第1話(新天地)
初めての長期連載でした。よろしくお願いします。
シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、今後の経過により残酷な描写があるかもしれません。同意した上で、お読み下さい。
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それでは、『七神創話』の世界へどうぞ。
この世に四神獣蘇るとき
千年に一度 救世主ここに来たれり
――『七神創話伝 第一の章』より――
……
……
……暗闇の中で音がする。何の音かはわからない。
いや、ココが何処なのかさえわからない。
……でも、確かに音が聞こえる。ポタッ……ポタッ……水音のような音だ。
一体ココは何処で、私は何をしているんだったっけなあ……?
……
……
試しに一歩、一歩と歩いてみる。
不思議だな……足音もしないなんて。というか……まるで地に足がついていないような感覚がするんだよね。
ポチャン。
音がした方へ振り返る。……何かが飛び込んだ音……?
そのうちに、私は堪らなくなって叫びたくなる。
……あー! もう! 何なのよ!? この異空間はー!?
そんな風に。
……
「あれは……」
ハッと、目を凝らして向こうを見る。ココから30メートルくらい行った所に、『何か』が居る事に気がついた。最初、ウヨウヨっとしたものが動いているように見えたのに、段々と『それ』は姿を現してきて、ハッキリと見えてくる。それは。その正体は。
「りゅ、りゅ、りゅ、……」
私は口の形を『りゅ』の形にしたまま、その場で凍りついてしまった。そう、目の前にいるのはまさしく『龍』そのものだったんだもの!
巨大で、長い体に規則正しくウロコが並んでいる。タテガミが美しくユラユラと揺れていて、突き出ている角が鋭い。そして何より、こっちを睨んでいるかのようなギョロギョロとした目が……。
こ、怖い……。
「……は! いかん、早く逃げなきゃ食べられる!?」
と。私はまるで鬼ごっこで逃げる子どものように、クルリと背を向けてバタバタと逃げ走り出してみた。
……が、行けども行けども。その場から一歩も進む事はなかった。えええ!?
「な、な、何でええー!?」
どうなっているんだ!? と、半狂乱で叫びながら、手を平泳ぎのように懸命にかく。凄くブザマな姿だわ……とほほ。
15分経過したくらいで、頑張った私はハアハアと息をつき、とうとう諦めてしまった。そしてこの目の前の龍に喰われる覚悟をした。胸前で十字を描いてみる。
アーメン……。
覚悟を決めたので、もう一度この龍を正面からマジマジと見つめてみた。さっきは、いきなりで怖そうに思えたけれど。落ち着いてよく見ると、穏やかで優しそうな瞳をしている……。
それから今になって気がついたけれど。体が全体、青色だ。青龍なんだ。光沢が、キラッ、キラッと光っている。
「綺麗……」
思わずウットリとしてしまった。その時。
私は突如、誰かにドンッ! と。背中を押された。何とか踏みとどまってサッと振り返る。
「お、お兄ちゃん……?」
私の背中を押したのは、10歳違いの兄だった。背は高めで、いつもの格好であるクリーム色のトレーナーにジーパン。黒の運動靴で、腰には白いエプロン。右手にオタマ、左手に菜箸を握っている。
実は、事故で死んだ両親の跡を継ぎ、兄はひとりで自営のラーメン屋をしているんだ。私も手伝おうかと言った事があるんだけれど、「邪魔だ」と邪険に払われてしまったという。
兄は私に普通の中学生でいてほしいのだろう。いつもそう。こっちが言っても、何でもひとりでやっちゃうんだから……。
……。
……で。その兄に背中を押された私は、兄を見た。しかし兄は何も言ってはくれなかった。
どうしてココに居るの? と聞こうとしたが、やめた。だって何で私がココにいるのかさえわかってないんだものね。
「お兄ちゃん……?」
と、再度呼びかけた時。
なんと、お兄ちゃんが持っていたオタマで襲いかかって来た!
ふりかかってきたオタマを、私は間一髪でサッと横に避ける。一体何だ何だともう一度お兄ちゃんを見ると、いつの間にか死んだはずのお父さんとお母さんまでその隣に居るではないか! あと、学校の友達や先生も……皆、大きな定規やらトンカチやら包丁やらロープやらと。凶器を持っている。視線は私を捉えながらだ。
「ちょ、ちょっと。嘘でしょ」
と、後ずさり。
けれど後ろには青龍が居るわけだし。後ろに行ったって無駄だって事はわかリきっている。
でもどっちかというと……こっちの皆の方がコワイ、か、も……?
