第7話『欲動』
アーレス 魔法使い パーティー内での年長者
ドルゲン 戦士 元戦災孤児
リリカ 僧侶 聖女カイラの血をひく
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リリカの両手から放出された清い魔力が『聖女の幸玉』に注がれた。するとただの丸い石だった幸玉が、徐々に白く発光し、辺りを照らしていった。
リリカの顔にも、幸玉の光が照りつけられる。彼女は、光の中に慈悲深い温もりを感じ取っていた。本能的にそれが『聖女カイラ』の心だということが分かった。
「素晴らしい……。これが、『聖女の幸玉』の光!!」
そう叫んだアーレスの顔面は、完全に崩壊している。見開いた両目は血走り、口角を極限まで引き上げ、歯茎を全部見せて笑っている。強欲の権化のような顔をしていた。
「さあ、リリカさん。『聖女の幸玉』をこちらへ!」
「せ……? 先生……」
リリカの知るアーレスでは無かった。
「あんた、なんて顔をしてるんだ……」
ドルゲンが思わず漏らした。
アーレスは邪悪を貼り付けた顔のまま、「さあ、さあ」とリリカに迫る。
リリカは『聖女の幸玉』を隠すように抱えたまま、後ずさりする。
「埒があきませんね……」
アーレスが消えた。しかしその直後、リリカの目前に突然現れた。
怯むリリカ。アーレスはお構いなしに手を伸ばし、彼女から『聖女の幸玉』をぶん取った。
「さあ、『聖女の幸玉』よ! 私の願いを聞きなさい! 今こそ世界中の人々を、私の信徒にするのです!!」
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「おい……先生。あんた今なんて!」
ドルゲンが慌ててアーレスに聞いた。リリカも一緒に訴える。
「先生は、魔王を倒すために『聖女の幸玉』を取りに来たんじゃないんですか!」
二人の声が空を切る。彼には、二人の声など興味がない。
「おかしい……なにも起こらないではないか……」と、アーレスは独り言のように呟いた。
「やはり、『聖女カイラ』の血筋でないと使いこなせないのか……」
顎に手を置き、ブツブツと独り言を続けたあと、リリカの方をじろりと見た。
「リリカさん。私の願いを叶えてくれませんか?」
そう言って、リリカの手の中に『聖女の幸玉』を押し戻した。
「あなたがこの『聖女の幸玉』を使用して、世界中の人間が、私の信徒になるように呼びかけてほしいのです」
「嫌です……」
「どうしてですか?」
「そんなの無理です!」
「先生、分かんだろ……。魔王を倒すために聖女の幸玉が必要と言われたから、リリカはあんたに協力したんだ」
ドルゲンは沸々とした怒りを抑えながらも、アーレスに向かって感情をぶつけた。
「ドルゲンくん、私はなにも魔王を倒さないとは言っていませんよ。信徒たちを使って、魔王を倒せば良いじゃないですか」
「なにを言ってんだよ……。あんた狂ってるよ!」
ドルゲンは唇を噛んだ。目の前には知らない男が立っている。目を血走らせ、涎を垂らしながら欲望に赴くまま行動する、ただの中年。それが今のアーレスだ。優しくて博識。そんな父親のような存在だったアーレスは、もういない。
(やる、しかないのか……)
ドルゲンはもう、背負っている銀の斧に意識を向けるしかなくなった。
リリカは小刻みに声を震わせながら、硬直した表情で、アーレスに詰め寄る。
「先生は言いましたよね。魔王の力を封じ込めるために、『聖女の幸玉』が必要だと」
「はい」
「だったら、どうしてですか!」
「あのねリリカさん。考えてみてください。魔王を倒すためだけに、その力を使うのはもったいないでしょう」
アーレスはリリカの顔など見ていない。目線の先にはずっと『聖女の幸玉』がある。
「信徒を増やせば、何億人もの力で簡単に魔王を倒せますよ」
「それでは普通に生活している方まで傷ついてしまいます!」
「まあ、そうなるでしょうね。しかしそれは、世界を平和にするために必要な犠牲ですよ……」
「そんなの嫌です!」
「俺も反対だ!」
アーレスは、大きなため息を吐いた。
「頭が堅い人たちですね……」
そのまま彼は、面倒臭そうに説明を続ける。
