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幽霊不信者は幽霊暗殺屋  作者: 蜜傘


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1/5

一 紙屋ノ表

人間は、人間として産まれ、人として生き、そして、人間として死ぬ。

人間には、見えるものと見えないものがある。

見えるもの。それは、信号機、ビル、スマホ、オムライス、コーヒー、スプーン、蝶、花、猫。

見えないもの。それは、空気、時間、音楽、価値、心、嘘、神様、幽霊。

人には、ミエル者とミエナイ者がいる。

ミエル者。それは、幽霊が見える者。

ミエナイ者。それは、幽霊が見えない者。


西見 友里恵 (にしみ ゆりえ)

藤井 杏丞 (ふじい きょうすけ)

森崎 (もりざき)

楠見 (くすみ)

押切 (おしぎり)

案内人

 プロローグ


 毎日毎日、同じ時間に、土だけが入った植木鉢に水を撒く子がいた。

 中庭と卓球場の間、ちょうど陰になってるところに一つだけ植木鉢があって、ずっと何も咲かないなって思っていた。今思えば、何が咲くのか期待していたのかもしれない。

 だから最初、杏丞(きょうすけ)のことは変なやつだって認識だけだった。


 1


 「人間という生き物は、忘れる」だから今日の板書はノートにまとめておくようにと、先生が言ったところでチャイムが鳴った。

 「西見。カラオケ行こうぜ」

 西見友里恵(にしみゆりえ)の周りに、三人の男子が集まってきた。森崎(もりざき)と、楠見(くすみ)押切(おしぎり)だ。

 西見の腕時計の時刻は、午後一時をまわったところ。講義資料とペンケースをリュックにしまった。

 「わりぃ。今日、この後予定あんだわ」予定の時刻まで、あと三時間半弱。

 「なんだよ。つれねえなぁ」

 リュックを背負った西見は、廊下に出る直前、三人に振り返った。「またなー」

 「ちくしょー。また誘うからなー!」離れていく教室から森崎の声が聞こえた。


 ”「十字路を右に曲がったところ。紙屋はそこにある。

 なかは暗いが、入りなさい」”

 案内人から言われたことを、西見は思い出していた。

 何十年も前に閉めた小さな印刷所の引き戸はぎこちなく開いて、中はかびと埃と紙の古い匂いで充満していた。

 誰もいない。

 ”「入ったらすぐ左に机と椅子が二脚あるから、手前の低い丸椅子に座るんだ。

 奥の椅子は、空けておくように。

 座ったら、こう言いなさい」”

 「名刺を、二十枚お願いしたい。名前は、深留(ふかどめ)レオ。深い浅いの深いに、ボタンを留めるの留める。レオはそのまま、カタカナ」

 しんとした印刷所で、西見は二つ数えてから「いらない 」と言った。

 時計の針が三周とちょっとして、言われた通りの台詞(セリフ)を言った。

 「とおくから」

 ゆっくり五つ数えてから、言われた通りの台詞を言った。

 「言わないように、言われている」

 ゆっくり二つ数えてから、「知っているくせに」と言った。

 知っているくせに、と言ってから時計の針が四周したころ、言われた通り西見は椅子から立ち上がった。

 棚の陰になっていたところに、()()はあった。

 『深留レオ』、と印字された名刺を一枚一枚確認する。印字と枚数が注文とあっているか、否か。

 ”「確認が済んだら、礼を言って机の上にそいつを置け」”

 西見は前もって持たされた一輪の造花と、少し空間をあけて、金を詰めた金袋を置いた。

 ”「店主は、テーブルの上に置かれた品の中から一つだけ選ぶ。選ばれたものが、購入商品に対する代金だ。今回で言うと、名刺を作ってもらった代金だ。

 店主が代金を選ぶ間、それをみてはいけない。いいか。これは、マナーだ。

 その間、店もしくは部屋の中を探索するといい。きっと、ためになるだろう」”

 狭い通路には作業台の他に断裁機、棚にはびっしりと用紙や印刷インキが積まれていた。どれももう何年も使われずにそこにいて、これからもそこで時だけが過ぎていくのだろう。

 腐りかけた木造の床がしなっては、ギィッと音を立てる。

 奥の作業台には(から)のペン立てと点かない照明、引き出しには手帳や書類、定規やオイルが切れたライターが入っていて、壁掛けボードにはいくつか写真が画鋲でとまっていた。どれも昔のものだった。

 ”「金を置いてから時計の針が四周したら、テーブルの上を見ろ。

 造花を回収して帰宅するか、金を回収して次の依頼に従え。もしくは、造花と金の両方を回収して次の依頼に従え。

 それだけだ。

 うまくやれ」”

