第17話(摩利支天の塔・弐)
セナの攻撃が繰り出される。手を突き出し、回し、払い、槍の如く俊敏な刺し蹴りで紫を攻めていく。
紫の目の前でサッと突如セナが屈みこみ、相手の腹めがけて衝撃の かかったはずの拳をお見舞いした。
……が、難なく紫はセナの突き出した腕を軸として、ヒョイと体ごと回転しセナの頭上を跳び越して背後に回り込んだ。全く、お見事としか言いようがない。セナが軽く あしらわれている。
しかし。
奇妙な事に、無傷な紫はセナの息をも つかせぬほどの攻撃に対しては。いっさい反撃しなかった。セナの背後に回り込んでキレイに着地した後、セナが振り返ってくれるまで待ってくれていた。
何でだあ!?
「何だ! 逃げるだけかよ!」
当然、セナも不思議に思う。挑発にも全然応じる気配は なかった。
表情も変わらなければ声も出す事のない紫。やはりバトル前にセナが鼻で笑った通り、人形のようだ。意思が。感情が、行動に感じられない……。
なおも続く蹴りや突きの連続攻撃のフルコースを、サッサッサッと風をきって避けるだけだった。
……どういうつもりなんだろ、紫って。何で攻撃しないわけえ!?
私は この、ガレキの山が壁際の至る所に ある部屋で。隅で、2人の攻防戦を見ていた。部屋の角隅には私達が入ってきたのとは別の入り口が等身大サイズでポッカリ開いている。ドアも何も ついてはいない。奥には上に続く石階段のような造りのものが見えている。
あそこに行くためには、立ちはだかっていた紫を倒せばいいんだろうけれど……。
私は視線を紫の方へ戻した。すると。
「?」
紫と目が一瞬だけカチッと合った……気がした。
気のせいだったんだろうか。
しばらくジーッとセナの攻撃をかわす紫を目で追っていたんだけれど。どうも、紫が私の方をチラチラ気にしているようでならない。何なんだあ!?
「紫! 指輪よ! 救世主の指輪! 奪え! 壊せ! 壊すのよ!」……
別室で。蛍は粗末な台に置かれた大きな水晶玉を前に、叫んでいた。
狙いは そう……救世主の勇気の指に一つだけ光る、セナに もらった指輪。
黒っぽく見えるが、光加減で薄紫色にも光り見える、元はセナの『七神鏡』だった指輪。
セナが勇気に くれた物である。月の見える晩だった。
鏡に ほんの ちょっとでも傷をつけたなら、セナは つけた傷以上の痛みを感じるはずだった。
鏡自体を指輪に変えた経緯は以前 謎だが、その一部を持った勇気の指輪を、紫は狙っていた……。
「指輪を破壊して、風神をとっとと始末して。ただの人間以下になった救世主を、殺す!」
息巻く蛍。漆黒だが、血走る目。
そんな興奮気味の蛍を、後ろで大椅子に座り黙って見ている男、紫苑。
指輪を破壊せよと助言したのも彼だった。
「……」
事の成り行きを見守る。
攻防が続く。セナと紫。状況は同じ。
セナが一方的に攻め続け、柔軟に鮮やかに、しなるように攻めをかわすだけの紫。
だが、チラチラと何故か私の方を気にしていたせいか、少しずつセナは紫の隙を見つけてきていた。
セナの足払いに引っかかり、前に転びそうになった紫の所へ。セナが紫の背後から上半身をねじらせヒジ鉄攻撃。
「くたばれ!」
ヒジを振り下ろした!
ヒュンッ!
セナのヒジは、空をかく。
紫は すんでの所で前方へ手の平を地面につき、そのまま前へ体を転回させた。
お見事 再びだわ。
さらに、紫は転回するついでといった感じで、大きく振り上げた足でセナのアゴを……
ガッ!
