友達に
文字が今までの倍くらいあります。
自分でもびっくり。
「ねえ、泪」
「…ん?」
放課後、誰もいなくなった教室でまったりとランドセルに教科書を詰め込んでいると、既に帰ったと思っていた柚が教室に入ってきた。
電気を消した薄暗い教室に射し込む夕日が柚を照らしている。
「身体はもう大丈夫?」
「うん。大丈夫」
今日は本当に一日中心配をかけてしまった。
柚は私の返事に満足そうに頷くとわたしのそばまできた。
「今日は時間ある?一つだけ、聞きたいことがあるの」
「?うん、時間ならいっぱいあるよ?」
私はやっと帰る支度を終えて机の上にランドセルを乗せた。
柚が椅子に座ったので私も椅子に座る。
そして柚と同じように椅子を動かして向かい合う様にした。
何時になく真剣な表情の柚。
ゆっくり息を吐きながら、ゆっくりと瞬きをして口を開いた。
「泪って身体のどこか悪いの?」
私は何を言われたのか分からなかった。
だから首を傾げながら答えた。
「え、もう平気だよ?」
と。
「いやそっちじゃなくて……あぁもう泪ったら」
真剣な表情から一転して呆れた表情になった柚が盛大に溜め息をついた。
なんかもう、これでもかというほど全身から脱力してしまっている。
「そうじゃないでしょ。ほら、持病って言うんだっけ?生まれつきの病気とかさ、生まれつきのじゃなくても、なんかそう言うのって、あるじゃん?そういう意味で、どこか悪いの?ってこと」
「あぁ、そういうこと」
それなら答えられる。
「そういうのは無いよ。無いって言われてる」
私がそう答えると柚は納得出来ないと表情を曇らせた。
「本当に?本当に何もないの?今日みたいに酷いとき病気いった?……何もない方がいいんだけど……ほんと?」
信じられない、と目を丸くする柚。
「何もないはずだよ?小さい頃にちゃんと病院で診てもらったってお母さん言ってた。そしたらどこも悪くないって言われたって」
「そう………」
何が腑に落ちないのか柚は綺麗な顔の眉間にしわを寄せて小さく唸った。
「それならいい…のか、な?」
何時もはっきりしていて迷いが少ない彼女にしては珍しい表情をしている。
なにか唸りながら考えているのをじっと待つ。
まだ小学生で私と同い年なのに、幼さの中に私には無い大人っぽさが混じった柚の顔立ちは、眉間にしわを寄せたらまた別の綺麗さがある。
私はクラスメイトの顔をほとんど知らないけれど、きっと柚はこのクラスで一番綺麗で、可愛くて、格好いいと思う。
きっとじゃなくて、絶対かな。
「泪」
「なっ、なにっ?」
あんまりも暇すぎて意識がどこかに行きかけていた。
余程真剣に考えていたのか柚は気づかない。
「あのね、泪。泪って私のこと四年生になってから知ったでしょ?」
「うん」
「私はね、結構前から知ってたの。二年生の後期あたりから」
「え、なんで」
突然再開した会話になんとか頭を働かせていたのに内容が予想外過ぎて、もうよく分からなくなりそう。
「あまり聞きたくないかもしれないけど……その頃に泪の噂が広まってたんだ。その、えっと…」
嗚呼、柚も知ってたんだ
「いいよ、続けて」
柚からはあんまり聞きたくないけど…
「…うん。二年三組に泣き虫な女の子がいるって。それを聞いた周りの子で一年のときに泪と同じクラスだったっていう子もそうだったって言っててさ。……私は噂とか自分がされたらって考えると怖くて好きじゃ無いから、その時は聞き流してたし興味は無かったんだけど。」
一旦言葉を止めて、遠くを見るように目を細める。
普段よりも更に大人っぽくみえた。
「その話を聞いた一週間位後かな、休み時間に廊下で向かいから来る泪をみたの。噂の中には泪がどんな子かっていう話もあった。背が低くて小さくて、よく下を向いてる子。服装は派手でも地味でもない。髪の毛はいつも下ろしてて、肩に付くくらいの長さ。そして最後に、いつも縫いぐるみを持ってる」
私は噂とぴったり合っていた。
本人だから同じなのは当たり前だけど。
私はランドセルに入れずにさっきからずっと膝の上に乗せているウサギの縫いぐるみをきゅっと抱き締めた。
「すぐに気づいたよ。この子だ、って。疑いたくなるくらい、あんまりにもうわさ道理だったから。すごくびっくりした。だって泣いてるところまで一緒だったんだもん」
話を聞きながら何時の事だろうかと記憶を探ってみる。
正直なところ、下を向いて泣きながら廊下を歩いていたことなんて沢山有りすぎて、その上周りの事を気にする余裕なんて少しもなかったから人とすれ違ったことすら覚えがなかった。
「泣き虫って本当だったんだ、とか、結構酷いこと考えてた。その時は授業が始まる三分前で私たち以外みんな教室に入ってて、早く席つかなきゃって思ってたから教室があるのと逆方向に歩いてく泪をみて変なの、とも思ったの」
聞いていて、知らず知らず縫いぐるみを持つ手に力が入った。
