第13話(魔の根源)
メノウちゃん、カイト、マフィア、セナ、鶲、そして私。その場に居た6人は全員、鶲の背後の神々しい光に驚いて目を伏せた。一体、この光は何なのか。
人影があった。
レイ? それとも……さくらとかいう手下の援護とか?
いや、鶲も驚いているみたいだし、違うだろう。だとしたら一体……。
「天神の……付き人……天神の神子か!」
と、鶲が叫んだ。
天神!?
もしかして前、目の泉で氷上さんが言っていた、あの……!?
確か、そのうち天神の使いが来るだろうって言っていた覚えがある。それが この人なの!?
……とは言っても。あまりに眩しくて見られないんですけれど。
「光り過ぎなんだよ、クソババァ」
と、鶲が悪態をついた。……天神の神子って、高い身分では? ……それをクソババァって……。
鶲の愚痴を受け入れたかのように、光は段々おさまり人の形が見えてきた。
姿を現す。
40〜50代くらいでカールがかった白髪の、何処か厳しさを持つ ふっくらとした女の人だ。白い布を身に纏い、空に浮かんでいる。見た目、普通のおばちゃんにも見える。
「初めまして救世主。風神、木神、水神 ……それから闇神の使いの者よ」
神子は奇妙な事を言った。
「あ、あの。闇神の使いの者……って?」
「僕の事だよ。救世主」
私の疑問に即座に鶲が答えた。へ?
え? え? ……要領が よく わかんないんですけれど。
「レイが…… 闇 神 だ とでもいうのか!?」
セナが大きな声を出す……一番 反応を示したのはセナだ。後のメンバーは、事の成りゆきを見守っている。
鶲をもう一度見ると、彼は神子をうざったいように見た。
「バラしてくれてどうも。でも まあ いいけど。いつかバレるし。その力がレイの一生を台無しにしてくれたみたいなもんなんだけどね。それじゃあ神子サン、天神に言っといてよ。あなたがレイに闇神の鏡を転生してくれたおかげで、今のレイがありますよってね」
皮肉っぽく笑った。
「レイは最初、あんたらを信じてたのに」
少し、真剣な顔になった。
「裏切ったよね」
鶲……?
いつもと、雰囲気が違う。
レイの過去をベラベラと話し始めた。……
時は6年前に遡る。レイが まだ12の時だ。
監獄を出所し、セナと別れた すぐ後の事。
レイは その足で、天神の居る神殿へと向かった。
神殿に行くのは、た易い事では ない。数々の困難が あった。
まず、神殿の場所。そして四神獣ほどではないにしろ、世にも恐ろしい人獣魔物。厚いベールにでも包まれたように深く濃い霧。また、近づくにつれ気温の変化が著しく、時には灼熱、時には冷凍世界。まだまだあるが、とりあえず普通の人間が行ける所では なかった。
レイには元々少し魔力が あった。監獄に居て彼はコッソリと鍛錬を積んでいた。
その成果あって、魔力は膨らみコントロールが可能になっていったのだった。
魔力を自由に使い、何とか無事に神殿に辿り着く事が出来た。辿り着いた神殿の周りだけが、それまでの地獄が嘘かのように楽園に思えた。
木々が生い茂り、小鳥が可愛らしく さえずっている。
ココだけが……楽園。
レイがココに来た理由――好奇心、そして決心。
天神という存在と魅力に、引力のように引っ張られた。スケールの大きい事が大好きだった幼きレイ。監獄に入所する前、盗賊団のボスによく せかして教えてもらったのが“七神創話伝”だった。
レイは この話がとても大好きで……そして自分も いつかは、世界を創ったという天神に仕えて一生を過ごしてみたいと夢思うように なっていった。
その気持ちは、消えるどころか大きく膨らんでいく。
生まれながらに持つ、魔力と共に……。
神殿に辿り着いたレイをまず迎えたのは、天神の神子。
天神の付き人である神子はレイを受け入れた。ただし天神と会う事は絶対に許されなかった。
レイは別に それでも よく……いつか、ココに居れば会えると、信じる事にした。
自分は天神に認めてもらえる日が やがて来る、と。自信がタップリと あった。
過信。そうだろう。
レイは何も怖くは なかった。……
レイは持ち前の頭脳と力で、神子から与えられた雑務を難なく こなしていく。
そして暇があれば、魔力を磨く。力をつけていく。
自分を鍛える。
いつかきっと役に立たせる。
天神様をお助けする。
