……バレバレ!?

「私の事、ご存知だったんですか?」

「ホホホ」

 上品そうに私に笑いかける オババさん。

「その格好……そんな変わった服を着て。少女で。この島へ来て、私を訪ねて来る……」

 ギョロッと、眼球の飛び出しそうな目で私を面白そうに見た。

「元の世界へ帰りたいんだろう? 娘」

 まるで何もかも お見通しみたいだ。何だか怖いっ、怖っ。

「あたしの前の代の魔女……その前の魔女……彼女らは、色んな書物を書き残してくれたもんでね。もちろん全部 読んだ。彼女らは語っていた……この島の“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”を頼ってくる少女が現れると。決まって彼女らは重い使命を背負った……“救世主”で あると。まさか本当にその通りに なるとはね。しかし早いこと……青龍が復活すると噂は あったが、そんなはずが ないと思っていた。あと500年は先の事だと思っていたのにねえ」

 一気に話し終えたオババさんは手元の紅茶を飲んだ。そして飲んだ後、フー……と、窓の外の景色を眺めた。

 そうと わかれば話は早い。私は そんな風に思い、気兼ねする事なく気持ちを素直に ぶつけた。

「青龍復活の理由は……いいんです、今は。私は、元の世界へ帰りたい。さっき言った“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”……ってやつ。それが どんなのなのか知らないけど。とにかく、それで帰れるんですよね? 元の世界に」

 私の顔も声の調子も固かった。失礼だったかもしれない。でも気は楽だった。

 オババさんは黙ってずっと窓の外を見ている。

「お願いします。教えて下さい。私、元の世界へ帰りたいんです。完全に使命から逃げ出そうとしているけれど……それでも いい。私はココに、居たくないんです」

 言ってしまった後、胸が苦しくなってしまった。

 まさか私……嘘を言っている? いや、そんなはずは ないわよね。これが私の本心なんだから。


「……まあよい。教えてやろう」


 パッと、私は明るい顔をしてオババさんを見た。オババさんは今まで座っていたイスから立ち上がり、窓の外を指さした。

「あそこじゃ。あの、奥の白い建物。由緒正しき神殿だった(・・・)所だ」

 そこは……私が最初に行こうと気になっていた場所だった。

 頭だけしか見えなかった、海に面して高台に なった所の もっと奥の奥の所。白い建物。あそこ、神殿だったんだ。神秘的だと感じたのも頷ける。

「その昔、神が住んでいたという言い伝えがある。一般民は立ち入り禁止になっているから、コッソリ夜にでも行くがいい」


 神が住んでいた? ……天神の事だろうか。だとしたら天神は この世界の何処かへ移動したという事になる。何故か? ……

 きっと この島に冒険者とかが昔、出入りするようになったからかな。

 そういえば前、(ひたき)が言っていた。レイが天神に仕えていた所……人間が普通に行ける所じゃなかったって。その時すでにココを捨てて、そこへ移動したってわけね。

聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”かぁ……。またそんな珍妙なものを。

 私は先が見えたからか少しづつ元気が出てきていた。「よしっ!」両の手を握り締める。

「ありがとうございます! さっそく今夜に行ってみます。お世話に なりました!」

 勢い余って立ち上がった私は、お辞儀を。するとヒジをついていて無表情なオババさんは変な事を言う。……言った。

「そんな心構えでは“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”なんぞ、見つける事も できんわ。まあ、じっくり考える事じゃな。それまで この家に居てもよいぞ。あたしは もう寝る……勝手にせい」

 そうして、本当にサッサと奥の部屋に引っ込んでしまった。後に残された私は、妙にその言葉に引っかかってしまう。

(じっくり……何を考えるの?)

