表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/61

第19話(「ハルカ」という名の少女)


(私、頑張るよ。お兄ちゃんのためにも。私一人で)


 ……これは誰の感情? 私の過去の想い?


(大丈夫だよ。お兄ちゃんが居てくれる。お兄ちゃんが頑張るから、私も頑張るの。私は不幸せなんかじゃないんだよ)


 ああ……ずっと昔、考えていた事だよね。そうか、私あの頃……いつか一人で生きて行こうって、決めたんだよね。

 何でだろう? たった6・7年前の事じゃない? どうして今こんなに不安で いっぱいなの? どうして『決めた』って過去形に なっているの?

 私は どっちに行くの?

(だって仕方ないじゃん? 親は両親とも死んじゃって、お兄ちゃんしか居ないんだもの。頼りにするのもいいけどさあ。やっぱり自立するべきでしょ?)

 自立? 自分で立って歩くの?

(当たり前でしょ? 誰の手も借りちゃダメでしょ? 自分の事はホレ、自分で やんないと!)

 わかってても……淋しいな。

(淋しい? どうして? あんたには周りに人が居てくれるじゃない?)

 そうだけど……でも。

(まだ13歳で、自立は早いかもしんないけどさ。自立って言葉は前向きじゃん?)

 前向き……いい言葉よね。


 わからない。何も考えられない。

 こんなのって……初めて。

 誰か…………私を た す け て 。




「クソッ……レイの奴……」

と、下を向いて唸っているのはセナである。

 ココは、キースの街 診療所の裏にある家の小部屋。大被害を受けたキースの街人達は、街のあちこちの病院や診療所、やがてそれも足りなくなり、民家にも運ばれた。勇気が倒れ、セナ達一行は勇気を担いでココの診療所を尋ねた。

 しかし やはり満員で、所内には入れず、そこの所長が親切にも診療所 裏にある自分の家のベッドを貸してくれたのだった。

 少し呼吸が乱れ、高い熱を出す勇気。

「疲労……かな」

と、勇気を横目で見下ろし様子を(うかが)ったのはカイト。すぐ後に続いてマフィアやセナが言った。

「セナ……落ち着いて。冷静になるのよ。今は、勇気の事だけを考えて……」

「わかってる!」

と、セナは勇気から背を向けた。

「勇気、衰弱しきってるみたいね。そりゃそうよね……慣れない環境の中に居るんだもの……。それに まだ13歳だったっけな。あんな死体の山 見せつけられて。きっと前の時は、『助けなきゃ』って気を張っていたんでしょうね。まだまだ勇気は子供よ。辛かったでしょう……」

 マフィアは そう言って涙ぐんだ。

 カイトは自分の水の力で、勇気のオデコに水を含ませ絞ったタオルをたたんで そっと置いた。

 精霊の力は、こんな所で役に立つ。

 セナ、マフィア、カイトの他に後ろで蛍達も黙って そこに居た。

「勇気が この状態でいる以上、この街から離れられない。とにかく、宿を探しましょうか」

というマフィアの発言のもと、それぞれは思い思いに行動し出した。

 勇気が こうなったおかげで皆、少なからず動揺していた。



 ……


 勇気は自問自答ともいうべき会話を誰かとする。まだ続いている。


(なあんだ。疲れてんの? なっさけな!)


 ……そう言われたって、仕方ないでしょ。こっちの世界に来て色々あって。元々私、体力が ないのよ。部活だって文化部でしょ。

(あんたって よく頑張るよねえ。訳の わかんない救世主なんて使命 背負わされてさあ……。本っ当、人がいいというかノンキというか……)

 何が言いたいわけ?

(あんたの短・所! やってって言われたら断れない)

 …………いいじゃない。別に。

(よくないでしょ。その短所のせいで あんた疲れすぎて倒れたじゃん?)

 反省してる。

(嘘でしょ。あんたは起きたらまた、助けるんだとか言っちゃって走り出すでしょ。自分、こんなにボロボロのくせに)

 ボロボロ? そんなに?

(ひどいもんよ。自覚ないんだ? はっきし言って重傷)

 そ……う?

