第10話(時の門番・弐)
私、知らない。セナ達の子供の頃に、こんな子が居ただなんて。
しかも それを隠して。一体 誰なのよ、この子。何で、そんなに楽しそうなの――?
……私はココ、“時の門番”でトキさんに お願いし、セナの過去を見ている。見ていた中に、気になる少女が一人。その子の存在を今 初めて知った。
セナが前に語ってくれた話の中には登場しなかった、謎の少女の出現に私は戸惑いを隠せずにいる。
何で この子とセナ達が――。何で――
……って、私ってば。何で こんなヤキモキしているんだろう? 別にセナに女の子の知り合いが居たっていいじゃない。隠す、だなんて大げさじゃないの? 隠す事のほどでも無い事かもしれないのに。
と、いうような事を考えていたわけだけれど。
なーんか、スッキリしない。最初レイの過去を探るはずだったのがセナの過去の方に興味が行ってしまって。全く、もう……。
私が そんな風に悲しんだり怒ったりしている間に、映像はいつの間にか終わってしまっていた。
「以上です」
トキさんのアナウンスが聞こえた。
「あれ? もう? せめて あの子の正体が わかんないかなぁ」
私がブツブツ言っていると、トキさんが言った。
「人の過去は あまり興味本位で見るものではありませんよ。それに、あまり見過ぎると代金は どんどん値上がりしますよ?」
「代金……あ、そか。私の過去を見せなきゃいけないんだっけ」
そうだった。トキさんとは、そういう契約をしたのだ。
セナ達の過去を見せてくれる代わりに、私の過去を見せるという。金髪少女のおかげで、コロッと忘れていた。
「見てもいいけど……お笑いだよ? コケたり転がったり落ちたり踏んだり踏まれたり。……ちょっと恥ずかしい」
「では、代金として あなたの過去を見させて頂きます」
と、また鏡のスクリーンに ある場面が映る。
私がまだ小さい時のものだ。小さい私が、居る。
お兄ちゃんも ずっと幼い。
そして……。
「お父さんお母さん……」
視線の先には、両親の姿が映っていた。
両親が事故で死んだのは、私が7歳の時。記憶が薄れ、両親の顔はオボロゲで、全然覚えていなかった。
目の前で優しそうな女の人=お母さんと、やはり優しそうで たくましい、ラーメンを作っている人=お父さんが、居る。
店のカウンターに座っている お兄ちゃんと私は2人の作ったラーメンを食べている。ありゃりゃ、私ったら水をこぼしているよ。
お椀のラーメンを綺麗に食べた。すごく嬉しそうに、幸せそうにしていた。
次に、パッと画面が切り替わった。
あれは……まだ朝方だ。お兄ちゃんが電話越しに何かをしゃべっている。そして電話を切った後、私の肩に手を置いて、下を向いてしまった。
私はというと、いきなり泣き出している。
この状況は……。
……両親が、事故に遭った朝だ。遠出へ出かけた両親が、帰って来る途中に交通事故に遭ったんだ。それで病院から連絡が来て……。
病院へ行って。両親と別れの挨拶をして……その日の夜、親戚内で お通夜。次の日の昼。お葬式。
それが終わると……親族会議。私と お兄ちゃんの引き取りについて、話し合いがあったんだった。
この時の親戚中の顔ったら。誰もが迷惑そうにしている。
ウチは狭いのよ、とか、ウチは兄弟も多いし、とか、互いの なすりつけ合い。
そんな中、お兄ちゃんは確か こう言った。
「伯父さん伯母さんたち。安心して下さい。僕は高校をやめて、家業を継ぎます。勇気も僕が面倒みます」
と。
しかし心配した伯母さんが少し反論をする。
「家業を継ぐ……ってね。ラーメン屋でしょう。そう簡単にすぐ出来るってものでないでしょう? それにあなた一人ならまだしも、勇気ちゃんは まだ小さいじゃないの。男手一つで育てていくのは、思ったより大変な事よ。それが出来るの?」
お兄ちゃんは ひるまない。