 わからなかった。



 テーブルでウトウトと居眠りしていると、あっという間に夜になってしまった。

「じゃ……お世話になりました!」

と、私がニコニコと。手を挙げて笑っていると、

「あたしゃ何もお世話しとらん」

 言い返されてしまった。うう、冷たい。


 私はオババさんと別れ、夜道を歩いて行った。辺りでは虫の音や、遠くの空では微かに鳥の声が聞こえた。

 立ち入り禁止と聞いてコソコソ気味に。見える白い建物をめざし、そこまで繋がっていると思われる長そうで緩やかな傾斜の坂を上り始めた。

 しかし長そうな坂だなー……傾斜 何度くらいなんだろう。どうでもいい事を考えながら、懸命に ひたすら歩いた。

「なんの、根性!」

 時々、意味不明でも言葉を叫んだり。

 そうでもしないと、疲れてしまうんじゃないかと思って。

 夜だしね、今。

「ふいぃー……」

 てっぺんに着く頃には、足がヘトヘトになっていた。

 しばらく黙って うずくまり、ガクガクする足を押さえた。ゼーゼーと息を整え、後ろを見ると坂の下が見渡せて、村の家明かりがポツポツと蛍が飛んでいるかのようでキレイだった。

 ふう、と息をつき薄っすら かいた汗を手で拭うと、「んしょっと!」と立ち上がる。

 再び前方を見ると、古い白い建物は もうすぐ そこに現れていた。


 かつて神の居た神殿……今は廃墟と化し、もの寂しい。

「そういえば摩利支天の塔も、こんな感じだったな……」

 様相は似ていた。建物の一部分が崩れたガレキの山。白い壁、柱と、床は大理石で できていそうだった。誰も居ない、もの寂しさが空間を作っているかのようで。生物の存在すら感じない一つの世界がココに でき上がっている。

 私が一歩足を踏み入れると、沈黙の空気が私を出迎えている。

(セナと2人で塔に踏み込んだっけな……蛍は敵で……でも、そこで仲間になったんだよね)

 つい最近の事なのに もうずっと前の事のように感じた。

「何だろな……コレ」

 呟きの音は大きく響く。自分の胸元を、服と一緒に掴んで俯いた。

 私の胸を締めつけるもの……コレって何なのだろうか。切なくて、悲しくて……息苦しい。

「オババさんも変な事を言っていたし……私も何か変。……ったくもー」

と、勇み足でブンブン腕を振り上げていたわけだけれど。

 急にハタと歩みを止めた。

「まさか魔物が出るんじゃ」……

 自分で言って、背筋が凍る。

 思い出されるは摩利支天の塔のゾンビ達だった。


 ……ゾンビ!

「ひいいいっ」

 私は声を上げて肩がすくむ。手に汗がベットリだ。

 まさか……オババさんが言ってた「見つける事も できない」って、そういう意味だったり? すっごい凶悪最強な魔物が居たり……し、て?

「嘘うそ! 嘘ったら嘘よ! ねえ!?」

と、誰に向かって言っているのか……後で自分にツッコんでいた。

 しかし考えられない可能性じゃない……非常〜に、まずいんでは。

「だ、だめ。早く“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”を見つけるのよ! だだ大丈夫! 私にはコレが……」

と、右手に はめられた指輪を見た。

 はあ……と、ため息は指輪に当たる。そして小さな安心感で私は包まれた。

 また、指輪の存在に お世話に なってしまったな。

(私……本当は帰りたくない……の、か、な?)

 よく わからない。

 私は引き続き神殿内を歩き進めてみる。上から見ると、丸い回廊が中心を取り囲んでいるような建物の造りで、でも壁や柱なんかは何処も かしこも剥げ、崩れ、かなり傷んでいる。大きな亀裂を含んでいる所も。いつ崩れても おかしくは ない。

 幸いな事は、危惧していたような魔物の姿は ない事だ。油断は できないけれどね。

「奥に あるのかなぁ」

 私は“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”を探し続けた。しかし見つからない。思い切り『橋』を想像していたんだけれど。『橋』だろうが『箸』だろうがユキオだろうが見当たらない。それらしき気配も何も なかった。ただ静寂なガレキの佇まいが あるのみで。

 やがて私は、そのガレキの石の上に腰を下ろして休んだ。「ふう」

 ため息ばかりだ。

「疲れる事ばっかし。やんなっちゃうなあ……もう」

 でも元の世界に帰ったら、こんな風に疲れる事も なくなる。あったかいお湯にでも()かって後はグッスリふかふかベッドで眠るだけ。朝起きたら、見慣れた天井。着慣れた制服。お兄ちゃんの顔。できたてラーメン……。


