第12話(水神の秘宝)
セナ、マフィア、今頃どうしているだろうなぁ……。
目を開けるのは5回目。外は もう朝になっていた。チュン、チュチュンと鳥が さえずる。昨夜のシノルとかいう女にボッコボコに されて痛みと怒りで苦しかったけれど、どうにか冷たいベッドの上で眠っていた。何度も目を開けては自分の現在状況を確認していた。
実は夢だったんじゃないか……? なんて期待もあったけれど。全ては現実だった。
ついに助けも来ないまま、こんな所で夜を明かしてしまった。
セナ、マフィア、誰でもいい。助けて……私は、祈り続ける。
「お兄ちゃん……」
と声に出した時。表が急に騒がしくなった。そして変な臭いも。
私が重い足取りで鉄格子の窓から外を見た時。驚く。
この建物の前に立っていた木があるんだけれど、ゴウゴウと火が見えた。
木が、燃えている!
「大変! ……ゴホホッ」
煙が立ち昇って、部屋にまで入ってくる。私は口を押さえ、後ずさりした。
外では事態に気がついた誰かが声を上げていた。「何やってんだ、早く消せ!」
聞き覚えのある男の声。昨日、部屋に入って来ていた男の声じゃないかなぁ? 他にも、数人の声が聞こえた。皆、パニックに なっている。
私がドアの方まで下がると、突然ガチャリとドアが開いた。外から誰かが開けたのだ。
びっくりして振り返ると、何と そこに居たのは。
「あなたは……ピエロさん!」
昨日『人形の館』の前で風船を配っていた、客引きのピエロだった。
何で!?
もしや、これも罠!
私が一歩 後退すると、ピエロは手をさしのべた。
まるで、「逃げよう」と誘っているかのように……。
私は一瞬迷った。もしかしてまた罠じゃという考えが何度でも頭の中にチラつく。
でも。
私は首を振って、ピエロの手をとった。だって、ココに居たって煙に巻き込まれてしまうだけ。
なら、とにかく脱出した方がいい。
それに もしかしたら、火はピエロが つけたのかもしれない……!
私はピエロに手を引かれたまま通路を走って行くと、途中シノルにバッタリ出くわした。シノルは すごい怒りをあらわにして金切り声を上げた。
「あんた何モンや!? 混乱に応じて逃げよう思たかて、そうは行かへんで!」
どうする!? 逃げられない!
すると どうだろう。ピエロは私を軽々と抱え上げ、そばの大窓ガラスを足で派手に蹴り割り、割れたガラスの穴をスルリと抜け外へ……そんなバカな。でも出来た。
咄嗟の判断で素早かった。シノルも びっくりしていたのが小さく視界に入った。
(もしかして このピエロ……セナ??)
と抱えられたままピエロの顔を見ても、仮面が邪魔で よくわからない。
ピエロは見事に2階から飛びおり、体勢 崩す事なく地面へ着地した後 私を下ろした。
「あ、ありがとう……」
と、ただ言うだけの私……。
華麗だった。
この一言のみ。
ピエロは人差し指を口元に立て、「話は あとあと」とでも言っている風に見せた後、クルッと一回転した。
何そのアクション……私はクスクス笑う。変なピエロ!
しかし直後、シノルが同じように上から降って来た! 私とピエロは急いで走り出す。
「そこまでや! 止まれ!」
着地したシノルは銃を持っていた。銃口をこちらに向ける。
カチャリ!
私とピエロは立ち止まる。
すると今度は横から、
「“鎌鼬”!」
と声が。そして同時にクルクルと渦巻く風が起こり、やがて風が曲刀のようになってシノルに ぶつかっていった。
シノルは衝撃で2・3メートルは吹っ飛ぶ。
「セナ!」
毎度おなじみのセナの風の攻撃だ。私は声のした方を探して駆け寄った。
セナが居た。嬉しいやら泣きたいやら。
「心配した。捜しても全然 見当つかなくて。どうしようかと思った」
心底ホッとした顔をする。だが すぐにピエロに向かって「こいつが」と視線を私から変えた。
「宿をとってマフィアと相談していた時……手紙付きの風船をよこしたんだ。手紙にはココの場所が……あんた、誰だ? 敵なのか味方なのか……勇気を助けてくれたから、敵じゃないと信じてるけど」
セナはピエロに詰め寄った。私はポン! と手を叩きセナに思い出した事を言った。
「それよりセナ! 近くに、水神が居るかもしれないの!」
「何だって!?」
「とにかく、ココを突破して、それから……」
と言いかけたら。いきなりセナが「危ない!」と私の手を掴もうとした。
……より素早く。ピエロが先に私の手を引っ張って体を寄せた。そして、
「“小波”!」
と、叫んだ。
え? さざなみ?