そう、純粋に信じて…………時は過ぎた。
ある日。座禅を組み精神統一をはかるレイ。自分は空気と一体だ、息つく音など聞こえない、周りの音も耳に入って来ない……と。
気を集中させていた。
こうやって気をコントロールする。
……すると誰かが近づく気配が した。
天神の神子だった。
「その力は、決して使わないように」
と、変な事を。
「……わかりました」
レイは返事をした。神子は それだけを言うと、クルリと元来た方へ向き直り帰って行った。
それだけを言うために、わざわざ? と。
(きっと……むやみに使うなという意味だ。時と場所と、状況で使い分けろと仰っているんだろう……)
使わないのに、使えるように修行する。おかしな話だったがレイは さほど気にしては いなかった。
(見てろ。コントロールできれば、問題は無い)
もうココに来て一年になる。もうだいぶ力をコントロールできるようには なった。
ああ早く、天神様に会いたい。
会って……そして……。
自分も、天神と同じ高みの位置へ。
さて。また数日後。
レイが仕事を終え、空いた時間をまた修行のために使おうと神殿の前に広がる森へ行った時の事。森の奥の水深浅い川の そばの川原で、レイは顔を洗っていた。
すると川上から、パシャパシャと騒がしい音がした。見ると誰かが こっちへ向かって駆けてくる。
時々転びそうに なりながら、慌てた様子で やって来た。
それは若い少女だった。ボロボロに なった みすぼらしい衣服の。
川の中を走ったり、つまずきそうに なりながらも、レイの元に辿り着いた。「何だ どうした? 追われてるのか?」
と、レイは少女の肩を掴んだ。少女はガックリと項垂れ、レイに もたれかかるようにして その場に へたり込んだ。
はあはあと息を切らし……レイを見上げた。
瞬間、レイは釘を刺されたかようにギクリとした。
少女の髪は金髪……なのは わかっている。それより、それと……目が赤色の瞳。
似ている。
「ハル……」「え?」
「いや、何でもない」
レイは視線を逸らした。
少女は気にせず、レイに しがみつく。
「あたし、男達に追われてるんです。奴隷船が難破して……あ、あたし、奴隷として他国に売られる所だったんです! 道中、嵐に遭って。生きて この島に漂着できたは いいけど、迷ってたら船の男達とバッタリ。あいつらも あたしと同じみたいで、漂着して……見つかって追いかけられてるんです! 戻ったら何されるか……あ、あたしを、助けて下さい、どうか!」
と、一気に事情を説明する少女の名は、サリナといった。
「……俺は他人なんかと付き合っている暇は無い」
レイは眉間に皺を寄せた。
迷惑だ、そのように。
「そ、そんな。お願いです! 助けて下さい!」
アレコレと粘るサリナ……やがてサリナの来た方向から、ゴツイ男が2人近づいてきていた。あっという間に追いつかれた。
「見つけたぞ」
「おいガーベル。奴隷なんだから、殺すな。大事な金ヅルだ」
2人の男がレイとサリナを挟みうちにした。
一人は縄を、もう一人は大きな刀を構えた。見るからに悪人面の男達を見てレイは心中、
(醜い……)
と思った。そして汚い。この女もと。
サリナはレイに しがみついたままだった。ガクガクと全身が震えている。
「おい男。こんな島に住んでやがるのか? 奥に、何かあるのか?」
と、ガーベルと呼ばれた方の男が聞いた。レイは「別に」と どうでもいいような返事をする。
そしてレイはズカズカと堂々、男達を無視して去ろうと進み出た。サリナが慌ててレイを追う。男達は「お」と一歩ずつ下がった。
レイがサリナをも無視して歩き出した時、サリナが何かを思い出したように叫んだ。
「待って下さい! 思い出しました! ココの辺りって……天神様が住んでらっしゃる場所があるって、聞いた事があります! もしやココでは!? だとしたら……あなたが天神様ですか!? それとも関係者の方!? どちらでもいい、お願いです、その力で! 助けて下さい!」
サリナがレイを制した。それを聞いて反応したのは男達の方だった。
「おい……聞いたか。この島に天神が?」
「ひょっとしたら。天神とやらを襲っちまえば、世界を手に できるとか??」
……。
……レイはピクリ、と反応する。
(天神様を襲う、だと……?)
