間違い
少し短いです
前話より。
そういえば小学校では机二つをくっつけて並べて一列にしてました。
これはすごく助かりました。
主に教科書忘れのときに。
人が近いのはちょっと怖かったですけど“忘れ物女王”とかいう異名をつけられたことのある私にはそれはそれで良かったのです………。
算数の授業が始まった。
「今日は、えー、26ページからですね。はい。開きましょう」
26、26、にじゅうろく……
あ、ここか
ページを開いた状態で上から体重をかけて
しっかり開く。
こうしておけば手を離しても閉じたりしないし隣の子も見易いはず。
「…ど、どうぞ」
小さく呟いておずおずと教科書を机と机の間辺りに置く。
「ありがとっ!助かったぁー」
彼女も小声で返事をくれた。
左の彼女を気にしつつ、黒板を写していく。左からも文字を書く音が聞こえてくる。
私ってほんとに周り見てなかったんだ
これからもそうするけど、音まで遮断してたなんて
練習問題を解く時間になってひたすら鉛筆を動かす。
「泪、そこ間違ってるよ」
ぴたり
音がしたんじゃないかってぐらいに私は固まった。
「ん?どうかした?泪?そこだよ、そこ」
「…えっ、あ、う、うん」
私の名前、知ってたんだ。
それに呼び捨てで呼ぶなんて。
くすぐったい
恥ずかしい…
「泪?わかんない?ほら、ここはさ…」
更に俯いたわたしを勘違いしたのか彼女は私に説明を始めた。
…実際勘違いじゃなかったけど。
「ここは足すの。そんでこっちもってきて…」
「う、うん」
「これを掛ける。それでこうしたら……ほら!」
「ぁ、ほんとだ!」
彼女の教え方は凄く分かり易かった。
頭がいいに違いない。
「…あり、ありがとう……」
問題が解けたことか嬉しくて、私は知らないうちに笑っていた。
「!うん、どういたしまして。」
「おや?教え合いですか?良いですね。……ん?教科書を忘れたんですか?桐原さん」
えっ、私?
生徒を見て回っていた先生の言葉に私はまた固まった。
「駄目ですよ。忘れ物は……」
「違うんです先生!」
「野牧さん?」
先生が怪訝な顔で彼女…野牧さんを見る。
その表情で忘れたのが私に決まっていると決めつけているのが分かってしまった。
その途端、否定するのが面倒くさくなった。
そのまま私が怒られてしまおうとじっとしていると再度野牧さんが口を開いた。
「違います先生、私が忘れたんです。泪は見せてくれてるんです」
「おぉ、そうだったんですか!それは、すみません桐原さん。…野牧さんは次回からは忘れないように」
「はい」
先生が申し訳無さそうにしながら去っていく。
「なんかごめん…」
先生が遠く離れたころ突然野牧さんが言った。
私はむしろ助けられたと思っていたから焦った。
「う、ううん。いいよ。そ、それに、ありがとう」
「何で?」
「私だっだら…あんな風に、言えなかった…だ、だから…すごい。ありかとう」
人と関わるのを避けていた私はここまで長く会話するのが久しぶりで、何て言ったら良いのか分からなくなってきた。
けれど何とかそう答えると、野牧さんは気にしないで聞いていてくれた。
「そっか。ありがと」
野牧さんが笑った。
とっても素敵な人だなぁ
友達になりたい……
ううん、だめ
それはだめ
またあんな思いはしたくない
それに野牧さんにまであんな顔をさせたくない
こんな素敵な人にさせたくない
「本当にありがとね、教科書」
「…うん。いいよ、このくらい」
気づけば授業は終わっていた。
私はこれ以上話かけられないように俯いたまま本を取り出して開いた。
野牧さんからたまに視線を感じて顔をあげたくなったけれど、私はぐっと我慢して文字を追い続けた。