逃げよう! ――思いたった私は横へ逃げようとした……ら。誰かに、ぶつかってしまった。イタタと顔を手で押さえながら、ぶつかったその人の顔を見上げた途端。
突き飛ばされた。全てが一瞬の事だったので、訳がわからなくなった。混乱する。
背中もしくは頭が地面にぶつかる、と思ったのに。変な事に着くはずの地面がなくなって……消えて。
……私はまるで『穴』の中へと、落ちて行った…………。
……
ドスン。
思いきり腰を打った。「アタタ……」
パチッと目を開けると、見慣れた天井があった。ココは、あの暗闇じゃない。正真正銘、私の家の私の部屋だった。
「夢か……」
何だ、とホッとした。
そりゃそうよねと納得する。訳がわかんない空間だったもの。それにしても、あの夢って……。
ようく、ハッキリとしない頭でボンヤリとさっきの夢を思い出す。半分以上、忘れてしまった。思い出せるのは、青龍と、最後に私を突き飛ばした……あの人。全てが一瞬の出来事だったけれど。確かその一瞬で覚えているのは、金髪で赤い瞳の、女の人……だったって事。
年は私と同じか……上だと思う。
あんな人、私は知らない。知り合いに外国人なんて居ないし。
「……ま、いっか」
根が脳天気な私。さっきベッドから落ちた衝撃で打った腰を手でさすりながら、立ち上がった。そして部屋のカーテンをシャッ! と勢いよく開け、窓から注ぐ朝日を浴びる。実にさわやか人間じゃないかあ、と思いきや……。「しまった!」と叫ぶ。
時計を見ると朝の8時10分。中学生は登校する時間じゃないか! ぼおっとしている暇はない。学校に行かなきゃ!
超急ぎで制服に着替える。赤のセーラー、前には2つのボタンが縦に並んでいる。形としては少し変わったデザイン。でも結構可愛いと思ってんだ、自分ではね。
ブッカブカのソックスを履き終え、部屋を飛び出す。もちろん、昨日のうちに用意したカバンも忘れずに持って。
黒の学生カバンを抱えて、一階の方へおりた。店では、お兄ちゃんが開店の準備をしている。厨房で大きな鍋を前に腕を組んで、ジッと何かを考えているご様子で……。
「お、起きたのか」
私に気がついて振り向いた。
「一回起こしに呼んだんだけど。返事がなかったし……やっぱり寝てたんだな」
と言って、どんぶりに鍋のスープを入れ、麺を加える。そして刻んだばかりのネギとか、あとチャーシューやモヤシなんかを入れた。
「へいお待ち。まあ、食べてみろ」
と、少し微笑みを浮かべてカウンターに出す。箸をどんぶりの上に置き、「さあ」と促した。
あのお……遅刻しそうなんですけどお……。
そう思いながらも、手は箸を持ち、スープをすすり出した。しかしすぐにだ。私はむせる。
ごほ、うげ。
……激辛! 何だこれ。
「か、辛い……」
私は急いでコップに水を入れて、喉に流し込んだ。
「そりゃそうだろ。俺が3ヶ月かけて研究し開発した、名づけて『特製! 勇ちゃんラーメン』だ! ……見た目は普通のラーメン。しかしその実体は……超激辛! 辛子たっぷりラーメンときた!」
兄は張り切っていた。目を生き生きと、とても輝かせている。
な、なるほど……確かに見た目は赤くも黒くもない、普通のラーメンだ。こりゃまあ、確かにびっくりだわ。ふむふむ。
……じゃ、なくて。
「ごちそうさま。私、もう行かないと」
スープを残し、カバンを手にした。いつもはもっとお兄ちゃん特製ラーメンをゆっくりご賞味してから学校へ行くんだけれどね。とても今はそんな時間的余裕はないわけで。
「そうか。ま、気をつけてな」
と、お兄ちゃんは言って仕事に戻って行った。
さっきもチラッと言ったけれど。私は、7歳の時に事故で両親をいっぺんに亡くしている。その時の兄はまだ17歳。高校2年生で、優等生だった。でも事故の後、まだ小学一年生である私を養うために……また、家の家業を継ぐために。まず高校を辞めて、ラーメン修行をしながら独自で家を守る事になったんだった。
私を養いながら、たったひとりでね。
