9話「マスター・スピリット」
男は無感情な目で俺を見つめながら、さっきまで戦ってた奴の体を地面に下ろした。
「ああそうだ、俺がそいつを倒した」
やべぇ、視界がぼやけてきた。そろそろ失血。速いとこ黒木さん達を呼ばねぇと…
倒れそうなのを何とか我慢し淡々と話す俺を、男はしばらく無言で見つめていると不意にその男の口元が緩む。その笑みには狂気や不気味さは無く、誰もが見せる様な普通の笑顔だった。
「へぇ~やるじゃん。どうやってコイツの透明化突破したんだ?すげー気になるわ」
何なんだコイツ?倒れてる奴の仲間じゃねぇのか?
この男から殺気どころか、戦う意思が微塵も感じられない。
「俺の名前、石島良英っつーうんだ。そしてコイツは俺の後輩の明智」
更にこの男は自分とその後輩の名前を喋り出した。ますます意味が分からなくなってきた、コイツ本当に敵なのか?
その男の行動に困惑している間に、屋敷の奥から黒木さんの声が響いた。
「こっちです!隊長!副隊長!」
スマホを取り出すと丁度12時半になっていた。アイツ1時間は掛かるって言ってやがったくせに意外と早く終わってんじゃねーかよ。まさか移動とかの諸々のことを含めてのこと言ってたのか?
「おっとゲートの隊長と副隊長か。流石に今ここで戦うのはキツイな、俺もさっさと逃げるか」
奴は黒木さんの声を認識したと同時に即座に明智を抱え後ろを振り返る。すると、奴は顔だけまた振り返らせ、俺の目を見ながらまた口角を上げる。
「じゃあな、今度会うときはもっと面白い奴連れてくっから楽しみに待ってろよ」
再度振り返り飛んだかと思うと、一瞬にして周りの民家の屋根を伝って逃げた。今度会うときか、そんな機会があればの話だけどな。
「ここで、ってうわぁ!大丈夫ですか古賀さん!?」
屋敷の角から現れた黒木さんが俺の姿を見た途端に驚き、すぐさま駆け寄った。そりゃそうだ、たった2~30分前までは普通に護衛してた奴が全身切り刻まれて血まみの状態で立ってんだからな。
「はい、何とか…けど犯人逃がしちゃいました」
すると両腿に短刀を装備した零人がまるで鼻歌でもまじってそうな足取りで俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫か兄さん?ひどい怪我だ、早く病院に行こう」
零人、何だその俺がボロボロになっているのを心の中で嘲笑しブレイクダンスを踊ってそうな醜悪極まりない目は。
「零人の言う通りです。貴方は早く治療した方が良い」
もう一人黒木さんの後ろにいた男が声を掛ける。
その人物は刀を背中に掛けており、180cmある零人より少し大きく黒髪のセンターパートが特徴的な30代程の男だ。
俺はこの男の全身に立ち昇る一切無駄の無い氣力の流れを見て思わず息を呑んでしまった。
恐らく、いやこの男こそ「ハイパーバスターズ精鋭部隊・スピリットスレイヤーズ」の第2部隊隊長、「ノルード・ビートル」
以前零人からこの男のことを聞かされたが、かつて6年前に起きた「第二次怪物侵攻」で能力を使わずに体術と氣力のみでZクラス2体、ZZクラス1体に無傷の勝利を遂げ、更にその後出現したZZZクラスの怪物の猛攻を他の隊長格が来るまでたった1人で凌ぎ切ったとされる。
全世界含め類を見ない程の卓越した氣力操作とその逸話から、ゲートだけにはとどまらず全世界の対怪物組織からは「マスター・スピリット」とも言われている。
もし俺が万全の状態且つ、フレアフォームを使って全力で挑んだとしてもこの男には恐らくかすり傷を負わせるどころか攻撃するモーションにすら入れせてもらえないだろうな。
折れた刀を鞘に納めた瞬間、段々と意識が朦朧として、視界が霞み頭が重くなってきた。
ああそうだ…今、滅茶苦茶血出てるん…だっ…た…
「お、もう救急車がき…ん?兄さん?おいッ!?兄さーん!」
救急車のサイレンと零人の声が遠ざかっていくのと同時に、俺は吐血をしてそのまま顔面から地面にダイブし、意識を失なった。
その後零人から聞いた話によると、俺は無数の裂傷、吐血によって体中から致死量の血が抜け出ており、
5分ほど輸血が遅ければ死んでいたとのこと。




