翻訳しかできない無能と蛮族の王に生贄にされましたが、うるさい魔物を「クレーム処理」していたら、いつの間にか溺愛されてました 〜今更国が滅びそうと泣きつかれても、契約期間外ですので対応いたしかねます〜
「第七王女セシリア。先ほど、其方を蛮族王への『貢ぎ物』とすることが決定した。異論は許さん」
壮年の国王が私のことを睨みつける。
広間にはすべての王子王女が集結しており、全員が侮蔑の視線をこちらに向けていた。
「北の蛮族どもが国境に出没していてな。侵攻されたくないのであれば貢ぎ物を出せ、と。ゴミ共と争っても良いが、我が騎士団を消耗させるのもな……。そこで今回は、応じてやることにした」
ノダニア王国の王・ゼッペキン。
彼を父と思ったことはない。
セシリアとして過ごした十七年——
彼と親子らしいことをしたことは、一度たりともなかった。
「其方のギフト『翻訳』だったか。王国の汚点だと思っていたが、存外蛮族相手では役立つだろう。奴らは訛りの入った言葉を話す。其方となら意思疎通できるだろう。いや、でぎるんだべや?」
変顔でふざける王。
王子たちがブハッと噴き出す。
もう我慢しきれないといった様子で笑い転げている。
その様子を眺めがら、私は前世の日々を思い出す。
何社か就職したけれど、いつもクレーム処理係に回された。
電話対応から始まって、他の社員のミスの謝罪、お客様の怒りに対して頭を下げる。
『お前のとこの商品ぶっ壊れてるぞボケ!』みたいな言動は日常茶飯事。
大抵は充電不足か電池を入れてないだけだ。
『女はいいよなぁ、こんな仕事で金もらえて』みたいに、露骨に女を下にみる客も多かった。
ストレスを溜めながらもコーヒーとエナジードリンクで頑張り続けた結果、心臓発作であっけなく死んだ。
「私の出立は、いつ頃になるでしょうか」
質問すると、王は鼻くそをほじりながら、またしてもふざける。
「いずでも、いいっべよ。恥さらしははやぐ消えてげろぉ」
「クハハハッ! 父上、馬鹿にしては可哀想でげろぉ」
「ふふふ、お兄様、やめてくださいでげろぉ」
王も私以外の子たちとは、波長が合うらしい。
顔を見合わせて、大爆笑している。
唾飛ばしすぎでしょう。
私は両手で顔を覆ってみせる。
「あらあら、泣いてしまいましたわ! 可哀想なセシリア!」
「ふむ。死ぬまで蛮族の慰み者にされるのだ。大いに泣け。気が済んだらもう出ていけ。手配は済ませてある」
よくもまあ、ここまで冷たくできるなと驚きだよね。
立場が弱いのと、母はすでに他界しているのも大きいのかもしれない。
ちなみに私が顔を隠したのは、ニヨニヨしてしまうのを隠せないから。
そりゃ、嬉しいよ!
こんな蛮族たちと離れられるのだから!
