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第20話(白い月の夜)


「ハルカ……」

 そう囁いて、氷に そっと手を触れる。優しく、撫でるように、そっと。

 これは ただの氷では ない。闇の魔法で作られた、決して溶ける事の ない氷。しかし氷の中には ちゃんと時間が流れているため、一年経てば一歳年をとる。成長も している。

 呪縛、監禁、幽閉……とも言える。

 ハルカは ただ黙って目を閉じているだけ。声を発せられなければ、表情を変えたり動く事も一切できない。

 レイが何故ハルカをこんな氷に閉じ込めたのか。

 ハルカへの情が そうさせたのか……わからない。

 レイも ただ、とても優しい目でハルカを見ているだけだった。




「ハルカさんは……レイの所に……?」

 わからない。わかるようで、わからない。

 何故……ハルカさんを連れて行く事を拒否したレイが、ハルカさんを氷づけにして連れて行ったのか。

「ハルカさんを……愛しているから?」

 だから……だから連れて行った? わざわざ術を使って?


(ハルカに会ってみる? 何か わかるかもよ)


「!」


 私と謎の声との会話は まだ続いている。姿は ない。声と声だけの……これは本当に『夢』なの? あなたは……。

「そんな事、できるの!?」

 私が謎の声に反応して叫ぶと、やはり声で返ってきた。


(できるよぉ……私は誰? なんちゃってね)



 ……気がつくと、また変な空間に投げ出された。

 それは奇妙な空間だった。景色というものが……ない。ただの真っ暗闇。そして不思議だけれど……周囲に光は何処にも ないというのに、自分の体は見えている。

 両手も、足の つま先まで しっかりと見えている。さっきまでの無声映画に近いような所に居た時は、私という体は そこの場には なかった……要するに、『意識』しか なかったんだ。

 でも今は。

 自分の顔を叩けば、パチパチと音がする……気が する。痛みも感じると思う。

私の『体』は存在しているんだ。

「ひゃ!」

 下を見て声を上げてしまった。何と、足元は水びたし。真っ平らな地面の一面、流れる事も なく水が まかれて……。

「……」


 違う。

 これは水じゃない。

 手で地面を触れてみても、水を『感じ』ないのだ。よって濡れない。ただ……。

 ただ、触れた所を中心に波紋が広がるだけで。つまりは見せかけ?

「ココは……何処に連れて来られたんだろ……?」

 いい加減、嫌になってくる。本当に神様に遊ばれているんじゃないだろうか。


「あ……」


 振り返る。

 私だけしか居ないのかと思っていたら。少し離れて5・6メートル先に人が……現れた。それは突然に出現したのかと思われた。

「あなたは……」

 少女……金髪。赤い瞳。可愛らしい青のワンピースから、スラリと伸びた足が出ている。肉は あまりついていない、非常に細身だ。立ち方が優雅で、モデルのよう。目を引くのがチョーカーから垂れ下がっている首元のシルバー飾り。変わった造形をしている。


 ハルカさん。彼女だ。私の方を真っ直ぐ見ている。表情は ない。


 レイの前で頑張っていた彼女のままだ。服装も同じ。

 あんな場面を見た後では、すごく声をかけづらいんだけれど……。


 私が黙っていると、やがてハルカさんの方から歩み寄ってきて声をかけた。歩くたびに やはり水紋が広がっている。音は ないけれど。

「ハルカ・ティーン・ヴァリア、15歳だ。よろしく」

 私の前まで来て、そして いきなり自己紹介?