「確かに、両親の味を出すのは難しいかもしれませんが……でも僕は小さい頃から父の側でラーメン作りを見て来ましたし、味も舌でしっかりと覚えています。何年かコツコツと積み上げてやっていくつもりです。幸い、両親の保険があるんです。僕の力が及ぶまで、やっていけると思います。それに、勇気も僕が面倒をみます。ですから、安心して下さい」
そう言うお兄ちゃんに、反対する人は居なかった。ココから、私達は始まったのだった。
ラーメン修行に明け暮れるお兄ちゃん。それを見ながら、私は育った。お兄ちゃんの背中は好きだった。でも、少し寂しかった。
そして……。
パッと、映像が また変わった。
その状況は。
まだ記憶に新しい、あの日の出来事。
お兄ちゃんと、その彼女らしき人との、口論の場面。陰で こっそり私が見ている。
交わしている言葉の内容は音声が無いから わからないけど、私は徐々に思い出してきていた。
こっちの世界に来る直前の、出来事……。
「何で急に そんな事を言い出すんだ!」
「だって……! もう、耐えられないのよ! 私と妹と、どっちが大事なのよ!? どうせ妹だって言うんでしょ。妹が何だってんのよ! あんな厄介な子、
い な く な っ て し ま え ば … … ! 」
(…………!)
……お兄ちゃんが頬を叩く。女の人が去って行く。一人残った お兄ちゃんが割れたガラスを片付け始める。それを見た私はパジャマのまま外へと飛び出す。
あの日の一連の光景だ。鮮明に思い出していた。
どうして忘れてしまっていたんだろう。あの時の女の人が言った言葉を。
“あんな厄介な 子 ――”
……嫌だ。
絶対、思い出したくなかった。
“ 居 な く な っ て し ま え ば ―― ”
「もういいっ! 止めてっ! …… 」
…………。
瞬間。
私の居た部屋は、映像が消え元の鏡張りの部屋になった。鏡には、頭を抱えてる私の姿が小さく映っている……。
少し震えが止まらず、ガタガタいわせていた。
「思い出したくない。思い出したくなかったのに……!」
心の奥に しまっていた事が、今 全部を吐き出されようとしていた。目から、とめどなく涙が溢れていた。
胸が しめつけられるように苦しい。呼吸も正常じゃない。そして……嘔吐を催した。
気持ち悪い。すごく、気持ち悪い……!
吐き出した後、ふいに顔を上げると正面の鏡に自分が居た。ボロボロの、自分が居た。
私、救世主?
何の救世主?
誰を? 守るの?
だって自分だって守れないじゃないの?
このまま世界を渡るの?
「私……私、家にも帰れない。ココにも居られない。どうすればいいの? ねえ、どうすればいいの? ……お兄ちゃん、お父さん、お母さん、セナ、マフィア……」
鏡に すがりついた。
誰も答えなんてくれるわけが無いのに。泣くしかなくて……。
「勇気」
と、声をかけられ、鏡を見ると私の後ろにトキさんが居た。
「……トキさん。……ごめんね私、自分の過去なんて見る必要も無いし、他人の過去なんて見ちゃいけなかったんだ。好奇心なんかで見ようとして……本当に、ごめんなさい……」
私は鏡の中のトキさんに謝った。トキさんには、正面から顔向けが できなかった。
「いいんですよ。謝らないで。それよりも……あなたの中の心の闇は蓄積された分、治るのに時間が かかりそうですね……」
トキさんの優しい眼差しが心に染みた。
「あなた一人で この世界を背負い込まないで。この世界の事は、この世界の人達が何とかするのですから。あなたは、それに ほんの少しの力を貸すだけなのです」
「力を……?」
「あなたの周囲の人も、あなたに力を貸してくれるはずです」
そうか……私、一人で色んな事、いっきに背負い込みすぎたんだ。救世主としての使命の様々を。
私の悪いクセかもね。頼まれたら、イヤって言えない……そこ。