「きゃあああ!」
ピエロの手の平からシノルに向かって、水鉄砲のように水が発射された。シノルは私やセナが よそ見している間に、銃で私を狙っていたらしい。
しかし勢いよく発射された水の攻撃が銃を弾いた。またシノルは勢いに負けて倒れてしまう。
今度は倒れたシノルの向こうからマフィアが息せきかけてやって来た。
「ハアハア……上手くいった!? 言われた通り、表の木に火を……どうしたの?」
突っ立ったままの私達と倒れているシノルを見て、不思議そうな顔をした。
火をつけたのはマフィア……それは そうと。
ピエロは、仮面を取り外した。
そして私達に素顔を初公開。
……男。
隠していた髪も あらわにした。銀髪。オールバックに なっている。
年はセナと同じくらい?
目はパッチリと子供みたいにクリクリし、口が大きめだ。……10段くらいのバーガーも軽く かぶりつけそうだと思った。
その大きな口で自己紹介を始めた。
「俺は七神の一人。水の精霊を司る者……水神、らしい、よっと」
明るかった。
「名はカイト。カイト・オーガ・ルウ。呼び捨てで もちろん結構。ちゃん付けは勘弁な」
両手を上げて広げる。
やっぱり……さっきの技といい、そうじゃないかと思ったんだ。チラチラと、噂だって すでに あった。セナがピエロじゃない時点で、その可能性は強くなっていたわよ。
でも いつから……いつから私に気がついていたんだろう。
「私を助けてくれて、どうもありがとう!」
聞きたい事は山ほどあるけれど、まずはお礼を言わないとね。
そんな私の笑顔をよそに、カイト(さっそく呼び捨て)は顔を曇らせた。
私が「へっ?」と戸惑うと「懲りないなあ」と呟き私をどかせた。
後ろを見ると、また銃を構えて立ち上がろうと必死なシノルが……。
「そう……お前が そうやったんか。なら、渡せ! 渡すんや! “水神の秘宝”!」
と、胸を片手で苦しそうに押さえ もう片方の手で銃を構えていた。手が、震えている。シノル、最後の悪あがきといった所か。この人数で適うはずが無い。
「さあ早く! 水神の秘宝を渡せ!」
もはや強がりにしか聞こえない。あの怖かった瞳は、今は力が無くなっている。
銃口をカイトに向けているみたいだが、ガタガタと大きく震え的が絞れていない。
私は こいつにボコボコにされた恨みはあるけれど、見ているうちに哀れになってきた。2人の自分が騒いでいる。弱っている今がチャンスやで! やっつけたらんかい! と罵っている自分と、何言うてまんがな、こんなんになってもうて かわいそうですやん……と嘆いている自分。
タコとイカ。ボケとツッコミ。たこ焼きとお好み焼き……
……ちょっと自分だけ脱線しているような……。
「……もうやめよう…………メノウ」
カイトは、悲しく声を出した。
空気が止まる。「え?」
……カイトは、歩み出た。そしてヒザをつくシノルの前まで進み出て、愁いを帯びた瞳で見下ろしていた。
銃口の先はピッタリとカイトの左胸に押し当てつく形になっていたけれど、カイトは動揺する気配なんて無いし、シノルも撃つ気は無さそうだった。
ポカンと、シノルはカイトを見上げるばかり。
カイトは優しく手を肩に置いた。「銃は下ろせ。どうせ湿ってんだろ、使えない」
そして……。
……温めるかの如く。カイトはシノルを抱きしめた。
「帰ろう、メノウ」
メノウ、とは。
「館に あった、人形の名前!」
私は大声で指さして叫んだ。セナとマフィアが びっくりする。
「何で そんな事 勇気が知ってんだ!?」
とセナが奇妙そうな顔をした。私は「あ」と小さく声を出した。
そう言えば、あれは夢の中の話だったっけ。メノウっていう名前、どっかで聞いたなーと頑張って思い出してみたら。
「夢の中で、あの子が……人形が そう言ってたんだよ!」
と私が説明した。
「でも何で どうしてシノルがメノウなのよ。何で わかるの、あの男」
マフィアがカイトを見つめる。私たち3人はカイト達を見守るしかないけど……。
カイトはメノウ? を抱いたまま、ポツポツと語り出した。
「お前が さらわれて……一週間、ずっと捜してたぞ。姿が変わっていても、俺には わかった。だってお前は俺の妹だもんな」
カイトの妹?
一週間前に さらわれた?
えっ? でもトッシーは……私は訳が わからなくなった。
「お、お兄ちゃんなの……? お兄ちゃん……」
明らかにシノルの様子が違った。だって関西弁じゃない。
シノル=メノウ? は、すがりつくようにカイトを見つめた。
こ、これは感動の再会? そうなのね!?