聞き捨てならない。レイの顔が強張る。
(バカ女め。話をややこしくしやがって)
と、舌打ちした。それを見た男の一人が、ニヤニヤしながらレイに言った。
「おい兄ちゃんよ。そうだなぁ、その女をこっちに渡せば、このまま俺らはココを出て行くぜ」
「俺は女とは関係無い。好きに すればいいが……信用できないな。お前ら、島で暴れるつもりなんじゃないか、どうせ」
レイはケンカを売った。
そして男達は それを買った。
「ひでえなぁ、信用してくれなくて。ホント、ひでえ、なあ!」
と、男がレイに向けて、大きな刀を振り落とす!
しかしレイは軽く避けた。
「邪魔だ。下がっていろ」
レイは仕方無く、サリナを横へと突き飛ばす。
(全く……成りゆきとはいえ面倒臭い。ココは一気に魔法でカタをつけるか)
と考えながら、レイは男達の攻撃をヒョイヒョイと避けていく。
男達に隙ができた時、レイはドでかい魔法を使おうと手を男達の方に向けた。しかしレイは天神の神子の言葉を思い出したのだ。
『決して使わないように』……と。
「ちっ……!」
と、またもや舌打ち。と同時に、レイは見事なバック転で間合いをとった。
(でも、神子様。今使わないで、いつ使うんですか!)
と、心の中だけで叫ぶ。
男達の攻撃が続いた。最初は軽く避けていたレイだが、魔力を使うか使わないかで迷っているうちに隙が できてきた。男達は段々とコンビプレーが慣れてきたようで、さらにレイを苦しめていった。
そしてついに、男の投げた縄がレイの足をとらえレイは転んでしまう。そこをすかさず男2人は蹴りの嵐で……。
(神子様……! 天神様……!)
と、祈りながら体に くる衝撃に必死で堪える。やがて身がボロボロになったレイ。蹴りまくってスッキリした男達はサリナの手を掴み、
「行くぞ。天神退治だ。へへへ」
と森へ進んで行こうとしていた。
レイは、必死で立ち上がろうと重い体を起こす。顔を上げると、男達の去り際。サリナは手を掴まれて引っ張って行かれようとしている。
「ハ……ルカ……」
……まただ。何故あの女がハルカに見えるんだ……。
レイは目をこすり、
「待て!」
と叫んだ。
男達が振り返る。「ああ?」という顔つきでレイを見た。
「……そいつを置いていけ。この島から出るんだ!」
と……怒りの形相で睨みつけた。
「まだ懲りねえのか。生意気なツラしやがって」
と、男達は2人とも、一斉にレイに殴りかかろうとした。
レイの鼓動が高くなる。
そして体中の血が騒ぎ出す。次の瞬間、レイは無意識のうちに、
「“飛礫”!」
と唱えた。
すると、川原の無数の小石が宙に浮き上がり。高速のスピードで男達に ぶつかっていった。
「ぎゃああ!」
「うわあああ!」
石は、弾丸ほどの威力を発揮し男達の体を突き抜け、あまりに数が多すぎたために体の肉が飛び散り……2人は無残に撃ち抜かれて千切れた肉片と共に そこら辺へと転がった。
「!」
……しかし その石は、男達だけでなくサリナの体も貫いてしまった。
血が……飛び散った。
レイはハッと我に返る。
「な……何だ……!? 今のこの……この力は……俺は いつの間に……」
自分の両手を見る。汗でベットリとなった手の平を。
サリナは……バタリと倒れる。貫かれたのは、2・3発。それでも致命傷である……。
もう虫の息で あった。
レイの見ている自分の手が、やがてガクガクと大きく震え出してきた。
「そんな……そんなバカな。いつの間に俺はこんな力を……技を!」
最初小さかった震えは ひどく大げさに大きくなっていった。
神子の言った言葉の意味――絶対に使うなと言ったのは、この技、この力で人を皆殺しにしてしまう可能性があったからだというのか!?