(精神的に あんた、相当まいってる)



 私の心の中に2人の心が住んでいる。2人とも私で あって、お互いを挑発し合っているみたい。

 一体いつまで、これが続くのだろう。



「ばっかみたい。倒れちゃうなんて」

と、部屋の隅で文句を言う蛍。それを聞いて怒ったのはメノウだった。

「ばかじゃないもん! 勇気お姉ちゃんは ばかじゃない!」

「だあーって! 疲れてるのは こっちも同じよ。私だけじゃない、紫も あんたらも! なのに勝手に倒れちゃって! あんな光景、見慣れてるんでしょ!? これからだって ずっと見る事に なるわ!」

 あんな光景とは、もちろん街での惨劇の事。蛍側にしてみれば、何度も似た光景は見た事があった。

「第一、勇気の奴 甘すぎんのよ。救世主のくせに、何にも できないんだから」

「言い過ぎよ! 蛍! 勇気は勇気なりに頑張っているのよ」

と、抑えたのはマフィア。セナは相変わらず勇気には背を向けたまま、皆の方を向いてはいるが下一点を見て無言だった。


「それにしても、何で救世主は異世界から来た者なんだろうねえ?」


 どういうつもりなのか、カイトが急に言い出した。

「だってそうだろ? 別に違う世界の人間じゃなくてもさ。こっちの世界の人間でも いいじゃん。何で わざわざ? これ、素朴な疑問」

と、ハーイ、と手を上げる。

「変な奴……」

 ツッコんだのは蛍。

「お兄ちゃんは そういう人なんだよ」

と、微笑むメノウ。

「でも その通りね。何で天神様は……勇気を選んだんだろう……」

 そして救世主は何故 異世界から来るのか? ……考えた所で わからなかった。

「ま、天神が どーとか勇気が どーとか言うよりもさ。勇気が こうなっている以上、俺らどうすりゃいいんだろ。街は ご覧の通りだし、明日まで船も出ないらしいよ。船員達が救助してるけど、やっぱ俺らも手を貸すべきだよな。うん。じゃ、そゆ事で」

「は? カイト……ちょっと?」

と、目が点になる一同。しかしカイトはサッサとドアから出て行ってしまった。

 後に残された者は、呆然とするばかり。

「勝手な奴ねー。勇気、放ったらかしぃ?」

とグチる蛍。

「さあ……。でも、私らがココで あーだこーだと言ってても始まらないのは確かね。とりあえず当番制で勇気の そばに居てあげて。残りは街で働きましょっか。じゃ、まず……」

 言いながら、辺りを見渡しセナの所で目をとめた。

「セナ。あんた、お願いね」

 ポン、と肩を叩く。肩を叩かれたセナはマフィアの顔を見て「ああ」と返事をした。

「昼過ぎに全員 集合ね。それまで よろしく。あ、メノウちゃんはココに居てね」

「ううん。メノウ、手伝いするよ! ケガの手当てなら任せて! よくお兄ちゃんのケガの手当てしてたの!」

「カイトの……?」

と、少し顔をしかめるマフィアだったが。

「まあいいや。じゃ、お願いしようかな。私に ついてきて。蛍と紫くんも よろしくね」

「はいはい。行こ、紫」

「はい」

 部屋に勇気とセナを置き、4人とも出て行った。残されたセナは黙ったまま、勇気の寝ているベッドの横へ椅子を引き置き、座った。

 少し ため息をつき考え込んだ。

(レイを止める方法……ダメだ、何も思いつかない。第一、レイの説得は無理だ。レイの過去を知ってしまったなら なおさらだ。レイは……もう、昔のような奴じゃない。昔は……今とは逆で、天神を尊敬して……力だ! 闇神の力! あの力の せいだ……あの力を失えば! ……そんな事は できるわけがない。ちっきしょー、やっぱり どうしても、レイを倒す以外の方法は ないのか!)

