表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊不信者は幽霊暗殺屋  作者: 蜜傘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

五 布屋ノ表

人間は、人間として産まれ、人として生き、そして、人間として死ぬ。

人間には、見えるものと見えないものがある。

見えるもの。それは、信号機、ビル、スマホ、オムライス、コーヒー、スプーン、蝶、花、猫。

見えないもの。それは、空気、時間、音楽、価値、心、嘘、神様、幽霊。

人には、ミエル者とミエナイ者がいる。

ミエル者。それは、幽霊が見える者。

ミエナイ者。それは、幽霊が見えない者。


西見 友里恵 (にしみ ゆりえ)

案内人

藤井 杏丞 (ふじい きょうすけ)

 カチッカチッと何度スイッチを押しても、キッチンの照明はつかなかった。「あれ」

 仕方ないから、少し暗いキッチンで湯を沸かし、インスタントのドリップコーヒーをカップに引っ掛ける。時刻は、午前五時。

 母からの仕送りが来ていた頃は、その度にメモ書きが入っていた。『友里恵くんが風邪ひきませんように』『暑い日が続いていますが、おなかを出して寝ないでね』『たまには帰ってきてね』『シャインマスカットの良き保存方法』など、小さい用紙がいくつも重なって冷蔵庫に磁石で留まっていた。

 眠る観葉植物たちに水差しと霧吹きで潤いを与えて、日課の栽培ルームの設備点検と自動観察記録の確認を終えて、カーテンを開けたリビングで一息つく。カップから立ち込める透明な湯気からコーヒーの香りがした。

 西見は、ゆっくりと背伸びをした。「今日の天気は」

 「はい。今日の天気は、晴れ。気温は、二十八度前後。降水確率は、十パーセント」自動音声認識システムは小型の据え置き機器から応答した。

 「ニュース、なんかある」

 西見がそう言うと、リビングのモニターが自動でオンになった。画面では、ニュース番組が流れ始めた。

 猫舌はやっかいで、淹れたてのコーヒーを飲むのにはもう少し待たないといけない。

 広告の音楽を、あくび混じりに鼻歌でうたう。

 次に切り替わった広告を見て、ようやく飲めたコーヒーを吹き出した。

 健康食品青汁の広告。実感と商品の感想を伝える人に紛れて、()()()は写った。いつもの聞きなれた低音で、名前は『案内人』となっていた。

 「仕事だ」

 画面はすぐに切り替わり、青汁の広告が続いた。

 今回は、映像広告での伝達だった。相変わらず、出没自在である。

 家のネットワークのアクセス権限を渡した覚えはない。ハッキング以外でこのモニターに映像を流すには、広告会社の許諾とそれに伴う金もそこそこ動くであろう。いや、その場合そもそも広告会社を経由している時点で全世界に発信していることになる。したがって、個人的なモニターのみに発信したのか。テレビ電話をしていた記憶は、当然ない。

 よって、ハッキングが考えられる。しかし、あいつが機械を操作している姿を今の所見ていない。

 となると次に考えられるのは、第三者の関与。その謎の人物が、リアルタイムで俺周囲のハッキングを行い、俺個人への映像や音声の発信を担当している可能性。

 一応、ハッキングの痕跡がないか見て時間ができたら見ておくか。

 インターホンが鳴って、頼んでいたフィッシュバーガーセットが到着した。


 4


 ”「つきあたりに『たばこ』が見えたら、そこを右に行け。すぐ次を、左だ。

 煙突がたつ銭湯の向かい。そこが、布屋だ」”

 「施錠どころか、開けっ放しなのか」

 ”「なかは暗いが、入りなさい」”

 案内人に言われた言葉を思い出しながら到着した風通しのいい空き家の中は、大きめの机がいくつかと、二階へ続く階段、奥の部屋へ続く廊下しかなかった。物は少なく、人の気配はない。耳を澄ましてみても、自転車が店の前を通りすがる音と蝉の鳴き声が聞こえるだけだった。

 ”「地球儀がある机の前に立って、こういうんだ」”

 「ボタンを注文したい」

 西見の声は、誰もいない店内に(こだま)した。

 ”「ゆっくり二つ数えてから、引き出しにしまってある伝票用紙を一枚切り取って机の上に出すんだ。ペンも借りなさい。

 伝票にはいろいろと記入欄があるが、何も書くな。裏側の白紙に、これだけ書け」”