もう そういう事にしておこう、と認めた時。またシノルの人格が現れた。
「ち、違う……、違うんや! わてはメノウなんかと ちゃう……!」
カイトを退け、頭を抱えた。とても苦しそうに前髪を掻きむしった。カイトは見るも堪えきれずにシノルの体を押さえようとする。シノルと押し問答している。
「離せ、離すんや!」
「こっちへ戻って来い、メノウ!」
どうやら『メノウ』という名前に敏感に反応しているようだけど、なかなかシノルが粘る。
「離せ、離して、助けて! お兄ちゃん、……やめえ!」
私はコブシに力を入れて2人を背後から応援していた。エイ、エイ、頑張れメノウちゃん! そしてカイトォ! ……と。
だって、私達には他に できそうな事が思いつかない。
「誰!?」
いきなり、横でマフィアが叫んでムチを取り出した。そして何かを標的に振り回して攻撃する。
バシッ!
鋭いムチを腕一本でブロックしてみせた、人影……は。
シノルに総裁と言われていた老人だった。
「いきなり乱暴な方ですねえ。しかし見事なムチさばきだ。容姿も お美しい事で……」
片手で受けた向こうで、ニコニコとその老人は笑っている。やせ我慢してるんじゃないでしょうね?
「そんな殺気むき出しで よく言うわね。あんた何者、正体を現せ」
マフィアは睨みつけた。
ジジジジジ……と、ムチが腕に絡めとられたまま、両者引かない。
しかしパッと、老人の方からムチを外してマフィアに返した。
ムチを回収したマフィアより先に、私が聞いた。
「あんたがメノウちゃんをさらったの!?」
老人は私に視線を移した。
「そうですよ。ちょっと魂をガラクタ人形に移したのがシノルです。ほら、そこの。もがいてる……惜しいですねぇ、せっかく手間暇かけてセッティングしてみせましたのに。余興にもなりませんでしたか。残念、それはそれは」
何言ってんだろう、この人。ニヤニヤして。まるで……。
「こっちの目的が果たせれば、どうでもいいんですけどね」
私はゾクッと寒気が走った。この人を見てると変な気分になる。
「目的って何よ」
私も睨みつけた。
「魔道経です、もちろん。シノルには愛称だなんて言っときましたけどね。こっちの愛称の方が大事なんですよ。どうです、カイトさん? 水神の秘宝と妹さんと、交換しませんか? 妹さんの魂は こっちで握っているもんで」
……。
……だなんて事を言い出したよ、このジジイ……。
私の怒りは頂点に達した。でも抑える。
「メノウちゃんを人質にして、秘宝を奪う事が目的だったのね。でも、それを手に入れて、あんたに何の得があるの? 他の人達と一緒に、青龍を封印しに行くとか?」
私も気が変になって一緒に笑いそうだった。
「ククククク……」
「!?」
「アハハハハハ! もー、ダメ!」
老人が前屈みになって、堪えきれないといった風に笑い出した。空にまで響きそう。
何だ何だ!?
「ヒー、おかし。そっかそっか、教えてあげなきゃ不親切だよね。うんうん。わかった わかった。じゃあ教える。ってか、訂正? 魔道経、は青龍の復活を止めるモンじゃなくて、むしろ青龍を呼び出すために必要なモンだよ」
……!
何ですって。
「呼び出……す?」
体が凍りついた。一瞬だったけれど。
「早く気がついて欲しかったな、救世主」
老人は そのまま、見もせずに後ろの塀の上にピョンと飛び乗った。
その軽い身のこなし。「あんたまさか……」私の額に汗が。
雰囲気に覚えがあった。
「鶲か!」
セナが呼んだ。と同時に、老人は変装を解いて正体をあらわにした。そして姿を現したのはセナの言った通り、レイの部下・業師の鶲だった。
「水神の秘宝と呼ばれる魔神具の一つ、魔道経。それは青龍の復活に必要な四神鏡……古に よって錆ついたその力を蘇らせるための呪文なのさ。実際どんなものかは知らないけど」
と、鶲は塀の上で屈み込み、私を見下した。
「一週間かけて用意したんだけどなぁ、この舞台。どう? 楽しかった? 救世主」
不適に笑う……憎らしい奴。
しかも、ナイフを取り出し持っていてホイホイ投げて手に遊んでいた。
見覚えのあるナイフ……あ! 私が買ってスリに盗られたアーミーナイフじゃないの!
