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線香花火と夏の月

作者: 舞島 慎

 それは、夏祭りの余韻か。



 この街の夏祭りは、所謂盆踊りがメインであるが、自分達にとっては出店のほうがメインだと思う。

 色気よりも食い気、と断言はしないけれど、美味しそうに見えるのは雰囲気のなせるものなのか。

 聞き慣れたこの街独特の唄と太鼓の音を感じながら、美和は行き交う人々を眺めていた。

 その隣では、親友の麻衣がケータイをいじっている。

 中学一年からの付き合いの麻衣とは、高校は別々になってしまったが、それでも以前と変わることなく何かと心配してくれている。

 私って、そんなに頼りないかなぁ。

 たしかに、高校の友達にも天然扱いされているのは事実なんだけども。

「そういうところが、可愛いんだけどね」と言われるのだが、美和は納得できないでいた。


「お待たせー」

 声に振り向くと、両手にカキ氷を持った男子が二人。

 やはり中学からの友達の明と卓哉だ。

「ありがとー」

 美和は明からカキ氷を受け取ると、口に含んだ。

 うーん。冷たくて美味しい!

「なんか、毎年恒例だな」

「あは。そうだね」

 中学一年の時、麻衣と来たこの場所で同じように来ていたクラスメイトの二人をばったり会って、カキ氷を食べた。

 それから毎年、同じように食べている。高校に入って学校はばらばらになったけれど、やっぱりこうして食べている。

 まぁ、時々会って遊んだりもしているけどね。

「五年連続、だな」

 はやばやと完食した卓哉がゆっくりと呟いた。


 五年、か。私が想いはじめてからも、それくらいになるのか。


 美和は溶けたカキ氷を飲みながら、向かいの明の顔を見た。

 背、伸びたよね。見上げるようになっちゃったし。

 ちょっと落ち着いた感じも出てきたかな。

 そんなことを考えながら見ていると、不意に明と視線が重なった。

 美和は一瞬どきりとしたが、明はいつもの微笑を浮かべていた。

 いつもの笑顔。私の好きな笑顔だ。



「さて、次行こうぜ」

 卓哉に促がされて連れ立って歩く。

 お決まりの屋台を見て歩き、食べ歩く。それでも一時間程度で回り終わってしまう。所詮、小さな街のイベントだ。


「どうする? 帰る?」

「いつも思うけど、何か物足りないよね?」

「そうだね」

 卓哉と麻衣の言葉に、美和も同意を示す。

 たまには違う事したいよね。

「んじゃさ、花火しようぜ」

「賛成! どこでする?」

「ここから近いのはウチだな。ウチでやろう」

「んじゃ、コンビニ寄って卓哉んちだな」

「そうだな。行きますか」

 四人並んで祭りの会場を後にした。



              *


 卓哉の家は祭りの会場から歩いて十五分ほどだ。

 男子二人は自転車で来ている。美和と麻衣は歩きだ。

 ちなみに麻衣と卓哉は小学校から一緒で、家もさほど遠くない。

 卓哉の家は普通の一軒家で、家の前に車三台分ほどのスペースがある。また、道路の向かいは休耕地というのどかな場所だ。


「よし。始めるか!」

 卓哉が一度家に入り、バケツとろうそく、ライターを持ってきた。

 休耕地の畑に入り込むと、さっそく卓哉が手持ち花火に点火する。

 手元から火花が瞬く。

「おー。夏っぽい!」

 麻衣がはしゃいだ声を上げながら同じように火を点けると、それに明と美和も続いた。

 それぞれの手先から、色とりどりの花が咲く。

 火花が人に向かないように動かしてみる。

 光の軌跡が煙を残して消えていく。

 二本目。三本目と続けて点けていく。

 麻衣は両手に一本ずつ花火を持っていた。

 そんな麻衣がくるりと回ると、軌跡と共に彼女のポニーテールが円を描いた。

 煙と共に届く、火薬の匂い。

 これも、夏の香りなのかもね。

 美和が八の字に動かした軌跡も同じように消えていく。


 次々と点火し眺めているうちに、手持ち花火は底を尽いた。

「まだコレがある」

 そう言って卓哉は地面に小さな箱を置き、火を点ける。

 少しの間をおいて、小箱から火花が噴きあがった。

「おー。久々に見るな」

「うん。きれーい!」

 美和は明の隣に立って花火を見つめる。

 こういうシーンは別にドキドキしない。後になって思い返すとドキドキが止まらなくなる。

 なんだろ。感情の伝達速度が遅いのかな。

