第16話(摩利支天の塔・壱)
『摩利支天の塔で待つ』
その手紙だけを残して何処かへ消えてしまったマフィア達。
「畜生! やっぱり罠だったんだ!」
と、悔しがるセナ。
「まさか やっぱり蛍が? でも、どうやって? 3人の人間をいっぺんに?」
「知るか! 協力者が居たんだろ。紫とか鶲とかが!」
「そんな……」
昼間の事を思い出す。
レイから逃げてきたと言っていた蛍。体中ボロボロで。たった一人で。
蛍が言ってくれた話は、全部でっちあげだったんだろうか。
「とにかく行くぞ! 摩利支天の塔。あの やけに目立つ塔だ」
とセナは私の手を引っ張っていった。
「ま、待ってよ」
慌てて ついていく私。
行き先は あの白い高く長い塔。森の何処からでも見えるし、マフィアが あれを目印にして進んでいたんだ。
「やっぱり罠だったのかな」
と小さな声で言ってみたが、セナの耳には入っていないらしい。ズンズンと、私の手を引っ張って塔に向かった。あ、もちろん荷物はサッサとセナが片付けてね。
ものすごい早歩きで進んだものだから、夜明けには着いてしまった。
息を整え、深呼吸一つ。
摩利支店の塔。誰も住んでいないようだ。ヒッソリと森の中に建っていた。よく見ると、ボロボロだ。外壁は剥げ、錆び、固めた土の部分は触ると砂のように崩れそう。鉄鋼のようなカタイ金属の枠組みと格子で出来た入り口の開き戸は、壊れて傾いていた。
入り口からは ずっと、グルリと螺旋をかくように上に向かって階段が続いているみたいだ。
「ココは廃塔だ。ご覧の通り。昔、追放された者が連れてこられたと聞く。今は使われていないし無人のはずだが……」
「が?」
私が聞く。何となく嫌あな予感はしていた。
「ゴーストタイプの魔物なんかがいるって噂。できれば来たくは なかったぜ」
と、セナは ため息。
魔物か……。お化け、でなくて魔物なわけね……。その境がアイマイなんだけれど。
「罠でも、行くしかないのよね」
と私が言うと、セナはニッと笑っていった。
「行くぞ。心の準備OK?」
私はコクンと頷いた。
「……ごめんね。紫苑。協力させちゃって……」
ココは塔の最上階。外を見渡せる窓と、持ってきた背もたれ付きの椅子以外は、ガレキの山である。その椅子には、ある人物が どっかりと座っていた。
紫苑と呼ばれた男。
照明が無いため暗くて顔は見えないが、物静かな男で あった。
「いや構わない」
一言 言った後は、再び黙り込んだ。声の質から年のいった男だとわかる。しゃべってばかりの鶲と比べると、とても対照的である。寡黙な、落ち着いた気質の持ち主で あった。
「今、救世主達が やって来たみたいよ。……ふふ。バカな女。ちょっと私が芝居したくらいで、簡単に信じちゃうんだから。見てなさい。絶対、殺してやるんだから。レイ様のためにも私のためにもね。……もちろん、紫苑もよ」
そう言って笑ってみせる蛍では あったが、内心ドキドキしていた。今度失敗したら……そう思うとゾッとした。
レイの脅し。役立たずは……。
それと、前に くらった救世主の力。あれは何だったのか。
もしまたあれをくらったら、私達は今度こそ死ぬのかも……と。
今の蛍には少しの余裕も無かった。油断も許されない。必ず救世主を……それだけだった。
「……」
そんな蛍の心境を見透かしているのか。黙って蛍を見守る紫苑。やがてゆっくりと、紫苑は部屋に一つしかない割れたガラスの窓から降り注ぐ朝日を眺め、空の中で さえずり飛び回る小鳥達の姿を見ていた。
中はまるで迷路のようだった。塔をグルリと一周するかのように階段を上ったかと思うと、通路が2つ3つも分かれていたり、真っ直ぐに下に続く階段が現れたり。部屋が幾つかあったけれど、各々の大きさは統一されておらず、小さい部屋だったり、やけに広い部屋だったり、天井が低い部屋だったり。
何なんだろう。私達を迷わせたいのだろうか。
これでは さすがに自称・方向音痴ではない私も迷ってしまう。
何かムシムシするし……そのせいでイライラもしてきた。上の階へ行こうとしているつもりが、本当に思うように進んで行っているのかどうかも怪しい。
所どころガレキの山だし。壁をウッカリ触ってしまったら、崩れてしまうかも。細かい砂が触っただけでパラパラと落ちた。ひえー。
臭い、湿気を含んだ臭いが ずっとする。本当、こんな気味の悪い所になんて好き好んで居たくはないや。
セナは私の前をズンズカ先に行くんだけれど……私は必死に それについて行くんだけれど。
道、知ってるのかな? セナ。
別れ道が あったとして。「こっちだ」とか言って進んで行く。一体、何を頼りに進んで行っているんだろう?