「あ……天神の側近の方……」
と、うつ伏せに倒れ込んでいたサリナが言った。苦しそうにレイを呼んだ。レイは、呆然とサリナを見下ろすだけ。サリナはレイに何かを伝えようと必死に口をパクパクと動かしている。
「あなたの力は恐ろしい……助けてくれと頼んでおきながらだけ……ど……その……ち、ちから、は」
片目を失い、もう片方の目でレイを見ていた。
「普通じゃない……もう2度と使わな……い……で……」
石が貫いたため、左足と片腕と片目が千切れてしまっていた。出血が後から後からドクドクと止まらずに。もう助からないのは わかっていた。
「あたし……奴隷に なんてなりたく……な……かった……の……に……」
サリナは目を閉じた……
眠るように……静かに息を引き取った。
2人の男の肉片がバラ撒かれ、一人の少女が息絶えたこの場所で一人。レイは衝動に かられた。
「うっ……があああああ!」
頭を抱え、へたり込んだ。ガックリと膝をつき、下を見る。髪に付いていた男達の血がポタリポタリと地面に落ちた……真っ赤に染まった石……。
(人を殺した……! 3人、も……!)
半ば自暴自棄。レイは自分を何処までも責め続けた。
「俺の この力は……
何 な ん だ ァァァッ!」
……
黒い鳥が一斉に森から はばたく。
天に向かって叫んだ救いの声は空中に響き、遠くまで駆け走った。
……その足で神殿へと帰ったレイ。神殿の前には神子が、待っていたかのように立っていた。
「神子様」
ヨレヨレになった重い足取りで、神子の前に。神子の顔は無表情。固く厳しく重々しい いつもの顔が、今は やけに怖かった。
「神子様……俺……俺……」
と、今にも泣き出しそうな……絞り出した声を出した。
「力を使いましたね」
と、神子はピシャリと言った。
レイは俯いた。
「そしてやはり、人間を殺してしまった……だから言ったのに。力は使うなと……レイ、お前のその力は『闇神』の力だ」
「『闇神』……?」
真っ白な頭の中に、言葉がグルグルと回り出す。
「お前は精霊使い……七神のうち、闇の精霊を司る者。即ち闇神。産まれた時から、お前の体の中には鏡が埋め込まれているはずだ。昔、天神殿が埋め込ませ力を使えなくした。それなのに お前は闇の力を呼び戻してしまった……」
「何故……? 俺は そんなに、危険なのですか……?」
「ああ。七神の中でも一番危険な存在。闇、とは即ち“死”を招く。本当なら……その力には気が つかずに、一生を過ごして欲しかった」
神子はレイの目の前に歩み出た。そしてレイの頬に触れた。
レイの目から とめどなく涙が流れ出た。涙を流すのは……久しいと。
「俺は こんな力は要らない……人を殺す力なんて要らない」
と、その目で神子を見て、訴えた。
運命。
そんな言葉が、何処かで。
「俺は天神様を守る力が欲しかっただけ。それなのに、何故ですか。どうして こんな事態に」
神子に しがみつくように。膝をついた。そして神子の両腕を掴む。汗が。怒りが。悲しさが。
震える。怖、い。
俺が あの“七神創話伝”の中の七神のうちの一つ、闇神の力を受け継いだ者ですか。
そして俺はそれに気がつかずに自らの魔力を磨いていたというのですか。
それが人間を殺す結果になったというのですか。
俺は……。
「レイ。落ち着きなさい」
神子は自分自身を滅茶苦茶にしているレイに、いつも通りの冷静な口ぶりで なだめた。
「はい……すみません、俺とした事が……」
レイは深呼吸をした。
レイが こんなに動揺するのを見るのは、恐らく神子が初めてだっただろう。いつもなら感情など表に出さず、クールに過ごしているのに。
初めて知った自分に隠された、奥底の力。今、彼の心を侵している。
だが信じているものが あった。
天神様。
こんな俺でも、構わない。俺にはココ以外、行く所など無い。