「ええと……あ、松波勇気です。13歳です……よろしく」

 私はポリポリと頭を掻きながら ひとまずハルカさんに習って自己紹介で返す。何だ、緊張して ぎこちない。

「救世主とはお前の事らしいな。レイが言っていた。異世界から来た、何の力も ない小娘だと」

 ぐさっ。

 ……そ、そうなんですけどね。皆、はっきり言ってくれるなあホント。ちょっとは加減か遠慮してほしかったりして。

「何故 神は、お前を選んだのだろう……まあいい。私やレイには関係の ない事だしな」

「あっ、あのっ」

 私は一番 聞いてみたかった事を聞こうとした。

「何だ」

「ハルカ……さん。レイの所に居るんですよね? 氷づけみたいに なって。あなたは それでいいんですか? 満足なの?」

 普通、抵抗すると思うんだけれど。私はそう思って。でもハルカさんは。

「ああ」

と……尋常では ない答えが返ってきた。

 そんな素っ気ない……。

「レイの そばに居られる……それだけで満足だ。触れる事も会話する事も できないが……いい。だから、邪魔するな」

 う、ううーん?

「邪魔するなって……あなた、それで本当に満足なの!? 本当に!? ……レイの事、全部知っているのよね。レイが、何を企んでいるのか!」

「知っているが」

「なら! あなたは止めるべきだわ! 青龍復活を! 世界滅亡を! このままじゃ、何もかも終わってしまう!」

 ハルカさんは しれっと、「知った事か」と言い放った。


 ……!

 冷たい……。

「私は、レイさえ そばに居てくれればいい。レイのやる事に邪魔は しない。レイが望むなら。世界が どうなろうと どうでも。レイさえ……居てくれれば」

 何て頑固なんだ。私は そう思った。

 あんまりだ。世界が どうでもいいなんて。そんな事が平気で。

「お前は」

 顔を上げてハルカさんを見ると、私から目を離さずに今度は そっちから迫ってきた。

「何故ココに居る? 何故 救世主に なったのだ? お前なしでも、世界は動く。お前が世界を動かすわけじゃないだろう。元あるべき世界の方へ帰ったらどうなんだ。とっとと」

「私なしでも……」

 世界は……変わらない……?

「レイも私も意志は変わらない。変えるつもりなどない。どっちみち、世界は滅びる傾向なのだ。滅びる前に、死ぬ前に、帰ったらどうなんだ。足手まといになる前に」

 滅びる……レイが、滅ぼす。

 どう あがいても。

 レイの意志は、変わらない……。


 私は気持ちが段々と しぼんでいった。全て、悪い方へと導かれて。

 私は どうして救世主になったの?


 何でだっけ? ……


 ……


 ……何の ために……。



 ……気がつくと、ハルカさんは居なかった。そして、やっと夢は消えた。




「お兄ちゃん……」

 寝言で、そう呟く勇気。

「勇気……」

 そばで寝言を聞いたセナは、優しく勇気の頭を撫でてあげた。勇気は汗もソコソコ、落ち着いては いるが まだ苦しそうに呼吸をしている。熱は まだあまり下がらない。

 少し隙間の開いたドアから、メノウと蛍は勇気を見守っていたが。

「(あの2人って……恋人同士とか、そんな感じなのかな?)」

と、コソコソとメノウは好奇心旺盛に隣の蛍に聞いた。

「(そお? 兄と妹ってカンジだと思ってたけどー?)」

 馬鹿らしい、と蛍は手を振った。

 すると背後からカイトが やって来て声をかける。

「こら。何やってんだ2人とも」

「わっ!」「ひやあ!」

 驚いた蛍とメノウは慌てて その場から立ち去った。

 2人が去った後……開いたままのドアの隙間から、今度はカイトが覗き見る。チラリと数秒見入った後、そっと離れた。

 はあ〜……と、廊下を歩きながら ため息をつく。そしてピタリと立ち止まったかと思うと。バンッ! と手の平を自分の横の壁へと突くように叩きつけた。

「……どうすりゃいいんだよ」

 下口唇を噛みながら。カイトは悔しそうに怒りを目の前の空間に ぶつけた。



 夜も更けて。私は目をやっと覚ます。

 ムクリとベッドで上半身を起こして、腕を上げてみて思い切り伸びをしてみた。周囲には誰も……誰も居なかった。ちょっと内心ホッとする。

「皆、何処 行っちゃったんだろ?」

と言った後で すぐ「あ……そっか」と全てを思い出した。

 そうだった。皆、街の救助活動と修復作業に行っているんだわ。私ったら……何、忘れてんだ。全く……自分のノンキさに呆れる!