「ねえ。もしかしてヤミクモに行ってない? ひょっとして迷ったりしてない?」
と私が心配して後ろから声をかけても、セナは振り返らず足も止めなかった。
「地図とか、マッピングしなくても大丈夫?」
私が なおも言うと、やっと口を開いた。
「いや。必要ない。邪気の臭いが上から途切れる事なく続いているから、辿って進んでいるだけだ。この邪気は蛍だ。覚えてる」
に・お・い……?
犬か、アンタは……と言いそうになったのを、堪えた。
「帰りは どうするの?」
「何とかなる。壁をブッ壊して外へ出ればいい」
と、冷ややかなセナ。しっかし乱暴だなあー、それって。
この塔の持ち主っていないのかな。ま、廃塔っていうくらいだしね。
しかし今日のセナ。何だか怒っているような。
やっぱり、蛍の事を怒っているのだろうか……ま、騙されたんだし。無理もないよね。蛍の話を聞いた後、「レイは本当は悪い奴じゃないんだ」……って言っていたんだから。きっと蛍に心底 同情とか、したんだろうな。蛍と同じく、セナはレイの事をよく知っていて、信じて……例え裏切られても。いつか きっとレイが元のレイに戻ってくれる。そう信じているんだ。
……でも蛍の言った事は たぶん嘘っぱちというか罠で。気持ちを利用されたみたいで、すごく怒っているんだ。
こんな時に私、セナに どう言ってあげればいいんだろうか……。
何て考え悩んでいた時。
私はコケた。
「きゃ!」
セナも少しヨロけたが、私の方を見るなり、
「“鎌鼬”!」
と呪文を唱え、何と私の足首を掴んでいた『何か』に小さく鎌の先のような形状をした風の刃攻撃。よく見ると『何か』とは、ボロボロの肉がついた人間の……手ェーッ!
「きゃああああああッ!」
ガレキの中に埋まっていたみたい。そう、こいつは……ゾンビだああ!
這い出るようにしてそいつは隠れていたガレキから出てくる……ゾンビだゾンビだ……肉も見えてる、骨も見えてる!
衣服ごとボロボロの体、ほとんど抜け落ちている髪……片目しかないけれど飛び出ている目。パクパクさせた黒っぽく紫に変色した口……体をグラグラさせ、首を90度近く傾け、時々カクカクいわせている。
しかも しかも!
さっきのセナの攻撃のせいで私の足首を離した『手』は、皮一枚で繋がっている状態。ブラブラさせ、手招きしている!?
イヤアアアアッ! 怖い、怖い、すごく怖いよ!
アガガガガ……と両手を握り体ごとガタガタ震えていると、セナが私の背後に近寄った。
スウッ……と息を吸って、ブツブツと呪文を唱え始める。
しかし、ゾンビは悠長に待っていてはくれない。やがて、頼りない足でペタペタと こっちに直進してきたあッ!
「きゃああッ! 来るぅっ!」
と、私は絶叫。目をつぶった。
「“刺青”!」
セナが そう言った瞬間……突如 私の真ん前で風がクルクルと巻き起こった。
「え?」と薄目で開けると、何と風が物質化して鎖みたいに なった。で、向かって来たゾンビにグルグルと巻きついていく! ……
セナの人差し指が、字を描いた。
「“斬”!」
と唱えると、その鎖は みるみる細くなって糸のように変化しゾンビの体を締めつけた。
やがて肉も骨も……糸で締め切り刻まれた。
「ゴガァッ!」
と、悲鳴を上げてバラバラになった体。
うえっ……気持ち悪い……私は慌てて手で目を隠そうとすると、「今だ! 早く!」とセナに急に腕を引っ張られた。
そして その場からササササと走り去る。ゾンビから遠ざかっていった。
私は「え? 何で?」と頭の中がグ〜ルグル。
「ゴーストタイプの敵は、やっつけられない。元が死んでいるからな。聖魔法や火魔法が使えりゃいいんだけど。あいにく、風神なもんで」
と、ぺロっと舌を出した。
「はあ、なるほど……」
と、私は走りながら感心していたんだけれど。何だろう……? セナの機嫌が良くなったような気が。
ある程度 走った後、やっと立ち止まった。
はーはーと息をつかせていると、セナがこっちをチラッと見た。
「な、何よ?」
と見ると、突然セナはニカッ! と笑ったではないか。そして今度は、くっくっくっとお腹を抱えて笑い出す。
なっ、何!?