私も高校に行かず、お兄ちゃんと一緒に働くよ、と言った事があるんだ。でもお兄ちゃんは、それを頑なに拒んでしまった……。
「何言ってる。俺の分まで、お前は学校に行け。俺はひとりで充分だ」
そんな風に言って、私を仕事場に入れてくれた事はほとんどない。経済上では今ようやく安定してきたらしくって、余裕が出来たのか、バイトの女の人がひとり入ってきたみたいで。
黙々とラーメンを作るお兄ちゃんと、出来上がったラーメンを運んだり、お客さんから注文をとったりするそのバイトの人……。
その光景を見て、私はつまらないな、と感じたんだった。
仕事に戻り私の方を見なくなった兄を見てそんな事を思い返しながら。私は横引きのガラス戸を開けて、「行ってきまーす」と言って走り出した。
昔はよくゲームの相手とかをしてくれていたのに、ラーメンに夢中になってからは、とっても素っ気なくなってしまった。でも私は仕方ないさと。割り切っているんだ、一応は。そんでいいや別に、ってね……。
色々と考えながら走って行くと、道すがら近所のおばちゃんが居てニッコリ笑って、挨拶をしてくれたのが目に入った。
「勇気ちゃん。今日はちょっと遅いわねえ。そうだコレ、持っておいきなさいな」
おばちゃんがそう言って私に渡してくれたのは、みかん一個だった。ちょうど今買ってきたばかりらしい。
「この前の町内のゴミ拾いで参加してくれたお礼よ。たいしたものじゃないけど、とっといてね」
「そんなぁ……すみません」
「いいのよ。勇気ちゃんは、いつも頑張っているから……」
そうなんだ。私はあちこちで色んな人の世話を焼いている。時々しんどくなる事も、しばしばあったりする。昨日だって、放課後に友達が掃除当番を代わってくれと、頼まれたしね。断らなかったんだ。ま、特に昨日は用事もなかったから、いいんだけれど。
もし嫌だったなら、断ればいいじゃん……と思うだろうけれど。私には、基本的にそれが出来ない。甘いんだよねって、つくづく思う。全く……。
私が手を振ってその場を去った後。おばちゃんは呟いていた。
「あの子は頑張り屋さんだね。ウチの子にも見習わせたいもんだわ……」
……
ええと。紹介がかなり遅れました。私、松波勇気。中学一年生。
髪はショートカットで、少し伸びてボサボサです……ははは。
元気いっぱい。どっちかって言うと優等生(?)で、放送部ではお昼のお姉さんを演じているんだ。歌も好きで、よく歌う。
私の通っている港中学校は、県内ではサッカー部と弓道部が強いってんで地元では有名。羨ましい。いいよねぇ、放送部なんていっつも努力賞だよ。そんな愚痴もたまにこぼしながら。まあいいじゃん、っとね。ふふふ。
学校に関して他に自慢できるものは何もない。平凡な校舎に平凡な授業があるだけ……あ。
そういえば。
今に気がついたけれど、自慢できるものがあったじゃないか。とりあえず。
それは、課外授業。
普通の学校なら、家庭科とか社会とかいった教科の『授業』の中で校外に出たりするでしょ……ちょっと違うんだよね、ウチは。
『課外授業』という教科関係なしの授業だ。週に一度、校外に出て色んな事をするのが主。川へ行ったり、花の観察をしたり……そうそう前、パン工場の中を見学しに行ったっけな。パンの出来ていく過程が見れて、とても面白かった。お腹がすいちゃってすいちゃってもう。たまんなかったよ。
とにかく、外へ出て何かをするんだ。大抵は先生が行き先を決めるけれど、生徒の意見から行き先を決める事もある……とは言っても、いきなり○ィズニーシーに行こう! とか、そんなこたぁ言わない。例えば、雪が降り積もった日は雪合戦をしようとか、暑いし外へ行くのが面倒だから図書館で休もうとか。その程度なわけね。うん。
もちろん生徒は皆この授業が大好きなんだ。だって誰一人として休まないもんねー。
そしてその授業のある日は週末。今日は月明けの週末だ。給食を食べた後に、この『課外授業』があるってわけ。
「この前、港市に遺跡が発見されたのは知っているな?」