 時間になって、再び西見はテーブルの上を見た。テーブルには、造花と金袋がそのままになっていた。

 西見は、テーブルの上の造花と金袋を回収した。向かう先の目星はついた。

 時刻は、午後五時過ぎ。店から出ると、夕暮れを知らせる空があった。

 田舎の空は、よく見える。どこかからか焼き魚の匂いがして、腹が鳴った。

 足取りは軽く、適当な狭い路地裏に吸い込まれるように足を踏み入れた。

 テーブルの上に置いた品は、二つ。造花と、金。

 商品に対する代金の提案後、テーブルの上から無くなった品は、無し。

 つまり、今回の依頼は。

 ポケットから専用端末を取り出し、検索欄に必要なワードを打ち込んでいく。

 通帳から。

 『本名 浦辻洋介』

 オイル切れのライターから。

 『喫煙歴 有り』

 引き出しに入っていた複数のレシートと、壁に貼り付けられた写真。

 『行きつけのスナック 有り』

 『スナックにてマスターの娘?バイトスタッフ?とツーショ(ツーショット)の写真 有り』

 『最も新しい写真の日付 一八九〇年 一二月二三日』

 引き出しの複数の切符。

 『電車の回数切符複数 有り』

 『電車の回数切符行き先 二箇所分』

 『電車の回数切符行き先 古坂(ふるざか)駅』

 『電車の回数切符行き先 船戸水(ふなどみず)駅』

 手際よく端末に打ち込んでいく。端末の画面には、複数の項目が浮かび上がっていった。

 「おまけに銀行から引き落としが、百二十・・・と」

 端末の検索欄に項目を打ち込み終えると、『一括送信』をタップして再びポケットにしまった。

 路地裏を抜け、付近の飲食店を流し見しながら歩いた。

 リュックから先ほど購入した名刺を取り出し、ふと眺める。

 あの時、人の気配はしなかった。

 しかし言われていた時間にきっかりと、この商品はあった。

 店に入った瞬間から見える範囲のスペースは記憶したはずだが、確かにその時にはなかった。

 可能性として考えられるのは、気配を悟られないよう訓練された人物があの店に隠れていて、その人物があらかじめ準備していた名刺を時刻になって置いただけ。もしくは、単なる俺の記憶違いで最初から置かれていたか。