 『黒地 金縁』

 西見はペンをおいて、「模様は任せる。特注で」とにっこり笑った。言われた通りだった。

 ”「伝票はそのままでいい。時計の針が三周するまで、店内を見て待て。

 ただし、奥の部屋には行くな。

 時間がきたら、最初の机の前に戻る。

 伝票用紙が机の上からなくなっていたら、こう言え」”

 「いつまでも待つ」一呼吸おいてから、「そういうなよ。相棒」と西見は言った。

 ”「持たせたものを机に置け」”

 西見は造花を一輪と、少し空間をあけて、金が入った金袋を机に置いた。

 ”「時計の針が四周するまで、もう一度店内を見て待つんだ。

 時間がきたら、机の上のものを回収して礼を言って店を出ろ。

 依頼に向かえ。それだけだ。

 うまくやれ」”

 「ありがとう」

 机の上にそのままになっている造花と、金袋を回収して西見は店を出た。


 店を出ると、潮風に乗せられて海の匂いがした。

 来た道を歩きながら、ポケットから端末を取り出す。

 端末画面上の検索欄に、依頼に必要な情報を打ち込んでいく。

 二階につながる階段下物置。

 『車椅子使用歴 あり』

 『爬虫類?魚?飼育歴 あり』

 受付うしろの棚に、トロフィー。

 『一九七二年第二十四回青葉台地区カラオケ大会 銀賞』

 デスクマット下に、観光地を背景にした写真複数。

 『国内外問わず旅行歴 多々』

 受付引き出しの中。

 『同じ酒場のレシート 複数』

 『酒場の場所 駒部町』

 『船の国家資格免許 あり』

 『本名 帽田祥平(ぼうだ しょうへい)

 「それと、認知症治療薬服用歴 あり、と」

 打ち込み終わると、『一括送信』をタップした。

 とは言っても、本当に来るのだろうか。

 確かに、言われた通りの時刻に、地球儀が乗った机から伝票は無くなっていた。

 しかし、風で吹き飛ばされた可能性だって十分にある。

 今回、机にはボタンの代金として、造花と、金を提示したが、時刻になっても、その二つに移動や消失は見られなかった。

 つまり、今回の購買で店主が代金で選択したのは、それ以外ということになる。

 ボタンの代金として店主が選択したのは、亡者の殺しだ。

 では、誰を?

 ここからはいつも通り、端末のAIに任せよう。


 漁港は、歩いてすぐのところにあった。

 波止場には数(そう)の船が、深緑色の水面に揺られていた。

 漁船同士がぶつかる音に耳を傾けながら、先端まで歩いたところでポケットの端末が鳴った。

 通知は、『検索結果』。

 結果項目の二つ目には、『暗殺目標』という文字。

 じっくりと内容に目を通すと、時計を確認した。

 時刻は、十九時前。予定時刻まで、まだ余裕がある。

 思い立ったように、西見は急足で町のほうに戻って行った。

 しばらくして再び波止場にきた西見は、近くのコンビニで買ってきたハイボール缶を開けて嬉しそうに飲んだ。

 「シンプルに、最高か」絞り出したような声で呟くと、コンクリートの地面に座って、スナック菓子を広げた。「もうすでに、楽しいもんね。俺は」

 水平線に落ちていく夕日を眺めながら西見がご機嫌に鼻歌を歌っていたら、女性に後ろから声をかけられた。

 振り返ると、年配の女性が一人、ビニール袋を片手に持って立っていた。

 「おにいちゃん。これ、どうぞ」差し出されたのは、使い捨ての透明プラスチック容器に入ったさかなの刺身だった。「一人暮らしのお夕飯には多かったから、よかったら召し上がって」