全てを置いてきた。俺はココに全てを賭けた。
天神様なら、こんな俺でもココに置いて下さるはずだ。
そう、信じていた。
……
「あんたは、弱りきったレイに、さらに追い討ちをかけたんだよ」
と鶲は神子の顔を睨んだ。そしてフンと鼻を鳴らす。
しかし神子の顔は崩れなかった。
……
「レイ」
神子はレイを呼ぶ。呼ばれて顔を上げたレイが見たものは。
「今すぐココを出て行きなさい。天神殿の神殿には、殺人者は要りません」
冷たく凍った顔……レイを見下す嘲笑に見えた顔だった。
いや、凍りついたのはレイの方だったのかもしれない。嘲笑に見えたのも……錯覚かもしれなかった。
「神子様……?」
と、信じられないような顔をしたレイ。
「私達が何故あなたをココに置いたと思う。その力を外界へ出さぬよう、閉じ込めておくためだ」
神子は言うと、レイの前に手をかざし、呪文を唱えた。すると少し眩しい光が現れ、その中から手の平サイズの鏡が出てきた。
黒い鏡……不気味な光沢を放つ縁。これがセナ達も それぞれが持っていた……七神鏡。
闇を司る者が持つ、七神鏡のうちの一枚、『闇神の鏡』で ある。
「さっきも言ったように、天神殿が七神鏡をそれぞれ転生なさった時――七神のうちの最も邪悪で危険に満ちたこの鏡を転生なさる時……力に気がつかないように、充分に出ないようにと、体内に埋め込ませたのだ。この鏡は お前の命と繋がってもいる。従って壊す事は出来ないが……こうなった以上、私が預かっておく。普通の人間として残った人生を過ごすがいい。とっとと立ち去れ」
レイの中で、パチンと音がした。
レイの頭の中では様々な思いが駆け巡り、その理性と感情の情報が全てコンピュータ処理されていっているかのようであった。
その間 神子は鏡を持ち、レイに背を向けて神殿へ戻る所。
整理されていく思い。
天神様も神子様も俺の事なんか どうでもよかった。
人を殺したから見捨てた。
俺をココへ置いたのは『危険』だったからだけ。
『闇神の力』を持った鏡は とられた。俺の命は天神様の手中に? それに これで俺は魔力を失い普通の人間とほぼ同じに。普通の人間が、ココから無事に外界に行けるかどうかは わからないじゃないか。神子様は俺に のたれ死ねと言っている? ……
これが天神か? 世界を治める神なのか?
ならば俺は――。
――レイは、神子を追いかけた。
そして、
「天神の神子!」
と、叫んだ。髪が激しい怒りで全部 逆立っていた。
「お前らを神とは認めない!」
そして、ものすごいスピードで神子の手から鏡を奪い取ってやった。
「何をするのだ!」
「うるさい!」
レイから冷静さが消え失せた。
業火の如く怒り狂うレイ。激しく憎み神子を射抜くほど睨んだ。
「俺が邪魔だというのなら、お望み通りお前らの悪になってやる。せっかくの この力をフルに使ってな!」
狂い遊ぶ笑いをしながら立ち去った。
その後、彼を見た者は居ない。
「レイは僕ら四師衆を作り、着々と青龍の復活の準備を進めてきたのさ。天神と神子の あんた2人に、精一杯の復讐の贈物をしようと思ってね」
「……やはりレイの仕業だったのか。白虎が封印されてからまだ約500年。次の四神獣が復活するまでは まだあと500年ほどあったはず。しかも、四神獣は玄武・朱雀・青龍・白虎と順番通りに1000年に一度目覚めるはずだというのに、とんで青龍が先に復活するという おかしな事態。これは裏で、誰かが企てているとしか考えられなかった。その誰かとは、十中八九レイだろうと思っていましたよ」
鶲の挑発にも動じず ため息交じりで嘆く神子。
私達は黙って2人を見ていただけだった。
「レイが どんな気持ちだったか わかる? 想像できる? まあ とにかく、あんたがレイを止める資格なんか無いね。せいぜい苦しんでよ。僕らも楽しみにしているんだからさ」
