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泣き虫の羽化  作者: みりん
変わりゆくもの
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泪のぬいぐるみ  *Side 柚

口調は違いますがここで出てくる柚ママの言葉は、私の母の言葉です。

純ノンフィクションではないので本来泪の母にあたる人(私の母)が柚の母になっていてもいいのです。



中学生のとき理科準備室行ってみればよかったなぁ…



今回は会話が長い!!

です。

 放課後、部活動をする音や声を聞きながら理科準備室へ向かう。


「三階だったよね」


北舎三階の東の端には理科実験室がある。

その隣の小さな部屋が理科準備室だ。


「本当に小さな部屋ね…。今まで気づかなかったわ」


苦笑しながらその扉を軽くノックしドアノブに手をかける。


鍵があいている。


「失礼します…って先生なにやってるんですか」

「おお来たか、早かったな!でもまあちょうど良いか」


扉を越えて中に入って目に入ったのは狭いなかテーブルの上にアルコールランプを乗せてビーカーに湯を沸かす先生の姿だった。

思わず溜め息をついてしまう。


「母が言っていたことは本当だったんですね…」


と。


『何かあったら理科準備室に行ってみたら良いわよ~。理科の先生って大抵つれない先生でも優しいし、愚痴くらい聞いてくれるわ。それに珈琲とか紅茶とかも淹れてくれたりするのよ。というか自分のためによく淹れてるわ。理科の先生ってそんな感じよ?』


「ん?昔から準備室はこうして使うものだぞ、普通」


いえいえ先生、それは普通ではないですよきっと。止めないけど。


内心突っ込みながら口を開く。


「…あぁ、先生は理科担当でしたね」

「な!?野牧、それはないだろう!?担任の教科くらい覚えていてくれ」

「先生、お湯沸いてますよ」

「お、おう」


先生は微妙な表情をしながら準備をはじめる。


「あと、冗談です、さっきの」

「御前なぁ……」


疲れた表情の先生に少し吹き出しながら近くにある椅子を引っ張ってきて座った。

先生は薬棚からマグカップを2つ、そしてその奥から珈琲豆と紅茶のパックを取り出した。


「…って豆!?」


「ふはっ」


「へ?」


珈琲豆から先生の顔へ視線を移すと、してやったりという顔で私を見て笑っていた。


「冗談だ、ふはっ!」

「………」


ふはふはと可笑しく笑いながら今度こそインスタント珈琲を取り出して淹れ始めた。


よく考えてみればビーカーで湯を沸かしてから豆を削るのはどうもおかしく間に合わない。

ビーカーではあっという間に水が蒸発してしまう。火を止めても覚めるのも早い。


何時もならすぐに気がついて騙されることが無かっただろうに、泪のことで手も頭も一杯になっている自分が情けない。





「凄いですねここ。また来たいです」


こぽこぽ、マグカップに湯が注がれる音を聞きながら呟く。


「もう次の話か、まだ始まってもいないんだが」


先生がマグカップのひとつをミルクと共に差し出した。

受け取って香りを楽しむ。


「ん~、いいですね。先生は何者ですか。紅茶を淹れるのが上手すぎです」


一口飲むと流石ビーカーで沸かしたお湯。

良い感じの温度だった。


「……朝の落ち込みようが嘘みたいだな」


ふいにそう言われて思わず俯いてしまう。

目の前の先生は察しが良いのか悪いのかよく分からない。


「違います。…こうでもしていないと不安で堪らないんです」

「そうか…」


10秒か30秒かそれとも1分か。

私と先生の間に沈黙が降りた。

次に口を開いたのは先生だった。


「小学校からずっと桐原を支えてくれた野牧を信用して話す」

「!?」


私は驚いた。

突然の緊張感と先生の言葉に。

私の言いたいことが分かったのか先生は頷く。


「まあ順に話すから聞いてくれ」


先生は珈琲を一口飲んでまた一口、そしてマグカップを置いた。




「桐原はある意味で問題児でな…幼稚園からずっと引き継ぎが行われているんだ」

「引き継ぎ?」

「ああ。初めて聞いたときは何の冗談かと思ったよそれを口にしたら小学校側も初めはそうだったと言われた。桐原は病気ではないらしい。よく泣く、よく体調を崩す、それだけ。そう言われて驚くなと言う方が可笑しいだろう」