 後者か。

 西見が立ち止まったのは、赤い郵便ポストの前。

 リュックから出した一枚のハガキをポストに入れると、拍手を二回してから手を合わせて礼をした。当たりますように。

 賞金付きの間違い探しにハマってから数ヶ月になるが、未だなかなかに楽しませてくれる。

 郵便ポストの背後は、『さくま珈琲』の看板のレトロな喫茶店。

 ここか。雑誌に載ってたとこ。確か、去年オープンしたんだっけ。

 店内は満席で、フリルのついたエプロン姿のスタッフがにこやかにカップをテーブルに運んでいた。

 西見が入ろうとした矢先、ポケットの中で端末の通知音が鳴った。

 『検索結果』。

 表示画面の内容に一通り目を通す。それから、周囲の見渡した。

 黄色で点滅する信号機には、「東折(ひがしおり)町一丁目」とあった。


 二十時を知らせるアラームが鳴って、西見は読んでいた本に栞を挟んだ。

 簡単に身支度をして、いつも持ち歩くカバンに必要なものを入れた。

 最後に別室から持ってきたシリンジをケースから取り出し、針先の向きを慎重に確かめた。シリンジに、液体は入っていない。

 「よし」

 シリンジが入ったケースをカバンに入れて、依頼場所へ向かった。


 テーブルの上に置いた品は、造花と、金袋。

 テーブルの上に残されたのは、造花と、金袋。

 では、店主は何を代金としたか。

 今回の、依頼は。


 閉店後の喫茶店は、非常口を示す緑色のライトでぼんやりと明るかった。

 信号機の点滅と不規則な長い間隔で通る自動車のライトがなければ、足元もろくに見えないだろう。

 西見は真新しい革のソファに腰掛けて、煙草をふかした。暗闇の中を、白い煙が彷徨っては消える。

 「調子はどうだい?」

 西見の声が、スタッフも客もいない店内にひっそりと(こだま)した。

 しばらくして、西見は持っていたビニール袋から酒の缶を二本取り出した。道中のコンビニで調達したものだ。

 カシュッと音を立てて開けた酒を飲み、ゆっくりとカウンター席に目を移した。

 レトロな雰囲気のカウンター席には、メニュー表と古風なレジスターだけがあった。その背後には、さまざまな国と種類のコーヒー豆と茶葉が瓶の中で佇んでいた。

 「素敵な店だね。マスターのこだわりを感じるよ」

 西見は、カウンターを眺めながら言った。

 「海外のものも多いね。いやー、趣味を仕事にできることは羨ましい限りだよ」

 二本目の酒の缶を開けて、向かいのソファ側に少し離して置いた。備え付けの灰皿には、吸い殻が三本灰の中で転がっていた。

 そのあとも、しばらく西見は誰もいない店内で適当な話題を言い続けた。適当に話し続けて、適当に笑った。適当に笑いこけた。

 空いた酒の缶が六本と吸い殻が十本になったころ、時刻は二十二時に差し掛かろうとしていた。

 「いい夜だね。酒がうまいよ」

 頬を少し赤らめた西見は、宙に漂う十一本目の煙草の煙の行方を目で追った。

 信号機の点滅が消えた。

 店内は闇に包まれ、一層深淵へ突き落とされたような感覚を覚えた。

 時刻は、二十二時ちょうど。

 煙草の煙がわずかに揺れたのを、西見は見逃さなかった。

 煙を切るほどの速さでテーブルを乗り越え、向かいのソファに移動し、服に忍ばせておいたシリンジを指先まで滑らせた。空き缶は高い音を立てて床で弾んだ。

 何もないはずの(くう)を自分に引き寄せるように左腕で押さえて、右手に持ったシリンジのシリンジキャップを咥えて外す。目標(ターゲット)の首筋あたりに、針先は向けられた。

 「さあ、悲劇と絶望を繰り返す人生に挨拶を」

 ーーただいま。

 シリンジは打たれた。

 ポケットで、端末が鳴った。

 シリンジを放り投げると、通知を確認した。『依頼達成』。

 西見は空き缶が転がった床をじっと見つめた。

 「見えねぇ」


 依頼人、もとい、店主の紙屋。

 誰もいない店内の隅のほうの埃をかぶった写真には、スナックの前で仲睦まじくうつる男女二人と、ポストの郵便物を回収する郵便配達員の後ろ姿があった。


 *


 購買人は、提供された商品やサービスへの代金をテーブルの上に提案する。

 店主は、商品の代金を選択できる。

 購買人によってテーブルに置かれる品は、造花と金が入った金袋。

 では店主に提案する代金は、造花か金か。実はそうではない。

 それは、人間が見える情報であるだけ。店主は、人間ではないかもしれない。

 代金として提案されるのは、みっつ。

 一つ目は、生者の殺し。

 ふたつめは、亡者の殺し。

 三つ目は、金。

 このみっつの選択から、店主は代金を自由に選択する。

 金を選ばなかった店主を、以降、依頼人と呼称する。依頼人は、最も恨む人間の殺しを依頼する。

 それは生者でも、もしくは、亡者でも。

 生者の殺しは簡単。暗殺するだけ。

 でも亡者の殺しは、どうするか。亡者はその通り、もう死んでいる。

 亡者を殺しは、蘇生だ。

 生き返るんだ。人間として。

 浴びせられるような悲劇と絶望を伴う豊かな人生を、また最初から始めてもらう。

 そうだろ?この自殺願望で咲き乱れた世界で、亡者にとってそれが一番の殺しだろ?

『検索結果』

依頼者 亡者 浦辻 洋介(うらつじ ようすけ)

推測暗殺目標(ターゲット) 亡者 馬上 絵里子(まがみ えりこ):詳細情報

推奨暗殺場所 スナックはとぽっぽ:詳細情報

推奨暗殺時刻 二十二時:詳細情報

推奨暗殺方法 薬による蘇生:詳細情報

『各詳細情報』

スナックはとぽっぽ:現 さくま珈琲

二十二時:店頭の東折(ひがしおり)町一丁目信号機 節電のため消灯 消灯時男性客に好意を寄せる行動及びそれに伴う発言の目撃情報あり 目標接近確率七十四パーセント

馬上 絵里子(まがみ えりこ):享年 二十一歳 自殺 スナックはとぽっぽ経営者の一人娘 素直で活発な子であったが男遊びが激しく男女関係で問題多々 唯一結婚したいと思った異性が現れるも関係を維持できず 父親との喧嘩の(すえ)家出後百四日目 明け方河川敷で遺体で発見


購買人は、提供された商品やサービスへの代金をテーブルの上に提案する。

店主は、商品の代金を選択できる。

購買人によってテーブルに置かれる品は、造花と金が入った金袋。

では店主に提案する代金は、造花か金か。実はそうではない。

それは、人間が見える情報であるだけ。店主は、人間ではないかもしれない。

代金として提案されるのは、みっつ。

一つ目は、生者の殺し。

ふたつめは、亡者の殺し。

三つ目は、金。

このみっつの選択から、店主は代金を自由に選択する。

金を選ばなかった店主を、以降、依頼人と呼称する。依頼人は、最も恨む人間の殺しを依頼する。

それは生者でも、もしくは亡者でも。

生者の殺しは簡単。暗殺するだけ。

でも亡者の殺しは、どうするか。亡者はその通り、もう死んでいる。

亡者を殺しは、蘇生だ。

生き返るんだ。人間として。

浴びせられるような悲劇と絶望を伴う豊かな人生を、また最初から始めてもらう。

そうだろ?この自殺願望で咲き乱れた世界で、亡者にとってそれが一番の殺しだろ?

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