すると、ずっと私達の存在を無視していた鶲が、最後に私の方を向いた。
「救世主。わかったろう? さっきの話通り、レイは立派な闇神なのさ。だから結局、あんたらは青龍復活を止める事なんて出来ないんだよね。七神のうち一人が欠けているんだからさ」
少し自分を取り戻した調子で話しかけた。
「おっと。2人かな」
と、何やらブツブツ言っている。
「じゃあね。また遊びに来るからさ」
そう言うと、鶲はサッと空気に混じって消えた。
いつものように、皮肉っぽく愉快に笑いながら。
「レイが……七神の一人……」
「闇神……」
「天神への復讐……」
と、オウムのようにさっきの話の内容を繰り返す私達。
(そうだったんだ……レイは天神様への復讐のために青龍を呼び出そうとしてるんだ。この世界を治めているのは神である天神。きっと青龍を呼び出して、この世界を滅茶苦茶にしようとしてるのね。さっきの鶲の話が本当なら、私がココへ来る事になったのも、全部この人達が蒔いた種だったんだ)
私が出来事を整理して まとめていると、セナが一歩前へ出た。
「レイを変えたのは あなたですか」
しかし尋ねられた天神の神子は、無言。セナを無表情に見下ろすだけ。
「しかし、何故です? 何故レイを見捨てましたか。何故レイを突き放したんですか。確かにレイは人を殺した……でも、それは いわば事故、だったのでしょう?」
セナの問いに、神子の表情が急変した。
「事故だと!? あれが事故だとでもいうのか!?」
と、手で空をかく。
「……どういう事です?」
「私は見た。あの日あの時、神殿の透視玉で。私が見たのは ただの偶然だった……レイの“飛礫”が、男達を貫く瞬間……笑っていたんだよ。さも楽しげにな」
神子は、その時の光景を思い出したくないばかりに、手で顔を隠した。
「笑っていた? レイが、殺しを楽しんでいたとでも?」
「ああそうだ。あいつは あの時だけ、我を忘れて魔力に心奪われ……あれは悪の前兆だ。私はあの時、そう思った。あの日まで私は、あそこに あいつを閉じ込めて力を使えなくすればいいと思って……いた。でも違った! 危険に代わりなど、無かったのだ!」
セナが興奮して言い返す。
「あなたが あそこでレイを見守っていてやれば、こんな事には ならなかった! 青龍復活は、あなたが蒔いた種じゃないか! そのために伝説の筋も秩序も乱され、本来なら来るはずのない救世主まで来てしまった! 俺らの生活まで狂わされて……どう責任とるつもりなんだ!」
「セナ、落ち着いて!」
マフィアがセナを止めた。
言われっ放しの神子は、悲しげな顔をする。
「……すまない。私は天神の使い……天神殿を守るのが宿命なのだ。あのままレイを神殿に置くと、いつかあの暴君じみた連中のように天神殿を襲い、世界を手に入れようとするやもしれない。それが、怖かったのだ……レイの秘めた力は、恐らく私以上。私の力では天神殿をとても守りきれない」
「だったら、そう言えば よかったじゃないか!」
「お前に私の気持ちが わかるか! いや、わかるはずがない。あの時のレイの顔を見た事が無い奴らにはな」
天神の神子は そう言うと、サッと垂れ下がった布の裾を払いのけた。
「勇気……救世主よ」
「は、はい!」
急に呼ばれたので、私は気をつけ! の姿勢に なった。
「連絡が遅くなって済まなかった。本当なら もっと早く来て こちらの世界の詳しい事情を教えるべきだったのに。いや……少しお前を試していたのだ。ノーヒントで、何処まで やれるのか、力量を見たかったのだが」
は、はあ……そうだったんですかあ。
私がポリポリと頭を掻くと神子は また無表情に戻り、説明し始めた。
「七神のうち、3人をこんな短時間で集めたのは、すごい強運としか言いようがないが」
え? そう?
「しかし」
へ? 何か問題が?