 このままだと、レイは四神鏡を集めて青龍を呼び出し、世界を破滅へと導く。この悪状況を失くすためには諸悪の根源ともなるべきレイを倒す他ない。

(待てよ……天神を倒すっていうのは どうだ? 天神が居なくなればレイの復讐の意味が失われる……いや、ダメか。天神は全知全能の神。居なくなれば、結局は破滅か……)

 そうやって頭を抱え込む。

(俺って怖い奴か? 神よりも旧友が大事なんて……な)

「ふっ……」

と、少し笑みを浮かべるが、それも悲しいだけだった。

(レイを倒す……それしか、ないんだよな? 勇気……悪いな。お前はお前なりに、考えてくれてたんだろ? レイを倒す事以外方法が ない事をとうに知ってて……でも、俺の前では言い出せなくて……目の前で人が死んでも……良い方法は見つからなくて……。きっと、途方に暮れちまったんだよな。救世主なんて使命、本当だ、何も お前じゃなくたって よかったんだ。カイトの言う通り、こっちの人間に……俺にしてくれりゃよかったんだよ)

 勇気の寝顔を見ながら あれこれと考えているうちに、眠くなってきた。朝も早かったし、色んな事が あったからだった。

 目を閉じても、思考は加速するばかりで止まらない。

「レイの説得……できたらいいな。できる人間が居るとしたら……」

と言っておいて。すぐに またパチッと、目を開けた。


「ハルカ……か?」




 ……勇気の中で。会話は続いている。音だけが存在する世界の中で。

(あーあ。早く元の世界に帰りたいなあー)

 帰る? 帰りたいの? 私。

(そうよ。だって、こんなキッツイ所より、元の世界の方が平和でしょ)

 平和……そうかな。だって私、家じゃ一人で、学校 行っても いじめられて……さ。

(でも人が死んだり、世界の破滅なんて話とか ないでしょ? ココと比べたら平和よー?)

 ……そう、ね。元の世界の方が、まだ……。

(帰ろ帰ろ。私、方法知ってるから)

 は? ……何で知ってるの??

(うふふ。私、何でも知ってるわよ? 教えてあげる)

 あっ……そう。へえ? 何でも知ってるの? 本当に?

(何でも聞いて)

 そうね……じゃあ……うーんと……。

(ハルカって知ってる? レイやセナとの関係、教えてあげよっか?)

 ハルカ……?

(教えてあ・げ・る! それっ!)

 え、『それ』って……う、わあああ!


 凄まじい閃光のもと、暗闇だったのが急に とある場面へと変わった。

 私の視点から周囲が見渡せるようになった。声だけの世界から、抜け出せて。今さらながら……これは夢なんだと やっと理解できたように思う。



 私の目に飛び込んで来たもの。景色は。

 あそこ……知ってる。『時の門番』で見た、監獄だわ。有刺鉄線の張られた高いフェンス。監獄の建物の窓から中の様子がチラチラ見える。少年少女の数。姿。皆、色が ついているのかいないのか はっきりとせず、無声 映画のフィルムの中のエキストラのような感覚世界の中で、自分達の好き勝手に手を伸ばしたり走ったりして行動し。何の音を発しているのかが識別困難なんだけれど、彼らは場面の中で『生活』を行っているんだわ。


 あ……あれ。


 部屋の窓から垂れ落としたロープを伝って下りてきた少年達が居た。一人、また一人と。……2人だ。

 レイとセナだ……。

 知っている。私は。まだ幼い2人を。

 確かめるように左右前を探り、隠れながらか慎重に。この私の すぐ前にあるフェンスへと近づいて来た。私の目というカメラアングルは、動かせるのだろうかなんてちょっと思ったりしたけれど。

 すると、私の視界一面に突如『影』が覆い、一瞬 全てが真っ暗になった。

(?)

 それは本当に一瞬の事で。すぐに視界は開けた。

 どうやら、私という存在を通り抜けて。誰かが彼らに近寄って来たようだ。

 誰かって……誰。


 それは、少女。流れる金色を肩の手前で切り揃えられた、ストレート髪。

 後ろ姿しか見えないんだけれど……格好は、王女様みたいだ。

 金髪……この子、『ハルカ』?

