責任と子供と私 *Side 柚
「先生、私、怖いんです」
先生は弱気になった私の言葉に頷いて促してくれる。
「何が怖いんだ?」
私が少し黙るともう一言付け足してくれた。
「桐原に何と言われるのかが怖いのか?」
と。
「はい、でも………」
でも、
「私多分、自分が言ったことの責任をとるのが怖いんです。…私は泪を傷つけることを言いました。そんな自分が嫌で、そんなことを言ってしまったっていう事実があることがすごく怖いんです」
言いながら身体をぶるりと震わせた。
出来るなら自分が言ったことから逃げてしまいたい。
「あのな、野牧」
「……」
先生は名前を呼んでしかしそのまま続けずにとっくに冷めてしまった珈琲のマグカップに手を伸ばした。
そのまま珈琲を目を閉じてこれでもかと言うほどゆっくりと飲むものだから、私は居たたまれなくなって同じように紅茶の入ったマグカップに口をつけた。
紅茶は冷めきっていた。
それをちびちびと飲んでいるとどうしてか興奮が落ち着いていく。
暫くして紅茶がなくなっても先生はマグカップに視線を落としたまま。
あまりにも静かでなにも起きないものだからうっかり舟を漕ぎそうになったころやっと先生が口を開いた。
「野牧はまだ子供だぞ」
「……はい?」
すっかり眠気も吹き飛んだ。
何を言い出すのかと返しそうになる。
「桐原はお前と関わるようになってから随分と明るくなった。御両親も私たち教師もとても驚いたし嬉しかった。それくらい桐原は変わったんだ。しかし私たちはずっと桐原を見てきたが野牧のことを考慮していなかった。野牧だってまだ子供で、ずっと合わせているのは辛いときもあるだろう。一緒にいたいと思っても上手くいかないときもあるだろう。でもそれは仕方のないことなんだ。つい心にも無いことを言ってしまうなんていうことはあって当たり前なんだよ」
「なんで……」
まるで心を読んだかのように言い当てていく。
確かに私は子供で、すべて上手くやるなんてことは出来ない。
「今までずっと側にいた桐原はその事に気づいているはずだ。だからきっと桐原も悩んでいるんだよ。野牧のために」
「私の、ために?」
意味がつかめない。
泪は泪で沢山のことを悩んでいるのは知っているけれど、私の名前が出てくるとしたら昔泪が言っていたように“嫌われないように”とか“迷惑をかけたくない”とかだと思っていた。
「お前なぁ…こればっかりは本人に聞くべきだ。本当にお前たちは子供らしくないな」
よく分からない答えで閉められて納得がいかない。
「先生、さっきから子供だとか子供らしくないって何ですか」
もう何の話をしているのかわからなくなってきた。
落ち着こうと目線を少しあげた。
部屋の奥に申し訳程度に付いている小さな窓から見える空が茜色に染まっている。
周りを見回して見つけた時計は電池が切れたのか止まっていた。
「素直になれって言っているんだよ。もう何年も友達でいるのに大事なところでお互いに遠慮してばかりいるだろう?お前たちなら気づいているはずだ。自分の気持ちを不満もその逆もちゃんと言い合ってないだろ。我が儘も不満も喜びも全部言い合って押し付けあってこその親友じゃないか。そういうことも必要なんだ。ただ黙って譲り合えば良いってものじゃない」
あぁ確かに、その通りかもしれない
「だったら私たちは、きっと沢山のことを勘違いしているってことですよね」
そう呟いて昨日のことを思い返すと、本当に泪は私をただ拒絶しただけだったのかという疑問が浮かんできた。
あれだけ拒絶されることに怯えている泪が私をあんな風に拒絶したりするだろうか?
泪なりに何か考えがあったのではないだろうか?
「だったら泪も今の私みたいに悩んでるってことですよね」
「まあゆっくりで良いんだ。少し一人ずつで考える時間か必要なんだろう。時間が解決してくれることだってある。何か向き合う切っ掛けが起こるまでじっくり考えてみなさい」
「………はい」
泪のことと自分のことで頭のなかがごちゃごちゃになってしまったけれど、少しだ前が明るくなった気がする。
私は大きく頷いて手をぎゅっと握りしめた。
「先生、色々とありがとうございました」
「なに、二人と俺と学校のためだ」
立ち上がって礼を言うと先生はにかっと笑って言った。
「暗くなってきたから気を付けて帰りなさい」
「はい。さようなら、先生」
「おう、さようなら」
私は少しばかり軽くなった心と体で扉を開く。
廊下から準備室よりも綺麗な空気が押し寄せた。
それが私に頑張れと言っているような気がした。
2014/3/19 *本文編集しました。
*読んで→呼んで