 「え!いいの?」

 「もちろんよ」

 それだけ言って、腰の曲がった女性は町のほうへ去っていった。

 添えてあった醤油をかけて、刺身を口に運んだ。

 「一人暮らしか」

 そうこぼしたのは、女性の左手の薬指には指輪があったからだった。

 西見はまた遠くのほうを見て、物思いにふけた。

 黄昏時の夕日が、どこか寂しい気がした。

 さかなには詳しくなかった。それでも、何のさかななのかもわからない刺身を食べて、今日はいい日だと西見は思った。


 二十一時ちょうどなって、店頭の暖簾(のれん)は取り替えられた。

 暖簾は、『湯』から『飯』に変わった。

 広い駐車場には車が十台ほどまだあって、向かっていく家族連れもいれば、降りてくるカップルもいた。

 『青葉台温泉』の照明看板の下で煙草を吸い終えると、西見は暖簾をくぐった。

 受付で、本日の温泉の営業時間は終了したことの案内を受け、靴箱のキーと交換にナンバータグを受け取った。

 白いタオルを首にかけてテレビを見ている人や、扇風機の風を浴びながら牛乳を飲む人がいた。

 温泉の入口には『清掃中』の表示パネルが立っていて、パラパラと中から出てくる人がいた。

 ガラスケースのなかの食品サンプルを眺めて、『御食事あんてら』の置き看板の食堂に入った。

 見渡すと食堂の席は全て座敷で、それぞれの席でそれぞれの食事の時間を過ごしていた。

 「いらっしゃいませー」

 店員が忙しなく出入りするキッチンの隣に、奥へ続く廊下があった。そのすぐそばに、トイレを示すプレートが見えた。

 西見は、そこに最も近い席に座った。『②』のステッカーが貼られたテーブルだった。

 店員が来るのを待つ間、トイレから出てきた男性が西見の座ったテーブルを横切った。

 浴衣にエプロンを着た女性店員は、備え付けのタブレットに西見のタグのナンバーを入力した。

 「ご注文は、タッチパネルにて承ります。お会計は、お帰りの際に受付でのお支払いになります。何かお困りの際は、ベルでお知らせください」慣れた口調の店員は、水が入ったグラスとピッチャーをテーブルに置きながら、西見に言った。「ごゆっくりどうぞー」

 タッチパネルには、注文画面より先に『食堂内全席禁煙』の文字と注意喚起が表れた。

 注文したビールと枝豆を運んできた男性店員に、西見は尋ねた。

 「すみません。煙草が吸えるところはありますか?」

 「申し訳ございません。食堂内全席禁煙となっております。喫煙の際は店から一度出てもらいまして、通路左突き当たりの施設内喫煙所をご利用ください」

 煙草の匂いがする店員を見送ると、西見は大画面モニターに流れるバラエティー番組を見ながら()()()を待った。

 時刻が二十三時になると、店員は客が座っている席にラストオーダーを取ってまわった。

 西見は、梅酒を注文してトイレに立った。

 男性用トイレの扉を開け、スリッパを履いて中に入る。隅の掃除用具ロッカーの横には、入口とは別の扉があった。扉付近のタイル床には、所々土が付いていた。

 ドアノブに手をかけ開いた先は、外だった。

 目の前には、暗い森が広がっていた。建物の裏側になるこの出入り口は、施設内の光が漏れることもなく、道路にも面していないため街灯の光もなかった。

 自動センサーでライトが点灯し、すぐとなりに水のたまった灰皿スタンドが現れた。

 西見の思った通りだった。

 ここは、おそらく従業員が使用する喫煙所。ただ、ここの場所を知っている常連客もなかにはいるようだ。トイレから出てくる男客の何人かは、煙草の匂いがした。

 そっと扉を閉めると、ポケットから煙草を取り出し煙をふかした。煙は、闇に溶けては消えた。

 「相変わらず、暑いな」

 西見は、西見以外に誰もいない喫煙所で言った。

 鈴虫の鳴く声に重なって、遠くの駐車場で車が砂利の上を動き出した音が聞こえた。

 ライトの光に、一匹の蛾が寄せられて飛んでいた。

 「ったく、あいつにはかなわねぇな」

 それから西見は、静かな喫煙所で一人、友人の話をした。

 中学の話、大学の話。勉強が苦手でも人を笑わす天才がいる話、人見知りだからって親父ギャグを練習してる人の話、歌を歌うのが苦手だけどカラオケに行きたいからって替え歌と合いの手の動画ばっかり見てる人の話。種のない鉢植えに水をかける人の話。