「美和」

「ふぇ? なに?」

 不意に明に呼ばれて声が裏返ってしまう。

 思わず明の顔を見るが、彼の視線は花火に向いていた。

「明くん?」

「いつ、髪切ったんだ?」

「うん? 夏休みに入ってからだよ。夏らしく、と思ったんだけど?」

 ショートにしたのは二年ぶり。高校に入ってからは初めてだ。

「変かな?」

「いや、いいと思うよ。久しぶりに見たけど、個人的にはショートの方がいいと思うな」

 いいと思う。その言葉が耳に残った。

 夜でよかった。昼間だったら顔色がバレたかもしれない。

 時々はちゃんと反応するのね。

 美和が小さく息を吐いた頃、花火が燃え尽きたようだ。

「これで終わり?」

 明が燃え尽きた小箱をバケツへと放り込む。

「締めと言えば、コレでしょ?」

 笑顔で答えた麻衣の手に握られているのは、線香花火の束だ。

「夏らしく、だね」

 日本人は侘び寂びを重んじるという。大きな華もいいけれど、こういう小さな花もいいものだ。

「よし。じゃ、点けよう」

 それぞれに手渡され火を点ける。

 ちりちりと静かに光が瞬く。

 美和も咲いては消える花を見つめていた。

 ちょっとだけ激しく咲くと、勢いは衰えていく。

 そして小さな灯火となり、ぽとりと落ちた。

「じゃ、ラスト一本」

 再び線香花火が手渡される。

「線香花火がさ、落ちずに消えると願い事が叶う、って言うよね?」

「でも、見たことないな」

「そうだね」

 たいてい、ぽとりと落ちてしまう。

 これも都市伝説の一つじゃないのかなぁ。

「じゃ、皆で願いながらやろうぜ」

 四人で車座になり点火する。

 わずかにタイミングをずらし、きらめく四つの花。

 一本とはまた違った鮮やかな姿を見せる。

 それぞれが一枚の花弁であり、一つの花を形作る。

 煙で少しだけボヤけた感が、より綺麗に見える。

 美和がちょっとだけ視線を皆に向けると、三人とも花火を見つめていた。


 願い事。私の気持ちが、彼に届きますように……。


 花火の勢いはあっという間に弱まり、先端に粒が出来る。

 落ちないで!

 持つ手を固定したまま心の中で叫ぶ。

 力を振り絞るように赤い光は数回点滅を繰り返し、そして――。

「……あ」

 ゆっくりと落ちて、影に消えた。

「あー。落ちちゃったぁ」

「やっぱり落ちるよなぁ」

「無理だよ」

 他の三人からも残念そうな声が上がる。

「でも楽しかったぁ」

「そうだな。久しぶりに花火したしな」

 今度は大輪の華が見たいかも。

 美和が夜空を見上げると、月がぼんやりと輝いていた。



               *


「またね。バイバイ」

 家が近いということで卓哉が麻衣を送っていき、美和は明の自転車の後ろに乗った。

 本当は二人乗りはダメなんだけどね。

 掴んだ明の肩はがっしりしていて、自転車をこぐ足も力強い。

 やっぱり男の子だなぁ。

 ぬるい夜風を感じながら、美和はそんなことを考えていた。

「美和?」

「ん? なに?」

「何、願ったの?」

「へ?」

 線香花火の時のこと、だろう。

「明くんは?」

「オレ? オレはさ……」

「待って。坂だね。降りようか?」

「いや、大丈夫」

 明は美和の申し出を断ると、ペダルをこぐ足に力を入れた。

 美和にしても、このまま会話を続けるわけにはいかない。

 明の気遣いに感謝しつつ、自分の体重を恨みながら彼の肩につかまっていた。




「さすがだね」

「大したことないさ」

 結局、明は一度も自転車を止めることなく、美和の家から歩いて十分ほどのコンビニにたどり着いた。

 彼にお礼だから、とジュースをおごり、美和の家に向かって歩き出す。

「何で、今日に限って坂のある道を選んだの?」

 いつもは違うルートを使う。ちょっと遠回りになるのだが。

「別に理由なんて無いよ?」

「そうなの?」

「ああ。強いて言えば、景気付け、かな」

 何のだろう。これから何かあるのだろうか。

 美和が考えていると、明が続けて口を開いた。

「来週末さ、二つ隣の町で花火大会あるんだけど、行かない?」

「え? 二つ隣町っていうと?」

「ウチの高校がある所なんだけど」

「あ、そっか」

 彼の高校は電車で二駅だったね。私はその一つ先だけど。

「麻衣や卓哉くんは?」

「アイツ等には言ってないよ」

 え? 私だけ?

