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泣き虫の羽化  作者: みりん
変わりたくて
18/21

家族のおもい

遅くなってすみません~

打ち込んでたら原文から飛び出した泪をもとに戻すのが大変だったのです。

言い訳だけど。

 「泪、来たよ」


 ぼんやりとした感覚のなかでそんな声が聞こえた。




『……ゆず?』




大好きな友達の声に聞き返す。


「泪、ごめんね。…私があんなこと言ったりしなかったら泪はこんなふうにならずにすんだのに………」


柚の声は弱々しくていつもの柚ではないみたいだ。



『そんなことないよ…ねえ、ゆず?どこにいるの?』



私は真っ暗闇のなか柚をさがす。

声は聞こえているのにその姿が何処にもない。

私の声も届いていないようだ。

どうしたのだろうと探るように手を伸ばした。



『あれ…?わたし…え?』



手を伸ばしたつもりなのにその感覚がなくてあわてる。

水の中にふわふわ浮いているような感じがして、体を動かしたつもりでも実際は動いている様子はなく只たゆたう感覚がするだけ。


手を伸ばしても、伸ばしても柚に届かない。



『なんで…ぁ………』




疑問が浮かんだところで一瞬意識が途切れた。



そしてまた柚の声が聞こえてくる。


「泪、聞こえてる?私だよ、柚だよ。今日も来たよ」



『きょう?』



さっきからもう一日過ぎたのだろうか?



『ゆず、きこえてるよ。きょうってどういうこと?…どうなっているの?』



「泪…。クラスのみんなも心配してるのよ。…っ、るい…」


先程と同様に私の声は届いていないようで悲しげな柚の声が聞こえるだけ。


大丈夫だよ、と伝えたいのに声が届かない。




何も出来ずにまた意識が途切れる。




「泪?ねぇ、るい…こっちを、私を見て……?私はもう、泪に見てもらえないの?」


今度は柚がすすり泣いているのが聞こえてきた。



『ゆず…』



「私、ちゃんとホントのこと伝えたいのにっ…。泪はもう…何も見えないの?…聞こえないの?」


柚の悲鳴にも似た声に心が締め付けられる。

早く起きて柚を見たいのに返事をしたいのにどうしたらいいのか分からない。



「あら、柚ちゃん?今日もお見舞いに来てくれたのね…。学校は大丈夫?」



『あっ、おかあさん…』



「君が…。こんにちは。初めまして、泪の父です。君が柚ちゃんかい?いつも泪のことを見ていてくれたそうだね。本当にありがとう」



『おとうさんも……』



「こ、こんにちは、おばさん…と、泪のお父さん、ですか。初めまして、私は野牧 柚です」


柚の声が震えている。


私の知らない間に柚と母は知り合っていたらしい。

それにお見舞いって、どういうことだろう。

どこにいるのか分からない。

家?

それとも病院?



そこまで考えて自分が修学旅行中に倒れてしまったことを思い出した。

倒れた後からのことが全く分からない。

あのとき柚が気づいてくれて…。



「私、泪のことちゃんと見ててあげられなかったんです………」


柚の声が聞こえてきて、慌てて三人の会話に耳を傾ける。

兎に角何が起こっているか知りたい。


「御礼なんて、言わないでくださいっ…。わ、私、私の、せいです…。泪がこんなことになったのは…」


「「『え?』」」


父と母と私の声が重なる。


「実は一ヶ月ほど前に喧嘩みたいなのがあって……。私が一方的に酷いことを言ったんです。それでずっと…上手く謝れなくて…。」

「そんなこと、気にしなくていいのよ。喧嘩するのは仕方ないことよ」


硬い声で話す柚を宥めるように母が優しく言うが柚は納得がいかないようでさらに続けた。


「それは先生にも言われました…。それだけじゃないんです。私は泪が声を掛けてくれたのにちゃんと答えなかったんです。……修学旅行の約束も勝手に無かったことにして、泪から逃げました…」


そんな柚の言葉を聞いて心がぞくぞくした。

柚は私を拒絶したのではなかった。その事が分かっただけでもう飛び起きてしまいそうだった。

けれど体はまだ動かない。


「柚ちゃん、もう一度言うけれどそれは仕方ないことよ」

「でもっ私、泪のこと先生から聞いたのにっ!」

「!…柚ちゃん、少しだけ聞いてくれるかしら?」



『おかあさん?』



母が息を呑んで少し悲しそうな声で言った。

先生から聞いたって、なんのことだろう?