「お前、本っ当に変な奴」
「はああ!?」
セナの言いたい事が わからない。
でも何か、すっごいヤな感じ!
「何よっ、私、何かした!? あ……もしかして私、絶叫しまくったから? そうよねー、今まで色んな魔物とか死体とか見てきているのに今さらキャーキャー言ってガタガタ震えちゃって情けなかったよねー。でも、本当に怖かったんだからっ! ゾンビなんて見たの初めてで、しかも あの手で足 掴まれたんだよ!? あ〜、気持ち悪いッ! 思い出したくないッ!」
と、一人でペチャクチャしゃべりまくり、その場で飛んだり跳ねたり。
しかしセナは まだ堪えきれずに笑っている。時々、私の方を見てはブッ、と吹き出す。
何か訳わかんない。私の言った事、違うの? じゃあ何よー!?
「ちょっと……いい加減に不愉快よ! 教えなさいよ!」
と、私はキレてセナの胸ぐらを掴んだ。
まだ ちょっと笑っているセナは、やがてこう言い放った。
「まだ、クマさんとかゾウさんとかなら わかるけど……ブタさんは ねーだろ、ブタさんはっ!」
……そう言うと、またお腹を抱えて笑い出した。
「ブタさん……?」
何の事か わからなかったけれど。ハッと気がついて、スカートを隠した。
「ばっ……! ぱ、ぱんつ! 見たでしょおーっ!?」
と、超赤面で叫ぶと、セナは今度は壁を叩いて笑い続けた。
信じらんないっ。
こんの くそばかっ!
「なあ。悪かったって。機嫌直せよ」
「知らないっ!」
と、前を先に歩きながら そっぽを向く私。セナはヤレヤレと頭を掻いた。
「言っとくけど。あれは事故だぜ? 事・故! たまたま風が起きた時に、お前のスカートがめくれちゃったv だけ」
「めくれちゃったv じゃ、ないっての! そーいうのって、見て見ぬふりするもんでしょー!」
「だって、まさかブタの絵が描いてあるとは思わねえじゃねーか。第一、そんな短いスカート履いてっから悪い」
「この服 買ったのアンタでしょ!?」
「それもそうだな」
「まったく! 信じらんない! 何であんな技、使ったのよー!」
「おいおい。“刺青”は初めて使った技だけど、あのくらいの規模じゃねーと大変だぞ」
「他に“鎌鼬”とか“疾風”とか……“風車”なんてのもあったじゃない!」
「こんな狭い所で そんな強力な風 起こせねーの! “鎌鼬”なんかバンバン使ってみいっ。ゾンビの肉片が あっちこっちに飛んで来るぜ? しかもピクピク動いて、再生 始めやがんの」
そう言われて、またさっきの恐怖が蘇ってきた。掴まれた足首の感触……。
「気持ち悪い……」
「だろ? “刺青”は小規模で、また実用価値のある技なんだ。いや、実はコレ森で一晩 考えてたやつで。思ったよりも上手くいってよかった」
ああ、座禅組んで考えていたやつか。そっか。そうだったんだ。
ちょっと悲しかったけれど(ダメージ5万くらい)上手くいってよかったね……。
「………………ちょっと待って。さっき、初めて使った、って言わなかった?」
私が聞く。セナは「言った」と素直に答えた。
「って事は、つまり? ……成功するかも わからない、賭け攻撃だったってわけ!?」
「ま、そういう事だな」
「……! 信じらんない……! もし失敗したら、どうするつもり!?」
「何とかなるって」
「……」
死ぬと思う。
ゾンビに抱きつかれて血を吸われるさまを思い描いた。あ、そりゃ吸血鬼かあ。
あれ、そういえば。ゾンビぱんつ事件が きっかけで、セナの機嫌が すこぶる よくなったような。それまでは あんなにピリピリしていたのにさ。
ま、いっか。ショックだったけれど、不幸中の幸いっていうの? セナが元気になってくれてよかった。そう思っておけば、私の心の傷も癒されるわ……はは。
「ねえ。ちゃんと道あってるよね?」
と、元気を取り戻してバッと振り向いた。
すると。
セナではなく。別の顔が あった。
「きっ……」
魚人。魚を正面から見たような顔。体は古代人みたいな格好の服を着た人間だ。裂けた口とギョロ目。ニヤ、っと笑ったから たまらない。
「きゃああああああ!」
「勇気!」
と、セナが魚人の背後から、組んだ両手を振り下ろし思いきりブン殴った。
不意を突かれて私の方へと倒れてきた魚人。慌てて私は避ける。壁際で魚人は うつ伏せになって動かなくなった。