 意外な展開にびっくりしたが、断る理由も無い。

「いいよ。行こうか」

「よかったー。サンキュ」

「こっちこそ、誘ってくれてありがと」

 お互いにクスリと笑う。


「あー、そうだ。向こうでオレの高校の友達に見つかる可能性あるんだけどさぁ」

「そうだろうね」

 まぁありがちなシチュエーションだろうね。

「中学の頃の事は黙ってて欲しい、とか?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

 明は片手でハンドルを握りつつ、もう片方の手で頭をかいた。

「んじゃ、なあに?」

 言いよどむ明も珍しいなと、美和は思った。

「向こうで友達に会ったらさ、彼女だ、って紹介したいんだけど、いい?」

「なーんだ。そんなこと……ええ?」

 さらりと紡がれた言葉に咄嗟の反応が出来ず、ワンテンポ遅れた。

 ついでにその瞬間に美和の足も止まっていた。

「それって……どういう……」

 彼女って、そういう関係、ってこと?

 私が? 彼の?

 え? でも、それって……。


 頭の中の混乱のせいか、美和は言葉が続かない。

 そんな美和に、明が追い打ちをかけるように続ける。

「美和。好きだ。オレと付き合ってください」

「ええ?」

 思いがけない展開に、美和の頭はオーバーヒート寸前だ。


 答えなきゃ! 彼の言葉に。

 伝えなきゃ! 自分の気持ちを。


 だが、耳から入った言葉がぐるぐると頭の中を回り、制御できない。

「あ、明くん。その……私……」

「ダメ……か?」

 明の低い声が聞こえた。


 違う! そうじゃない!

 私は、私は!


 自分の目から涙が溢れるのが分かる。

 もう、無理!

 美和は明の胸に飛び込んだ。

「うわっと」

 明は片手に自転車を、片手に美和の体を支える。

「ごめん……嬉しくて……」

「そっか……」

 その一言が、精一杯だった。



 時間にして、ニ、三分か。

 美和は落ち着いて顔を上げた。

 目の前に、明のいつもの微笑みが浮かんでいた。

 ここが道端であることを思い出し、慌てて離れる。

「大丈夫。誰も通ってないから」

「よかった……」

 いつもと違い、感情が先走ったみたい。

 美和は軽く息を吐いてから、明に問いかけた。

「本当に、私でいいの?」

「ああ。美和に、彼女になって欲しい」

 明は真っ直ぐ美和の目を見て答える。

 生活道路の片隅で、明かりも街灯だけという状況。

 ロマンチックの欠片もないけれど。

 そんなの、いらないもん。

「私も……明くんが好き」

「うん。さっきので分かったよ」

「あ、う……」

 言われてさらに顔が熱くなる。

「美和。今までどおり、いや、今まで以上にそばにいてくれ」

「うん。分かった。そばに、いるね」

 距離は大きく縮まった。あとはゆっくり詰めていこう。

「それじゃ、帰ろ?」

 明が美和の手を握る。

 ただそれだけなのに、すごくドキドキする。

 こうならないよう、無意識に抑えこんでたのかもしれないな。

 言葉は無く、ただ歩いていく。美和の家まで、五分もかからないけれど。



「じゃ、またな?」

 家の前で手が離される。その温もりが愛しく、寂しい。

 自然と涙がひとすじ、美和の頬を伝った。

「美和……」

「ごめんね? 嬉しいのと、寂しいのと両方で……」

「大丈夫。すぐ会える」

 明はそう言いながら、美和の頭をなでる。

「うん。大丈夫」

 美和は涙をぬぐって微笑んでみせる。

「うん。その笑顔が一番だ。んじゃな」

「バイバイ」

 明は手を振ると自転車をこぎ出した。

 やっぱり寂しい。でも、仕方ないよね。

 また涙が出そうになり、美和は慌てて空を見上げる。

 月明かりがにじんで、花のように見えた。


 そうだ。明日、浴衣買いに行こう。

 他の誰でもなく、彼のために。


 そういえば、彼の願い事は何だったんだろう。

 後で聞いてみよう。

『私の願い、叶ったよ』と言って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 非常に高い完成度。おもしろかったです [一言] 初めまして、だいたい読み専門の毛玉です うん、面白かったです。俺の場合は起承転結も全然書けないんで、参考にさせていただきます(笑) ただ、悪…
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