柚も、私のことそう思ってたんだ
興味本意で近づいたのかな
続く言葉を聞くのが怖くて私は少しだけ、柚に気づかれないように身を震わせた。
「だけどすれ違うときに気になって見た泪の顔色があんまりにも悪くって叫びそうになった。もう、びっくりとかそういうのじゃ言い表せない感じがしたの。………それで、大変だと思って声を掛けようとしたら、私の……目の前でっ、急に倒れたの!」
私は驚いて俯いていた顔をあげた。
考えていたのと全く違う話で、それにそんなところも見られていたなんて。
「私ね、倒れた泪をみて、怖くなって走って逃げちゃったの……。すごく苦しそうだったのに!先生も呼ばずに見なかったことにした…」
そう言う柚は、泣きそうに顔を歪めた。
私のことを変な人だとか、気持ち悪いとか、そんなこと一つも思っていない。
ただ後悔しているというのが分かった。
「授業中もずっと泪のとこが心配でやっぱり見なかったなんて嘘だから、そのまま忘れるなんて出来なくて……。チャイムが鳴ってすぐに倒れてた所に走って行ったよ。そうしたら当たり前だろうけど泪はもういなかった。だけどその代わりみたいにリボンが落ちてた。縫いぐるみについてた赤いりぼん」
はっとして縫いぐるみを見た。
すっかり忘れてた
あのときはあんなにショックだったのに
どうしようって不安だったのに
「そのりぼんを見たとき私、……まさか泪がっ、死んじゃったんじゃ、ないかと、思った……。私が逃げたせいでっ!」
もう一度柚を見上げると、柚は泣いていた。
私はなにも言えずに黙って聞いていた。
「とにかく急いでりぼんを拾ってお守りみたいにずっと持ってた。それから休んでた泪が学校に来るまでの三日間はもう怖くて怖くて……」
柚は一息ついて涙をぐいと拭った。
ゆっくりとはく息が微かに震えていた。
二度、三度深呼吸をして涙を引っ込めた柚は今度はもう笑ってみせた。
「泪が学校に来て無事だったって分かって、それからずっと泪の事を見てたんだ。最初はとにかく謝らないといけない気がしてそれと、りぼんも渡したかった。でも毎日見てたらそんなことより、“桐原 泪”の事をもっともっと知りたくなった。あの日の事も、あの涙も、何か理由があるかもしれないって。もし理由があってもなくても、私は泪を守りたいって。泪と友達になりたいって思ったから」
「っ!ゆ、ず…」
「ねえ泪?泪は私のこと、友達だと思ってくれてた?」
「と、とも、だち」
私はふるえあがった。
柚と私が友達?
友達だとおもう?
わたし…
柚と友達になってもいいの?
あれをみても友達になりたいと思ってくれるの?
これから沢山同じものを、もっとひどい状態を見ることになるかも知れなくても
あなたは私とともだちでいてくれるの?
「泪は私が友達じゃ嫌?」
私は慌てて首を横にふる。
「いやじゃない。いやなわけないっ!嬉しいよ!うれしいけどっ」
「けど?」
「だけどっ…、」
いつか、いつか柚が私を拒絶したときに、それに耐えられる自信がない。
受け入れられる気がしない。
それくらい、柚と友達でいたいからこそ
“友達”を意識した途端に最悪な未来しか浮かばなくなってしまう。
「泪は私と友達になりたいんだよね」
「うんっ」
もちろんだよ
「だけどなれない理由があるんだよね」
「…うん」
力なくこたえる私に柚は語りかける様にして言う。
「私に理由を教えてよ、泪。私は泪と友達になりたい!私はもう泪と友達だって思ってるんだよ。なれない理由の中に私がいるなら、直したいよ!」
だからお願い、私に力にならせてと、一際声を大にして言った。
本気で私と友達になろうとしているのが全身から感ぜられた。
そのことがただ嬉しくて
「ちがうの、柚は一つもわるくないよ。私がこんなだから、私が怖がりだからっ」
柚の、友達になりたいという思いを素直に受けられない自分が嫌で
「るい……」
柚が、私の言葉を聞いた柚の表情が悲しげに歪んだ。
「あぁっ」
ちがうよ、ちがうよ!
そんな表情させたいんじゃない
柚が力になれないなんて思ってないよ
たくさん力もらってるよ
何て言えばいいの
わからない
わからないよ!
柚が私をみて慌ててる。
なんでこうなっちゃうの!?
今は苦しくなんてないのに
これじゃあ本当の泣き虫じゃないか
「…ひくっ、ちあう、ちがうの!わだし、ひぐっ…とぼだぢにっなりだいよぉっ!!ゆずと、ともだち、なりだいの!…ぐすっ、だけどこわぐてっ!いづか、ひどりになっぢゃうのが、ひっく、ぅ、こわいのよぅっ!ぐすっ」
柚が驚いた顔で見てる。
こんな泣き虫なところ見せたくないのに
「いままで、みだいに、ぐすっ…私のこと嫌になって、みんなが離れでいっぢゃっだみたいにぃっ、ひくっ、な、なるのが、こわいのぉっ!!うっひっく、う、うぅ、うわあああああああぁんっ!!!!」
読んでくださりありがとうございます。