私は出口に向かいつつ、横目で王子たちの顔を確認する。
彼らと前世のモンスタークレーマーたちの表情がリンクする。
『潰すぞ! 今すぐ家に来て土下座しろや!』
『説明書なんて読むやついんのかよ! 製品に書いとけよッ』
うぅ、理不尽だったなぁ。
同じ日本語なのに、なぜか言葉が通じない人がいっぱいいた。
「待てセシリアよ。なにか一言、言い残すことはないのか?」
「……では。グリフォン、アーマースネーク、ブリザードボアとの今後の交渉はお任せします。モンスタークレーマーですので、お気を付けてくださいませ」
ぽかん、と口をあける一同。
意味が伝わっていないようだ。
王女が鼻息を鳴らす。
「あぁ、セシリアをお許しください。現実逃避で、おかしくなってしまっただけなのです」
ドッと。
また笑いが巻き起こる。
面倒臭いので踵を返して、室内から出て行く。
この国はモンスター級だらけで嫌になるね。
☆
蛮族の首都、エルギハイム。
長く馬車に揺られ、ようやく入り口の門に到着した。
すでに待機者がいて私を出迎えてくれた。
「セシリア様ですね。ようこそ、おいでくださいました」
恭しく頭を下げた彼を見て、私の描いていた蛮族に対するイメージは破壊された。
服装も小綺麗で、所作も洗練されている。
これを見て蛮族と思う人はいない。
首都に関してもそうだ。
我が国より洗練されており、活気も溢れる。
人々の会話には、特に訛りなどもない。
国王は思い込みで話していたのだろう。
王が馬鹿なのは、いつものことだけどね。
私は、城の玉座の間に案内された。
椅子にはまだ誰もいない。
代わりに、体長3メートルほどの漆黒の狼がいた。
『グルゥゥウ——ガアア!』
明らかに威嚇している。
「あれは陛下の眷属です。陛下以外には絶対に懐かないので、近づき過ぎないように」
そう言われたものの、ずっと吠え続けていて耳がビリビリとする。
このままじゃ、私の鼓膜がダメージを受ける。
ちなみに彼が訴えている内容はこうだ。
『腹減ったって言ってんだろって! 朝の肉、全然足りなかったぞボケェ!』
私のギフト『翻訳』は、なにも人間だけが対象じゃない。
ある程度の知能がある生物なら、ほぼすべて翻訳することができる。
有名な話だと、カラスは『カアカア』言ってるが、ちゃんと意味があったりする。
それを人間の言葉に変換できる。
ノダニア国では、全容は黙っていたが。
アホな王や王子たちに利用されるのはゴメンだものね。
「彼、お腹空いてるみたいです。朝の肉、少なかったようで」
「……ん? なぜ、朝に肉をやったと??」
「私、特殊な力がありまして。彼と話をしてもいいですか」
彼からしたら意味不明すぎて固まっている。
私はゆっくりと狼との距離を詰める。
「いま、ご飯を用意してもらうからね」
私が伝える意思を持てば、こちらの言葉が相手に翻訳して伝わる。
ギョッとした様子の黒狼。
人間に話しかけられたことなんて、初めてだからだろう。
『お前、話せるのか。人間の癖に?』
「そうよ。彼らに肉を持ってこさせるから、私の言うことを聞いて」
『……牛肉だぞ』
首肯して、待機している彼に声をかける。
「牛肉が食べたいそうです。合ってるなら返事して」
『アォオオオオオ——!』
月まで届きそうな遠吠えを行う。
これを聞いた案内人は腰を抜かした。
口をぱくぱくさせたのち、走って広間から出て行ってしまう。
入れ違うように入ってきたのは、明らかにオーラの異なる人物だ。
まだ若くて、美しい顔立ちなのに、目は射殺すように鋭い。
『あ、主人がやっと来た』
間違いなく王だろう。
私は片膝をつき、胸に手を当てたまま、目線は下方向へ。
これがこの国での挨拶だと聞いている。
「小国ノダニアの貢ぎ物だな。俺がこの国の王、アルバートだ。顔をあげろ」
「はい」
言われた通りにして、彼を見る。
日本の女子が大好きそうなクールで、それでいて強引さを持ちあわせたような顔つきだ。
「自分の立場はわかっているな」
「もちろんでございます」
「貴族などと婚約できると思うな。貴様は幽閉、または貧民の妻とする」
このアルバート様は、ノダニア王国が心底嫌いなのだろう。