「私……ね。ずっと、お兄ちゃんに迷惑かけていたの。私のせいで、お兄ちゃんは苦しい思いばかりしていると、そう思っていて……。私が もし居なかったら、きっとお兄ちゃんは自分の好きな事をして幸せだったのに……」
私の脳裏にお兄ちゃんの背中が浮かんだ。
「そうでしょうか」
「え?」
「あなたという妹が居たからこそ、お兄さんは頑張れたのではないですか? あなたと、家を守るという使命感を持っていて。……あなたも、お兄さんのように頑張ってみたらどうですか」
お兄ちゃんも今の私と同じ気持ちになった事があるかもしれない? 逃げ場の無い悲しみと苦しみと。
……でも、お兄ちゃんは、逃げなかった。
「私……戦わなくちゃ、自分と」
私は立ち上がって、トキさんを見た。
涙を拭いて、手に力を込めた。
「さあお行きなさい。外で、あなたを待っている人が居ますよ……」
“時の門番”を出ると、マフィアが待ちくたびれた様子で迎えた。
「遅い遅い。……で、どう? セナは?」
「先に帰ったって。私達も帰ろ」
と呼びかけた。
私達は行きしと同じ やり方で森の方へ降り、森へ入った。そして夜中まで歩き続け、やっと森を抜け出した。その頃には もう朝になっていた。
早朝に一本しか出ない船に乗り込んだ。すると、バッタリ セナに会った。
「セナ!」
「勇気!? マフィアも!」
と、お互いを呼び合った後、船室で これまでの事を話した。セナが“時の門番”を出たのは私が来るより2時間ほど前だったそうだ。森の何処かで行き違いになったのだろう、という事になった。
「勇気も そこへ行ったのか。……で、何か見てきたのか?」
「え? ……ううん、何にも。ちょっと そこのトキっていう女の人と話をして、それだけ」
と、私は2人に嘘をついた。
本当はこっちこそ あの金髪少女の事が知りたかったけれど、それを言うと……セナの過去を見たって事が きっとバレちゃうわけで……それはマズイので、黙っておく事にした。
きっと いつか、セナが自分から言ってくれる日が来る。その日を待っている事にした。
勇気は船で出たサービスのパンを食べた後、甲板へ出た。セナとマフィアは まだ船室に居て、小さな丸い窓から見える勇気の姿を見ていた。
「あの子の顔……見た?」
と、マフィアは自分の目を指さした。
「ああ。ありゃ、大泣きしてきましたって感じの顔だったよな。何か知ってる?」
確かに、勇気の顔を見ると目が少しだけハレている。それは“時の門番”で大泣きしてしまったから。まだハレは ひいては いない。
マフィアは、首を振るだけだった。
「きっと……あの子にも あの子なりの悩みとか そういうの……あるのよね。あっちの世界の事かもしれないけど。とりあえず、しっかり守んなきゃいけないわね。あんたも私も」
マフィアは腕を組みながら、甲板で一人、海を見ている勇気を見て言った。
「そうだな」
と、セナは一言。
セナとマフィアの そんな会話が なされているのも知らず、ただ ぼうっと朝日を眺める勇気。
(お兄ちゃん……元気ですか? 勇気は今、海を見ています。海の広さは そっちと変わりません。見せてあげたいな……)
朝日に、この便りが兄の元へ届く事を祈りながら。
ほぼ同時刻。
暗い部屋で、レイが一人。アンティークな椅子に座って何やら考え事をしていた。足と腕は組み、目を閉じて。
すると、フッと目を開けた。
目の前には、氷づけになった人物が居た。少し輝いているようにも見える。
「ハルカ……」
レイが擦れた声で呟いた。謎の人名を。
氷づけの人物、とは……女で、金髪で、両耳に赤いピアスをしていた。
《第11話へ続く》
【あとがき】
ここの後書きって必要ないでしょうかね(今さらですが)。
1話が長いので、休憩がてらに……にもならないか(- -)ふ。
※ブログ第10話(挿絵入り)
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-44.html
ありがとうございました。