 以前、夢でセナが「ハルカ」って呼んでいた気がする。きっと この子の事だ。


 この子が……『ハルカ』! 私はドキドキしてきた。

「ハルカ! おはよう!」

 ハッとして幼いセナを見た。屈託なく自然に笑いかけるセナの顔。そして その後ろからは「はよ」と、今度はレイが声をかける。

 フェンスを挟んで、3人は集まった。

「大丈夫か? また部屋を抜け出したりして」

 恐らくハルカの澄んだ気品 溢れる声。ただし口調が男の子っぽい。

「平気。レイが調べたんだ。この時間は看守達の朝メシの時間だって」

 肩をすくませ首を傾げながら、セナは愛嬌を振りまく。レイは目を伏せ静かに頷く。

「そうか……なら、よかった。これ、やる」

 ハルカがホッとして手に握っていた物を広げて見せた。お菓子だ。黒っぽい小さな塊の方は……。

「チョコレートといって、何処かの国のお菓子だ。昨日の おやつを残して持ってきた」

 フェンスの穴から、小さな お菓子が手渡される。「ふうん……」

 受け取った2人は、興味津々で早速 包みを広げて口の中へ。

「名前だけは聞いた事あったけどな。サンキュ、ハルカ」

 お礼を言われたハルカは、恥ずかしがっているのか黙っていた。顔は私からでは わからないけれど。


 ……


 ……そこまでを見ていて。この『場面』とは別の。さっき私と声だけで対談していた声が再びやってきた。

(説明したげよっか? 『ハルカ』。ハルカ・ティーン・ヴァリア。当時9歳、現15歳ってトコ。ある国の国王の15番目の子供。つまり、王女ね)

 勝手に話し始める……え?

 王女?

 ……やっぱり。そんな感じだもん。

(王女だけど、育った環境は恵まれているとは言い難いわね〜。部屋に閉じ込められているからなぁ。異常に)

 異常に? 何で?

(金髪で、赤い目をしているの)

 赤い目……そういえば そうだった……っけ。

(赤目で金髪……そんな容姿の おかげで、王宮内では忌み嫌われていたってわけ。母親は早くに病死し、国王は そんなハルカを大事にしてくれたんでしょうけどね)

 そうなの……異常、って。可哀想……。

(で、ハルカは秘密の抜け穴から抜け出して、ココに来たの。レイとセナとの関係は……友達って奴よ)

 友達……セナやレイは知ってたの? ハルカさんの身の上。

(まあねえ。国王の娘だし、監内で知ってた奴とか居たんじゃない。本人も言ってそうだしね。セナやレイは知った上で、ハルカと こうして会って。んで、遊んだり……とは言ってもフェンス越しに。監獄からは出られないしね。入る事も。わかった?)

 うん……そっかあ……。ハルカさんは、セナやレイの……友達、か。

 何だろ……すごく、安心しちゃった。変ね。

(安心、ね。だといいんだけどね)

 え?

(自分の目で確かめてみたら。見なさいな、3人とも誰をそれぞれ見ているのか)


 そう言われ、じっくりと観察してみる。それぞれが……。


 ……そういえば。ハルカさん、レイの方ばかり見ているような。気のせいかな?

 セナはレイもハルカさんも両方見ているし……うーん。

 とにかく3人とも、とっても楽しそうなんだけれどな。

 私に語りかける謎の声の言いたい事が よくわからない。一体 何が言いたいんだろうか。

(しゃーないなあ。んじゃ、とっておき)

 は!?

(ほいなっと)

 へっ……。


 再び暗闇。「きゃああ! またっ!?」私は悲鳴を上げる。

 遊ばれてや しないだろうか。誰に? 神様? 天神様?

 そして同じく閃光。気がつくと、今度は何処かの野っ原だった。


(見てごらんなさいな。わかるでしょ?)