と、下から直撃した。
舌は噛んでは いないセナ。しかしダメージは音より予想以上に大きく、セナは後ろに倒れた。
「セナ!」
私は叫ぶ。駆け寄りたい衝動に かられる。だがすぐ起き上がろうとしたセナは、「来るな!」と叫びビシリと私を声で威圧し制した。
「痛って……」
と、少し切れて口から血が出ていた。指で それをこすりながらフラフラと頭を片手で支えた。
「!」
そしてセナが見たものとは。
私に忍び寄る紫。
私と真っ直ぐに見つめ合った。
(セ、セナ……)
迫ってくる。スタスタと……普通に。私だけを見つめて。
やがて真正面、近距離で立ち止まった。
「勇気に近づくな!」
と、セナの声は遅し。紫は私の右手を掴み上げた……あの丘での対面を思い出す。
「ひっ! ……」
声を上げる。歯を食いしばる。足首から、ガタガタと震えが のぼってきた。
セナが勝てない相手。到底、私には倒す事など できは しない。
「指輪を壊す。蛍様の命令だ」
少年めいた声質の紫の言葉……その質が内容には合っておらず、私には怖くて たまらなかった。
(何て冷たい手なの……ううん、冷たいと私が思い込んでいるだけ? ……怖い、怖いよ……セナぁ!)
しばらく見つめ合ったままだった。
しかし私は段々と、怖さとは違う感情が芽生え始めた。それは、紫の漆黒の闇色の瞳を覗き込んで生まれた思い。
(人形、……なの?)
言葉が頭をよぎった時。私は激しく彼に同情していった。
蛍の命令でしか動けない紫……。
彼は本当は、何を考え思っているのだろう。
「こ、これはセナがくれた大事なものよ! 誰が あんたなんかに!」
おかげで私は虚勢を張る事が できた。震えが止まり、掴まれている手を振りほどこうと あがく。
しかし振りほどけない。掴んだ手の方が強かった。
「紫! 相手は俺だ!」
と、セナが走り来て背後から殴りかかった! ……
紫はフ……ッと顔を音も なくセナに向け、私の手を掴んでいない方の片手で気合いのようなものを放った。
驚き、衝撃波で吹っ飛ぶセナ。……ドガッ! ……
セナは部屋の隅まで飛ばされ壁に激しくぶつかってしまった。パラパラ……と、天井から その振動で、細かい砂が落ちてきた。
「セナぁっ!」
私は泣きそうに また叫ぶ。
「勇……」
と、セナの返事は途絶えた。どうやら、背中を壁に強く打ちつけて頭がクラクラしているらしい……立とうと壁に寄りながら頑張るが、足も おぼつかなく時々頭を振っては焦点を定めようとしているさまが見られる。
ガクッ、とヒザが崩れた。ろくに立てない。
そんな事に時間をかけている間に、紫は私の手を指輪ごと破壊もしくは潰そうと、手を上げ構えた。
「いやぁ!」
泣きそうな声。
私は目を閉じて覚悟した。
するとその時。
ビュウウウウウッ……!
……!
……
……あたたかく……次に冷たい風が……入り混じった ぬるい風が、『私』を包み込んだ。
『私』を……。
ウウウウウウ……
「……!」
紫が後ろに下がる。
私の周囲に発生した風。いきなり……だった。
(指輪……が……)
私には わかる。これは私なんかの力じゃないって事。
セナのくれた指輪……あの時――蛍達と交えた一戦の時も。この指輪の……。
指輪の力だ。
セナが、私を遠くからでも守ってくれている。
ほんわりと温かいような風のバリアーに、私は包まれた。
紫が そのバリアーに触れようとすると、バキッ! っと鈍いとも砕けたとも とれる音がした。
「!」
私はギョッとして目を見開く。何と、紫の腕の先が折れている!
「ひっ……」
私から悲鳴が漏れた。思わず目をふさぐ。でもまた、恐る恐る紫の様子を窺うように目を開けて……。
バキッ、バキバキバキッ……メキッ……
耳障りな音が連続した。残響音が いつまでも耳に ついていた。
見ると、指の関節は全て曲がるはずのない方向へ曲がり……腕は折れて玩具みたいに滑稽だった。「……!」
私は声が声に ならない。
そんな片腕の状態だというのに。紫は なおも、この私を取り巻く風の壁を突破でもしようと攻めてくる。
パキッ……
もう、やめて!
私は懇願した。頭をブンブン振って堪えた涙を飲み込んだ。
「やめてっ! 来ないでっ!」
紫は私の言う事なんて聞かない。全く聞かない。
人形だから?
ビリッ……バキベキベ……キ。
紫の衣服が みるみるうちにボロボロと。風に遊ばれていった。体が、触れる箇所箇所 全て壊され傷だらけになっていく。
まるでココで会ったゾンビに なっていくみたいじゃないの!