「しかしそれだけなんだが、その発作的な体調の変化が桐原の命に関わると言うんだ。そして一生徒として学校生活をおくれるようにサポートするためにも、医師が桐原を知るためにも学校側の理解と協力が必要だと。詳しい内容は置いておくが、そういうことで引き継ぎが行われている。………桐原のご両親は桐原を学校に通わせようと必死だった。彼女のために出来ることがそれしか無いと嘆いていた……」


「そ、…そんな、ことが……」


先生の話は聞いてはいけないことばかりな気がした。

そんなことを私に話してどうするつもりなのかと混乱せずには居られない。



「ぬいぐるみの事は何か知っているか?」

「……いいえ…」


答えながら何時も泪の手の中にあるうさぎのぬいぐるみを思い出した。

やはり何か理由があったのか。

私はこれ以上泪の、ましてや命に関わる話を聞くのが怖くて逃げ出したかったがそれでも泪のことをちゃんと知りたくて立ち上がりそうになるのをぐっとこらえた。



「桐原はな、本来は身体は健康なんだ。ただ心が不安定でその影響が常に身体にかかっているらしい。原因は分からないが身体に対する影響はその時その時で変わるらしいんだ。桐原が園児の頃それがひどい時期が続いて御両親が仕事を休み続けられなくなったときに渡したのがあのぬいぐるみらしい。ぬいぐるみに依存していると言うのは変かもしれないが、一人の時の支えになったのだろう、今度は手離すと不安になるようになって常に側にないと症状が酷くなるようになってしまったんだ」



そういえば、とその言葉を聞いて思い出す。

泪は他人にぬいぐるみを触られると不安そうにしていた。

そんなに不安ならどうして学校にまで持ってくるのかと不思議に思っていたけれどまさかそんな理由があるとは思っていなかった。


「それで学校側が持ってくることを許可したのですか?」

「そうだ。彼女のためにも……学校のためにもな」


先生は少し苦虫を噛んだような表情でそう言った。


「ん?でも私……」


私はふと思い出して両手を閉じたり開いたりする。

私は泪のぬいぐるみに触れたことがあった。

というよりしょっちゅう触れている。

小学生のときは一緒にぬいぐるみ遊びをしたこともあるし泪の頭を撫でるのと一緒にぬいぐるみの頭も撫でていた。

けれど一度も嫌そうな顔をしたことがなかった。それどころか自分から渡してきたこともあった。


「私だけに、触らせてくれていたの?」


私はつい小さく言葉を溢した。


「それだけお前が桐原にとって大きな存在だってことだろう」


私の言葉を聞き取った先生はいつになく優しい声音でそう言った。


泣きそうになった


それだけ泪に心を開いてもらえていたのにそれだけ私は泪と親しくなれたのに、私はあんなに酷い言葉で泪を傷つけたんだ。


きっともう泪には信じてもらえない。

あのときと突き放すような泪の声がまだはっきりと耳に残っている。

きっと今までの関係に戻ることも、もう一度関係を作り直すことも許されない。


こんなときでも泪が一人になることを心配するよりも自分が泪といられなくなることばかり考えている自分が本当に憎らしく思えた。

きっと今私は酷い顔をしている。



「野牧、桐原はお前のことを待っている」

「へ?」


暗い闇のなかに沈みかけていた思考を慌てて浮上させる。


「桐原はお前がまた側にいてくれるのを待っているんだと言ったんだ」

「う」

「『嘘だ』とでも言うのか?喧嘩くらいで野牧と絶好するなんて本気で言うと思うか?」

「くらいって!!」


つい声を荒げてしまう。

私がしたことは喧嘩くらいなんて、そんなものじゃなかった。

喧嘩どころか私が一方的に傷つけた。

けれど先生は落ち着いたまま。


「桐原はそんなことを言うと思うか?」

「いいえ」


私は答えた。

知ってる。それくらい知ってる。

だけど私の罪悪感がそれを許さない。

私は酷い事をした。

私は怖い。何が怖い?


「先生、私、怖いんです」



私はすっかり弱気になって言った。

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