敢えて、そういうポジションにすることで、ノダニアなど歯牙にもかけないと主張するのだ。
と、ここで先ほどの案内人が戻ってくる。
肉をのせた大皿を持って。
「へ、陛下!? これは失礼しました!?」
「……その肉はなんだ?」
「こちらは、グリード様に食べさせる肉です」
「グリードには朝にやっただろう。次は夜だ」
「ですが、そちらのセシリア王女が、肉をもってこいと」
アルバートは怪訝そうな顔をこちらに向けた。
あの……。
案内人の方、言葉足らずではありませんかね。
私、とてつもない変人に思われてるよ。
仕方ないので、説明する。
「私は魔物も含めた多くの生物と意思疎通が可能です。彼は、朝の肉が足りなかったとクレームを入れていたのです」
「クレームだと? 俺を馬鹿にするか。グリードは俺以外の者には絶対に懐かないのに」
「触っていい?」
私がグリードに話しかけると『少しな』と返してくれた。
そこで頭を撫で撫でしてみる。
その間、グリードは唸ることもなく大人しくしていた。
「——ッ!?」
あんなに端正な顔立ちのアルバート様が、思いきり顔を歪めている。
口を開け、目を忙しなく瞬かせる。
「グ、グリード、どうした!? 誇り高きお前が、なぜ俺以外の者に懐いている?」
『なあ人間、主人はなんて言ってるんだ?』
二人の間に確かな絆はあっても、言語の壁は超えられない。
「私と仲良くしてるのがショックみたいよ。でももう、私たち友達だよね」
チラッと案内人の持つ肉に目をやり、グリードの視線誘導を行う。
グリードは前脚を私の肩に乗せた。
お手みたいな感じで。
「——ッッ!?」
またしてもアルバート様がショックを受けてしまった。
『あ、おれ、こんなこと主人にもやったことねえ。まーいいや』
細かいことはあまり気にしない性質らしい。
私が肉を運んであげると、待ってましたとばかりにそれにかぶりつく。
体は大きいけれど、犬とあんまり変わらないね。
可愛いので頭を撫でると、アルバート様が大声をあげる。
「触るな」
「し、失礼しました」
「……もういい。この者を部屋に案内してやれ」
「牢獄、ではないのですか?」
「……客室の間でいい。一応は、他国の王女だ」
おそらくだけど、最初は投獄する予定だったのかもしれない。
首の皮一枚繋がった気分で私は広間を出ていく。
『またな』
グリードが一度顔をあげ、私に挨拶してくれた。
こちらは笑顔で返事をした。
☆
さすがに出しゃばりすぎた……。
あとになってから後悔する。
結局、私が次に呼ばれたのは翌日の午前だった。
体を丸めて居眠りするグリードの横で、アルバート様が口を開く。
「きたか。セシリア・ノダニア」
「私はもうノダニアではございません。王女でもないのですから」
「ではセシリア。お前はどんな魔物とも意思疎通ができるのか?」
「相手にもよりますが、意思を読み取り、伝えることができます」
「……凄まじい力だ。なぜ、そんな者をノダニア王は手放した?」
納得いかないといったように眉間に皺を寄せている。
スパイと疑いをかけられている可能性もある。
慎重に言葉を選ばなくては。
「その、私はあまり愛されておりませんでした。ギフトについても、派手ではないので、周囲には理解されておらず……」
信じられない。
そういった様子で、彼は首を横に振っている。
「無能が集まる王国だと思っていた。俺の予想を超えて酷いな」
そうなんです。
腐敗権力の権化みたいな国だ。
王族や有力貴族が腐りきっている。
「見せしめとして惨めな目に合わせようと思ったが、止めだ。お前のことを試させてもらう」
「私などに、試す価値があるかどうか」
「謙遜するな」
ここでテンポの速い足音が近づいてくる。
兵士が慌てた様子でアルバート様に報告する。
「王都南西の見張り塔に、ワイバーンが二体出現しました。現在、交戦中です」
「セシリア、ついてこい」
早速、試されてしまうのかもしれない。
兵士たちに囲まれながら、南西の見張り台に向かう。
王都に四つある見張り台は通路で繋がっており、足場もそれなりに広い。
そこで兵士と、二体のワイバーンが戦っていた。