 生暖かい空気を思い切り吸って、空に吐き出した。

 「謝りたいよな」

 見上げた空は晴れていて、紺碧の夜に夏の大三角形が煌めいていた。

 「謝れるなら、謝りたいよな」

 三本目の煙草の煙を吐いた西見が、森の木々が風で揺れる音を聞いた時だった。

 ふいに、酒の匂いがした。

 西見は何もない(くう)を手繰り寄せ、地面に倒し、馬乗りになる体勢になった。

 「これは、あなたの罪であり」服に忍ばせておいたシリンジを右手に滑らせ、口ですばやくシリンジキャップを外す。「友情だ」

 シリンジの針先を、目標(ターゲット)の首筋あたりに向けた。

 「さあ、悲劇と絶望を繰り返す人生に挨拶を」

 ーーただいま。

 シリンジは打たれた。

 ポケットで、端末が鳴った。

 シリンジを放り投げると、通知を確認した。『依頼達成』。

 西見は立ち上がって、時計を確認した。時刻は、二十三時半。施設閉店時間は、二十四時。

 注文した梅酒を思い出して急いで中に戻ろうとしたが、振り返ってじっと地面を見つめた。

 「見えねぇ」


 *


 「だめ!」

 暑い夏の日のことだった。

 乾いた土だけが入った植木鉢に花の種を埋めようとした西見に、藤井杏丞(ふじいきょうすけ)は言った。

 西見は、手を止めた。

 「児島先生に許可はとった」

 四年生の家庭科の課題。今回は、観察日記だった。担当の児島先生は、困っているクラス生徒がいないか中庭を歩いて見て回っている。

 「だめ」

 「なんで?」

 「僕がだめって言ったらだめって言われなかった?」

 深くかぶった麦わら帽子は、藤井の表情(かお)に陰を落としていた。

 杏丞とろくに目を合わせて話したのは、これが初めてだった。

 「・・・。なんでここはだめなの?」

 「・・・だめなんだ」

 「だからなんで」

 そしたら杏丞、なんて言ったんだっけ。

 もう、覚えていないな。

『検索結果』

依頼人 亡者 帽田 祥平(ぼうだ しょうへい)

推測暗殺目標 亡者 門倉 俊一(かどくら しゅういち):詳細情報

推奨暗殺場所 あんてら内トイレ:詳細情報

推奨暗殺時刻 お盆期間二十三時:詳細情報

推奨暗殺方法 薬による蘇生

『各詳細情報』

あんてら:青葉台温泉(旧:青葉台銭湯)内食堂

お盆期間二十三時:食堂ラストオーダーの時刻 施設内入浴場閉鎖に伴い二十一時に食堂での飲酒が解放 毎年お盆期間目標は頻回して食堂を使用している目撃情報あり 食堂内最もトイレに近い二番テーブルでの使用が目撃情報うち約五十パーセント 時刻にトイレに立つ確率七十八パーセント 目標接近確率八十四パーセント

門倉 俊一:享年七十六歳老衰死 医師 地元青葉台でクリニック経営歴あり 地域住民とのトラブルにより地元から移動


購買人は、提供された商品やサービスへの代金をテーブルの上に提案する。

店主は、商品の代金を選択できる。

購買人によってテーブルに置かれる品は、造花と金が入った金袋。

では店主に提案する代金は、造花か金か。実はそうではない。

それは、人間が見える情報であるだけ。店主は、人間ではないかもしれない。

代金として提案されるのは、みっつ。

一つ目は、生者の殺し。

ふたつめは、亡者の殺し。

三つ目は、金。

このみっつの選択から、店主は代金を自由に選択する。

金を選ばなかった店主を、以降、依頼人と呼称する。依頼人は、最も恨む人間の殺しを依頼する。

それは生者でも、もしくは、亡者でも。

生者の殺しは簡単。暗殺するだけ。

でも亡者の殺しは、どうするか。亡者はその通り、もう死んでいる。

亡者を殺しは、蘇生だ。

生き返るんだ。人間として。

浴びせられるような悲劇と絶望を伴う豊かな人生を、また最初から始めてもらう。

そうだろ?この自殺願望で咲き乱れた世界で、亡者にとってそれが一番の殺しだろ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