「びっ、びっ、びっ、びっくりしたああ!」
高鳴る胸の鼓動を抑える。
「いやぁ、危なかったな。こっちの横道から来たみたいだったぜ。なんせ、お前 怒ってズカズカ行っちまうんだもん。わかってる? ココが どれだけ危険なダンジョンか」
「わかってるわよっ。セナは風で護ってくれたらいいでしょっ」
何て言い草だろうかと思いながら。
「んな事言ったって。誰かさんは怒るじゃないか」
「うっ……。と、時と場合によるじゃない」
言い合いが続く。
すると、倒れていたはずのさっきの魚人がムクリと起きた。
しかし、私もセナも横の魚人には気がついていない。
構わず、言い合いは続いている。
「あのなあ。事故だって言ったろ。忘れろよもう」
「うるさあい! こんの、女顔!」
と、私は言ってはいけない禁句を。爆弾のスイッチを押してしまったようだ。
セナは怒った。
「うるせー! ブタのぱんつ!」
「な、なんですってぇ!? 放っといてよ、女男!」
「ブタのぱんつ! ブタのぱんつ! ブタのぱんつ! ブタのぱんつ顔! ブタぱん!」
私の血管がブチブチと音を立てた。
「な、な、な、何よォーーーーーーッ!」
と、私は鋭いパンチを壁に向かって叩きつけたつもりだった。しかし、ブニッと柔らかい感触が伝わった。
ドゴッ。
「へっ!?」
と、目をパチクリさせて見ると。壁に叩きつけられていたのは。
倒れていたはずの、魚人。
私の たまたま突き出したパンチが彼の顔に見事ヒットし そのまま のびちゃった。
「ヒュー♪ やるぅ」
と……セナがパチパチと拍手していた。
……セナに教えられた大砲パンチが、こんな所で役に立つとは。
そんな2人のやりとりを、水晶玉で見ていた蛍達。
「……ふん。やるじゃない。これなら、ココまで来るわね」
と、面白くなさそうに呟き少し元気を失くす蛍。すると黙っていた紫苑が口を開いた。
「蛍。あの救世主が している指輪……あれを壊しなさい」
驚いて、紫苑の顔を見る。
「指輪ですって!?」
蛍は考えた。
(そう言えば、あの丘での一戦……。あのエネルギーは、手の方へ集まっていた気がするわ。だとしたら……あの指輪のせいってわけ!? 救世主の力だと思ってたけど……)
少し身震いした。
本当に恐ろしかった。思い出すたびに こうだった。
「一体 何なわけ、あの指輪」
「恐らくあれは……七神鏡の一部。憶測だが……きっと あれは風神のものだ。風神が救世主に与えたんだろう。彼の指のものと救世主のしている指輪が同じに見えるからな」
と、水晶玉を見て言った。
「七神鏡? そんな。あれは そう簡単に姿を変えられる代物じゃないってレイ様が。何でも、傷一つつけるだけで すごい痛みが走るって」
だがセナの指を見て。紫苑の言った事が確信に変わる蛍。
「まあいいわ。あれが七神鏡だとすると……そっか。救世主が している指輪……あれを壊せば、風神も痛みで のたうちまわるわ。指輪を失くした救世主も、ただの人間になる」
勝利の道が切り開かれた気分だった。
「聞いた? 紫。救世主の指輪を狙うのよ。そして壊しなさい! 苦しんでる風神にトドメをさして、救世主を殺すのよ!」
蛍は水晶玉を通して紫に呼びかけた。
一方……死んだと言われていた紫は。違う部屋に一人で立ちはだかっていた。最上階へ続く階段のある部屋の、一つ手前の部屋で。
「……」
彼は黙って、足音の大きくなる向こう側を見ていた。
やがてその通りに、2人の影が姿を現す……。
「やっぱ生きてやがった。……こいつを倒せってか。面白れー。2度目だな」
フンと笑った……セナが登場。
待ち構えていた紫を見て、鼻を鳴らす。「セナ……」と背後から心配する勇気を見て、
「隅に行ってろ」
と促した。
「格闘戦と いこうぜ。なあ? 幻遊師の人形め!」
思えば、紫とは2度目のバトル。前は圧倒的に紫の方が強かった。
セナも、それはよく わかっている。
《第17話へ続く》
【あとがき】
こんな話を暴露してもいいものかわかりませんが、以前勇気達が買い物をした時にカットした文があります。
「勇気は、下着を買った」……だって困るじゃないか実際。
……そんな裏話……。
※ブログ第16話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-52.html
ありがとうございました。