今回になって。教室の教壇にて先生が話を切り出した。この事を聞いた時、クラスの誰もが予想したと思う。そしてその通りに、先生は言葉を続けていった。
「今日は、そこへ行って発掘の手伝いをしようと思う。まだ発掘されきっていないから、ひょっとしたらひょっこり何かお宝が見つかるかもしれないぞ……もし珍しい物だったら、歴史に名を残せるチャンスだ! ようし、全員! 校庭に自転車で集合! 徒歩の奴は、付き添いの校長先生の車に乗るんだぞ!」
先生が言い終わらないうちに。すでにクラスの皆は席を立って廊下へ出ようとして騒ぎ出していた。
……
自転車で、10分位行った所だった。あと100メートル位行ったら海が見えるかもって所。自転車を各自で決められた場所に停めて。先生が収集をかけた所へ皆、集まった。
それから、発掘に詳しいという人が何処からともなく現れて。発掘するにあたっての注意を淡々と語り出したじゃないか。ただ掘ればいいってもんではない、下に埋まっている物を壊さないように確かめながら掘るんだとか、あちこちドタバタ走りまわるなおんどりゃあとか、根気と忍耐が大事で勝者だとか……。どうでもいいけれど、話が長すぎる。眠くなってきていた。
さあ掘るぞと意気込んでいた私達だったのに、段々と疲れてきた。そしてやっと、30分位の話の後。各自バラバラになって発掘を始める事になった。
「話が長すぎるのよね。あと一時間位しかないよ。……あーあ、せっかく来たのになぁ〜」
と、私の仲の良い友達、アッコがぼやいていた。
「ねー。私、寝ちゃいそうだったよ」
返事を返すと、アッコがスコップを取りに行ってくれて、私に渡してくれた。そして。
「どこ掘る?」
「うーん……そうだなぁ……」
と、辺りを見渡した。もう掘り始めている人がたくさん居る。早く決めて、掘り始めなくっちゃ。時間が勿体なくて焦っちゃうよ。
「もうちょっと、あっちへ行ってみようかな」
と私は自分の勘を信じて、海の方角へと進み出した。ぽっかりと穴が空いている遺跡より、少し離れた所へと向かって行った。
「ねえー。そんなに離れたって何にもないんじゃないのー?」
「うーん……でも、こっちのような気がするからさあ〜」
呼んでいるアッコの意見に逆らい、ずんずん皆が居る遺跡から離れた所へ行った私だった。足は止まらず、ずんずんずん。
「もう……勇気ったら。私、この辺を掘ってるからね」
アッコはその場に座り込み。セッセと掘り出したみたいだった。私は、なあんにも気にせず、ただこっちにある気がすると思いながら、そちらへと進んで行っていた。
そしてだいぶ離れた所で、ピンと頭で何かが閃いた感覚に見舞われる。
「ココかなぁ……」
と、その場に うずくまって地面を見た。何の変哲もないただの土だった。土は土で、ただの地面だ。うん。
「まあいいや。掘ってみよ!」
私はザックザクと堀り出した。傍目では何かにとり憑かれたように見えるだろう、無我夢中で。そうして何十分か経った後、少しバテてきた時だったんだ。キンという変な音がしたので、覗いてみたら……。
「何だ、コレ……?」
『それ』を取り出した。形ある掘り当てた物を取り出し懸命に土を払う……何百年? も土の中にあったからか、サビてるし、土も湿っぽくて、払っても払ってもくっついていて、なかなか取れないよ。
板かな、と思ったけれど。形は丸いし片側だけキラキラしているようだった。あ、これってひょっとして。
「鏡だ……」
うん。これは鏡だ。だって、よく見ると自分の顔が映っているもんね。
ひっくり返したり触って冷たさを確認しながら……私はニヤリと笑ってしまった。
だって、私はたった少しの時間でこんな珍しい物……を、掘りあてたんだもの。きっと皆、驚くに違いなあい! そうよ! うん!
思って私はさっそく先生の所へ持って行こうとした。立って方向を変える。
すると、突然。全身に電流が走った……。
「きゃあ!」
私は悲鳴を上げて、鏡を落とす! ……鏡は、地面に落ちて見事にパリンと音を立てて、割れてしまったのだ!