「老人に化けてメノウの魂をさらい、シノルにして部下に加え、シノルを操って仲間を作って、水神の秘宝の在りかを探させた……ってわけだ。最も、水神の秘宝の在りかは すでに知っていたのかもしれないけど……直接奪いに来なかったのは、さっき言った余興のためか?」
カイトは、ボーッとして動かなくなっていたシノルの体を抱いて、そう聞いた。
「救世主が絡まないと、面白くないじゃない。結局どうなるかは見てのお楽しみだったけどねー。それに僕は あんまり自分が表立って動きたくないし。何たって、考える担当ですんで」
ナイフをスッたのもアンタねえ!
どこまでも ふざけた奴だ。あー憎らしい!
「それより、そいつ死んじゃうよ? 魂と体が拒否反応起こしてる。放っておいたら死ぬね」
と、付け加えて さも楽しげに言った。
(ど、どうするの……? 魔道経は渡せない。でも、メノウちゃんが)
私が悩んでいるというのに。
「いいだろう。……その代わり、メノウの魂を元の体に返すんだ」
と……カイトはアッサリと決断した。
「でも! そんな事をしたら……」
と私はカイトに詰め寄ろうとした。だが、脇で動かないシノルを見るとグッと思い留まった。
……そうよ、悩む事なんかない。
結論は一つしかないじゃないの。
「……いいわ」
私は要求の決断を飲み込んだ。
「勇気! いいのか!? レイが それを手に入れてしまったら、復活までの時間が……」
とセナが言い出したが、私の顔を見て引っ込んだ。
「……そうね、人の命には代えられない」
とマフィアも諦めたよう。セナも頷いた。
「その代わり、約束は守ってよね!」
私は鶲を上目づかいに睨んだ。鶲は、ニッコリ笑った。本当に憎たらしい。
カイトは自分の胸の前に手を出し、ブツブツと何かを唱え始めた。すると、水色の光のモヤが浮かび上がり しゃぼん玉が一つ、大きいのが現れた。
「“開玉”!」
と唱えると、しゃぼん玉がパン! と割れ小さな巻き物が現れた。
きっとあれが……魔道経。青龍復活のための……。
小さな巻き物だったのが、徐々に大きくなった。両の手の平にのるくらいになった。
「親父から預かったもんだ。代々伝わってきた。受け取れ!」
と、カイトは放り投げた。
それをキャッチし、確かめる鶲。
薄笑いが、段々と大きくなっていった。
「ふ……はははは! これで魔神具が2つか! 邪尾刀と魔道経! レイも大喜びだよ! 後は……」
と、鶲の目が突然光った。不気味だ。
「邪魔者を消すだけだね!」
突然 鶲は立ち上がり、手をこっちへかざした。
ボン! ボン!
ボボン!
3発の爆発。
私はセナのおかげで すんでで避けた。マフィアも、カイトもシノルを抱えて。
「約束が違うわ! メノウちゃんを元に戻して!」
私は無我夢中で叫んだ。
「危ないぞ、勇気!」
とセナが私の手を引っ張った。
私は、あの夢を思い出した。メノウちゃんが流した涙の理由を。
あれは私への忠告とSOS。本当は伝えたかったんだ。色んな事を。でも伝えられなかった。
私ったら、気がつきもしないで。メノウちゃんが せっかく会いに来てくれたってのに!
「逃げるなよ。一緒に遊んで!」
鶲はピョンピョン塀の上を飛び跳ねる。とても楽しげだ。
何なのよ こいつーっ!
主に作戦担当だーって言ってなかったっけ、前に。こいつに とって、メノウちゃんなんて利用価値の一端でしか無いんだ。人が苦しもうが泣こうが怒ろうが、何をしても面白いんだ! ……約束なんて、守る気も ない!
「メノウちゃんを戻してよ!」
私はセナの手を振り払って、前へ駆け出した。セナが慌てて私を後ろから羽交い絞めにする。「何やってんだバカ、死にてーのか!」
セナが叱っても、私の腹の虫は おさまらない。だって、だって……!
こっちは要求通りにしたじゃないの!
「救世主サン、それからそっちの風神くん。覚えておきなよね、レイが本気を出したら、君らは もうすでにこの世に居ないんだから。僕が こうやって遊んでるだけなのは、レイの命令が無いからだしね」
「何よ それ! まるで私達がレイや あんたらに生かされてるみたいじゃない!」
と吠える私。
くやしい!
ただ、くやしいわ!
……その時。
鶲の背後やや上空で、何とも神々しい光が現れた。
「!」
全員が固唾を呑んだ。
鶲も驚いて後ろを振り返る。
「あ、あれは、何……?」
と私が声を出して指をさしても、誰も何も言わない。
ただ一心に、前に輝く光を見つめるだけ……。
この突然の光は。
……何?
《第13話へ続く》
【あとがき】
関西弁になると、妙にウキウキしてくるのは何故だろう……。
※ブログ第12話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-48.html
ありがとうございました。