「泪のことを聞いてくれてありがとう。娘がひとりぼっちではないのだと思うと私たちもとても嬉しいわ。でも柚ちゃんは柚ちゃんなのよ。もっと自分に優しくしてあげなさい。泪のためにあなたが苦しい思いをしていたら駄目なのよ。今回のことは柚ちゃんひとりのせいではないわ。泪があなたの本心を見抜けなかったせいでもあるわ。上手く伝えられなかったせいでもある。……それにね、一番の原因は私達親なのよ」


「『え、』」



今度は柚と私の声が重なった。

母の私のせいでもあるという言葉は痛いほど理解できた。柚のことをちゃんと見ていなかったのは私も同じなのだ。

けれど両親が原因だというのは驚いてしまった。


「私と夫の拓真たくま君はね、泪のことを放り出してしまったの。どうしていいか分からなくて…。泣く姿を見るのも看病するのも辛くなって、泪が泣いたら八つ当たりに叱ったりしてしまったの…」


突然始まった母の告白に戸惑いを隠せない。隠す必要などここにはないかもしれないけれど。


「私達が泪を叱るようになって一月位で娘は私達の前で泣かなくなった。そのときは七海なみと共に喜んだよ。“やっと普通になる”ってね。しかしそれはとんだ勘違いだったんだよ……」


そう続ける父に怖くなる。



わたしがいてこんなに父と母は苦しんでいたんだ

わたしが普通じゃないせいで…


もうこのままここにいようかな……



「柚ちゃんは先生から話をうかがったのだったね。それなら分かるだろう、私達は定期的に報告を受けていた。……そのときはぞっとした。娘は変わっていなかった。いや、変わってしまっていた…。私達に悟られないように隠すようになってしまっていたんだ。あのときほど後悔したことも自分を恨んだこともない」


父の声と母のすすり泣く声が頭に響いて怖い。

どうしたらいいのか分からない。


「……ぐすっ…私達は泪のことをちゃんと考えていなかったの。自分たちばかり辛いと思い込んで自分の娘の苦しみなんて少しも考えていなかった…。それがそんな結果を生んでしまったの。きっと泪は私達が苦しんでいることを感じていたと思うわ。……叱られたくないからではなくて、それよりも私達のために隠したのでしょうね…」



『おとうさん…。おかあさん…きづいていてくれたの…?』



「私達はその事に気づいてもなにも出来なかった…しなかったのよ。よく様子を見るようにしても、顔色が悪い日でもそれを必死に隠していることを知ってしまって声をかけることも出来なかったの。今更そんなこと言う資格ない、って思えて…。今思えば声をかけるべきだったんだわ。声を掛けないままずっと過ごしているうちに泪の顔色は日に日に悪くなって…私達と会話をしようとすることも無くなって………。私達の前で泣くこともなければ笑うこともなくなってしまったわ」


「……そうだったんですか…」


悲しそうな話し声にもうこのまま消えてしまいたくなる

けれど目を覚ませば両親との関係も柚との関係も今なら変えられるとも思った。


「その頃よ。柚ちゃんが泪に話し掛けてくれたのは。それから私達は柚ちゃんに全てを任せてしまっていた……。だから私達も泪を、そして柚ちゃんも苦しめてしまったの…。ごめんなさい…ひとり背負わせてしまって」

「い、いえ…でも私、泪に会えて…良かった。話し掛けてよかったです。背負わせてもらえてよかったです。今は、今もそう思います。私は泪を支えたいと思っていたから、これからも背負っていきたいんです。私は泪と一緒にいてこそ私でいられるんです」



『るい…みんな、わたしのこと、そんなふうにおもっていてくれたの?』



父、母そして柚の言葉に涙がこぼれた感覚がした。

体を包んでいる水のようなものに溶けていく。


「ありがとう、柚ちゃん。私達も泪も幸せだわ。あのね、私達泪が元気になったら少しずつ関係を変えていきたいの。このままでは駄目だし、このままではいたくないの。烏滸おこがましいかもしれないけれど、柚ちゃんも一緒に支えてくれないかしら。今度は私達と、泪とみんなで支え合えるようになりたい…。みんなで笑い合えるようになりたいの」

「烏滸がましいだなんてそんなことありません!私、泪にちゃんと謝って気持ち伝えたいです。今度は譲り合ってばっかりじゃなくてもっと近づきたいんです!」



『ゆずっ!おとうさん!おかあさん!わたしも、わたしも!みんなとわらいたい!ほんとうはおとうさんとおかあさんともっといっしょにいたいのっ!』



このまま消えてしまいなんてもう思えない。そう思っていた自分なんてもうどこかへ消えていった。


あいたい。あいたい。あいたい。



「あれ…?泪?……泣いてるの?」


柚の声が聞こえた。


「!泪!?た、拓真君、もしかして、きこえているの、かしら!?」


母の声が聞こえた。


「あぁっ!きっと、きっとそうだ、七海!聞こえるか?泪、私達は傍にいるぞ。もうひとりになんてしない!」


父の声が聞こえた。



『きこえる!きこえてるよ!みんな、あいたい!はなしたいっ!』


声を追うようにもがく、もがく。

水から出たいのに上手くいかない。



『どうして!どうして!わたしはっ!!!!』



指先がひんやりした。

わたしのゆびさき、みつけた。


もどれる!!


































 瞼を越えて目に光が入り目を閉じていても真っ白な視界。


もどってきた!