「……げげ!」
今、自分がした事に対して真っ青になった。
鏡は割れて2つになってしまっている……その2つの破片を見つめながら、破片の入っていた額縁の方を持つ手が、ワナワナと……震えている。
「ど、どうしよう……」
ひょっとしたら、これってまずいんでないの……? もしかして何百年前の大事な産物かもしれないのに。割ってしまった……。
事の重大さに焦る。歴史に名を残すどころか、恥を残すのでは……。
……とにかくだった。その時はパニくってしまって。素直に先生に申し出ればいいのに、私は土にもう一度それを埋め直し、なかった事にすると決めた。はあ、鏡? 何の事、としらを切る姿勢だった。もう決めた。
大丈夫……バレないバレない、と自分に何度も言い聞かせた。呪文のように。いつまでも。大丈夫大丈夫……。
――直後。先生が集合の笛を鳴らしたのが、遠くから聞こえてきた。
……
週明けの国語の時間は、作文の発表だ。先週の課外授業での感想を宿題で書いてきて、読んで発表する。作文といっても原稿用紙一枚程度だし。そんなに辛くは、ない。適当に書いちゃう。
「……で、……だったから、……でした」
しかし誰かが発表しているのを私は全く聞かず……耳の中を素通りし、『鏡割っちゃったよ事件』を教室の窓外を見ながら思い出し、ふけっていた。
どうしよ〜……私、とんでもない事しちゃったなぁ……。
何ですぐ先生に言いに行かなかったんだろう、と。後で後悔した。そしてそれは数日経った今でも消えない。良心がうずいているんだ。
「はあぁ……」
ため息は、一日中ずっと消える事はなかった……はあ。
放課後。
教室で。帰ろうと用意していたら、その容姿から『お嬢』と呼ばれている、峰山さんが私に話しかけてきた。お嬢はこう言う。
「私、見ちゃったのよね」
と。「え?」私は間の抜けた声を発してしまった。
言いながら私は、ドキン! と、心臓が飛び跳ねるのを感じていた。でも顔には出さず、あくまでも冷静にお嬢……もとい、峰山さんを見る。
「何の事?」
「またまた。とぼけちゃって。あんた、遺跡で鏡を割っちゃったでしょ。私、トイレ行った帰りにたまたま見ちゃったんだから」
背筋が凍った。
げ。
嘘でしょ……まさか見られていたなんて。
ドキドキが激しくなって、苦しくなってくる。まずい。
「黙っててあげるからさ。ひとつお願い聞いてくれる?」
お嬢が何故か甘えた声で私に優しい声をかけてきた。んんん?
「お願い?」
「そうそう。これをさ、新島さんに渡してほしいんだよね」
一通の手紙を私に渡した。白い、表には何も書いていない封筒を。
「それだけで……いいわけ?」
「そうよ」
何だか、わかんない。……まあいっか?
とりあえず……これを新島さんに渡せばいいわけね。ふん、お安いごようじゃない。これで口を封じられるんならさ。単にそう思った。
新島さんていうのは素直で大人しくて、クラスじゃとっても可愛い女の子なんだ。だから結構、男子の間でもモテている。目がパッチリしていていいだの、髪が長くて腰まであってキレイだの。容姿の面では女子からでもベタ褒めだ。羨ましい、その可愛らしさ。それはそんで別にねたみはしないけれどさ。いいなあーって。ただそんだけ。
私はその足で、すぐにその封筒を彼女に渡しに行った。
でも彼女に渡す前に、中身を確認しておけば良かったのよねえって後で思う。安請け合いしちゃってさ。バカよねえ、ほんとに。
そうすれば、封筒の中には新島さんを中傷するような内容の手紙が入ってたんだって事に、もっと早く気がつけたっていうのに……。
それが判明したのは、次の日。
朝、教室でクラス中の皆が、ある人物を中心に集まっていた。その人物とは、新島さん。泣きながら、たった今登校してきた私を見る。そして何も言わず、また泣き出したという。
私は「え? 何?」と言って、そばのクラスメイトに聞いた。クラスメイトは、まるで私を邪険にするかのように「自分の胸に聞いてみたら?」と言って、新島さんの元へと駆け寄って行ってしまったのだ。
気がつけば、私だけポツンとひとりでそこに居る。
しばらく変だなと様子を見ていたらお嬢がやって来て、手紙を私の前に広げて見せた。もちろん、昨日私がお嬢に頼まれて渡した手紙だった。私は広げられたその手紙の内容を読み、愕然として色を失った。
ひどい悪口がツラツラツラと連ねられていた。ちょっとモテるからっていい気になんなよとか、男の前ではイイ子ぶっているとか、あんたの頭には十円ハゲがあるとかないとか、いやあるはずだとか……。
「な、なな……」
言葉がまるでない。その隙に、お嬢が声を張り上げて私に言った。
「ひどいわね。松波さん。こんな手で人をバカにするなんて、卑怯よ」
この手紙を書いたのは私だとでも言っているような言い方をした。