 ぐう……。


 ありゃ。

 ラーメン、って思ったら お腹が鳴った。さっきオババさんの所で ごちそうに なったのに。まあ、想像するに妖しげな食卓だったけれど。本当に美味しかった。

 マフィアの料理も美味しかったなあ。中華料理と あんまり変わりなくて。ラーメンの味もピカイチだった。いつも お兄ちゃんの味で慣らされている私としては、見方は厳しいけれど。評価は高い。行列が あったら私も並ぶだろうな。

 お兄ちゃんと並んで、一緒にマフィアが働いてくれたらって思う。

 マフィアは優しい(たまにキツイけど)。孤児の子供達の面倒をよく看ていた。私の家で本当に働いてくれたら、きっと上手く やっていけると思うよ。


 面倒見が いいのはカイトもだ。妹思いのカイト。ちょっと変な人だけれど、人形作りにかける情熱には びっくりよね。そうそ、ちょこっとメノウちゃんに聞いたけれど。メノウちゃんとカイトが2人でキャンプに行った時。

 カイトは自分の背中が燃えている事に気がつかずに人形作りに没頭し過ぎてたんだって。

 ほんとーに、変な人! メノウちゃんも大変だ(火を消したのはメノウちゃんらしいよ)。


 大変と言えば、紫も大変だ。わがままな蛍ちゃんに ずっと付きっぱなしで。本人、何考えてるのかが わからないけれど。


 何考えているのかが わからない……レイやハルカさんも そうよ。いくら復讐のためだからって、関係の ない人達まで巻き込んで……私やセナが どれだけ辛い思いをした事か!


「あ……」


 つい声を漏らしてしまった後、ドキリと胸が鳴った。


 セナ……。


 ……とってもキレイで女の人みたいで、そう言うと怒るんだけれど。とっても強くて、とっても優しくて。私の そばにいつも居てくれた。時々、バカやっていたけれど……。

 あんな人、見た事ない。一緒に居て あんなに安心できる人って居ない。

 今、元気で いるだろうか。

 きっと怒っているだろうなあ。勝手に私、出て行っちゃったから。

 そう言えば私が この世界に来た時に初めて会ったんだっけ。初対面からセナは私に とびきり優しかった。私の話す信じられない話も すぐに信じてくれた。

 襲いかかる魔物から、いつも助けてくれた。勝てそうにない紫とかが相手でも、立ち向かって行った。私が さらわれた時も、マフィアと一緒に心配して すぐに助け出してくれていた……。

 強くて、カッコよくて、いつでも私のヒーローだった。


 だった……今は もう、過去の事。もう会えない。二度と会えない。

「そんなの……」

 思った途端、言葉が出た。

「いやだ……」

 視界が歪む。たまらなく胸が苦しくなる。

 私は おかしな事を言っているのだろうか。無理な事を言っているのだろうか……?

 究極の わがままなのかもしれない。

 元の世界に帰りたい。でもセナとは離れたくないなんて。

(私……)

 気が ついた。

(まだ、迷っているんだ。帰るかどうかを。オババさんは それを見抜いたのよ……だから、だから私には橋は見つけられないって……)

「セナに会いたい……」

 それが素直な……私の本音だった。


 その時。


 ジリリリリリ!


「!?」

 凄まじい音が何処か近くで鳴り響く。「え!? コレ!?」

 そう、その けたたましい音の正体は。

 ポケットに入れておいた、船で会った不思議少年に もらった鈴。よく中を覗き込んでも、スイッチなんて何処にも ない。勝手に鳴っているんだ。どういう構造なんだろう。

 慌てふためいてオロオロしていると。



「 勇 気 …… ? 」



 背後から声がした。

 振り返ると、そこには。


「セナ……?」


 ……こっちも驚かずには いられなかった。



《第22話へ続く》





【あとがき】

 主人公の元気が無いと作者の元気も無いですね(シュン……)。

 次話でテンションは上がるかも(サテ?)。


※ブログ第21話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-63.html


 ありがとうございました。



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