「やめて……こっち来ないで! あなたもうボロボロじゃない!」
私は何度でも叫んだ。例え言う事を聞いてくれなくても。構わないと言わんばかりに絶叫し続けた。
とにかく叫んだ。
コントロールが きかない風の刃は止まらない。
「蛍様の命令、だ……」
紫の声のトーンは さっきと同じ。
「指輪を奪う……そして壊す……」
奪う。壊す。
以上。ただ、それのみ。
せっかくの整った顔も、皮がめくれ木に材質の似たようなものが下地に見え出している。
いやだ……もう……もう……。
セナ、たすけて……。
すると、ずっと風を受けていた紫の体が、やがてガクンと姿勢を崩した。
私も、紫本人もびっくりして下を見る。
何と、紫の足首後ろに。別の風の物質化した刃が刺さっていたのだった。
別の……。
飛んできた方向の数メートル先には、セナが やっと立ち上がってハアハアと。肩で息をついている。
「セナ!」
私は喜びとも悲しみとも言えない顔をした。
セナが風で小さな刃を作って、紫の足元に攻撃したんだ!
そのせいで体勢を崩した紫は……ガクリと倒れてしばらく動けなくなった。
「へっ……」
軽く、セナは笑った。ざまあみろ、と。
そして今度は私に向かって目を閉じ言った。
「やっぱ お前すげー変な奴。……魔法、使えねーくせに……」
変、て。
私は そんな事 言ってる場合かと言おうかと思ったが止めた。途端、私のバリアーはシュルシュルと小さく、風は おさまって消えてしまった。
私はホッ……と安堵の ため息をつく。
「セナ!」
と今度は私、セナの元へと駆け出した。セナの そばまで行くと、「待て」と私を払いのけた。
「トドメをさす」
私の方を見ず紫を見ていた。まだ体の何処かが痛むのか、猫背になって片手を自分の前に出す。
そして倒れて あまり動けない紫に魔法で、攻撃を開始しようとした時だった。
「やめてッ! それ以上、傷つけないで!」
と声がしたと同時に、ズタボロの紫が倒れている前に両手を広げて立ちはだかった。急にその場にフッと現れ姿を見せたのは、何とも悲しげな表情をした蛍……。
しかも意外や意外。黒い目からは涙を流していた。
「……蛍……」
私もセナも息を呑んだ。
世界で最も珍しいものを見ている気分だった。
「確かに、紫は人形よ。ご覧の通り。でも……でも……」
蛍は自分のスカートをクシャッと握りしめ俯いた。そしてカクッ、と。ヒザを落とし床についた。両手で顔を覆う。
「紫が壊れる所なんて見たくないッ……!」
…………。
辺りがシンと静まり返る。蛍の声は部屋中に響いた。……
「蛍様……」
紫の、微かな声が聞こえた。
私の胸に熱いものが こみ上げてきていた。蛍は……この蛍に嘘偽りは、ない。
蛍は……レイの事も……本当に、本当は……。
私達の願いはレイとの和解。
蛍は……。
私達と……ひょっとしたら……。
……。
……私の考えなんて、おしるこみたいに甘ったるいかもしれない。
でも。でもでも。
言ってみようと思った。
救世主として。
「一緒に……行こう、旅に……蛍」
少し笑顔が こぼれた。
「!?」
「勇気……」
当たり前だけれど、蛍もセナも驚いた。私は紫と蛍と交互に見て、声が擦れないよう気を配って言葉を続けた。
「あの話……蛍が一人で川を歩いてきた時に言ってた話……レイとの、これまでの思い出の事……それは、本当なんでしょ?」
「……」
蛍は「どういうつもり?」という顔をずっと し続けたまま私の方をジッと睨んでいた。
無理もないけれど。
私は続ける。
「本当はレイの事、大好きなんだよね?」
「なんっ……」
カアッ! と。蛍は顔を赤らめた。眉をひそめて。
「私には、蛍の言っていた事が まるまる全部嘘だったとは信じられなかった。何となく、だったけどさ……でも、蛍が元のレイに戻ってって願うなら」
「……」
徐々に紐をといたように顔を緩ませていく蛍。
私の一言一言を落ちこぼす事なく拾ってくれているのか。
私は それが少し嬉しかった。
「私達と一緒に、行動を共にする事が できると思うんだ。レイの説得。本当のレイを、取り戻すため」
「レイ様を裏切れって言うの?」
蛍が食ってかかる。私は気にしない。
「違うって。裏切る、っていうのはさ。気持ち180度変えちゃうって事で……気持ちは変わらなくたっていいじゃない。レイを好きなまんまでさ。ね? そうじゃない?」
私は蛍に近づいた。
そして、片手を出して蛍を誘う。
手をとって、と言いたげに。
「一緒に行こう。ね?」
私はニコッと笑った。「……」
蛍は無言だ。迷っているのかもしれない。少し視線を落とし背後の負傷した紫をチラリと見て。無言のまま力なく黙っていた。
私は さらに『お願いビーム』でもかけちゃおか、と思った時。
遠くからバタバタ……と足音めいた音が近くなって聞こえてきた。
見ると階段の見えた、先行く道の部屋の入り口から。
まずはマフィア、メノウちゃん、カイト……と、階段を下ってやって来た!
