俺の世界は
俺の世界は殆どが赤色と青色、基本は白色が占めていた。
赤は逃げ惑う野郎を潰す時とかに流れる血の色。
血生臭い臭いは当の昔に慣れた。
何時から喧嘩を始めたのかさえ、とっくの昔に忘れた。
俺はただ、暴れたいだけだ。
ジッとしてるなんて、体が根本から腐っちまうみたいで耐えられねぇ。
何も考えず、今日も売られた喧嘩を全て買う。
それだけで俺は満たされる。
「もう、許してください…。」
「知らね。」
目の前の奴が持っていた釘が埋め込まれてるバットを両手で振り下ろした。
躊躇わず、全体重をバットに込めるように。
真っ直ぐ、名前も知らないボロボロの奴の頭目掛けて。
「助け」
ドサッ
廊下から校舎裏を見ていた女子が何かを落とした。
汚れた顔で女子の方を向けば、向こうは一目散に走った。
不良(俺)に顔を知られる前に、全速力で。
「つまんねぇ。」
逃げた野郎に特に興味は無く、周りに散らばった奴らの一つにバットを放り投げた。
背中に当たったけど、気絶してんのか無反応に終わる。
今回は手応えがなかった。
いや、今回も、か。
みんなみんな弱っちい。
張り合いがねぇ。
まるでサンドバッグがわざわざ自分から殴られにくるようだ。
そろそろ教師が現れそうだな。
何も面白いことねぇし、あの家に帰っか。
踵を返し、人間を踏みながら歩いていると、
「おーい、田中太郎。」
偽名を呼ばれた。
怠いし面倒いが顔を上げると、予想通り見知った奴がいた。
窓から身を乗り出して手を左右に大きく振ってるアイツ。
青く染めた髪は空のようだ。
アイツの後ろにいる奴は海のような青色に染めていて、俺に小さく頭を下げて挨拶をする。
一応同級生らしい。
クラスに一度も行ってねぇからよくわかんね。
奴らの名前は教えられた気はするが、忘れた。
なので髪の色で名前を呼ぶ。
「空、何か用か?」
「今日俺らゲーセン行くけど田中太郎はどーする?」
「パス。今日はもう帰る。」
「あの方から呼び出しですか?」
「違う。暇だから帰る。」
「じゃーゲーセン行こうよー。」
「財布持ってねぇし。」
コイツらと何時からつるんでるのかと聞かれても記憶にない。
気付いたら二人がまとわりついていた。
煩い空に比べて海は静かだ。
正反対の性格だけど、何故かツーショットしか観たことがない。
空の後ろに海は必ずいる。
そこが海の定位置のように、必ず立っている。
二人がどういう関係かはさほど興味ないが、不思議に思う。
そんな些細な疑問。
暫く粘る空だったが、最終的に唇を尖らせて拗ね始めた。
そんな顔をしても気持ちは揺るがない。
俺は自宅に帰る。
「じゃあな。」
「えぇーー田中太郎マジで帰んの!?」
「お気をつけて。また明日。」
「ちょっと海も引き止めてよ!田中太郎を簡単に帰すなよな!!」
「無理矢理する理由がありませんので。」
「わからず屋ー!!」
上でギャーギャー言っているが無視しとこう。
後は海が何とかするさ。
俺の世界にいる青に背を向け、さっさと学校から抜け出した。
「田中太郎バイバァーイ!!!」
相変わらず切り替えが早い奴だ。
偽名を叫ぶ奴の声を背に校門から遠ざかった。
取り敢えず、シャワー浴びたい。
―――
誰もいない一軒家の鍵を開けて玄関に入る。
帰宅ナウ。
真っ直ぐ浴室に向かいながら、廊下に衣服を脱ぎ捨てる。
顔にも汚い赤がついてるけど気にしない。
シャワーで落とすし。
無傷だし、心配の種はないな。
「サッパリしたぁ。」
リビングにある白いソファに体を沈める。
白い壁紙に白い家具ばかり。
花瓶に添えられた花だって白百合。
扉と額縁の薄茶くらいしか他の色はない。
今の俺だって、髪やワイシャツは白。
あの人は白色が好きだから、黒だった髪は脱色された。
特に抵抗や拒否する理由もないから白にされた。
「このままボケェっとしていれば、この部屋に溶け込みそう。」
あの人が帰るまで、一寝入り。
今日も何時もの時間帯に帰ってくんのかな。
時間に律儀な人だからそうだろうな。
疲れた顔してため息を一つ。
仕事鞄を机の上に適当に置いて、俺の頬を叩いて俺を眠りから起こす。
覚めた俺の肩に額を押し付けて、ポツリポツリと愚痴を零す。
俺は黙ってあの人のスーツを脱がしてって、長い髪を優しく撫でてやる。
あの人が求めてきたら応えて、寝たそうだったらシャワーに連れてって。
濡れた髪をベットの上で拭いて、あの人が寝るまで添い寝をする。
一人で眠るのが苦手だから、俺はずっと起きてないと。
それが当たり前になったのも、もう忘れた。
俺のこの小さな世界は、白が基準。
この白が主導権を握っているけど、この白が一番力が弱い。
強い部類の俺が従う訳は、俺があの人に買われた所持品だから。
戸籍も、名前も、年齢だってあの人が決めた。
性別以外は全て金で決定された。
俺はそういう生き物だ。
あの人の命令は絶対で、弱くても従順に言われたことを守る犬。
あの人に『怪我をするな』と言われれば、かすり傷一つつけない。
あの人が『負けるな』と口にすれば、必ず勝利を治める。
あの人に『起きてて』と頼まれれば、あの人が『寝てもいい』と言うまで何日でも徹夜する。
あの人が『本名を他に呼ばせるな』と命令すれば、俺は『田中太郎』になる。
本名はあの人だけが知る。
小さな声で呼ばれると、柄にもなく嬉しいと思う。
ガチャ
あ、帰ってきた。
おかえりなさい。
俺が体を起こすと、あの人は俺の想像通りに鞄を机の上に放り投げた。
ソファに腰掛けて自分の膝を叩く。
「千種、おいで。」
ほら、こんなに幸せ。
犬のようにあの人の膝の上に寝そべって、顎を撫でられる。
髪をくしゃくしゃにされて、顔を上げると額にキスを落とされた。
怪我をしてないか確かめるように頬を両手で包まれ、目をジッと見詰められる。
俺も見詰め返す。
日本人特有の茶色い瞳。
俺と同じ目。
「今日も暴れたの?」
「うん。」
「怪我は?」
「してたら帰ってない。」
「いい子。」
「だろ。」
この人の名前は教えられてないけど、この人が俺の世界の中心。
俺の世界は小さいけれど、これが俺の全て。