 私はポカリと自分の頭をこづいた後で、「私も行かなきゃ」とベッドから出ようとした。

 フッと、言葉が思い出される。


『何故ココに居る?』


 ハルカさんの言葉。「あ……」

 体が すくんだ。再び動き出す事が できない。

 ハルカさんの槍で刺すような言葉の数々が、私の動きにブレーキをかけている。


 行ったって……仕方ないのだから――。


 と……。


「……」

 私の表情は暗かった。誰にも見せられないほど。

 何だかもう、どうでも良かった。

「私……元の世界に帰らなくちゃ……ココに居ても、役に立たないもんね……。セナやマフィアみたいに強くないしカイトみたいに技術を持っているわけでもない。魔力もない。ミクちゃん……人一人、街一つも助けられないんだもんね」

 言いながら、声が震えてきた。ああ本当に今、誰も居なくてよかった。

「ごめんね……」

 誰に謝っているのかは わからないけれど謝った。ミクちゃん? リカル? セナ? それとも??

「ごめん……」

 視界が段々と(にじ)んで何も見えなくなってきていた。



 帰る用意を、とはいっても特に何も ない。食料と水だけを持ち、部屋を後にした。

 セナ達 皆に黙って、居ない隙に船乗り場へ行く……が。


 途中で、重要な事を思い出した。

 ああ……私って何てバカなの。今さらかもしれないけれど。

 とりあえず、夜で あっても船着き場で忙しそうに積荷を運んだり船員に指示したりしている船長さんに、相談しに行った。


「あのぅ……」

と、背中を突っつくと、船長さんのゴツイ体がクルリとこちらを向いて小さな私を見下ろした。

「オヤ何だ。今日は一人か、救世主さんとやらよ」

 どんな時でも明るく陽気な船長さん。気軽に私に笑いかける。

「じ、実はそのぅ……船に乗せて頂きたいんですけれども」

「おうよ。いいぜ。本当は明日の朝に出すつもりだったんだが、薬とか食料がとても足りない上に時間も無駄にしたくないしよ。今すぐ出港しようとしてたんだ。あんたラッキーだねえ」