「マフィア達! 無事だったのね!?」
と、私が びっくりして声を上げると、3人とも急いで こっちに駆けつけて来た。
「しばらく密室で私達3人とも閉じ込められていたの。で、気がついたらドアの鍵が開いてて……それより、どうしたの?」
マフィアが蛍達を見て言った。
言われた蛍はぺタリと床に座り込んで、そばの紫の めくれ上がった皮膚に優しく触れていた。紫と蛍は見つめ合い、言葉なく目だけで会話をしているかのように……お互いに触れ合った。
やがてキュッと下口唇を噛み、触っていた指を引っ込めた。蛍は紫から関心を離して、何処でもない下方の宙を見ていた。
怯えているの……?
どうしたらいいのか わからなくて……。
すると。天井から ある『声』が降り注ぐ。
『蛍。行きなさい』
……え? 誰?
私達は首を傾げた。聞いた事のない声の主だったからだ。
少し年のいった、貫禄が あって重みのある声だった。
「紫苑……」
蛍が『紫苑』と呼んだ。仲間?
天井を見上げ、蛍は弱った顔をする。
『レイ殿には上手く言っておこう。お前は まだ子供だ。救世主の言う通り、気持ち そのままで成長し いずれまた帰ってくるがいい。お前には まだ、行動の是非が判断できない』
「……」
蛍は素直に聞いている。
それも そうだけれど、この紫苑と呼ばれた男の言う事に私は驚いていた。
え、いいんですか、紫苑さん。
敵を、味方に しちゃっても。
本当に? 罠じゃない?
何か自分で誘っといてアレなんですけれどね。
『紫。蛍を頼んだぞ』
それを最後にプッツリと……天からの声は途絶えた。
「……」
しばらく皆 静かにしていたんだけれど。
やがて、紫が沈黙を破って言った。
「わかりました、紫苑様……命を懸けて」
倒れたまま、天井を見て そう誓う紫の言葉。
「紫……」
蛍は涙目に なりながら、少し口元が ほころんでいた。
そして蛍はパタ……と、紫の胸元に頭を乗せるようにして、座ったまま倒れた。
「……」
無残な体に なった紫の上で眠る蛍……の左右束ねた片方の髪の毛を、絹を扱うように滑らせながら撫でた紫。「……」
錯覚かもしれないけれど、口元が微笑んでいた気がした。
「……よっぽど、緊張の糸が張り詰めてたんだろうなあ……」
セナが光景を見て自分の髪をかき上げる。
こんな ちっぽけな体で私達に挑戦してきた蛍。思えば、塔に来る前は一人で来たんだった。それは さすがに不安で仕方なかっただろうな。
私も子供だけれど……だからかな、蛍の頑張ろうという姿勢には、とっても共感しちゃうんだ。私も やらなきゃ、っていう気に させられる。
何を? ……救世主って名前の、お仕事。
レイの説得だ。……全然アテも自信も ないけれど。
改めて、やろうという気になったよ。
寄り添い眠る2人の姿を見つめて。
蛍はスヤスヤと安心しきった顔で本物の子供らしく……眠っていた。
《第18話へ続く》
【あとがき】
「おしるこみたいに甘ったるい」発言の後に申し訳ないんですが次話は、しょっぱなからメッタ斬りです(ワー)。
……斬ります。
※ブログ第17話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-53.html
ありがとうございました。