余りの嬉しさに飛び起きようとして、やはり出来なかった。

代わりにゆっくり目を開けた。

ぼやける視界が治るのを待つ。


いつもと違うベッドと独特な匂いで病院であることがわかった。

少しずつはっきりしてきた視界には誰も映らない。


もう帰ってしまったのだろうか

それとももう何日も過ぎてしまったのだろうか


少しがっかりしてしまう。

ふう、とため息をつくと顔が暑くなった。

体が動かないので顔の感覚だけでを探ってみるとどうやら酸素マスクが付けられているようだ。


倒れた後どうなったのかちゃんと聞こう




しばらくしてはっきりした視界にほっとしつつ頭をゆっくり動かして周りを見ると点滴パックらしきものが二つ見えた。


遠くから聞こえてきた足音が近くで止まった。カラカラと扉が開かれる音がした。


入ってきたのは母だった。


「泪…」


目を開けている私を見ても何故か母は驚くこともなく、悲しそうに名前を呼んだ。


「…なぁに……」


気づいて欲しくてそう言ったつもりだったけれど掠れて声は出なかった。

しかし母は私の様子の変化に気づいたのかびくりと震えて近寄ってきた。


そんな母の目をじぃっと見つめる。


「っ!!る、泪?…みえて、いるの?」


そう言いながら瞳を潤ませる母に返事の代わりにゆっくり瞬きをした。



…お母さん



また声は出なかった。

でも母は口の動きを見てなぁに、と笑いかけてくれた。

ぼろぼろ涙を流しながら笑いかけてくれた。



おはよう



私はきっと子供のように笑った。


「っ、おはよう。泪ったら、お寝坊さんだこと。……ふふっ」


そう笑って横になったままの体を強く、でも優しく抱きしめた。



 それから母は私が倒れてからのことを話してくれた。


今日はあの日からちょうど三週間でここは家の近くの総合病院らしい。一度大阪の病院に搬送された私は無呼吸だったうえに心停止寸前で、四日間も集中治療室にいたそうだ。


容態が安定してから更に三日後、まだ意識は回復していなかったが家の近くの総合病院へと移されて今は一般病棟にいる。

柚は移されて更に三日後に家族以外の面会が許された日から毎日、平日は学校帰りに休日は時間があれば宿題を持ってきて私のそばで宿題をしたりしてお見舞いに来ていた。

こちらの病棟に移ってから漸く目を覚ました私はしかし光にも音にも反応しなかった。只弱々しく開いた虚ろな目を天井に向けているだけで何かを映すこともなく、それも数分で閉じてしまった。

それを見た父と母と、そして柚はもう一生このままなのではないかと震えた。

病院の検査では脳に異常は見られず理由も分からない状態で、何度か目を開いてもそれを繰り返すばかりだった。

そして五日前に私が目を開いているときに涙を流した。その後目を閉じてから目立った反応はなく、それまでと同じようにたまに虚ろな瞳を見せるだけで今日に至った。







「…そ、ぅ………、たの」


話を聞き終えた私の口から掠れてはいるが声が出た。

自分がどれ程に心配をかけてしまったのかが分かりそしてそんなに危険な状態になっていたことに驚いてそれ以外の言葉が出てこなかった。


あの会話を聞いていなかったら戻ってこれないままだったかもしれない。


そう思うとこんなに心強い両親と友達を持てたことが改めて幸せに思えた。


「こ、え……きこ、た…から……」


母はそんな言葉の意味にすぐ気づいてくれた。


「だから泣いていたの?あの時っ」


また瞳をうるうるさせて手を繋いでくる母に嗚呼やっとこうして話ができる、こんなに近くで手まで繋ぐことができるんだと嬉しくて嬉しくてたまらない。


「ぁり、が、とぉ」


たまらなくて自然と笑顔になれた。



 暫くしてナースコールの存在を思い出し、看護師に目が覚めたことを伝えた。

医師はその事に驚き、奇跡に近いと言った。

念のため酸素マスクをつけたまま暫く様子を見ることになった。


「泪、もう疲れたでしょう?起きたの久しぶりだものね。少しお話もしたし、休みなさい」

「ん、…でも…」


母の言葉どおり眠くて、ぼんやりした意識で抵抗する私の頬を撫でた。


「大丈夫よ、今日は面会時間が終わるまでずっと傍にいるわ。拓真君にも連絡しておくから。それに明日も柚ちゃんは来てくれるって言っていたから体力温存しておかなくちゃね。そうでしょう?」

「うん……んぅ、…むにゃ…」


眠い目を擦りたいのに身体がまだ上手く動かないから力が入らなくて、弱く握った手の甲が頬に当たって布団にぽふ、と落ちた。


「ふふっ、ほらもう寝なさいな。…泪、目覚めてくれて、ありがとうね」


母のあたたかい言葉に心も温もりに包まれて意識が薄らいでいく。



「むぅ…ん、おやしゅみ…なさ、ぃ……」




今度はただの闇ではなく心地よい眠りにむかって。

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