「さっき鶲が言ったように、残りの4人のうちの一人が青龍復活を企てている。これによって、青龍復活は止められない。伝説のようにはな」
「伝説って、“七神創話伝”ですよね? えーっと、『この世に四神獣蘇るとき 救世主ここに来たれり 光の中より出で来て 七人の精霊の力使ひて これを封印す 精霊の力とは即ち 転生されし七神鏡 これを集め 救世主 光へと導かれたり』……だったっけかな。つまり、四神獣のうち一つでも復活するような時には必ず どっかから救世主となる人物が光の中から現れて、えーっと、七神を集めて、七神の力を使って封印するんでしょ? 神獣を。でも最後の光へと導かれるっていうのはなあ……どういう意味なんだろ? やっぱり元の世界に帰るっていう事かな。たぶん」
「まだ続きがある。『満たされし四神獣は また千年の眠りにつく』」
と、私の斜め後ろに居たカイトが言った。
「ふーん……満たされし……かあ。やっぱり よく わかんないや」
私がブツブツ言っているのを、黙って神子は見ていた。
「とにかく、七人揃っていないために封印は出来ない」
神子は付け加えた。
「じゃあ、どうするんですか? ムダだとわかっているのに、集めるの?」
と、言ってしまった後に、しまった! と思った。だって、ちょっと意地悪っぽい言い方だったんだもの。
「ムダにはしないよ」
と、セナは神子を見た。
「残りの 3 人 を見つけて、レイの所へ行く。説得するだけでもしてみるさ」
「説得できなかったら? 世界は終わりよ。いい加減な事を言わないで」
マフィアがセナの言葉に釘をさした。セナは それきり黙ってしまった。
私はキッ! と神子を見上げた。
「それでいい。それで行こう。残りの3人を見つけて、レイの所へ行く。レイは今、四神鏡を集めるために世界中を渡り歩いてるんでしょ!? そんな作業、かなりの時間が かかるはず。レイが四神鏡を集めるのが先か、私達が残りの3人を見つけるのが先か……単純に考えると、私達の方が有利じゃない? 人間を見つける方が」
チラリとセナを横目で見ると、セナはウンと頷いた。
「とにかく私達、必死に3人を捜します。それでいいですよね。他に方法が浮かばないんだから」
神子は何も言わなかった。
私のノンキさに呆れているのかも。
それでもいい。だって、本当に他に方法が思い浮かばないんだもんね。何もしないよりはマシ。
救世主だからって、考えつめたって仕方無い。
「方法なら、あるかもしれないぜ」
と、カイトが とんでもない事を言い出した。
「ええっ!?」
と私達は目の色を変えてカイトを一斉に見た。
「な、何だ落ち着けって。それより天神の神子とやら。メノウの魂を元の体に戻してくれ」
カイトが脇に抱えているのは、メノウちゃんの魂が宿ったシノルとかいう女。昨日、散々痛めつけられたんだよね、全く。まだ本当は体の あちこちが痛いんだから。我慢して立っているんだからね私。
シノルは薄目で死にかけているよう。鶲が言っていた。魂が体と拒否反応起こしているって。放っておいたら、死んじゃうって。
……のんびりしている暇 無いんじゃないの?
「わかった。元に戻す。ただし、丸2日は目が覚めない」
と、手をかざした。天からの光が一筋、シノルを包み込んだ。すると、シノルの体から白い煙のようなものが出てきた。
出てきたと思ったら、ピュン! と何処かへ飛んで行ってしまった。
「……あるべき所に戻ったようだ。もう大丈夫だろう」
と、神子は見事にシノルの体からメノウちゃんの魂を取り出して元に戻したんだ。……
ただの人形となったシノル。カイトは「……良かった」と ため息をついた。
カイトって、妹思いなんだな。
「……せっかくの安堵の所、悪いんだけどね。で、その方法って何?」
マフィアは仕切り直した。
気のせいか、マフィア何だかイライラしてない? さっきから。
「ああ。いや、別に。チラッと耳にしただけなんだけどさ。確か、何ていったか。“七神創話伝”だっけ」
ポリポリと耳を掻いた。
「うん、そうだよ」
私が返事をする。カイトは続けた。
「あれ……呪文だって噂があるんだ」
「呪文!?」
“七神創話伝”が……呪文だっていうの? 一体何の? 封印の?
「ただ単に噂だからさ……でも、この伝説が何か関係してくると思うんだ。なあ神子サン、そうだろ?」
と、神子の方を見たが。
いつの間にか、神子の姿は消えて何処にも無かった。
《第14話へ続く》
【あとがき】
呪文が恋の呪文だったというオチはどうでしょう?
……………………ないか。
※ブログ第13話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-49.html
ありがとうございました。