 そう言われて。いきなり場面が変わったもんだから戸惑ったけれど。すぐに状況を頭に入れた。

 平野で、辺りには建物など何もなく。遠くに あるのは森の入り口。入り口へと続く一本の道が こちらにまで長く続いている。

 そして道の真ん中に2人。人が立ち止まっている。立ち話でもしているのかと思ったら。

 2人とは……セナとレイだった。まだ今よりちょっと幼げな。

 ココは いつの、何処なんだろう。

 相変わらず色彩の はっきりしない世界だ。映画かと思ってしまう。

(ま、過去だしね。昔の映画を観ている感じじゃない)

 昔……えっと、じゃあココは どの場面? 監獄で ないって事は、たぶん……?

(お察しかしら。そ、監獄から出所した日。セナとレイが お互いバイバイするトコよ)

 ……。

 時々思うんだけれど、この謎の声のノリ。何だかなぁ……。

(何よ。せっかく親切にしてあげてるのにィ。ホラホラ、ちゃんと よく聞いて。セナ達の会話)

 ええと ああ、うん。


 私が気を取り直して関心をセナ達に向ける。すると ちょうど、セナがレイに呼びかけた声がハッキリと聞こえてきた。

「じゃあ……ココでお別れだな。元気で、レイ」

「ああ。元気で……」

と、2人とも軽く笑い、簡単に済ませようとした。しかし余計に それが名残惜しそうにも見える。

 やがて、2人は それぞれ逆の道先をめざし歩き出した。振り返る事なく、真っ直ぐ道なりに。足は止めなかった。

 このまま2人は別れ……と思ったが。レイが突然 何かを思い出したかのように振り向く。

 セナの方を。そして呼ぶ。

「セナ! それから」

 セナはレイの方を。沈黙が少し2人を包んだ。

 レイが間を置いて言葉を続ける。

「ハルカの事……よろしくな」

 同時に、またレイは自分が進む方へと歩き出す。言葉はセナに届いても届かなくても どちらでもよかったのかもしれない。

 セナは しばらく そんなレイを見つめていたが、表情も変えず向き直り。自分も決めた方角へと。顔を上げて歩き出した。

 2人が出所した日――。

 私は、レイを見ていて。一つの答えに辿り着いた予感がした。


 レイは……ハルカさんの事が……。


 確かでは ない。だから『予感』止まりだ。

 でも本当かも。

 だって さっきの場面で。そういえばレイもハルカさんを見ていた気が。

 2人って、ラブラブ? やっぱり もしかして。

 あっらァ〜……。

(だと いいんだけどね)

 へっ……またソレ? 何よ、違うのぉ!?

(まだ続きが ある)


 言われて、黙って前を見る私。

 レイの方へ、勝手に私というカメラマンは追いかける。


 あ。


 気が ついた。レイの進む先で。

 森の入り口に さしかかる所に、誰かが居る!


 それは成長したハルカさんだった。


「ココに来ると思ってて。待っちゃった。……見て? 家、出てきたの」

 ハルカさんが言う通り。ハルカさんの足元には大きな荷物が。ひとまとめにされて置いてあった。

「今日2人出所するって、セナが教えてくれて……それで」

 楽しそうな、でも ためらっているようなハルカさんの顔。私は あれ変だなと思った。

 まるでレイの前だと小さな子供みたい。無邪気さというか あどけなさというか……。ついていた男の子っぽい王女イメージとは違ったので、そう感じてしまった。

 こっちが本当のハルカさんなんだろうか。貴重なものでも見た気分。

「私……」

 小さく呟いて下を見ていたかと思ったら、急に顔を上げてレイを一心に見つめた。

「レイ……! 私、あなたに ついて行きたい! 連れてって!」

 そんな事を叫んだ。

 ……!

 私は驚く。

 こんな展開が あったなんて。


 しかしレイの答えは素っ気なかった。

「ダメだ。家に戻れ」

 ハルカさんから顔を逸らす。レイの冷たさは そのまんまだ。今の彼と……。

 しかしハルカさんは粘る。

「嫌よ! あんな家……私に ずっと あんな所に居ろって? 王も王宮の下女も臣下も皆。私を忌み嫌って……私は……ずっと部屋で一人。話し相手も ろくに居ない。ずっと、ずっと一人。あなた達だけ。あなた達だけよ。普通に人間扱いしてくれたのは。私には、セナとレイが。あなた達が必要なの」