「はあ……それが……その。実は問題が……」

「問題?」

 片方の眉を船長さんは吊り上げた。両手を腰に つける。私の顔色を窺った。

 私は親指と人差し指でワッカを作り、見せた。そして口元を引きつらせて、ニッカリと笑う。

 すぐに察しが ついてくれたようだ。

「なんでえ……金か」

 あ〜あと、船長さんは鼻息 荒く大きな鼻穴から息を吸い込んだ。船長さんのボリュームあるお腹が激しく伸縮する。

 私は申し訳なさ気に、コクリと頷いた。だって無いものは無い。ダメ元で……と思ったんだ。

 すると船長さんは自分の頭をブォリブォリと掻きながら、少し考えた後。「……しゃーないなぁ」と声を漏らしてくれた。

「!」

 私、両手をグーにし、キラキラとした目で船長さんを見つめた。

「わかった わかった。じゃ、甲板の掃除と諸々雑用付きだ。いいな? 厳しいぞ、覚悟しとけ」

 太い腕の手で、私の頭をこづいた。私ってば嬉しくて大興奮だ。「はい!」

 私はニッコリ笑って大きな返事をした。



 お優しい船長さんのおかげで、船に乗る手はずが整えられた。すごく感謝しつつ、私は船にさあ乗るぞと船着き場まで近づいて行ったさなか。

 呼び止められる。

「勇気!」

 そして振り返る。

 その声の主を知っていた。私は激しくドキリとして、恐る恐る見る。


 蛍だ。そして隣には紫が。


 ついに見つかってしまった……。

 怖い顔をした蛍と、さっぱり表情わからない紫の顔。居るのは2人だけで、少しホッとしたものの。とても和やかとは ほど遠い雰囲気が私達を襲った。

 私の そばまで近づいて、蛍が吠えるように叫ぶ。

「何処 行く気!? ……まさか、逃げるんじゃないでしょうね?」

 睨みをきかせて私に詰め寄る。

「……」

 私は返事が できなかった。

 どう言い繕っても、私の今やろうとしている事は蛍達から見れば……“逃げ”の行為だ。言い訳するだけ空しいって事が よくわかっていた。

「そうだと思う……けど……」

 何とか返事をするものの。はっきりしない。

「はあ? ……あんた、どーゆうつもり!? 逃げて何処 行くってえの!?」

 うう、大きな声だから余計に胸に突き刺さる。仕方ないけれど。

「……元の世界へ。私、帰ろうって思ったの」

「元の……? 帰る、って。方法、わかったわけ?」


 私は黙って頷いた。


「……」

 蛍も黙ってしまった。

 そう。私は夢の中で。もう一人の私なんだかどうだかわからない謎の『声』のおかげで、元の世界への帰り方が わかった。わかってしまったのだった。

 まだ、半信半疑なんだけれど(なんせ『夢』だしねー)。教えてもらった場所、というのがあって。そして そこはココから さほど遠くもない場所だったんだ。偶然な事に。

 とにかく行ってみる価値は ありそうだった。それで。

 帰りたい、っていう気持ちが あったし……私は行く事にした。もう、決めた。

「何で……? 風神は? 木神は? 水神は、私達は? 置いて、サッサと帰っちゃうなんて。あんた言ったじゃない。レイ様を説得しに行くって。それは どうなるの? 救世主なしで、青龍復活を阻止しろって? ううん、そんな事は どうでもいい。あんた、どうして黙って一人で決めて行っちゃうのよ!?」

 蛍の言葉の一つ一つが私に とって とげとげしく聞こえる。聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない、けれど……。

 私の顔色を見てか、紫が蛍を抑えた。蛍の両肩を軽く掴んだ。

「紫……」

 蛍が紫の顔を見上げる。紫は ただ首を振った。「……」何も言わずに。

「でも、こいつ勝手で……」

 言いかけたが、遠く高い船上の所から船長さんの声が響き遮った。


「おーい! 出発するぞ! 別れの挨拶は もういいか!」


 それを聞いて私は慌てて蛍達に背を向け、『逃げる』ように船の中へと。蛍は すぐ私を追いかけようとしたみたいだが、紫が それも止めてくれたようだ。そして、

「ご無事で……」

と……ポツリと言った。

 逃げた私に声は届かなかったけれど。紫は私の気持ちを察してくれていた。



 船はボオ〜……ッと音を立て、港から遠ざかる。

「バカアアァァッ……!」

 蛍の怒り狂った叫びが聞こえてくる。

(すぐ……帰って来るから……)

 私は船室の壁に もたれて座り込んで、ヒザを抱え込んだ。

 何の保障もない。帰って来るのか どうかなんて。もしかしたら もう2度と、こちらには戻って来ないかもしれないっていうのに――。


(でも……それでも。私は あそこに居たくなかったの――)


 顔を上げられない。

 そんな資格も根性も無い。

 私は帰るために。教えられた地へと。



 帰るために。



《第21話へ続く》





【あとがき】

『白い月の…』? 一体何処に月が、と作者、過去の自分に悩む。恐らく抽象的なイメージで決めたんだと……変えようかとも考えましたが他に思いつかなかった今回。

 次回、『勇気、グレる』とかだったら新展開ですか(有り得ない笑)。


※ブログ第20話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-61.html


 ありがとうございました。



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