書いたのは紛れもなくあんたでしょーが! と叫びたかった。でも、叫ぶ前にお嬢の口攻撃が続いてしまう。
「新島さんが可哀そう。謝りなさいよ!」……
カチンときた。
「ちょっと待ってよ! これ書いたの、あなたじゃない!」
と言った途端だった。お嬢はワッ! と泣き出した。そして精一杯の同情を誘う目で皆に言ったんだ。
「ひ、ひどい……! 私のせいにするなんて……松波さんて、そんな人だったんだ。ご両親を亡くされて、お兄さんと一緒に頑張っているなって尊敬してたのに……失望したわ。私、あなたとは金輪際、口きかないんだからあ!」
そして大げさに、わああと泣き出す始末。
な、何よ それー!
私は頭にきているが、それよりも私達を取り囲むクラスメイト達の視線の方が気になってしまった。皆、私の方を嫌な顔つきで見ているように思えた。私は驚いて、大声を張り上げる。
「そんな……私じゃない! 違うってば!」
クラス対私という構図。皆、状況からして私を悪者だと思っているみたいなんだ。何で人って、泣く子の味方になるのかなあ。大概は……。
……そんな事を考えている場合で、ない。何とかしないと……。
でも、私が何を言っても空しく。見事に私はクラスの中で孤立してしまっていた。
後で気がついた。
みーんな、お嬢の策略だったのだ。
きっとお嬢の性格からして。新島さんがあんまりモテるもんだから、ちょっとこらしめてやろうと思ったんだろうな。そしてちょうど、私が鏡を割って隠すなんてのを見てしまって、いいように利用してやろうと思ったんだわ。そうに違いない。
ううん。もしかしたら、最初から私の事が気に食わなかったのかも!
もうどっちでもいい。私は完璧にクラス中から無視され、友達のアッコさえ私から離れていってしまった。
いつの間にか、絶望とか……未来もへったくれもないとか、思うようになってしまっている。
お嬢はといえば、毎日相変わらずだし。……ったくもー、何なのよ、アイツ。
前にお兄ちゃんが、「バカな奴に対して怒りや憎しみで返す奴もバカだな」と言っていた事を思い出した。それって、この事だろうか。この事を言っているの? お兄ちゃん。怒っちゃダメでバカなの? 教えてよ。私にはわからない。
にしたって……何で私がこんな目に遭うんだろうか。
重苦しいまま、一週間が過ぎた頃。私は過度のストレスからか、腹痛で学校を休むまでになっていたんだ。どうしようもなく。
夢の中で、悲しい事ばかり浮かんでくる。こんなに沈んだのは、両親が死んで以来だと思い出す。
自分の部屋で暗い天井を見つめながら、ポタリと涙が勝手に……流れて落ちていく涙を拭う事もしないで、ただぼうっとしていた。
「泣いてたって、仕方ないじゃない……」
と、誰かに聞こえるかのように言った。部屋では、私がひとりぼっちで寝ているだけだったけれど。
悲しい事があると、他の悲しい事まで連鎖して浮かんでくるらしい。
こんな状態は、はっきりいって苦しいよ……。
……
やっと落ち着いて眠りかけた時、下の店の方からガラスの割れる音がした。
何だろう? と。そっと階段をおりて行く。すると、お兄ちゃんと女の人の声がした。
「何で急にそんな事を言い出すんだ!」
「だって……! もう、耐えられないのよ! 私と妹と、どっちが大事なのよ!?」
ケンカだった。にしても、まるで2人は恋人同士のようだった。もしかして、お兄ちゃんと誰かが付き合っているんだろうか? 相手の人は……と。そっと陰から見ると、その女の人はバイトで来ている女の人だった。両肩の前に垂らした茶色い髪で、耳には水色のピアスをしている。普通の、大人の女性といった感じがした。
「どうせ妹だって言うんでしょ。妹が何だってんのよ! あんな厄介な子、居なくなってしまえば……!」
その時、パシッと叩く音がした。そして数秒後「もういいわよ!」と言って、女の人は店先から出て走り去って行った。後に残されたお兄ちゃんは、下に散らばったガラスを片づけ始める……その顔は……とても暗く寂しそうで、悲しそうだった。
(私のせいでケンカを……? そんな……)
私は階段の手すりに掴まるようにして、うずくまった。
どうしてこうなってしまうの? お腹が痛い……ううん、それ以上に心が痛い。
(私のせいで……お兄ちゃんは幸せに、なれない……)
それを考えると、いったんは止まっていた涙が急にどっと溢れ出してきた。
私、一体何で生まれてきたんだろう? どうして お兄ちゃんを不幸にするんだろう……? 連鎖は続いた。
次の瞬間、私はパジャマのまま裏口から走って外へ飛び出していった。
居場所がない。もう何処にも。
学校にも行きたくない。家にも居たくない。痛い……。痛くって、何だか自分を切り刻みそうになる。この行き場のない思いは、一体何処へ行けばいいんだろう……?