 ポロポロと、涙まで こぼれながらハルカさんはレイに訴えかけたが、レイは聞く耳持たないと。逸らした視線を戻そうとはしない。

「だったらセナと行けばいい」

 ハルカさんの想いなんて斬って捨てるように。

「セナには悪いけど……私はレイと行きたいの!」

 なおも粘る。

 レイはハッ……と肩を大げさに動かし、疲れた吐息を出してハルカさんを邪魔にドンと横へと どかした。「いいから、どいてくれ」

 そんなレイの腕を引っ張ったハルカさんは想いすがる。

「お願い、連れてって! 一生ついて行きたいの!」

 腕を掴んだ手は邪険にされ振りほどかれた。

「役立たずは いらない」

「!」

 ハルカさんの動きが止まった。ただ呆然と……去り行くレイの背中を、涙を流しながら。でも、ハルカさんは追いかけた。

「絶対、役立たずなんかには ならない。だから……」

 グイと、レイの腕をまた。レイは怖い顔になり威圧的に声を発した。

「ダメだったらダメだ! 邪魔なんだ!」

 ……

 ゴクリ。息を呑む私。

 レイが あんな顔でハルカさんを。私は両手に力が入った。どっちを応援するかというほどでもなく。成り行きを見守るだけだった。

 どうなってしまうの2人……どうしてレイは あんなにもハルカさんを拒否するの?

 好きなんじゃないの?

 私には複雑過ぎるのか、理解が できない。


 ただ、見ているばかり。


 私が ゆっくりと考えられるほどの間が空き、沈黙を破ってハルカさんは……。

 相当、レイの言葉にショックを受けたみたいだ。声が震えている。

「いつも そうよ……私は邪魔だ いらないって。昔にも言ったよね? それ。邪魔だって……冗談だと思ってたけど……本気だったのね。どうして?」

 核心を突く事を言う。続けて一気にハルカさんは想いのたけをぶつけ浴びせた。

「私は今まで あなたのために頑張ってきたわ。あなたに追いつくために、知力も体力も容姿も完璧に備えてきた。なのに、どうして!? 私じゃダメだというの!? レイ!」

 レイは答えなかった。

「答えて! レイ!」

 やはりレイは答えない。表情も ない。

「レイ……聞かせて……」

と、絞るようにハルカさんは声を漏らした後、両手で顔を覆い隠し泣く。

 泣く。


 ……ハルカさん……。


 私の目にも、涙が流れてきそうだった。残念ながら それは ないのだけれど。今の私には。

 もし今の私に体が存在していたら、2人の前に飛び出して行っていたかもしれない。


「いらない」

 レイは やはり道を再び歩き出した。ハルカさんを無視して。「レイ……!」

 いつまででも泣き叫び、追いかけるハルカさん。見ていられない切迫感。

「行かないで! レイ!」


 もう、諦めて……私に そんな気持ちが芽生えた所だった。


 ハルカさんがレイに近寄った瞬間。今まで全く見向きも しなかったレイに変化があった。



「“(がく)”!」



 レイはハルカさんに向けて そう言って手をかざした。

 ハルカさんは驚く……体が ねじれた空間と一緒に ぐにゃりと歪み、ハルカさんを中心に周りに円を描いて『何か』が走りだしたかと思えば。『何か』は氷だったのか、大きな槍の先のように尖った氷が発生した。


 メキメキ、メキ……


 氷は生長しているみたいに長くなり、ハルカさんを閉じ込めていった。「……!」

 ハルカさんは身をかばおうとして一瞬 身構えた風だったが。

 ハルカさんの両腕は……呪縛から解かれていったような素振りで……いや。


 氷を形成していく、壁は受け入れるのが自然なように。

 ハルカさんは氷づけになった。


(……!)



 私は目が釘付けになる。




《第20話へ続く》





【あとがき】

“萼”って何だよレイーッ!(無いよー!;)

 ……もう少し字変換しやすい漢字がいいなあ(泣)。


※ブログ第19話(挿絵入り)

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-60.html


 ありがとうございました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