基本、ワイバーンは高い位置を飛行。
時折、急降下してきて人間を襲う。
キギィーといった甲高い声が、ワイバーンの特徴だ。
「グリードのように、奴らとも意思疎通できるのか」
「可能だと思いますが、私の声が届きません」
「拡声の魔道具を持ってこい」
アルバートが兵士に命じる。
わずか数分で、私の元にそれが届いた。
地球にある拡声器と形は結構似ていて、声を増幅して遠くまで飛ばす効果がある。
私は耳を澄まして、彼らの会話に集中する。
『チキショウ! なんであいつら、攻撃してくるんだよ!』
『おれらの肉を食いたいんだろ。みんなはどうして、来ないんだ』
『本当に待ち合わせ場所、ここで合ってるんだろうな?』
『合ってる気はするけどな』
小型の竜と言われるワイバーンは、記憶力はだいぶ悪い。
言い方を選ばないなら、忘れん坊馬鹿って感じで。
何度か会話したことあるけれど、次に会ったときは、前回のことを覚えてないこともままあった。
多分、待ち合わせ場所も間違っている。
そこで、拡声器を取って話かける。
「大空を滑空中のワイバーンのお客様、お客様──。当エリアは人間の領域となっており、飛行禁止区間でございます。従って、待ち合わせ場所ではありません」
『……兄者、あれマジ?』
『そう言われると、ここじゃない気がしてきたわ』
『マジかよ!? とっとと移動しようぜ』
ワイバーン兄弟も間違いに気づいてくれたらしく、素直に別の方角へ飛んでいった。
姿が見えなくなると、武器を持っていた兵士たちが驚嘆の声をあげる。
「あの人が、退けたのか……?」
「まさか。魔物に話が通じるわけがない。偶然だろう……たぶん」
多くの者は半信半疑というか、信じてない寄りだった。
でもアルバート様は完全に違った。
私の目を十秒以上見つめたあと、半ば強引に肩を抱き寄せてくる。
「今日から俺の右腕として働いてもらおう。エルギハイムも、お前のことを歓迎しているぞ」
ワイバーンを退けたことで、認めてもらえたようだ。
それは嬉しいのだけど、距離が近すぎて胸がドキドキしてきたかも。
☆
「グリフォンの襲撃です! 町中で暴れ回っております!」
セシリアが出ていって一週間もしない内に、悲報が町中を駆け巡る。
無論、王の耳にも今回の事態は届いていた。
「丘のグリフォンはなぜ、急に凶暴になったのだ! いままでは大人しかったというではないか」
「ハッ。平民の話では、魔物が懐いていた人物がいなくなったらしいのです」
「そんなもの、すぐに呼べばよいであろう!」
「それが、難しいのです」
「なぜだ! 金なら払う。すぐに呼べッ!」
「──セシリア王女なのです!」
「……な…………に……?」
「グリフォンに定期的に餌付けをしていたと、複数の目撃者がいます」
「ならば、餌付けをすればよかろう!」
「ダメなのです。なにを出しても受け付けません……」
クラクラッと、ゼッペキンは目眩に襲われた。
グリフォンは討伐が難しいことで有名なのだ。
仮に討てても、騎士団内で死者が出るのは必至。
追い打ちをかけるように兵士が二人駆け込んでくる。
「緊急の報告です!」
「今度は何事だ!?」
「ブリザードボアとその手下らしき魔物が南門を破壊しております」
「な、な……」
「こちらも報告です。侵入したアーマースネイクが、菓子店を襲っております。そこには第一王子と第二王女もいた模様です……。現在、どのような状況か確認が取れておりません!」
ゼッペキンは立ち上がり、すぐに突っ伏すように倒れる。
持病の高血圧が悪さしたのだ。
「あう、あうう……。セシ……セシリ……」
痙攣しながら、セシリアを呼び戻せと言いかけ、そんなことは不可能だと唇をかむ。
その日、ノダニア王国は甚大な被害を受けた。
恐ろしいのは、その次の日も、また次の日も、魔物がひっきりなしに押し寄せてくるのだ。
耐えきれず、ゼッペリア王はアルバート王に書状を出した。
一時的にでも良いので、セシリアを国に呼んでくれないかと。
返事はすぐに返ってきた。
『セシリアは俺の妻にする。なぜお前らの国に送る必要があるんだ。戯言を吐くな』
その後、ノダニア王国がどうなったかは言うまでもない。