雨が降っている。パジャマはビショビショだ。でもなお私は走り続けた。近所を抜けて、商店街を通り抜けて。交差点を何度も曲がり、気がつけばそこは、かつての遺跡の前だった。一体いつの間に? ……何処をどう来たのかは忘れたけれど、めいっぱい走ったのは確かだった。
ハアハアと息をつき、ゆっくりとロープの張られた遺跡の中へと入る。雨のために中止したのかもしれない。発掘に関わってそうな人は、誰も居なかった。それを見て、とても安心する。
「あ……」
歩いて行くと目の前に、ポッカリ空いた横穴を見つけた。大人ひとりは、軽く入れるだろう。前に来た時はなかったと思うんだけれどな。いや、あったんだろうか。覚えていない。
「ちょうどいいや。雨宿り……」
と横穴に入った。グッチョリ濡れているのに、今さら雨宿りって……とも思いつつ。中で座り込んだ。ヒンヤリとしていて、凄く寒くなる。このままじゃ、凍死してしまうんじゃないか。ちょっとまずいなと思った。
周囲を見回してみる。何かないか……ライターとかあったら、まあ最高なんだけど。でも燃やす物がないか。うーん。
すると、奥で何かが光った。
ソロソロと近寄ってみると、足元に落ちていたのは鏡だった。何処かで見たなと思いきや、この前私が割った鏡だと思う――額縁の装飾の特徴を覚えていたから。確信している。
何でココに……と首を傾げたけれど、たぶんあの後に調査の人か誰かが見つけたんだろうと、勝手に解釈をしておいた。
真っぷたつに真ん中が割れた鏡。それを胸に握り締め……俯き加減で、呟いた。
「戻せるなら、戻したい……」
この割れた鏡のように。私の心も割れてしまった……私は、そんな風に考えた。
何て悲しい呟きだろう。
私は今、ひとりぼっちだ。何故だろう。
もし戻せるなら、過去に戻って何もかもやり直したい……。
そう思った直後だった。
突然、地響きが起こり、地面が揺れる。
「地震!?」
ゴゴゴゴゴ……凄い轟音だった。私は小さくうずくまり、必死で自分の身を護るようにして固くなった。一瞬、フワッと浮き上がった感覚がしてドスン! と落ちたような体の感触や、衝撃を感じた。
私はココで死ぬのかなんて考えていた。
そして、物凄い音はやがてピタリと止む……静かになった。
「治まった……良かった……」
恐る恐る目を開けると、さっきまでそこにあった出口が消えてしまっていた。
私はえっ!? えっ!? と、壁となった出口を触る。最初、この横穴の上の岩が崩れてきて、出口が塞がれたと思ったのに、どうやら違うらしい。私の居た場所……その下は実は空洞になっていて、突然足場が崩れて。下の空洞の中へと落ちてしまったらしいのだ。
つまり、巨大な落とし穴へハマッてしまったという事。
「うっそ……ココから、どうやって出るわけえ!?」
ポッカリ空いているはるか上を見つめ、落胆した。とても今の自分じゃ這い上がって登れそうではないじゃないか! ……嘘でしょう?
