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泣き虫の羽化  作者: みりん
変わりゆくもの
8/21

柚のお荷物な私

 ぎこちなくも柚と友達になってからは時が経つのが信じられないほど早くなった。

そんな時間のなかで沢山のことを知った。

沢山一緒に遊んだ。


柚と一緒のときはクラスの子達とも普通に話が(殆ど聞いているだけだが)できるようになった。



 柚は学校にいるときにあれ(・・)が起こるとすぐに私を助けてくれる。

むしろ不思議なことに起こる前に気づくこともある。いつもでは無いけれど、顔色とか雰囲気で分かるらしい。

保健室に連れていってくれたり家で看病してくれたりする。

私が親には言わないでと言ったときは唖然として、親に迷惑をかけたくないし怒られるから言わないのと理由を言ったところ、怒られてしまった。


『危ないでしょう!?そんな苦しそうなのに!今までずっと一人だったって?信じられない!!酷いときに何かあったらどうするのよ!!!?』


と。


そんなこんなで看病してくれるようになって、症状が軽いときも重いときも傍にいてくれる。

意識がない人を見ているなんて怖いだろうに。


気が付けば唯一私のことを知っていて私が頼っていた保健室の先生よりずっと症状に詳しくなっていた。




私はその事がとても嬉しくて、でもとても申し訳なく思っていた。














 中学三年生、修学旅行まで一ヶ月を切った頃それは起きた。







 その日は日曜日で、学校の図書委員会の仕事で頼まれていたアンケート結果の集計資料を学校に持っていく日だった。

図書委員である柚と私は二人で来るようにと言われていたので学校に近い私の家で待ち合わせをして学校に向かった。


「?柚、どうかした?元気ない」


相変わらずぬいぐるみを抱えている私の隣を歩く柚は珍しく物憂げな顔をしている。

あまり学校に行きたくないというような表情。


「えっ?ううん、そんなことないよ?大丈夫だって!」


そう言いながらもその表情は曇ったまま。


「…何か心配事?もしよかったら、きくよ?相談とか…」

「………」


辛そうなその表情が我慢ならなくてそう声をかけてみたけれど返ってきたのは沈黙。

力になりたいけれどそれが柚にとって苦しいのなら私は黙っているしか出来ない。

だから私はその変わりにとりとめもないことを不慣れながらに口にしてみることにした。


「そうだ、修学旅行だね、もうすぐ」


私の言葉に柚は少しだけ顔を綻ばせた。

擦るように動かしていた足も幾分か持ち上がり何時もの柚が少しだけ顔を出す。

私はそれが嬉しくてわくわくしながら言葉をさがす。


「自由行動のとき一緒に行きたい。少しだけあるよね、班じゃなくてもいい時間」


少し見上げるようにして柚の顔を見ながら話しかける。


「そうだね!あるある、えーっと確か二日目の班別行動の後の二時間だよ」

「やっぱりすごい、柚。ちゃんと覚えてる。私よく覚えてない…。困っちゃうなぁ」

「なあに、私がいるから良いじゃない!泪は泪らしくしてたらいいのよ。覚えられる私が覚えておけばいいだけの話なんだから」


得意気に胸を張りながら笑う柚。

まだその笑顔は何かの不安からかぎこちないけれど。

それでも柚は笑っている。


少しは落ち着いたかなぁ

不安で一杯ではないといいなぁ



柚が修学旅行に思いを馳せて色々と話すのを聞きながら、時折その表情をちらりと盗み見ながら学校への道を歩いていく。




 私の家から五百メートルも無いところにある人気のない横断歩道。

柚の表情の変化に密かに喜びつつ信号が青になるのを待っていると、私は突然寒気に襲われた。



その感覚を私はよく知っている。

慣れることなど出来そうにないその感覚を。


どうしてこんなときに!?

今日は大切な用事で、柚に迷惑かけたくないのに!



ツキンと目頭が痛んで熱くなる。

視界が潤んで揺れる。


柚にばれないように、ばれないようにとどうにか堪えて俯く。

私はよく俯いているから気づかれないはず、そう願いながら。

最近は落ち着いているからきっとすぐに収まる、隠しきれる、そう願いながら。


しかし、






「……っぁ―――」





それは叶わなかった。



「えっ!!?る、泪!」



ぶれる視界。

乱れる呼吸。

私の体は耐えられずその場に(くずお)れた。


「ぁ、ぅ………だ、だぃじょぶ、…がっこ、いく………ぅぅ…」


柚に抱き留められながら何とか口にするも、体に力が入らない。

涙が溢れていく。

運悪く久し振りの少し強めの苦しさ。

すっかり気が緩んでいた私は今まで以上にあっさりとその苦しさに呑み込まれてしまう。


「しっかりして、泪っ!泪の家からそんなに離れてないから戻るよ!!」


柚はぐったりと力の入らない私をしっかりと抱え直すとすぐに家へと走り出した。

重いだろうに、そんな様子は全く見せずその上私を揺らさないようにしながら走ってくれている。

それがわかると余計に申し訳なくなった。


 家に着くと私の制服のポケットから鍵を取り出して扉を開けると迷わず二階の私の部屋へと私を抱えたまま階段を登って行く。

そして私をベッドに寝かせて靴を脱がすとそれを持って一階へと駆け降りていく。


柚は救急箱とスポーツドリンクとミネラルウォーターと濡れタオルを抱えて戻ってきた。

もうすっかり私の家のことを知り尽くしていることに驚きを隠せない。

そしてそうさせてしまった原因が自分であることが申し訳なく、けれどどこか嬉しさを覚えた。


「取り敢えずあるもの持ってきた。呼吸はしっかりできる?」


救急箱を探りながら聞いてくる。

恐らく体温計を探しているのだろう。


「…ぅ、ん…。ちょと、すこし、くるし…のが、…ひさし…ぶりで、がまんでき、なか…た………」


柚はうんうんと頷きながら私の掠れた言葉を聞き取る。


「じゃあ酷いときみたいに特別苦しいってわけではないのね…。取り敢えず体温測るよ」


案の定、救急箱のなかを探していたのは体温計を探すためだったようだ。

柚にカッターシャツのボタンを外されるのを痛む頭で感じつつ、大人しく体温を測ってもらう。

体温計を脇に挟むと測っている間に濡れタオルで涙を拭いてくれた。


体温計が測定完了を知らせる合図が鳴るまでの沈黙が怖い。

心配そうに私を覗きこむ柚に、こんな日にも迷惑を駆けていることが怖い。



「…三十八度九分だって。結構高いね。大丈夫?パジャマってここだよね?早めに着替えよう。これ以上熱が上がったら辛いでしょ」


そう言いながらあっという間に引き出しからパジャマを取り出して手際よく着替えさせていく。

脱いだ制服もハンガーに掛けてくれた。


「…ありがとう……」


何から何までしてもらって情けない。

すぐそばにある時計を視界の端に見ると集合時間まで十分を切っていた。

もう間に合わない。

柚もその事に気づいたようで、学校の委員会の担当の先生に電話を掛けた。




中途半端ですがここで一旦くぎります。

ぬぅ、難しい。



*2014/6/9 誤字修正(な → に)

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