「信徒が増えれば、私とパーティーを組んでいるあなたたちも幹部のポジションです。世界の上に立てるのですよ」
「そんなの望んでいません!」
「俺もだ!」
「望もうが望まないが、周りが上の立場に押し上げてくれます。お金も名誉も勝手に付いてまわるのですよ」
「いい加減にしてくれ! 俺もリリカもあんただから付いてきたんだ!」
「先生は不幸な境遇のわたしたちを拾ってくれましたよね! わたしもドルゲンさんも、先生に恩を感じているから一緒にいるんです!」
「そんな事を今持ち出しますか……」
「おい、そんな事って! 命の恩人に恩義を感じちゃダメなのかよ!」
アーレスは淡々と述べる。
「あなたたちは捨てられていました。私はそれを拾いあげ、再利用したまでですよ」
「なっ……!!」
ドルゲンは絶句し、リリカは「ひどいです!」と涙を浮かべた。
「さあ、リリカさん早く! これは、世界のための仕事です!」
「この期に及んで……」
ドルゲンは呟き、自分の左頬にある大きな傷に触れた。
一瞬目を瞑った。
七年前──
森でオークに襲われたとき、とっさにアーレスを庇った時に出来た傷だ。
「ドルゲンくん、大丈夫ですか!」
アーレスは、あの時心配そうな表情を浮かべてくれていた。
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ドルゲンは、再び目を開いた。
「あの時、心配してくれたのも嘘なのか……」
ドルゲンは、銀の斧を構えた。
アーレスの目が据わった。
「ドルゲンくん……。あなた、自分がなにをやっているのか分かっていますか?」
「ああ、俺があんたを正すよ」
「冗談……という目はしていませんね」
「俺が元に戻してやるよ! 先生!」
ドルゲンが銀の斧を抱えたまま、アーレスに突撃する。アーレスも無言で魔法の杖を構えた。
「ドルゲンさん、それは止めて!」
リリカが慌てた様子で叫んだ。しかしドルゲンは止まらない。間合いを詰め、アーレスの前で、銀の斧を振り上げる。
アーレスが薄く笑い、消えた。直後、高熱に包まれた。
「うわあああ!!」
ドルゲンの背中を炎が焼いた。
瞬間移動魔法──
ドルゲンの背後に現れたアーレスが、彼の至近距離で炎魔法を放ったのだ。
「先生、やめてください!」
リリカが訴えるも、アーレスは冷たく「正当防衛です」と言った。
ドルゲンは振り返りざまに銀の斧を薙いだが、アーレスはまた瞬間移動魔法で回避。
気づいた時には、アーレスは離れた場所に立っている。
「まだやりますか? そもそも近接戦闘向きのあなたに、魔法は相性が悪い」
「まだ……やりますよ」
アーレスはドルゲンの真っ直ぐな視線に、舌打ちをした。
(この反抗的な目。あいつにそっくりだ……)
「──そうですか。それでは優秀な仲間を、またひとり失うことになりますね」
アーレスは口角をいっぱい上げ、妖しく笑った。
「それがあんたの本性かよ!!」
ドルゲンはぶち切れ、駆けた。
「煩いですね……あなたはもう、ジッとしておいてください」
アーレスは魔法の杖を振るった。
大きな植物のツルが、何本も床を突き抜け飛び出す。それらが伸び、ドルゲンを即座に捕縛。彼は銀の斧を床に落としてしまった。
「くそっ……」
四肢を拘束されたドルゲンが、ジタバタする。
「さあ、リリカさん! 話をしましょうか!」
リリカは首を横に振る。そのまま『聖女の幸玉』を抱き締め、走り出した。
「言うことを聞かないのなら、あなたを魔法で操ることも出来るのですよ!」
アーレスが魔法の杖を前に伸ばした。先端の宝石から、いくつもの黒い糸が放たれる。
(ダメっ……捕まる!)
リリカの背に、黒い糸が到達しようとした時だった──
光の剣が、黒い糸を断ち切った。
「なっ……何故あなたが……ここにいるのです!?」
アーレスは唖然とする。
「あなたはさっき、殺されたはずでしょう!」
アーレスは、ギリギリと奥歯を噛み締めたまま怒鳴りつけた。
一方、リリカの目からは涙が流れ、安堵の声でポツリと呟く。
「ラドクリフ……」
そこには、光に包まれた少年が立っている──
それはアンデッド化する前の、ラドクリフ少年であった。彼はリリカに強い眼差しを送り、無言で頷いた。
第8話に続く