こんなに深い穴に私が落ちたの? ……そんな感覚ではなかったように感じたのに……ううん、気のせいかもしれないけれど。でもそんな事より現実、もしかして一生ココからは出られないんじゃ……という長々と不安が、後押しして徐々に徐々にと押し寄せてきていた。
「誰か……誰かあー!」
叫ぶ。誰も居ないとは思う。でも、誰かが通りがかるかもしれないとも思ったから。叫んでみる。
しかし、やはり声が空しくこだまするだけ……だった。
「まずい……どうしよう? 寒いし、暗いし……」
と、半分、泣きかけの状態の時だった。
壁自体が、鏡になっている事に気がついたんだ。いや、ココだけではない。よく見ると、縦に長い全身映る鏡が並んで何枚か壁にはり付いていたんだ。上から見て円状にはり付けてある。つまり、私を取り囲むようにあったってわけ。
「凄い……鏡ばっかりだなぁー……」
暗がりで気がつかなかった。よく光沢を見ると、色がついているように見えた。赤、黒、緑、黄、青、紫、茶……七色に分かれている。七色の鏡がはり付けてあるようだった。
……そうよね。泣くだけエネルギーの無駄だし、どうせ、お兄ちゃんが私を捜してくれるだろうし。ココは落ち着いて、鏡を観察しようっと。そうしよう。あはは、これが根っからの脳天気! うん、何だか元気出てきた。元気もっと出そう。うんうん。
そうやって気持ち直った私。改めて鏡を見まして。
七色の鏡の前で私の目を一番に惹いたのは、何故か紫色の鏡だった。薄紫色で、何処か神秘に満ちている。
綺麗だなー、なんてウットリしてしまった。ウットリしっとり、またウットリ。飽きない。
つい、手で触れてみた。そうしたらだった。
スポッと(!)、体がその鏡を通り抜けてしまった!
……
最初、感触はなかった、というのに。
私の体は、何かに弾かれたように……パンッ! と、通り抜けた後に衝撃を受けて、地面に倒れた。
そして、少しの痛みが全身に伝わった。
「痛ぁ……」
どうやら、また何処かに落ちたようだった。右ヒジを押さえて、目を開ける。
「……」
森だ。
そう思って、すぐにガバッと起き上がった。見回すと、ココはさっき居た穴の中なんかではない。木があっちもこっちもにボウボウに生えた、森の中で倒れていた。
「ココは一体……?」
と、立ち上がろうとすると、突然何か生温かいものがピチャリと飛んできて頬についた。
えっ? と、 はるか前方を見ると、巨大な動物? ……が、ズズン……! と砂埃を立てて倒れた所だった。
さっぱり要領を得ず、その光景をただひたすらに眺めていると。ひとりの人間の男らしき人物が、こちらへと近づいてきていた。私はジーッと目を細めて、恐らくは彼――を、観察する。相手も私を見ているようだった。暗がりに目が慣れていった。
髪が割と長く、サラリとストレートな毛質で、色がたぶん薄紫色だった。何処か色気のあるような容貌。女顔らしい、まつ毛が長めで整っている顔立ち。上下とも黒い格好で、白い上着。足が長く、これまた細い理想体型で。かっこいい。
キラリと光る、耳のピアス。右腕の箇所箇所に2つ、左腕にも2つ……か3つ、銀の装飾の腕輪を しているみたい。指輪を……指に何個も着けている? 黒っぽく見えるけれど、そこまではよく見えない。
何だ、ビジュアル系のライブにでも行くのかという格好の、その若い男。私の顔を見て。
「お前は何者だ」
済んだ声を発した。
しかし私には、何がなんだか……いつかの夢の続きでも見ているのかと、思った。
《第2話へ続く》
【あとがき】
昔に書いて途中で放置され眠っていたのを堀り起こしてきた作品です。なので、現代と違う部分などを直しながら書き進めています。
土曜日って前、月2休だったんだなぁ……(時バレ)。
ご感想など、いつでもお待ちしています。
※ブログでも公開しております(挿絵入りです)。
http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-29.html
ブログでは第1話だけお試し版で全文を掲載していますが、2話以降からは本文一部のみ挿絵入りで掲載しています。お暇つぶしに気軽にどうぞ。
それでは、第2話へ……お邪魔いたしました(礼)。